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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

4星野:2004/04/22(木) 22:59
にゃんこさんのお話、素直にアハハと笑わせていただきました。しかし、最後の落ちを目指したものだとすると、これは内輪でしか通用しないのではないでしょうか。せっかくの『クロス』する手際がオチに対する単なる振りで終わっている印象を受けました。

―― 桜 ――
「よね子さんどうしたのですか」
民生委員の吉沢が大きな屋敷に一人暮らす、九十歳になるよね子の様子を見に来て驚いた。庭で幹回りが一抱え以上あるような、桜の木に、斧を振り上げていたのだった。
「ああっ、吉沢さんでしたか」
よね子は斧を下ろし、曲がった背中を伸ばすようにして、じっと吉沢を見た。桜の木を切り倒して、将棋の盤と駒を作ろうとしていたといった。桜の木を見ると、斧を打ち込んだ小さな傷跡が、無数にあったが、老婆がこんな大きな桜の木を切り倒せるわけがなかった。吉沢はよね子が痴呆症にかかり始めているのかも知れないと思った。

「吉沢さん、ちょっと待っててな。ちょうどいま、おいしい栗羊羹があるんよ。お茶、入れてくるけえ。待っててな」
 吉沢は、まろやかな餡の中に浮かぶ金色の栗を想像して、判断が一瞬遅れた。その間に、よね子は初めからそのつもりだったのか、吉沢の返事を待たず、斧をひょいと肩に担ぐと、軽い足取りで行ってしまった。
 呼び止めようと手を伸ばしかけた吉沢だったが、小さなため息を一つついて、手を下ろした。もちろん、栗羊羹に惹かれたわけじゃない、違うわよねと、自分に確認して、吉沢は一人で赤面した。
 桜の木を切り倒そうとしているのが、本当に痴呆症に因るものなのか確認しなければならない。日常の実態や福祉ニーズを知るのは、民生委員の大きな務めの一つだ。
「それにしても」
 縁側に腰掛けて見上げる桜は、晴れた春の空を背に、寒々とその枝をさらしていた。去年の今頃には、庭が桜色にかすむほど咲き誇っていたはずだった。それが、今年は見る影もない。
 日常の大きな変化が、老化を急速に進めることもあるという。そうでなくても、よね子は九十歳の高齢だ。
 よね子の夫は十数年前に他界していた。家族は、息子夫婦はもちろん、その孫たち、更に夜叉孫までいるというから、家族というより一族のようだ。その一族も、今ではこんな田舎よりずっと便利のいい都会に散っていた。当然、一緒に都会で住もうと子供達から誘いがあったが、よね子は断ってきた。
 吉沢は以前、その理由を尋ねことがあった。すると、よね子は、
「そりゃ、孫の顔も見れるし、町のほうが便利だとは思うよ。けどね、アタシは誰の世話にもなりたくないんだよ。まだ、一人でも不自由ないしね。それに」
 桜があるからね。
 この桜は、よね子がこの家に住み始めたころ、夫と苗木を買ってきて植えたのだという。それ以来ずっと、桜は庭にいた。子供が生まれてからは、子供といっしょに成長した。
「この桜はね、私の子供みたいなものなの」
 そうまで言っていた桜を、よね子は、斧で切り倒そうとし、あまつさえ将棋の駒にするという。今年、桜が咲かなかったことが原因なのかは分からない。しかし、そのショックは計り知れない。
 吉沢の不安は、次第に形を成してきた。よね子さんは、相当大きな心の傷を負ってしまったのではないだろうか。
「どうしたの吉沢さん、そんな浮かない顔して」
 見ると、よね子が曲がった腰の先に、栗羊羹と湯飲みを載せた盆を捧げ持つようにして、奥から出てくるところだった。
「よね子さん」
 吉沢は、努めてなんでもない風に呼びかけたつもりが、その声は震えていた。
 よね子さん、もう一度言おうとする吉沢より早く、よね子は歳に似合わぬ機敏さで身をすくめた。よね子は両足をそろえて正座し、指をついて深く頭をさげていた。
「よね子さん?」
 吉沢は、さっきまでの不安も忘れて、よね子の顔を覗くように顔を近づけた。すると、よね子は顔を上げないまま、
「ありがとう」
「え」
「吉沢さん、今までありがとう。町のほうに、行くことにしたの」
 吉沢は、何かを唐突に理解したような気がした。
「そう、なの。息子さんたちと?」
 よね子は、頷いて言った。
「そう。私も、もうそんなに長くないしね」
 そんな、と言いかけて吉沢は口をつぐんだ。
「それにこの桜、もう駄目て。専門のお医者さんにも見てもろうたけど。このまま腐らすのも忍びないけえ、おじいちゃんの好きだった将棋の駒にしたらええとおもうて。……この桜も、もう歳。アタシもね。」
 そう言うと、よね子は顔を上げ、にこりと笑った。吉沢も笑おうとしたが、うまくいかなかった。
「そんなくらい顔せんと。さあ、栗羊羹。とっておきなんよ」
 いつの間にか、雲は晴れて、春の日差しを受けた栗羊羹はきらきらと光っていた。


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