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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

35サンスティール:2004/05/17(月) 13:41
『金の船 銀の波』

「きっと帰ってくる」そう言って、セイトはミナを抱きしめた。ミナはセイトの胸に顔を埋めながら、押し寄せてくる不安を振り払おうとしていた。
「大丈夫だよ。弾になんか当たらないさ」
 セイトの口調は軽い。どちらかというとウキウキしている。ミナは顔をあげ、セイトを見た。セイトは巨大な黒い船を見あげていた。海からの風が、セイトの髪を吹き散らしている。その風にはディーゼル臭が混じっていた。
「危ないとこに近寄らないでね」
 セイトは苦笑する。
「そいつは難しいなァ。どこ行っても銃声はしてるはずだし」
「そんなの知ってるわよ。私が言ってるのは余計な危険に首を突っ込まないでねってこと」
 セイトは眉を上げた。
「余計な危険、ですか」
「そうよ。本当なら出航も取りやめさせたいわ。被写体だったら、日本にだっていっぱいあるじゃないの」
「またその話か。やめようよ。どうしても僕は行くんだ。行って写真をたくさん撮るんだ。あそこにしかない光景をフィルムに収めてくる。その間ずっと、弾には当たらない。神様が守ってくれる。なぜなら、僕は銃の代わりにカメラをもって、罪を告発する聖戦士だからだ。そうして、カメラと共に無事に帰ってきたら、写真集をだす。そして君と幸せになる」
 セイトは一息に言った。暗記してしまうほど、何度も聞いた話だったが、ミナはまた泣きたくなった。
「神様なんていないわ」
 ミナはポツリと言った。
「悲しいことを言わないでくれよ」
 セイトはミナを抱き寄せた。
 空が雲に覆われてきて、海の色が暗く深くなっていく。風もときおり冷たいものが混じり、ミナはすこし震えた。
「そろそろ行かなきゃ」
 ミナはわずかに頷いただけだった。セイトはそのおでこにキスをして、荷物を背負い、タラップの方へ急いだ。
 手を振りながら船の中へ消えるセイトを見送って、ミナは改めて船を眺めた。何度も塗りなおしたであろうその外壁は、でこぼこと古びていて、殴りつければ穴でもあきそうだった。図体だけやたらにでかくて、やっと浮かんでるようにも見えて、なんだか頼りないと思った。ミナは小石を拾って投げつけた。金属音を期待していたのだが、ぺちっとした、ほんの僅かな物音がしただけだった。
 呼ぶ声が上から聞こえて、ミナは船を見上げた。落っこちてしまいそうなほど身を乗り出して、セイトが呼んでいる。
「危ないからやめて」とミナは言ったのだが、聞こえたのか聞こえていないのか、セイトはにこにこと笑って手を振っている。
 ミナは仕方なく手を振りかえした。
「いい写真撮ってくるよ」
「無事に帰ってきてね」
 聞こえているのかいないのか分からないが、お互いにお別れの言葉を交わす。
汽笛が鳴った。あたりにディーゼル臭が強くなって、大きな黒い船が出て行く。紙テープなんか恥ずかしいと思って買わなかったのだが、あれは意味があったんだな、とミナはすこし後悔した。
手をふるセイトがだんだんと小さくなっていく。ミナはそれをじっと見つめている。セイトが見えなくなって、船が沖に出て行った時、不意に太陽がさした。雲の切れ間から、
真っ直ぐに船に向けて金色の光線がはしり、船と、その周りの白い波を照らし出した。
 ミナは、ずっとその光が続いて欲しいと思った。空と海の彼方へ、波立てて進んでいく船がひとつになるまで、ずっと見送っていた。
              了


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