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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

30ガストロンジャー:2004/05/09(日) 21:01
『お日様に微笑んだ』
彼女の頬を両手で包むと、「ばーか」と言った。それでも彼女は表情を変えない。彼女――瞳が心を閉ざしてから、どれくらいの月日が経ったのだろう。婚約者とドライブ中に事故を起こし、目の前で婚約者が死んでしまったのだから、瞳の心の傷は深いものだろう、そのくらいは俺でも想像がつく。いや、想像を絶するな。

 俺は会社を実質リストラされて、自暴自棄だった。一応ハローワークに通い面接を何度もするが、どこの企業もスキルのない人間を雇ってはくれない。ハローワークの近くの公園で弁当を一人で食べるのが俺の日課になっていた。
 公園のカラフルな遊具に絡まる無限の可能性を秘めた子供達は体中から好奇心や生きる力がみなぎっている。その片隅で自炊の白飯とスーパーで買ってきた総菜をつっつく俺。実に惨めだった。コナカの吊しのスーツで背中を丸めて弁当を食べる俺と所々塗装がはげたライト・グリーンの公園のベンチ。ある意味お似合いだったのかもしれない。
 瞳が公園に現れたのは夏だった。湿度は高く地面が燃え上がるようなぼやけた景色のなか、今時白いノースリーブ・ワンピースでポストの様なあせた赤い色のカバを模した椅子に座り、回転式の遊具で遊んでいる子供を懐かしむように眺めていた。首都圏の昼間の公園なんて訳ありの集団だ。さぼりの営業マン、不登校児、ホームレス。俺のような無職。でも、瞳はそのどの連中にも所属していなかった様に思える。
草木の匂いと排気ガスの匂い。肌に貼り付くホワイト・シャツ。無職の俺をいらだたせる暑い夏。そんな中、清潔感のある服装と細身の体。すっと紅を引いたような薄い唇と風を感じさせる黒くツヤのある長い髪。青みがかった眩しい白のワンピースと桜を少し白くしたような透明感のある瞳の肌は触れたら吸い込まれそうな気がした。
彼女は一日中ぼんやりと子供達を目で追っていた。
 俺は(株)トキオ・エレクトリカという、世間でも名の通っている会社の技術畑にいた。主な商品はノートパソコンで俺は毎日マグネシウムの筐体やそれに詰め込むマザー・ボード、フイルム基盤と格闘していた。ただの素材が商品になるのを見ているだけで、俺の心は満たされた。
 リストラの理由は上との意見が合わなかったのだろう。上司からは「パソコンなんて三年持てば充分だろう」とよく言われた。その言葉を無視して連日部下を残業させて強度実験をしていた。自分が誇りを持って人に買わせる物を作りたかったからだ。
 そんなある日。子会社である富山の鉄筋工場への出向を命じられた。出る杭は打たれるが‘出過ぎた杭は釘抜きで引っこ抜かれる’のだ。勿論、富山行きも考えたがプライド―。下らないプライドが俺の人生を大きく変えた。
 会社を辞め、自分の技術を生かすべく光学系、半導体系の企業を廻ったが、具体的な実績も資格も無い俺はかすりもしなかった。貯蓄は三百万程あったので当分は生活できる。が、一日に何カ所も面接をしている状態は疲れる。
 当初多い日で一日に三カ所。一月もすると一カ所。三ヶ月目にもなると、ただ公園で時間を潰すようになっていった。瞳はその装いを白いワンピースから、ベージュのニットに茶系のパンツやアースカラーのアンサンブルに替えていった。いつしか俺は瞳の姿を見るために公園に向かうようになっていた。それにしてもふだんは何をしているのだろうとは思ったが、昼間の公園に居る連中は脛に傷を持っているので、軽々しく話しかけるわけにもいかない。
 十月の半ば年内の就職は諦めた頃。公園にバッグを忘れて取りに戻った。夜、八時頃。驚いたことに瞳はずっと例のカバの椅子に座っていた。街灯が縁取る瞳は寂しげで思わず声をかけた。


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