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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

27うり:2004/05/04(火) 16:02
――彼我の考察と高察――

 「そもさん」
「せ、説破!」
 思わずそう答えてから後悔する。パブロフの犬って奴だ。
「『長き箸にて飯を食う』とは、これ如何に?」
「面倒くせえから、箸を持ったヤツごと食ってやる」
説破とは言ったものの、答えが浮かばなくて面倒になった。だいたい、問答集だってろくに覚えちゃいねえ。
「兄貴、それじゃ駄目じゃないっすかあ」
「うるせえ」
「お遍路さんをだまして食うだけじゃツマラナイから、今度は腐れ坊主をだましてみようって言ったのは兄貴じゃないっすか」
 俺達は、この峠に住む妖怪だ。腹が減ったら、お遍路さんに幻覚で夕暮れを見せて、ねぐらに連れ込むだけだ。昼間でも鬱蒼とした杉林、僅かばかり陽が差す薄闇の峠道じゃ、連中は心細い限りなのか、声を掛ければひょいひょいついてきやがる。腹は満たされるが、それだけじゃ何だかツマラナクなった。すぐに騙されるやつらじゃなくて、問答慣れしている坊主なら、騙し甲斐もあろうと言う目論見だった。
「やっぱ坊主は面倒だ」
 そう言うと、つるりと舌を伸ばして、十メートルばかりの樹上で寝転がった弟分の手から、問答集を奪う。弟はバランスを崩して地面に叩きつけられ、車にひかれた蛙みたいにぺしゃんとなった、ふりをした。その証拠に、尖ったつま先で蹴飛ばしたら、一瞬の内に、元通りの河豚みたいな身体になりやがった。まったく食えねえヤツだ。
「兄貴にやる気がないのなら、オレがやりますよお」
 膨れた腹のてっぺんから、にょっきりと蛇の様に伸びた臍を撫でながら、弟は胸を張る。オレは、右の牙の根っこに挟まった肉の欠片を、ババアの大腿骨でシーハーやりながら、出来るもんならやってみろってな気分で、問答集を返してやった。
  *
 ううむ、霧雨とは言え、地面が濡れていると歩きにくい。草鞋が滑る事もさる事ながら、白足袋に水気が染み込んで実に気持ち悪い。
 網代笠をつと持ち上げ、目を細めて天を仰いだ。薄い雲が次々と風に流されて行く。この様子だと、まとまった雨にはなりそうにない。だが、峠に闇が訪れるのは早かろうと、少しばかり足を速めた。
 その時、滲んだ視界の先に人影が見えた。思わず胸の袈裟行李に手を当てた。目を細めて様子を窺いながらそろそろと近付く。
 女の二人連れだ。大きな杉の根元でしゃがみ込んでいる。親子だろうか。白髪混じりの五十がらみと二十歳前半と言う感じだ。
「あの、お坊様、すいません。母が足を挫きまして」
 娘と思しい女が顔を上げた。……卵型の整った輪郭、際が若干切れ上がった一重の涼しげな目。白目は少しばかり青味がさしている。達筆な者が細筆ですうっと線をひいた様な鼻筋。ああ、それに、ほんのりと桃色の薄くて小さな唇。
 美しさに思わず見とれてしまった。
「お坊様?」
「あ、ああ、いや、すまない。少々考えごとをしてしまった。だが、私はお坊様ではない。見ての通り、修行中の身なのです」
「いえ、いえ、そんな。仏様に仕える身であればそんな事など関係ありません」
そう言いながら娘は、母親の足首を示した。赤紫に丸太の様に腫れ上がっている。軽く触れただけでも、痛っ痛たたたっ、と母親は大声をあげ身をねじる。
「この様子では、これ以上歩くのは無理でしょう。どこか近場に宿でもあればいいのですが」
「……あの、わし、この近辺に隠れ湯治場があると聞いた事がありますう」
 母親は顔を顰めたまま、ウエストポーチから地図を引っ張り出し、この辺りと指し示した。
「とにかくこのままでは埒があかない。とりあえずそこを目指しましょう」と、娘に手伝ってもらって母親を背負った。しかし、小柄で痩せた見かけとは裏腹に、物凄い重さで、思わず足がふらついてしまった。この母親を背負い続けられるのかと不安になりながらも、「まかせなさい」と娘に微笑みかけてしまった自分が悲しかった。これでは、雲水にもなりきれないと思いながら、小さな溜息をついた。
 娘は、行李を持ちましょうと言ったのだが、やんわりと辞退した。これを人様に触らせるわけにはいかない。
<つづく>


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