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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

23セタンタ:2004/05/02(日) 11:10
 翌日、校庭で全校集会が行われた。空は真っ青に晴れ渡り、白い入道雲が太陽の光を反射していた。生徒指導の教師の話が延々と続く。その時だった。きーん、という音が聞えた。手を翳して見上げると、銀色の機影が見えた。甲高いサイレンが響き渡った。女生徒達が悲鳴を上げ、教師が逃げるように叫んだ。立ち竦んでいる美貴の手首を葵が掴んだ。「早く、美貴っ!」葵が叫んで美貴を引っ張って走る。逃げ惑う女生徒達に押し流され、葵の手が離れた。足がもつれ、美貴は転んだ。地べたに倒れた時、胸ポケットから、はらりと桜の花びらがこぼれ落ちた。
 <いいな、約束だ>
 直人の声が聞えた。はっとして目を上げると、閃光が見えた。耳をつんざくようなバリバリという轟音が響く。閃光が連続し、白煙があがる。防空頭巾をかぶり、セーラー服にもんぺ姿の女生徒達が悲鳴をあげて逃げ回っていた。オレンジの火の玉が落とされ、校舎に火がついた。
 <いいな、約束だ>
 直人の声に弾かれたように、美貴は立ち上がった。枝垂桜に向かって走りだす。押し寄せてくる女生徒達をかき分け、懸命に走った。地面がぐらっと揺れた。足を取られ、バランスを崩す。崩しながらも、走るのを止めなかった。光が頭を掠める。誰かの泣き叫ぶ声がした。それでも走った。ようやく枝垂れ桜に辿り着き、樹にしがみついた。
「美貴!」振り向くと葵がいた。片方の三つあみがほどけ、顔は煤けていた。
「美貴、私と一緒に逃げて」葵が泣きながら言う。「ここにいたら危ない。音楽室に行こう」
 校舎の二階は炎が上がり燃えていた。美貴は首を振った。
「美貴、お願い。私達は親友でしょ。もう一度、私の伴奏をして、ね、美貴」
 地面が大きく揺れた。手が滑り、樹から体が離れる。足元が傾ぎ、ゴゴゴゴッ、と地の底から低い音が湧き上がてきた。空気が震える。グランドの中央がすり鉢のようにへこみ、土が流砂のように吸い込まれていった。葵が美貴の左足首を掴み、無数の手がさらにその上から掴んでいた。美貴は悲鳴をあげた。ふくらはぎが掴まれ、右の足首も掴まれる。地鳴りは続き、機銃掃射の音が重なる。地面の底に真っ暗な穴があき、底へ底へと何もかもが流れ落ちていった。桜の根元の地面が傾き、根があらわになる。
「いやあああっ!」美貴は叫んだ。底に引きずりこまれそうになったその時、ふっ、と足首を掴んでいた力が消えた。美貴は必死に這い上がり、桜の根を両手で掴んだ。
 足元を見下ろした時、葵の顔が見えた。悲しそうな顔で、ほんの一瞬微笑んだように見えた。もう一度、大きな地響きがして、美貴の体は跳ね上がった。

 誰かが、自分の名前を呼んでいた。目を閉じていたが、あたりが白く眩しいのを感じた。消毒薬の匂いがする。ピピッという電子音や人の動き回る音が聞えた。
 瞼をゆっくりと開ける。真っ先に見えたのは泣いている母の顔。それから、その後ろに立っている、怒った顔の直人。美貴が直人を見上げると、初めて直人は笑顔を見せた。

 一週間前、美貴は音楽室でピアノの練習をしていた。大きな地震があり、半壊した音楽室の中に閉じ込められた。助け出されたものの、頭を強く打って、ずっと昏睡状態だった。
 美貴の高校は数十年前までは女子高だった。終戦の直前、機銃掃射の攻撃を受け、多くの女生徒や教師が亡くなっていた。木造の校舎は焼夷弾が落とされ全焼したが、奇跡的に、創立時に植樹された枝垂れ桜だけは残った。
 直人は「新聞部の腕をナメンナヨ」、とおどけて言ってから、調べた事を教えてくれた。
 その時に亡くなったのが高橋葵で、音楽科の生徒だった。美貴と同じ十七歳の葵。
 葵の微笑みを思い出す事がある。つかの間、共に過ごしただけだが、今でも親友だ。
 新しくなった音楽室で、放課後、美貴はピアノを弾く。葵の声を聞きながら、伴奏する。


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