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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

22セタンタ:2004/05/02(日) 11:04
      『波打つ地面』

 授業中に美貴は突如思い立ち、がらがらと椅子を鳴らして立ち上がった。
「逃げなきゃ」 教室を飛び出し、廊下を走った。土足でグランドに向かい、枝垂れ桜を通り過ぎる。屋外プールに走りこみ、セーラー服のまま水の中に飛び込んだ。
 ぶくぶくと空気の泡が出、視界がゆらぐ。三つあみのリボンがほどけ、長い髪が触手のように広がっていく。ゆるやかに舞い上がろうとするスカートを押さえ、水底に到達した。冷たい水が高ぶった神経を麻痺させる。プールの底の青いタイルがぼやけ、足を蹴って水面に浮かび上がった。
 桜の下に男子生徒が立っていた。ナオト。神尾直人。確か、新聞部の部長だ。
 直人は学生ズボンのポケットに両手を突っ込んで、険しい顔でこちらを見ている。美貴はいったん水に沈んだ。再び水面に顔を出した時、直人はいなかった。
「ヘンなヤツ」美貴は呟くとプールサイドに向かって泳いだ。親友の葵が手を差し伸べる。美貴は葵の手に掴まりながら、水の中から上がった。濃紺のスカートはぐっしょりと重い。プリーツを掴んで両手でぎゅっと絞った。「保健室に予備の下着があるから、借りるといいよ。私は教室に戻って美貴の体操服を持ってくるから」葵が笑った。
 美貴は葵と別れて保健室に向かった。ブリキのバケツに脱いだ制服を放り込み、体操服に着替えた。「寮母さんの所に持っていくね。明日までには乾くと思うよ」葵がバケツを持ちながら言った。
 渡り廊下を通って寮に向かう。ここは明治末に創立された全寮制の学校で、音楽科は県下でも有名だ。葵という親友もでき、美貴は毎日が充実して楽しかった。
 薄暗い寮の廊下を、ひたひたと裸足で歩いていく。体が重く、頭がぼうっとしていた。天井の古臭い照明器具が廊下の両側にずらりと並んだ部屋の番号を浮かび上がらせる。一番奥が美貴の部屋だ。引き戸を開け、入室した。押入れから布団を引き出すと、倒れこむようにし布団の中に入った。眠りに落ちる寸前、ここは女子高だった事に気付いた。

「美貴、おはよう!」
 ぱちっと目が開いた。上から葵が覗いている。「お寝ぼうさん、朝食に遅れるよ」
 一晩ぐっすり眠ったおかげで、頭も体もすっきりとした。布団の上に起き上がり、大きく欠伸をすると、おなかがぐうっと鳴った。葵が笑って、たたんだ制服を手渡してくれた。
「はい、制服。上履きは寮の下駄箱に置いたからね」「サンキュ!」美貴が明るく答えると、葵の表情が曇った。
「ねえ、美貴。この学校では正しい日本語を使う事になっているの。だから、外国語を軽々しく使ったら叱られるよ」一瞬美貴は戸惑ったが、深々と頭を下げた。
「お気遣い、かたじけない」「苦しゅうない」葵も頭を下げる。そのまま、ちらっと上目で見る。二人の目が合い、ぷっと吹き出した。
 放課後、葵と音楽室に向かう。葵は声楽の勉強をしていて、美貴がその伴奏をした。音楽室への階段を昇り始めた時、美貴は楽譜を忘れた事を思い出した。葵に先に音楽室へ行くように言ってから、急いで寮に向かう。渡り廊下の窓ガラスの向こうにプールと枝垂桜が見えた。桜は花がすっかり落ち、夏枯れのような風情だった。桜の下にちらっと黒い人影が見えた。
 神尾直人だ。
 美貴は走って桜の樹の下に行った。「神尾君、どうしてこんな所にいるの? ここ、女子高だよ」
 直人が振り向き、目を瞠った。「いいか、よく聞いてくれ」直人が怒ったように言う。
「やつらに引きずり込まれそうになったら、ここに逃げてくるんだ。この枝垂桜、この樹に掴まって、どんな事があっても手を離しちゃ駄目だ。いいな、約束だ」有無を言わせないその口調に、美貴はむっとした。「そんな変な約束をする理由はないわ」「いいから、約束するんだ」「あのね、ここは女子高なの。第一、何でそんな命令をするの?」「好きだからに決まってるだろ!」美貴はまじまじと直人を見詰めた。直人が怒って言う。「あーっ、こんな形で告るつもりはなかったのに! いいか、約束を忘れるな」直人の真剣な瞳が美貴を捕らえる。思わず、美貴は頷いていた。
 風がざん、と吹いた。美貴は目を瞑った。目を開けた時、直人はいなかった。セーラーの襟に桜の花びらが散っていた。手で払い落とそうとして止めた。名残の花びらで栞を作る事にし、一枚一枚指で摘んで胸ポケットに入れた。


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