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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

20柿美★:2004/04/30(金) 01:57
 佐由紀と別れて帰りの電車に乗る。彼らを見たあとはどっと疲れてしまう。満席なので仕方なく吊革に頭を預けながら、ついつい彼らのことを考えてしまう。今日のメガネザルはなんの暗示だろう。たぶん、昨日テレビで見た二桁の足し算ができるニホンザルと、あとは昼間上司にミスを怒られたことの二つが混じったんだろうな。「いつまで新人のつもりでいるの?」そうぼやいた上司の顔とメガネザルはそっくりである。
『彼らは心の裏側だからさ。不快なものばかり見るのは精神が健康な証拠だよ。蓉子はいつも戦ってるんだね、一生懸命生きてるんだ。そのへんぼくは駄目だなあ』
 私にいろんなアドバイスをくれたのは、お父さんの一番下の弟の洋二叔父さんだった。最初にあのカミデビルのサタンを見たとき、私の頭は空っぽになってしまった。ぞわぞわした寒気が間断なく襲い、コールタールのように真っ黒な不安が足元に溜まっていて、いつそれが這い登ってきて私の全身を覆ってしまわないかと毎日脅えていた。そんな私の元へ洋二叔父さんはひょっこり顔をだした。ぼくも見るし、うちの家系は時々見る人間が出てくるんだよ。彼らは異世界の住人かもしらんけど、影のようなもんさ。蜃気楼のようなもの。ただ居るだけでなにもできやしない。そう諭されて、足元に溜まっていたコールタールがすっとひいていったのを覚えている。
『いいかい。綺麗なもの、優しいもの、愛らしいものを見たら要注意だよ』
 小さかった私の頭を撫ぜながら、洋二叔父さんは言っていた。昔、叔父さんの下の弟が、そんなものばかり見ていて取り込まれたという。叔父さんの弟(つまりお父さんの弟でもあるんだけど。私は存在も知らなかった)は、ずっと幼い時から彼らが見える性質で、綺麗な・可愛い・優しい彼らばかり見ていた。そんな彼らばかり見ていたから、弟は八歳の時にふいっとあっち側に行ってしまったという。それ以来戻ってきていないという。
『綺麗で、優しくて。そんなのばかりじゃあ詰まらないだろう。蓉子は行っちゃあ駄目だよ』
 そう言って叔父さんは寂しそうに笑っていた。
 電車が最寄駅に着いた。思い出に浸りながら改札を出て、私はどきっとした。洋二叔父さんが改札を出た所に立っていた。ぼろぼろのコートを着て、もう何日も剃っていない無精髯で。また仕事を辞めたんだろうか。
「やあ」叔父さんは右手を挙げた。二年程会ってなかったけど、また皺と白髪が増えている。この人は一年で三年分くらい歳をとる。私とは一回りしか違わない筈なんだけど、まるでお爺さんだ。
「叔父さん……」なんと声をかけていいのかわからない。家で待っていなかった理由はわかる。二年前にお父さんが紹介した仕事を辞めてしまってから、叔父さんは家に来ていない。
「大人になったね、蓉子。今日はお別れに来たんだ。どうも、駄目らしい」
「……」二年前までは、私も叔父さんと顔を会わせる機会があった。会うたびに老け込んでいく叔父さんを見続けていたから、いずれこの日が来るとはわかっていた。引き止める気持ちがおこらない。そんな気持ちは二年よりもっと前に失われていた。
「どこへ行くの」と私が俯きながらようようと聞くと、叔父さんはやつれた笑顔で夜空を指差した。満月。
「彼らはいつも手の届かない所に現れるだろう? で、わかったんだ。決して手に届かなくて、それでいていつも見ることのできるもの。あれさ」
 きっと叔父さんの顔は皺だらけでも、瞳だけは昔のようにやさしく笑っているんだろう。私は俯きながら握った拳に力を込める。
「あそこで弟が手を振っているのがぼくには見える。蓉子には見えないだろう? うん、それでいいんだ。蓉子はずっと見えなくていい」
 不意にきーんと耳鳴りがした。いつもとは全然違う、右の鼓膜から左の鼓膜を突き抜ける強烈な音。私は耳を抑えて目を瞑った。音はすぐに止んで、目を開けると叔父さんはいなくなっていた。私は満月を仰ぎ見た。周りはモノクロームになっていないし、空気もざらりとしていない。なのに、満月に彼らを見た。満月いっぱいに、頭の大きな、ちっちゃな手の胎児が映っていた。胎児は時折、頭をゆすったり、手をグーパーさせたりしている。私の胸の奥から、ぐつぐつと溶岩がわいてくる。溶岩は私の体内で波打ち、荒れ狂い、全身に隅々まで行き渡り、私はどうしようもなくなって、満月に向かってばかやろう、と叫んだ。何度も何度も、狼男のように吼えた。
<了>


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