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文章鍛錬企画【コラボ即興文】4/22〜

19柿美★:2004/04/30(金) 01:56
「月に向かって」

 今まで何度この感覚に襲われたのだろう。最初にはっきりと自覚したのは小学三年生の時。下校途中の歩道橋の上で突如耳がきーんと鳴りだした。空気がざらりとした質感を持つものに変わるのを感じた。私の手の平の肌色やスカートの赤色が灰色に変わったと思ったら、その灰色は私の体から全方位にひろがっていき、瞬く間に世界が灰色のモノクロームに塗り替えられた。
 そして、歩道橋の上から見える一番遠くのビルにサタンを見た。あのノッポの細身のビルは『上出ビル』だな、とぼんやり思った。なんで名前を知っているかというと、片仮名で読むと「カミ・デビル」だとクラスで話題になったからだ。カミデビルにサタンがへばりついている。キングコングのように巨大なサタンが、キングコングのようにカミデビルにしがみついている。灰色のモノクロームの世界に、蝙蝠のツバサとねじれた二本の頭のツノと山羊のシッポを持った黒いシルエットが切り抜かれている。
 で、今なのだけれど。もう随分と慣れてしまった。耳がきーんとしだすと「ああ、またきた」と溜息をつくだけだ。
『また見えてる?』モノクロームの佐由紀が伝票の裏にそう書いて私に見せる。きーんとしだすと他の音が聞こえなくなるのだ。
「うん。あそこの電柱あるでしょ。てっぺんにメガネザルがいる」私は窓の向こうに見える電柱を指差す。私と佐由紀はデパートの二階にある喫茶店でお茶を飲んでいる。店内は客が多くてがやがやとした雰囲気で、窓の下にも通行人がひっきりなしに通ってるのだけれど、そんなこととはお構いなしに夜のとばりが降りた窓の風景の中に、サルがいる。メガネザルと言ったのは学名のことではない。鼈甲のメガネをかけた、おまけに博士帽まで被ったサルなのだ。サルは電柱のてっぺんからこちらを見て、きぃっと歯を剥きだして笑う。狡猾な人間の笑顔。
 私は、慣れたと言ってもやっぱり気分が悪い。テーブルに突っ伏して『この感じ』がひいていくのを待つ。向かいの佐由紀が手をのばして肩をさすってくれる。
 今回はメガネをかけたサルだったけれど、彼らはいつもまちまちの姿で現れる。夜空を浮遊する巨大ウミガメや、高層ビルをよじのぼっていくオバサンも見た。ウミガメはいまにも真下にいる私を押し潰しそうで怖かったし、ビルをよじのぼるオバサンは太っていて最初ユーモラスだと思ったのだけれど、よく見ると私のお母さんの姿をしていたのでゾッとした。私の見る彼らは、いつも不快な姿で現れる。
『まあ、彼らの姿は蓉子の心の裏側だから。ぼくが見る彼らはまた違った姿をしているもんだよ』
 洋二叔父さんは時々天使とかムクムク毛のかわいいケダモノを見たりすると言っていた。羨ましい。なんで私だけ?
 徐々に『あの感じ』がひいていく。ざらりとした空気が、室内の暖房と人の気配に満ちたそれに変わっていき、きーんという耳鳴りも遠ざかり、佐由紀や周囲の客の声がオーディオの音量ボリュームをひねるように大きく聞こえてきた。
「大丈夫?」鮮明なカラーに戻った佐由紀の心配顔。
「大丈夫。でも、ごめん」
「よっしゃよっしゃ」佐由紀は笑顔で私の頭をくしゃくしゃっとしてくれた。結局、約束していた映画は見ずに帰ることにした。席を立つ時に窓を振り向くと、勿論さっきの電柱にサルはいなかった。

<続きます>


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