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文章鍛錬企画【三語即興文】4/12〜

4セタンタ:2004/04/13(火) 14:43
こんにちは。ようやく入れました。よかった(ほっ)
にゃんこさんの作品の感想。
組み合わせの難しいお題を無理なくまとめ、お上手です。のんびりとした食事の場面、金井の考えている事が8年という言葉と重なりました。のどかさと地震の前の不気味さ、同じだけど違う、後でわかっちゃうんですね。惜しかったのは地震の描写かな。詳しくは天井桟敷で書きます。

お題「文庫本、脳、デジカメ」 追加「時間に意味を持たせる」
 
 活字に集中できない。
 俺は文庫本をそっと閉じ、こめかみを指で揉んだ。早紀と喧嘩して10日が過ぎた。理由は他人から見れば些細な事だろう。だが、俺達にとっては、相性の悪さを最悪に露呈してしまった。
 早紀はコンピューター会社でソフトウエアの開発をしている。ガチガチの研究者って感じはしない。長い黒髪の似合う、今では死語となった、大和なでしこ、という外観で、美しく、心優しい女性だ。 
 で、俺はというと、古書店をやっている。この時代、新聞も小説も全てオンライン化され、紙に印刷された本は希少価値が年々高まっていた。どうして昔の人間は、壊れやすい紙なんかに印刷したのだろう、今、読んでいるこの文庫だって、あと30年もすればボロボロになってしまうだろう。オスカー・ワイルドが泣いちまうぜ。
 店の奥にある事務机の上のPCを見る。メールもネットも嫌いだが、全国から来る注文を捌くためには仕方ない。どうせ俺はアナログ人間、早紀の言うように、便利な機械を使おうとしない、時代に取り残された男さ、と自嘲気味に呟いた。
 PCから曲が流れた。早紀からのメールだ。俺はばっと立ち上がると、すぐに画面を開いた。メッセージが表示された。
「今日から1週間、次の画面をずっと開いていてください。1週間後にお話しましょう」
 画面いっぱいに早紀の横顔が写った。つんとすました、温かみの欠片もない横顔。
 別れ話、俺はすぐにピンときた。これからカウントダウンを始めようっていうのかよ。腹はたったが、情けない事に早紀の言うとおりにした。結局、俺は早紀を愛していたし、最後まで会い続けたかったからだ。

 変化に気がついたのは、2日後だった。早紀の横顔が少し斜め前になっている。心なしか、口角が上がり、目元が柔らかくなったようだ。俺は目をこすった。眠れなくて疲れているせいだ。今日は仕事を早く終わらせて、ぐっすりと眠ろう。薬を酒で流し込めば大丈夫だ、きっと。
 暗い店内でPCの画面が緑色に光っていた。俺は無精髭でざらざらとした顔を撫ぜた。5日後の早紀は殆ど正面を向いていた。今は目を閉じている。昨日から店は開けていない。画面の早紀を見るためだ。早紀に連絡を取ってみたが、いつでも留守電で話ができなかった。
 頭痛が続いていた。脳の中で、ゴブリンがつるはしを振り上げ採掘しているようだ。体がふらつく。家の中には食い物も酒も殆ど残っていない。最後のバーボンの口を開け、ラッパ飲みする。口から溢れた液体をぐいっと拳で拭いた。
 
 閉じていた早紀の瞼がゆっくりと開いていく。大きな黒い瞳がいたずらっぽく輝いた。形のいい唇を開き、微笑を浮かべた。
「どう? 私達のチームが開発したデジカメで撮影したの。画面の中の時間の流れを自在に変えて送受信できるのよ。驚いた? ここまで技術は進んでいるのよ。少しはそのお堅い頭を切り替えてね。会えなくて淋しかったわ…」生きている者の気配のない店内で、早紀の声だけが流れていた。


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