したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

文章鍛練企画【三語即興文】4/4〜

15海猫:2004/04/08(木) 12:40
 ではお題に。

○お題:「将棋、紅茶、桜」
○追加:「歴史にまつわる要素」


 ……ああ、お客さん。悪いねえ。そいつァ生憎、売り物じゃあないんだよ。他にも色々あるから、済まねえがそっちから見繕ってもらっちゃあ駄目かい? ほれ、こっちの柘植なんてどうだい? 質感だってなかなかの……お前さん、拘るねえ。そんなにその将棋盤が気に入っちまったのかね? なに、他の盤とは違って見える? いかんな、魅入られちまったかね。仕方ない。教えて差し上げましょう。
 その将棋盤はな、お前さんの言う通り、他の盤とはちょいと違う。材質がね、そいつは桜で出来てるんだ。桜ってな、あまり使うもんじゃないんだが、まあだからこそ、そいつはちょいと違うんだわ。その桜の木はね、とある合戦場跡に人知れず生えてたもんだ。樹齢は二百年とか三百年とか、まあ大したもんだよ。おっと場所は教えられないね。今じゃ私有地になっちまってるからね。おいらはそこの地主さんとちょいと知り合いで、その関係でその桜の木と出会ったのさ。
 身震いするほど、ってな大袈裟かと思うかも知れんが、それくらい綺麗な桜だった。春の初めには他のどの桜よりもいち早く花開いて、他の桜が盛りの頃には、もう花びらを零していた。月夜にはその舞い散る花びらがね、こう月の光を浴びて、雪みたいにぼんやり光るんだわ。しかし、桜の木ってのは、ほれよく言うじゃねえか。『根元に死体が埋まってる』だの何だの。余所で聞きゃあ笑って済ますが、その場所がどんな所か知ってるだけに、そこじゃあ苦笑いにしかならんわな。
 酷い合戦だったらしいわ。お家騒動で立ち昇った、まさに骨肉の争いって奴か。巻き添え食らって戦った兵達にとっちゃ、堪ったもんじゃねえな。元々袂を同じくした、仲間同士だってのにね。そして戦うだけ戦った挙句、隣国の殿様に国乗っ取られたんじゃあ、無駄死に犬死にも良いトコさ。兵達にだって家族はあったろうに。
 その桜の木がね、おいらにゃ墓標に見えて仕方なかった。桜は往々にして、死に通じるものがある。時々その一片一片がね、生まれて無慈悲に散っていった人々の、魂の火の粉にも見えたよ。その地に染み込んだ人達の血を吸って数百年生きた、桜の念なのかもしれんが。
 で、その桜の木なんだが、数年前に病気に罹っちまったんだ。酸性雨でね、時代の流れってな皮肉なもんだわ。もう寿命も近かったのか治らないってんで、その地主さんがね、おいらにこの桜の木で将棋の駒と盤作ってくれ、って注文したのさ。それで出来たんが、お前さんの抱えてるその一式さね。
 何故それが、未だにここにあるか、って? それなんだよ。実はその地主さん、お亡くなりになっちまってね。その一式、宙ぶらりんのままここに置いてんだわ。ん? じゃあ寄越せって? はっはっは、無理だねえ。何故? その駒、よう見てみれ。表にも裏にも、何も文字が書いてないだろう? それじゃあ将棋は指せんわな。
 ……何と言うかねえ、もう戦わせたくないんだわ。例え盤上でもね。それにほれ、駒ってな、見ようによっちゃ墓石にも見えるだろ? これが名も無い人々に向けた、おいらなりの供養でさあ。

 店主はそう言うと話し疲れたのか、冷めてしまった紅茶を静かに啜った。



 今回はオーソドックスに。歴史にまつわる要素……か否か、不安ですが。
 次回は、
○お題:「狐火、小春日和、初日の出」
○追加:「喜劇」
 でお願いします。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板