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灼眼のシャナ&A/B 創作小説用スレッド

1SS保管人:2003/11/24(月) 19:22
ライトノベル板でSSを書くのは躊躇われる、
かといってエロパロ板は年齢制限が…

そんな方のために、このスレをどうぞ。
萌え燃えなSSをどんどん書いて下さい。

2029:2006/02/08(水) 21:55:31
 「敵穿つ剣と為れ!」
一瞬。人形が、眼も眩む程強く輝く。光が徐徐に晴れ、過ぎ去った後には、鈍く輝く金色の軍団が、主を守るように傍に控えている。中には黄金の馬に騎乗し、強固な鎧に身を包む者もいる。右手には、6m以上の長さをもつ槍を、左手には楕円形の、巨大な盾を備える畏怖の軍団はしかし、優雅ですらあった。サーレは、己が呼び出した軍勢を、満足そうに見回し、
 「ファランクス」
そう、言い放つ。500を優に超す、黄金の戦士達が、彼女を中心とした、四角形に近い陣形を取る。
そして、
 「突撃せよ!」
タルウィスの掛け声と共に、煌く金色の力の奔流が、漆黒の地表を掻き分ける。軍勢を金の糸で操るその様は、『戦女神』と恐れられ、幾多の『王』を屠ってきた。その少女の瞳には今、狂喜の光が燈っている。



 「はっ、連中も派手に暴れているな。あんたご自慢の燐子達が、次々に打ち倒されているぞ。」
『千変』シュドナイは呟く。城の窓から見下ろす地平には、無数の燐子たちが展開しているが、ある者は爆破に巻き込まれ、またある者は剣により打ち伏され、数を減らしていっている。壮絶な力の余波がガラスを揺らし、戦場の苛烈さを伝えていた。その言葉に大蛇は、
 「心配要らぬ。シェテトが指揮を執っている故に、我が燐子達が負ける事は無い。」
そう答えた。その言葉にシュドナイは、からかいを含む声で、
 「ほう。あの子を随分と信頼しているんだな。」
言葉を口にした。大蛇は、一瞬考えるかのように沈黙し、
 「あやつが戦陣に立ち、負けた戦は一度とて無い。ただ、其れだけの事だ。」
静かに答えた。シュドナイは何も言わず、再び地上を眺める。無数の燐子の軍勢が、四方から一斉にフレイムヘイズ兵団へと襲い掛かっている。その燐子達を吹き飛ばす様に、突如、群青色の炎が地表に突き刺さり、大爆発を起こした。
 (ッッ――!あの炎は!)
シュドナイは、身の内で驚愕の声を上げ、歓喜に打ち震える。
 (ふふ、そうか。彼女がこの戦場に―)
シュドナイは記憶に思いを馳せる。数多の同胞を喰らう群青色の獣を、美しき殺戮者の姿を、その脳裏に思い浮かべた。
そして己が雇い主へと、轟然と言い放つ。
 「悪いな、蛇王よっ!大命の一つを見過ごしたとあったら、ババアに何を言われるか判らんからな!」
言うが早いか、窓を一気に突き破り、空中へと身を躍らせる。割れた窓から、敵の上げる雄叫びが聞え、室内に響く。
大蛇はただ押し黙り、そして一人、呟いた。
 「ふん。流れ者風情はやはり、当てにならぬな。」
彼は一人の少女を思い浮かべる。自らが造り出した、およそ戦場に似つかわしくない、愛くるしい少女を。
 (シェテトよ・・・。)

20310:2006/02/08(水) 21:56:02
大蛇は呟き、外を眺める。其処には、黒馬に跨る小さな少女が、弓を引き絞り敵を幾多も屠る姿があった。


趣向を凝らした様々な調度品を、廊下の脇に廻らせる回廊で、漆黒の群れと、紅蓮の輝きを放つ騎士団の激戦が繰り広げられている。騎士団の先頭に立ち、悍馬に跨る女性が手に掻き抱く焔の槍で燐子を打ち砕く。
 「警戒が厳しくなってきたわね。」
 「『祭礼の蛇』が待つ、王の間が近いのでありましょう。」
マティルダの呟きに、ヴィルヘルミナが言葉を乗せる。その顔は、狐を思わせる白面の仮面に覆われ、何条もの鬣を生やしている。
 「そうね。・・・それにしても、凄い数。」
マティルダは話しながらも、横手から斧を突き出してきた燐子を、槍を扱いて一直線に貫く。
 「この街で長き時を掛け、力を蓄えていたのだろう。」
彼女の身の内に眠る魔神が、言葉を繋げる。そして、マティルダが前方を見定めた先に、突如、廊下の曲がり角に潜んだ燐子の集団が踊り出し、弓を射掛ける。矢は二人の目前まで迫るが――
瞬時に二人の前に展開した、幾重にも折り重なるリボンの壁に阻まれ届かない。
そのリボンの障壁の中、
 「騎乗せよ!」
マティルダが声を張り上げる。紅蓮の軍団が、即座に湧き上がった炎の大馬に跨った。ヴィルヘルミナがリボンを解き、マティルダが自らも悍馬に鞭を走らせる。そして、
 「敵をっ!」
紅蓮の大馬が疾駆し
 「踏み潰せぇ!!」
一拍の間の後、騎士団の、怒涛の突撃が始まる。燐子を踏み砕き、回廊を走るその軍勢は、一直線に『皇帝の間』
へと進んでいく。
今や戦いは酣となり、戦局は混沌とした様相を呈している。


それは唐突に。燐子を蹴散らす青き獣へと、紫色の濁流が空から押し寄せる。
 「っっ―!危ねえ!」
マルコシアスは、叫ぶと同時に炎の波を、眼前に迫る濁った紫炎へと吐き掛けた。炎はその矛先を逸らせ、あさっての方向へと飛び行き、着弾する。そして爆音とともに地面を抉り、地表を揺らした。
 「久方ぶりだな、美しき修羅、弔詞の詠み手。こんな所で会えるとは思わなかったぞ。」
青き獣の前に、大柄な男が立っている。
 「お久しぶり、『千変』。また護衛遊びに勤しんでるの?」
皮肉を込めてトーガの内の女性が答えた。そして
 「『千変』よお。てめえ一体、何考えてんだ?他人の護衛なんぞして、何が楽しいっつーんだ。」

20411:2006/02/08(水) 21:56:30
マルコシアスが吠える。それにシュドナイは答えず
 「ふっ、君達に分かってもらおうとは、思ってないさ。・・・さて、早速で悪いが、そろそろ始め様じゃないか。」
言う内にも、シュドナイの肉体が見る間に変貌していく。虎の体に、鋭く尖った鷲の足。背には蝙蝠の羽が生え、その尾は蛇を生やしている。トーガよりさらに一回り大きいその姿は、古の野獣ヌエともキマイラとも取れる。まさしく『千変』の真名に羞じないその様に、マルコシアスが、毒付く。
 「ハッ!相変わらず、胸くそ悪い姿じゃねーか千変。ブチ殺しがいがあるってもんだ。」
 「ふん。君達には多くの同胞を葬られた。その仇を取らせてもらおうか。」
『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーはここ数百年間の内に、彼、シュドナイの所属する徒の大集団、『仮面舞踏会』の組員を、二百近く討滅している。彼が戴く盟主より下された大命は八つあり、その内の一つに『弔詞の詠み手』の殺害が含まれていた。シュドナイは言葉を続ける。
 「さあ、彼方の叫喚を肴に宴を始めよう、麗美なる惨殺者。」
巨大な獣が疾駆し、高く地を蹴る。
 「君と我らの因縁も―」
遥か高みより飛来するそれは
 「―今日、此処で潰える!」
超速の弾丸となって、トーガに激突した。


カイザーブルク城へと続く坂道の下方に、木材を組み合わせただけの簡素な、フレイムヘイズ兵団の本陣が控えている。
その陣の先端に、黒い修道服に白いベールを纏った、四十過ぎ程の丸顔の女性が城を眺め、顔を顰めている。
 「あらあら。随分と厳しい事になっていますね。うちの先手が回りを囲まれちゃってるわ。」
彼女の名は『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュ。このフレイムヘイズ兵団の総大将だ。彼女の漏らした言葉に、
 「呑気な事を言っている場合では無いですぞ、ゾフィー・サバリッシュ君。戦況は我が方が不利なのですからな。」
澄んだ男の声が、ベールの額に刺繍された星から響き、咎める。彼女と契約する紅世の王『タケミカズチ』だ。ゾフィーはその叱責に、
 「百も承知ですよ、タケミカズチ氏。この戦はあまり時間を掛けられる物では無い。一気に決めなくては。」
どこか、戦を楽しむような声で答える。タケミカズチは、うむっと頷き、
 「時を掛ければ、いつ『とむらいの鐘』が動き出すか、分かった物ではありませんからな。」
彼女達の言うようにこの戦は、速攻を前提とした作戦だ。戦闘に時間が掛かれば、『都喰らい』に成功したアシズ率いる『とむらいの鐘』が隙を突き、動き出す恐れがある。だからこそ彼女は、一人の王に対しては異例とも言える数のフレイムヘイズを率いて、戦闘を仕掛けた。だが、
 (まさか彼の王が、これ程までの軍勢を備えていたとは。)
彼女は『祭礼の蛇』が、数多の燐子を操る王だと知ってはいたが、その力量までは聞き及んでいなかった。漆黒の燐子達は、その数を減らしながらも、着実に敵を打ち伏せている。
 (しかし――)
ゾフィーは胸中で呟く。

20512:2006/02/08(水) 21:57:17
 (作戦はとりあえず、成功していると言っていい。後はどれほどの時を稼ぐべきか・・・)
やや沈痛な面持ちで、一人ごちる。彼女、ゾフィー・サバリッシュの立てた作戦はこうだ。まず、城門前へと兵団を展開し敵軍と一戦交え、敵衆の耳目を集める。そしてその間隙を縫い、単独でも十分な戦力を保持する二人のフレイムヘイズを、手薄になった城内へ突入させる。その後『祭礼の蛇』を捕捉し、討滅せしめる。この作戦が成功すれば、
あの強力無比なる軍勢を正攻法で攻め、壊滅させた後に『祭礼の蛇』と相対すよりも、人員の損失を減らすことが出来た。だがこの作戦は同時に、城へと潜り込むフレイムヘイズの、身の危険性が飛躍的に高まるものでもあった。それ故に彼女は、当代に並ぶ者無き使い手と謳われる女性と、それに勝るとも劣らないフレイムヘイズをその任に抜擢した。たった二人であの化け物に打ち勝つ事が出来るか否か。それがこの戦の分かれ道である。
彼女は溜息をつき、
 「ドゥニ、先手の陣へ赴き、カムシンに負傷兵を本陣へと戻す様に伝えなさい。その後、本陣に500の守備兵を残し、後詰の部隊を率いて先手の軍を援護します。部隊長はアレックスが務めること。」
傍に控える二人の男へ命令を下す。そして
 「これで、戦局が少しは良くなるかしら?」
 「あの二人の女丈夫しだいですな。」
高みに聳える城を眺める。その内で、獅子奮迅の活躍をしているであろうフレイムヘイズを思い浮かべながら。


阿鼻叫喚渦巻く地表とは異なり、カイザーブルク城は静まり返っていた。その城の中央一階『皇帝の間』に、二人のフレイムヘイズがいる。
 「あなたが『祭礼の蛇』ナフシュね。」
マティルダは目の前に佇む、巨大な漆黒の大蛇に問う。
 「・・・ふん。炎髪灼眼、『天壌の劫火』のフレイムヘイズか。」
大蛇は苦々しく、重い口を開く。そして
 「久しいな、魔神よ。出来れば二度と会いとう無かったが。」
マティルダの指に輝く宝石型の神器『コキュートス』を睨みつける。
 「『祭礼の蛇』ナフシュよ。貴様は一体、何を企んでいる?何故、膨大な存在の力を蓄えるのだ。」
雷鳴が如き声が空間に響き渡る。ナフシュは猛禽を思わせる鋭い目を見開き
 「・・・ふ、ふふ、ふはーっはっはっはっはっは!!―――――同胞を打ち殺さんと蠢く愚かな王に、我が志を計る事など叶わぬわ。」
己を討たんと攻め上がって来た魔神を、嘲笑する。愛する王を侮辱されたマティルダは、
 「・・・アラストール」
手に炎の矛を生み出し、戦いの初動を計る。そして、
 「もとより、話し合いの通じる相手では無かったな。」
魔神が己が契約者に喚起を促す。
 「難敵」
ティアマトーが静かに呟き、

20613:2006/02/08(水) 21:57:51
 「来るがいい!討滅のっ、道具共が――っ!」
漆黒の大蛇が吠えかかった。
 

敵味方入り乱れ、地獄さながらの凄惨な戦いの場に、二体の一際大きな獣が互いを死滅せんと相争っている。
 「ゴアアアアアァッ!!」
叫ぶ大虎の口から、不気味な紫色の炎の波がトーガへと押し寄せる。それをマージョリーは、
 「マルコシアス!」
 「応よ!ヒャーッハッハー!」
真っ向から受けてたった。トーガの口から壮絶な炎の奔流が噴出し、長く撓る両腕から無数の炎弾を解き放った。
眼にも鮮やかな群青色の炎が、濁った紫色の炎に真正面からぶつかった。空中で大爆発が巻き起こり、周りにいた無数の燐子を吹き飛ばす。青と紫の炎が溶け合い、未だ余燼燻る空に、トーガが舞い上がる。そして
 「金曜日にくしゃみをしたらっ!」
獣の口が即興詩を紡ぎだす。
 「日曜日にはお陀仏さ、っと!」
刹那、トーガの口から、大渦が如き炎の大波が押し寄せる。シュドナイは、
 「――っ、ぬぅ!」
短く呻き、その巨体を宙へと浮かせ、難を逃れた。だが、
 「天国地獄どちらかな、っは!」
トーガは軽やかに詠う。
 「地獄に落ちたら火炙りだ、っと!」
歌が流れ出すと同時に、突如、炎の波が急転しシュドナイの頭上から被せかかった。炎の渦は、虎の獣を中心とした大きなドーム状の円を描く。
 (抜かったっ!罠か!)
球体の内でシュドナイは舌打ちし、『強化』の自在法を瞬時に構築する。その一瞬の攻防を経て――
 「男は一人、身を焦がす!!」
獣の歌が途切れたその刹那、群青の珠が破裂し、先の爆発もかくやという程の大炎上を起こす。想像を絶する炎の熱が弾け、地表を大きく揺るがした。


カイザーブルク城の最奥、王者が佇む『皇帝の間』で、静かに戦いの火蓋が切って落とされる。まず先手を取ったのは
 「――ぬうわぁっっ!」
『祭礼の蛇』ナフシュだった。一声呻き、即席の燐子を作り出す。城外に展開する物よりも、更に強力な、漆黒の人形が、音も無く二人へと襲い掛かる。その異形の群れを、
 「矛槍!」
灼熱の炎を宿す騎士団が迎え撃つ。だがそれは、狡猾な大蛇の仕掛けた罠だった。

20714:2006/02/08(水) 21:58:36
 「ガァアアアアアアッ―!」
世にも悍ましき声を張り上げ、燐子に組み込まれた自在式を発動させる。刹那、燐子の体が膨れ上がり、
爆音と共に四散し黒色の炎を撒き散らす。マティルダが、迫り来る黒炎に飲み込まれる寸前――
その体は幾条もの、桜色に輝くリボンによって包み込まれていた。淡く光るリボンには『反射』の自在法が組まれている。闇を思わせる漆黒の炎は、その矛先を横へと逸らされ、強固な壁に、大穴を穿つ。
 「ぬぅっ!」
大蛇が再び唸り声を上げ、燐子を作り出すが、
 「弓!」
それよりも一瞬早く、マティルダが騎士団に弓を射掛けさせた。赤く灼熱色に煌く矢が一直線に空間を突き抜ける。一瞬、赤く燃える炎が室内に満ちるが、
 「ハァァァァッ――ッ!」
大蛇の低い呻きと共に、吹き散らされる。炎は、その鉱石よりも硬い鱗を僅かに焦がしただけだ。そこへ
 「ッ!」
ヴィルヘルミナが鋭い呼気を発し、『強化』の自在法を乗せたリボンを、何条も解き放つ。リボンは大蛇の傍らに佇む燐子を打ち砕き、その主を貫かんと迫るが、
 「無駄だ!」
大蛇の怒号が、彼女と同じ『強化』の自在法を奏でた。その一瞬、ナフシュの体表が鈍く黒い輝きを放つ。そして鉄をも穿つ桜色のリボンは、大蛇の鱗に弾かれあらぬ方向へと散らされていた。
 (ふむっ。流石に世に名高き自在師でありますな。)
 (そうね。あれだけの自在法を一瞬で組み上げるなんて。)
二人は小さく囁く。マティルダの『騎士団』も、ヴィルヘルミナのリボンも、蛇王の体に傷を付ける事が出来ない。マティルダは内心舌打ちした。
 (この状況はまずい。なにか――)
 (策を立てねばならないのであります。)
ヴィルヘルミナが言葉を繋ぐ。大蛇が再び、二人へ吼えかかる。
 「どうした!魔神よ、貴様の道具はその程度かっ!」
言葉と共に三度、燐子の群れを瞬時に作り出す。その漆黒の軍勢を迎え撃ちつつ、二人は部屋を見渡す。
 (何か戦局を変えられ――)
 「マティルダ!!」
彼女の言葉を遮り魔神が叫んだ。そして、
 「っっ――!」
大蛇の巨大な尾が、己が生み出した燐子ごと、マティルダを横薙ぎに吹き飛ばした。次の瞬間には、
 「―――――っ、う、あっ!」
横手の壁へと叩き付けられていた。壁にヒビが入り、崩れる寸前の状態の中、マティルダは翻筋斗打って床に転がった。その口からは鮮血が滴り落ちている。ヴィルヘルミナは大蛇を一睨みし、桜色の炎弾を解き放つ。その炎が爆発し、熱冷めやらぬ内にマティルダの傍へと跳躍する。

20815:2006/02/08(水) 21:59:07
 「傷は?」
仮面の上からでも、彼女が狼狽えているのが見て取れる。その問いにマティルダは、
 「っ、大丈夫。動けない程じゃ無いわ。それよりも」
マティルダの声が中途で止まる。その視線は正面の壁に架けられた、一振りの黄金の大剣へと注がれていた。陽光に煌く刀身を持ち、その柄には大小様々な宝石が散りばめられている。歴代の皇帝に受け継がれてきた王者の証である。彼女は瞬時に思考を巡らせ、
 「ヴィルヘルミナ。」
心配そうに覗き込む仮面の女性へと、策を打ち明けた。ヴィルヘルミナは、背後から攻め寄せる燐子をリボンで貫きつつ、
 「・・・了解であります。」
静かにそう答えた。
 「あの大蛇相手に、如何程時を稼げそうでありますか?」
マティルダは、にっと、不敵な笑みを浮かべ、
 「友人のためなら、幾らでも稼いで上げるわ。」
そう答えつつ、目の前に迫る燐子を、手に持つ槍で打ち砕いた。そして
 「ナイツ!」
再び彼女の力の顕現たる、赤く燃える軍勢を生み出す。マティルダは紅蓮の悍馬に跨り、
 「はぁぁぁぁぁっ!」
黒き鱗を湛える蛇王へと、攻め掛かった。


大蛇の目前に、灼熱の炎の群れが迫る。それを、
 「ズアアアアアァ―!」
叫ぶと同時に、その大口を開け、粉塵が如き黒炎を撒き散らす。赤い軍勢は吹き散らされ、その視線の先に炎髪灼眼のフレイムヘイズを見据える。
 (むぅ、このまま消耗戦を続けられては・・・)
漆黒の燐子を生み出しつつ、胸中で呻く。彼の力の大半は既に、宝具へと注ぎ込まれ、残された力は僅かに半分も残されていない。
 (何か決定的な戦機を掴まねば。)
大蛇は一人呟いた。その眼前に、燐子を踏み砕いた輝く悍馬が踊り出る。
 「――はぁっ!」
フレイムヘイズが鋭い声を上げ、大蛇の横腹に風穴を開けるべく、上段に構えた炎の矛を振り下ろす。だが――
 「無駄だと言ったはずだ!」
漆黒の鱗に傷を付ける事は出来ない。蛇王は鎌首を擡げ、フレイムヘイズを噛み砕かんと、背後より迫る。
その牙がフレイムヘイズに届く寸前
 「ハッ!」

20916:2006/02/08(水) 22:00:14
宙に浮かぶ女性が放ったリボンが、マティルダを引き寄せた。
再び、大蛇と二人のフレイムヘイズが対峙し、睨み合う。そこで、ふと。大蛇は気が付いた。
 (寡言の大河が、攻撃を仕掛けて来ぬ?)
先程から、攻め掛かって来ているのは『天壌の劫火』の道具だけだ。
 (何か、狙っておるな。)
ナフシュは一瞬警戒するが、
 (ふん。どちらにせよ、奴の炎も、寡言の大河の白帯も、我に傷を付ける事は出来ぬわ。)
そう思い直した後、燐子の群れを造り出し、嗾ける。その軍勢をマティルダは、
 「だあああああ――っ!」
掌から膨大な量の、灼熱の炎を生み出し迎撃する。炎の波が燐子を飲み込み、蛇王をも飲み尽くす勢いで迫る。大蛇は心中でせせら笑い、
 「はっ!とんだ虚仮威しだなっ!」
迫り来る炎を突っ切って、再びフレイムヘイズに牙を立てんと蠢く。だが炎の晴れたその先に、
 「ぬぅっ!」
有るべき姿が無かった。マティルダは白きリボンに引っ張られ、横手の壁へと移動している。ナフシュが首を擡げ、眺め見たその先には、
 「――っ!」
輝く桜色の光が有った。
 (これを―)
マティルダが先端を輝かせる黄金の大剣を握りしめ、
 (狙っていたのかっ!)
足裏から火の粉を吹き散らし壁を蹴った。『形質の強化』の自在法を燈すそれは、見る間に加速して――
 「グガアアアアアアアアァーッ!!」
蛇王の脇腹を引き千切る。ナフシュは断末魔の雄叫びを上げ、地に塗れた。


王者が佇む場『皇帝の間』に、一匹の大蛇が地に伏せている。その千切れた腹の断面からは、濃霧の様な黒炎が噴出し、直ぐに空へと掻き消えていった。
 「終わった・・・」
マティルダが呟く。
 「うむ。戦いは終焉を迎えた。」
魔神が淡々と言葉を重ねる。その言葉を聞き、大蛇が口を開く。
 「・・・ふん。討滅の、道具共め。」
その声は弱弱しく、すぐに空へと掻き消える。
 「『祭礼の蛇』よ。死ぬ前に答えるがいい。貴様は何を企んでいた。」
更に魔神が口を開き、王に問う。

21017:2006/02/08(水) 22:00:40
 「・・我はこの世を広く旅した。そして数多くの人間を喰らい、その様を眺める内に、人間を支配する事に興味を抱いた――」
大蛇は更に続けた。
 「愚直で、同じ種同士殺しあう愚かな者達はしかし、生の輝きに溢れていた。」
マティルダはただ押し黙っている。
 「・・・我は幾多の街を支配し人間を見定めた。だが、そのたびに討滅の道具共が嗅ぎ付け、戦いを挑んできた。
我は討滅者達に打ち勝つ為に、数多くの燐子を造り出し、そして道具共を屠った。」
大蛇の体の半分は、既に消えかかっている。
 「――っ、その内に、我はこの街へと辿り着き、自在法『大縛鎖』を張り巡らした。そしてこの地で蓄えた力を使い、古き王より奪った。宝具、『小夜啼鳥(ナハティガル)』を。」
 「ナハティガルだと・・?まさか、貴様!」
魔神が声を荒げる。大蛇は神器『コキュートス』を一睨みし、
 「我は鳥篭に眠る少女に願った。この街を、外界から完全に孤立させる事を。」
二人は言葉に詰る。
 「――ぐぅっ、わ、我はそのための自在式を、千年の月日を掛け、編み出していた。」
透ける大蛇の半身の向こうに、大きな鳥篭が見えた。
 「貴様等さえ、いなければ・・・自在法はっ、完成していたものを」
大蛇は首だけになっていた。
 「すまない、シェテトよ・・・お前に・・ばかり、辛い目に  ――」
王が喋り終わらぬ内に、残された巨大な頭は最後の黒炎を上げ、空気に混じり、そして
 「――さようなら。狂った王よ。この城で――安らかな眠りに付きなさい」
強大なる力を誇った王は、消えていった。


戦場にて、縦横に采配を振るう少女がいる
 「はあっ!」
手に弓を持ち、数多の敵を屠る少女がいる
 「たあああぁっ!」
その大馬で敵を踏みにじる少女は
 「――――――――!」
唐突に。己が愛する王の叫びを聞いた。
 「あ、あぁ・・・」
少女は呆然とし、身を震わせている。
 (ナフシュ様・・・)
心中で呟いた。
 (ナフシュ様が!)

21118:2006/02/08(水) 22:01:06
一瞬想像した惨状を振り払うように、
 「ナフシュ様!」
即座に馬首を反転させ、城門へと駆けさせた。
 (まさか・・・まさか!)
城内を一直線に『皇帝の間』へと突き進む。だが、
 「――っっ!がぁ、はっ!」
馬が地に倒れ伏し、少女の小さな体が床に叩き付けられる。馬はもう、ピクリとも動かず、その体は徐々に空気に薄らいでいた。少女はその光景を眺め、
 (ナフシュ・・様、が――)
呟く少女の体も、足先から少しづつ無くなっている。少女は腕を使って、回廊を這って行くが、
  「我が・・主、ナフシュ様――、」
そう言い終わる頃にはもう、少女には這い回る腕すら残されていなかった。
 「愛・・・して、お、 ま・・・す、ナ ―――― 」
言葉が途切れ、少女の体が宙へと溶けて消えていく。小さな背に身に付けた弓が、カランと、乾いた音を立てて床に転がった。


戦場を、神速で飛翔するオーロラがその動きを止めた。
 「――、何だ?燐子共の動きが・・・」
『極光の射手』カール・ベルワルドは、己を載せる巨大な鏃『ゾリャー』を停止させ、地面に降り立った。彼の目の前に
は先ほどまで、存分に同胞を屠っていた燐子がある。だが、
 「止まっちゃったわねー。」
ヴェチェールニャヤが呟く。彼女の言う様に、漆黒の人形の軍勢は、その場に頽れ地に頭を臥せていた。そして――
 「・・・消えた。」
カールの言葉と共にその身を空へと溶かして行く。黒き炎が一斉に立ち上り、黒雲が如き渦を巻くが、すぐに薄れ、消えていった。
 「あの二人が『祭礼の蛇』を討滅したのよ。」
彼の傍へと、一人の小柄な少女が近づいてくる。
 「サーレ。無事だったか。」
カールがやや弾んだ声で言った。少女は軽く頷き、
 「ええ。作戦は完遂した。私たちの勝利よ。」
そう言い放つ。彼はにっ、と頷き
 「はっはっは!そうだ。俺達の勝ちだ!」
豪快に笑い飛ばす。だが、
 (何だ・・・?)
カールはふと、気が付いた。戦いの際中には感じられなかった、その感覚を。

21219:2006/02/08(水) 22:01:57
 「カール」
サーレが静かに言葉を漏らした。彼女の周りにはすでに、黄金の軍団が控えている。そして、彼方に横たわる丘の向こうから、微かな、獣のような唸り声が聞えてくる。
 「ちぃっ!まさか、この時を狙って来やがるとは!!」
カールが再びゾリャーに騎乗する。やや遅れて地鳴りと共に無数の軍勢が、丘から顔を覗かせ城へと迫っていた。


青き獣と一進一退の攻防を繰り広げる大虎が、一番にその異形の軍勢の正体を掴んだ。
   (っ――!とむらいの鐘か!)
言うと同時に、トーガと距離を取る。
 (ついに動き出したか。これはまた、やっかいな事になってきたな。)
彼は己が所属する仮面舞踏会の軍師、『ベルペオル』より、『とむらいの鐘』の動向を探る任を受けている。それは『弔詞の詠み手』の殺害よりも、優先すべき事項の一つだ。
 (依頼主も死んだ様だし――)
シュドナイが地を蹴り、空へと飛翔する。そしてその身を反らせ大きく息を吸い、
 (さっさと退散させてもらうとするかっ!)
 「ゴアアアアアアアァッ!」
最大級の炎の大渦を吹き散らした。壮絶な熱波と共に降り注ぐ熱塊を、マージョリーは冷静に、
「ハァッ!」
『反射』の自在法を乗せた炎弾を打ち出した。青き炎は空中で薄く広がり、紫色の炎を受け止める。紫炎は硬い物にぶつかった様に跳ね返り、青炎の外で爆発した。轟音轟く空にシュドナイの声が響き渡る。
 「弔詞の詠み手よっ!因果の交差路でまた会おう!」
紫雲が晴れたその空には、
 「ヒーッヒッヒ!『千変』の奴、尻尾を巻いて逃げ出しやがった!」
奇異な大虎の姿が消えていた。
 「何?アイツ、本当に逃げちゃうなんて。どうかしちゃったのかしら?」
マージョリーはやや不満の面持ちでぼやく。
 「さあな。そんなのは知った事じゃねえさ。それよりも・・・」
トーガが体を反転させ、城へと攻め上がらんと直走る、軍勢を見据えた。
 「ええ。あの徒共を――」
 「ヒャーッハッハー!全て皆々、皆殺しにしてやるんだーーーー!」
トーガが屈み、勢いをつけて空へと飛び上がった。


「六千、八千、九千・・・あらあら、随分と連れて来たわね。」
坂の頂上で、『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュが呟く。

21320:2006/02/08(水) 22:02:36
 「ふむ。して、いかかするのですぞ、ゾフィー・サバリッシュ君?我らは負傷兵を入れても2500余り。とても勝てる戦にはなりそうにないですぞ。」
タケミカズチが静かに問う。その問いに、
 「そうですね・・・うん。逆落としを仕掛け、出来うる限り抗戦し突破口を開きましょう。そののちに全軍で退却します。」
やや険しい面持ちで答えた。本陣は既に坂上へと移動させている。
 「ああ、この戦力差ではそれしか無さそうですね。『震威の結い手』。」
 「ふむ。まともな戦にはなりそうに無いからの。」
『儀装の駆り手』カムシンが同意の言葉を漏らした。ゾフィーは目を伏せ、
 「――ええ。・・・何人にも哀れまれず、罪を犯して省みず、存在もならぬ無に墜ちる我らに、せめて勝利よ輝け、
アーメン・ハレルヤ・この私」
 両手を組み、そして祈る。怨敵『とむらいの鐘』と干戈を交えるために。


 「むうっ!ナハティガルを狙いに来たか!」
地表で一戦交える両軍を眺め、アラストールが吐き捨てる。
 「そうね。どうやら私達が、『祭礼の蛇』を討滅するのを待ってたみたい。」
まさしく彼女の言う通りだった。『大擁炉』モレクが立てた策は、漁夫の利を得る物だった。もしも、『とむらいの鐘』が大軍をもって攻め込めば、『祭礼の蛇』は街の人間の存在の力を限界まで吸い上げ、同等の兵力を造り出し、抗戦を挑む可能性が会った。宝具『小夜啼鳥』を奪うとともに、来るべき戦に備え兵団を撃滅する。まさしく一挙両得の作戦だ。
マティルダは一瞬、唇を噛み締める。そこへ、空中から声高らかに、
 「出て来い!わが愛しき女、マティルダ・サントメールよ!」
銀髪の男が大声で叫んだ。その傍らには、重厚な甲羅に身を包み、鈍く輝く翼をはためかせる四本足の翼竜がいる。
 「さもなくば、この兵団を一人残らず、俺の『虹天剣』で屠ってくれよう!」
銀髪の男『虹の翼』メリヒムが、背後の虹色の光背を、己が持つサーベルの剣尖へと収束させる。そして、一瞬の間の後、光輝の塊が一直線に大地を貫いた。虹色の爆発が煌き、地表に広がるフレイムヘイズを吹き飛ばす。衝撃にカイザーブルク城が、縦に揺れた。その震動冷めやらぬ中、
 「両翼が出て来た以上、私たちが出るしか無さそうね。」
マティルダが憎憎しげに口を開く。ヴィルヘルミナが頷き、視線を鳥篭に巡らせ、短く問う。
 「あの宝具は如何するのでありますか?」
マティルダは口角を上げ、
 「あの両翼相手に、背負って戦うって言うの?」
微かに笑いながら皮肉る。そして
 「うむ。仕方が無かろう。今は捨て置くしかない」
アラストールがやや渋った声で、言葉を吐く。その言葉を聞きマティルダは再び、炎の軍勢を生み出し、
 「はぁっ!」

21421:2006/02/08(水) 22:02:56
悍馬に跨り、ヴィルヘルミナと共に、宿敵が待つ空へと踊り出た。


太陽は南天を過ぎ、日差しが強く地表へと注がれているが、町に人の気配は無い。戦の気配を感じた町人は、略奪や虐殺を恐れ、己が家より一歩も這い出る事は無かった。その人無き坂を、こげ茶色の天鵞絨の如き毛皮を持つ野獣が、群がるフレイムヘイズを蹴散らし進んでいく。
 「どけぇ!このっっ、雑魚共がーーーーー!」
『とむらいの鐘』遊軍首将、『戎君』フワワである。鋭く尖る、長い牙を戴く風貌と、しなやかな肢体を持つ姿は、まるで巨大な狼そのものだ。彼の役目は『とむらいの鐘』精兵3000を率い、敵本陣をつき抜け本隊と挟撃し、退路を断つことにある。目指す城まではもう1キロも無いだろう。軍勢の先頭に立ち直走る暴風が如き狼に、一人の小柄な少女が、黄金の戦士達を侍らせ立ち塞がった。野獣は構う事無く突っ切ろうとするが、
 「っ、――!」
長槍による槍衾が眼前に飛び出し、巨狼を串刺しにせんとする。フワワは大地を進んでいた方向とは逆に蹴り、軍勢と距離を取った。
 (ふん。強敵、か。)
目の前に現れたフレイムヘイズに率直な感想を漏らす。そして、
 (くくっ、これだ。戦はやはり――)
その瞳に狂気の色が燈り、総身に熱く血潮が滾る。
 「こうでなくっちゃなぁっ!」
吠えると同時に、大地を強く蹴り、金色の軍勢へと突進した。


ニュルンベルクの西、青々とした木々が繁る森林に、地を揺るがす二体の巨体が走っている。そして、
 「グガアアアアアアアアア!!」
膨大な質量の塊が、ぶつかり合う。地表に地震を思わせる強い揺れが襲い、鉄の巨人と、岩の巨人が蹈鞴を踏んだ。
 「おのれえええ、、何百年ぶりだろうかあああ、『儀装の駆り手』よおおお」
鉄の巨人『巌凱』ウルリクムミが、岩の巨人へと、語り掛ける。その体は分厚い鉄板を、頭の無い人の形へと組み上げた、異形の形相を呈していた。鈍く銀色に輝く胴体には、双頭の怪鳥が白く描かれている。
 「ああ、久しぶりですね、『巌凱』。再び合間見えるとは、思ってもいませんでしたが。」
岩の巨人の核『カデシュの心室』から声が響いた。そう言う内にも二人の巨人の下で、徒の群れと青色の獣『トーガ』
率いるフレイムヘイズ達が、激戦を繰り広げている。紅世の王『不抜の尖嶺』ベヘモットが言葉を紡ぐ。
 「ふむ。お前さんも、変わりは無さそうでなによりじゃ。」
石の巨人は呟き、木々をなぎ倒しつつ距離を取る。ウルリクムミは空をも震わす程の笑い声を上げ、
 「だがあああ、我々はあああ、主の壮挙にためにいいい、仇なすものをおおお、打ち伏さねばならないいい」
鉄の巨人の手に、濃紺色の風が吹き起こる。それは見る間に、戦場に落ちた剣、槍、兜、はたまた街にある、鍛冶屋の鎧を手繰り寄せ、巨大な鉄塊を作り上げた。風は荒れ狂い、濃紺の炎を所々に吹き上げている。

21522:2006/02/08(水) 22:03:20
 「我が『ネサの鉄槌』でえええ、塵も残さずううう、砕けて灰となれえええ、討滅の道具よおおおっ!!」
怒号と共に、大上段に構えた濃紺の渦が振り下ろされる。だが、
 「カムシン」
それよりも一瞬早く、岩の巨人が動いていた。右手に掲げる鞭『メケスト』から、岩石の塊を巨人へと放り投げる。岩石は飛翔する間に褐色の炎に身を包み――
濃紺の激流に正面からぶつかった。爆発と燃焼を巻き起こし、炎が砂塵を天空へと巻き上げる。大気を大きく揺るがす爆砕音が鳴り響き、褐色の炎と濃紺の炎が、空中に大輪の華を咲かした。


石畳の坂の頂上で、巨大な鏃が馬をも凌ぐ高速で、縦横に空を舞っていた。
 「ヒャッハーー!」
まるで、人無き荒野を行くか如く、鏃が徒を吹き飛ばしている。たとえその切っ先を逃れたとしても、鏃の背後に輝くオーロラによって身を引き裂かれていた。
 「ちょっと、カール!あんた、はしゃぎすぎじゃない?」
 「そーよ。油断大敵って言うじゃないの?」
カールは己が契約を交じわす『紅世の王』に、歓喜の声を上げる。
 「はっ!こんなゴミ虫共に、俺様の『ゾリャー』が止められるかよ!」
言い放つと同時に、後背の極光を側面へと広げた。孔雀の羽を思わせる翼に触れた異形の徒達が、ズタズタに身を切り裂かれていく。
 「良しっ!」
周辺の敵を一掃したカールは、次の獲物を求めるべく戦場に視線を巡らせる。そして
 「ん?サーレの奴、苦戦しているな。」
その視界に小さな少女の姿が映った。茶色の巨狼に軍勢を蹴散らされ、その可愛らしい顔には、遠めにも険しい表情が見て取れる。
 「あら、ホント。おチビちゃん随分と苦しそーね。」
ウートレンニャヤが、すこし上ずった声で囁いた。
カールはほんの数秒思考を巡らせ、
 「あいつが討たれれば、兵団の士気が落ちるな。加勢するぞっ!」 
鏃の進み行く方向を修正し坂の中途へと、一直線に突っ切っていく。
 「へー。やっぱりカール優しいのね。」
 「それとも、あのおチビちゃんに惚れてるのー?」
ウートレンニャヤとヴェチェールニャヤが、契約者を茶化す。
 「はっっ!あいつが苦戦する程の敵なら、こんな雑魚共を相手にするより、楽しめそうだろーが!」
 「キャハハ!それもそーね。」
 「あんな薄汚い狼なんか、ふっ飛ばしちゃいなよ!」
鏃は傍らに迫る幾多の徒を、いとも簡単に葬りながら、坂道を駆け下っていった。

21623:2006/02/08(水) 22:04:00


黄金の軍勢が、槍衾と共に巨狼へと迫る。だが、
 「はっっはあ!」
狼の鋭い唸りが響き、その丸太のような尾を振り回して、槍を打ち砕いた。そして、
 「どうした、嬢ちゃん!もっと力を上げろっ!」
狼の強靭な後ろ足が石畳に穴を穿ち、跳躍する。
 「この俺を――!」
軍勢は左手に構えた盾を振り翳した。
 「――楽しませてくれぇっ!!」
巨大な狼の体が黄金の軍勢に激突する。鈍い音と共に盾がひしゃげ、何体かの燐子が吹き飛ばされた。サーレは騒がず、
背後に控えた騎馬兵を、巨狼の横手から突撃させる。しかし、
 「がああああっっ!」
巨狼が吠えその口から、焦茶の炎の莫流が流れ出す。一瞬炎が眼を焼き、その力の奔流が晴れた先には、溶けた土が石畳の上に広がっていた。その光景を眺めサーレの眉根が寄る。
 (ちっっ!こいつ!)
内心舌打ちしつつ、新たな燐子を生み出す。彼女が得意とする戦法は、その圧倒的な軍勢による集団攻撃だった。この多勢に無勢の状況で、彼女に打ち勝った者はいまだ誰一人としていない。しかし、燐子そのものの強度は鉄壁と言う程ではない。『戎君』フワワの様に、膨大な存在の力を肉体の強化にのみ使い、小細工抜きで戦う相手には分が悪い物だ。
 (サーレよ。一旦引くべきではないのか?)
『虚構の鎚』タルウィスが契約者に問う。
 (だめ。此処で引いては、一気に兵団を食い破られる!)
ここで彼女が撤退すれば、勢いづく敵遊撃部隊を止められる者はいないだろう。そうなれば退路を絶たれた兵団は逃走すら危うくなる。
 「行くぞ――!」
三度獣が空へと跳ね上がる。サーレは槍を立てさせ狼を串刺しにせんとするが、
 「そんな物が効くものかっ!」
巨狼は構わず、流星雨の様に加速し、兵団の上から被せかかる。槍は『強化』の自在法に覆われた体表を、削る事は出来ても、刺し貫く事は叶わなかった。
 (まずいっ!)
少女の眼前に巨狼の額があった。少女に、一瞬にして死の影が忍び寄る。
 「じゃあな、嬢ちゃん。ちょっとは、遊ばせてもらったぜ。」
狼が高く笑い、大口を開けて少女を一飲みに飲み込む寸前。
 「――――っ、がぁ!!」
その体は、坂上より飛来した何かに吹き飛ばされ、空中へとその身を投げ出された。
 「よお、サーレ!珍しく大苦戦してるじゃないか。」

21724:2006/02/08(水) 22:04:25
 「カール!」
輝く極光の翼を生やしたそれは、巨大な鏃だった。
 「くそがぁっ!『極光の射手』か!」 
フワワが屋根を減り込ませ着地した。その脇腹には穴が開き、焦茶の炎を滲ませている。
 「そうだ、『戎君』!!この俺様は――」
鏃が宙を滑り、獣へと突進する。
 「『極光の射手』カール・ベルワルドだ!」
フワワは迫り行く鏃の切っ先を辛うじて躱すが、
 「――――!」
声にならない悲鳴を上げ、極光の光に体を引き裂かれた。巨狼の体が崩れ、錐揉みしながら地面へと落下する中、
 「骨も残さず――」
『グリペンの咆』が伸び、
 「――燃え尽きろぉっ!」
『ドラケンの哮』が発現した。圧縮された極光の翼が次々に打ち出され、超高速の、華麗な輝きを放つ瀑布となって、フワワの体を貫いた。地鳴りと共に極光の炎が狼を飲み込み、そして大爆発に弾けた。


鉄の巨人が、大木をも更に上回る太い足を振り上げ、岩の巨人へと突進する。それを眺めつつ、ベヘモットが呟く。
 「カムシンよ。『アテンの拳』を」
巨人の鞭を持たない左腕が肩の先から分離し、核ミサイルの如き轟音を上げ、褐色の炎を吹きながら宙を進む。それを真正面に睨み、
 「グアアアアアアアァッ!」
ウルリクムミは、鉄の塊を振り上げた。再び濃紺の炎を上げながら『ネサの鉄槌』が炸裂する。だが、
 「グガ、ゴッ!?」
岩塊は鉄の群れをあっさりと突き破り、その鉄壁の体に大穴を穿った。金属の砕ける音が鋭く響き、鉄の塊が地表に雪崩落ちる。しかし、
 「まだだあああああああっ!」
それに構わず鉄の巨人は、地響きを鳴らしつつ岩石の巨兵に体当たりした。
 「むう!」
再び巨人が交差し、その巨体が宙に舞った。岩の巨人は吹き飛ばされ、周囲のフレイムヘイズを巻き込み、地に倒れる。
 「ちょっと、爺い! 何やってんのよ!」
 「危うく俺たちまで成仏しちまう所だったぜぇ、ヒヒ」
トーガの内からマージョリー・ドーが、苛苛した口調で捲し立てる。続いて、やや緊張感に欠けた『蹂躙の爪牙』マルコシアスの声が響いた。
 「ああ、すみません。何人か討ち手を巻き込んでしまった様ですね。」
 「ふむ。しかし、我等の戦い方では、それも仕方が無かろうて。」

21825:2006/02/08(水) 22:04:46
岩の巨人が答える。そして、吹き飛ばした体の一部を補う為に、近くの丘にあった岩石を掴み肩にくっ付けた。
 「『カデシュの血脈』、配置」
カムシンが静かに囁く。肩と岩の間に褐色の火線が走り、岩の表面に自在式を刻む。
 「『カデシュの血脈』を形成」
ベヘモットが言葉を繋げ、ボッと、火が岩を包み込む。ややの後火が晴れ、岩の巨体は元通りの腕を取り戻していた。
その光景を眺めつつ、マージョリーが、呆れ顔で言う。
 「ふん。相変わらず、無茶苦茶ね。」
 「ヒーッヒッヒッ、俺達も派手に暴れよーぜ、我が厳粛なる物取り、マージョリー・ドー?」
マージョリーが獰猛な笑みを浮かべつつ、力に溢れた声を放つ。
 「わざわざ、言われなくても――」
トーガが岩の巨人の腕を駆け上がり
 「――そのつもりよ!」
次の瞬間には、巨人の肩を蹴り、天高く飛び上がった。そして眼下に広がる軍勢を睨み、炎の爆弾を放つべく、トーガが胸を反らし存在の力を高める。そして今まさに、炎がその口から流れ出んとしたその時だった。
 「マージョリーッ!!」
遥か彼方の丘の空、その上空から車軸を流す様に、鮮やかな青き炎の雨が怒涛の如く降り注ぐ。その隕石の塊の如き炎を眺め、マージョリーは
 「はっ!」
咄嗟に反射の自在法を眼前に巡らす。だが、
 「っっっ、がっ、あ!!」
光線はあっさりと自在式を吹き散らし、トーガの左手を貫く。そして
 「――――!!」
岩の巨人の肌を容易く食い破り、無数の穴を穿った。


戦場に、紫電の尾を引く女性が地を滑り、立ち塞がる徒を炭へと変える。
 「だぁらっしゃあ――っ!!」
裂帛の気合と共にその身を輝く雷と化し、眼前の『紅世の王』へと体ごとぶち当たった。
 「がぁっ!」
石の巨木が吠え、蜘蛛の様な根を女性へと差し向けた。黄土色の根が鈍く発光し、女性を迎え撃つ。雷光が、張り巡らされた根に激突し、根が轟音と共に砕け散る。雷が空中に四散し、女性が巨木と距離を取った。
 「ふん。総大将が、のこのこと戦前に赴くとはな。よほど戦を知らぬと見える。」
『とむらいの鐘』先手大将、『焚塵の関』ソカルが目の前の女性、ゾフィー・サバリッシュを呵する。その体は、黄土色の大石をそのまま、木の形に彫刻した様な異形の怪物だ。
 「確かにその通りね、『焚塵の関』ソカル。しかし兵団の士気を上げるには、これもまた仕方の無い事よ。」
物騒な紫電を身に纏うゾフィーは、のんびりとした口調で言葉を返す。

21926:2006/02/08(水) 22:05:12
 「挑発に乗ってはなりませんぞ、ゾフィー・サバリッシュ君。君が総大将なのですからな」
『払の雷剣』タケミカヅチが、己が契約者に喚起を促す。ゾフィーは答えず、再び
 「ぜいあああああぁ――っ!」
地を強く蹴り、雷光の身を宙に浮かせる。が、その刹那――
視界の端に青い閃光が走った。
 「――!」
ゾフィーは屋根の上に速度を落として着地し、光の渡り来た方向を眺める。街の西、深緑の森を火山弾の様な火弾が叩いていた。やや遅れて、震動と共に爆砕音が轟く。そして、きのこ雲が薄れた空の先に、
 「『棺の織手』!!」
『とむらいの鐘』首領『棺の織手』アシズの姿があった。巨大な体は小高い山の頂上に立ち、街を見下ろしている。その足元には、地を震わす鯨波の声を上げる軍勢が、ニュルンベルクへと走り来ていた。アシズ率いる、本軍一万の軍勢だ。その姿を見て取りゾフィーは即座に決断する。
 (もはや軍を率いての退却は不可能ね。落ち延びるしかない)
珍しく切羽詰った声で心中ぼやく。そこへ、
 「どうした、『震威の結い手』!戦の最中に余所見など、暗愚のする事ぞ!!」
ソカルが身を大きく揺らし、頭上に戴く枝葉を散らした。黄土色の葉が風に舞い、鋭利な刃となり彼女を四方から狙う。
ゾフィーは身の内の『存在の力』を爆発的に練り、
 「ハッッ!」
短く言葉を発し、屋根を踏み砕いて宙へと踊り出る。総身を紫電に覆ったゾフィーは、ソカルの放つ刃を焦がし、悠然と、坂上へと飛翔していく。そして本陣へと降り立ち、
 「ドゥニ!どこにいるんだいっ!」
信頼する腹心を呼びつける。
 「総大将殿!・・・厄介な事になりましたね。棺の織手自らの出陣とは。」
切迫した声を響かせ長身の男が現れる。
 「これより手薄な北へ向け落ち延びます!退却の合図を出しなさい!」
ゾフィーが駆けつつ指示を出す。
 「わかりました。太鼓を打ち鳴らせ!」
傍に控えていた若いフレイムヘイズに、本陣に備えさせた太鼓を打つべく命令する。そして、
 「退却だーー!皆のものっ、北の森林へと落ち延びよ!」
大声を張り上げ、自身も城の裏手へと走り行く。やや遅れて、腹に響く太鼓の低い音色が、戦場に鳴り響いた。


城を眼下に臨む遥か高みの空に紅蓮が舞い、虹色の炎が踊り、鈍色の霧が吹き荒れ、桜色の閃光が、空を焦がしていた。
 「ッバハアアアアアアア――――――!!」
『甲鉄竜』イルヤンカが、その巨竜を思わせる大口から『幕瘴壁』を吹き散らし無敵の弾丸を作り出す。それを、
 「いよっと!」

22027:2006/02/08(水) 22:05:40
紅蓮の大馬に跨る女性が、悍馬を垂直に、上へと走らせ難を逃れる。そこへ
 「はっ!」
巨竜の額に立つメリヒムが真上に浮かぶマティルダへと『虹天剣』を放つ。
 「っ!?」
マティルダは僅かに悍馬の身を反らせ、虹の軌道から身を外すが――
メリヒムが張り巡らした硝子状の燐子、『空軍(アエリア)』がその軌道を捻じ曲げる。上空より恐るべき力を秘めた虹の輝きが再び、マティルダに襲い掛かる。
 (しまったっ!!)
マティルダは動けない。その視界一杯に虹が迫り、一瞬、目を瞑るが
 「むぅっ!」
イルヤンカが目を見開く。彼女の胴に一条のリボンが巻きつき、マティルダの体を横へと滑らせた。メリヒムは、自分達に迫り来る虹の光を、再び燐子であらぬ方向へと飛ばす。
 「ヴィルヘルミナ!」
マティルダが、長き時を共に過ごして来た戦友に、歓喜の声を上げる。
 「大丈夫でありますか?」
ヴィルヘルミナが、心配そうな面持ちを声に乗せ、短く問う。
 (心配ないわ。・・・ただ) 
 (まずい状況でありますな。)
彼女達はこの『とむらいの鐘』両翼にして最強の将『メリヒム』、そして『イルヤンカ』と交戦する前に、『祭礼の蛇』との死闘を繰り広げている。満身創痍とはいかないまでも、その疲れは確実に、体の奥に澱の様に溜まっていた。この状態で己が宿敵を迎え撃つには、いかにも状況が悪すぎる。
 (持久戦になれば戦局は悪くなる一方であります。)
 (何か切っ掛けを作らなくちゃね。)
両翼を睨みつつ、距離を取る。実は彼女達には一つの秘策があった。だがその作戦は、両翼に仕掛けるには危険すぎる物でもある。その作戦を使うか否か迷うその一瞬に、
 「どうした!フレイムヘイズよっ!」
メリヒムが、吠えると共に三度、虹色の莫大な熱量の塊、『虹天剣』を打ち出す。虹が空に一線を描き、その軌道に立つ者を飲み込まんと驀進する。それを、
 「――ヒュッ!」
鋭く息を尖らせ、上手に飛び交い回避した。だがその光はやはり――
 「甘い!」
『空軍』に反射し再び襲い掛かる。今度はヴィルヘルミナへと、輝く虹が押し寄せるが、
 「ヴィルヘルミナ!」
マティルダが、胴に巻き付いていたリボンを力強く手繰り寄せ、彼女を素早く引き寄せた。
 (やはり、やるしかない様でありますな)
ヴィルヘルミナが、言う内にも一つの自在式を、一条のリボンに組み始める。

22128:2006/02/08(水) 22:06:29
 (あの二人にうまく通用すると良いんだけど)
マティルダが彼女を守るように前へと、悍馬に跨り立ち塞がる。と、その時だった。
 「――っ!退却の合図・・・」
太鼓の音色が三度鳴り、兵団が背後を追われつつも、北へと散り散りに逃げ惑う様が、地上にあった。
 (もう、これ以上時間は掛けられないわね。この攻撃で――)
マティルダが炎の騎士団を生み出す。そして、
 「――終わらせるっ!」
灼熱の軍勢を率いて、突撃を開始した。


 (俺はお前を必ず手に入れる。マティルダ=サントメールよ。)
竜の額に乗るメリヒムが、呟く。
 (共に轡を並べ、永遠の時を生きよう。)
マティルダが、再び大馬に跨った。
 (お前さえ頷けば、主もきっと許してくださる)
メリヒムは、後背に光り輝く翼をサーベルへと収縮させる。彼は彼女、マティルダと一つの約束を交わしていた。『勝ち得た者が、相手を好きにする』――と。
 (愛しき女。お前は何と美しく、)
彼の目前にマティルダとその取り巻き、騎士団が走り来た。
 (何と強き力を持っている!)
灼熱の軍勢が巨竜の鼻先へ踊り出す寸前、
 「イルヤンカ!」
 「応さ、――バ―」
幕瘴壁を吐かんと、鋭く尖る牙を剥き出しにしたその口に、
 (これはっ!)
桜色に輝く純白のリボンが一筋伸び、牙に絡みついた。ヴィルヘルミナが炎の群れに紛れ、放った物だ。そしてその先端を握るのは――
 「マティルダ=サントメール!」
マティルダが『転移』の自在式を載せたリボンを手に取り、存在の力を一気に練り上げた。そして、
 「ガハアアアアアアアァッ!!」
巨竜の口中に炎が湧き出し、大爆発を巻き起こす。
 (抜かったっ、か)
 「イルヤ――」
メリヒムの声が止まる。一瞬見失ったその眼前には
 「でやあああああああっ!!」
千にも昇る火矢が、宙に展開されていた。

22229:2006/02/08(水) 22:07:44
 (しまった!空軍を戻す事が――)
出来ない。彼には、自分に迫り来る炎の群れを、叩き落すのが精一杯だった。
 「おのれえええええ!!」
メリヒムが、徐々に地上へと落下する巨竜の上で怨嗟の声を上げ、虹天剣を放つ。赤き炎は、空中にばら撒かれた硝子の破片『空軍』にぶち当たり、それを爆砕する。轟音と共に、空に濛々と粉塵が立ち込めた。そして、その煙を切り裂き光跡が一直線に伸びるが、その光の先に目指す標的はいなかった。反射をさせようにもその道具は、無い。二人のフレイムヘイズは、いつのまにか地に降り立ち、森を北へ北へと駆け進んでいる。
 (追うか?いや、だが、イルヤンカの手当てを――)
一瞬迷い惑う内に。二人の姿は森に溶け込み、気配が薄らいでいった。



 (――遂に。ここまで来た。)
主を無くした城の回廊を、背に翼を生やした男が、ゆっくりとした足取りで歩みを進めている。
 (お前を守り。ここまで来た。)
城の外では、己が率いた軍勢が大歓声をあげ、怒号の様な勝どきを上げている。
 (お前の夢を果たす為に。ここまで歩んできた。)
足元に転がる大きな日本弓を踏み付け、壊していた。
 (ティス。我はお前のために・・・)
その大鷲の様な足が、門を潜る。
 「――、ナハティガル、だな?」
その鋭すぎる視線を、鳥篭に眠る少女へと注ぐ。少女は何も答えず。ただ眠っていた。


太陽が沈み、空に煌く半月が懸かる頃。虫達の鳴く音が森林に反響し、静かな夜を彩る。
 「ふう。結局生き残ったのは、」
 「これだけの様ですな、ゾフィー・サバリッシュ君。」
ゾフィーが冷えた口調で言葉を漏らした。彼女の周りに佇む人員は僅かに400。開戦時に比べ、十分の一にまでその数を減らしている。彼女がそうぼやくのも無理からぬ事であった。
 「『九垓天秤』の一角を討滅したものの、これでは大敗北と言うしかありませんね」
 「そうだな。怪我人も相当数出しちまった。」
横に立つカールが歯がゆそうな顔で、残存兵を眺める。その視線の先には、片腕を捥がれた『弔詞の詠み手』と、脇腹に穴を穿ち、意識を失う『儀装の駆り手』の姿があった。カールは舌打ちし、
 「あれでは当分戦は無理だな。」
そう呟いた。世界に散らばるフレイムヘイズの中でも、とびきりの実力者の負傷は、来るべき戦に備える兵団としては
手痛い戦力の喪失だ。その言葉を聞いたマージョリーは、額に脂汗を浮かべつつ、カールを睨む。

22330:2006/02/08(水) 22:08:25
 「誰が――っ、ここまでされて、黙っているもんかっぁ、」
 「ヒッヒッヒ、あんまり喋るんじゃねえよ、我が薄っぺらな盾、マージョリー・ドー?傷に触っちまうぜ?」
マルコシアスがやや力の抜けた声で、神器『グリモア』から、麗美な顔を苦痛にゆがめる己が契約者を諭す。
 「・・・お黙り、バカマルコ・・」
ぷいっと。マージョリーがそっぽを向いた。そして、二人の会話が終わるのを待っていたかの様に
 「しかし、我々は、それでも進まねばならないのであります。」
 「必定」
闇の奥から無愛想な声が聞えた。
 「ヴィルヘルミナ!それにマティルダ!生きていたか!」
カールが喜色を示し、二人を出迎えた。
 「『棺の織手』が狙っていた物は『ナハティガル』の宝具よ。」
ボロボロのマントに身を包んだマティルダが、心底悔しそうに言った。その言葉を聞き、兵団に緊張が走る。
 「なるほどね。それを使って、あの狂った『壮挙』とやらを実現しようとするわけかい。」
ゾフィーが呑気そうな声で囁く。すかざずタケミカズチが、
 「呑気な事を言って――――」
 「はいはい、分かってますよ、タケミカズチ氏。」
ゾフィーがやや強めの口調で遮った。一瞬沈黙が兵団を支配し、森に虫の音が響き渡る。その静寂を破ったのは――
 「話しはそれだけ?」
小柄な少女だった。
 「もう終わったのなら、私達は帰らせてもらうわよ。」
 「っ、サーレ!どういうつもりだ!」
カールが憤り、少女に問い詰める。少女はその態度を鼻にもかけず、
 「どういうつもりもあったもんじゃないわ。カール、何で私がこの戦いに参加したか分かる?」
逆にカールを問い詰めた。
 「それは、っ、あの糞野郎の馬鹿げた壮挙――」
 「私は『祭礼の蛇』との決着を付けに来ただけ。あいつが討滅された以上、あんた達と徒党を組むのも終り。ただそれだけの事よ」
カールの言葉を遮り、少女が捲くし立てる。更に、
 「私は自分の復讐が楽しめればそれでいいの。『冥奥の環』がする事なんて、知った事じゃないわ。」
『棺の織手』の古い真名を出して、言葉を続けた。一同に更なる静寂が訪れる。
 「行こう。タルウィス。」
 「ああ。そうするとしよう。」
契約する王に優しい声を掛け、中心に備えられた焚き火を背後に歩き出した。
 「おいっ、セーレ!」
カールが立ち上がり、少女を引きとめようとするが、
 「・・・行っちゃったわねー、おチビちゃん。」

22431:2006/02/08(水) 22:09:46
ヴェチェールニャヤが言葉を漏らす。少女はその身を闇へと溶かして行き、すぐにその姿は見えなくなった。
 「まったく。しょうがない子だね、あの子も。」
ゾフィーが溜息を付いた。そこへ、ともかく、とマティルダが切り出し、
 「あの宝具を奪われた以上、すぐにでも壮挙の準備を始めるはず。急いで兵団を再編し、戦の仕度ををしなきゃ。」
強い決意を内に秘め、そう話した。
 「そうでありますな。」
襤褸切れの様なドレスに身を包んだ、ヴィルヘルミナが短く同意する。
 「再び。数多の命を奪う戦が、始まるな。」
アラストールが、神妙な面持ちで呟いた。
そして、東の空を眺め見る。『とむらいの鐘』の本拠地『ブロッケン要塞』を、その先に見据えながら。



人外の思惑が渦を為し、日々が崩れていく。
人は気付く事も無く、毎日をただ生きて行く。
世界は歪みを掻き抱き、ただ明日へと向かって、動き続ける。



後書き
如何だったでしょうか。今回は全編、どシリアスのSSを書いてみました。楽しんでもらえたでしょうか?
前回、この文体でギャグをやらかし、失敗した経験を踏まえて、こんな風になってしまいました。いやしかし、何とか書き上げる事が出来ましたが、12巻発売前に漕ぎ付ける事ができて良かったです。戒禁の時間になれば、誰も見てくれそうにないですし。まあそれはともかく、このSSにはオリキャラが出てきますが、その中でもサーレには苦労しました。変人で燐子を操るってどんな感じなんだろう?と感じまして、その内、燐子→マリアンヌ→人形→お人形遊び→少女、そう思い至り、少女としてみました。変人って言うより、性格の悪い女の子って感じになってしまったのは残念ですが・・・。文中で一番気を付けたのは、マー姐とマルコシアスの掛け合いです。あの漫才の様な空気がちゃんと出せていると良いんですが。最後に、宝具争奪戦のこの戦い、気に入ってもらえたでしょうか?読んで下さった方々の(いるんだろうか?)感想、批評を聞かせてもらえれば幸いです。最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

225名無しさん:2006/03/18(土) 01:15:46
>93-119
教授とドミノが可愛すぎる
これ書いた人 まだいたりする?

226名無しさん:2006/03/30(木) 21:34:50
ここの小説って著作権あるのですか?

227名無しさん:2006/04/03(月) 03:03:59
皆さん、ものすごく文才溢れてます
もしかしてプロの方ですか?素人にしとくのは勿体無い
31氏とても面白く読ませてもらいました。感動しました。

228名無しさん:2006/04/03(月) 15:22:23
大蛇の街、とても面白かったです すげー

229名無しさん:2006/04/22(土) 22:11:03
誰か、シャナのバットエンドもの書いて

230名無しさん:2006/04/29(土) 18:25:26
吉田一美のハッピー話書いてエ。

231ヴィルヘルミナのユウウツ 1/2:2006/05/11(木) 16:27:02
 悠二はヴィルヘルミナと睨み合いを続けていた。彼は今更ながらシャナに付いて行け
ば良かったと後悔していた。
 床からベッドに座る彼女を見上げた。
「決着つけるであります。ティアマトー、だまって見てるであります。」
「御意」
 ゴクリ。
 喉が渇いたので、そっと麦茶のカップを手に取る。
 ビシッ。
「!?」
「なにするであります」
 リボンで伸ばした手を叩かれた。
「逃がさないであります」
「ご、ごめん。間違えただけ」
 ヴィルヘルミナはリボンを緩めない。
「あとで言いつけるであります」
「か、かんべんして」
「沈着冷静。悠二黙礼」
 ヴィルヘルミナはギロリと睨む。
「シャ、シャナはいまなにしてるのかなあ」
「う。うるさいであります」
 彼女は怒りに任せて引っ張った。そして慌ててリボンを緩めるが、間に合わない。
「う、うわああ」
 ドシッ。勢いで彼女のおなかに当たった。
「か、硬い」
 悠二は背筋に殺気が走ったのを感じた。
「ご、ごめん」
「さ、どくであります」

232ヴィルヘルミナのユウウツ 2/2:2006/05/11(木) 16:27:57
「あははは。うん」
 苦笑いをかみ殺し、手をさすりつつ悠二は聞いた。
「ヴィルヘルミナさんは、なにが好きなの?」
「……メロンパンであります」
「へ〜、シャナと同じなんだね」
「レトルト食品も、癖になります」
「レ、レトルト?」
「なかなか美味しいであります」
「ふ〜ん」
「りょ、料理だって出来るであります」
 悠二はふと考え、言った。
「じゃあ今度シャナと出かける時、メロンパン買ってきてあげる」
「ま、待つであります」
 悠二は立ち上がろうとしたところで呼び止められ、振り向いた。
「く、訓練であります。二人で一緒に行くであります。街はどこでも危険であります」
「そ、そんな」
「不測の事態に対応するためであります」
 悠二は落胆で勢いがなくなった。
 ヴィルヘルミナはそれを見て複雑な表情をみせたが、すぐに気持ちを切り替えて言
った。
「シャナがそろそろ来るであります。元気出すであります」
「そうだね」
 ヴィルヘルミナはため息をつくと言った。
「走る用意をするであります」

 また今日も、日常が繰り返される。少しの変化を加えて。

233名無しさん:2006/05/11(木) 23:46:13
ヴィルヘルミナはシャナの事を、シャナと呼ばないはずでは?

234名無しさん:2006/05/15(月) 01:03:49
実は、書きかけのSSがあるんですが、続きを書いて載せても良いでしょうか?
主旨は「死んだ某フレイムヘイズが、一時的に復活してシャナや悠二達と出会う」です。
一番の問題は「フレイムヘイズにも死後の世界は存在した」という部分が出てきてしまうことなんですが…。

235名無しさん:2006/05/16(火) 09:57:58
ぜひ!!

236234:2006/05/17(水) 23:52:21
ではこの一言を励みにして、以下に投下してみます。
まだ未完成なので、投下が遅れたらすいません。

一応時間軸は「9巻と11巻の間」です。設定は特に何も変えてません。
あと、肝心の某フレイムヘイズが出てくるまでに少々時間を有しますが、ご了承願います(ヲイ)。

237Bake to the other world:2006/05/17(水) 23:55:03
〜序〜

よぉ、元気してたか?
あ、ここに来ちまったってことは、元気とは言えねえか。
そっか、お前さんも来ちまったか…まぁ正直、あの状況じゃ来るのは時間の問題と思ってたけどな。
もう一人の、あの鉄面皮のお姫様は来てねぇ…ってことは、生き残ったか。ありゃ、そういえば虹の野郎もいねぇ、ってことは…おいおいお前さん、やることが憎いねぇ〜。
とりあえず俺が知ってるのは、奴の企みが失敗に終わったってことだけなんだが、あれはお前さんのお手柄なのかい?

…なんだ、どうした?ハトが豆鉄砲食らったみてぇな顔しちまってよ。お前さんらしくもねえな。
まあ、無理もねぇか。俺だって最初は信じられなかったからな。
冗談で言ったつもりがよ、まさか本当に「ここ」があるなんてなぁ。
ま、とにかくまずはお疲れさん。そこに座りな。そしてエールで一杯やろう。
今すぐにとは言わねぇが、まあゆっくりとお互いの顛末、語り明かしていこうじゃねえか。


その世界は、ひっそりと浮かんでいる。
二つの世界の、そのまた向こうに。
去りし者達はそこから、残りし者達を、見守り続けている。
会うことを熱望しながら、かつ、こちらに来ないことを、切に願って。

238Bake to the other world:2006/05/17(水) 23:59:09
〜1〜

9月上旬の、とある日の真夜中。
坂井悠二は、ふらふらとおぼつかない足取りで寝床に向かった。
とろんとした目つきでポケットに入れておいた目覚まし時計を見ると、時刻は既に午前1時になろうとしていた。
“紅世の従”に存在を喰われた残り滓の“トーチ”である彼は、本来ならばとうの昔にこの世から消えてなくなっているはずだったのだが、トーチになった瞬間に自身の体内に転移してきた宝具『零時迷子』の能力のおかげで、毎日午前0時になると存在の力を完全回復して、その存在を今日まで保つことができている。
そしていつもなら、存在の力の回復と同時に、自身の体内に蓄積していた疲労も解消される。
はずなのだが、
(おかしいな…なんか、体が…だるい…)
彼はこの日に限って、午前0時以降も重度の疲労感を感じていたのであった。
(存在の力は、ちゃんと回復しているのにな…)
悠二は目を閉じて、自身の存在の力の量を計ってみた。すると確かに、いつも0時を回った時と同じ量の存在の力が、身体に満ちているのが分かった。
(なんでだろう…っ、もしかして…?)
だるさの原因について一つ思い当たる節があった悠二は、布団に入ると、昨日あった出来事を思い返してみた。

(いつもの通り、下校途中シャナと合流して、道々話をしながら帰ったんだ。それで…確か女の子のスタイルの話を僕が始めたんだったかな?その時僕が何か失言して、しまったと思った時にはもう遅くて、すぐ横でシャナが『贄殿遮那』を構えてて、「峰だぞ」ってアラストールの声が聞こえた後、大太刀が振り下ろされて…)
「…ッ!!」
その瞬間の恐怖を思い出し、悠二は布団の中で身体をビクッと震わせた。といっても、彼が恐れおののいたのは、峰打ちを食らったことについてではなかった。
 
悠二がフレイムヘイズの少女『炎髪灼眼の討ち手』――シャナと出会ってから、もう数ヶ月になるが、彼はこの手の峰打ちは幾度となく食らってきた。
その原因はほとんどが、悠二による、彼女の機嫌を損ねるような発言である。
女の子の気持ちに非常に鈍感な朴念仁である悠二は、シャナとの会話の折、たびたび無神経な失言を彼女に放っていた。
そのため、ただ峰打ちを食らうだけなら、この数ヶ月の間に悠二にとっては既に日常茶飯事と化していたのである。
今さら、彼にとってさほどの脅威では(といっても、その瞬間は怖くて、猛烈に痛いことには変わりはないが)なくなっていた。

しかし今回は、峰打ちの他に、あるとんでもないおまけがついてきたのである。

239Back to the other world:2006/05/18(木) 00:04:36
〜2〜

昨日の夕方は、夕日の見えない曇り空だった。
「覚悟しなさいっ、悠二!!」
「ま、待ってくれ誤解だ、言葉のあやだよぉ〜っ!」
「うるさいうるさいうるさぁーいっ!!」
「峰だぞ」
そして、例によって大太刀は悠二に向けて振り下ろされた。

と、ほぼ同時に、それは起こった。



ピカッ!



ガラガラ、ドォーン!!!

「わぁっ!?」
シャナは突然自分の目の前に現れた強烈な閃光と轟音に驚いて、思わず叫んだ。
一筋の稲妻が、シャナが持っていた大太刀に落ちたのである。
この日の御崎市は、朝から空一面厚い雲に覆われており、落雷の発生しやすい天気であった。
しかもこの時悠二とシャナが歩いていたのは、近くに建物のない、真名川の土手道だった。
こんな天気の日に屋外の、しかもさえぎるもののない場所で、大太刀を――よりにもよって完璧な研ぎ味の、サビ一つない名刀を――振りかざしていたのだから、このときのシャナの行動はまさに自殺行為だったといえる。
「び、びっくりした…」
しかし、落雷の直撃を受けたに等しいはずのシャナは、目の前で起こった出来事に驚きはしたものの、火傷一つなくその場に立っていた。
手にはしっかりと、刀身からプスプスと煙を上げる大太刀を(もちろん刃こぼれ一つしていない)握ったままであった。
大太刀の握りの部分が強力な絶縁体であったことと、何より彼女がフレイムヘイズという、普通の人間の何倍もの力を有する存在であったことが理由であろう。
「シャナ、無闇やたらと『贄殿遮那』を振り回すのは、少し考え物かもしれぬぞ」
シャナの胸元にあるペンダント型の神器『コキュートス』から、彼女と契約している“紅世の王”である“天壌の劫火”アラストールが、遠雷の轟くような声でシャナに言った。
「うん、そうだね。これからは気をつける」
シャナは少し反省した表情で返事をした。
そして大太刀を『夜笠』の中にしまおうとした、その時、


「悠二っ!?」
大太刀から飛び火した雷を食らって、あお向けに突っ伏している悠二を見つけるやいなや、シャナはあわてて駆け寄った。

240Back to the other world:2006/05/18(木) 00:09:13
〜3〜

(瞬間、頭の中が真っ白になって…あぁ、恐ろしい)
悠二は寝返りを打ちながら、その瞬間の恐怖をあらためて思い返した。

「…ん、んっ」
悠二は目を開けると、シャナが顔を自分の方に向けて座っていることと、自分がなぜか布団を着せられて、あお向けになっていることに気がついた。
「悠二」
「…シャナ?」
「気がついたみたいね」
シャナは、悠二の意識が戻ったことに安堵の表情を見せた。
「あれ、僕、どうなって…?」
「悠二、雷に打たれて、気絶してたのよ」
「…っ、そっか」
シャナの言葉で自分の意識が吹き飛ぶ瞬間の様子を思い出して、悠二は青ざめながらも納得した。
「…あれ?」
少し気持ちが落ち着いてきたところで、悠二はある事に気がついた。
首をゆっくり動かして辺りを見回しながら、悠二はつぶやいた。
「僕の部屋じゃ、ない?」

その部屋は、自宅にある自室より二周りは大きいであろう大部屋で、悠二はその角にしかれた布団に寝かされていた。
反対側の角にはベッドが置いてあり、その前には、ちょうど職員室で教師が使うタイプの事務机があった。
壁際にはズラリと角ばった書類棚が並び、寝ている悠二の視点からはまるで高層ビル群を地上から見上げるかのような圧迫感があった。
明らかに自分の家ではない光景に、悠二は当然のように疑問を口にした。
「シャナ、ここは一体」
「我々の住居であります」
「っえ!?」
会話に突然介入してきた声に、悠二は思わず首を上げて、声のする方を向いた。
すると部屋の入り口から、メイド服を着た色白の女性が入ってきた。
「カ、カルメルさん!?」
「ヴィルヘルミナ、悠二の意識が戻ったよ!」
「…それは、よかったでありますな」
「結構」
嬉しそうな少女の声に、フレイムヘイズ『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルは、契約している“紅世の王”である“夢幻の冠帯”ティアマトー共々、不機嫌さを明らかに混ぜた声で答えた。

241Back to the other world:2006/05/18(木) 00:12:59
〜4〜

(いきなりカルメルさんがいて…びっくりしたよな)
悠二は布団のなかで、まだ今日のことを回想していた。

「ど、どうして僕はここに?」
「実はね…」
戸惑う悠二に、シャナが説明を加えた。以下は、その内容である。

失神した悠二はシャナに背負われて、最初は坂井家まで運ばれた。が、
「あれ…?」
シャナが取っ手をガチャガチャと回してもドアは開かない。家の鍵が閉まっていたのだ。
いつも家にいるはずの悠二の母・坂井千草は、今日に限って家を留守にしていた。
「おかしいな、千草、なんでいないんだろ…」
千草は悠二とシャナが帰宅してくる時間には、いつも坂井家で夕食の準備をしていた。
ごくまれに留守にするときはあったが、その際には必ず何か書置きを残して外出するようにしていた。
それが今日に限ってどういうわけか、壁にもポストにも玄関の扉にも、何もなかった。
「どうしよう…」
頼みにしていた人物の不在に、シャナが路頭に迷っていると、
「これは一体、何事でありますか?」
「状況説明」
背後から突然聞こえてきた声に、シャナは驚きと歓喜を半分混ぜた声で言った。
「ヴィルヘルミナ?!」
「何はともあれとりあえず、我が家に向かうのであります」

「…というわけなの」
「なるほどね。母さん、留守にしてたんだ。でも、何で今日に限って連絡もよこさず…」
「奥様の事情に関しては、私が説明するであります」
と、以下に示すのはヴィルヘルミナが語った内容である。ちなみに、本来悠二に語った内容はもっと至極簡潔なものであることを断っておきたい。

242Back to the other world:2006/05/18(木) 00:15:21
〜5〜

悠二が平井家に運び込まれていた頃、坂井千草は御崎市内中心部にある御崎市民病院にいた。
彼女は昼過ぎ、友人が交通事故にあったという連絡を受け、家を空けていたのである。
あわてて病院へ駆けつけたところ、幸いにも命に別状はなかったので、千草はホッとした。そこでお見舞いに集まった友人達と世間話に興じていたところ、
「あら、いけない」
千草は一つ、大事なことを忘れていたことに気がついた。
緊急の用事であったため、うっかり息子とそのガールフレンドに、書置きを残すのを忘れてきてしまったのだった。
「しまったわ、どうしようかしら…そうだ」
千草はポンと手を叩くと、病室をいったん出て、病院の公衆電話から電話をかけた。
「もしもし、平井さんのお宅でいらっしゃいますか?」
「…これは奥様、ご無沙汰であります」
「あら、カルメルさん。こちらこそ」
「今日は一体、いかようなご用件でありますか?」
「はい、本当に不躾なお願いではあるのですけれど…」
千草は、今自分が友人の見舞いで病院にいること、友人との久しぶりの再会で、帰宅が少し遅くなりそうなこと、自分が帰るまでの間、悠二とシャナの面倒を見て欲しいことを、ヴィルヘルミナに伝えた。
「…そういう訳で、カルメルさんには本当にご迷惑をお掛けするのですが、お願いできませんか?」
千草はつとめてすまなそうに言った。
「そう、で、ありますか…」
そんな千草の言葉に、ヴィルヘルミナは複雑な気持ちでそう答えた。
『炎髪灼眼の討ち手』の少女の養育係でもあったヴィルヘルミナは、御崎市に現れた当初、自分の育てた少女に害なす存在として、悠二の抹殺を試みた。その一件に関しては紆余曲折を経てどうにか一応の和解には至ったが、彼女はいまだ、悠二に対する警戒を(特に少女との接触に関して)解いていない。
(あの“ミステス”を、ここへ引き入れるのでありますか、あの方と、共に…)
(危険)
お互いの間でのみ会話できる自在法で、ヴィルヘルミナとティアマトーは相談した。
受話器の向こう側が急に静かになったことに、千草はヴィルヘルミナが拒絶の意思表示をしたものと判断して、
「いえ、だめでしたら結構です。今すぐ家に戻りますから…」
「うっ…」
千草の、残念さをわずかに奥底に秘めた声を聞いて、ヴィルヘルミナはいよいよ悩んだ。
彼女は、千草のことは、一人の人間として大変尊敬しており、初対面以来、気配りを欠いたことは一度もない。
「…いえ、そのようなことは全く」
「本当によろしいのですか?」
「どうぞお気遣いなく、奥様」
「そうですか。ではお言葉に甘えて、ご面倒をお掛けしますわ」
千草はそこにいない電話の相手に小さくお辞儀をすると、受話器を置き、再び友人の待つ病室へと戻っていった。

243Back to the other world:2006/05/18(木) 00:17:31
〜6〜
(あの後の一言には、参ったよな)
悠二は布団の中でため息をついた。

さっさと説明を終えたヴィルヘルミナは、一言、きっぱりとこう言った。
「では早速、鍛錬を始めるであります」
「迅速行動」
「えぇっ?!」
不機嫌な調子のまま放たれたヴィルヘルミナとティアマトーの言葉に、悠二は信じられないといった様子で声を上げた。
「何か?坂井悠二」
そんな悠二に、ヴィルヘルミナは冷たい調子で問うた。
「だ、だって、今日は雷に当たって死にかけて」
「お笑い種でありますな、とうの昔に死んでいるというのに」
「笑止」
悠二の言い訳に、ヴィルヘルミナとティアマトーは語調を変えず、しかしわずかに嘲りを込めて言い放った。
「で、でも、まだ夕方じゃ」
「現在時刻午後10時30分であります」
「時間適当」
「えっ、もうそんな時間…?」
悠二は驚いて自分の斜め前にある窓を見た。すると、外は既に深い闇に包まれていることが分かった。
(ま、参ったな。こんな時間まで気を失ってたなんて)
悠二は、自分が想像以上に長い間倒れていたことを知って、困惑した。
ヴィルヘルミナの機嫌が明らかに良くないこと、そしてその理由は、一連のやり取りで簡単に察しがついた。
悠二がここに寝ている、それが理由である。もっとも実際は寝ていたわけではなく失神していたのだが、ヴィルヘルミナにとってその光景は「厄介者が人の家にズカズカ土足で上がりこんで、5時間以上もグースカ眠っている」程度にしか移らなかった。
(何か、いい言い訳はないかな…)
悠二はこの状況をを切り抜けるための言い訳を考え始めた。
ヴィルヘルミナの言葉は取り付く島もないものではあったが、同時に全くの正論でもあった。
そして正論であるだけに、悠二には彼女が満足するような説得ができなかったのである。
(…あっ、そうだ、一つあった!)
ふと、悠二はこの状況を逃れられる唯一ともいえる方法を思いついた。
それはヴィルヘルミナが、おそらくこの街で――いや、もしかすると今では世界でただ一人、畏れる人物を利用する方法。
(さすがのカルメルさんも、これなら…)
悠二は半ば確信に近い自信を抱いて、その言葉を放った。
「…あっ、母さんが心配してるから…」
しかし、悠二にとっては対ヴィルヘルミナ最終兵器ともいえたこの言葉も、
「本日は私の監視の元、この家に宿泊するという旨、既に奥様も了承済みであります」
「えぇっ!?」
一刀両断、あっさり切り捨てられ、悠二はとうとう何も言えなくなった。

244Back to the other world:2006/05/18(木) 00:21:19
〜7〜

(昨日は珍しく母さんが家にいなくて…)
悠二の回想はつづく。
(でも、ここにいられるのって、ある意味母さんのおかげなんだよな)
ちなみに彼が今寝ているところは、坂井家の自分の部屋ではなく、平井家である。

千草は午後7時ごろ帰宅し、夕食の準備を急いで済ませ、息子を迎えに行くために平井家に電話をかけた。
が、
「ご子息は、ただいま病気で寝ているのであります」
「まあ」
電話に出たヴィルヘルミナの言葉を聞くやいなや驚いて、頬に手を添えて声を漏らした。
「全く大事はないのであります。心配は御無用であります」
「本当に、申し訳ありませんでした。カルメルさんには大きなご迷惑をおかけしてしまったようで」
「いえ、奥様が謝る必要は全くないのであります」
(そう、悪いのはすべて…あの、)
(親不孝者)
「では、それほど容態が悪くないのでしたら、今から息子を迎えにうかがいます」
「!?…そ、それは」
「えっ、何か不都合なことでも?」
「その」
ここでヴィルヘルミナは言葉に窮した。

シャナが平井ゆかりに存在を割り込ませて以来、平井家を用いるのはシャナとヴィルヘルミナの二人のみである。
来客も時折ガス・水道の集金の人間が訪れるのみで、外部の人間を玄関から先に引き入れたことは一度もない。それには理由があった。
ヴィルヘルミナは最初この家を訪れた時シャナに、この家を自分達のフレイムヘイズとしての活動拠点とする、と宣言した。
そしてその言葉通り、数日後にはこの家は十畳の大部屋を中心に、外界宿を中心に集めた“紅世”関係の資料でいっぱいになっていた。
そんな家の中に、外部の人間を入れるのはもっての他であった。
たとえそれが、自分が心から尊敬している人物であっても。

(うむ…一体、どうしたものでありましょう)
(回答迅速)
(わかっているであります!)
頭をゴン、と殴った後、ヴィルヘルミナはようやく返事をした。
「…ご子息の具合も、まだ万全には至らぬ様子。本日は、こちらで預からせていただくのであります」
「えっ、いえ…それはさすがにご迷惑では」
千草は自分を平井家に入れない理由を問いただしたりはせず、ただヴィルヘルミナのいきなりの提案に対して素直にそう言った。
「問題ないであります」
「でも」
「全く、問題ないであります」
千草の言葉をさえぎるように、ヴィルヘルミナは言った。
「…そうですか。では、失礼ながら再びお言葉に甘えさせていただきます」
その言葉の熱心さに千草はとうとう折れ、再びペコリと小さく頭を下げてそう言った。
「かしこまりました、奥様」
ちなみに千草は、ヴィルヘルミナの保護者としての能力には大いに信頼を置いているので、自分の息子とシャナが間違いを犯すのではないかという事に関しては、全く心配していない。

245Back to the other world:2006/05/18(木) 00:24:13
〜8〜

(それで…さすがに今夜はやらないと思ったんだけどな)
悠二は、はぁ、と再び布団の中でため息をついた。

必死の言い訳も空しく、この夜悠二はいつもの通り鍛錬を行なう羽目になった。
悠二が雷に打たれた直後のひどい様子を直接見ていたシャナは、少し気の毒に思いながらも、
「一日でもさぼったら、きっと怠け癖がつくから、やっぱりやらなきゃ駄目」
と、その気持ちを隠してあえて厳しく言い、悠二に対して優しくないアラストールは、当然の様に
「うむ。少しでも体が動くのならば、鍛錬を行なった方が貴様にとっては薬だろう」
と、きっぱりと言ったので、悠二ももはや拒否することができなくなったのだった。

しかし悠二は、ひょんなことから平井家に泊まれるようになったことに、実は内心喜びを感じていた。
シャナと出会って以来、彼はこの家に来たことは一度もなかったのだ。
もっとも、シャナはこの家を倉庫か寝床程度にしか認識しておらず、少し前まではむしろ坂井家にいる時間の方が圧倒的に長かったので、彼がここに来る必要は全くなかったのだから、彼にとってさほどの興味はなかった。
しかしヴィルヘルミナが現れて、シャナの坂井家で過ごす時間を限定するようになると、悠二はこの家に行ってみたいと思うようになった。
そんなわけで、この日の夜は、
(今日は、今まで知らなかったシャナのことが、分かるかもしれない)
などという、(不純な妄想も若干含んだ)期待を、悠二は持っていた。
ところが、少年の淡い期待は、厳しい保護者達によってものの見事に打ち砕かれた。

「入浴は当然、最後に。また貴方が寝る場所は、あちらであります」
と、鍛錬終了後、ヴィルヘルミナが指し示した場所は、ダイニングキッチンであった。
「えっ、こんなところで寝るんですか?」
「他にどこがあるのでありますか?」
「悠二なら、私の部屋で」
とシャナが言いかけるやいなや
「断固拒否」
ティアマトーがすかさず釘を刺した。
「坂井悠二よ、言うとおりにせぬか」
アラストールも勢いに乗って悠二を攻める。
こうして、3人の監督にコテンパンに打ちのめされた悠二は
「…わかったよ」
と言って、布団を持って、ふらふらとおぼつかない足取りで寝床まで向かったのだった。

246Back to the other world:2006/05/18(木) 00:27:24
〜9〜

(やっぱり、あの時の雷が…)
悠二は改めて、今自分を襲うだるさの原因について思った。
最初は、鍛錬の時の疲れがまだ何となく残っているものと考えていた。
しかし、鍛錬を終えても時がたつにつれてどんどんたまっていく疲労に、悠二は何かがおかしいと感じ始めた。
現に今こうして横になっている間も、疲れは増し、身体は重くなっていくばかりである。
まるで疲労が鉛の塊になって、全身にのしかかって来るように感じられた。
(存在の力は回復している、でも疲れは増すばかり…雷が原因だとして、一体何が…)
疲労に押しつぶされそうになりながら、悠二は考えをめぐらせた。

(…!)
と、悠二の脳裏に、一つの恐ろしい可能性が浮かんだ。
(まさか…雷があれに、何らかの影響を?)
実は悠二の体の中の宝具『零時迷子』――正しくは、その中に封印されている『約束の二人』の片割れ、ヨーハン――は、悠二に転移してくる直前、“壊刃”サブラクによって謎の自在式を打ち込まれ、変異を起こしたのであった。
今のところ悠二には目立って大きな異変は起きていないので、シャナ、アラストール、ヴィルヘルミナらは、ひとまず御崎市にとどまって様子見をするという結論に落ち着いた。
しかし、自分の中に、そんな得体の知れないものが入っていると思うと、悠二にはやはり大きな不安があった。
(変異が…あの雷で、早まったとしたら…!)
悠二は冷や汗が湧き出るのを感じた。
雷が自在式に影響を及ぼすなどという根拠は何一つない。
しかし悠二はここ最近アラストールから受けている“紅世”に関する講義の中で、「“紅世”とは、力そのものが混ざり合う世界」であるようなことを聞いた。
そして雷は巨大な電気エネルギー…一種の「力」の塊である。宝具や自在式に何らかの影響を与えている可能性は捨て切れなかった。
(いや、でも)
しかし、否定したかった。
確かに、いつかは何とかしなければならない日が来るのは分かっていた。
でも、
(まさか…こんなに、早く?)
いきなり、その覚悟をせまられるようになるとは、思っても見なかった。

と、
(ぐぁっ!?)
ズシ、と音でも鳴るように、悠二の身体に最大級の疲労が襲い掛かってきた。
いや、それはもはや疲労などではなく、言葉では言い表せない程の「苦痛」だった
(う、くっ…シャ、ナ…!)
助けを呼ぼうとしても、既に声すら出なかった。
(こんな、終わりは、嫌、だ)
苦しみもがく悠二に、容赦なく苦痛は襲い掛かる。
(みん、な…)
薄れ行く意識の中で、彼の脳裏に、今までの色々な思い出が、走馬灯のように映し出された。
(今度こそ、本当に、ダメ、かも…ご、めん…)
最後に誰に対してか謝って、悠二は海の底へ沈むように意識を失っていった。

247Back to the other world:2006/05/18(木) 00:29:55
〜10〜

…ここは、どこだ?
真っ、暗、だ。
僕は、どうなって、しまったんだ?
死んだ、のか?
それとも、変異を、起こして…何か、化け物、に?

ああ…。
何て、こった。
あっけない、終わりだったな。
こんなに、早く来るなんて…分かってたら、もっと、いろいろ、やりたいことが、あったのに。
せめて、別れの、あいさつくらい…。

…あれ?
なんだ?
はるか遠くに、何かが、見える。
とても明るい、あれは…炎?
炎…紅蓮の、炎!?
僕は無我夢中で駆け出した。
…シャナ!!

近づくごとに、紅蓮の炎は大きくなってくる。
何で彼女がこんな所にいるかなんて、どうでも良かった。
とにかく、彼女に会いたかった。
そして、姿が見えた。
見まがうはずもない、炎髪。
凛々しい後ろ姿。
僕は何も考えられず、そのまま彼女に、後ろから抱きついた。
後で峰打ちを何発食らおうが、かまわなかった。
ただひたすら、彼女の感触を感じたかった。
シャナ…!


…あれ?
僕は抱きついてからしばらくして、何か違和感を感じた。
…何かが、違う?
僕はもう一度、抱きついた後ろ姿を見た。
髪の毛…は、やはり間違いなく、炎髪だ。
感触…も、いつもと同じ…!?


違う。
僕の両腕に伝わる感触は、いつもと違う…
いつもと違う?
そうじゃない。
いつもは…そう、ないんだ、こんな感触。
感触に、なぜだか心地よい違和感を感じていると、僕はもう一つ、重大すぎる違いに、今さらのように気がついた。


背が…高くなって―――!?

248234:2006/05/18(木) 00:43:05
ここでいったん切ります。続きはあと1時間以内には投下します。
最初の2話、タイトルが間違ってます。スイマセン。

249Back to the other world:2006/05/18(木) 06:15:06
〜11〜
(時間は少しさかのぼる)


ふう、着いた着いた。
この街、この間来たときは、あの変人のせいでとんでもない事になってたけど…今はどうかしら?

うんうん、順調に復興してるみたいね。
さて、まずはあの子のところへ行ってみるか。

到着。
じゃ、早速入りますか。
扉は…っと、ああ、その必要はなかったわね。

ほほう、綺麗に整理整頓されてるわね。
この前見たときは、悲惨な事になってたからなぁ。
やっぱり、彼女が来たおかげかしら。
私も整理整頓が苦手で、随分お説教されたからな。
さて、あの子の部屋は…と、確かここだったわね。

いたいた。
ぐっすりと眠ってる。かわいい寝顔ね。
それにしても、何度見ても、私の子供時代にそっくりね。
いやいや、本当によく見つけられたもんだ。

さて、あの男は…あそこか。
何か最近、間抜けっぷりが増してないかしら?
昔からどっか抜けてるところはあったけど、このごろひどくなってる気がするわね…。
2、3回くらい喝を入れてやりたいところだけど…出来ないのが残念ね。

奥の部屋には…この前合流した彼女たちか。
こんな遅くまで書類とにらめっこなんかしちゃって。
相変わらずの頑張り屋さんだなぁ。全然変わってない。
んっ、今日はもう一人、お客さんが来てるみたいね。
ちょっとのぞいて見よっ、と。

あらら、誰かと思えば…彼、か。
こんなところで寝かされちゃって、かわいそうに。
まあ、あの子の保護者があの三人じゃ、無理もないか。
何か、もがき苦しんでるけど…悪い夢でも見てるのかしら?
助けてあげたいけれど、私にはどうすることもできないのよね。お生憎さま。
さて、一通り確認もしたし、次はどこに行こうかしら?


…えっ、ちょ、何?
何か、身体に巻きついてるような…?
…腕?えぇっ!?
そ、そんなはずないじゃない!?
何で、どうして、私に…私に触れることができるのよ!?

250Back to the other world:2006/05/18(木) 06:20:52
〜12〜

「ふむ…」
街の明かりもまばらになった頃、ヴィルヘルミナはスタンドの明かりのみの薄暗い十畳間で、事務机の上に乗った書類の山と格闘していた。
彼女は、外界宿から毎日のように送付されてくる大量の書類を、ほとんど一人で全部目を通し、分類して書類棚に保管している。
ドレル・パーティ崩壊後、それまで完璧に整備されていたフレイムヘイズへの情報網は大混乱し、フレイムヘイズ達には多分に余計な情報も送られてくるようになった。
平井家に送られてくる書類も、実は半分以上が大して重要なものではないのであった。
しかし元来几帳面な性格の彼女は、たとえどんなに不必要そうな情報にも一度は目を通し、保管しておかないと気が済まないのである。
そのため、デスクワークは毎日のように夜更けまで続き、徹夜になることもしばしばであった。
(我ながらこの性格には、少々困ったものであります)
(非効率)
(うるさいであります)
ヘッドドレスにゴン、とげんこつを一発かまし、ヴィルヘルミナは再び書類へと目を向ける。
(そういえば)
ふと、ヴィルヘルミナは、とある人物のことを思い出した。
(彼女にも、随分言われたものでありましたな)
何かにつけて几帳面な自分をからかっていた、ズボラな性格の女。
(戦いの時以外の彼女は、全くもって大雑把で…)
ずっと孤独で戦っていた自分に初めてできた、唯一無二の親友。
(しかし、私は変わっていないのでありますな)
戦いのときは最強のパートナー、またある時は…最強のライバル。
(…集中)
仕事を忘れ、昔の思い出にふけっている相棒を、ティアマトーが戒めた。
(要集中)
(っ分かっているであります!)
ヴィルヘルミナはヘッドドレスをもう一度殴りつけると、肩をトントンと叩き、ふう、と重く息をはいた。
壁にかかっている時計を見ると、既に3時になろうとしていた。
「ふむ、どうやら少々休養が必要なようでありますな」
(怠慢)
ヴィルヘルミナは右手、左手で一回づつ、ゴン、ゴンとヘッドドレスを殴りつけ、イスから腰を上げた。
「眠気覚ましには、カフェイン摂取がもっとも効果的であります」
そうつぶやくと、彼女はキッチンへと向かっていった。
あの“ミステス”が寝ていることはもちろん知っていたが、そんなことは別にどうでも良かった。

251ささやかな一時 1|2:2006/05/18(木) 15:12:23
>>233
そうだった。orz 脳内で書き換えてしまったのかもしれない。
それでも読んでくれてありがとう。
>>234氏。ちょっと割り込み? になるかもしれませんが、入れさせてもらいます。

 約束を取り付けた吉田一美は彼を正面に、見つめなおした。赤く火照った顔の坂井悠二
にドキドキして眼を下ろす。
 悠二は悲しそうな声で静かに呟いた。
「いつ終わるか分からない永遠か……」
 一美はその意味を考え、体が震えた。
 勇気を出して、大きな声で答える。
「私はここに居ますから」
「え!?」
「悠二くんはここに居ますか?」
 忘れことのない現実、からシャナとの今後へと思いをはせていた彼は、慌ててすぐに答え
られなかった。一美の胸のうちにあるだろう炎を感じて、どうしようもなさへ思考がゆく。
「僕は……ここに居る」
 それでも彼はかすれた声で答えていた。
 悠二は座りなおし改めて彼女を見る。
「どうにもならないんだ」
「はい」
「あの大きな戦いで、僕たちに出来たのは小さなことで。でも――」
 一美は息を飲み込む。
「僕たちのは存在感はあった。吉田さんとはこんなかたちで時間を共有出来るなんて思わ
なかったよ」
 彼女は次が分かった。

252ささやかな一時 2|2:2006/05/18(木) 15:13:45
「私は――」
「僕は――」
 二人は笑っていた。
 たぶん同じことを言いたかったに違いない。
「楽しかった」
 花火の光に、凛々しい彼を思い出す。
 瞳を真っ直ぐ向け離さない、美しい彼女を思い出す。
 二人は真っ赤になりながらも見詰め合った。
「悠二くん」
「吉田さん」
 この先の言葉を言ってはいけない気がした。
 二度と戻ることのない日常を踏み越えてなお、二人にはまだ踏み越えることの出来ない
『日常』がある。
 でも、二人は笑っていた。
 今日の一時は誰でもない。
 誰の物でもない。
 可能性。一美は神様に感謝していた。

 割り込みすいません。>>234氏。

253Back to the other world:2006/05/18(木) 17:58:40
〜13〜

(…あれ?)
気がつくと、悠二は自分が立ち上がっていることに気がついた。
(ここは…)
悠二は辺りを見渡した。が、暗くてはっきりと分からない。
(苦しく…ない?)
全身を襲っていた苦痛も、すっかり消えていた。
(何も、なかったのか…)
悠二は腕を動かそうとして、
「んっ?」
自分の腕が、何かやわらかいもの触れていることに気がついた。
「何、だ?」
それが何であるか確認しようと顔を近づけたその時、

カチャリ、カチッ

と音がして、急に辺りは明るくなった。

254Back to the other world:2006/05/18(木) 18:02:50
〜14〜

(仕事中に昔の思い出にふけってしまうとは…)
(不覚)
(うるさいであります)
ヴィルヘルミナはヘッドドレスに向けてげんこつを振り下ろしかけて、やめた。
(…安眠の妨げであります)
そして再び、シャナを起こさないようにそっと廊下を歩きだす。
(しかし、あの頃のことは)
歩きながら、思う。
(何百年を経ても…いくら忘れようとしても…忘れられぬものでありますな)
かつての日々を。
(良かったことも、悪かったことも…映像が、今なお脳裏に焼きついて…)
そんなことを考えながら、キッチンの扉を開き、電気をつけた。

「…む?」
ふと、ヴィルヘルミナはわずかに眉根を寄せた。
彼女の視界に、妙な映像が飛び込んできたからである。
目の前に立っているのは、寝ているはずの“ミステス”の少年。
それだけならば、寝ぼけていることをたしなめて終わりなのだが、
「…む、む?」
そのおかしな光景に、ヴィルヘルミナはさらに眉根を寄せ、まばたきをした。
少年はただ立っているだけでなく、腕を何かに回していたのだ。
目をこすって、その、何かを確
「!!!!!!」
瞬間、物凄い勢いでキッチンの扉は閉められた。


(@△※●&%$#)
(心頭滅却心頭滅却風林火山酒池肉林四面楚歌…)
ヴィルヘルミナは扉の向こうで、この数百年で最大級の驚愕をあらわにした。
彼女の、普段は非常に冷静沈着な思考回路は完全にショートし、混乱を極めた。
ティアマトーは落ち着くように促したが、彼女もまた同様に驚愕・混乱していた。
彼女達が見た光景は、いろんな意味で、あまりにもありえなさ過ぎた。

「…んっ?」
突然灯された明かりと、それから数秒後の大きな物音に少し驚いた後、ようやく悠二は自分がどこにいるのかを確認した。
周りに置かれている物は、テーブルにイス、冷蔵庫に電子レンジ…。
彼が現在立っている場所は、紛れもなくさっきまで寝ていた平井家のダイニングキッチンであった。
「夢、だったのか?」
自分がさっきまで見ていた光景のことを思う。
「それにしちゃ、何だかリアルだったような…」
あの感触。あの姿。
悠二が一人でいぶかっていると、


「えっと…とりあえず、その失礼な腕を放してくれないかしら?」
「…!?」
いきなり飛び込んできた聞き覚えのない声。
あわてて悠二は声のした方を見た。
そして、ようやく自分が今置かれている状況を、把握した。


一人の女性が、
悠二の目の前に後ろ向きで立っていて、
悠二は、自分の両腕を、
その女性の胸にまわしていた。

255Back to the other world:2006/05/18(木) 18:07:12
〜15〜

「…ヴィルヘルミナ!?」
「っは!?」
「っむ!?」
シャナの声に、ヴィルヘルミナはようやく自分を取り戻した。
「凄い物音がして目が覚めたんだけど…どうしたの、顔色が真っ青だよ?」
「表情、挙動、共に心乱を極めていたな。お前達らしくもない。一体何があったのだ?」
「・・・・・・」
いまだ頭の中が混乱して発声もままならない相棒に代わって、ティアマトーがヘッドドレスから答えた。
「奇妙奇天烈摩訶不思議」
しかし、彼女もやはり動揺は隠せない。
「えっ、それだけじゃちょっと良く分からないんだけど…」
シャナが首をかしげる。
「お前達がそれほどまでに動揺するのだ。よほどのことなのだろうな」
アラストールはティアマトーの言葉から、彼女らの動揺が“紅世”関係のことではない、何か個人的な事情によるものと判断していたので、呆れながらそう返事をした。
「ねえヴィルヘルミナ、何があったの?教えて、お願い」
シャナは壁にへたり込んでいるヴィルヘルミナに顔を寄せて言った。
「・・・・・」
ヴィルヘルミナはやはり下を向いて黙ったままだったが、右腕をスローモーションのようにゆっくりと持ち上げると、人差し指でキッチンの入り口を差した。
「キッチン…!?まさか、悠二に何かあったの?」
「・・・・」
「…っ、悠二!」
「杞憂だとは思うが」
シャナはキッチンの扉を勢いよく開いた。

キッチンでは、悠二が布団の上に、腰を抜かしたようにへたり込んでいた。
「悠二っ、何があったの!?」
「一体何事だ、坂井悠二」
「シャ、シャナ、アラストールっ!!」
「…見たところ、別に何もおきてないみたいだけど」
「うむ。あ奴の身体にも、特に異常は見られぬ」
「…っえぇ!?」
「何よ、悠二?」
「何だ、騒々しい」
「み、見えないの?」
「何が?」
「っここに立ってる人だよ!?」
悠二は右手の人差し指で、自分の前方を差す。
「はあ?」
「何を言っているのだ?」
「だから、ここに人が、女の人が立ってるんだよ!?」
悠二はわめきながら、右手をぶんぶん振り回して、その場所を強調した。
「誰が立ってるって言うのよ?“従”の気配だって、かけらも感じられないわよ」
「自在法を使用した気配も皆無だな」
「いや、そういうのとかじゃなくって」
「…寝ぼけて悪い夢でも見たんじゃないの?」
「…まあ、確かに変な光景は見たけど」
「やっぱり。もう、夜中に騒いで、ヴィルヘルミナまで怖がらせて、人騒がせもいいところよ」
「全くだ。こんなことでは先が思いやられるわ」
「いや、僕は本当に…」
「…まだ、言うつもり?」
「これ以上の戯言は慎むべきだぞ」
「だから…」
「…いいから、さっさと寝なさいっ!!!」
バカッ、と脳天を峰打ちされ、悠二はその場に倒れこんだ。

「ヴィルヘルミナ、別に何でもなかったよ」
「・・・?」
「うむ。何も変わりは無かったな」
「・・・?」
「悠二が夜中に寝ぼけて、一人で騒いでただけみたい」
「・・・?」
「でももう大丈夫よ。ヴィルヘルミナの分まで、私がお仕置きしておいたし」
「そう、で、あり、ます、か・・・?」
「全く、あ奴もあ奴だが、お前達もお前達だ。たかがあれしきのことで自身を取り落とすとは」
「ちょっと根を詰め過ぎなんだよ、こんな夜遅くまで仕事なんて。少し寝た方がいいよ」
「・・・その、よう、で、あります、な」
「就寝必要」
「うん。じゃ、おやすみ!」
元気よくあいさつをして、シャナは自分の寝室に帰っていった。
バタン、と扉の閉まる音が聞こえた後、残されたヴィルヘルミナは、
「ふ・・・む・・・?」
いまだ一人首を傾げていたが、
「就寝」
「わかって、いるであります」
ティアマトーに諭されて、足取りも重く自室へ戻っていった。

256Back to the other world:2006/05/18(木) 18:10:20
〜16〜

平井家に再び静寂が戻った。
(やっぱり、夢、だったのかな?)
脳天を殴られてうずくまりながら、悠二は先程までの出来事を思う。
(…そ、そうだよな)
さっきまでそこにいた、何かのことを。
(だって、ありえないじゃないか、あんなこと)
夢だ、と一人で確信する。
「うん、きっと」
「ちょっと」
「っ!?」
いきなり飛び込んできた声に、悠二は舌を噛みそうになった。
そして、恐る恐る振り向くと…。
「…夢じゃ、ない?」
一瞬で、さっきまでの確信は粉々に打ち砕かれた。


悠二が振り向いた先に、いた者。
それは、一人の女性。
背丈はヴィルヘルミナと同じくらいの、欧州系の若い美女だった。
服装は、黒いマント(悠二には、それだけはなぜか見覚えがあった気がした)に裾長の胴衣、中世風の鎧帷子と金色に輝く拍車を身につけ、両足には黒い長靴、という、昨今日本の街中ではそうそう見られない、まるでRPGゲームのキャラクターのような出で立ちだった。
しかし、そんなことが全く目に入らない程、悠二を驚かせたのは、
「…!!!!!?」
女性が持つ、長い頭髪と、瞳の、色。
「え、え、え、炎、髪、しゃ、しゃ、灼、眼・・・・!!?」
悠二は、まるであごが外れたかのように口をあんぐりと空けっぱなしにして、呆然となった。
一方の女性はというと、かなりの驚きの表情はしているものの、それは悠二のように間抜けなものではなく、凛々しさは保ったままだった。
女性は、悠二に視点を合わせるために、しゃがむと、
「うひゃっ!?」
悠二の両肩に強く両手を乗せて、自分が納得するようにつぶやいた。
「…やっぱり、触れられるわね」
「あ、あ、あ」
そのまま女性は鋭いまなざしで、頭の中がごちゃ混ぜになっている悠二に目線をぴったりと合わせ、ゆっくりと、しかし貫禄のある澄んだ声で尋ねた。
「もう聞くまでもないかも知れないけど…私の声が、聞こえるのね?」

257名無しさん:2006/05/20(土) 14:39:46
イイ!!激しく支援。

258234:2006/05/21(日) 01:51:20
>>251
いえいえ、どうぞお気になさらずに〜。
>>258
ありがとうございます!
何よりの励ましになります!

259Back to the other world:2006/05/21(日) 01:56:34
〜17〜

「え〜っと…何から話せばいいのか、正直私にもよく分からないんだけど…」
悠二に自分の声が聞こえることを確認した女性は、少し困惑気味に話を切り出した。
「とりあえず自己紹介をしておくわ。私の名前はマティルダ・サントメール。正体は…もう分かってると思うけど…」
と、マティルダと名乗った女性はここでいったん会話を切り、悠二の言葉を待った。
悠二はいまだ動揺していたが、相手の質問の意図を察して、ゆっくりと、考えながら言葉を紡ぐ。
「彼女の…シャナの…、前に『炎髪灼眼の討ち手』だった人…?」
「ご名答」
悠二の回答に、マティルダは満足げな表情を浮かべた。
そんな彼女に、悠二は不思議さを隠さず聞いた。
「…えっと、でも、僕も詳しくは知らないけれど、確か…先代の『炎髪灼眼の討ち手』は、大昔に起きた“従”対フレイムヘイズの大戦争で、命を落としたって…」
それは以前、“紅世”の講義の中で、アラストールが言葉少なげに語ったことであった。
「そうよ、当たり前じゃない。じゃなきゃ何で今、あの子が『炎髪灼眼』なのよ」
「あっ、そうか、そりゃぁ…そうだよな」
自分の質問のトンチキさを思い知った悠二は、恥ずかしそうな顔をした。
「全く、しっかりして頂戴よ、悠二君」
「!?」
苦笑交じりに放たれたマティルダの言葉に、悠二は再び驚愕の表情になった。
「ど、どうして、僕の名を!?」
「さてさて、どうしてでしょう?」
マティルダはいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「まあ、こんなところで話すのも何だし、イスに座ってゆっくりと、ね」
まるで自分の家であるかのような振る舞いで、横にあるイスに座った。

260Back to the other world:2006/05/21(日) 02:00:35
〜18〜
「そっか、もう五百年近くになるんだ…」
マティルダは、あらゆる感情をこめた、一言では言い表せない感慨深い表情を浮かべて、悠二に向かって話を始めた。
「あなたの言うとおり、私は16世紀に起こった“従”対フレイムヘイズの大戦争…長ったらしいから、通称の『大戦』って言うことにするわね。その最後の大決戦で、命を落とした。あっ、言っておくけど、全然無駄死にじゃなかったわよ。あのあとの私の持ち上げられ方ったら、そりゃーすごかったんだから」
「は、はぁ…」
向かいのイスに座る悠二は、重大な出来事をまるで近所のイベントのように話すマティルダの軽い調子に、困惑しながらうなずいた。
「でも惜しかったなぁ。あの瞬間までは、まだほんの少し、最後にまともに戦える可能性が残されてたんだけど…」
「あの…瞬間?」
「いやね、一番の宿敵をやっつけた後なんだけど、そのせいかちょっと油断してたらね…」
「油断してたら…」
「こう、敵の暗殺者の黒い腕がね、私の右胸をガバッ、とえぐってくれちゃって」
手振りを交えながら、マティルダは説明する。
「…ッ!?」
その軽いが、リアルな説明に、悠二はまるで自分が攻撃を受けたように顔をしかめた。
「もう、あの時は本当に痛かったわ…で、結局最後はもう剣を振るうこともままならない状態になっちゃったってわけ。まだ最後の親玉が残ってたのに」
「それじゃ、その親玉はどうやって…?」
「フフッ、それはね…秘密」
「?」
「とにかく、今は秘密。…いずれあなたにも、知る時が来るかもね」
言い終わると、マティルダは悲しみとも笑顔ともつかない微妙な顔をした。
その含みのある顔を不審に思い、悠二が質問しようとすると、
「それで結局親玉を倒すことには成功して、『大戦』は終わった。だけど私はその最後の戦いで力尽きて、この世から消滅した」
「…」
マティルダはそれをさえぎるように話を進めたので、悠二はやむをえず口をつぐんだ。


と、そこで悠二は、ようやく根本的におかしなところを思い出す。
「あの、ところで」
「何かしら?」
「死んだはずの…マティルダさんが、何で、僕と…会話、出来てるんだ?」
本来ならば一番最初に問うべきことであったが、一方的に繰り出されるマティルダの話に思わず聞き入っていたため、忘れていたのであった。
「あのね、それはこっちが聞きたいことよ。私だって、いきなりあなたに胸を引っつかまれて、随分びっくりしたんだから」
「そ…それは、そうだろうけど」
さっきの光景を思い出して、悠二は赤面した。
と、そこでもう一つ不思議だった点を再び問う。
「あと、何で、僕の名前を知ってたんです?」
悠二の至極当然とも言える問いに、マティルダは少し間を置いてから、答えた。
「…一言で言えば『あの世』があったから、って言うのが理由かしら」

261Back to the other world:2006/05/21(日) 02:04:59
〜19〜

「『あの世』?」
「要するに、この世でも“紅世”でもない『死後の世界』ってことよ。私はとりあえず、同じ「大戦」で死んだ知り合いの爺さんの言葉を借りて『あの世』って呼んでるけど、他にもいろんな呼び方があるみたいで、正式名称は分からないわ」
「一体、どんな世界なんです、そこは?」
「うーん、とりあえず言えることは、この世界では死ぬ寸前までの身体を永遠に保ったままでいることができる、ってことぐらいかしら」
「…つまり、天国みたいなところか」
「それとはちょっと違うわね」
「?」
「『あの世』には、天国とか地獄っていうような、そういう概念はないの。この世に居る時に悪人だった人間、善人であった人間、果ては“従”やフレイムヘイズまで、みんな同じように暮らしてるわ」
「えっ!?」
「私も驚いたわ。あれだけ憎み合ってた者同士が、死んだらとたんに仲良くなっちゃうんだもの。本当に、何と言うか…呆れちゃうわね」
マティルダはそう言って、肩をすくめた。
「それじゃ、僕の名前は『あの世』で人づてに聞いたってこと?」
「そうじゃないわ。私が直接聞いたのよ、あの子の口から」
「…えっ?」
「それだけじゃないわ。私が死んだ後からのヴィルヘルミナたちの行動、あの子が新たに『炎髪灼眼の討ち手』になった時からその戦いぶりまで、全部この眼で見てきた」
言って、マティルダは自分の灼眼を指差す。
「よ、要するに」
この、一見分かりづらい答えを、悠二はこれまでの話から、何とか自分なりにまとめてみようとした。
「『あの世』に行った人は、この世に降りてくることが出来る、ってことか」
「まあ、そんなとこね。でも、永遠にこっちにいることはできないわ。大体1年に3回くらいしか来ることは出来ない」
マティルダが答えると、悠二はもう一つ質問をした。
「…今日来たのには、何か理由でもあるんですか?」
「全然。私はいつも気分次第、来たいと思ったときに来てるわ」
「えっ、僕はてっきり、何か自分達に伝えることがあって来たんじゃないかと…」
「何言ってるのよ。私は既に『あの世』の存在。何をどうしたって、こっちから意思表示は出来やしないわ」
「そ、そうか…」
またしても自身の質問のおかしさに気づかされ、悠二が一人納得していると、


「それより悠二君、私もあなたに説明してもらいたいことがあるのよ」
マティルダが腕組みをしながら、逆に質問をしてきた。
「?」
「何を思って、私の胸を引っつかんできたか、ってことね」

262Back to the other world:2006/05/21(日) 02:16:14
〜20〜
 
出し抜けにやってきた詰問に、悠二は顔を真っ赤にしながら、慌てて昨日から今日までの顛末を説明した。
「…っていう訳で、決して僕は、そんな、つもりで、抱きかかった、訳じゃ、ない、ですよ?」
「分かった分かった。もういいわ」
あまりの慌てぶりに、マティルダは苦笑しながらそう言った。
「それで、あなたはそのときの雷があなたの中の『零時迷子』に、何らかの影響を与えたんじゃないか、って思ってるわけね」
「うん。あくまで予想だけど、雷の電気エネルギーで変化した『零時迷子』が僕の『存在の力』を変換して、『あの世』の存在も顕現することが出来るものにしたんじゃないかな?」
「なるほど、それがあなたを通じて私に流れこむから、あなたは私と会話できるのみならず、触れることも出来るって訳ね」
「うん。だから多分、さっきシャナやアラストールがマティルダさんの姿を見ることが出来なかったのは、僕が手を離してたからだと思う」
「それに対して、あなたが私に抱きついてた時にここに来てたヴィルヘルミナとティアマトーには、私の姿が見えたのね」
「うん、そういうことだと…ってええええ!!!!」
悠二はイスから転げ落ちそうになった。
「そんな大声出すと、また峰打ち食らうわよ」
マティルダは呆れ顔で忠告する。
「カ、カルメルさんが、来てた?」
「だれが電気をつけたと思ってるのよ」
「…た、確かに」
「私たちを見るやいなや、今まで見たこともないくらい驚いてたからなぁ。フフッ、あの時の彼女の顔ったらなかったわ」
「…そりゃ誰だって、死んだはずの人に会ったら驚くと思うけど」
「それにしてもあなた、ヴィルヘルミナには随分と痛い目にあわされてるみたいね」
「…ま、まあ、色々と」
これまでヴィルヘルミナに受けた制裁の数々が脳裏をかすめ、悠二は身震いした。
「彼女は本当に融通がきかない、頑固な人だからなぁ。おまけに無愛想だし」
マティルダもまた、生前の彼女の行動の数々を思い出し、ため息混じりにつぶやいた。
「はぁ、全く」
悠二は彼女のつぶやきに、小さく同意してしまった。
しかし、そこでマティルダが悠二に向き直って、言った。
「でもね悠二君、彼女はああ見えてもね、実はとっても感情豊かで、素直なのよ」
「…前にアラストールからも、同じようなことを言われた気がするな」
「でしょ?だから、まあ気長に付き合ってみて。そのうちにきっと、彼女の弱いところや優しいところ、面白いところなんかがいっぱい見えてくるわ」
「弱いところ、優しいところか…」
「あの子のペンダントの中にいる男だってそうよ」
「えっ、まさか?」
悠二はマティルダの言葉に耳を疑った。
『男』とは紛れもなく、押しも押されぬ偉大なる“紅世”真正の魔神“天壌の劫火”アラストールのことである。

263Back to the other world:2006/05/21(日) 02:16:54
〜21〜

「彼なんか、あんな悟りきった堅物のふりして、私がひとたび他の男に言いよられたりすると、とたんに不機嫌になっちゃうんだから」
「えぇぇぇ!!?」
峰打ちの恐怖も忘れ、悠二は大声で叫んでしまった。
確かにあの魔神が、見かけ(悠二にとってのそれは想像でしかないが)よりかなり人間臭く、俗世に通じていたことは悠二もうすうす感づいていた。
しかし、まさか彼が「そこまで」いっていたとは。
「もう、ヤキモチ焼きもいいところよね。それで、しょうがないから恥ずかしいのを押して愛の歌を歌ってあげたんだけど「知らん」の一点張りで聞いちゃくれなかったわ」
「あの、アラストールが…?」
「あなたもまだまだね。そんなことだから、彼らにいいようにやられるのよ。あの子のことが――シャナのことが本気で好きなら、もっと向かっていかなきゃダメよ」
「そ、そんなこと言ったって…」
マティルダの強気な姿勢に、悠二はたじろいだ。
「全く、はっきりしないわね。それとも何、もう一人のあの子…『ヨシダさん』だったかしら?彼女が気になるの?」
またもや唐突な名前の登場に、悠二は仰天した。
「!…っどうしてそれを?」
「言ったでしょ?私はいつもシャナのことを見守ってるって。あのカーニバルの日のこと…しっかり見てたわよ」
マティルダは人差し指を立てながら「しっかり」を強調した。
悠二はさらに焦りだす。
「えぇっ、ど、どこから、どこまでを…」
「何から何まで全部よ。『儀装の駆り手』が来たこと、この町でのカーニバル、“探耽求究”の企み…それから、シャナとあの子を泣かせたことも、あの子を押し倒したこともね」
「ゲホッ!?お、いや、それは誤解で…」
「男の言い訳はみっともないわよ」
マティルダはさらに尋問を続ける。
「そ、そうじゃなくて」
と、そこで、答えに窮する悠二を見て、マティルダは尋問を止め、意地悪な笑みをニマッ、と浮かべた。
そしてこう言った。
「…まあ、それに関しては、私にとやかく言う権利は無いわ。私の恋愛だって、随分周りの皆を苦しめたとは思ってるし」
それを聞いて、悠二はお返しとばかりに質問をぶつける。
「…マティルダさんと、アラストールの恋愛が?」
「とにかく、私はシャナの母親の立場として言わせてもらうけど、あの子は一度惚れた相手にはひたすら一途に、不器用にもまっすぐに向かってくるわ」
自身の質問を見事なまでにサラリとかわしたマティルダに、悠二は降参とばかりにボソリとつぶやいた。
「…はあ」
「それを受け止めるかどうかはあなたの勝手。ただ、中途半端だけは絶対、ダメよ。今すぐ答えを出せとは言わないけれど、そのときになったら、イエスかノーかだけははっきりさせて」
「…わ、わかり、ました」
悠二はただそう言って、うなずいた。
彼女の、シャナやアラストール、ヴィルヘルミナやマージョリーとも違う、圧倒的な雰囲気の前には、か細い“ミステス”坂井悠二は、何も言い返すことはできないのであった。

264五十殿:2006/05/22(月) 20:33:32
Back to the other world さん、読ませてもらいました。
先代の炎髪灼眼の打ち手が登場するとは(驚)
この後の展開に、期待大!!

265通りすがりのVIP:2006/05/22(月) 23:11:05
「すばらしい作品だ!!」 「私はこんな作品を」 「ずっと待っていた!!」

266名無しさん:2006/05/23(火) 08:58:20
「早くううう、続きをおおお」

267名無しさん:2006/05/23(火) 17:51:32
「これは、よく出来た小説ですね。続きがとても気になります。
「黙らんか、痩せ牛。続きを読むのはこの私だ!!」

268名無しさん:2006/05/23(火) 18:02:58
「まったく、あの二人は仲良く出来んのか?」
「うおおおお、マティルダーーーー!! 続きはまだかーーーー?? あのミステスの小僧、俺のマティルダに・・・殺してやるぅぅぅ」
「うお!? むやみに虹天剣を放るなーーー」

269234:2006/05/23(火) 23:00:09
>>五十殿
ありがとうございます。続きはちょろちょろとではありますが書いているので、よろしければ今後とも読んでください。
>>265〜267
おぉ〜これは九垓天秤の方々(笑)。皆さんに喜んでいただけるとは身に余る光栄ですm(_)m
励みにして頑張りたいと思います!

270Back to the other world:2006/05/23(火) 23:04:22
〜22〜

「…で、これからどうするんですか?」
「んっ、何が?」
悠二の問いに、マティルダは他人事のように聞き返した。
「何がって、せっかくこうして僕らと会話できるようになったんだし、色々したいことがあるんじゃないかな、と思って」
「ん〜、まあねぇ」
マティルダは右手の人差し指をあごにそえてつぶやいた。
「じゃまずは早速明日、アラストールやカルメルさんと再会か」
悠二は当然のように言った。

「あぁ、その必要はないわ」
「えっ!?」
しかし、マティルダがあまりにあっさりと即答してきたので、驚いて悠二聞き返す。
「何で…?」
「何でって…今さら会って、何になるって言うのよ?」
「えっ、そりゃ、色々話したいこととかもあるんじゃないんですか?」
「う〜ん、まあ確かに。最近のあの男のヘタレっぷりには、ちょいとばかり言ってやりたいこともあるけれど…」
「じゃ言ってあげればいいじゃないですか?」
「話したいのは山々だけどね、やっぱりやめておくわ」
「どうして?」
悠二の無知な、しつこい問いかけに、マティルダは小さくため息をつき、紅い双眸で悠二をしっかりと見すえ、こう言った。
「…あのね、シャナの立場を考えてご覧なさい。彼女は私が死んだことによって成立している存在なのよ」
「!」
思っても見なかったところを突かれ、悠二はハッとなった。
「彼女だけじゃないわ。アラストールやヴィルヘルミナ、ティアマトーだって、五百年たった今でも、未だ私の死を引きずって生きてる。もがき苦しみながらも何とかしてそれを受け入れ、新たな討ち手を育て上げた。そんなところに今さら、私がのこのこ出て行ったら・・・どうなると思う?」
「そ、それは・・・」
悠二は何も言えなくなった。


彼には、知る由も無かったのだ。
マティルダ・サントメールという存在が、アラストール達にとってどれほどまでに大きな、大きな存在だったのかを。
そんな彼女を『大戦』の末失って、彼らがどれほどの喪失、苦痛を味わったのかを。
そしてそれから数百年。彼らがどれほどの思いを込めて、新たな討ち手―――シャナを育て上げたのかを。

271Back to the other world:2006/05/23(火) 23:06:32
〜23〜

「…何も分かってなかったんだな、僕は」
悠二は悲しげにつぶやいた。
「まあまあ、そうしょげた顔をしないの」
「・・・じゃ、もう帰るんですか?」
「うーん…それがね、あなたの存在の力の影響かしら、今私は『あの世』に帰ることもできない状態なのよ」
「ええっ!?」
「さっき試してみたんだけど、どうにも『あの世』への入り口が開かないのよね」
「じゃ、一体どうするんですか?」
「ま、とりあえず私は、あなたの中にある『零時迷子』の影響が消えるまで、この町にいさせてもらうことにするわ」
「えっ」
「なぁに?何か文句でもあるの?」
「いや…ただ、僕のそばにいたら、アラストール達にばれる確率が高まるんじゃ?」
「大丈夫よ、あなたに触れさえしなければ知られやしないわ」
「そ、そんな…保障はできないですよ」
「あら、それってどういう意味かしら?さっきの腕に残ってる感触がそんなに気になるの?」
マティルダはまたもや先程の「事件」を持ち出して悠二をからかう。
悠二の方はと言うと、三度の詰問に、ただただ動揺するばかりであった。
「ゴホッ!?な、何をいって」
「全く、男っていつの時代も変わらないものなのね」
マティルダは呆れ顔でつぶやいた。
「あっ、じ、時間ももう遅いみたいですし、もう寝ますっ!」
悠二は話をうやむやにしようと慌ててイスから立ち上がり、ほったらかしになっていた布団に入った。
「ハイハイ、今日はいろいろありすぎて疲れたでしょうしね。お休みなさい。また明日、いろいろお話ししましょ」
マティルダはイスに座ったまま布団のほうを向いて、小さく手を振った。
時計の針は、もう四時を過ぎていた。



「・・・」

「・・・二」

「悠二っ!いい加減起きなさいっ!!!!」

バカッ!

「痛あっ!?」
頭頂部への猛烈な痛みを受け、たまらず悠二は目を覚ました。
「・・・ん?」
目の前には、見慣れた少女が、大太刀を手に怒り顔で立っている。
「全く、何時だと思ってるのよ?」
いつものように、怒る少女。
(あれ)
「何処まで世話を焼かせるつもりだ、痴れ者め」
いつものように、厳しい魔神。
(やっぱり、夢だったのか?)
その光景に悠二は、昨日の謎だらけの出来事を、またもや夢だったと納得しようとした。


が、
「!!!」


『あら、おはよう、悠二君』
彼女は、いた。
少女のすぐ右横に。
何食わぬ顔で、悠二にあいさつをしてきたのであった。

272Back to the other world:2006/05/23(火) 23:09:10
〜24〜

「…ちょっと悠二、どうしたのよ?」
「何だ、腑抜けた顔をしおって」
悠二は、腰を抜かして、何も無いただの空間を震える指で差していた。
その意味不明な行動に、シャナとアラストールは呆れ半分、疑問半分に尋ねた。
「ま、ま、ま」
「・・・はぁ?」
「気でも触れたのか、坂井悠二」
「ま、ま、マティ」
思わず、その『空間』にいる人物の名を言いかける悠二に、
『喋ったら、どうなるか分かってるわね?』
その人物が、悠二にしか聞こえない声で忠告する。
その手には、紅蓮の炎でできた剣がしっかりと握られていた。
「!?」


「…マテ?」
「何が言いたいのだ。はっきりと言わぬか」
追い詰められ、悠二は何とかごまかそうと頭をひねる。
そして、
「あ、あのね、つまり、その…マティー…ニって、強いお酒だな〜と思って、ハハ、ハッ」
と、どうしようもないまでに無残な嘘をついた。

「何、それ」
「いや、だからさ、こないだ佐藤が言ってたんだ。マージョリーさんがマティーニを飲みすぎて、二日酔いで苦しんでたって」
「ふぅーん・・・で?」
あからさま過ぎる悠二のごまかしに、シャナは冷ややかな目線を向けながら言った。
「だからさ、やっぱりお酒の飲み過ぎってよくないよな〜って思ってさ、つまりはそういうことだよ。ハハハ、ハッ…」
悠二のこの態度を、シャナは、
(絶対、何か隠してる)
と思いつつも、
(まあいいわ。後で縛り上げてでも絶対聞きだしてやる)
と、その場は保留にする事にし、
「…とにかく、早く着替えなさいよ、遅刻しちゃうじゃないのっ!」
「えっ!?」
言われて悠二は時計を見た。
「…わわっ、本当だ、やばいっ!」
時計の針は、八時半を回ったところであった。

273Back to the other world:2006/05/23(火) 23:13:19
〜25〜

悠二がシャナにたたき起こされ、頭を抱えてうずくまっていたのと、ちょうど同じ頃。
「うげぇ…おえっ、ぎ、気持ち悪いぃ…」
御崎市旧住宅街にあるひときわ大きな屋敷である、佐藤家。
そこにあるバーで、一人の女性が、やはり頭を抱えてのた打ち回っていた。
フレイムヘイズ『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーである。
「だ〜から言ったろうがよ、あんな強え酒ばっか飲んでると、ヤバイ事になるってよ、ヒヒブッ!?」
彼女の足元に置かれた神器『グリモア』から、彼女と契約している“紅世の王”である“蹂躙の爪牙”マルコシアスが、相変わらず軽薄に言うと、マージョリーはすかさず足で小突いた。
もはや何百年と続けられた、彼らのやり取りである。
「だーってぇ、久しぶりだったんだもの、マティーニはぁ…おえっぷ」
カウンターに体を突っ伏しながら、マージョリーは言い訳をした。
「それが理由ってかぁ?ヒヒッ、とんだご都合主義だなぁ、我が腐った酔っ払い、マージョリー・ドーブッ!?」
「お黙り、バカマルコ…おぷっ!?」
「ワーッ、よせよせ、やめろ〜っ!」
「ふぅーっ…何よぉ、『清めの炎』はぁ?」
「んなもん、そんなたびたび使ってやれるかぁ!たま〜にゃ自分で酔いを覚ます方法くらい、考えてみるんだな、ヒャッヒャッヒャッブハッ!?」
マージョリーは『グリモア』をつま先で、かなり強めに蹴った。
「イテテ…おいおい、逆ギレってやつかぁ?」
「違うわよぉ…この前テレビで見た…フットボールの試合…真似して、みただけよぉ」
「ヒヒッ、おめえの場合、フットボールっつーよりは、アレじゃねえか、「ケイワン」とか言うやつじゃねえのかブッ」
「お黙り…バカマルコ…うえぇ」
そばにあったクッションを『グリモア』に投げつけて、マージョリーは中庭へ出ようと、手探りでもぞもぞとスラックスとカーディガンを拾い、それぞれダラダラと身に着け、バーを後にした。


「あ〜、気持ち悪いぃ」
髪の毛をクシャクシャに乱したまま、マージョリーは、中庭へ続く廊下を歩く。
(何よ、バカマルコの奴…ちょっと炎を出すだけなんだから、やってくれたっていいじゃないのよ…)
心中で相棒を罵りながら(無論、本心からではない)、ヨタヨタと、足取りも重く。
(酒量をわきまえる、なんて器用なことが、私にできるわけないって事ぐらい…んっ?)
と、中庭へと続くサッシを開けたとき、マージョリーはふと、妙な感覚を覚えた。
「?何か、変な感じねぇ…」
この世には存在しないはずのものが、存在している。
マージョリーが覚えたのはそんな、フレイムヘイズとってはごくありふれた感覚だった。
(また新手の“従”かしら…?)
しかし、来るべき“銀”の襲来に備えて、『玻璃壇』は毎日、入念にチェックしている。
それに、マージョリーはこの感覚を、どうも不思議に思った。
(何か…違う気がするのよね。“従”とは)
もし“従”の気配なら、どんなに酷い二日酔いでも一瞬で吹き飛び『グリモア』を引っつかんで飛び出しているはずなのだ。
フレイムヘイズの中でも屈指の殺し屋“弔詞の詠み手”マージョリー・ドーとは、そういう人物である。
しかし、今回のこの「気配」には、マージョリーは違和感こそ抱けど、酔いは相変わらず全身に回ったままだし、身体も全く反応しなかった。
マージョリーは、その常日頃抱くことのない違和感に首を傾げつつも、
「…まあ、いいか。そんなことより、水よ、水ぅ…うえぇ」
またまた激しい二日酔いに襲われると、ふらふらと厨房のほうへと向かっていった。

274Back to the other world:2006/05/23(火) 23:16:35
〜26〜

「しっかし坂井にシャナちゃん、危なかったなぁ」
「ホントだよな。もう少しで出席とり終わってたぜ」

遅刻ギリギリではあったが、シャナが悠二の片腕を取って屋根の上を飛び移っていくという荒業を使ったおかげで、二人はどうにか1限に間に合うことができた。
そして4限までをこなし、今はいつものメンバーと―――悠二にシャナ、佐藤啓作に田中栄太、吉田一美に池速人、そして緒方真竹の7人との昼食タイムである。

「でも…間に合ってよかったですね」
「珍しいな、坂井。お前、別に家から学校までそこまで距離なかったろ?」
「そうよ。私や田中や佐藤は御崎大橋渡らなきゃいけないし、池君や一美の家だって、坂井君の家より奥に行ったとこにあるじゃない」
友人達が口々に悠二たちに話しかけてくる。
しかし、

「・・・」
悠二は下を向いて、呆けたような表情をしたまま黙っていた。
「おい坂井、どうした?」
そんな悠二に、まず池が声を掛けた。
「そういや、なんか朝から様子が変だったよな?」
「お前、まさか…大丈夫か?」
次に佐藤と田中が「知っている者」の立場から、池とは全く違った意味での心配を込めて言った。
「何だか顔色も悪いみたいですし…何かあったんですか」
吉田もまた「知っている者」の一人として、また、それとは別の“感情”から、前者三人とはまた違った意味で、心配そうに言う。

「・・・」
しかし悠二は友人達の呼びかけに、相変わらずうつむいたまま、黙っていた。
「おい、坂井っ!?」
池がもう一度呼びかけた。
と、同時に、

ドゴッ。
「ぎゃぁっ!?」
シャナが、悠二の頭頂部に思いっきりひじ打ちをぶちかました。
「・・・シャキッとしなさいよっ!」
「う…あ…?」
シャナに怒鳴られた悠二が頭を抱え、辺りを見ると、友人達が心配そうにこちらを見つめていた。
「坂井、マジで大丈夫か?」
「え…ああ。だ、大丈夫…たぶん」
佐藤の問いかけに、悠二は頼りなさげに答えた。
「…そういうことじゃないんだろうな?」
「うん…一応」
田中の「知っている者」としての心配を含んだ問いかけにも、悠二は同じような口調で答える。
「もしかして坂井君、私のお弁当が…何か、味がおかしかったですか?わ、私今日、ちょっと味付け濃くしゃったかもしれないし…」
「えっ…そ、そんな事ないよ、大丈夫」
少しも減っていない悠二の弁当を見て言った吉田の言葉にも、悠二は力が抜けたように答えた。
「ちょっと坂井君、あなた本当に変よ?なんかさぁ、幽霊にでも取り憑かれて、力を吸い取られた、って感じ?」
「ブフッ!?」
緒方の言葉に、悠二は吉田を心配させまいと無理やり口元に運んだ弁当のおかずを、ノドに詰まらせた。

275Back to the other world:2006/05/23(火) 23:24:42
〜27〜

「…ッ!?〜〜!!」
『ほう、なかなかスルドイわね、彼女』
悠二の背後で、本来いるはずのない、もう一人の『炎発灼眼の討ち手』が感心しながらそう言った。
『そ、そういう問題じゃ…ゲホッゲホッ』
一方の悠二は、胸をドンドンと叩きながら、自分にしか見えない相手に向かって突っ込みを入れた。
「さ、坂井君!?」
すかさず吉田が自分の水筒から麦茶を注いで、悠二に差し出す。
「ゴクッゴクッ…ぷはっ!?」
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、大丈夫…」
吉田の心配そうな声に、悠二はつとめてそう言った。
しかし実はこの日、悠二は全く大丈夫などではなかったのだった。

276Back to the other world:2006/05/24(水) 01:53:29
〜28〜

この日の1限の授業は、世界史だった。
『えっ、何、今ちょうど中世ヨーロッパやってるの?』
世界史担当の教師が黒板に「中世ヨーロッパの文化について」と書き出すやいなや、悠二の隣に立っている―――もちろんシャナや吉田をはじめ、クラスにいる他の誰の目にも見えていないが―――マティルダが、興奮気味に言った。
『な、何ですかいきなり!?』
いきなりの大声に驚いて、悠二は彼女にしか聞こえない声で(つい先程、悠二とマティルダは、まるで“紅世の王”とフレイムヘイズの間におけるような、お互いにしか通じない会話ができることを知った)言った。
『何って、中世なんて、まさに私の全盛期だった時代よ』
『あ…そ、そっか』
『分かんないとこあるんなら、教えてあげよっか?』
『け、結構ですよ』
『遠慮しなくてもいいのよ、多分先生より詳しいから。どれどれ、ちょっと見せてごらん』
『だから結構ですって…わっ?』
言って、マティルダは机に顔を寄せてくる。
『なになに「ルネッサンスの芸術家達」…あっ、レオナルド!懐かしいわぁ…彼はガヴィダの爺さんと訳の分からない話ばっかりしてたわねぇ。変な宝具もいっぱい作ったって聞いたけど、どこにいったのやら。あらら、アルブレヒトも載ってるじゃない…私、彼に肖像画描いてもらったのよ。戦乱のドサクサでどっかになくしちゃったけど』
マティルダは悠二の教科書に載っている偉人達の肖像画を眺めながら、自身の懐かしい思い出を語りだした。
これで悠二が、少しでも世界史に興味がある人間であったならば、マティルダの話を興味深々に聞くことができたのであろう。が、残念なことに彼は世界史の時間を時折睡眠タイムに使ってしまうほど、全く興味はなかったので、
『マ、マティルダさん、そ、そんなに近づくと、触れちゃいますよ』
眼前に迫ったマティルダの端整な顔立ちに見とれてしまい、気がついたときにそういうのが精一杯であった。

その後の授業でも、
『あら、英語じゃない。私、ヨーロッパとアジアの言語ならほとんどペラペラなのよ。教えてあげるわ』
とか、
『数学かぁ…私、化学と幾何学の知識はどうしてもヴィルヘルミナに勝てなかったのよね。いい機会だわ、私にも解かせて』
などと言っては、マティルダは毎度毎度悠二の教科書に顔を近づけていき、その度に悠二は身体に触れてはしまわないかで神経をすり減らす、またマティルダの、シャナのそれとは違った大人の色香漂う灼眼に思わず見とれてしまいそうになって、普段しない場面で激しく緊張してしまう(これに関しては自業自得だが)という、二つの苦労を背負う羽目になったのである。
そして4限を終えて昼休みになる頃には、悠二の身体は心身ともにヨレヨレになっていたわけである。

277Back to the other world:2006/05/27(土) 22:27:07
〜29〜

「坂井、何でそんなに動揺してるんだ?」
窒息の危機をどうにか逃れた悠二に、池が問う。
「い、いや別に」
「嘘つけ!オガちゃんの言葉にメチャメチャ動揺してたじゃねえか」
「えっ、何、私のせいだって言うの?冗談にきまってるじゃない」
「もしかして坂井君、本当に幽霊に取り憑かれちゃったんですか?」
「何言ってんだよ吉田ちゃん、んなわけねーだろ、な、坂井」
「そ…そうだよ、そんなわけないよ、ちょっと疲れ気味なだけだよ、うん…」
佐藤の言葉に、悠二がまた力なく答える。

とそこで、
「じゃ、茶番劇も終わりね、悠二」
この問題に関してまだ全くも発言していない人物が、
「そろそろ話してもらうわね…朝のこと」
氷のような冷たい視線を放ちながら、
「うっ!?」
悠二にとっては先程の緒方の発言など比べ物にならない、必殺の一言を放った。

「何だ坂井、やっぱり何かあったんじゃねえか!」
「黙ってんじゃねえよ、全く」
「坂井君、隠し事はなしってあれほどいったのに…」
「な〜に坂井君、言ってごらんなさいよ」
「友達じゃないか、水臭いぞ」
シャナの一言に、友人たちが口々に悠二を攻める。
「え…いや、ホント、何にもないんだってば」
「『マティ』って何?」
「だから、あれは朝言った通りで、マージョリーさんがマティーニを飲みすぎて…」
「って言うんだけど、本当?」
と、シャナは佐藤と田中のほうを向いて尋ねた。

(しっ、しまったっ!)
悠二はそこで、自分の致命的なミスに気づいた。
『あーあ、バカね』
マティルダが心底呆れて、悠二に言った。
『も、もうダメだ…マティルダさん、正直に話そう』
『ダメよ、何とか切り抜けなさい。あなたは知力でここまで生き延びてきたんでしょうが』
悠二の弱気な提案に、マティルダは厳しく言った。
そして悠二は自分の愚かさを呪い、腹をくくった。

278Back to the other world:2006/05/27(土) 22:31:01
〜30〜

しかし、
「え、ああ。坂井、よく知ってるな」
「…え?」
天は彼を見捨てなかった。
「つい昨日、マージョリーさんの要望で、家のバーにバーテンを呼んでな」
「…えぇ?」
奇跡は、起きた。
「んで、いつもの通り散々飲み散らかして…バーテンが疲れて帰っちまった後も、一人でずーっと飲んでて…朝は悲惨な状態だったぜ」
「ええぇ!?」
「何をそんなに驚いてんだよ、お前が言ったんだろ?」
「あ…ああ、うん。そ、そうだよ。ほ、ほーら、言った通りでしょ…?」
「う…ん?」
(何で…?)
シャナは自分の予想が外れたことに、驚きを隠せなかった。
(絶対怪しいよね、アラストール?)
首をかしげながら、シャナは胸元にいる魔神に、お互いにのみ聞こえる声で尋ねた。

(…)
しかし、本来ならばすぐに返ってくるはずの返事が、ない。
(…アラストール?)
(んっ?)
二度目の呼びかけでやっと返事が返ってきたが、それはおおよそ“紅世”に名を轟かす魔神らしからぬ、間抜けな返事だった。
(どうしたの?)
(い、いや。別に何でもない)
(何、アラストールまで私に隠し事?)
(ち、違う、断じてそれはない。ただ…)
(…ただ?)
(何か、おかしな気配を感じぬか?)
(えっ?)
言われ、シャナは目を閉じて、存在の力を探ってみた。
しかし、
(…特に、何も感じられないけど)
(そ、そうか…)
(…?変なの)
シャナはいつもらしくないアラストールを不思議に思った。

アラストールは一人、心の中でつぶやく。
(むぅ…我としたことが、シャナに恥ずかしい態度を見せてしまった。しかし…)
御崎高校に着いたあたりから、時折感じていた。
自分のすぐ近く―――“ミステス”の少年の辺りに「何か」が存在している、という気が。
しかし、それは“従”ではなく、別の「何か」。
しかも、なぜかアラストールには、その気配に覚えがあった。
(一体、この感覚は…?)

と、彼に、ある一つの可能性が浮かび上がった。
昨夜の『万条の仕手』と“夢幻の冠帯”の異常なまでの動揺。
自分自身が今、感じている気配。
そして“ミステス”の少年が口走った言葉―――


(愛しているわ“天壌の劫火”アラストール)
(!!?)
ふと、彼の中に、一人の女性の姿がよぎった。
数百年間、忘れようとしても決して忘れることのない、あの女性の姿が。

279Back to the other world:2006/05/27(土) 23:12:11
〜31〜

(…っな、何を、馬鹿な)
アラストールは浮かび上がった幻影を振り払うと、自分の考えのあまりの馬鹿馬鹿しさに、吐き捨てるように心の中でつぶやく。
彼の考えは、確かに馬鹿げていた。
それは、絶対にありえないことだった。
思いついても、考えてもいけないことだった。
(全く、我としたことが…)
気のせいだろう。
アラストールは、そうやって何とか自分を落ち着かせた。


『ひぃ〜、た、助かったぁ』
『ほう、運のいいこと』
『はは、全く…しかし、まさか本当にそんなことになってたなんてなぁ』
悠二は心底ホッとした。
『でもね悠二君、残念だけど…このままじゃ、どの道バレるのは時間の問題ね』
『えっ、なぜです?』
『気づき始めてるのよ、あの子の胸元にいる男が』
言って、マティルダはシャナを指差した。
『えぇっ!?』
『どうやら、あなたの近くにいるだけで、ほんの少しではあるけれど存在の力が私に流れ込んでくるみたいね。彼、じわじわとではあるけれど、私の気配に気づき始めてるわ』
マティルダは腕を組みながら、しげしげとシャナの胸元(のペンダントにいる男)を見つめていった。
『な、何で分かるんですか?』
『彼と私がいったいどれだけの時間を過ごしたと思ってるのよ。もう『コキュートス』を見なくたって、何を考えているのか分かるわ』
マティルダは得意そうに言った。
『いや、見たって分かりゃしない気が…』
『何か言ったかしら?』
『い、いや別に。で、どうすりゃいいんです?』
『とりあえず、今日のところは早退させてもらったら?』
『えっ!?』
『今のあなたの様子なら、周りのみんなも不自然には思わないわ』
確かにその通りであった。
このクラスの、少なくとも自分のまわりにいる5人は、自分を体調不良と思い込んでいる。
今自分が早退するといったところで、誰もおかしいとは思わないだろう―――ただ一人をのぞいて。
『で、でも、そんなこといったって』
『あとね悠二君。私、やりたいことを一つ、思いついたのよ』
悠二の反論を無視して、マティルダが続けた。
『な、何ですかいきなり?』
マティルダは少し微笑んで、こう言った。
『あなたのお母さん―――坂井千草さんと、お話がしたいの』

280Back to the other world:2006/05/28(日) 01:47:28
〜32〜

「えぇぇぇーーーっ!!?」
「うぉ!?」
「何だ!?」
悠二はクラスメイトの存在も忘れて勢い良く立ち上がり、教室中に響く大声で叫んでしまった。
「そ、そんな、無理ですよ…っ!?」
と、我に返った悠二は、そこでやっとクラスメイトが自分を好奇の目で見つめていることに気がついた。
「さ、坂井、君?」
「おい、坂井?いったいどうしちまったんだ?」
「誰に向かって喋りかけてんだよ?」
吉田、田中、佐藤の三人が、明らかにおかしい悠二の行動に疑問を隠さず尋ねた。
「い、いや別に」
「いや別にじゃないでしょ?今のはどう考えてもおかしいわよ」
「坂井、熱でもあるんじゃないのか?」
緒方、池の二人も、同様に尋ねる。
「あっ、うん、そ、そうかもしれない。ぼ、僕、今日はちょっと早退するよ」
池の言葉を口実に、悠二は早退しようと荷物を超高速でまとめ、一目散に教室を飛び出した。


と、
「ちょっと悠二、待ちなさいよ!」
教室を出て廊下を駆け出そうとしたその時、シャナが悠二を、怒りがこもった声で呼び止めた。
「シャ、シャナ!?」
呼ばれた悠二が振り向くと、シャナが仁王立ちしてジロリと睨んでいた。
怒りがこめられたままの声で、シャナが問い詰める。
「いったい何があったのよ、答えなさいよ!」
「だ、だから何でもないって」
「そんなわけないっ、絶対何か隠してる!」
「ち、違うったら、ただ気分が悪いから、早退するだけだよ」
悠二は何とか言い逃れようとしたが、
「うるさいうるさいうるさいっ!嘘に決まってる!」
シャナは一歩も引かない。
悠二はシャナの押しの強さに気おされまいと、必死になった。
そして、


「っ…だから違うって言ってるだろ!」
「…!」
穏やかな彼が常日頃出さない、怒鳴り声でシャナに立ち向かった。
それは恫喝と言うにはあまりに弱弱しく、優しいものだったが、普段の物静かな姿を見慣れていたシャナにとっては、十分に効き目があるものであった。
シャナは一瞬たじろいだが、すぐに向き直ると、
「・・・もう知らないっ、勝手にどこにでも行けばいい!」
そう捨て台詞を吐いて、悠二とは反対方向に廊下を駆け出していった。


「シャ、シャナ…」
小さくなる背中を見て、悠二がつぶやいた。
『あーあ、泣かせちゃったわね』
教室の壁をすり抜けて出てきたマティルダが、まるで他人事のように言った。
『…誰のせいだと思ってるんですか』
無責任なマティルダの物言いに、悠二は少し怒って言った。
『あら、最初に抱きついて私を顕現させちゃったのは、いったい誰だったかしら?』
しかし、マティルダは厳然なる事実を持ってして、悠二の言い分を封じ込める。
『…ま、まあそうですけど』
少し気弱になった悠二を、
『それにあなたも、もう少し冷静に行動してれば、こんなことにはならなかったはずよ』
マティルダはさらに攻める。
『そ、そんなこといわれたって』
『ま、あの子には後で謝るとして、まずはここから出ましょ』
『…ハイハイ、分かりましたよ』
マティルダの一方的な物言いに悠二は結局何も言い返せず、あきらめてトボトボと昇降口へ向かい、御崎高校を後にした。

281Back to the other world:2006/05/28(日) 03:46:19
〜32〜

平日の昼下がりのせいか、商店街は人通りが少なかった。
『しかし悠二君、もう少し頭の回転を早くしたほうが良いわよ』
その道をトボトボと歩く悠二に、マティルダが声を掛けた。
『一応、いざと言う時には切れてる、って評判なんだけどな…』
『まだまだ、あんなもんじゃダメよ。これからの戦いを生き抜こうと思ったら、せめて…牛骨宰相くらいの頭脳は身に着けてもらいたいわ』
『誰ですか、それ』
『以前私が戦った相手の一人よ。彼の知略にはずいぶんと手を焼かされたわ。ま、最後にはやっつけたけどね』
かつて『大戦』で自分たちを大いに苦しめた知略家を思い出しながら、マティルダは言った。
『はぁ…』
『そういえば彼とも『あの世』で会ったわ』
と、そこでマティルダが思い出したように言った。
『えっ、て、敵同士なのに?』
『昨日言ったじゃないの。『あの世』では敵味方なしだって。最も、もう殺そうと思っても殺せないから、ってのもあるけど』
『あ、ああ、そういえば』
『話してみたら、その頭の切れは予想以上だったわ。本当に恐ろしい奴と戦ってたんだなって実感した。ただ随分気弱なのが気になったけど』
『えっ、気弱?』
『だって私と顔を合わすなり、いきなり逃げ出しちゃうんだもの。呼び止めるのに苦労したわ。そうそう、あと彼、超弩級の鈍感でね』
『はぁ?』
『彼のことが大好きな女の子がすぐ傍にいるのに、全然、かけらも気づいてないのよ。もう何百年になるかしらね』
『えぇっ、な、何百年?』
『またその女の子が最高に不器用でね、彼のことの散々けなしたり、罵言暴言を浴びせるのよ。もちろん愛情の裏返しなんだけど』
『はあ』
『全く、私の胸をぶち抜いた時みたいな勢いがどうして出せないかなぁ。見てて歯がゆいったらありゃしないわ。まるで誰かさんと誰かさんみたい』
マティルダはそう言って、「誰かさん」の一人たる少年を流し目で見た。
しかし、悠二はそれには気づかず、全く違う質問をした。

『ちょ、ちょっと待って』
『何?』
『胸をぶち抜いたって…それって、その、前言ってた『大戦』で戦った敵の暗殺者でしょ?』
『そうよ』
『あと『牛骨宰相』ってのは、聞いたところ、その『大戦』の“従”側の司令塔だった、ってことですよね?』
『ええ、その通りよ』
『ってことは…“紅世の従”も、その、そういうこと…恋愛とかをする、ってこと?』
『今さら何を言ってるのよ。“従”だって、フレイムヘイズだって、立派に恋をするものなのよ』
『あ…っ、そういえば、前に同じことを言われた気がするな』
悠二は、かつてシャナとの関係に思い悩んでいた自分に、極めて的確なアドバイスをしてくれた、ある人物を思い出した。

282Back to the other world:2006/05/28(日) 03:47:23
〜33〜

『それってもしかして、紳士の格好した爺さんじゃない?』
『そっ、そうだけど…知り合いなんですか?』
悠二はマティルダの顔の広さに心底驚いて尋ねた。
『ええ、ちょっとね。あいつ、あんな格好して気取ってるけど、本当はね…』
『えっ、それってどういう…』
『…ま、今言うのはやめとくわ。これもいつか分かることだろうし』
昨夜に続いて、またもや含みのある顔で話を断ち切ったマティルダに、悠二が不思議そうに尋ねた。
『それにしちゃ、『あの世』の人たちのことはよく喋りますね』
『だって、彼らはもう死んでるんだもの。いくら私があなたたちに喋ろうと、何も起こりゃしないわ。でもね、まだ生きてる人たちのことは…言っていいことと悪いことってのがあるのよ』
『はぁ…なるほど』
マティルダの論理に、悠二はよく分からないながらもとりあえず納得した。


『それにしても、何百年も気づかないなんて…とんでもない鈍感だな』
と、悠二のあまりに棚上げな意見に、マティルダはまた呆れて言う。
『あらあら、あなたがそれを言うの、悠二君?』
『どういう意味ですか?』
もちろん、朴念仁たる少年は、その言葉の真の意味が分からずに尋ねた。
『さあねぇ、自分で考えたら?』
『えっ…』
悠二は逆に言い返されてしばらく考え込んだ、が、答えは出なかった。
その様子を見ながら、マティルダは、
(まったく…『あの世』とこの世、似たもの同士ってあるものね)
と、心の中で感慨深げにつぶやいた。

283Back to the other world:2006/05/28(日) 03:51:13
〜番外編1〜

ちなみに同じ頃『あの世』ではこんなことが起こっていたとかなかったとか。

「クシュン?!」
牛骨の賢者が突如、くしゃみをした。
「いきなり何だ、痩せ牛。はしたない」
その様子を見て、黒衣白面の女が無愛想な顔(を装って)で叱った。
「も、申し訳ありません。っクション!?」
牛骨はすまなさそうに謝ったが、もう一度くしゃみをしてしまった。
「何度も無様な真似をするな!」
その情けない様子に、女は目線を尖らせてさらに叱る。
「はっ、も、申し訳ありません…」
牛骨はますますすまなさそうに縮こまった。
「我らは死んだとはいえ、元…いや今でも『とむらいの鐘』の精鋭『九垓天秤』の一角なのだ。お前、最近少したるんでないか?」
「ま、まったくその通りです…このくしゃみはおそらく、こんな私をあざ笑っているフレイムヘイズ達がいるという証拠なのでしょう」
牛骨が縮こまったままそう言うと、女は、
「…?どういう意味だ?」
と尋ねた。
「いえ、こちらに来てから知ったことなのですが、何でも人間たちは、くしゃみの回数に意味を求めるそうなのです」
「…下らん」
牛骨の解説を、女は一言バッサリと切り捨てた(フリをした)。
「はは、確かにそうですね。くしゃみ一回で良い噂、二回で悪い噂、三回目で恋の噂だとかなんとか、全く馬鹿馬鹿しい話ではあるのですが」
「痩せ牛、今すぐくしゃみをしろ」
「はっ?」
いきなりの女の要求に、牛骨は戸惑った。
「いいから、今すぐくしゃみをしろ、と言ってるんだ」
女はつとめて平静を装いながらそう言った。
しかしその長い右手は地面でモジモジと動かされ、白面はうっすらと紅色が浮かんでいた。
「いえ、しかしですね、それは…」
ところが、超弩級の朴念仁である牛骨には、それが意味するところが分からない。いたって普通に答えた。
女は牛骨のその態度に、ますます苛立つ。
「グズグズするな鈍牛!何でもいいから早くくしゃみをすればそれでいいのだっ!」
「は、はいっ!ハ…クション!」
その様子を見て女は、表情は変えず、しかし心中では大いに心躍らせた。
(やった!これでようやく…ようやく私の想いが…)

しかし、世の中とはうまくいかないものである。
「クション」
「なっ…!?」
「おや、四回もくしゃみが出るとは…どうやらただの風邪のようですな…わわっ!?」
何も無かったかのように答える牛骨に、女は怒りを爆発させた。
「っ馬鹿者!!!誰がくしゃみをしてよいと言った!?」
理不尽なことは分かっていたが、それでも言わないと気がすまない。
「えっ、そ、それはチェルノボーグ殿が」
「黙れ黙れ痩せ牛!!」
女はそのまま右手を牛骨にぶつけた。
「ひぃ、も、申し訳ありません…!」
そして牛骨は何一つ気づかないまま、ただただ謝った。


と、まあ、こんな日常を千年近く続けている二人の物語はまだまだ続くのだが、それはまた、別の話。

284234:2006/05/28(日) 17:47:15
ぎゃ〜〜!!!“徒”のはずが、全部“従”になってるっ(泣)。恥ずかし〜!!!
申し訳ないです…。

285五十殿:2006/05/28(日) 19:59:15
本当ですね。
私も今まで気づかずに読んでました(笑)

286名無しさん:2006/05/28(日) 23:49:48
「なによ、気付かなかった訳?」
「ハッハァー、よく言うぜ。我が鈍感なる姫君、マージョリー・ドーよぉ。
さっきまで気付かなかったくせになぁ。ウハハハハハ、ブッ」

287名無しさん:2006/06/09(金) 01:26:20
ここって保管庫あるの?

288名無しさん:2006/06/28(水) 15:31:43
続きが気になるであります。
『続執要望』

289名無しさん:2006/07/03(月) 23:23:59
続きを早く!!!!!!!!!!!

290234:2006/07/09(日) 23:02:12
最後の投稿から1ヶ月以上経ってしまいましたorz
今さらですが、続きを書きました。
まだ完成には至りませんが(え)、気長に見守っていただければ幸いです。

291Back to the other world:2006/07/09(日) 23:07:33
〜34〜

悠二がマティルダに戦々恐々とさせられていた頃。
「・・・・・」
ヴィルヘルミナは、平井家の自室の事務机に座っていた。
「・・・・・」
しかし、いつものように、“外界宿”からの書類に目を通しているわけではなかった。
「・・・・・」
ただ頬杖をついて、呆けたように壁を見つめているのみである。
「正気覚醒」
そんな様子を見かねたティアマトーが、たしなめるように言っても、
「・・・・・」
その声が耳に入っていないかのように、全くの無気力状態であった。

しかし、それも無理からぬことではあった。
(あれ、は)
昨日の夜。
(本当、に)
彼女は、見てしまったのだ。
(夢?)
見るはずのないものを。
それは、一人の大切な、大切な人の姿。

―――さようなら、ヴィルヘルミナ、ティアマトー。貴方達に、天下無敵の幸運を―――

「誇大妄想」
相棒の堂々巡りを終わらせるため、ティアマトーが一言きっぱりと言い切った。
「・・・・・」
「正気覚醒」
「・・・・・む」
ヴィルヘルミナは頬杖をつくのをやめた。
「・・・そう、で、ありますな」
どれだけ考えたところで、あんなことは現実にはありえない。
しょせん、妄想に過ぎないのだろう。
そんなことで思い悩むのは、時間の浪費である。
「全く・・・何ゆえ今さら、あのような幻覚を」
今はもう、現実を見すえているはずだったのに。
あいつにも、きっぱりとそう言ったのに。

―――ふふん、負け惜しみかい?―――

「…ッ!」
ガッ!
ヴィルヘルミナは拳で自分のこめかみを、思いっきりひっぱたいた。
それはティアマトーに向けたものではなく、不甲斐ない自分自身へのものだった。
ズキズキと痛む頭を押え、ふと時計を見ると、
「む」
時刻は0時30分だった。
「時間浪費」
「うるさいであります」
ヴィルヘルミナは、今度はヘッドドレスの相棒を殴りつけた。
「ふむ、昼食摂取の後、食料調達に出かけるのであります」
とにかく、気分を切り替えよう。
外に出て空気を吸えば、こんなふざけた妄想にふけることもなくなるだろう。
ヴィルヘルミナはそう自分に言い聞かせ、スクッ、とイスから立ち上がって、昼食のカップめんを作りにキッチンへと向かった。

292Back to the other world:2006/07/09(日) 23:12:21
〜35〜

9月の前半というのは、まだまだ残暑が厳しい時期である。御崎市ももちろん例外ではない。
ましてや昼下がりともなれば、その暑さはジリジリと焼け付くようなものとなる。
「それにしても…暑いなぁ」
悠二はそんな暑さの中、通りをひたすら歩いていた。
『何よ、だらしないわねぇ。私なんか四六時中、紅蓮の炎の真っ只中にいたのよ』
ダラダラとやる気なさそうに歩く悠二を見て、マティルダが後ろから茶化す。
『そりゃ『炎発灼眼の討ち手』だったんなら当然でしょ?』
『フフッ、その通り』
悠二の突っ込みに、マティルダはまたいたずらっぽい笑顔で答えた。
その子供のような笑顔を見て、悠二は苦笑交じりにつぶやいた。
『・・・なんか、意外だったな』
『ん、何が?』
『僕の中の想像では、先代の『炎発灼眼の討ち手』って、もっと威厳があるっていうか、近寄りがたい感じっていうか、そういう風な人かと思ってたから・・・』
『あら、何それ?まるで私がガキっぽい奴みたいな言い方じゃない』
『いっ、いえいえいえ、決してそういう意味じゃ』
悠二は慌てて否定した。
『じゃどういう意味よ?』
『その、何か、ずいぶん気さくに話しかけてくるし、いつもニコニコ笑ってるし、『伝説の人』って言う割には…意外だな、って思って』
これは正直な感想だった。
初めて会ったときから、悠二にはマティルダの圧倒的な存在感は感じ取っていた。
しかしそれとは裏腹に、彼女の態度、仕草は、どことなく軽く、子供っぽいものだった。
『そうかしら?』
悠二の指摘にも、マティルダは全く気にした様子はない。
『今だって、僕の母さんと話がしたいなんて言うし…』
『なぁに、話しちゃまずいことでもあるの?』
『い、いや、そんな事はないけど、なんでかなって思って』
学校を早退する原因にもなった、マティルダの一言。
悠二には全くもって、意味が分からなかった。
『あのね、私はシャナの母親みたいなものよ。自分の娘がお世話になってる人にご挨拶しておくってのは、別に普通のことじゃないの?』
そんな悠二の疑問をよそに、全く当然のように、マティルダは答える。
『ま、まあそうだけど』
『それと・・・やっぱり私からも言っておかないとね』
『何がです?』
『お宅の息子さんにはもっとがんばってもらわないと、うちのシャナはあげられませんよ、ってね』
『な、何を言って』
『冗談よ冗談。フフッ』
言って、マティルダはまた、子供のようにニカッ、と笑みを浮かべた。

293Back to the other world:2006/07/16(日) 00:28:46
〜36〜

『・・・そういえば』
と、そこで、悠二は根本的な問題に思いあたる。
『ん、何かしら?』
『その・・・母さんと、どうやって話すつもりなんですか?』
『あ、そういえば、特に考えてなかったわ。単なる思い付きだったし』
『そんな、無責任な』
軽い調子で話すマティルダに、悠二は少々憮然とした。
『なんなら直接会いに行きましょうか?』
と、いきなり突拍子もないを言い出すマティルダに、
『じょ、冗談はやめてくださいよ』
悠二は慌ててそれを拒否する。
『フフッ、分かってるわよ』
そんな悠二を見て、マティルダはまた愉快そうに笑った。
『本当に、もう・・・』
『怒らない怒らない』
『はぁ・・・。じゃ、どうするんですか?』
『そうねぇ・・・あなた、小型の電話か何か持ってないの?最近の人間は皆持ってるって聞いたけど』
『携帯か。残念ながら、僕は持ってないです』
『えっ、なんで持ってないのよ?時代遅れね〜』
何百年も前に死んだマティルダさんに言われたくないな、と言いかけて、悠二はどうにかその言葉を飲み込んだ。
『母さんがああいう機械、ダメなんです。だから買わせてもらってません』
『ふぅーん、可愛いお母さんじゃないの』
『ど、どうも』
母親を「可愛い」と表現された悠二は、少々ばつが悪そうに短く返事をした。
『・・・で、どうするんですか?』
『うーん・・・公衆電話とか、近くにないの?』
『公衆電話か・・・』
言われ、悠二は困った。
最近携帯の普及によって、公衆電話の台数が減少傾向にあるのは、ここ御崎市も例外ではない。
かろうじて目にするところといえば駅周辺だが、その辺りは先日の“変人”と評判高い某・紅世の“王”襲撃事件によってズタズタに破壊され、公衆電話もその憂き目に遭っていた。
『どこか人目に付きにくい、静かな場所にひっそりとある公衆電話とか、ないのかしら?』
『そんな都合のいい場所あるわけが・・・』
と、悠二はそこで突然、口をつぐんだ。
『・・・ちょっと、悠二君?』
そんな様子を見て、マティルダは不審そうに悠二に声を掛ける。
すると、悠二はボソッと、一言こうつぶやいた。
『・・・あった、一ヶ所だけ』

294Back to the other world:2006/07/16(日) 01:55:19
〜37〜

南中に達した太陽が、だんだんと傾き始めている。
向かいのマンションの影が、ほんの少し部屋の中に入ってきている。
「・・・・・・」
その部屋の中、ヴィルヘルミナは呆然として、右頬を押えていた。
その清楚なはずのメイド服のエプロンには茶色のシミが点々と浮かんでおり、さらにその普段は凛々しく妖艶ですらある口元はだらしなく半開きになっており、おまけにその周辺には細かい緑色や黒色の物体が付着している、という始末である。



つい先程まで、彼女は少し遅めの昼食をとっていた。
しかし、その食べ方は何とも酷いものであった。
力なく握られたハシからは見る見るうちに麺がこぼれおち、彼女のメイド服のエプロンにボトボトと落ちた。
「麺落下」
「あ」
まるでティアマトーに言われて初めて気づいたかのように、ヴィルヘルミナは麺を手でつまんで口の中に放り込んだ。
一連の動作は、まるでゲームセンターのUFOキャッチャーのようであった。
「無作法」
「もぐ・・・んうるさいで、もぐ・・・んあります」
相棒の戒めも、まるで耳に入っていないかのように、ヴィルヘルミナは麺を咀嚼する。
「んぐ・・・っ」
ゴクリ、と一のみした後、今度はレンゲでスープをすくおうとする。
「要集中」
「分かって、いるで、あります」
しかし、
「あ」
相棒の忠告も空しく、力なく握られたレンゲから薄茶色の液体がビチャビチャと垂れ、エプロンをさらに汚した。もはや幼児用の前掛け同然である。
「自業自得」
「う、うるさいで、あります」
ヴィルヘルミナは(かなり理不尽に)ヘッドドレスにガン!と拳を一発。
そして、自身がこぼしたスープのシミをじっと見つめ始めた。
「・・・ふむ・・・勿体無いで、ありますな」
と、
「・・・姫?」
次の瞬間、フレイムヘイズ「万条の仕手」ヴィルヘルミナ・カルメルは、突如奇っ怪な行動を起こした。


「はむ・・・んちゅ、ちゅぅぅ・・・」
突如頭を下げたかと思うと、いきなりエプロンを口でくわえ、シミを吸い始めたのだ。
「!?即刻中止!姫!」
さすがのティアマトーが、まくし立ててこの行動を止めようとした。
しかし、
「んふっ、ちゅちゅっ・・・ちゅうぅぅ・・・」
聞く人が聞いたら大いに誤解を招きそうな音を盛大に奏でて、ヴィルヘルミナはエプロンを吸い続ける。
昨日起こったことによるストレスは時間を追うごとに彼女を追い詰めていった。
そしてここに来て、ついに理性のタガが外れてしまったのだ。
それにしても、歴戦の勇者「万条の仕手」の振る舞いとしてはあまりに情けない一連の行動。
周りに誰もいないとはいえ、これは酷すぎた。
と、そこへ一条のリボンが現れたかと思うと、


パシッ!
「っ!?」

ヴィルヘルミナの右頬をはたいた。



「ティア・・・マトー?」
突如起こったことにしばし呆然とするヴィルヘルミナ。
「正気覚醒」
ティアマトーは普段と変わらず、端的に述べた。
しかしその短い言葉には、改めて相棒を心から思い、戒める意味がこめられていた。


「私としたことが・・・面目、なかったであります」
ヴィルヘルミナは相棒に対して、心から反省した。
「以後厳禁」
「も、もちろんであります」
「請願了承」
ヴィルヘルミナの言葉に、ティアマトーはあっさり彼女を許した。
元来“夢幻の冠帯”ティアマトーという人物(?)は冷静沈着、かつさっぱりとした人物である。一度怒ったあと、さっさと相手を許してしまうのであった。


「・・・さて、そろそろ食料を調達に行くのであります」
ヴィルヘルミナは、仕切り直しとばかりにそう言うと、リボンでメイド服を新たに編みなおして着替え、寝室においてあったザックを背負うと、一旦平井家を後にした。

295螺旋の風琴:2006/07/18(火) 00:55:41
初めまして

名前の通りシャナで一番好きなキャラは
螺旋の風琴です。

楽しく読ませて貰ってます
続き早く読みたいです

何か思いついたら書かせて頂きます。

ではでは

今日見つけて1日がかりで全部呼んだバカょり

296螺旋の風琴:2006/07/18(火) 01:08:50
初めまして
シャナで一番好きなキャラは名前の通り螺旋の風琴です

楽しく読ませて貰ってます

思いついたら書かせて頂きます

そん時は宜しく

297螺旋の風琴:2006/07/18(火) 01:36:12
初めまして
楽しく読ませて貰ってます
どもども
思いついたら書かせて頂きますので
そん時は宜しくお願いします。

298螺旋の風琴:2006/07/18(火) 10:55:48
テスト
あた



シャナ

299螺旋の風琴:2006/07/18(火) 16:14:12
すいません

間違えて書きすぎました

300名無しさん:2006/07/31(月) 22:05:47


301名無しさん:2006/07/31(月) 22:57:33



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