したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

●◎短編小説・曝し場◎●

275空飛ぶ蛸の話 3/14:2004/10/14(木) 22:26
「どこに?」
 それは明瞭で当然の問いだった。
「細道だよ、決まってるだろ、宇宙怪物を見せてやる」
 良太の、およそ思いつきに違いない提案を呑む理由は微塵もない。ただ、退屈だからという理由で教室に残り、外を眺めることを趣味としている僕に、断る理由もない。
 どうしようか悩む僕の背中を押して、良太は教室を出た。
 クラス委員である良太の仕事の一つに、教室を空ける際の鍵閉めがある。推薦で決定した委員にも拘らず、良太は仕事を誠実にこなしている。現在も。
 電気を消して窓の鍵がかけられているかを確認して、教室の鍵を閉める。
「よし、行くぞ」
 人気のない廊下で立ち尽くしていた僕は、断る理由を思いつけず、歩き出した。
 高校生になったからといって中学校と校舎の構造が変わるわけじゃない。階段で各階に行き、各階には一年、二年、三年の教室が並んでいる。一階には男子トイレと職員室があり、二階には女子トイレと体育館へ繋がる扉がある。
 今の時間帯、体育館ではバスケット部とバレー部が練習に励んでいることだろう。
 僕らは階段を降りて、職員室へ向かう。良太が教室の鍵を届けないといけないからだ。それが終わると校門を目指し、そこを抜けると、家に続く道を歩くことになる。
「いや、まじですごかったぜ、あれは。空に浮いてんだよ、蛸が。八本足をひらひらさせてさ、ふわーってさ」
 本来なら辿るべき道を通り過ぎて、大通りに出る。理由は無論、良太のせいだ。
 良太は隣で頻りに話をしている。その、空飛ぶ蛸の話を。八本足で、夜空をひらひらと舞う、蛸の話を。
「ありゃさ、多分、火星人だぜ。火星から飛んできたんだよ、間違いない」
 僕は、ふーん、とあからさまに興味のない相槌をうちながら歩く。確かに帰宅してもやることなんてないけど、南田が絵を披露するほど呆れている事柄を調べに行くのに気が乗るはずがない。
 しばらく歩いていると空の色が暗くなり、四分の三の月が色を濃くし始めた。
 空とは裏腹に喧騒の激しい周囲のおかげで、良太の声は程よく聞こえない。勢いよく排気ガスを吐き出すトラックに感謝した。排気ガスではなく轟音に。
「ここだ」
 変哲ない道路、その道路の左側には家が建ち並んでいる。その家と家の間に一メートルほどの幅があり、緩やかな弧を描きながら伸びている細道の前で、良太が言った。
 ここですか。
「変哲のない道だな」
「ああ、ああ、だろう? しかも毎日のように使ってる道だからな、油断してたよ」
「いや、そりゃ油断するだろう」
 道を歩くのに緊張はしない、一般的に。
 僕は薄暗い細道を眺めて嘆息する。変質者でも待ち伏せていそうな道だが、空を見てもパックマンを連想させる月があるだけで、八本足の蛸の姿は見えない。
「それで、どうするんだ?」
 寒空の下に立ち尽くすのに飽きて聞くと、良太は細い目で道を見据えた。
「・・・・・・・・・・」
 道を見据えて、何も言わない。
 背後で車の通り過ぎる音が聞こえた。
「なあ、お前、ちゃんと考えてここに案内してくれたんだよな」
 良太が、ふう、と息を吐く。
「いや、なんか南田の態度にむかついて、思い付きだ」
 殊の外、良太は静かな口調で告げた。
「死ね!」
 良太の脇腹に蹴りを入れて、その場を後にする。背後で、うお、という声と人が倒れる音がしたが、振り向くことはない。
 全く、いつも通りにふざけた奴だ。
 やれやれ、という万感の思いを胸に暗くなった空を仰ぎ見る。月明かりのある空に、南田の絵が浮かんでいるような気がした。
 しかし空には、別のものが浮かんでいた。
「・・・・・・・・・・?」
 月明かりのせいでよく見えない。動いているので飛行機かとも思ったけど、それ自身が明かりを発していないことから、飛行機やヘリコプターではないことが分かった。
「・・・・・・・・?」
 次に暗闇に消える特殊仕様のヘリコプターを連想するが、それは、どうにも動きが不規則だった。ゆらゆらと、ひらひらと、まるで蝶のように舞っている。
「・・・・・・?」
 それは、足が八本あった。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板