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●◎短編小説・曝し場◎●

273空飛ぶ蛸の話:2004/10/14(木) 22:23
「宇宙怪物だ」
 椅子に立って堂々と宣言した良太を、僕と南田はごく自然に無視した。
「おい、おいおい、聞いてるのか?」
 良太が声を上げるけど、南田は文庫本に目を落とした姿勢で動かない。僕は窓の外に目をやったまま、ふう、と息を吐いた。
 彫りの浅い顔立ちに長身痩躯というスマートな姿形を得て生まれた良太はしかし、頭の中が特殊で、時々、否、しょっちゅう、意味不明な言葉を高らかと宣言する。
 だから今回のこれも慣れたものだった。
「おうい、聞け、聞けよ、寂しいだろ」
 両腕を振り回して存在をアピールする良太に、僕は漸く、仕方なく目を向ける。
「少し静かにしろよ」
「はぁ?」
 僕の注意に良太が目を見張る。
「静かにしろ? 静かに? おいおい、おいおいおい、俺がすげー話をしようとしてるってのに、何で静かにしなけりゃいけないんだよ」
 そう言われれば確かにその通りだ。
 でも、という思いを胸に南田を見れば、相変わらず無表情に文庫本を見つめている。
 痩身であることは良太と変わりないが、身長は僕よりも低い。黒髪をおかっぱにして、後ろ髪は肩に届くぐらい。紺の制服と赤いネクタイが誰よりも似合っている彼女は、僕が見つめていることに気付いたのか、淀みない仕草で顔を上げた。
 どこか超然とした雰囲気を放つ南田の視線に、忙しない良太も動きを止める。
 夕暮れ時の教室に突如として訪れた静寂。
「何を読んでるの?」
 その静寂を厭うわけではなく、単に良太の話を打ち消すために問うてみる。
 南田はカバーのかかっている文庫本に二秒だけ視線をやり、僕を見た。
「ケッチャム」
 冬の風と釣り合いのとれる声が聞こえたけど、肝心の声が示す内容が不明瞭で、僕は眉を顰めてしまった。
 良太が、うげ、と奇妙な声を発した。
「ケッチャムって、お前、趣味悪いなあ」
 思わずといった感じの良太の言葉に、南田の冷たい視線が向けられる。
 冷たい、というのが比喩でなく真実であることが、う、と呻いた良太の表情の変化で示された。
「? けっちゃむって、なに? タイトル?」
 僕の素朴な問いに、作者名、と南田が簡単に答えてくれた。
「タイトルは、隣の家の少女」
「うげ」
 またしても上がる良太の声。
 どうやら良太の中で、その本は反射的に忌避してしまう領域に入っているらしい。僕は少しだけ興味を惹かれた。
「どんな内容なの?」
「少女を監禁して拷問する話」
 またしても訪れた静寂を、良太の溜息がかろうじて打ち壊した。
「まあ、それだけじゃねえよ。色々と考えさせられるんだが、俺は駄目だ。ケッチャムって聞くと鳥肌が立つ」
「ふうん」
 僕は作者名とタイトルを頭に刻み、暇がある時にでも読んでみるリストに追加した。ちなみに今現在、リストには川端康成の眠れる美女と宮沢賢治の注文の多い料理店と夏目漱石のこころが積まれている。
 気付けば良太の話は打ち消され、南田は文庫本に目を落としている。
 僕は窓の外に目を向けた。
 僕ら三人しかいない教室、窓から覗く夕焼け、広がる運動場に、散乱する部活動中の生徒達、その向こうに広がる家々とビル。
 平和だ。
「って、違う!」
 良太が急に叫んだ。せっかく訪れた静かな時間は泡沫の夢と消え、僕は仕方なく、南田は迷惑がましく、良太に目をやった。
「なんだよ、良太、さっきから」
 そのさっきを意図的に無視したことは置いて、さも良太が悪いかのように訊ねる。
 南田が文庫本に栞を挟んだ。
「だからだな、言ってるだろ! 宇宙怪物を見たんだよ!」
 世迷言も甚だしい、夢は夢の中で、妄想と現実を判別しろ、酷い嘘だな、などなど。僕はコンマ一秒で浮かんだ全ての言葉を口から出すことなく、代替として溜息を吐いた。
 南田は早くも文庫本を開き、栞を取るべきかどうか悩んでいる。
「あ、あ、さてはお前ら、信じてないな? 信じてないだろ!」
 そりゃそうだ。いちいち言葉として発すのも億劫になるほど信じていない。南田も同様らしく、黙って良太を見上げている。


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