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百物語

3三話目:2007/02/07(水) 20:55:46
 …にゃあ。
 そんな泣き声が聞こえたような気がして、少女は立ち止まった。
 人気のない、暗い住宅街の一角。
 何年か前にそこにあった家が取り壊されて、ずっと空き地のままの、そこ。
 少女が目を凝らすと…そこに、小さな小さな、子猫の姿が見えた。
 にゃあ。
 にゃあ、と、酷く心細そうに鳴いている。
 驚かさないように、少女はそろりそろり、と近づく。
「………!」
 少女の気配に、気付いたのだろう。
 子猫は、びくりと体を震わせて少女を見上げて…そのまま、硬直してしまった。
 がたがたと、震えている。
「…大丈夫。怖くないよ」
 そっと。 
 優しく、優しく、少女は子猫を撫でた。
 愛しそうに、優しく、優しく。
 子猫を撫でながら、少女は子猫の向こう側にある、それを見た。
 倒れている…死んでいる、猫。
 人間に虐待されたのだろう。
 両目には釘が刺さっていて、体中に切り傷があり…全ての足が、切断されていた。
「………酷い」
 少女の瞳に、怒りが燈る。
 猫好きな少女にとって、猫を虐待する者は絶対悪だ。
 少女の怒りが伝わったのだろうか、子猫はますます怯えて、少女の手から逃れようとした。
 しかし、少女はそんな子猫を抱き上げ、優しく言う。
「…大丈夫。あなたは、私が育てるから。ちゃんと、大切にするから」
 猫の死骸を手厚く葬り、少女は子猫を抱いて家に向かった。
 子猫は、少女に抱かれたまま、所在無さげに震えている。
 よほど、人間が恐ろしくて仕方がないのだろうか。
 …無理もない、と少女は思う。
 きっと、あの死んでいた猫はこの子猫の親猫で。
 人間に虐待され、死んでいくところをこの子猫は見てしまったのだろう、と少女は勝手に思った。
 そんな子猫を見捨てるなんて、絶対にできない。
 両親だって、少女と同じ猫好きで、捨て猫や野良猫を引き取り、飼い主を見つけるボランティアに積極的に参加しているのだ。
 この子猫を飼いたい、と少女が申し出ても、反対しないだろう。
「大丈夫よ。帰ったら、すぐにご飯あげるからね」
 優しい、優しい眼差しで少女は子猫を見つめた。
 怯えていた子猫だが、その眼差しの優しさを感じ取ったのだろうか。
 おずおずと、少女の胸に寄りかかってきた。
 そんな子猫の様子に、少女は微笑んで。
「ただいま〜!お母さん、あのね〜……」
 家に駆け込み、早速家族に子猫を紹介した。
 少女の話に、両親は子猫に酷く同情し、子猫はこの一家に飼われる事となった。
 家族の愛を受け、子猫は成長していく事になるが…
 それゆえに、ある真実は闇の中に埋もれて、消えていってしまった。

「…………」
 何かが、塀の上からじっと家の中を見つめていた。
 家族に、温かく迎えられている、子猫を。
「…やれやれ。まさか、こう言う事になるとはなぁ」
 あいつがやった事が、あいつ自身に返るようにしたはずなのだが。
 まさか、あんな親切な人間に見付かるとは。
 …しかし、だからと言って、あいつをあの家族から引き剥がす気にはなれなかった。
 猫を愛してくれる人間を悲しませるのは、御免だ。
「仕方がない。見逃してやるか。せいぜい、猫として幸せな人生…いや、猫生を歩むんだね」
 ひらり、とそれは身をひるがえして塀から飛び降りた。
 帽子を被り、マントを身につけ、腰に巻いたベルトからレイピアを下げた、猫。
 月を背に、猫はまた、仕事へと戻っていく。
 猫を虐待する者たちに、罰を与える仕事を。
 猫を虐待した者を、そいつらが嗜虐心を擽られるような子猫の姿に変貌させて…人間に虐待されるように仕向ける、という仕事に。
 荒んだ世の中、か弱い生き物をいたぶって喜ぶ連中がいる限り。
 この、ケットシーに休みなんてないのだ。





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