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魔境避難所

949懐沙の賦:2003/07/20(日) 03:44
今日も、碁石がひとつずつ、増えている。

明がその寺院を訪れるのは五日ぶりのことだ。
小さな墓には、この前来た時より碁石が五つ増えている。「碁石の君」は毎日この墓を訪れるのだと言う。
以前は増えていくのは碁石ではなかった。季節の花が毎日一輪ずつ手向けられていた。
だが、冬になって都に花が見られなくなると、今度は碁石が置かれ始めた。この墓に眠る人には一番の供養だろう。
今では碁石は三十をゆうに超える。このままでは碁笥が必要だろうな、と明は妙な考えを思いついた。
「あの子は毎朝来てくれるよ。お勤めの前に必ず立ち寄ってくれる」
政界を退いた後、入道しこの寺院に隠居している藤原行洋が寂しげな笑顔を浮かべながら話してくれた事があった。
帝の怒りをかって都を追われた彼の遺体は、打ち捨てられていても不思議ではなかった。
それを引き取り、寺院の奥に目立たぬような小さな墓を立てたのは、彼の義理の父の行洋だった。
この子の墓を守って余生を過ごすつもりだ、それが私にできるせめてもの罪滅ぼしだ、と行洋は言った。
明は、そんな行洋がとても老けたように感じていたが、口には出さなかった。
行洋に見守られながら、この墓にはこれから冬の間毎日碁石が増えていくのだろう。
彼の最後の笑顔、小さな墓を見守る義父、毎朝碁石を備える碁石の君、そして、自分自身を明は思った。やるせなかった。
彼は、多くの人に、多くのものを残していった。

彼が死んだとき、多くの人が泣いた。
彼に囲碁を教わったみずら髪の貴族の少年は、母親に付き添われて花を手向け、わんわん泣いた。
同じように囲碁を教わっていた女房と思われる少女は、さめざめ泣いて彼の遺体にすがりついた。
あかりの君達女房や加賀、三谷、筒井、和谷と伊角、倉田や緒方まで、彼に最後の別れを告げ、その死を悼んだ。
そんな中、光は泣きもせず怒りもせず、彼の死を悲しむ人達を眺めていた。彼の死が、信じられないようだった。
そして、憮然とした面持ちで「だまってどこかいかないって、やくそくしたのに」と、ぽつりと言った。
そんな光に、明はどんな言葉をかければ良いのか分からなかった。いつまでも、二人立ち尽くすしかなかった。


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