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魔境避難所

1672泥中の蓮・番外─強奪─ ◆lRIlmLogGo:2016/09/20(火) 10:33:20
「去年、名人位を獲られてから。いいとこなしで全部掻っ攫われたからね。悔しくないわけないだろ」
「だから事前に体力と気力を削っとこうってか。塔矢アキラ先生ともあろうお方が、コスいこと考え
やがる」
「そうじゃないさ」
「ならなんだよ」
「キミが出したのを体に取り込んだらね。勝てそうな気がして」
糞真面目な顔で似合わないトンデモ話を口にする。やっぱり不可解だ。
「……ほー、これまた非科学的な」
「オカルティストのキミに云われたくない」
「誰がオカルトだ。対局相手の精液飲んだら勝てそう?なんだそりゃ」
「単なる気分の問題だ。云ったろ、贈り物は予告状だって。だから本当は挿れるつもりなんかなかっ
た。上座にいながら腰が蕩けてぐらぐらしてる名人なんて論外だからな」
ヒカルが持っているタイトルを、これから全部貰う。手始めに体から、音を上げるまで搾って奪う。
やっと見えた。プレゼントと称して果たし状を押しつけたつもりなのだと。
同時に、七冠棋士の体液を吸血鬼よろしく一方的にチューチューすることで、らしくもなくご利益に
与ろうという意味も持たせた。
その理屈でいけば、ヒカルに挿れて達ったら『奪う』というコンセプトに反して『奪われて』しまう
から、おじゃんになる。が、出したのはゴムの中なので、アキラ基準でとりあえずセーフ。
よくもまあ、こんな七面倒臭い事を考える。
「だーもう!わかりにくい!めっちゃくちゃ、わかりにくい!回りくどいっ!おまえらしくねェ!」
「そのくらいの気でいなきゃ、キミからは奪えない」
それは過大評価だ。何故なら、もう、自分は。
「ボクにこれだけみっともないマネをさせる打ち手が、ありもしない衰えを気にして悩むのを見ると
腹が立つ。ほかにやることがあるだろ」
一瞬、返答が遅れた。
そうだ、アキラがこの馬鹿げた行為を始める前に。見透かされていたんだった。
「励ましてるつもりかよ」
「事実を述べたまでだ。キミはいちいち自己評価が低くて困る。そこに付け込まれて地獄を見たのは
もう忘れたのか。下らん杞憂などに揺れるから、前の二局で終盤、鈍るんだ。ボクはあの二局、勝っ
たと思っていない。勝ちを譲られた。大三冠のひとつを争う、名人戦でだ。この意味がわかるか」
「……」
「屈辱なんだよ。そうとも、この上ない屈辱だ!」
アキラは強がり以外の嘘を決して口にしない。瞳に宿る怒りの火は、本物。
「譲ってなんか……ないって、云ったろ。あれはオレの力負けだ。しつこいな」
あの悪夢の日々。
忘れやしない。ケリが付いてから六年経っても、決して忘れられやしない。死ぬまで。
「勝ちを譲るつもりでなんて、誰を相手にでも打った覚えはない。碁を始めてから、一度だって」
「無自覚なら今ここで肝に銘じろ進藤。また、過ちを繰り返すぞ」
「しないさ、間違いなんて。二度と」
果つるまでまどふことなし。
迷ってなどいない。征くべき道は見えている。デコボコで、深い水溜まりに倒木や落石まみれ。亀裂
が入って崩れた場所もある。崖沿いの、どこまでも険しく上り勾配のきつい細い道。途中、道ですら
なくなる事もあるだろう。だが、自分が踏み固めて進めば、そこに道は生まれる。
どこまでクリアな頭で歩き続けられるのか、などと懸念している場合では、確かになかった。
命ある限り只管、邁進する。
浅学であった愚者の身として出来る事は、己が定めた『前』だけを向いて一歩でも進む。
それ以外、どんな選択肢があろうか。
疲れて俯き、進むべき『前』が視界から外れたら、こうしてアキラが顔を上げさせてくれる。
やはり、彼は自分の羅針盤だ。昔から変わらず。
だが、以前のように一方的な負い目は感じない。
十代の頃から云い続けてくれた「ボクの碁にはキミが必要なんだ」という言葉に。
今のヒカルは全幅の信を置いている。
アキラが、過去も未来も、碁打ちとしての存在意義も、何もかもかなぐり捨てて。
ヒカルを殺し己も死のうとした、あの日以来。
信じている。自分自身よりも、ずっと。
あの日まで、どうしても信じられずにいた。オレごときがおまえに必要だなんて、と。
けれどもう欠片も疑わない。


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