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魔境避難所

1667泥中の蓮・番外─強奪─ ◆lRIlmLogGo:2016/09/20(火) 10:22:34
決して不調などではない。通常通りだ。これまでの二局はいずれも半目差で、整地しないと勝敗が判
らないほど細かくなった。突き詰めて突き詰めて、追求して追求して。双方、いい碁だったと思う。
が、結局はアキラの膂力によって、第一局は攻勢をひらりと躱すつもりが躱しきれず泥沼化、第二局
は逃れ損ねての負け。
互いに得手があり、不得手がある。ヒカルにアキラの『碁の本質』の真似は付け焼き刃だし、逆も然
り。技術云々ではない。学習して体得できる範囲を超えたものだ。
鳥が魚になりたくとも、魚が鳥になりたくともなれない。
ヒカルが持っていないものを、アキラは持っている。
アキラが持っていないものを、ヒカルは持っている。
だから、持たざるを悲観するのはナンセンスだ。
アキラはとうに──初めて会った十二の歳には恐らく──その真理を会得していた。
だがヒカルは、持つこと能わぬものを得ようと。十四の歳から何年も何年も無駄に足掻いた。
そして、その間の空白を、ここ六年、我武者羅に埋めようとしている。
師の名を公に刻む念願が叶い、前人未到の七冠を達成してなお。
自分自身の碁打ちとしての空白は埋まっていないという焦燥がヒカルの身を苛む。
もしや、二連敗の原因はその焦りなのか。些細な精神の揺れが勝敗を左右する。師に学んだ事だ。
院生時代、僅差で負け続けていた頃。
(あ。そーいやアイツ、いつまでたってもここ一番てトコでの性根が座ってくれねーけど。第三局終
わったら喝入れなきゃだな)
昨年、ひょんな事から引き受けた新米棋士への助言。実力はあるはずなのに、肝腎な勝負所で腰が引
ける癖はいっかな抜けない。それで勝数をなかなか積み上げられず、まだ初段でもたついている。
いくら大手合が廃止されて二段への昇進が厳しくなったとは云え、自分が見てやっていながらあんな
有様では、師匠同然にずっと彼を教えてきた某ベテラン棋士の手前バツが悪い。
『十四年会』がまだ存続していたら問答無用で放り込んでいたのだが、和谷はもう勉強会を再度立ち
上げる気など無いらしい。あの会が潰れたのは自分の所為とはいえ、いい集まりだったのに、と惜し
む気持ちが今でもヒカルの中に強い後悔として残る。
「安請け合いすんじゃなかった。教える才能ねーのかな」
うっかり口にしていたらしい。アキラは聞き逃してくれなかった。
「そうでもないと思うよ。むしろ教えるのはボクよりずっと上手いくらいだ」
「世辞はいい」
「お世辞じゃないさ。どうもボクは中身が高圧的らしくてね。今時の子供には怖いらしい」
「それはわかる。おまえはほぼ誰にでもすげェ上からなのが、どんだけお行儀よく隠しても出てくっ
からな。それで新初段シリーズ、座間先生に盤上盤外でボッコボコにされただろ」
「……えらい大昔の話を持ちだしてくるな」
「オレもとばっちり食った。初めて座間先生と当たった時、おまえといっしょくたに『可愛げのねェ
ガキは嫌いだ』ってさ」
「確か、負けたよね」
「ああ負けた。でも向こうは碁の内容もオレの態度も気に食わなかったみたい」
「キミがあからさまに生意気だったからじゃない?」
「おまえに云われたくねェ」
「カリカリしてる時に悪いんだけど、進藤」
「あ?」
明後日から二日かけて戦う相手に、ヒカルは不機嫌丸出しの目線を向けた。
「ちょっとばかり早い、三十歳の祝いを」
「三十ゆーな」
それも不機嫌に輪をかける。なんて厭な響きだ。三十歳。
碁打ちの年齢的ピークは早い。国際的な流れもあって、昔より更に早まっている。脳を長時間連続で
酷使するうえにゴリゴリの体力勝負の世界。
人体の経年劣化が、一般人が思うよりも残酷なまでに影響する。将棋棋士と共に、フィジカルがモノ
を云うプロ野球やサッカー選手、力士とも似たカテゴリーにあるのが碁打ち。
だから碁も将棋も、ダイレクトに体を使う競技と混じってスポーツに分類される事があるのだ。
個人戦で、勝ち星に応じ都度地位やランク付けされるという点では、力士が最も近いのだろうか。
角界と違い、若いうちに目一杯精進して経験を蓄積すれば、年齢のピークを大幅に越えても貯金でど
うにかトップ争いが可能になるのがまだ救いだ。
それでも、五十前で五冠だったアキラの父は怪物だし、ヒカルが初めてタイトルを勝ち獲った相手の
桑原は老境にあって怪物を超える何かだった。
一度上がった段位は下がらない。が、それは『通算してどれだけ勝ちを積んだ棋士であるか』の判り
やすい目安であって、強さの絶対評価ではない。若くして早いペースで昇段した者は別として。
その若手が駆け足で得た段位も、年を経て勝てなくなれば単なる『かつては強かった』という印に成
り下がる。自身、二段から七段へのスキップ昇段だったヒカルにはそう思えてしまう。


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