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魔境避難所

1649泥中の蓮・後日譚─貪婪─ ◆lRIlmLogGo:2015/02/16(月) 23:19:03
その後の時間の流れが把握出来ていない。
夜が何度明け、太陽が中空を照らし、沈んだかも数えられていない。
あの夜は確か雪がちらついていたとしか覚えていない。
その雪が積もったのかも、雨に変わったのかも、大して降らなかったのかも。屋外の音どころか、室
内の音すらアキラの耳にろくろく届いていなかった。

どこか現実感を失った聴覚が、ずっと前に短く呻く声と異音を拾ったような気がする。
思い返せば、それはヒカルが外された肩を何らかの方法で入れ直したのだろう。
(自己流でやったら駄目なんじゃないのか)
忠告めいた事が頭に浮かんで、泡沫のように消えた。
外した張本人の自分が、殺そうとして無様に失敗した自分が、そんな心配をしてどうなる。偽善者め。

ずっと同じ姿勢で地蔵のように座り込んでいたのだろうか。動いた記憶もない。何の生理的欲求も湧
いて来ないので、食事も手洗いも必要としなかった。
温かい手が、そっと頭を撫でる感触にもアキラは反応を返さなかった。
少しだけ上を向かされ、唇に柔らかいものが触れる。舌で口を開かされ流し込まれたものに、やっと
自分が渇いていたことに気付かされた。ただの水が甘露に感じられた。
「……自分をなくしちゃうほど誰かにのめり込むのは、経験者だからな、理解できるよ」
それがどうした。今更理解などされたくもない。
「それがいいとも悪いとも、オレには偉そうに言えない……けど」
その続きは、不明瞭で聞き取れなかった。アキラの耳が聞くのを拒否したのかも知れなかった。

アキラをひとりで部屋に残しても大丈夫になったと判断したのか、数日後にヒカルは車で久々に出掛
けて行った。碌に物言わぬ陰気臭いアキラとひとつ部屋に居て、息苦しくなったのだろう。
それ以前に、タクシーで帰ったはずのヒカルがいつ車を取りに行ったかすら気づかなかった。
逃げる二月も、もう下旬だった。
梅はとうに咲き、桃も開花が近い。もうひと月もすれば桜の開花宣言も発表される。
季節の移ろいに、アキラは取り残されている。自分だけが、いつまでも真冬の空気に囲まれている錯
覚をずっと感じ続けている。花は寒椿のみだ。首の落ちる、不吉の花。
いつから?
きっと、ヒカルが釣りに行った、あれが分水嶺。
あれから狂った。全部ひっくり返った。白が黒に。明が暗に。正が負に。整が虚に。
たった半月そこらの出来事だなんて信じられなかった。
アキラが目を閉じ、耳を塞いで知りたくない情報を遮断していたのがいけなかったのか。
アキラから情報を遠ざけていた周囲の人間が悪いのか。
いいや。取得しようと思えば、もっと早く、もっと多く、知り得た事があったはず。
ネットでもいい。テレビでもいい。雑誌でもいい。新聞でもいい。出鱈目と毛嫌いせず、ここに来た
時にヒカルに纏めて問い質して正誤を確認すれば良かっただけの話ではなかったか。
(そうしたところで……あの秘密主義者が、教えてなどくれるものか)
答えは必ず、同じところへと戻って来る。堂々巡り。


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