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【バンパイアを殲滅せよ】資料庫

87菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE:2020/01/25(土) 18:44:12

口を噤んだまま、背を向ける神父の姿が白く霞んでいる。夜が明け始めたのだ。

「……汝の敵を……愛せよ……恨んではいけない……
神はご存じだったのでしょう。この場に我らを引き合わせた、その結果がどんなものになるのかを。
実は私も初めてなのです。貴方と同じですよ、ここに『かの教会の遺品』がある、そう聞き矢も楯もたまらずやって来た。
一晩だけ、静かな晩餐と共に、かの聖体に祈りを捧げる、その許しを頂いた、そんな時に貴方が来た」

音楽が鳴っている。悲し気かと思えば楽し気で、切な気な……
転調を繰り返す取り留めのない曲、のようでいて……うかがえる一貫した決意。
安らぐ、それでいて勇気が湧く。
消えていた暖炉の火が赤々と燃え盛っている。

「ヴァンパイアの衝動を侮ってはいけない。おそらくこの先ずっと……飢えと渇きに苦しむ事になる。それでも?」
「あの――」
「何か?」
「この曲を作ったのが誰か教えてください。……聴けば、抑えられる。そんな気がするんです」

ふっと笑った彼は、司祭服の内ポケットを探り……スクエア型のケースを掴んで差し出した。

「シューベルトですよ。オーストリアの作曲家です。先ほどかけたソナタで良ければ……いくつかデータが入っています」
「下さるのですか?」
「お貸しするだけです。いつか必ず返してください」
「ありがとう……ございます」

窓から差し込む朝の日が幾つもの光の帯となって床を照らしている。
礼拝堂へと続く扉のドアノブを回しながら……なんとはなしに名残惜しく、その背中に声をかけた。

「また会えるでしょうか?」
「神のご意思があれば、そんな機会もあるでしょう。行ってください。わたくしの気が変わらないとは限らない」

ひとつ頭を下げ、踵を返す。
ガランとした礼拝堂は、湿った木材の匂いがする。
自分の歩く音が、空っぽの天井に木霊する。
長椅子の海を渡り切り……教会の正面の扉を開けた時、遠くから声がかかった。
黒衣の男がさっきの戸口に立っている。

「約束してください! 決して『あきらめない』と!
諦めたときにすべては終わります。欲望に負け、心をそれに委ねた時……貴方は本物の悪鬼となるでしょう。
もしも貴方が、人間でなくヴァンパイアとしてわたくしの前に現れるようなことがあれば――――」




彼とはそれっきりだ。今の今まで、そう思っていたんだ。


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