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【バンパイアを殲滅せよ】資料庫

83菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE:2020/01/25(土) 17:42:44

「わたくしは屋根裏部屋でひとり、眠っていました。昨晩に受けた折檻の延長です。
 突然眠りから覚めました。カラスの鳴く声がしたのです。妙な胸騒ぎがしました。時計は午前3時を回ったばかりでした」

誠実な人柄を感じさせる、強い芯の通った張りのある声。
流石は……司祭。
決して大声ではない、むしろ僅かな声量にもかかわらず明瞭に聞き取れる滑舌の良さ、そして声のトーン。
わたしは両肘を肘掛けに乗せて手を組み、額を乗せて眼を閉じた。
情景を思い描きながら話を聞こうと思ったんだ。

「階下に降りて見れば、父と母の姿がない。そういえば、夕べは夜中のミサがあると聞いていた。
ただ事ではない、と子供ながらに思いました。暗いうちは表に出るなという言い付けを守り、
東の空の明るみを待ってから、外へと飛び出したのです」

冷たい風が頬を撫でた。建付けが悪いのだろう、白いレースのカーテンがフワリと揺らいでいる。
室内の雰囲気は明るく柔らかい。不安を掻き立てる内容にもかかわらずだ。
白を基調とした内装と、穏やかな旋律を奏でるピアノの音のせいも知れない。

「履いたはずの靴はいつの間にか無かった。それほど夢中だったのだと思います。
 乾いた葉に足を取られ、何度も転びながら懸命に走るうちに……ようやく丘の上の聖堂が見えました。
 いつもと変わらぬ天主堂が、朝焼けを背に黒々と聳え立ち、塔頂に戴(いただ)く十字架の傍らには暁の星が輝いている。
 ふと……鼻をつく嫌な匂いがしました。幼いわたしはまだその匂いの正体を知らなかった。
 痛む足を引きずり、開け放たれた正面扉から中を覗いた、その時――」

そこまで言って、彼は声を詰まらせた。床に黒く映り込むその影が、手で顔を覆っている。

「その時の光景は、今も焼き付いて離れない。
 礼拝堂は死人で埋め尽くされていました。喉を裂かれ、眼を固く閉じた夥しい数の死体。
 明らかに、ヴァンパイアの仕業に見えました。
 白かった壁は赤く染まり……素足を浸した血だまりはまだ温かかった」

煙突から降りて来た突風が、音を立てて暖炉の灰をまき散らした。
揺れる衝立。頬を撫でる外気。
わたしは思わず衝立越しの神父を見つめた。
その告白はあまりにも有名なあの事件の事だと気付いたからだ。
長崎は玄界灘に浮かぶ美しい離島のひとつ、そこに建つ大聖堂で起きた大量虐殺事件。
確かにあれは22年前の出来事だ。
しかし報道では『死者二百余命、生存者なし。遺体はすべて首に傷跡。犯人はヴァンパイアか』となっていたはずだ。
政府が本格的なヴァンパイア対策に乗り出すきっかけとなった事件。
まさか……その生き証人に出会う事になろうとは――

カタンと椅子を鳴らし、神父が立ち上がる。
その足が大窓に向かい……カーテンを寄せる。風でガタガタと鳴る、その音が気になったのかも知れない。
窓枠の閂を掛ける左手の薬指に、銀の指輪が光っているのが見える。

「涙など出なかった。家族を探そうと見回し……祭壇近くに動く人影を見つけました。
 駆け寄って見れば、それは普段わたし達を可愛がってくださっていた神父様でした。
 おそらくは、誰かの到着を懸命に待ち、意識を保っていたのでしょう」

白いレース越しにじっと外を見つめる神父。
首元にかかる銀のロザリオがガラス窓に映り込んでいる。

「誰がと問う私に彼は言った。全ては自分の責任、だから犯人を捜すな、恨んではならないと」


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