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【バンパイアを殲滅せよ】資料庫

151菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE:2020/10/25(日) 08:27:22
フランツ・ペーター・シューベルト。極貧の天才作曲家。
彼の作る曲が聴きたくて、学友たちはこぞって紙とペンを……え? 前にも聞いた?
ごめん。ファンだからつい…………そうだね。自重するよ。

麻生が田中さんの為に選んだ曲は、即興曲。作品90の3。
断言しよう。何の情感も込めずに弾けば、これほどつまらない曲もないと。
構成自体、ひどくシンプルだ。
静かにゆっくりと奏でられる主旋律。
それを終始にわたり追いかける伴奏。
試しにこれを息子に聴かせた時も、こう言ったのさ。

『父さん、この曲つまんない。楽しいのか哀しいのか良く解らないし』

5歳とは言え、流石はもと(?)柏木。言い得て妙。
たしかに! この曲は楽し気な長調と、哀し気な単調がしょっちゅう入れ替わるのさ!
木枯らしのような難曲ではない。決して音符は多くないがしかし、和音の響きが深い。ひどく胸に沁みるのさ。
平和に過ごす日々、かと思えば直面する隣人の死。家族の不幸。
哀しみに打ちひしがれ、しかしそれは乗り越えられる。人は生きている限り、生きなければならないのだ。
そんな曲だ。故にこの曲に共感する子供は子供じゃない。

会場が凪いでいる。眼を閉じずにはいられない。
耳を……身体を……音に委ねるのがこれほどに……心地いい。
時折胸が締め付けられる。ひどく苦しいがしかし、じきに済む。山は越えればいい。次の試練が来たら、また――
生きていくとはこういう事だ。たかが40年そこそこのわたしが言うんだ。
500年の時を生きて来た田中さんなら……何と言うだろう。

そういえば麻生……田中さんの何を知ってるんだろうか?
何処で生まれて、何をして生きて来たのか。
この会合が無事に済んだら、思い切って聞いてみようか。
小出しでいいから、せめてその生い立ちだけでも。いや出来れば……人となりも解る程度に。
彼は大いなる先輩だ。現在もっとも老いた……ヴァンパイアの長老なんだからさ。

優しい。限りなく優しい。そんな音が、会場をじんわりと包み込む。
限りなく小さいがしかし、凛とした音。弦の震え。それが遠くに消えていく。鍵盤に指を添えていた麻生が、そっと手を離す。



終わったのか。
……残念だ。もっと聴いていたかった。
そんな時、いまだ余韻に浸るわたしの耳に、こんな声が届いたのさ。

『音ってもんは……恐ろしいもんや……』

……そうか。田中さんはこれを「恐ろしい」と。
必死に押さえ込もうとしている荒い息遣い。相当の衝撃を受けたのだろう。

会場は静まり返ったまま。
座った姿勢を崩さない麻生。
ああそうか。曲目はすべて……弾き終わった。
けれど会場の反応はない。誰も手を叩こうとはしない。
……だね。これほどの演奏に、ただの拍手で返すのは味気ない。
はっきりと、「言葉」で讃えるべきだ。あれだ、日本語の「イイネ!」に相当する、あの言葉を叫ぶんだ。
……誰が? やはり主賓のわたし達ってことは、代表であるわたしか?

肘で魁人の腕を小突く。
……だってさ。いま声なんか出したら泣きそうだったからさ。裏声で変なコールする訳には行かないだろ?
魁人は「え?」なんて顔してこっちみてたけど、すぐに納得顔で座り直した。
……理解が早いな。大丈夫かな。た〜まや〜〜とか叫んだりしないかな。
だけど、彼は見事にシュプレヒコールのトリガーを引いて見せた。流石は魁人だ。ハンターだ。
なんてね。


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