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大正冒険奇譚 臨時避難所

397 ◆u0B9N1GAnE:2015/01/10(土) 21:50:47
「やはり……私はあなたが嫌いです、男爵」

そして久礼は小さく、そう零した。

『――さて、少し話が脇道に逸れたけど、正直な話、彼女はこのままじゃ遠からず死ぬだろう。
 彼女は妥協しない。それが彼女の魅力である事は間違いないんだけど、
 絶対に妥協しないなんて事は、人間には不可能だ。誰にだって限界がある。一時、諦めて身を引く事も大切だ』
 
また富道の声が辺りに響く。
今度の記述は先程よりも更に『抜き身』で、流石の彼もやや気まずそうに頭を掻いた。

「うーん、こりゃ勘弁して欲しいなぁ……。いや、ホント悪気はないんだよ」

『だけどそれは、彼女の『士道』に反するらしい。
 士道……こうして文字にしてしまえばたったの一語だけど、それが一体どういう意味を秘めているのか。
 僕には正直理解出来ていない』

声はなおも続き――不意に、周囲の闇が君達へと押し寄せる。
君達の視界が、墨に塗り潰されたかのように奪われていく。

『死を恐れない事?でもそれってただの蛮勇。匹夫の勇って奴だよね。
 忠実な事?けど侍ってぶっちゃけ、現代で言うとただのサラリーメンズだ。
 分からないなぁ。彼女の『士道』とは一体なんなんだろう。それはどこから来たものなんだろう』

暗闇が晴れると――君達の前には大きな道場が建っていた。
看板には『八千死流』の文字が見える。
しかし――周囲に久礼の姿は見えない。

門が不快な軋みと共に、独りでに開いた。
その後も君達を導くように戸や襖が道を示していく。
行き着いた先は――稽古場である。

「入門希望の方、ですか?」

八千種久礼はその入り口にいた。
ただし――背丈は鳥居と同じほどの、幼気な容貌で、だが。
それが『怪異』の産物である事は言うまでもなかった。

「知っていますか?八千死流は、かつては八千種流と呼ばれていたんです。
 八千種は私の遠い遠いご先祖様が、戦働きで賜った家名です。
 常識外、変幻自在の太刀筋を以って対手を屠る……剣術を知らない百姓故の剣。故に八千種」

久礼は歳相応にまだ幼げな顔立ちに喜色を浮かべて、流派の歴史を語り出した。

「ですがある代で、世継ぎが生まれぬまま当主が病死してしまったんです。
 その時に弟子の殆どが技を盗み、去って行ってしまいました。
 残されたのはもう若くない高弟と、当主の一人娘のみ」

少女らしい身振り手振りと表情の変化を彩りにして、口上は更に続く。

「高弟には、剣の才がありませんでした。絶えず努力し、長い長い時を費やして、やっと高弟。
 その程度でした。逃げていった他の弟子達に仕置きが出来るような実力はありません。
 ですが、娘は諦めませんでした。自分だって、八千種の血を引いている。自分が剣を取る。そう決意したんです」

久礼が道着の袖を捲る。
細い腕が露わになった。


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