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218
:
名無しさん@避難民
:2012/07/05(木) 16:43:32 ID:deqSfp2Y
フライデー襲撃事件
1986年12月9日未明、
ビートたけしが当時交際中の女性に対する記者の取材ぶりに怒り、写真週刊誌『フライデー』出版元の講談社を襲撃した事件である。
たけしに懲役6ヶ月、執行猶予2年の有罪判決が出た事でもわかる通り、人気絶頂の芸能人が集団で暴行で逮捕されるという
芸能史に残る衝撃的な事件だったといえる。
もう今となっては軍団の一種のパフォーマンスだったのでは?との声さえあがるほど風化している感があるがそれを覆す、
この事件の本当の恐ろしさを知る、公に出来ないであろうエピソード話があるのだ。
当時の軍団員でこのフライデー襲撃事件に呼ばれかったのは3人いる
ラッシャー板前・・・痔で入院中 井手らっきょ・・愛人の家にいて連絡つかず
つまみ枝豆・・・連絡入れず
連絡をせずという他と明らかに違う不自然な理由・・・。なぜこの一大事につまみ枝豆氏だけは連絡が行かなかったのか?
それは血の気が昇っていたはずのたけしがメンバーを招集する際に「枝豆だけは動かすな」と言ったとされるのだ。
拘置所で拘束されている状況のたけしが真っ先に行った行動は、禁止されている電話をかけさせてくれないかと必死に頼み込んだという。
その理由も弁護士や家族に電話をさせてくれというのではない。真っ先に掛けなければならない先はつまみ枝豆氏の家だったというのだ。
核心に触れよう。現在の姿からは想像できないが、つまみ枝豆氏はその昔軍団に入る前は活動派の右翼団体員で逮捕歴もあり、
木刀持ってソ連領事館の塀を乗り越えたことなどその逸話は数しれないのだ。
事件をテレビで知った枝豆は自分が参加できなかった事を強く恥じて、
講談社側の行った記者会見をテレビで彼らの顔をチェックし、その覚悟で刃物を用意していたという。
記者会見中に襲う予定だったらしく、まさに出かけるその時に拘置所からのたけしの電話が鳴り
「じっとしてろ!」の言葉に思いとどまったというのです。
この話が事実ならひとつタイミングを間違えればたけしを首謀者とした殺傷事件へと発展し、マスコミの前で
繰り広げられたオウム村井の刺殺事件のような惨劇となっていたかもしれないのです。
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