[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
| |
akibonnの消えたHP
1
:
akibonn
◆/lb21PZVVA
:2014/04/11(金) 15:01:13 ID:L0tLaprE
013 報道と情報
関西地方に毎日放送という関西ローカルTV局がある、その局の夕方のニュース番組に「VOICE」という番組がある。
夏前?に空き巣がガラス戸を音あまり立てずに割る方法を、具体的に報道した。私はその時点で、「こんなことを、報道していいものか?」と疑問に思った。先月ぐらいに、人の家ドアをストーカーが蹴りながら叫び声をあげている映像を流し。
平成12年5月18日、第147回通常国会において制定された「ストーカー行為等の規制等に関する法律(ストーカー規制法)」で、適用できない理由。というのを解説し「現在、裁判で戦っている」と放送されたが。逆からみれば、警官がきても逮捕されない理由を一般に知らしめた。と、私は思う。また、数日前に。絶対に破られない「錠」として売れている「U字錠」(自転車とかバイクによく使われている)の不正な開錠の方法を具体的に放送し。使われる道具も具体的にメーカーも特定ができるところまで、TVで映像を流した。
もともと、ネットでアメリカの大学生が公開したものなのだが。破られることを示すのはいいが。開ける方法を具体的に報道するのには私は、反対だ。犯罪の手口を、TVで報道するのは。よく考えてもらいたい。
2004/09/26
2
:
akibonn
◆/lb21PZVVA
:2014/04/11(金) 15:01:53 ID:L0tLaprE
012 原発事故
福井県美浜町の関西電力美浜原発3号機の、2次系冷却水の配管が裂け4人のかたが亡くなり2人が重体、5人が重軽傷を負われた。
原子炉で作った熱で暖めた、水で二次的に水を温め水蒸気を作りタービンを回したあとの蒸気を冷したあとの配管が破裂したという。
新聞等の写真を見ると、廃墟にあるようなサビだらけの配管がブリキで作った物のように曲げられている。
運転開始以来、27年間。検査もしなかったという。2次的冷却系配管のため、放射能を含まないので。放射能を含む1次冷却系より軽視されていたという。
「オリフィス」という、冷却水の流量を測定・調整する装置の下流の部分で。他の部分より磨耗が進む部位であるにもかかわらず。三菱重工が89年から96年に点検台帳の作成を受注した段階では、点検個所に登録されなかったので。27年間点検は受けていなかった。という。
私たちは、もっと光輝くように。整備された配管を想像していた。現在、日本には52基の原子力発電装置が稼動している。そのうち、
私たちの、想像するように。光輝くように整備された原発は存在するのだろうか。老朽化した原発設備の中には。今回の事故で、あわてふためいた原発関係者も少なくないだろう。
ちなみに、私は京都の近郊にすんでいるので。美方原発がメルトダウン等の大事故を起こした場合。逃げ切れない範囲に住んでいる。
そのときは、怒り狂うこともできないで、死んで行くのだろう。
2004/08/11
関西電力美浜原発3号機(福井県美浜町)の高温蒸気噴出事故で、経済産業省原子力安全・保安院は13日、電気事業法などに基づき同原発への立ち入り検査を実施した。その結果、破損した配管の肉厚が最も薄い部分で0.6ミリだったことが分かった。
(毎日新聞) ジュースの缶程度!?!?
2004/08/13
関西電力美浜原発3号機の事故で、入院されていた検査会社「木内計測」の社員の30歳の方が亡くなった。これで、5人の方が亡くなった。
2004/08/26
9月になって、最も薄いところは0.4mmだったことが判明?始めは厚く云っていたことじゃないの。このような考え方で、原子力設備を扱っていると思うと。ゆっくり眠っていられないですね。
2004/09/10
011 1970年代はじめごろ、ジャズ喫茶。
20歳のなる前後、私は無職でヒマであった。時間があれば、京都の河原町によく行った。一部の京都人では有名な「河原町のジュリー」が現役のころであった。私がよく行ったのは。河原町丸善横東入る北側の「蝶類圖鑑」というジャズ喫茶だった。
丸善南側の「よっちゃん」という(現在はよっちゃんビル)の角を東に入りしばらく歩いたサウナ「カプリ」のネオンの下を北側に入り
階段を二階に上がって奥にあった。階段を上がると「蝶類圖鑑」のジャズの音が聞こえていた。古臭いような木のドアを開けると、前に
左右のJBLのスピーカーが左に向かって並んで、七・八坪の店内にジャズが溢れていた。30cm×30cmの窓が3つあるだけで、照明は暗かった。椅子と机は、私達の世代が学校で使ったような木製で。申し訳程度の座布団が敷いてあった。
壁には、10箱程度か蝶の標本が箱に入って飾ってあった。3〜4年通ったが、ウエイターは丸めがねの小柄な男性か、のっぽの男性か
あまり定員は変わらなかったし。2人程度しかいなかった。
たいていコーヒーを注文し、2〜3時間は平気でいた。かろうじて本が読める程度の明るさはあったので。本を読んだり。ただジャズに聞き入ったりしていた。気にいった曲があると、奥のプレィヤーの横にかけているレコードのジャケットが立ててあったので、帰りに近くに輸入レコードの店があったので買って帰ったりしていた。
コーヒーは¥200−で、2杯目からは¥100−で飲めた。ビールも数回飲んだが¥300−だったと思う。そのうちコーヒーが¥250−にあがったが、2杯目¥100−はそのままだった。
ジャズはあまり詳しくないが、ビバップ・モダンと呼ばれる1950年代から60年代初めのジャズが比較的好きで心地よかった。
その後、仕事に就くようになって。行かなくなり、気がつくと、「蝶類圖鑑」はなくなってしまった。
2004/07/29
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板