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したらば版 阿含宗を視る
224
:
丑三つ時
:2014/09/29(月) 02:44:20 ID:irLtNoyM0
191よりつづく。
こんばんは。
わけあって、二度目の千座行に入って十ヶ月となります。
一度目の千座行の時は、七百日あたりで心身ともに猛烈な抵抗感に襲われ、
何故か残りの一年をこのまま無事に続けて行けるのかどうか恐ろしい不安が
雲のように沸き起こったのです。
まるで糠に釘を刺しているようなものです。いますぐやめちまえ。らくになるよ。
じかんのむだ。いろんな声が聞こえてきます。のるかそるか息も絶え絶え、絶体絶命です。
布団を被って寝てしまえばおしまいです。
しかし、もう一つの声が聞こえます。一日、二十四時間。八時間は仕事に使い。八時間は睡眠に使い。
残りの八時間の自由時間。この時間のたった小一時間も管理する能力も無いのかと。
千座行を成しても得るものが無かったとしょう。しかし時間を損をしたなどと、どの口が言えようかと。
もちろん損得ではなく、信じるか信じないかの問題です。
このような自分でもよく解らぬ妨害に、信じる道を選び「目に見えぬもの」に問うたのです。
「いま為している事に意味はあるのか?」
「この行に意味はあるのか?」
「もしあるとするのなら、目の前に現してください。」
「どんな小さなことでも、はっきりと気がつくように」
「普通ではありえない事を」
このように問うて、千座行を続けたのです。
そして、それが現れたのは十日ぐらい後でした。
一心不乱に行じている千座行の終りごろ目を移した線香が
くずれずに、丸く円を描いて立っているのです。下の方はまだ火が付いています。
(円の中心はお線香が一本通るほどの穴が開いて、向こうが見えます。)
こんな事は見たこともないし、ありえない。呆然としてただ見つめるだけでした。
まさに、「信解のしるべ」が示されたのです。(写真をあわてて撮りました。)
まことに、稀有な事が起こったのです。「問うた」ところに意味があります。
しかも、まだ続きがあるのです。
つづく
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