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書き込みテスト

4010尋常な名無しさん:2021/11/23(火) 16:47:09 ID:HBpntXzM
あの優しいお方が、こんな酔っぱらいのような、つまらぬ乱暴を働くとは、どうしても少し気がふれているとしか、私には思われませんでした。
傍の人もみな驚いて、これはどうしたことですか、とあの人に訊ねると、あの人の息せき切って答えるには、

「おまえたち、この宮をこわしてしまえ、私は三日の間に、また建て直してあげるから」

ということだったので、さすが愚直の弟子たちも、あまりに無鉄砲なその言葉には、信じかねて、ぽかんとしてしまいました。
けれども私は知っていました。
所詮しょせんはあの人の、幼い強がりにちがいない。
あの人の信仰とやらでもって、万事成らざるは無しという気概のほどを、人々に見せたかったのに違いないのです。
それにしても、縄の鞭を振りあげて、無力な商人を追い廻したりなんかして、なんて、まあ、けちな強がりなんでしょう。
あなたに出来る精一ぱいの反抗は、たったそれだけなのですか、鳩売りの腰掛けを蹴散けちらすだけのことなのですか、と私は憫笑しておたずねしてみたいとさえ思いました。
もはやこの人は駄目なのです。
破れかぶれなのです。
自重自愛を忘れてしまった。
自分の力では、この上もう何も出来ぬということを此の頃そろそろ知り始めた様子ゆえ、あまりボロの出ぬうちに、わざと祭司長に捕えられ、この世からおさらばしたくなって来たのでありましょう。
私は、それを思った時、はっきりあの人を諦めることが出来ました。
そうして、あんな気取り屋の坊ちゃんを、これまで一途に愛して来た私自身の愚かさをも、容易に笑うことが出来ました。
やがてあの人は宮に集る大群の民を前にして、これまで述べた言葉のうちで一ばんひどい、無礼傲慢の暴言を、滅茶苦茶に、わめき散らしてしまったのです。
左様、たしかに、やけくそです。
私はその姿を薄汚くさえ思いました。
殺されたがって、うずうずしていやがる。

「禍害なるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは酒杯と皿との外を潔くす、然れども内は貪慾と放縦とにて満つるなり。
禍害なるかな、偽善なる学者、パリサイ人よ、汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、内は死人の骨とさまざまの穢れとに満つ。
斯くのごとく汝らも外は正しく見ゆれども、内は偽善と不法とにて満つるなり。
蛇よ、蝮の裔よ、なんじら争いかで、ゲヘナの刑罰を避け得んや。
ああエルサレム、エルサレム、予言者たちを殺し、遣わされたる人々を石にて撃つ者よ、牝鶏のその雛を翼の下に集むるごとく、我の子らを集めんと為せしこと幾度ぞや、然されど、汝らは好まざりき」

馬鹿なことです。
噴飯ものだ。
口真似するのさえ、いまわしい。
たいへんな事を言う奴だ。
あの人は、狂ったのです。
まだそのほかに、饑饉があるの、地震が起るの、星は空より堕おち、月は光を放たず、地に満つ人の死骸のまわりに、それをついばむ鷲が集るの、人はそのとき哀哭き、切歯みすることがあろうだの、実に、とんでも無い暴言を口から出まかせに言い放ったのです。
なんという思慮のないことを、言うのでしょう。
思い上りも甚しい。
ばかだ。
身のほど知らぬ。
いい気なものだ。
もはや、あの人の罪は、まぬかれぬ。
必ず十字架。
それにきまった。



 祭司長や民の長老たちが、大祭司カヤパの中庭にこっそり集って、あの人を殺すことを決議したとか、私はそれを、きのう町の物売りから聞きました。
もし群集の目前であの人を捕えたならば、あるいは群集が暴動を起すかも知れないから、あの人と弟子たちとだけの居るところを見つけて役所に知らせてくれた者には銀三十を与えるということをも、耳にしました。
もはや猶予の時ではない。
あの人は、どうせ死ぬのだ。
ほかの人の手で、下役たちに引き渡すよりは、私が、それを為そう。
きょうまで私の、あの人に捧げた一すじなる愛情の、これが最後の挨拶だ。

私の義務です。
私があの人を売ってやる。

つらい立場だ。
誰がこの私のひたむきの愛の行為を、正当に理解してくれることか。
いや、誰に理解されなくてもいいのだ。
私の愛は純粋の愛だ。
人に理解してもらう為の愛では無い。
そんなさもしい愛では無いのだ。
私は永遠に、人の憎しみを買うだろう。
けれども、この純粋の愛の貪慾のまえには、どんな刑罰も、どんな地獄の業火も問題でない。
私は私の生き方を生き抜く。
身震いするほどに固く決意しました。
私は、ひそかによき折を、うかがっていたのであります。

いよいよ、お祭りの当日になりました。
私たち師弟十三人は丘の上の古い料理屋の、薄暗い二階座敷を借りてお祭りの宴会を開くことにいたしました。
みんな食卓に着いて、いざお祭りの夕餐を始めようとしたとき、あの人は、つと立ち上り、黙って上衣を脱いだので、私たちは一体なにをお始めなさるのだろうと不審に思って見ているうちに、あの人は卓の上の水甕を手にとり、その水甕の水を、部屋の隅に在った小さい盥に注ぎ入れ、それから純白の手巾をご自身の腰にまとい、盥の水で弟子たちの足を順々に洗って下さったのであります。
弟子たちには、その理由がわからず、度を失って、うろうろするばかりでありましたけれど、私には何やら、あの人の秘めた思いがわかるような気持でありました。

あの人は、寂しいのだ。
極度に気が弱って、いまは、無智な頑迷の弟子たちにさえ縋がりつきたい気持になっているのにちがいない。
可哀想に。
あの人は自分の逃れ難い運命を知っていたのだ。
その有様を見ているうちに、私は、突然、強力な嗚咽が喉につき上げて来るのを覚えた。
矢庭にあの人を抱きしめ、共に泣きたく思いました。おう可哀想に、あなたを罪してなるものか。
あなたは、いつでも優しかった。
あなたは、いつでも正しかった。
あなたは、いつでも貧しい者の味方だった。
そうしてあなたは、いつでも光るばかりに美しかった。
あなたは、まさしく神の御子だ。
私はそれを知っています。

おゆるし下さい。
私はあなたを売ろうとして此の二、三日、機会をねらっていたのです。
もう今はいやだ。
あなたを売るなんて、なんという私は無法なことを考えていたのでしょう。
御安心なさいまし。
もう今からは、五百の役人、千の兵隊が来たとても、あなたのおからだに指一本ふれさせることは無い。
あなたは、いま、つけねらわれているのです。危い。いますぐ、ここから逃げましょう。
ペテロも来い、ヤコブも来い、ヨハネも来い、みんな来い。
われらの優しい主を護り、一生永く暮して行こう、と心の底からの愛の言葉が、口に出しては言えなかったけれど、胸に沸きかえって居りました。
きょうまで感じたことの無かった一種崇高な霊感に打たれ、熱いお詫びの涙が気持よく頬を伝って流れて、やがてあの人は私の足をも静かに、ていねいに洗って下され、腰にまとって在った手巾で柔かく拭いて、ああ、そのときの感触は。そうだ、私はあのとき、天国を見たのかも知れない。
私の次には、ピリポの足を、その次にはアンデレの足を、そうして、次に、ペテロの足を洗って下さる順番になったのですが、ペテロは、あのように愚かな正直者でありますから、不審の気持を隠して置くことが出来ず、

主よ、あなたはどうして私の足などお洗いになるのです。

と多少不満げに口を尖とがらして尋ねました。


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