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書き込みテスト

4009尋常な名無しさん:2021/11/23(火) 16:46:37 ID:HBpntXzM
私は、あの人も、こんな体たらくでは、もはや駄目だと思いました。
醜態の極だと思いました。
あの人はこれまで、どんなに女に好かれても、いつでも美しく、水のように静かであった。
いささかも取り乱すことが無かったのだ。
ヤキがまわった。
だらしが無え。
あの人だってまだ若いのだし、それは無理もないと言えるかも知れぬけれど、そんなら私だって同じ年だ。
しかも、あの人より二月ふたつきおそく生れているのだ。
若さに変りは無い筈だ。
それでも私は堪えている。
あの人ひとりに心を捧げ、これ迄どんな女にも心を動かしたことは無いのだ。

マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く澄んだ大きい眼が、いつも夢みるように、うっとり遠くを眺めていて、あの村では皆、不思議がっているほどの気高い娘でありました。
私だって思っていたのだ。
町へ出たとき、何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。
ああ、もう、わからなくなりました。
私は何を言っているのだ。
そうだ、私は口惜しいのです。
なんのわけだか、わからない。
地団駄踏むほど無念なのです。

あの人が若いなら、私だって若い。
私は才能ある、家も畠もある立派な青年です。
それでも私は、あの人のために私の特権全部を捨てて来たのです。
だまされた。
あの人は、嘘つきだ。
旦那さま。
あの人は、私の女をとったのだ。
いや、ちがった!



 あの女が、私からあの人を奪ったのだ。
ああ、それもちがう。
私の言うことは、みんな出鱈目だ。
一言も信じないで下さい。
わからなくなりました。
ごめん下さいまし。
ついつい根も葉も無いことを申しました。
そんな浅墓な事実なぞ、みじんも無いのです。
醜いことを口走りました。
だけれども、私は、口惜しいのです。
胸を掻きむしりたいほど、口惜しかったのです。
なんのわけだか、わかりませぬ。
ああ、ジェラシィというのは、なんてやりきれない悪徳だ。
私がこんなに、命を捨てるほどの思いであの人を慕い、きょうまでつき随たがって来たのに、私には一つの優しい言葉も下さらず、かえってあんな賤しい百姓女の身の上を、御頬を染めて迄かばっておやりなさった。

ああ、やっぱり、あの人はだらしない。
ヤキがまわった。
もう、あの人には見込みがない。
凡夫だ。
ただの人だ。
死んだって惜しくはない。
そう思ったら私は、ふいと恐ろしいことを考えるようになりました。

悪魔に魅みこまれたのかも知れませぬ。
そのとき以来、あの人を、いっそ私の手で殺してあげようと思いました。
いずれは殺されるお方にちがいない。
またあの人だって、無理に自分を殺させるように仕向けているみたいな様子が、ちらちら見える。
私の手で殺してあげる。
他人の手で殺させたくはない。
あの人を殺して私も死ぬ。
旦那さま、泣いたりしてお恥ずかしゅう思います。
はい、もう泣きませぬ。
はい、はい。
落ちついて申し上げます。
そのあくる日、私たちは愈愈いよいよあこがれのエルサレムに向い、出発いたしました。
大群集、老いも若きも、あの人のあとにつき従い、やがて、エルサレムの宮が間近になったころ、あの人は、一匹の老いぼれた驢馬を道ばたで見つけて、微笑してそれに打ち乗り、これこそは、

「シオンの娘よ、懼そるな、視よ、なんじの王は驢馬の子に乗りて来り給う」

と予言されてある通りの形なのだと、弟子たちに晴れがましい顔をして教えましたが、私ひとりは、なんだか浮かぬ気持でありました。
なんという、あわれな姿であったでしょう。
待ちに待った過越の祭、エルサレム宮に乗り込む、これが、あのダビデの御子の姿であったのか。
あの人の一生の念願とした晴れの姿は、この老いぼれた驢馬に跨がり、とぼとぼ進むあわれな景観であったのか。
私には、もはや、憐憫以外のものは感じられなくなりました。
実に悲惨な、愚かしい茶番狂言を見ているような気がして、ああ、もう、この人も落目だ。
一日生き延びれば、生き延びただけ、あさはかな醜態をさらすだけだ。
花は、しぼまぬうちこそ、花である。
美しい間に、剪らなければならぬ。
あの人を、一ばん愛しているのは私だ。
どのように人から憎まれてもいい。
一日も早くあの人を殺してあげなければならぬと、私は、いよいよ此のつらい決心を固めるだけでありました。
群集は、刻一刻とその数を増し、あの人の通る道々に、赤、青、黄、色とりどりの彼等の着物をほうり投げ、あるいは棕櫚の枝を伐きって、その行く道に敷きつめてあげて、歓呼にどよめき迎えるのでした。
かつ前にゆき、あとに従い、右から、左から、まつわりつくようにして果ては大浪の如く、驢馬とあの人をゆさぶり、ゆさぶり、

「ダビデの子にホサナ、讃ほむべきかな、主の御名によりて来る者、いと高き処にて、ホサナ」

と熱狂して口々に歌うのでした。
ペテロやヨハネやバルトロマイ、そのほか全部の弟子共は、ばかなやつ、すでに天国を目のまえに見たかのように、まるで凱旋の将軍につき従っているかのように、有頂天の歓喜で互いに抱き合い、涙に濡れた接吻を交し、一徹者のペテロなど、ヨハネを抱きかかえたまま、わあわあ大声で嬉し泣きに泣き崩れていました。
その有様を見ているうちに、さすがに私も、この弟子たちと一緒に艱難を冒して布教に歩いて来た、その忍苦困窮の日々を思い出し、不覚にも、目がしらが熱くなって来ました。
かくしてあの人は宮に入り、驢馬から降りて、何思ったか、縄を拾い之これを振りまわし、宮の境内の、両替する者の台やら、鳩売る者の腰掛けやらを打ち倒し、また、売り物に出ている牛、羊をも、その縄の鞭むちでもって全部、宮から追い出して、境内にいる大勢の商人たちに向い、

「おまえたち、みな出て失せろ、私の父の家を、商いの家にしてはならぬ」

と甲高かんだかい声で怒鳴るのでした。


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