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創発シェアワスレクロス企画(仮)

1名無しさん@避難中:2011/11/03(木) 18:38:39 ID:wt6dJcvM0
誤爆で軽く話をしてたシェアワのクロス企画、ちょっと真剣にやってみたいな
と思ったんで思い切ってスレ立ててみました。

と言っても今のところなにかはっきりとしたビジョンがあるわけじゃありません!
ぜひ各スレ作者様方にも参加してもらって、一から練り上げていきたいと考えてるところです!
あ、もちろん「どのシェアでも作品は書いてないけどお祭りっぽい企画は好き」
っていう書き手さんもウェルカムですので!

とこんなノリでシェアワのお祭りがしたいなーと思ったんです。
ぜひみなさん、一緒にこの祭りを創ってくれませんか!?

253Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2011/12/26(月) 00:26:00 ID:i..T/6oU0
 蜘蛛は出方を窺うように、無機質な目で俺を見ている。……もうクモの視力がどうのこうのなんてことは忘れ
よう。希望的観測としても虫のいい話だ。
 
(逃げ場はひとつ)

 人工林以外、有り得ない。
 あそこは“林”を名乗るには東西の奥行きが薄いが、木々の間隔がやや狭い。俺なら走ってでも通れるが、目
測した限りあの蜘蛛は体を横にしたって確実に閊(つか)える。もし蜘蛛が、樹木を粉砕してでも獲物を追うな
どというクモらしからぬ発想に至ったとしても、時間稼ぎにはなるだろう。
 俺は蜘蛛から目を離さず、摺り足でするすると滑って位置を調整。このまま一動作で人工林に跳びこめるまで
距離を削ることができればいいのだが――
 そんな祈りも空しく、蜘蛛の姿がまた掻き消える。

(くそがっ!)

 摺り足を止め、俺は目的地に向けて死に物狂いで走った。
 蜘蛛は俺の逃走経路を読んで割りこんでいた。もはや瞬間移動というべき速さ。
 頭蓋骨を一撃で噛み砕くであろう牙が、ぐいとこれ見よがしに突き出される。ヘビに睨まれたカエルならここ
で全てを諦めるだろう。本能と本能の歯車は噛み合う。
 だが!

 ――それがただの“威し”であると見抜く

 だから俺は制動ではなく、最加速を掛ける。
 蜘蛛が立ち塞がるなら、背中を蹴って跳び越える。体構造上では背中は蜘蛛の爪牙が及び難いはずではあるが、
その反応速度と敏捷性を考えれば勝算などあるわけもない。ここは博打に出るしかない。遊びと遊びの歯車もま
た噛み合うのだと信じて走る。
 スニーカーで固めた俺の右足が、蜘蛛の首あたりに着地。

 ――踏破――!!

 蜘蛛の背中は異様に硬く、反動で足首に痛みすら覚えた。――知ったことか!

(ここだ!)

 並ぶ木々のうち、おあつらえ向きの株に目を付け、爪先から蜘蛛の首に全体重を射ち出す。
 樹木と樹木の狭間。それが生還への門だ。
 制服を削るようにしてすり抜ける。
 前転して落下の衝撃を殺し、ひと足先に成功を確信。
 数瞬遅れで二本の樹木に巨大蜘蛛が激突していた。
 繊維の破砕される轟音に胆が冷える。あるいはそれが蜘蛛の渾身の突進であるならば、強引に木をへし折って
突破できたであろうことは疑いようがない。
 だが、“遊び”の体当たりではわずかに足りなかった。
 力強い樹幹に弾かれて、蜘蛛はそこを一発で抜けられなかった。
 一度足を止めざる得なかった。

 ――“一度”。そう、一度で充分

 さて。
 ここで突進の運動エネルギーの全てを消費してしまったクモはどうするか?
 後退して再び体当たりするか、怪力でこじ開けて押し通るか。……どちらもスペックの上ではやってのけそう
ではある。というかやってのけるだろう。
 しかし、どちらにせよ、俺はその時間に第二の“門”を潜り抜ければよい。

「どうせ遊ぶなら、もっと真剣にやろうじゃないか。――なぁ?」

 背後に投げ掛けた格好つけの台詞は、息も絶え絶えであまり決まっていなかった。

254Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2011/12/26(月) 00:27:33 ID:i..T/6oU0

 ――木を舐めてはいけない

 樹木は、セルロースとリグニンによる鉄筋コンクリートにも喩えられる、極めて頑丈な構造体だ。たとえば街
路樹の根本に自動車で突っこんでも、倒壊させることは容易ではない。
 それに一口に“木”といっても、重さや堅さといった木質から、展開していく根の形状まで、それらはまった
く多様性に富んだ生き物だ。もし「以前は倒せたから」という怪物なりの学習があっても、種類を見極めずに舐
めて掛かると思わぬ苦闘を強いられることもある。
 ……まぁ、結果論でうまくいったから、こうして余裕ぶって解説なんぞできているわけなんだが。
 余計な考えもそこそこに、俺は人工林を駆け抜ける。

(――閑かだ。いや、あの後輩ではなく)

 どうやら、蜘蛛は追って来ていない。何せあれだけの巨体だ、密集した木々の間を通り抜けようとしていれば
物音がないはずがないからだ。まだ、俺を狩り出すことに血眼になってまではいないらしい。
 林間の暗がりにまぎれ、俺はひと息吐く。夜の世界でも一層黒々とした木陰に腰を下ろした。血流が、耳の奥
をごんごんと叩いていた。
 実のところ、そこまで長距離を移動したわけではない。昼間ならそろそろ進行方向に体育館が見えてくるあた
りだろうか。
 このまま蜘蛛が諦めてくれればそれでよし。俺の逃走ルートを予測して迂回するかもしれないが、お生憎だっ
たな、俺はもうしばらくここを動く気はない。
 位置を特定されて一帯の木々ごと薙ぎ倒されでもしたら打つ手がないが、俺はその前に学園と官憲に通報すれ
ばいい。錯乱した演技で「イノシシのような強暴な獣に襲われた」とでも言い張れば、警察官も拳銃の一挺くら
いは携行して来てくれるだろう。

(拳銃)

 あの戦車じみた怪物を殺すには、あまりに頼りない武器にも思える。
 震える手で携帯電話をばちりと開く。今はこれが命綱だ。
 光源のディスプレイを直視しないように注意しながら、まず【電話帳】から【私立仁科学園高等部】を呼び出
す。知らずに出歩いた教職員が、翌朝死体となって発見されるなんて事態は避けたい。まずはそちらの安全を確
保するべきだろう。日頃からあちこちで信用を売っておいたから、いきなり狼少年扱いはされないはずだ。

(それにしても、いよいよ大事になってきたものだ)

 嘆息しながら、俺は携帯電話を耳に当てる。

 ――コール音がない

「何っ」

 慌ててアンテナのようなアイコンに注目。
 電波障害? ――馬鹿な、ここは僻地のトンネルでも何でもないぞ!
 藁にすがる思いで一一〇番に掛ける。……やはり繋がらない。

「まじか」

 愕然とする。
 悠長に電波の回復を待つか? しかし俺がこのまま一夜を明かすようなことになれば、何も知らずに登校して
きた誰かが食い殺されるかもしれない。そんなのは、俺はごめんだ。
 ならば、さらに人工林の中を北上して校舎内に入るか、もしくは西門を抜けるか。いっそ南下してもいいが、
心理的にはもうイヤだ。……どちらにせよ、蜘蛛の居場所が分からないのだから同じっちゃ同じだけど。

(…………)

 悩ましい。
 悩ましいが、こんなのもはや答えはひとつしかない。
 俺は蜘蛛の見えない影に怯えながら、気持ち北北西に針路を取った。




 ※

255Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2011/12/26(月) 00:31:04 ID:i..T/6oU0
今回はここまで。
まだ全然クロスって感じじゃないな。がんばる。

「坂上匠@異形世界」を借ります。
主人公格とヒロインは引っぺがすのが俺のジャスティス。

256名無しさん@避難中:2011/12/26(月) 19:07:38 ID:Xg5WfOj20
乙!
先輩の いい漢っぷりで後輩の好感度が大変な事にw
最近幸せそうな展開になった匠はクズハをどう思ってる頃からの参戦じゃろう

257名無しさん@避難中:2012/01/01(日) 04:27:31 ID:pjlty6cI0
>>246
やっぱり荵かわいい
いきなりの最終回と思ったら続きがあるだと…!

>>255
匠キター
さてどうなるか

258名無しさん@避難中:2012/01/10(火) 18:52:52 ID:qa8hsIukO
質問。
チェンジリングの隕石って隕石群だったのか?
ひとつの巨大なやつが空中で割れたのか? だとすればざっとどれくらいの大きさと見積ればいい。
探したけどよく分からなかった。

259名無しさん@避難中:2012/01/10(火) 19:38:51 ID:K1ZTSsX.0
チェリジの合い言葉は「こまけぇこたぁいいんだよ」だから一塊も隕石群もあった気がするw

260名無しさん@避難中:2012/01/10(火) 19:42:30 ID:qrug6SEE0
複数だよ
イントロダクション見ればわかる

261名無しさん@避難中:2012/01/10(火) 19:43:11 ID:qa8hsIukO
分かった。ありがとう。大雑把でいいなら楽でいい。

262名無しさん@避難中:2012/01/10(火) 19:52:47 ID:qa8hsIukO
>>260
イントロ読んだ初発の解釈では、ひとつだと思ったんだがw

263名無しさん@避難中:2012/01/10(火) 19:56:45 ID:qrug6SEE0
遠くにあるから一つに見える → あれ?近づいてきたけどやっぱりいっぱいあるんじゃね?

って流れ

264名無しさん@避難中:2012/01/10(火) 20:54:04 ID:qa8hsIukO
俺の勝手なイメージでは空中で割れたことになったんだ。
最後まで“隕石”としか書いてないしな。
書いた人の意図は知らないが、複数でも意味は通るなと思ったから聞いてみただけだよ。

265名無しさん@避難中:2012/01/10(火) 21:12:44 ID:qrug6SEE0
ああ、そういうことか
>>258の3行目の前半よく読んでなかった
まあどっちにしろ落ちたときは複数だから…

結論:こまけぇこたぁいいんだよw

266名無しさん@避難中:2012/01/15(日) 00:22:32 ID:8p3AQGsI0
ええい、小ネタ一つでもいい!
貴様ら投下せんかね!

267名無しさん@避難中:2012/01/15(日) 23:56:47 ID:Oo6.L8Bc0
つ「言い出しっぺの法則」

268Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/01/29(日) 06:37:11 ID:1MEgqYN.0
投下します
>>249->>254の続き。

269Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/01/29(日) 06:38:14 ID:1MEgqYN.0




 ※


 ――時刻は、午前零時を回ったところ。“もう目覚める時間だよ”。
 ――時針は、七と八のちょうど真ん中。“まだお休みの時間だよ”。




 ※


 わたしの生活のリズムは、“能力”の影響を強く受けている。ふつうのひととは、少し違う。
 まず、日の出から日の入りの一時間ほど前まで。日中、わたしはまだしも人間らしくいられる。もうひとりの
わたしは眠っている。
 夕方。わたしは強烈な眠気に襲われ、そのまま日付が変わるころまで完全に意識を失ってしまう。もうひとり
のわたしは、まだ休んで力を蓄えている段階だ。
 午前零時から日の出まで。わたしともうひとりのわたしが目覚める。ただし、わたしの肉体は“能力”によっ
て狂暴な化け物に変貌していて、精神も目を覚ましたもうひとりのわたしに乗っ取られている。
 もうひとりのわたし。
 それは“蜘蛛”。
 それは“怪物”。
 チェンジリング・デイと呼ばれる日、地球に降り注いだ隕石がわたしにもたらした異能のひとつ。わたしの意
思などお構いなしに、天体運動の影響によって確実に発動する、人知及ばぬ捕食者への変身能力。
 なまなかな戦闘系能力者をも一蹴する剛力と強靭さ。その性は獰猛凶悪で、知能も人類並。
 人間など、獲物か玩具としか思っていない。わたしの世界で一番大切だったひとたちをさもうまそうに食い殺
し、わたしの世界で一番大切なひとにすら囓りつく。
 どうすることもできない。わたしには。夕方までに一夜の孤独を探し、誰も傷つけないことを祈り、あとは太
陽を待ちわびるだけ。だった。“無敵”の能力で、一晩中、もうひとりのわたしの爪と牙を引き受けてくれるあ
のひとと出会うまでは、そうして各地を転々と渡り歩いていた。

(衛さん……)

 そして今、また、そばにあのひとはいない。はぐれてしまった。久し振りのひとりぼっち。誰かを傷つけてし
まうという恐怖に震える。
 陽射しを焦がれる夜は、長すぎる。

(今は、何時だろう?)

 そんなことばかり考える。この高校の近くに飛んだ(飛ばされた?)のが、変身して数分後、午前〇時一〇分
前後だったはずだ。
 それから、運悪く遭遇した高校生のお兄さんにもうひとりのわたしが襲い掛かって、そのひとはどうにか逃げ
てくれたのだけれど、……潰れた時間としては二時間くらいは経っているだろうか。一時間半、せめて一時間。
 夏の日の出を朝の五時くらいとして……あと四時間も?

270Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/01/29(日) 06:39:06 ID:1MEgqYN.0
 もうひとりのわたしは、高校生のお兄さんが逃げていった木々の奥をじぃっと見ていた。

 ――“そうでなくては、面白くない”

 それは人語ではなかったけれど、感情の波でもうひとりのわたしが昂揚していることがわかった。
 このところ“歯応えのありすぎる”能力者をしゃぶってばかりだったから、いい声で鳴いてくれてお腹に溜ま
りそうな獲物を見つけてご満悦なのだろう。おまけに無駄な抵抗までして楽しませてくれる。

(そういえば、あのお兄さん)

 チェンジリング・デイ以降、まだ覚醒しないひとも稀にはいるけれど、“人類総能力者”の時代。
 立ち向かってこなかったことから見るに、あの高校生のお兄さんの能力は、恐らく戦いに応用できるようなも
のではないのだろう。……わたしにわからないだけで地味に発動していたのかもしれないが、とにかく戦おうな
どと考えず逃げてくれたのは本当に幸いだったと思う。なまじ戦う能力があると、かえって危険な目に遭わせて
しまう。
 もっとも、反則級の能力者ならば、もうひとりのわたしの暴虐も止められるかもしれないが。
 それこそ。

 ――衛りに徹する限りにおいて、我が身に害をなす一切を跳ねのけるという無敵であるとか。
 ――細胞の活性化により無限の身体能力と回復能力を得るという路地裏の女騎士であるとか。

 しかしそんな規格外の能力者は、この時代においても決して多くはない。そもそも宇宙からの贈り物は、戦闘
向きのものばかりでもない。

(どうか)

 今のわたしには祈ることしかできない。
 あれ以上の怪我なく逃げのびてくれるなら何でもよかった。強力な能力者が来てくれるとか、頑丈な建物に滑
りこんでくれるとか、日の出を迎えるとか、もうひとりのわたしが気まぐれに興味を失うとか。
 もうひとりのわたしは、やはり蜘蛛のような八つ足を蠢かせて移動を始めていた。きっとあのお兄さんを見つ
け、嬲り殺しにするために。




 ※


 まだ目がちかちかしていた。うっかり携帯電話なぞ直視してしまったからだ。頭でっかちにいろいろ考えるは
いいが、肝心な時に詰めが甘いから困る。
 獣ならざる我が身、落葉の層を踏み締めて歩くのに、まったくの無音とはいかない。まして、推定される蜘蛛
の聴覚感度を考えれば。
 それでも俺は気持ちだけでもと深く静かに潜行する。

(人工林の中を北上し、西門から抜ける。狩人に回りこまれていれば速やかに引き返す。定期的に電波状況を確
認し、回復していれば即時通報を図る)

 ごく常識的な行動指針のはずだ。

271Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/01/29(日) 06:40:23 ID:1MEgqYN.0
 一歩……また一歩……と道路掃除夫ベッポみたいに進むうち、むやみに巨大な体育館に突き当たった。せいぜ
い数分。それほど時間が掛かるものでもない。
 人工林の端と体育館との間には、やはり煉瓦敷きの歩道が伸びている。正面の大通りよりわずかに細いが、こ
れも東西の門に通じるのでそれなりに幅はある。これを横断するわけではないとはいえ、見晴らしが利くという
のは俺にとって面白い要素ではない。
 藪陰から視線を水平移動。
 心音のペースがまた速くなっている。

(蜘蛛は今、どこにいるのだろう)

 鬼ごっこで一番怖いのは、鬼を見失った時だ。小学生の頃に読んだシートン動物記のオオツノヒツジ“クラッ
グ”の話でもそう書いてあったはずだ。……もっとも、さっきのようないきなりの接近遭遇の場合、追跡者の位
置の把握なんかにまごまごしていたら、今頃は閻魔大王のむさい髭面を拝みながら自分の罪を数える羽目になっ
ていただろうが。
 ……見渡した限りはいなさそうだが、この位置からでは死角が多すぎてまったく安心できない。
 なんか漫画的なパワーを持つ武術の達人ならば殺気を察知して索敵できるかもしれないが、ただの模範的なだ
けの高校生にムチャ言うなよ。
 生まれながらの捕食者に本気で息を潜められては、はっきり言ってお手上げだ。
 悩むだけ時間の無駄なので、俺は人工林の中を動き回り、限界まで死角を削っておく。
 ……やはり、いない。と思う。そう信じたい。
 まさにブッシュに隠れている側の俺のほうがアンブッシュを警戒しているというのが少し可笑しい。……いや、
どうでもいいな。
 決断する。

(やはりここは速やかに西門をくぐろう)

 ……言うまでもないが、別に学園の敷地内を出たからといって、そこで蜘蛛がすっぱりと諦めてくれるわけで
はない。もし見つかれば、どこまでも追い掛けられて美味しくいただかれるだろう。
 だから、最終的な目的地は“交番”だ。そこに着くまでは油断できない。
 俺は呼吸を細くしながら、するりと樹木たちの砦を抜け出した。靴裏を押し返す地面の硬さ、剥き出しの腕を
撫でてゆく空気の流れ、冷ややかな月光。
 西門をひどく遠くに感じる。
 それでも取り敢えずの安全圏を離れてしまえば、このまま行くしかない。ゲートを越えて、たとえ“ほら吹き
男”と謗られようとも、あの恐るべき怪物の危険を知らせなくてはならない。夜明け前よりも早く、出歩いた誰
かが襲われないうちに。
 閉ざされた鉄のフェンスの形がはっきりと見える。
 あと少し、もうすぐ、この先、あれを乗り越えて……!

 ――勝ち誇ったような四つの単眼が、西門前で俺を待ち受けていた。

272Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/01/29(日) 06:42:00 ID:1MEgqYN.0

「な……!?」

 蜘蛛だった。
 やはり、どこかに隠れていたというのか? アシが速すぎるために、どこにいてどういうルートで出現したの
かまるで見当もつかないというか見当なんてつけている場合か!
 無拍子の速さで、蜘蛛の巨大な口腔が、トンネルのように俺を呑みこもうとする。人類はこれを躱せない。反
応して左右に身を振ったとしても、抜け目なく伸ばされた前肢によって口の中へと掻きこまれるだろう。

 ――逃げ場は、ない!

 そうして俺は、頭から闇に丸齧りに――




 ※


 ――絶望の闇を薙ぎ払い
 ――それを打ち砕く光がある!

 死をさとった俺の前で、ふたつの金属が激突していた。その瞬間を視たわけではない。ただ、クラッシュ音と
でもいうべきものがあった。

「そこの君、無事か!?」

 呼び掛ける声。
 俺には、一瞬、それが人の声だと分からなかった。どうやら、それだけ自分が直面した“死”というものに衝
撃を受けていたらしい。しっかりしろ、そんなことは後でもできる!
 そこでようやく、九死に一生を得たと自覚できた。
 助かったのだ。絶対に死んだと思ったものが。

 ――蜘蛛の思考発動からの転瞬、俺の眼前に割りこみを掛け、怪物の爪牙を捌いた者がいる!

 俺を絶体絶命の窮地から救ってくれた何者か。今も俺を守って蜘蛛と相対する男だ。
 後姿のシルエットは細身のくせに、やけに幅広に思える背中だった。シャツ一枚を通してもわかる鋼の体は一
見して、マウンテンゴリラが百年を生きて変化したと噂されるうちの美術教諭や、仁科最強候補の一角たる重量
挙げ部の筋肉たちのようでもあるが、しかし纏う何かが決定的に違っている。まるで、御伽噺の戦士のような。

(誰だ?)

 まるで見覚えのない青年だった。知る限り、仁科の体育教諭ではない。
 力強い手には、長大な“金属の棒”を握りこんでいた。まさか、あれで蜘蛛を薙ぎ払ったのか?
 棒。あるいは杖、棍、柱……。それもどうやら俺の見慣れているような、バレーボールや棒高跳びで立てる体
育用具の鉄棒などではない。

 ――あれは、敵と戦うためだけに生まれた、正真正銘の“打擲武器”だ!

 予期せぬ乱入者に、さしもの蜘蛛も跳び退く。

「“異形”――いや、《魔素》を感じない。やはり異世界……!」

 いぎょう?
 青年の唇から零れた耳慣れぬ単語を俺の耳が拾う。“異形”。それが、この蜘蛛の、人知及ばぬ怪物の名前な
のか?

 ――突然の天変地異。“異形”というらしい蜘蛛の怪物。金属の棒を携えて戦う謎の青年。
 ――いったいこの街に何が起こっているというのだろう?




 ※

273Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/01/29(日) 06:43:18 ID:1MEgqYN.0
今回はここまでなのよ。

ではな!

274名無しさん@避難中:2012/01/29(日) 08:09:43 ID:F7GtRLpw0
キター
しかし朝まで長いのう

275名無しさん@避難中:2012/01/29(日) 09:54:31 ID:1FKU9ndA0
合流きたー!
長い夜は終わるか
そして常識人先輩の明日はどっちだ!

276名無しさん@避難中:2012/03/04(日) 21:10:04 ID:tCD2hHkoO
お前らしっかりしろ!!

277名無しさん@避難中:2012/06/19(火) 11:09:33 ID:0HtgL9Pw0
(^^)

278名無しさん@避難中:2012/08/16(木) 01:55:56 ID:KBsK8x.M0
とうかー

279名無しさん@避難中:2012/08/16(木) 01:57:25 ID:KBsK8x.M0

 唐突に発生した、視聴覚に訴えかけてくるような異常現象が終わったことに気付いた神柚鈴絵は
家が管理している丘の上の神社、柚鈴天神社の境内にある狛犬の台座に手をついて立ち上がった。
「……ん」
 目と耳にあるノイズの残滓を頭を振って払う。
 先程の減少は一体何だったのだろうか? 
めまいと似たような感覚であったと思わないでもないが、それとはまったく違う事態であることは確かだった。
 空を見る。
 そこにはいつも通り、日が落ちきったばかりの少し明るさを残した空が広がっている。
「星もまだほとんどでていませんね」
 異常現象に見舞われた時、空には幾つもの光が瞬いて、
シャッターを開きっぱなしにして夜空を写した写真のように夜空を光の線で切り取っていた。
「幻覚……?」
 そんなことは無いだろうと心の中で反論しつつ、
鈴絵はじゃあさっきの現象はなんだったのだろうと考える。
 遅くまで残っている人はまだいるだろう学園の方を見てみれば、先程の現象が皆にも訪れたのかどうかが分かるかもしれない。
 校舎の電気が付いたり、生徒たちが校庭で騒いでいたりすると分かりやすくていいと思いながら、
鈴絵は学園の様子を確かめるために、神社の入り口にあたる石段へと足を向けて
――今まさに鈴絵が行こうとしていた位置に一人の女性がいることに気付いた。

280名無しさん@避難中:2012/08/16(木) 01:57:59 ID:KBsK8x.M0
****


 四角い形の建物を幾つも配置して形成されている施設を見下ろしていたキッコは、不意に金色の瞳を空に転じた。
 宵の口の空は穏やかな姿を晒しているのみで、特別な変化が起きる様子はかけらも見受けられない。
 キッコは諦めたように視線を落とし、腕を組んで考える。
 気が付いたら自分がこれまでいた場所とは違う場所に移動していた。
 今自分がいる場所はどうやら結界の内部や幻によって認識させられている空間というわけではないようだと、
高台にあるらしいその場から見渡せる景色を注意深く見てそんな事を思う。
「それこそ、どこかの街にでもそのまま飛ばされた、といった感じだろうかの」
 それも、おそらくは自分たちがいた、異形と呼ばれる生物が闊歩している世界とは全く別な世界にだ。
「不本意にこのようなところに飛ばされるのは気に入らんの、さて、元の場所に戻るにはどうしたらよいかの」
 武装や血の臭いがしない空気を改めて呼吸し、キッコはこれからどうしたものかと考えようとして、
「あの、先程の……雷かオーロラのようなもの、凄かった……ですよね?」
 背後から声をかけられた。
 狛犬に手をついて膝をついていた人間のものだろう。
 振り向くと、白と赤の巫女服を着た少女がキッコのもつ夜に光る金瞳に驚いたのか、一瞬目を瞠った。
 しかし彼女は気を取り直すようにキッコの方へと足を進めると、言葉を重ねてきた。
「下の学園に残ってる人たちも、今のを見て驚いていたりしますか?」
 下にある施設は学園らしい。かなり大きな教育施設であるようだ。
 どうやらこの少女は別の土地に飛ばされた、という自覚は無いようだ。この世界の者なのか、
あるいは周囲の土地ごとまとめて飛ばされてきた者なのだろうと予想していると、
少女は言葉に応じないキッコに不審を抱いたのか、鳥居の数歩前で足を止めた。
「そういえば、こんな時間にうちの神社に何か御用でもありましたか? 
私は神柚鈴絵といいます。見ての通り、この神社の巫女をしています。
お守りなど要りようならすぐにお持ちしますよ?」

281名無しさん@避難中:2012/08/16(木) 01:58:31 ID:KBsK8x.M0

****

 ついつい声をかけてしまったが、相手は金髪に金瞳、かなり高確率で外国人ではないかという予測に鈴絵は至っていた。
 だとしたら日本語が通じていないかもしれない。そう思い、とりあえず言葉をかけてみる。
このまま言葉をかけ続けていれば、言葉が通じないならば通じないなりに何らかの反応がそのうち返ってくるだろうと思ったのだ。
 金髪の女は、鈴絵に向けて笑みを浮かべた。
「いや、そういう用事でこの場にいるわけではないのだ」
 日本語は通じていたようだ。そのことに鈴絵がホッとしていると、金髪の女の方が鈴絵へと近付いた。
 そのまますれ違う。
 その時女の顔が鈴絵に近付き、においをかぐ音が耳に聞こえた。
「うむ、血も魔素も感じんの。これ程近付いても無反応となれば、おそらくは問答無用の敵意もなかろう」
「え?」
 聞こえてきた言葉に疑問の声を上げる。
 女は喉の奥を鳴らすように笑いながら、本殿へ歩いて行く。その動きを目で追っていると、女は名乗りをあげた。
「我はな、キッコという。正体は――」
 そう言う女の腰のあたりに見慣れないものがあった。
 金色の毛に包まれた尻尾だ。
「え?」
 騙し絵のように唐突に現れたアクセサリーに鈴絵が驚きの声を上げると、キッコと名乗った女は鈴絵へと振り向いた。
 その頭部には髪と同じ、金毛の耳が生えていた。
 先端の毛だけ白いそれを見ていまいちコメントできずに硬直している鈴絵を見て、キッコは楽しそうに喉を鳴らした。
 喉がクッ、と鳴るのに合わせるように、彼女の全身から淡い光が散った。
 次の瞬間には女の姿は消え、彼女がいた位置には巨大な狐がいた。
 立っている状態で顔の位置が鈴絵より少し上にある程の大きさの狐だ。
自分が知っている狐のカテゴリーから外れている大きさの狐を見て、鈴絵の頭の中に空白が生まれた。

282名無しさん@避難中:2012/08/16(木) 01:59:02 ID:KBsK8x.M0
 狐はその空白をつくように鈴絵に近付いた。獣の顔に妙に人間くさい感情をのぞかせて、狐は大きな口を開いた。
「我は、どうやら迷ってしまったようでな、できれば元いた場所に戻りたいのだの」
 キッコと名乗った女と同じ声だった。
 狐は続ける。
「ここがお前が元いた場所であるかどうかはまだ分からぬが、
少なくともこの周囲の施設については知識があるように見える。のう、我にいろいろと教えてはくれぬかの?」
 大きな顔が眼と鼻の先にまで近付き、金の瞳が鈴絵を正面から捉えた。
 その異形を目の前にしながら、鈴絵は以前聞いたことを思い出していた。
 それは神社を挙げて捜索をしても未だ見つからない、
彼女の先輩にあたる人物が中等部の頃に見たという、五本の角をもつ全身真っ赤な鬼のことだ。
 鬼のような存在が実在するのならば、化け狐だって世の中にはいるのだろう。
 そういうふうに自分の中で大狐の存在を納得した鈴絵は、少し戸惑いながら、しかし狐に対してしっかりとうなずいた。
「はいわかりました。とりあえず私から話を聞きたいんですよね」
「うむ、然り然り」
 頼みが通ったことか、それともほかの何かが気に入ったのか、
うれしそうな狐の声に鈴絵はあきれ気味な微笑を浮かべて、では、と言って顔前に一本指を立てた。
「元の人の姿に戻ってください。その状態ですと私は話がしづらいです」
 狐は首をかしげた。
「だめかの?」
「だめです」
「わざわざ演出とか考えたのにのう……」
 そんなことを言いながら、狐はキッコと名乗った人の姿に戻った。

283名無しさん@避難中:2012/08/16(木) 01:59:51 ID:KBsK8x.M0
にぎやかし
タイトルは「結縁」とかそんな感じで

キャラは

キッコ@みんつく異形世界
神柚鈴絵@仁科

を拝借
飛ばされた世界。建物の形はともかく、人までは全員が移って来てるわけじゃないと思ってる

284名無しさん@避難中:2012/08/17(金) 05:57:45 ID:dmFbBcLYO
投下乙!
鈴絵先輩は巫女やってるからな。
いきなり正体を明かすとかさすがキッコさま太っ腹!
このままでは柚鈴天神社が稲荷になってしまいそうだ……!
ぜひ続きも 。

285名無しさん@避難中:2012/08/18(土) 23:36:08 ID:QoAkXFiw0
また動き出してくれればいいな!

286名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 14:19:04 ID:myIi3PMQ0
キッコさんマジ妖狐。堅実な思考をお持ちだ。演出とかしちゃってるけどw

仁科世界もよく見るとたまにオカルトなとこあるよな。
それでも反応がちゃんと一般人なのが異常事態に慣れっこな他の世界のキャラと対比になってていいなと。

>世界
アイスファングさんの時も思ったが、もうそのへんはフレキシブル設定でw
別に食い違っててもいいしな。

287名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 19:50:04 ID:Rw11KjzMO
自分が使うと他で使われなくなりそうで悩むよな。
でも使うけど。

288名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 20:17:05 ID:AH0LEQeg0
全世界がバラバラにくっついているかもしれない系だったっけ?

そろそろ満をじしてこの騒動の犯人が現れてもいい気がするぜ

289名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 21:08:17 ID:Rw11KjzMO
>>56が基本だけど、あんまり気にしない方向で。

まだ話が動きだしてもないのに黒幕は早いだろw

290名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 22:14:44 ID:AH0LEQeg0
キッコさんそのまま神様に収まってしまわないかとドキドキする

>>289
だがしかしこのスレもできて長い
誰かが大きな目標を臭わせてもそれはそれでいいと思うのだ

291名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 22:33:04 ID:Rw11KjzMO
まあ確かにラスボスが一話から登場してはならないって法はないな
チェンジリングやみんつくにはそれっぽい大物もいないではないか?

292名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 22:39:02 ID:mkN8VUYIO
それでもハルトさんなら
ハルトシュラーさんならやってくれるはず!

293名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 22:41:11 ID:Rw11KjzMO
彼女はシェアのキャラなのか?w

294名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 22:43:10 ID:tbQH5bGg0
閣下スレとかキャラスレの進行の仕方はシェアワっぽいとは思うw

295名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 22:45:13 ID:mkN8VUYIO
ノリノリで悪役やっとくれそうで
あまり血みどろな展開にはならなさそうだからなんとなくww

296名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 22:46:14 ID:AjDsc/1M0
閣下は出していいもんなのかwww

297名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 22:48:23 ID:Rw11KjzMO
あのへんのキャラは強烈すぎるし身内ネタが豊富すぎて、出すとなると相当な弊害がありそうだがw

お祭り企画だからやる人がいるなら止めないけど。

298名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 22:55:07 ID:mkN8VUYIO
まあ俺はハルトシュラーは名前とロリババアってことくらいしかしらんがな!
あと魔王

299名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 23:07:03 ID:iXtBuWZ.0
企画の趣旨から外れなければ別にいいんじゃね

300名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 23:23:16 ID:AjDsc/1M0
逆転の発想。「なんかエライ事になってるシェアスレ連中を観察する創発キャラの連中」

301名無しさん@避難中:2012/08/19(日) 23:36:25 ID:Rw11KjzMO
悪くない

302名無しさん@避難中:2012/08/24(金) 01:31:18 ID:etNQ8HFwO
戦闘ってむずいなぁ
手を出すべきではなかったかも

303名無しさん@避難中:2012/08/24(金) 22:50:47 ID:T4TyQlzg0
期待してるぜ

304名無しさん@避難中:2012/08/25(土) 05:20:31 ID:6U8tNMtI0
戦闘って風景を書くよりずっと楽だぜ。風景は馴れないが戦闘はすぐ馴れるw がんがれw

305名無しさん@避難中:2012/08/25(土) 15:53:29 ID:hMPgvrf6O
そういやここ最近風景を書いた覚えが……ない……
機会見つけて精進します

……白狐と青年の作者さんにお伺いしたいんですが、匠が棒から展開する刃は実在の刀剣のようなものでいいのでしょうか。
一応固体だけど見た目はビームサーベルみたいとか、なんか結晶を削った刃(打製石器の鏃みたいな?)的なものとかじゃなくて。

306 ◆mGG62PYCNk:2012/08/25(土) 21:32:47 ID:g43TqiuU0
>>305
>>匠が棒から展開する刃は実在の刀剣のようなものでいいのでしょうか。

おーけーです
結晶を打ち欠いたような武骨なものではなくこう……スタイリッシュな感じ?

スパロボをご存じだったらスレードゲルミルの斬艦刀とか想像していただけると絵面的にいいかもしれません

307名無しさん@避難中:2012/08/25(土) 21:39:27 ID:hMPgvrf6O
どうもありがとう。把握しました。

308名無しさん@避難中:2012/08/29(水) 00:06:52 ID:nuQ67xhoO
連投で悪いんだけど、チェンジリングみんつくケモの中で黒幕ができそうなキャラって誰がいる?
できれば参加表明者だと嬉しいが、そうじゃないから交渉も視野に入れる。

ちなみに仁科は……強いていえば霧崎あたりかなぁと思うが……向いてなさそうw
もうひとりちょっと変則な候補もいるけど。

309名無しさん@避難中:2012/08/30(木) 22:13:59 ID:y/Ndvl7c0
チェンジリング比留間慎也みんつくだと境灯あたりを推してみる

310名無しさん@避難中:2012/08/30(木) 23:19:33 ID:9wS/8v8Y0
ケモすれはどのキャラもみんな人が良過ぎて黒幕の器にならんってね。

311名無しさん@避難中:2012/08/31(金) 00:05:12 ID:L.qnyP3kO
>>309
ありがと
確か比留間も灯も参加表明はなかったよな? ちょっと把握してからいろいろ考えてみるかー

>>310
まあ、悪意でやったわけじゃなくてもいいしなw
なんかの事故とか

312名無しさん@避難中:2012/08/31(金) 11:20:23 ID:HWS6B//20
比留間さんだと野望と被っちゃうってのもある

他にはドグマあたりが組織ぐるみでやったらできないことは無いんじゃないかなあとか
地獄は困惑してたから他国の地獄ならどうかなあとか

313名無しさん@避難中:2012/09/01(土) 01:24:36 ID:TvjkXY.kO
そのへんはおいおい考えるということで。
俺以外の人が先にやってくれたら勝手にそっちに合わせるけどな。

314:Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/01(土) 03:53:36 ID:Ex03LS.o0
投下します
>>269->>272の続き

315:Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/01(土) 03:54:35 ID:Ex03LS.o0


 ※


 ――時針は、数字の十二と一からほぼ等距離。“お楽しみはこれからだよ”。
 ――時刻は、午前零時半にわずかに足りない。“早すぎるんじゃないかな”。




 ※


 十数メートルの距離で相対する、巨大な蜘蛛の化け物と、金属の棒を携えた青年――
 それは、特撮作品のワンシーンのような、ひどく現実味のない光景だった。
 青年の背後で尻餅を突いている俺が一般市民すぎる。いや、それでもいわゆる“今週の犠牲者”になっていな
いだけ幸運か。
 戦闘の邪魔にならないように一秒でも早くこの場から逃げ出したいところだが、……今ちょっと起てる気がし
ない。これが腰が抜けたというやつなのか。うわだせぇ。一般市民以下だな。

「なかなかの大物だな」

 青年は口笛を吹くような口調で言ってのけたが、その声に油断の響きは微塵もない。やはり、こういう事態に
慣れている?

「――!!」

 蜘蛛が乱入者を敵と見定め、撥条仕掛けとなって跳んだ。成人男性ていどは頭から丸齧りにする口腔は、もは
や一個の魔窟だ。
 だが、青年は、蜘蛛が動き出すのと同時に、既に地を蹴っていた。
 空中に浮かぶ巨体の下に潜り、金属棒を突き上げる。
 狙いは、蜘蛛の腹か! だが、あれだけの図体で上を押さえられては、もし腹を突き破れたとしても圧し掛か
る死骸の重さに潰される!
 さらに、蜘蛛は青年を捕獲しようと八つの肢を総動員。それはさながら、地上の人間に覆い被さる野蛮な巨人
の掌。逃れる術はない。
 上からは巨大質量、下には大地、前後左右から殺到するのは長槍と見まがう爪牙。
 絶体絶命の状況下にあって、最期に垣間見えた青年の口元には、しかし不敵な笑み。

 ――燐光――

 信じ難いことに、一瞬、蜘蛛の巨体が、浮いた。
 俺の目撃したままを話すなら、青年が金属棒による打突に剛力を乗せて“押し上げた”、でいいのか?
 ……あの男、本当に人間か!?
 青年を刺し貫くはずだった八つの肢は、いずれも標的から上方にずれて金属棒の半ばを挟みこむに留まる。彼
はいわゆるノックバック攻撃によって、同時に回避も行ったのだ。

「……ちょっと足らなかったか」

 棒を足場に器用に一躍して距離を取る蜘蛛を見送りながら、青年はパートナーを軽く振ってみせる。

316:Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/01(土) 03:56:25 ID:Ex03LS.o0
 この戦闘――。一合目は青年の判定勝ちといったところか。
 もっとも、俺の見た感じ、蜘蛛のほうにも目立った損傷はなさそうだ。跳ぶ動きも憎たらしいほど俊敏。陸上
生物の多くが急所とする腹まで装甲でがちがちに固めていたというのもあるだろうが、狙いを外された足が結果
的に金属棒を抑えるかたちになり、その分威力が減衰したのだろう。
 無機質な四連単眼に、にわかに警戒の色が濃くなる。
 するする、するする。蜘蛛は青年との隔たりを小刻みに削る。恐る恐るやちょこちょこなどという可愛らしい
動きではない。虎視眈眈と獲物を窺って隙あらば領土を侵犯しようという厚かましい動き。

「させねぇよ」

 まどろっこしいのは好かぬとばかりに、青年がにじり寄る蜘蛛へと大きく一歩を踏み出す。
 猛者と猛獣の殺傷圏が重なり合い、学園の片隅に時期外れの嵐が巻き起こった。
 一帯を薙ぎ払う蜘蛛の前脚は、まさに暴風めいていた。一撃の重さではさすがに怪物の圧倒的有利。直撃すれ
ば人類などひとたまりもないだろう。……まあ、あの青年が人間であるかは個人的に大いに疑わしいが、彼にと
っても脅威であることは間違いない。事実、青年はまともに“受け”ようなどとは考えず、ひたすら捌きに徹し
ている。
 そう、青年は蜘蛛の猛攻をうまく捌いていた。人類の反応速度ではどう足掻いても対応できないので、反射的
に行えるようになるまで反復練習した身体操作と先の先の読み合いで戦うとか、そういう次元の話だ。
 もちろん、そこに反撃の布石も打たれているであろうことは想像がつく。
 八つの歩脚で地上を這う蜘蛛は安定性が高く、致命的に体勢を崩すことは容易ではない。だが、必要な時に必
要な動作を間に合わせないようにすることはできる。

「……ここだっ!」

 金属棒が遠心力によって青年の掌の中で滑る。そうやって間合いを変化させるのは、長柄武器の使い手の常套
手段だ。
 届かないはずの攻撃が、届く。いわゆる介者剣法の要領で、単眼周りの継ぎ目を抉る狙い。対して蜘蛛は後出
しで反応、辛うじて打点をずらし、一枚甲殻の中央で受ける。
 金属棒は、蜘蛛の顔面で撥ね返るような動きをした。効いているようにはまるで見えない。
 だが。青年は貌色ひとつ変えず、その弾みをそっくり追撃に流用する。切り上げられた金属棒が、青年の腕の
しなりで鞭のように加速、さらに螺旋運動を通して“突き”に変化。再び蜘蛛の眼窩を目掛けて射出された。
 堪らず蜘蛛が歩脚を左右側で逆に動かし、戦車でいう超信地旋回を敢行。急所を避けるが、横っ腹への衝撃で
巨体が揺らぐ。
 動きの止まった今になって気づいたが、カウンター気味に青年の肝臓に伸ばされていた蜘蛛の爪を、彼は金属
棒の手元の部分で遮っていた。かの武器には、それができるほどの長さがある。
 目まぐるしい攻防に、俺のほうはまったく付いていけてない。援護射撃に石投げちゃってもいいんだが、何か
余計なことをするとかえって場が荒れそうで怖い。

317:Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/01(土) 03:59:24 ID:Ex03LS.o0
 流れが青年にあると察した蜘蛛は、さらに畳み掛けようと攻撃態勢を整える青年の射程範囲から急速離脱を図
り、八つの肢を撓(たわ)めて筋力を溜める。

「させるかよ!」

 だが、見す見す退避を許す青年ではない。
 ここから先は、俺の理解をはるか超えていた。
 何の幻か。
 “光”が。
 夜蛾じゃれつく外灯すら霞む光源が、地上に出現。青年と金属棒が燐光を帯び、夜の闇を討ち祓う。
 金属棒の表面全体にひと際強い白光の線が引かれていき、それらは精緻な幾何学模様を形作っていった。

 ――奇跡を行う魔法使いが描くという魔方陣のようであるが、
 ――プリント基板の上を整然と走る電子回路のようでもある。

 体系化された技術を想わせる中にも、我らが不可能を可能とする不思議な要素があると分かる。発見されざる
極微の粒子、あるいは波動、そういう何か。

「“異形”ならざる異形のもの」

 金属棒の先端から、莫大な光が迸る。
 白い光は“本体”に劣らぬ確かさで実体化し、刃渡り二〇〇センチメートル、身幅五〇センチメートルの巨大
な刃となる!
 全体としては馬上突撃槍のようなシルエットだが、れっきとした諸刃の剣だ。芸術的な機能美に、ある種の神
々しさをすら感じさせる、流麗な金属の刃。どう考えても棒より刃のほうがでかいよな、などという考察が馬鹿
らしい。
 青年はむしろゆっくりとその切っ先を上空へ向け、

「――粉砕してやる」

 落雷と見まがう斬撃が発動。
 輝ける処刑人の刃が怪物へと落ち、目映い光が一帯を制圧。
 それは、“光の爆発”とでもいうべき圧倒的破壊現象を引き起こす。視界に灼きつく閃光、思わず体が強張る
地響き。赤褐色の煉瓦が砕かれて吹き飛ぶのがちらと見えた。

「……」

 たぶん、つかの間の静寂。耳鳴りのせいでよく分からないからたぶんだ。
 巨大な刃を振り下ろした青年の足元から前方へ、大地にはやはり巨大な割れ目が刻まれていた。氷原の裂縫の
ような奈落の暗さは、時間帯のせいなのか、傷の深さのせいなのか。どうであれ、地面を切り裂くなど、常軌を
逸しているとしか言いようがない。

「えー……」

 もう笑うしかない威力だが、笑えない。全然笑えない。これ以上こいつらに本気を出されると俺たちの学園が
倒壊する。『学園を壊しませんか?』……どこのキャッチコピーだ。やめろ!
 いや、そんなことより、蜘蛛は……!?

「いない……?」

 艶のない黄金の巨体は、悪寒を催す威圧感ともども消滅していた。……逃げた? まさかあのタイミングで仕
留められなかったというのか?

318:Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/01(土) 04:00:43 ID:Ex03LS.o0
 それは、まずい。
 完全に役立たずの俺がいうのも何だが、今後どれほど犠牲者が出るのか想像もつかない。日本獣害事件史に残
る三毛別羆事件のような惨劇を連想する。不吉にすぎる未来予測に、俺の顔からは血の気が失せていただろう。

「ぎりぎり間に合った」

 “逸らすのが”――
 一方、青年の吐いたのは安堵の息だった。
 蜘蛛への攻撃を、“わざと外した”と言ったのだ。
 意味が分からず、俺は青年の視線を辿って、地面の亀裂を見る。より正しくは、その左隣。
 そこに小さな人影。

 ――女の子が倒れていた。

 小柄な体格から、恐らくは小学校中学年以上、齢一〇歳ていどと見た。可憐な少女。長く綺麗な黒髪が無骨な
煉瓦の寝台の上に散らばるさまは、奇しくも彼女が蜘蛛の巣に囚われているかのように見えた。
 青年がこの女の子に必殺技をぶちこみ掛けて慌てて太刀筋を曲げたということは理解できたが、……どういう
ことだよ。

(蜘蛛が消えて、女の子が現れた?)

 とてつもなく単純に考えれば、この子があの化け物の正体だということになるが? ひとつも他の可能性を考
えられないというわけではないが、シチュエーションとして自然なのはそれくらいしかない。
 しかし、んなアホな。それじゃ質量保存の法則が……

(……ふっ……)

 馬鹿馬鹿しい。
 ことここにいたって、俺はこの件について科学的な説明を求めることを完全に諦めた。……まあ今更という気
もするが。“そういうもの”として受け入れた上で、今後をどうこうするのか考えるほうがまだしも精神衛生上
よいだろう。

(ていうか俺、もう帰っていいか? だめか)

 ……じりりりりりりぃぃ……

 我関せずとやかましく騒ぎ始めるヤブキリたちの草木に半眼をくれてやりながら、俺は空を仰いだ。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう?
 月は……まだ赤い……。




 ※

319:Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/01(土) 04:01:52 ID:Ex03LS.o0
毎度ぶつぎりで悪いけど今回はここまで。

ちょっと自由度が上がってきた。

320:Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/01(土) 04:09:50 ID:Ex03LS.o0
いきなり誤り。〉〉315の2行目は『午後八時には〜』だね多分
ごめんち☆

321名無しさん@避難中:2012/09/01(土) 09:03:51 ID:NxzUfr4Y0
変身解除キター
匠君強ええ

322名無しさん@避難中:2012/09/01(土) 17:37:57 ID:2a8imxPw0
乙です
変身が解けてこれからどういう状況になるんだろう

何気に三つの別世界の人間が集合しているあたりいろいろと楽しくなりそうです

323名無しさん@避難中:2012/09/08(土) 08:03:39 ID:aoDCxPJsO
質問。
異形世界の教育機関ってどうなってましたっけ。
都市部に学校があるとは記述があったはずですが、もうちょっと詳しく。

324名無しさん@避難中:2012/09/08(土) 15:36:52 ID:ediTBsJYO
人が少ないと有志の私塾っぼいので
都市だと学校みたいなのがあったっけ?

325名無しさん@避難中:2012/09/08(土) 16:48:06 ID:aoDCxPJsO
勝手に寺子屋みたいな感じ?くらいに思ってた。
中世レベルってのが意外と曲者で……

326名無しさん@避難中:2012/09/08(土) 20:51:34 ID:d1wpmtUU0
教育機関のレベルはしっかり描写されているところはなかったような気がする
馬車が闊歩していると思ったらバイクや車や人型ロボットがいたりするのでフレキシブルなんじゃないかなと思います

327名無しさん@避難中:2012/09/09(日) 01:01:10 ID:QZ3qAjQcO
和泉の教育機関はどんな感じ?
本文では使わないかもしれないけど、そういうのも一応知っておくと心に余裕ができるのでイメージでもあれば是非。


一段落したら別の絡みも書きたいなー。

328名無しさん@避難中:2012/09/09(日) 08:48:46 ID:GruU5gLM0
和泉は道場主の夫人が子供たちを集めて初等レベルの教育を教え
学ぼうと思えば義務教育レベルまでなら和泉内でどうにかなるけども
それより上の教育を受けようと思うと都市部に出て行くしかない
そんなイメージです

329名無しさん@避難中:2012/09/09(日) 10:51:49 ID:QZ3qAjQcO
分かった。ありがとうございます。

330わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/09/15(土) 09:03:33 ID:zDupdn8k0
ぱられるわーるどっぽい、単発を。

331魔剣とロミオ ◆TC02kfS2Q2:2012/09/15(土) 09:04:12 ID:zDupdn8k0

 「ロミオよロミオ。どうしてあなたはロミオなの?」

 バルコニーを模した学園の講堂のステージの上から黒咲あかねがセリフを口にすると、まるでジュリエットが乗り移ったかのように
周りを圧倒した。制服姿のあかねが華麗なるドレスを纏っているように周りの者たちは語るだろう。長いみどりの黒髪と長い脚を包む
黒いストッキングは蔭りなき闇夜が舞い降りたように美しく光っていた。

 ジュリエットを庭先で迎えに来た一人の少年。幼い頃から無鉄砲で無茶ばかりしてきた、と、かの文章から引用してもさほど違わぬ
少年・ロミオ。天界から女神が舞い降りた。さあ、魑魅魍魎、妖怪跋扈する地上へ。あかね……いや、ジュリエットは勇気ある少年の
返答を待ち焦がれた。

 「おれは……、おれは天に叛く男だぜ!両家が血を望むことが天の欲するところなら、おれはソイツに叛いてやるぜ!」
 「……続けて!」
 「貴族の名を騙った組織、はたまた魔王だな。ヒロインを救う勇者は何者にも恐れないぜ!おれには悪魔的な強さを誇る魔剣が
  味方についているんだからな!それにおれは、おれはな!姫の笑顔が見たいだけなんだ。それ以外に望みはしない」
 「岬くん!そこまで!」

 あかねはかしわ手打って、劇の稽古を中断させた。初めて演技をするとはいえ、演劇部の練習で誰にも引けをとらない岬陽太は剣を
構える振りをした。あかねは少年の天然というべきか、天から享受された才能というべきか、強いハートに心打たれていた。

 ある日、世界が割れた。世界の割れ目から世界がにょきっと踏み入れて、支配と被支配が繰り返された。そんな危機的状況のなか、
仁科学園演劇部は演劇発表会を企画した。誰が書いたか知らないけれど「こんなときこそ、演劇の力だよ」と、演劇部の大学ノートの
台本にでかでかとイヌの足跡のサイン共々凛々しいぐらいの肉厚にて筆ペンで書かれていた。

 ハンドタオルを首に掛け、スポーツドリンクを飲んでいるあかねの元に、岬陽太はステージ下から跳び上がる。
 あかねは少しびくっとして、ドリンクを口から零す。

 「なんかさ、バトルとかねーの?この劇」
 「バトル。闘いですか?」
 「そうさ!血沸き肉躍るおれは闘いによって積み重ねられ、そしてこの世の歴史を刻む男なんだぜ!」
 「ないことはないですっ。両家の若人の決闘シーンもありますし。多分、それを見込んで久遠は岬くんを選んだと思うけど」
 「じゃあ、バトルやろうぜ!バトル!世界を支配する名家どもを魔剣の錆にしてやるぜ!」

 はたして陽太はロミオとジュリエットの世界観を把握しているのかどうかと、あかねは不安げに少年の目を微妙に逸らしながら見つめた。
 あかねは年下の男子と対で話すことに慣れていなかった。いわんや厨二病に罹患した挙句の果てに拗らせた重症の患者をや。
なので、敬語で精一杯の対応をしてみるものの、果たしてそれが正しいのかあかねには判断しかねるものだった。

 「あかね。どんな話だっけ?」

 呼び捨てされて、あかねは少しムッとした。内容を知らなかったことよりもという理由だが、顔色変えずにあかねは説明を始めた。

 名門・キャピュレット家、モンタギュー家それぞれの子のロミオとジュリエット。仲たがいをしていた両家にも関わらず二人は
許されぬ恋に落ち、誰からを傷つけ、苦しんで、ジュリエットは僧侶に相談をした。そして、飲めば仮死状態になる薬を手に入れた
ジュリエットは開けることのならない箱を開けるように、一気に飲み干し、さも命を落としたように見せかけた。両親が後悔するだろうと
考えた結果だが、誤算だった。ジュリエットの動かぬ体を目にしたロミオは自ら命を絶ち……。

 「息を吹き返したジュリエットも後を追うんですっ。台本、ちゃんと読んだんですか?」
 「一応な」
 「久遠が書いたんだから、しっかり読んで下さい!」
 「久遠?」
 「演劇部の同級ですっ。本を書かせたら凄いんですっ」

 スポーツドリンクを再び口にしながら、あかねは横目で少年を叱った。

332魔剣とロミオ ◆TC02kfS2Q2:2012/09/15(土) 09:04:31 ID:zDupdn8k0

 「あかねさあ。これ、『シェークスピアの四大悲劇』って言うんだろ?抜き差しならないこの状況下でこんな演目でいいのか?」
 「え?」
 「世界が揺らいでるっていうのにさ」

 恥ずかしそうに台本を握り締めて、あかねは陽太の問いに答えた。

 「久遠が言うんですっ。『基本悲劇だけど、希望の光が見えるんだよ』って」


      #


 発表会当日。舞台となる講堂は人で埋め尽くされていた。
 吉と出るか、凶と出るか。のるかそるか。

 人々を敬愛なる目で見れば我が子の初陣を見守る当主のよう。陽太にとって初めての舞台と言うから、誰もが目を輝かせて席に
ついていた。それはそれは楽しみだろう。しかし、人は全てが善人ではないのは世の常だった。
 人々を邪悪な目で見れば土砂降りの中で誰かに踏まれ、泥だらけになった人を見に来るよう。素人の陽太が初舞台を踏むと言うから、
誰もが目を輝かせて席についていた。それはそれは見ものだろう。

 しかし。作品は裏切りで出来ている。それを体言するかのような舞台だった。舞台は恙無く進み、誰もの心を掴んだ。

 あかねの演技も本物のジュリエットよりもジュリエットであった。陽太のバトルも圧巻だった。そして、ラストのシーン。
悲劇の姫が飲んだ毒薬の効き目が切れ、ジュリエットの命が尽きたと信じ込んだロミオが斃れている姿を発見したラストカット。
 暗闇の中で斃れたロミオに明かりが当たり、やがて日が昇るようにゆっくりと上がると絶望の淵に取り残されるジュリエットの姿が
人々の目を奪っていた。涙ながらにジュリエットはセリフを進める。

 「どうして、どうして。わたしが悪かったんでしょうか。人を欺くことがいかに罪深いことかと今更知った愚か者です」

 短剣を持ったジュリエットは自らの喉に突き刺そうとした刹那、もう一つのスポットライトが舞台袖に開く。
 そこには斃れていたはずのロミオの……幽霊だった。足元は暗く、存在するのなら黄泉の国から降臨してきたよう。

 「待て!その剣を降ろせ!」

 陽太、いやロミオは紅顔していた。

 「一度でもおれを愛した者ならば分かるだろう。おれは神に叛く者だ。神が雨を降らすなら、おれは満天の星空を仰ぎ見るつもりだ。
  でも、おれは……過ちなのか、神になってしまった。このおれとしたことか、死ぬべきでなかった。しかし、運命は変えられぬ。
  恥じても恥じても取り返せない日々。でも、足踏みしても仕方がないよな。ジュリエットよ、お前はどうしてジュリエットなのか?
  お前なら分かるだろ。お前も神に叛く者ならば、神に叛くことを受け継ぐ者ならば、おれは言おう。神は一度しか言わないからな」

 講堂はロミオ、いや陽太にだけのものとなり、人々は視線を注いだ。もはや、誰もみな意地悪く人を裏返しに見る目ではなかった。
 最後の言葉でステージは暗転し舞台は幕を閉じた。

 「ジュリエット。早くこっちに来いよ」


      おしまい。

333わんこ ◆TC02kfS2Q2:2012/09/15(土) 09:05:03 ID:zDupdn8k0
投下おしまいっす。

334名無しさん@避難中:2012/09/15(土) 15:32:29 ID:sX4J2d2c0
投下乙
こういう日常シーンもいいね

335名無しさん@避難中:2012/09/15(土) 19:57:18 ID:OR7vxYcU0
陽太、役者さんだ!
台本にどこまで書いてあったのかが気になるw

336名無しさん@避難中:2012/09/18(火) 14:28:23 ID:QY22peAI0
結論から言えば、仁科学園演劇部の企画した演劇発表会は大盛況で幕を閉じた。部員たちによるささやかな打ち上げパーティを抜け出したロミオ役の岬陽太は、今も照明の降り注ぐ講堂のステージ上に立ち尽くしていた。後片付けは明日にするのか、と今更ながら段取りを思い出す。
さすがに衣装は脱いでいたが、まだセットが配置されているせいで妙な気分になる。少し前まで自分、というよりロミオはここで喝采を浴びていたのだ。――世界が歪み、混ざり合ったという一大事の中で。
「呑気な話だと思わないか、あんた」
 闇に沈んだ客席に投げた声。それに反応して姿を現したのは、日本刀を腰に提げた少年であった。
機嫌良さそうな微笑を整った顔に浮かべ、黒一色の和装を纏った少年は言う。
「いや。予想よりは全然面白かった」
開演中から陽太に向けて濃密な殺気を放っていたその男の頭頂部横には、いつの間にか二本の角が生えている。別世界の住人だったらしい。
やっとか。安堵にも似た思いが、陽太に溜息を吐かせた。
茶番劇とは違う本物の闘いが、ようやくできる。
「随分と神様嫌いなロミオだったけどな」
「偉そうな奴が嫌いなんだよ、俺が」
 で、と陽太は続ける。
「用があるならさっさと済ませようぜ。まさか、演劇評論をするために今まで残ってたわけじゃないんだろ」
 刀を抜きながら客席の鬼が応える。
「話が早くて助かる。途中で訊かれると興が冷めるから先に言っておくけど、俺は単に歯応えのありそうな奴と殺し合いがしたくてあちこち回ってんだ」
ロミオ――岬陽太を狙ったことに、意味は一切ない。
最後にそう言い、鬼は弾丸のような速度でステージへ跳躍してきた。凄絶な笑みと共に陽太は右手を突き出し、意識を集中させる。
「貫け――」
声と同時に虚空に生成された一本の大根。それは凄まじい速度で膨張し、一本の巨大な槍となって鬼の頭部を掠めた。
「んなっ!」
上体を大きく捻って避けた鬼は、大きく体勢を崩しながら客席の一角に着地する。勿論それを見逃してやるほど陽太はお人好しではない。
「今日はえらく燃費がいいな」
 消耗が少ない。世界が混ざってから、陽太の調子は跳ね上がっていた。別世界にあるという魔素が流れ込んだのが原因なのか、それとも別に理由があるかは知らない。
ただ、本気で力を解放したいという欲求だけは確実に強くなっていた。
今度は左手を突き出し、鬼を狙い撃つ。派手な音と共に、客席の床に巨大な穴が穿たれる。まあ非常事態だ。大目に見てもらえるだろう。
「そら」
 更に追撃するが、さすがに相手も慣れたか、三本目の大根は鬼の日本刀で綺麗に切断されていた。
「こりゃ今日の晩飯は大根だな、ったく」
 ぼやきながらも鬼は突進してくる。丁度良い。接近戦も試してみたかった。集中し、硬度を最高まで上げた左手の大根で白刃を受ける。
 刃は大根の半ばで止め、右手の大根を振りかぶりながら陽太は告げた。
「終わりだ」
「岬君!」
 舞台袖からの悲鳴じみた声。それに反応したのは鬼の方が先だった。空いていた手で鞘を腰の掴むなり、器用な投擲を見せつける。
 何故こんな所に。床の破壊音で勘付かれたのか。
 選択の余地どころか、思考する余裕さえもうなかった。完全な無意識の内に陽太は右手の大根を巨大化させ、飛び出してきた黒咲あかねへの軌道に割り込ませる。鬼の鞘は大根の八割方を吹き飛ばしたが、軽やかな音を立て床に転がる。
 そしてその時にはもう、鬼の手刀が陽太の胸の中心を貫いていた。
「意外とお人好しなんだな、ロミオ」
 ――改めて言われなくても判ってるよ、そんなこと。
 陽太が吐血した瞬間、ジュリエットの絶叫が講堂に響き渡った。

337名無しさん@避難中:2012/09/18(火) 14:30:07 ID:QY22peAI0
おいおいこれが通るのかよ…ちゃんと改行すればよかった
サブタイは「今日の晩御飯」でよろしくっ☆ミ

338Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/18(火) 22:19:44 ID:OWlELkbw0
>>333
ふと思ったけど、そういや陽太っていっつも演技してるようなものかも。中二病的な意味でw
俺もあかねちゃんとロミジュリしたいぞう!! 年下とからむのも・・・いいね
しかし仁科本スレと同時投下とかわんこ氏は化け物だなぁ

>>337
熱い戦闘だ・・・けどこんな相手にも大根なのかwちょっとわろた
続くよね
トリもつけて欲しいな



なんかタイミング悪いかもしれないけど投下します
>>315->>318の続き

339Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/18(火) 22:22:08 ID:OWlELkbw0


 ※


 ――“異形世界”においては。
 西暦二〇XX年、局地的な地震の多発により、日本列島が罅割れた。
 国土を網羅する未曾有の震災は全てを引き裂き、復興の遅滞は日本の文明を中世の水準にまで退行させること
となる。
 機能麻痺から回復できないでいた中央政府に見切りをつけた各地方都市は自治権獲得を目指し、防衛のための
独立武装隊を組織。政府はこれを黙認せざる得なかった。
 さらに国連による特別危険地帯指定を経て日本は鎖国に乗り出し、ついに海外との交流を断絶。
 大震災からおよそ一五年間の出来事である。
 ところで、日本が特別危険地帯指定を受けたのは、災害の頻発だけが理由ではない。
 “異形”の出現である――
 
 
 ――“異形”とは。
 地震により生じた地割れから噴き出すように出現した、異形の物たち。
 地上の生物など比ではない大量の≪魔素≫を保有する、怪物たち。
 硬い甲殻を持つ物、軟体の物、脚のない物、肢の多すぎる物、矮小な物から巨大な物、複数の動物の特徴を併
せ持つ物、あり得ざる体色の物、群れをなす物、単独で行動する物、空を飛ぶ物、地に潜る物、海に棲む物、人
類を凌ぐ知能を誇る物――
 それらは多種多様であり、地上の虫鱗介禽獣人などと似て非なる形態と生態を持つ。多くは本能のままに人間
を襲い、震災の混乱を助長した。
 第一次・第二次掃討作戦を経て、都市及びその近郊に跋扈していた異形は殲滅ないし撃退され、またその根源
と思しき出雲黄泉比良坂も厳重に封鎖されてはいる。だが、依然として、野にある異形の物が人里を襲撃するこ
とは珍しいことではない。
 人々は都市の周囲に外郭を築き、武装隊を編成し、時には知性のある異形と条約を締結して、懸命に日々の安
寧を得ようとしていた――


 ――≪魔素≫とは。
 異形の物たちの出現と前後して発見された、一種の根源物質。元素。
 それまで検出手段がなかっただけで、人類を含むあらゆる生き物は本来的に体内に持っていたものである。
 とはいえ、大気や水の中にもわずかに存在が確認されたことから、単純に生命力の一種などとして捉えてよい
かは未だ意見の割れるところである。中国の思想でいう“氣”の概念に近しいという者もいるが、その詳細につ
いては今後の研究を待つしかない。


 ――魔法とは。
 ≪魔素≫の利用は、既存の科学技術とは異なる接近方法から、地球人類文明の限界を拡張し得る可能性を秘め
ていた。
 安部――
 蘆屋――
 小角――
 平賀――
 玉梓――
 かくして五つの天才が、人知及ばぬはずの元素の振る舞いについて独自に理論を構築し、同じ数だけの魔法体
系を確立した。
 ≪魔素≫を励起、指示術式などにより再現性のある現象に誘導する。≪魔素≫はここで初めて可視化し、自然
界への干渉能力を持つようになる。
 指先から火を熾し、流水を恣に操り、砲撃を上回る拳を繰り出し、掌の中で鋼の武器を鍛え、異空間に通ずる
門を開く――
 すなわち、“魔法”。

340Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/18(火) 22:23:05 ID:OWlELkbw0
 もっとも、人類の持つ≪魔素≫は、異形たちと比べればごく微量な上に個人差も極めて大きい。訓練によって
ある程度までは機能の増強が認められるが、保有量や制御における先天的な個人の資質はやはり無視できない要
素ではあった。
 それでも魔法は人類が有史以来初めて手にした超常の現象であった。その力は、第二次掃討作戦で異形に対し
て初めて発揮されることになる――


 ――≪魔素≫と異形について。
 あらゆる生き物が≪魔素≫を外界から吸収もしくは代謝により産生しているが、その活用に関していえば異形
はやはり別格である。
 ≪魔素≫の莫大量と高濃度が異形という存在を規定するといってよい。たとえば原始的な生物が有毒な酸素を
利用してエネルギーを得たように、つまり大地の裂け目の奥の異界だかにおいてそういう進化を遂げてきたもの
が異形であるのだと唱える研究者も少なくない。それはしばしば、その名の由来となったはずの形態の特異性な
どよりも、異形を異形たらしめる要素といえた。
 一般に強大な異形ほど≪魔素≫が多く、濃く、その制御活用に長ける。




 ※


 気を失った少女と金属棒をいっしょくたに両腕で抱えて、流しの速さで走りながら、坂上匠(さかがみ たく
み)青年は思い出していた。
 それは、坂上匠の生きていた世界において、極東の島国が歩んだ歴史の一端であった。震災を境にして、多く
のものが変わったのだという。ことなるかたちに。
 この異世界、いや正確を期すならこの“学校”と思しき施設のあった世界というべきか、ここはどんなところ
なのだろうか。
 差し当たって考えるのは、身の安全の確保だった。
 早々にあんな“大物”と戦闘することになっただけに、それなりに危険な世界なのかもしれない。
 怪物。異形ならざる異形のもの。蜘蛛のような。
 あれだけの戦闘能力を誇る異形ならば発散するそれなりの≪魔素≫を感知できたはずで、まったく別の生き物
である。
 もしもこんな化け物がうじゃうじゃいるようなら……

(まずいよなぁ……) 

 青年は金属棒の端を一瞥した。
 金属棒。魔棒とも。坂上匠愛用の武器であり、“墓標”という不吉な銘を持つ。
 ただの鋼の棍棒ではない。魔法体系を確立した五派閥の一の長である平賀老が開発したそれは、≪魔素≫を効
率的に運用する機能を備えていた。

(……≪魔素≫の伝導率も落ちてるみたいだし……)

 先の蜘蛛の怪物との戦闘で刃を形成した際、従来に数倍する≪魔素≫を金属棒に注ぎこんだにも関わらず、想
定していた長さに達しなかった。何かの不具合だろうが、実は匠にはあまり細かな調整はできない。

(ついこの前、爺さんに直してもらったばかりだってのに)

 まるで修理前に時が巻き戻ってしまったかのようだ。

341Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/18(火) 22:24:45 ID:OWlELkbw0
 ちなみに使用分はほぼ還元されないので、今の坂上匠は深刻な≪魔素≫枯渇状態にあった。体力と同様に時間
経過で回復するとはいえ、それを待たずに、目覚めたこの少女や別種の怪物たちと連戦することにならないとも
限らない。
 怪物から変身した少女を連れていくかについては少し悩んだ。寝首を掻かれる危険は、とてもではないが、な
いとは思えない。
 しかしあのままにしておいてはいけないという強烈な保護欲のようなものに駆られ、気がついた時には抱え上
げていた。彼女を野放しにして他の誰かに被害が及ぶよりは自分の目に届くところに置いておいたほうがいいの
も理屈の上では確かではあるのだが、どことなく精神攻撃めいた不穏なものを感じなくもない。

「……まあ、なるようになるか」

 今どこにいるともしれない白狩衣の少女が聞いたら、あまりのお気楽さに不安がって説教したかもしれない台
詞だった。
 口から零れた言葉を無意識に追ったらしく、誘導役を買って先行していた少年がちらと振り向いた。
 まだほとんど会話もしていないが、この学校の生徒だろう。どうやらただの一般人であるが、この世界につい
ての話くらいは聞かせてもらおう。




 ※


 音を聞きつけて学園関係者が来ないとも限らない。
 見つかると絶対に面倒なことになる。
 剥がれて散らばる煉瓦の群れ、どうやったのか見当もつかない地面の巨大な裂け目、戦闘用金属棒を携えた青
年戦士、そして昏睡する女の子。

「……」

 ……どう考えても、青年がいろいろ不名誉な疑いを掛けられて警察にしょっぴかれていくという未来予想しか
浮かばない。特に“昏睡する女の子”あたりはそうとうマズい。
 命の恩人がそんな悲惨なことになるのはさすがに忍びない。かといって、俺の口からこの事態について誰もが
納得できるように説明できる自信もなかった。
 当然の成り行きとして、俺は青年に一刻も早くこの場を離れることを提案したのだった。

「ここなら……」

 辿り着いたのは、仁科学園北西に広がる専用農場。
 農業教育の栽培活動などに使われる菜園であるが、その向こうの未使用地域は密林となっている。
 冗談でも何でもない。“密林”である。その鬱蒼たることは南米の熱帯雨林を思わせ、そこでは蔦だの食虫植
物だの怪鳥だの変な虫だのが閉じた食物連鎖を繰り広げている。……大丈夫かよ防疫的な意味で。
 夜の時間帯、密林の深奥は見通しの利かない暗黒の空間へと変貌を遂げる――
 などと、おどろおどろしく言っておいて何だが、さすがにそこまで深く分け入る必要はない。
 精密化された機械警備が常識となっている昨今、たとえば教室に置き忘れた宿題のノートを真夜中にこっそり
回収に来るなどファンタジーもいいとこだが、学園敷地といえどさすがに校舎外までは網羅できない。こんな農
場や森林ならば尚更、監視網など布きようもないはずだった。
 門あたりにはビデオカメラもあるが、職員室に出入りすることの多い俺はモニタリングの死角くらいは把握し
ている。先ほどの青年の大立ち回りは、ぎりぎり範囲から外れていた。
 ……ただし、蜘蛛に出くわした俺が回れ右した南門あたりは明確にアウトだ。あの尋常ならざる破壊痕を見た
教員たちが録画の映像を総ざらいでもすれば追及もあり得るかもしれない。しかしまあ、それでも俺ひとりくら
いならいくらでも言い訳は立つ。
 ……逃走といい隠蔽といい、もはやどこが優等生だよとツッコまれても反論できない感じだが、取り敢えず今
は慎重に行動するのが正解だろう。たまには融通が利くってところも見せないとな。

342Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/18(火) 22:25:55 ID:OWlELkbw0

(む?)

 そんなことをぼんやりと考えながら密林を外から眺めていると、ふと、違和感に襲われた。

(クスノキ? こんな木あったか?)

 それだけではない。全体的に、密林の植生が変わっている、ような……。アマゾンみたいなところだったはず
なのに、今はごくまっとうな日本の温帯温暖湿潤気候のものに見える。
 そこは、どこかの鎮守の森めいて、みだりな人の侵入を拒絶する結界のような空気を孕んでもいた。

 ――ぞくり

 背筋を寒気が這う。
 赤み掛かった月光に照らされて、いくつかの木の樹幹に古い創傷が刻まれているのが見えた。

(何かがいる)

 獣だ。――いや、獣ではない。
 確信に近かった。この森に入ってはいけない。命が惜しければ。
 俺が見知らぬ木々の前で立ち竦んでいると、青年が「よっこしょ」と雑草の絨毯の上に女の子を降ろすのが見
えた。どこかのんきな声のおかげで緊張が緩む。
 青年は息も切らしていなかった。消耗しているとはいえ男子高校生の全力疾走に付いて、金属棒と女の子を抱
えたままけっこうな距離を走ったというのに、いったいどういう体力をしているんだ?

「ここらで、いいかな」

 青年は躊躇なく女の子のそばに腰を下ろし、俺にも休むように促した。
 正直もう座りたいを通り越して寝たいくらいの心境だった俺は、ふたりから気持ち距離を取りつつ疲労回復を
図ることにした。

「……さっきは、ありがとうございました。助かりました」
「いいって。怪我はないか?」
「おかげさまで」

 好もしい人物のようだったが、自分から自己紹介ができる雰囲気ではなかった。

「……」
「……」

 何となく話題の切り出し方が分からず、会話が止んでしまう。お互い、どこまで関わっていいものやら分から
ない、そんな感じだった。
 かくして逃げ道を探すように、気を失ったままの少女を何とも言えない表情で覗きこむ男ふたり。ただよう激
烈な犯罪臭。
 長く伸ばされた黒髪の艶に見惚れてしまう。可愛らしい花柄のワンピースにフェミニンなボレロを羽織ってい
た。最近の小学生はお洒落だなぁとおっさん臭い感想を抱く。
 さらに特筆するなら、彼女の首にはもうひとつ――皮革のナイフホルスターが掛かっていた。腰ではなく、首
である。まるで悪趣味なペンダントのように。

343Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/18(火) 22:26:54 ID:OWlELkbw0
 ……。
 ……ナイフ?
 ぎょっとした俺は立ち上がって少女に近づき、武骨もいいとこな鞘の内をそっと確かめた。
 納まっていたのは短剣だった。ナイフというにはやや刃渡りが長いかもしれない。
 それはどう見てもマジもんの危険物だった。実用本位らしい白刃は緩やかに湾曲し、中央に謎の溝が走ってい
る。最近の小学生は物騒だなぁとおっさん臭い感想をって何これ怖っ。
 青年の金属棒といい、くだんのデバガメヒロインといい、俺たちの街に空前の武装ブームが到来しているのだ
ろうか。治安最悪じゃねぇか。もう引っ越したい。
 少女の持ち物といえば、それくらいのものだった。さすがにこの時世、女の子のポケットの中身を漁る度胸は
ちょっとないが、あの蜘蛛ボディや短剣以上の凶器が出てくるとは思えない。
 短剣を首飾りにした少女の唇からは、すぅすぅと微かな寝息が漏れていた。未だ目を覚ます風情はない。
 ……天使の寝顔だが、騙されてはいけない。俺をさんざ追い回してくれたサディスティックなモンスターとメ
ンタリティは同じだ。
 この姿は人間を油断させる擬態なのだろうか? そう思うと見よ、たちまち可憐な少女もおぞましく感じられ
てくるではないか。
 何にせよ、

(この子を、蜘蛛をどうするか)

 今はそれが最優先の懸案事項だろう。どうにかしないとまた誰かが襲われる。下手しなくても死者が出る。
 目覚める前に最低でも拘束はしておかなくては危険極まりないと思うのだが、鉄の鎖ていどではあの蜘蛛は抑
えきれないだろう。……となると何も思いつかない。ダメだ俺。
 いくら怪物といっても、俺自身にはこの子を殺害したりするような覚悟の持ち合わせはないのだから、ここは
“異形”とやらの専門家であるらしいこの青年の判断に従うのが一番よいという気がする。どの道、ただの高校
生の身には余る。

(だがその青年は、蜘蛛を殺さなかった)

 どういうことなのだろう。青年は対策を知っていると期待していいのか。
 何かそういう怪物を外界から隔絶する施設的なものが存在するとか、少女は今夜に限ってたまたま蜘蛛の怨念
に取り憑かれていただけで既に無害とか。考えられる可能性はいくつもある。
 しかし青年の沈黙を見るに、何となくそんな雰囲気でもない。実は行き当たりばったりで、女の子に変身した
からふらふら判断を保留にしているだけかもしれない。
 ……難しい。

「そういえば自己紹介がまだだった。俺は坂上匠」
「先崎俊輔です」

 ――来た。
 自分でもどうかと思うが、「きみはもう帰っていいよ。……ああ、今日のことは誰にも言わないでくれると、
こちらとしては助かる」とか何とか、青年が事件の関係者として送り出してくれないかなーなどと俺はちょっと
待っていたのだが、特にそんなことはなかった。仁科学園の外でまで変な事件に巻きこまれる予感。
 坂上匠さんは、一瞬だけどう切り出したものかと悩ましげな表情を覗かせてから、言った。

「どうやら、世界が混ざり合ってしまったらしい」

 どういうことだよ。




 つづく

344Beyond the school gate ◆46YdzwwxxU:2012/09/18(火) 22:28:04 ID:OWlELkbw0
取り敢えず投下完了。
だらだらしがちなので話を一区切りします。今後もやることは変わらないけど。

魔素とか異形とかには独自解釈も含むかも。

強いキャラに制限掛けたり、アイテムシャッフルしたりしたけど、よかっただろうか。
……ほんとうは墓標も仁科学園のトンボあたりに変えてやろうかと思ってたけど、
夜のかれんちゃん相手はちょっと……ね。

345名無しさん@避難中:2012/09/18(火) 22:35:03 ID:9YTgMzNA0
>>338
そいつに触れないほうがいい

346 ◆46YdzwwxxU:2012/09/18(火) 22:47:18 ID:EdUv4WK6O
あー
ごめん
迂闊なことをしたみたい?

347名無しさん@避難中:2012/09/19(水) 00:00:40 ID:R96/qD/g0
>>344
おつおつ
いい感じに混ざってきた

ナイフって誰のだっけ

348名無しさん@避難中:2012/09/19(水) 00:17:46 ID:4qWae26cO
短剣は風魔ヨシユキ(ホーロー)@チェンジリングから片方をお借りしました。

349名無しさん@避難中:2012/09/19(水) 19:09:01 ID:EaqJsWx.0
>>345
ハハッそんなこと言ってるとまた投下しちゃうぞ!

350名無しさん@避難中:2012/09/19(水) 23:35:38 ID:R96/qD/g0
>>348
サンクス

351名無しさん@避難中:2012/09/20(木) 00:45:45 ID:EyQ74VuM0
>>344
投下乙!
異形と魔素の話がわかりやすいっす

352名無しさん@避難中:2012/09/25(火) 21:43:30 ID:6gnxVsEE0
なんとなく自キャラとよそ様の住人の絡みを想像してみたけど自キャラがめんどくさい奴で扱い切れんw
スレ内ならもとからそっちにある程度合わせてるからいいけど


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