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獣人総合スレ 避難所

863わんこ ◆TC02kfS2Q2:2016/06/05(日) 20:50:09 ID:RJgmiuHQ0
    『真夏のパンダ』


 「クリオネってさ。捕食するときすんごい怖い顔するって」

 学校帰りの路面電車の中、市街地を走り抜けるたびのカーブに揺られながらつり革に掴まっていると、
座席に座る因幡リオがぼくにスマホの動画を見せてくれた。
 水中の妖精と呼ばれるクリオネ。愛らしいフォルムが庇護欲を掻き立て、そして流氷の下にしか生息しないという
神秘性が人々の心を掴む。そんなクリオネが餌を捕食する際、悪魔の顔へと豹変するらしい。

 因幡の見せてくれた動画は克明に一部始終を写し出す。
 ひょうひょうと安心感を漂わせ近づいて、ガブリと刃にかかり、彼の血となり肉となる。
 策士、腹黒、食物連鎖。さあ、何とでも言え……か。
 クリオネ、侮りがたし。

 「どうして、この動画……」
 「冷たそうな動画探してたら見つかった」
 「え?」
 「だって、もう夏じゃん」

 確かに季節は夏。
 凉を求めた末にたどり着いたのが悪魔の笑顔。因幡はなぜかくいるように動画を繰り返し再生していた。
 戦後直後に産声をあげた路面電車がごとごとと揺れながらぼくらを運ぶ。車内の広告はすっかり夏色吐息で溢れ変える。

 「リオ、もうすぐ着くよ」
 「まじ?」

 因幡の隣に座っていた芹沢モエが『降りますボタン』をチーンと押す。
 放課後のちょっとした冒険か、芹沢は日射しまぶしい車窓を眺めていた。
 こんな暑い日は早く図書館でのんびりと書に親しみたいし、ぼくはぼくでカバンから読みかけの文庫本を取り出す。その矢先。

 「犬上も行くよね?」
 「え?」
 「犬上も行くよね?」
 「え?」
 「犬上も行くよね?」
 「え?」

 「……」

 金切り声で停車する電車は扉を開くと芹沢モエになされるがまま、ぼくは二の腕を掴まれて車内から引きずり降ろされた。
 放課後の図書館まであと二駅にして「後悔しないから、わたしたちに付き合え」と、すちゃっと電停に降り立った。

 遠ざかる路面電車が地面に踏ん張りながら、交差点の急カーブを右折する。黄色い右の矢印がぽつんと十字路で燈る。
 鋼鉄の車両が行き去った県道中央にて、夏に差し掛かった風が芹沢の短いスカートをなびかせていた。
 街はジョシコウセイで彩られる、と言っても過言ではない。芹沢は街に正しく溶け込んでいた。

 芹沢の案内でぼくらは目的地に向かう。


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