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獣人総合スレ 避難所
822
:
わんこ
◆TC02kfS2Q2
:2015/02/22(日) 19:30:25 ID:MkSoj18Y0
これを着ていたヒカルのことを。
これを着てグラウンドを駆け回った後の荒い息を。
これを着て誰かに脆くも淡い片思いをしていたのだろうかという、一方通行の嫉妬が。
「先生はぼくのベッドで寝て下さい。ネコの毛が付いちゃ、あとが面倒臭くなるから」
ヒカルは泊瀬谷を自分の部屋に残して、静かに扉を閉めた。
優しさに、温かさに、体が動かなくなる不思議。扉を叩く音が聞こえた。泊瀬谷は遠慮がちに「はい」と返事した。
初めて入る、男の子の部屋。
多感な時期を過ごす男の子、世間に振り回されて少年に憧れる大人になりきれない大人。
すうっと深呼吸すると、甘酸っぱさが体の中からくすぐってくる。
女の子目線から思っていたよりも整然としていた。本棚には幾多の書籍が並び、背表紙を眺めているだけでも清々しい。
書の在りかは姿を写す鏡より正直なり。いにしえから知恵ある人々はそう言うではないか。
本棚を見れば人となりが分かるということを正確に言い表している。泊瀬谷にはその意見に相違はないと確信した。
ただ、ヒカルの部屋はそれだけではなかった。本に真っ直ぐな少年からは、文よりも武に対する憧れがちらりと垣間見えるのだ。
例えば幼き日を思い出すような幻想的な文学集に混じって、ロードムービーを思い起こすような、バイク乗りの紀行集が
並んでいたりする。やはり、男の子。メカとかマシンには弱いのだ。
「やっぱり、こうゆうのとか好きなのかな」
表紙を飾るバイクに跨がったイヌの女性が爽やかだった。
悔しいからヒカルのベッドに腰掛けて、ごろりと横たわって頬擦りをしてみた。
本棚を見れば人となりが丸裸になると言うらしい。初めて都会にやって来た田舎者の視線で本棚を見上げてみた。
どきどきと胸が否応無く心拍のピッチを上げて、安らぐどころではなくなってきたのだ。
むくりと起き上がった泊瀬谷は本を一冊無作為に選び、再びごろりとヒカルのベッドに寝転んでページをめくってみた。
ヒカルもこんな格好で、こんな楽な姿勢で、こんな本を読んでいるのだと考えると、ヒカルを覆う物が少しずつ剥がれてゆくのだ。
「……」
しばらく活字の世界に入り浸った泊瀬谷には外界からの言葉は届かぬ。
言葉をかみ締める喜びを。
絡んだ糸と糸の模様を楽しむ快感。
そして、全てが解れた時の開放感。
頭の中にすっと麻薬にも似た清涼感が通り抜け、泊瀬谷はいつの間にかに夢心地に揺れていた。
#
自宅なのに、ヒカルがよそよそしい気持ちなのは泊瀬谷のせいだ。
居間のソファーで寝転んで、読みかけの本を閉じるのは泊瀬谷のせいだ。
しんと静まり返った自宅なのに、心臓の鼓動が聞こえてくる。
(ヒカルくんっていうんだ。お父さんにお世話になってます。よろしくね)
物書きである父の手綱を引く若いネコの女性。幾人もこの部屋で父の作品の打ち合わせなり、原稿の引き受けなりが行われた。
ヒカルの記憶がソファーの肌触りのきっかけで甦ってきた。
泣いていたときにはわくわくするような絵本。
楽しいときには一緒に共犯意識芽生えるような推理もの。
ささくれだったときには突き抜けるような爽快な詩集。
そんな本たちと友人にしてくれたのは彼女たちだった。
「……」
一つ屋根の下に男子と幼いオトナが一人づつ。
二人の性差、種族差もあるが、想うことは一緒。
ヒカルと泊瀬谷は目を合わせることなく、暖かい夜の時間を共有していた。
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