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獣人総合スレ 避難所

820わんこ ◆TC02kfS2Q2:2015/02/22(日) 19:29:31 ID:MkSoj18Y0
 気付いたのは、イヌ男子の方だった。
 彼の口から白い息が吐き出され、形を成す前に散り散りに消えた。

 「ヒカルくん、買い物?」
 「はい」
 「夜中に?」
 「はい。夕方から本を読んでたら、夕飯食べるの忘れちゃった」

 ヒカルの手にはコンビニの買い物袋。さほど入っておらず食事よりかは間食である。
 夜道のヒカルは白い毛並みが街灯の明かりに照らされて、眩しく見えると言っても過言ではない。



 「今から帰りですか」
 「うん」
 「家まで遠いんですか」
 「ちょっとね」

 ハンドルにコンビニのビニル袋をぶら下げているのだから、聞かずとも分かるはず。
 だが、泊瀬谷はヒカルとの間を縮めようと、どんなことでもいいから会話を振りたかったのだ。
 付け焼き刃のような泊瀬谷の話はすぐに雪で冷やされてしまいつまづく。

 カチカチカチと車輪を廻す男を散らかしながら、ヒカルが自転車を押して行く。話もせず、ただ並んで歩いているだけの
二人をじれったく感じているような自転車の声がおせっかいを焼いてきた。まるで、気が利く振りをしている子のように。

 泊瀬谷は自転車に急かされて、学校を出て夜会に顔を出し、今に到るまでをヒカルに話した。
 ヒカルにはいい迷惑かもしれないと、泊瀬谷はだんだんトーンを落とすと、ヒカルは自転車を止めて泊瀬谷の顔を覗き込んだ。
 泊瀬谷の顔は潤んで見える。なぜかと尋ねれば「冷たいから」と強情を張って、ふんと答えるに違いない。ヒカルはもちろんそれ以上、
詮索するつもりはなかった。

 ヒカルは泊瀬谷の姿をじっと見つめる。教室とは違う、一人の女性の香り。コートに着いた雪、足元を濡らしたブーツ。
ヒカルと歩いているのは、ヒカルの先生ではなく、泊瀬谷という名の一人の女性。

 どうしてヒカルが気にかかるんだろう。
 泊瀬谷は自分のヒカルに対する思いをふと疑問に思った。
 教師と生徒、ただそれだけの繋がり。それ以上に意味を持たせることは許されるのか。

 いけないことを承知で、こっそり自転車二人乗りしたから?
 お互い本を貸し借りしたから?
 それとも、学生時代は先生になるために必死で、大人になるまで誰かを想うことに憧れるだけで、自らの意志で人を大切に
することができなかったことの反動なのか?

 いや……、そんなことは小手先の言い訳。泊瀬谷だって大人だ。簡単な思い出だけで理由付けして分かったつもりになるなんて、
恋に溺れた若輩者の為せる技だと、泊瀬谷はくびを振る。

 (どうして、ヒカルくんより早く生まれたんだろう)

 大人の香り漂うコート、大人の財力でちょっと無理して買ったブーツ。
 せめて自分が大人でなかったらと、取り返しのつかない自分を悔やむ。

 雪景色の開放感と比べて、二人の間はぎこちない。雪たちに地上に住む生き物の語らいと言って見せることは到底出来ない
二人の間の空気は、二人にとっては壊したいものではないのだからそっとしてあげて欲しい。
 まだまだ世間を知らないヒカルが空気を壊した。故意でもない、必要とされたために。

 「ウチに寄りますか」

 ブーツの踵が地面を鳴らす音をやめた。ヒカルの声を聞くためにではなく、ヒカルの声に驚いてだった。
 もしかして、ヒカルなりの意地悪かもしれない。泊瀬谷を困らせるために、泊瀬谷をぬか喜びさせるために、わざわざついたウソ。
困った顔を見せてたじろぐ泊瀬谷をにんまりと楽しむために、ヒカルは泊瀬谷をたぶらかせていたのか。

 「父は仕事仲間の寄り合いで、母は海外に出ているから今夜はぼく一人なんです」 

 それは、ヒカルの家の前を掠めたときに分かった。家に灯かりが点っていない。すなわち、家はヒカルのいいなりだから。

 (ヒカルくんちって、初めて入るなあ)


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