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獣人総合スレ 避難所

761「青い画」 ◆TC02kfS2Q2:2013/06/03(月) 23:34:33 ID:VejPUCRk0

 彼女は『監督』と呼ばれていた。女子高生だけど『監督』だ。
 学園の映画研究会に所属する『監督』は事実、上に立つ立場だし、求心力も備えているし、映画監督を目指しているから異論は無い。

 事件が落ち着いた頃、目を覚ました誇り高き『監督』は一人ぼっちで更衣室で濡れた体をタオルで拭いていた。
 にぎやかだったプールは静寂を取り戻し、水面だけが自由な時間を弄ぶ。彼女の眼鏡が息で曇る。

 黒い毛並み美しく、ちっちゃい体はちょこまかと、そして眼鏡で光る瞳はどんな原石でも見分ける選球眼を携えていた。
 スペック高くても、所詮は女子高生。スク水姿で一人ぽつんと更衣室で姿見の前で突っ立ていた。肩に掛けたフェイスタオルから
しずくがぽたりと落っこちて、床を濃く湿らせる。時間が経つとともにその円は数を増やし、やがて不思議なサークルへと姿を変える。

 照明の消えた更衣室に差し込む光は四角四面な窓からの日光だけ。
 白く映える窓、床に落ちる影。『監督』はじっとその光を横っ面で受け止めていた。

 「元気になったニャか?」
 「さっき居た……」
 「ミケのこと?わたし、ミケっていうニャよ」
 
 更衣室の窓からひょこりと顔を出した子ネコが一人。さっきの事件を目の当たりにしていた子だった。
 夏みかんのような明るい色がさらさらとプールの風に揺れ、前髪をハートの髪留めで括った三毛猫の子ネコ。『監督』を案じて
わざわざここまでやって来た。ぐったりと仰向けになっていたときにはオトナに見えたミケは今となって小さく見える。

 「あたしがミケちゃんと同じぐらいの頃に見た映画を思い出してね」
 「そうなんだニャ」
 「あんな吸い込まれそうな空色の映画、あたしも撮ってみたいし」

 雫がつららと『監督』の毛並みを走り、紺色に染まるスク水は緩やかな丘を描く。草原を走る透明な羊の群れのようだ。
 優しい丘を登ったら、すらりと斜面を駆け下りる。そして粒は集い、『監督』の脚の付け根に淀む。
 『監督』はくすぐったくて、人差し指でスク水からむちっと映え出る脚の付け根をさすった。

 「絶対、撮ってやるんだから」

 小さい頃に見たんだ。
 まるで自分が魚になったように、青くきらめく空を自由に、銀幕の中にも空はあると。
 そして、空の向こうには紺青に染まる空の果て。散りばめられた瞬く星。その中をふわりふわりと浮かんでくるり。
 真っ暗な映画館に窓のように切り抜かれたスクリーン。
 リアルと妄想が混じり合う非現実的な空間。

 宇宙旅行はまだまだだけど、幻燈の前ではいつでもどうぞ。
 浮世をすっ飛ばしたいから、無敵の英雄に願いを託す。
 過ぎ去った日々は戻らないから、ちょっと指定席で現実逃避。

 ずっとこのまま騙されていたいと願いつつ、幼き日の『監督』は再び同じ夢を見る日を、そして誰かに分かち合う日を待ち続けていた。

 「おねえちゃんの映画を楽しみにするニャね。ミケは『かれし』といっしょに見に行くからニャ」
 「いるんだ。彼氏」
 「いないニャよ。これからさがすニャ」
 「じゃあ、ミケちゃんの彼氏が出来るまでにおねーさんは空色の映画、頑張って撮っちゃうぞ」
 「間に合わないかもニャね」

 夏の雲は流れが早く、映画に、青い色に取り付かれ、幼心を抱いたままの『監督』も、今では華のじょしこーせー。
 いつの日か『青い映画』を撮ってやるんだぞ。
 スク水脱いで、制服に着替えたばかりの『監督』からは塩素混じりの夏の匂いがした。


   おしまい。


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