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ターン・アウトのようです

21 ◆MOZDWCQkWA:2024/08/09(金) 23:20:20 ID:VVCaPoWc0
今回はここまで。短編です。
書き上げてから投下したかったのですが、進捗6割でMPが枯渇してきたのでちょいと先行させてください。この範囲はもう推敲しなくていいはず。たぶん。

実際は地域によっては交通系ICの非対応駅がかなりあるみたいです。“風雲駅”にはさて導入されているのかというところですが、描写の簡略化としてご了承ください。

22名無しさん:2024/08/10(土) 15:06:50 ID:PFGHDYOU0
乙乙!旅気分満載でwktk
駅前に足湯あるの最高だね
地名に拘りあるのも楽しい。

23名無しさん:2024/08/11(日) 22:48:33 ID:U7VlXELs0



 駅前通りに戻る。歩道は白に近い石模様のブロックが整然と敷き詰められていた。
 これはありがたい。複数色のモザイクパターンなどをじっと見ながら歩いたりすると、脳の中を指先でかき回されるような薄気味悪さに悩まされることになる。
 とはいえそれも、過去のことになりつつあるのだけれど……。

( ^ν^)(せっかく来たんだ。今日は意識的に前を向こう)

 2車線道路の両側には街路樹と草花。葉は茂り風に擦れて音を立て、花弁は白や赤紫に染まって群れている。
 街路灯は低く、灯篭を模した品のあるデザインで、どことなく庭園を歩いているような感じがする。

24名無しさん:2024/08/11(日) 22:49:45 ID:U7VlXELs0

 通り沿いは旅館やレストラン。模様付きのガラス窓を備えていたりレンガ風の外壁だったりと洒落ていて、おっとりとした村の雰囲気によく馴染みつつも、古めかしいとか田舎っぽいとかいうようではない。
 エントランスを開け放して、店主と常連客と思しき2人が気さくに会話している様子が散見された。

 見通しのいい村だ。建物の間が広く空いていて各々庭を作っているし、3階建て以上のものはほとんど無い。山に向かって緩い上り坂となっているせいでもあるのだろう。

 ぽっかりと空いた芝生の土地の上に、不動産屋のような建物が現れた。屋外に貸し自転車が並んでいる。ここが観光案内所か。
 交差点に背の高い看板が設置されている。行き先が5つばかり書かれ、それぞれは別々の方向を指している。
 ここで……左折。

25名無しさん:2024/08/11(日) 22:51:00 ID:U7VlXELs0

 メイン街道から1本逸れると、途端に周囲の植物が野性味を帯びてきた。
 負けじというように幟があちこちに立っている。寿司とか、うどんとか。食事処の通りだ。
 これらは観光客相手というだけでなく、地元住民にもかなり利用されていそうな店構えに見える。
 昼食には早すぎない時間だ。人の姿もぽつぽつと。女性3人組とすれ違う。あの服装は駅で見かけたような、覚え違いのような。

 暖簾の掛かっている純和風の民家、そのショーウィンドウには刺身定食や海鮮丼が入っている。
 おれは歩を緩めることも無く通り過ぎてしまった。……きっといいものを出しているんだろうな、とは思う。
 そういえば個人経営の飲食店など、自分では喫茶店と大学周辺の飲み屋くらいにしか入ったことが無かったかもしれない。

 旅行が冒険だというなら今はいい機会だろうけれど。臆する気持ちがどうしても強いうえ、入店や食事するイメージにいまひとつ現実味がない。
 食品サンプルのイクラがきらきらしていて、値札を気にすることはできなかった。

26名無しさん:2024/08/11(日) 22:51:46 ID:U7VlXELs0

 道はすでに観光地らしからぬありふれた装飾に変わっていたが、繁茂しつつある夏草に包まれて、神社にあるような朱い橋が架かっていた。
 かなり短いそれの中央まで来て覗いてみると、鋭く深いV字の谷が走っているのが分かる。
 黒色の大岩で保護されたのり面。底部には砂礫の堆積。
 流れる水はごく細い。上流へ向かって視線を沿わせていくと、淡い陽光に照らされた夏草と暗がりを作る樹木。自然に生えたのであろう無秩序なそれらの先は、霧がかった連山。
 あの一帯に降った雨がここを通るのか。

 茂名周辺は日谷川の河口に当たり、おれは普段の列車通勤でその川を、5秒か10秒たっぷり使って跨いでいる。
 コンクリートで護岸の施されたあの広く穏やかな水面と、目の前の今にも途切れそうな水流がおれの中で関連付けられるのには、いくらか時間が費やされた。

 背後に顔を向けると、川は住宅と雑木林との曖昧な境界の中へ流れ込んで行っている。ほとんど先を見通せない。
 橋の傍には野生の夏草に交じって、花束のような……スーパーの園芸コーナーで見かけるような花が何種かまとまって咲いている。
 白いフリル付きの小花を連ねた穂。ふわりと地面を覆う黄色の群れ。すうと伸びた花柄に大ぶりの円形の桃色。他に青や橙のものも。
 あれらは誰かが何かを思って植えたものなのかもしれない。

27名無しさん:2024/08/11(日) 22:52:16 ID:U7VlXELs0

 歴史ある村の一般家屋も特に古くは無いのだなあと呑気に歩いていたところで、脚が止まる。
 住宅地に入るというのはおかしいじゃないか。
 少し前に最後の右折をしたはずだが、両脇に現れるのは店や旅館でなければならない。

(  ν^)(……やったな)

 ここで引き返すのも地図を取り出すのも、何となく嫌だ。誰へともなくごまかすように歩みを再開する。

 本来右折するべき道を見逃し、今1本隣を歩いているなら。
 なぜ道を見逃したのか、という発想がじわりと広がって、おれはこめかみを揉む。
 脳内に単純な空間パズルが組みあがり、グチャグチャに崩れ、また組みあがる。その隙に思考を走らせる。
 そこまで時間はかからなかった。次に交差点に入ったら右折すれば、合流できる。

28名無しさん:2024/08/11(日) 22:52:51 ID:U7VlXELs0

 答えは出たが、頭の中心に絡みつく血だまりのような熱が残った。しばらく消えないだろう。深呼吸しても頭を振っても薄まらないこれは、割と最近の悩みだ。

 休学する以前までは少し違っていた。はず。
 “以前の俺”への手掛かり、気が向いたときにしか書かない日記帳に残していたこと。未だ読み返せないままでいるが、そこには、確か……。
 ……ずっと眠いし頭が痛くて日差しも電灯も苛立たしいとか……目が覚めても指1本動かさないまま起きるべき理由をひたすら自らに言い聞かせているとか……講義の説明がせいぜい単語1つしか拾えなくて残りの部分は谷底に落ちていってしまったように取り戻せそうにないとか……。

 アスファルトの灰色。規則的な振動。
 ……心臓の底にタールのようなものが溜まっている感触がいつもあって時々脊髄を伝って上がってきては脳を侵すとか……腐ったリンパ液が骨の表面や関節を冷やして回っているみたいだとか……ガソリンが逆流してきて真っ黒に燃え上がる水車小屋にでもなった気分だとか……。

29名無しさん:2024/08/11(日) 22:53:24 ID:U7VlXELs0

 軽く目を瞑り、瞬き。結構きちんと出てくるものだ。
 体感として覚えているものも無くはない。だがほとんど、それらが自分自身に起きた事だという感覚が無い。

 2年前の4月だ。時期からして、休学がきっかけだったのだろうと思う。掻き消えるように、自分を構成する一切がこの手から離れてしまった。
 あれから、楽にはなった。へらへらと笑えるようになった。それだけだ。
 本当に失われてしまったわけではない感じはしている。擦りガラスの扉のような隔たりの先、叩いても呼び掛けても開かないがそこに。まだ……。

 道端に若いエノコログサが、風に盛んに揺れている。
 中学から高校にかけてのたった1年半、一緒に暮らした猫との出来事が、海の向こうのネットニュースと同列に、遠く感じられた。

 おれの望みは果たされ、本来の道へと戻ってきた。平日の穏やかな賑わいの先に、赤い鳥居が見える。

30 ◆MOZDWCQkWA:2024/08/11(日) 22:54:07 ID:U7VlXELs0
>>22
乙ありがとう。

短いですがここまで。
次回は幾らか日数を頂くことになると思います。

31名無しさん:2024/08/12(月) 21:03:59 ID:a5lEKa5c0
おつ

32名無しさん:2024/08/13(火) 00:03:29 ID:in/wbfEc0
乙乙
確かに観光地の飲食店は一人で入るの勇気いるよね

33名無しさん:2024/08/13(火) 00:05:02 ID:AlZvviSo0

リアルで丁寧な描写好きだ わくわく

34名無しさん:2024/08/21(水) 02:09:27 ID:Hio3d9VE0
すげー文章うまい
言葉選びもお洒落で知的に感じます


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