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ξ゚⊿゚)ξ 幽世の森に棲まうようです

1名無しさん:2023/10/06(金) 00:07:10 ID:0LY.A9Ao0


 きみに名前をあたえよう。

 どうか健やかな日々を過ごせるように。
 どうか腹をいっぱいに満たせるように。
 どうか愛にあたたかく包まれるように。

 今度こそは、きっと幸せな最期になるように。


.

11名無しさん:2023/10/06(金) 00:41:43 ID:0LY.A9Ao0

ξ;゚⊿゚)ξ『そうだ、お前はなにかわからないのか? 僕は、僕のことが何も分からなくて』

ξ゚⊿゚)ξ「ぼく? おかしなことを言うのね。僕(わたくし)は、わたくしでしょう」

ξ;゚⊿゚)ξ『ハァ? 僕は僕で、お前はお前だろう。なにを言ってるんだ』

ξ゚⊿゚)ξ「でもお話ししている僕(わたくし)だって、わたくしの身体よ」

 なにだか会話が噛み合わない。
 少女の言っていることが理解出来ないのと同じように、少女もまた己の言葉がピンとこないようだった。

ξ;-⊿-)ξ『お前は僕とお前とが同一の存在だと言いたいのか?』

ξ゚⊿゚)ξ「違うの?」

 それは残酷な問いだった。

 己とは、過去も未来も、自己すらなく、不意に生じた少女の別なる人格のひとつ。
 そう断じてしまえば、もう、思い悩むこともないのだろうか。

 だが。

ξ゚⊿゚)ξ『違う。僕は、絶対に僕であるはずなんだ』

 己とは、僕だ。
 僕(ぼく)であり、わたくしではなく、断じて少女と同一の存在などではない。

 その瞬間、唐突に思い出した。


ξ゚⊿゚)ξ『──なにせ、僕にはディという名前がある』

 そうだ。
 己は、僕は、ディ。

 ……この名前すら少女と同一であったなら。
 頭の片隅で恐怖が首をもたげるが、踏み潰して問いかける。

ξ゚⊿゚)ξ『お前はなんていうんだ』

ξ゚⊿゚)ξ「……」

 少女は心底不思議そうに鏡の中の己を見つめる。
 やがて、ぽつりと答えた。

ξ゚⊿゚)ξ「ツンよ。わたくしの名前は、ツン」

 その返答に、僕は内心そっと胸を撫で下ろすのだった。

12名無しさん:2023/10/06(金) 00:43:30 ID:0LY.A9Ao0

 ツンは自室に戻ると姿見の前に椅子を引き、向かい合うように腰掛けた。
 どうやら身体を動かす優位はあきらかに彼女の方にあるようだった。

 あくまでも〝ツンの身体〟ということなのだろう。

ξ゚⊿゚)ξ「……不思議ね。ほんとうに、不思議なのよ。だって、わたくしの裡(うち)に在るのだから、わたくしでないとおかしいはずなのに」

 どこか呆然と鏡に映る己(ぼく)に語りかける。

 ほとんど独り言のような口調だった。
 事実、身体はひとつしかないのではあるが。

ξ゚⊿゚)ξ『さっきから気になっていたんだが、お前の中には、なんというか……お前ではない存在がいるのか?』

ξ゚⊿゚)ξ「ええと、わたくしはわたくしだけど」

ξ゚⊿゚)ξ『でも僕は僕(ぼく)だったろう』

ξ゚⊿゚)ξ「……それも、そうね」

 そう返すとツンはううん、と頭を抱える。
 しばらく言葉を探している様子だったが、やがてお手上げといった様子で口を開いた。

ξ;-⊿-)ξ「ええと、ちょっと待って、待ってね。このまんまじゃわたくし、頭が混乱しちゃうの」

 そう言って立ち上がると、ベッドに並べられたぬいぐるみのひとつを手に取った。
 年季が入っているのか薄汚れてはいるが、ところどころ丁寧に縫い直されてもいる。
 長い間、大事に大事に懐に置いているような風情だ。

ξ゚⊿゚)ξ「ちょっとだけ我慢してね」

 え?

 声が出ない。
 あれっと思うと同時に、身体が軽くなるような錯覚を覚えた。

 瞬間。

13名無しさん:2023/10/06(金) 00:45:27 ID:0LY.A9Ao0

(い、痛い!いたいいたいいたい!!!)

 それは冷たく吹きすさぶ風の中、素っ裸で野ざらしにされたような心地だった。
 肌を刺すどころか、貫くような痛み。痛み。痛み。
 バラバラにちぎれてしまう、本気でそう思うほどの苛烈な痛みが絶え間なく全身を襲う。

 見れば、視界もおかしかった。やけに開けている。
 なにだか広すぎる。

 ・・・・・・・・・・
 ツンの姿が見えている。
 

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんね。一瞬だけだから……ほら」

 ばつん!と意識が途切れるような衝撃が走った。
 視界が暗転する。打って変わって、暗闇。
 シンと静まり返って、何も見えない。きこえない。

 不安に駆られるけれど、先程までの耐え難い痛みはさっぱりと消えていた。

「─こえる?」

 ……?

「ね─」

 ツンの声がする。
 暗闇が、少しづつ晴れていく。
 
「……大丈夫かしら…」

『なにが?』

ξ*゚⊿゚)ξ「あ! 大丈夫そうね。よかったあ」

 ハッとする。
 見れば、安心したようにほころぶツンの顔が目の前にあった。

14名無しさん:2023/10/06(金) 00:50:16 ID:0LY.A9Ao0


『……え?』

 声は出なかったが、話している感覚はある。
 なにより、ツンに届いている。

『なにこれ。テレパシー?』

ξ*゚⊿゚)ξ「わたくしもちょっとヘンな感じがする。頭の中で考えてるはずの声が、外から聞こえてくる感じ!」

 ぜんぜん伝わらない。
 ハアと思って見返すも、ツンはむしろ得意げだ。

ξ-⊿゚)ξ「見てみて」

 鏡が置かれた。
 ところどころぬい直されて不格好な、ねこのぬいぐるみが座っている。

(#゚;;-゚)『何だこれ?』

 ……ぬいぐるみが首を傾げた。

(#゚;;-゚)『え、は!!? 動いたんだ、が』

 飛び上がるように立ち上がり、あれっと思う。
 物凄く、いやな予感がした。

(#゚;;-゚)『……おい、うそだろ』

ξ゚⊿゚)ξ「うそもなにもないわ。ディがわたくしじゃないって言うんだもの。べつの身体を用意したのよ」

(#゚;;-゚)『じゃあコレが僕ってことか?』

 鏡を指差そうとして、ぽてりとまるい手がぶつかった。
 つぶらな瞳がポカンと僕を見つめ返す。

ξ゚⊿゚)ξ「見てのとおりね」

 今度こそ本当に気がヘンになりそうだった。

 これが夢ならどれほど良かったか。
 ポテポテとした愛らしいねこのぬいぐるみは、いっそ気持ち悪いぐらい自在に動く。

 思わずへたりと座り込んだ。

15名無しさん:2023/10/06(金) 00:54:55 ID:0LY.A9Ao0

(#゚;;-゚)『なんなんだよ……』

ξ゚⊿゚)ξ「ねえ、ディはどこからきたの?」

(#゚;;-゚)『へっ?』

ξ゚⊿゚)ξ「わたくし、生き物を拾ってきてはいけないって言われているの。前にひろってきたときは、元いたところに返してきなさいって言われたわ」

(#゚;;-゚)『……それで。なんだ、上手く切り離せた僕は、これでようやく放り出せるってことか?』

 自嘲気味に言う。
 こんな姿で放り出されて、どうしろというのか。

ξ;゚⊿゚)ξ「あ、あのね、ちがうの、そうじゃなくて」

 ツンは慌てて僕の前にしゃがみ込んだ。
 小さな僕のからだに目線を合わせたようだった。

ξ゚⊿゚)ξ「前にかえしてきたときは、親がいたのよ。幻物の子だったから、わたくし、知らないあいだにさらってしまったの」

(#゚;;-゚)『……』

ξ゚⊿゚)ξ「だから、その……ディのこと、待っているひとがいるかもしれないと、思って」

 それはどこか、機嫌を伺うような声だった。

(#゚;;-゚)(僕が怒ったから?)

 不思議と見下されている感じがしない。
 あくまでも対等に話しているのだ。
 この少女は、動くぬいぐるみを相手に。

16名無しさん:2023/10/06(金) 00:57:40 ID:0LY.A9Ao0

 いや、違う。
 頭を振って立ち上がる。

(#゚;;-゚)『……僕は、人間だ』

ξ゚⊿゚)ξ「え?」

(#゚;;-゚)『だから、僕の身体を探しにいく』

 ツンの袖をつかもうとするけれど、不器用なまあるい手はとても〝つかむ〟なんて器用な動作は出来そうにない。
 そうして下ろしかけた手を、ツンがそっと握った。

ξ*゚⊿゚)ξ「ええ、一緒に探しましょう!」

ξ*゚⊿゚)ξ「ちょっとまってて」

 言うが早いか、ツンは手際よく支度を済ませた。

 荷物を詰めた大きなリュックは使い慣れたものらしく、背負った身体によく馴染んでいた。
 僕はといえばキッチンから持ち出されたバスケットへ、いくつか食材を入れた端にスキマを作って、そのままピッタリ収められた。

ξ゚⊿゚)ξ「これでよし!」

 全くもってよしじゃない。
 唖然としている間にバスケットはグラりと大きく揺れた。

(#゚;;-゚)『ちょ、ちょ、ちょっと!』

17名無しさん:2023/10/06(金) 01:02:01 ID:0LY.A9Ao0

 風の音が聴こえる。
 空気がほんの少しだけ冷たい。

(#゚;;-゚)『待てって、ば』

 顔を出す。
 そこはもう扉の向こう。


 深く、遠く、昏く、透き通るようにうつくしい翠の底。


(#゚;;-゚)『幽世の森……』

 僕は、この景色を知っている。
 綿の詰まった柔らかな首のうしろを、つめたい確信が貫いた。






 第一幕 ■ 微睡む未明 終

.

18名無しさん:2023/10/06(金) 10:12:47 ID:.bBSMumg0

続き気になる!
待ってる

19名無しさん:2023/10/06(金) 11:13:41 ID:vWy1wKLs0
おつです

20名無しさん:2023/10/08(日) 18:00:39 ID:/UPF3yKA0



 第二幕 ■ 寸暇の陽だまり


.

21名無しさん:2023/10/08(日) 18:05:27 ID:/UPF3yKA0


ξ゚⊿゚)ξ「ねえ本当にこちらなの?」

(#゚;;-゚)『うん。たぶん、間違いない……はず』

 おぼろげな感覚だけを頼りに、バスケットの中から指示を出す。
 家を出てからずっと、ツンは素直に足を進めてくれていた。

ξ゚⊿゚)ξ「あいまいでいて、たしかなのね。不思議ね」

(#゚;;-゚)『僕もそう思う。でも、確かにこっちなんだ』

 そうして二人、奥へ奥へと踏み込んでゆく。

 ツンは森の探索には随分と慣れた様子だった。
 ひょいひょいと木の根を踏み越え、垂れ下がる枝は適宜折っては取り除く。
 獣の気配がすればそっと息を潜めてやり過ごし、目ざとく木の実を見つけては食べられる、食べられないと即座に見分けてバスケットに放りこむ。

ξ゚⊿゚)ξ「あ、ここにも」

 ぽい、と今もまた鮮やかな果実が放り込まれた。
 受け止めて横に置く。

(#゚;;-゚)『なんか、意外だな』

ξ゚⊿゚)ξ「どうしたの?」

(#゚;;-゚)『ツンはなんというか、やたらに慣れてるたろ。森の探索というか、なんというか』

ξ゚⊿゚)ξ「そうねえ。もうずっと、くるうさんに教わっているから」

(#゚;;-゚)『……ふうん』

 くるうの名前が上がり、思わず言葉を引っ込める。
 てっきり、飼い殺しにでもされているのかと思ったいたのだ。

 くるうというバケモノに愛玩としてさらわれた美しい少女。
 そんなイメージだったのだが、ツンは彼から生きる術を学んでいるのだと言う。

(#゚;;-゚)(……いよいよわかんないな。二人の関係が)

 思えば、家を出るのに迷いがなかったのも、その支度の手際がやたらに良かったのも、森での暮らしが彼女にとって日常であることを示していた。

 いつから。どうして。なぜ。

 疑問に思うことは山ほどあったが、ここまでくると何から聞いたらよいのやら。
 ただでさえツン自身にも謎が多い。

22名無しさん:2023/10/08(日) 18:09:18 ID:/UPF3yKA0


(#゚;;-゚)(そういえば)

             ・・・・・・
 結局、彼女の裡(うち)の別なるも同一の存在について、聞けていない。
 そんなことを思っていると、不意に開けた場所に出た。

ξ゚⊿゚)ξ「……大変。こんなところまで来ちゃったのね」

 そう呟く目線の先には、底まで青く透き通る小さな湖が広がっていた。
 よくよく見れば反対の縁に白い獣が群れている。

 羽の生えたうさぎ。
 銀角の鹿。
 湖畔の中心で煌めくのは、ほとんど虫のような大きさの鳥。

(#゚;;-゚)『おいアレ……』

 それらは、どう見ても幻物(まもの)の群れだった。
 思わずバスケットの中に頭を引っ込める。

ξ゚⊿゚)ξ「そんなに怯えなくても大丈夫」

 対し、ツンは平然としていた。
 リュックを下ろし大きな木の根に腰掛けると、バスケットもそっと地面に下ろした。

ξ゚⊿゚)ξ「この場所はね、くるうさんが〝導(しるべ)の湖畔〟と呼んでるの」

(#゚;;-゚)『導の湖畔?』

 ツンは「そう」と静かに返す。

ξ゚⊿゚)ξ「安全なのはここまで。ここから先は、くるうさんと一緒じゃなきゃ入っちゃいけないのよ」

ξ゚⊿゚)ξ「幽世(かくりよ)に近付きすぎてしまうから」

 風がざあざあと木々を揺らした。
 ツンのやわらかな髪もまた風に撫ぜられて、きらきらと木漏れ日を反射する。

ξ゚⊿゚)ξ「でもね、ここまでは大丈夫なの。あの子たちだって、こちらから手を出さなければ大人しいわ」

(#゚;;-゚)『幻物だぞ、そんなわけ……』

ξ-⊿-)ξ「あるのよ。ほら、なんにせよ腹ごしらえしなきゃだわ。もう、お昼すぎだもの」

 そう言いながら荷物を探ると、ツンはてきぱきと釣具の用意を始めた。
 手入れの行き届いた道具を見るに、事実、彼女はしばしばこの場所を訪れているのかもしれない。

23名無しさん:2023/10/08(日) 18:12:28 ID:/UPF3yKA0

 それはそれとして。
 ひとつ、このままでは重大な問題が発生する。

(#゚;;-゚)『……もしかして、魚を食べようとしてんの』

ξ゚⊿゚)ξ「そうよ! 新鮮なお魚は生でも食べられるんだから」

 自慢げな反応にうんざりした気持ちになる。

(#゚;;-゚)『朝、トースト食べてたろ。あのときは僕がツンのなかにいたからか、僕にも味が伝わってたんだ』

ξ゚⊿゚)ξ「? 今だって、私のなかにいるわよ」

(#゚;;-゚)『ハァ?』

ξ゚⊿゚)ξ「ほら。声が聞こえているでしょう?」

ξ゚⊿゚)ξ「体こそ分けたけれど、わたくしには僕(わたくし)……じゃなくて、ええと、でも……ディが裡(うち)にいるのと変わらないの」

(#゚;;-゚)『……』

 ツンが気まずそうに言い直すのを聞きながら、ぽてりとまるい両手で顔を覆う。
 バスケットの中でずるずると座り込んだ。

 問題はそこではない。

(#゚;;-゚)『つまり、つまりさ、僕が聞きたいのは、その』

(#゚;;-゚)『……ツンが魚をたべたら、その味覚って僕にも共有されるのかって、ことなんだけど』

ξ゚⊿゚)ξ「?」

 きょとんと見返す。
 「どうしてそんなことを?」とまんま顔に書いてあった。
 一拍おいて、こくりと頷く。

ξ゚⊿゚)ξ「わたくしのなかにディがいるのなら、わたくしが食べたものはディが食べたことになるわよね」

(#゚;;-゚)『じゃあ釣りは今すぐ止めだ。中止だ。それ以外のものにしよう』

 食い気味にそう言うと、今度は面白いぐらい目をまん丸にした。

24名無しさん:2023/10/08(日) 18:30:47 ID:/UPF3yKA0

ξ;゚⊿゚)ξ「どうして! おいしいじゃない、お魚」

(#゚;;-゚)『無理。絶対ヤダ。食べたくない』

ξ-⊿゚)ξ「好き嫌いはよくないのよ」

(#゚;;-゚)『おいやめろくるうの真似をするな。僕はあいつもイヤなんだ』

ξ;゚⊿゚)ξ「ま! なんてひどいこと言うの、取り消してちょうだい」

(#゚;;-゚)『いやだね』

ξ゚、-)ξ「じゃあお魚もやめません」

 プイ、と顔を背けてそのまま準備を続けるツンを見て、慌ててバスケットから這い出した。
 もはや幻物に怯えている場合ではない。

 とはいえ。
 奮闘虚しく、小さなフワフワの体ではツンの指先の動きひとつ止められなかったのだが。
 二匹、三匹とあっという間に魚が釣り上げられていくのを横目に草をぶちぶちと引っこ抜く。

(#゚;;-゚)『最悪だ……せっかく、うまいものが食べられると思ったのに』

 あーあ、と何度目かもわからないため息をついたところで、ひょいと身体をもちあげられた。

ξ゚⊿゚)ξ「もう、汚れちゃうでしょ。そんな拗ねないの」

(#゚;;-゚)『拗ねてなんか』

 ツンはそのまま木の根元までいくと腰を下ろし、大きな幹に背中を預けた。
 僕は膝の上に乗せられる。
 そうして近くに置いていたバスケットから木の実をかき分けて、布に包んだサンドイッチを取り出した。

(#゚;;-゚)「……いつの間に」

ξ゚⊿゚)ξ「家を出るときにね。いつも食べているものだから、特別おいしいわけじゃないかもしれないけど」

(#゚;;-゚)『……』

 見れば、茹で卵のスライスとたっぷりの野菜、加えてパリッと焼いてタレを絡ませたであろう鶏肉がミチミチに挟まっている。
 ぐう、と間抜けな音が鳴ってツンを見上げた。

ξ;*゚⊿゚)ξ「い、今のはわたくしじゃないわ。ディのお腹の音でしょう」

(#゚;;-゚)『ぬいぐるみがどうやって腹を鳴らすって言うんだよ』

 そのまま顔を見合わせると、どちらからともなく吹き出す。
 穏やかな時間だった。
 遠くで湖面を囲む小さな幻物も、今だけはただ愛らしいだけの生物に見える。

25名無しさん:2023/10/08(日) 18:33:43 ID:/UPF3yKA0

ξ゚⊿゚)ξ「あ、そうだ」

 ちょっと待ってね、とそう言うとツンはサンドイッチを僕に預けて片手を開いた。

 小さく何事か呟く。
 すると。

(#゚;;-゚)『えっ』

ξ*゚⊿゚)ξ「どう、すごいでしょう」

 ぼう、と小さな音と共に炎がツンの手の上に現れた。
 ほんのりとあたたかく、風に吹かれても多少揺れるだけで消えそうにない。

(#゚;;-゚)『それ、魔法だろ。どうしてツンが使えるんだ』

ξ゚⊿゚)ξ「くるうさんに教わったのよ」

 またそれか、と思う。
 あえて触れずに聞き返した。

(#゚;;-゚)『教わると言ったって、魔法自体がそもそも幻物しか使えないはずだろ』

ξ゚⊿゚)ξ「それは、少し違うわね。幻物しか使い方を知らないだけよ」

 小さな炎でサンドイッチを軽く炙る。
 途端にこうばしさがあふれてきて、目を見開くような心地になる。

ξ゚⊿゚)ξ「ひとりで食べるときはわざわざこんなことしないのよ。そのまま食べたっておいしいんだから」

(#゚;;-゚)『それってどういう……』

ξ*゚ー゚)ξ「ディがいるから特別ってこと!」

 にんまりといたずらっぽく笑う顔がなんだかくすぐったくて、目を逸らす。

ξ゚⊿゚)ξ「それじゃあいただきましょうか」

 こくりと頷く。
 といっても僕の口に運ぶわけにはいかないので、ツンが口を大きく開けるのを眺めているだけではあるのだが。

 ぱくり。

(#゚;;-゚)『!』

ξ*-⊿-)ξ「んふ、ふふふ」

 ツンが一口、また一口と食べすすめるたび、シャキシャキとしてみずみずしい野菜が、甘辛く肉厚な香ばしい肉が、もちもちとして柔らかなパンが、まるで自分自身で食べているかのようにはっきりと感じられた。
 身体中を満たすように、あたたかな何かがじわじわと広がっていく。

26名無しさん:2023/10/08(日) 18:41:10 ID:/UPF3yKA0

(#゚;;-゚)『……』

ξ゚⊿゚)ξ「ディ?」

 不意に黙り込んだ僕に気付いたのか、ツンが心配そうに声をかけた。

ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫? やっぱり、なにか、苦手なものとかあった?」

(#゚;;-゚)『いや、違う。そうじゃない、そうじゃないんだ……』

(#゚;;-゚)『ただ、幸せで』 
 
 口をついた言葉に自分でも驚く。

 幸せ。そうか、幸せ、幸せなのか。
 いま自分自身をいっぱいに満たしている、このあたたかな感覚が。

(#゚;;-゚)『なんというか、こんなに幸せなのは、生まれて初めてかもしれない』

(#゚;;-゚)『こんなにおいしいものをお腹いっぱい食べられて、僕は……』

(#゚;;-゚)(でも、それじゃあ、まるで)

 ぽつぽつと口に出しながら、いまだに思い出せない僕自身のことを思う。
 この幸福は、この感動は、あまりに深くて、そうであるが故に空恐ろしかった。

ξ゚⊿゚)ξ「俺(わたくし)はね、ずっといやぁな顔をしているの」

 ぽつりとツンが言った。
 俺(わたくし)はお野菜が嫌いだから、と付け加える。

(#゚;;-゚)『へっ?』

ξ゚ー゚)ξ「……ディには、わからないのね」

 それはどこか寂しそうで、何かを諦めたような曖昧な笑顔だった。
 なにだか声をかけ難くて次の言葉をジッと待つ。
 ゆっくりと時間をかけて最後のひとくちを食べ切ると、ツンはようやく口を開いた。

27名無しさん:2023/10/08(日) 19:13:19 ID:/UPF3yKA0

ξ゚⊿゚)ξ「わたくしのなかには、わたくしたちがいるの」

(#゚;;-゚)『別の人格があるってこと?』

ξ-⊿-)ξ「ううん、そうではないの……わたくしたちは、おんなじ、だから」

 ツンは僕ごと、自分のからだを大切そうに抱きしめた。
 身を捩って見上げると、愛おしげに彼女の頬がすり寄せられる。

ξ-⊿゚)ξ「わたくしとおんなじで、わたくしとは違って、わたくしが、わたくしであるために必要なわたくしたち」

ξ゚⊿゚)ξ「けれど、それ以上に……わたくしにはかけがえのない存在なのよ」

(#゚;;-゚)『……ふうん』

 ツンの言葉の意味は、正直、よくわからない。
 ただ、優しく、愛おしく、大切に想っているその気持ちだけは伝わった。

ξ*-ー-)ξ「わたくしたち、すこし、わがままだけどねっ」

ξ*゚⊿゚)ξ「ふふ、ふふふ、あははは!」

 ツンが一人で笑っているのに、なぜだか笑い合うさざめきに見える。
 それは不思議な感覚だった。
 目には見えないけれど、確かに、微かに、彼女の中に何がしかの存在を感じる。

 僕は僕であり、ツンではない。
 けれども、やはり、彼女とつながっているということもまた確かなのだ。

 そしてそれは、今の僕の不可解な状況を解く鍵になるかもしれない──。

ξ゚⊿゚)ξ「さて、あとはこっちも食べちゃいましょうか!」

 僕を木の根に下ろすと、ツンはいつ捌いたのか丁寧に切り分けられた魚を持ってきた。
 見れば、持ち帰るつもりなのだろう、既に何匹かは凍らせている。

 炎が出せるなら凍らせもするか、と妙な得心を覚えつつ思わず後ろに飛び退いた。

(#゚;;-゚)『ハ、ハアァア!!? いやもう食べない流れだったよね』

ξ*゚⊿゚)ξ「流れもなにもないわ。お魚は私(わたくし)の大好物なの、みんな平等に好きなものを食べるべきだわ」

(#゚;;-゚)『嘘つけ! そんなこと言って、ただお腹が空いてるだけだろっ』

ξ゚⊿゚)ξ「それならそれでいいじゃない」

 開き直ってそんなことを言うから手に負えない。
 ツンはためらいなく、透き通ったきれいな刺身をつまんで口に運ぶ。

28名無しさん:2023/10/08(日) 19:46:53 ID:/UPF3yKA0
 
(#゚;;-゚)『うっ、うえ、うぅ……』

ξ*゚⊿゚)ξ「ほらおいしい! って、あれ?」

 ほころぶように笑うツンとは対象的に、僕はなにも吐き出せやしないぬいぐるみの身体でむせていた。
 もう完全に受け付けない。
 ツンを通じてあの独特の触感を覚えた瞬間、反射的に拒絶していた。

ξ゚⊿゚)ξ「好き嫌いはだめなのよ? くるうさんに叱られちゃうわ」

(#゚;;-゚)『げ。またあの黒いのの話してる』

ξ-⊿-)ξ「とっても大事な人なの。そんなふうに言わないで」

 食べる手を止めて真剣に言うものだから、おもわずたじろいだ。
 悪かったよ、と小さな背をまるめて返す。

(#゚;;-゚)『ツンはさ、その……くるうとどういう関係なわけ?』

ξ゚⊿゚)ξ「どういう関係って、うーん、くるうさんはわたくしを作ってくれた人で、ご飯を一緒に食べる人で、とっても大切で、大好きな人よ」

(#゚;;-゚)『作った? なんか、変な言い方をするな……まあいいや。要はあんなんと家族なんだ』

 また言ってしまった。
 あんなん、はダメか。ダメだろうな。
 失言の自覚があり、なんとか取り繕えないかと慌ててツンの顔を見上げる。

ξ゚⊿゚)ξ「家族?」

 意外にも、きょとんとした反応だ。
 あるいはそちらの単語の方が気になったのだろう。

(#゚;;-゚)『違った? ツンのいう、一緒にご飯を食べるような、とっても大切な人のことだと……思うんだけど』

 だんだん自信がなくなってきて尻すぼみになる。
 ツンは宙を見て、なにごとか考えているようだった。

ξ゚⊿゚)ξ「くるうさんはくるうさん、わたくしはわたくしだと思っていたけれど……」

 やがて、パッと華やいだ顔で僕を抱き上げた。

 驚いたけれど彼女の顔を見ると何も言えない。
 本当に嬉しそうなのだ。
 もしかしたら、ただ無意識でぬいぐるみ扱いをしていのかもしれない。

ξ*゚⊿゚)ξ「家族、家族! ふふ、なにだか嬉しい。くすぐったくて、すてきな気持ちね」

 そうやって素直に喜ぶものだから、少しだけ呆れてしまう。
 やれやれと思いつつ、そのまま好きにさせた。

29名無しさん:2023/10/08(日) 20:10:05 ID:/UPF3yKA0

(#゚;;-゚)『うらやましいね。僕にはそういうの、居なかったから』

ξ゚⊿゚)ξ「え?」

(#゚;;-゚)『……あれ、うん。多分、そうだ。ずっと一人で生きてきた。そういう確信が、ぼんやりある』

 相変わらずハッキリとは思い出せないが、どうやら少しづつ記憶が戻ってきているようだった。
 思えば、魚に対する拒絶もまた、忘れている自分自身に紐づくことだろう。

 時間の経過なのか、森に深く入ってきたからか。
 あるいは、自分の本当の身体に近付いているのかもしれない。

ξ゚⊿゚)ξ「ならわたくしと家族になりましょうよ」

 そうやって考え込んでいたから、ツンの言葉に反応するのが一拍遅れた。

(#゚;;-゚)『ハアァァアァア!!?』

ξ*゚⊿゚)ξ「弟にしてあげる!」

(#゚;;-゚)『そ、そういうことか。びっくりした。勘弁してくれよ』

ξ゚⊿゚)ξ「安心して! くるうさんにもわたくしからちゃんとお願いするわ」

(#゚;;-゚)『僕はそのくるうさんとやらが怖い…というか、なんだろう……受け付けない、おぞましいというか……イヤなんだけど………』

ξ゚⊿゚)ξ「どうして?」

 ツンは気分を悪くするでもなく、自然とそう問い返したようだった。
 本当に不思議なのだろう。
 何故、くるうがこんなにも恐れられているのか。

(#゚;;-゚)『どうしてって……まずどう見たって人間じゃないし。アレって実際なんなの? 幻物にしてはヒトすぎるしさ』

ξ゚⊿゚)ξ「人間じゃないっていうなら、わたくしも人形だし、ディだってぬいぐるみじゃない」

(#゚;;-゚)『僕は人間だ!!』

ξ-ー-)ξ「ふふ。そうね、失礼しました」

30名無しさん:2023/10/08(日) 20:32:56 ID:/UPF3yKA0

 反射的にそう言ってから、あれっと思う。
 ツンの様子を見るに、言い間違いではなかったようだが。

(#゚;;-゚)『……ねえ、人形ってなにさ』

 思い切って聞き返す。
 ツンは、ああといった様子でなんでもないことのように答えた。

ξ゚⊿゚)ξ「あはは、そうよね。……わたくしはね、幻物でも、人間でもないの。歳を取らないし、死ぬこともないわ」

(#゚;;-゚)『どういう意味?』

ξ-⊿-)ξ「そのまんまの意味よ。くるうさんと一緒に生きていくためには、そうでないとならないの。だから、そういうふうに作ってくれたんだわ」

ξ*゚ー゚)ξ「こう見えて不老不死なんだからっ」

(#゚;;-゚)『……ツンの言うことは時々よく分からない』

 自慢げな彼女には悪いが、あまりにも突拍子がなく、現実味を持って捉えられない。
 だが、ツンが魔法が使えることも、幻物のようなくるうと共に暮らしていることも、確かな事実なのだ。

(#゚;;-゚)(僕のこの身体もまた……)

 不老不死。
 歳を取らず、老いて死ぬこともないのであれば、今の僕も〝そう〟なのだろうか。
 言いようのない不安に駆られて黙り込む。

 そんな僕を知ってか知らずか、ツンはあっけらかんと続けた。

ξ゚⊿゚)ξ「それでもこうして家族になれるんだからいいじゃない」

(#゚;;-゚)「ハァ?」

ξ*゚⊿゚)ξ『一緒にお昼を食べたわ。それにわたくし、ディのこと大好きよ』

 そういって、ぎゅうと抱きしめる。
 なにだか胸が詰まって苦しいような、それでいて心地よいような気がするのを、中の綿が寄っただけだと誰にともなく胸中で言い訳をした。

 この気持ちをまっすぐに受け止めるには、まだ少しこわくて、こそばゆかった。

ξ゚⊿゚)ξ「さ、そろそろ片付けて行きましょうか。お夕飯までには帰りたいもの」

(#゚;;-゚)『……そうだね』

31名無しさん:2023/10/08(日) 20:58:46 ID:/UPF3yKA0

 荷物をまとめるツンの背中を見ながら、ふと考える。

(#゚;;-゚)(僕は、僕の身体を見つけたらどうするんだろう)

 すべてを無事に思い出して、きっと元の、本当の僕の居場所に帰ろうとしていた。
 それがどうだ。
 記憶を辿れば辿るほど、こんな、幽世の森の奥深くまで来てしまって。

 冒険者だったのだろうか。
 あるいは、探索隊だったのだろうか。

 そうでなければ、あるいは。

(#゚;;-゚)(もし、こんなところまで、ひとりで来ていたのなら)

 ツンはわかっているのだろうか。
 僕が、どのような人間なのか。
 ある程度の想定をして、それで。

(#゚;;-゚)(……いや)

 彼女はただ、僕が僕を思い出すために付き合ってくれているのだろう。

(#゚;;-゚)(これは……僕の、覚悟の問題だ)

 やがて、やたらに身軽な姿でツンが駆け寄ってきた。
 荷物のほとんどはなぜか腰掛けていた木の洞(うろ)にうまいことしまい込んである。

ξ゚⊿゚)ξ「お待たせ!」

(#゚;;-゚)『荷物、もってかないのか?』

ξ゚⊿゚)ξ「危ないからね、最低限にするわ。帰りに回収するのよ」

 見ていて、と言って目を瞑る。
 祈るように胸の前で手を握ると、ツンの姿がほんのりと発光した。

ξ-⊿-)ξ「《 とばり とばり とばりよ、かくして/うつくしいみどりのなかに/わたくしたちが とけこむように》」

 そのきらきらとした光は、ツンだけでなく僕のことも包み込んだ。
 きっとこれも何がしかの魔法なのだろう。

(#゚;;-゚)『呪文?』

ξ゚⊿゚)ξ「複雑な魔法には必要なの。わたくしまだ、半人前だから」

ξ゚⊿゚)ξ「……でも、ほら」

32名無しさん:2023/10/08(日) 21:29:27 ID:/UPF3yKA0

 そう言ってこっそりと茂みにいた野うさぎに近づく。
 息のかかるような距離まで近付くけれど、逃げられない。

ξ゚⊿゚)ξ「……」

 人差し指を口に当てながら、ツンが優しく背中をつつくとと飛び上がって駆け出した。
 触れられるまではさっぱりツンの存在に気がついてなかったように見える。

(#゚;;-゚)『それは……』

ξ゚⊿゚)ξ「わかった? この魔法はね、周囲の生き物に気付かれにくくするの。一部の幻物も狩りの時に使っているのよ」

(#゚;;-゚)『これで危険な幻物から身を隠しながら進むってこと?』

ξ*゚⊿゚)ξ「そう! なんだか冒険みたいで、ワクワクするわね」

 くすくすと笑い合う。
 奥に進もうと導の湖畔の反対に回ると、先程まで群れていた小さな幻物たちはいなくなっていた。

ξ-⊿゚)ξ「さてと。くるうさんに怒られるかもしれないけど、きっと大丈夫。たくさん謝ったら許してくれるわ」

(#゚;;-゚)『悪い子だ』

ξ゚⊿゚)ξ「ディに似たのかも!」

(#゚;;-゚)『こいつ』

 荷物は腰に巻いたポーチだけ。
 すっかり身軽になったツンの肩によじ登る。

(#゚;;-゚)(すべてを思い出して、帰る場所なんか始めからなくって、どうしようもなかったら)

 そのときは。

 すぐ近くで見てもハッとするほどきれいに整った横顔。
 やわらかな金髪が頬を撫でる。

(#゚;;-゚)(……ツンと一緒に、帰ってもいいかも)

33名無しさん:2023/10/08(日) 21:30:03 ID:/UPF3yKA0

 二人は気付かない。
 遙か後方、木々の高くからにわかに飛び立った鴉(からす)の群れが、穏やかに滲む夕闇の気配を黒く濁して広がる景色を。

 日が高く高く昇ってゆく時間は終わり、後はもうゆっくりと沈むばかり。
 宵の気配が、足音を隠して忍び寄る。






 第二幕 ■ 寸暇の陽だまり 終

.

34名無しさん:2023/10/09(月) 16:03:44 ID:5JfeoHjw0


35名無しさん:2023/10/10(火) 11:38:44 ID:rMomP2Sg0




 第三幕 ■ 昏き底にて這い蹲う


.

36名無しさん:2023/10/10(火) 11:43:09 ID:rMomP2Sg0

(#゚;;-゚)『ねえ、なんだかヘンな感じがしない?』

ξ゚⊿゚)ξ「……奇遇ね。わたくしもおんなじこと思ってたわ」

 導の湖畔を抜けて1時間ほど歩いただろうか。
 朝と比べて、森の様相はあきらかに違っていた。

 まず、空が見えない。

 木々が密集しているのもあるが、深く立ち込めた霧が悪さをしている。
 足元も異様だった。
 そこら中に道のように太い木の根が張り巡らされ、地面なぞとうにわからない。
 根と根の隙間はどこまでもどこまでも深く、暗く、落ちれば命がないことは自明だった。

ξ゚⊿゚)ξ「ねえ、ディの身体は本当にこっちにあるのかしら」

 ツンはそういってきょろきょろと当たりを見回す。

 ……先ほどから、進んでも進んでも奥に進めている感覚がない。
 なにだか、同じところをグルグル回っているような感じだ。
 これ以上奥へ進むことを森に拒まれている、そんな考えがフッと浮かんだ。
 
(#゚;;-゚)『……でも、確かに、見覚えがある…』

ξ゚⊿゚)ξ「ディ……」

 なんとも言えない表情でツンがこちらをみる。
 彼女が何を考えているのか、声に出さずともわかった。

 景色はとうてい現世(うつしよ)とはかけ離れている。
 なにより、ゾッとするほど静かなのだ。
 生き物の気配どころか、風の吹く様子もない。

 こんなところに放置された人間の身体が、果たして無事そのままであるのだろうか。

 ……もういっそ何も見つけずに、思い出さずに、戻った方がよいのではないか。
 こんな深いところまできて、それでも何も見つけられなかったのだから。

(#゚;;-゚)(もうそれで十分なんじゃないか)

 がくん、と。
 不自然にツンの身体が持ち上がった。

(#゚;;-゚)『ちょ、なに……っ』

 絶句する。

 ・・・・・・・
 宙に浮いているのだ。

37名無しさん:2023/10/10(火) 11:46:18 ID:rMomP2Sg0

ξ; ⊿ )ξ「う、うぐ……っ」

 ツンはバタバタと苦しそうに足を振り回す。
 それでも僕を放さないよう、小さな手が強く強く食い込んだ。
 もう片手は自身の首に、いや、首に巻かれたであろう不可視の何かを引き剥がそうと必死に力を込めている。

(#゚;;-゚)『ツン! おい、ツン!!』

 だが、抵抗もむなしく足から徐々に力が抜けると、やがてだらりと垂れ下がる。
 そのまま振り落とされないよう肩までよじ登ると、ちかちかと視界が明滅した。

(#゚;;-゚)(なんだ、これ)

 ピントが徐々に合っていくように、意識して見つめると辺りで蠢く何かが、視える。
 ……蔓(つる)だ。
 ツンの首にビタビタと異様にうごめく蔓が絡まっている。

(#゚;;-゚)『──ッ』

 その先に、巨大な鶏(とり)の頭があった。
 ぎょろりとした目玉だけでも、ツンの大きさを優に超えている。

 体は見えず、ただ、宙にぽっかりと浮いている。
 とても尋常の生物とは思えない。
 導の湖畔で見た幻物たちがいかに可愛らしいものであったのか、今さらながら痛感する。

 蔓は鶏頭の真下から伸びているようで、今もなお不可視である胴体に繋がっているのかもしれない。

(#゚;;-゚)(でもそんな、さっきから気配だってなんにも……いっそ、不気味なほど静かだったのに)

 そこまで考えてハッとした。
 そうだ、ツンが言っていたじゃないか。
 周囲の生き物に気付かれにくくする魔法は、幻物も使う──。

(#゚;;-゚)(いや、でも、どうして気付かれた?)

(#゚;;-゚)(……待てよ、蔓自体が幻物の身体の一部なのだとしたら)

 この霧の中、足場代わりの太い木々に巻き付く植物にいくらでも紛れられたはずだ。
 きっと僕らは、気付かぬうちに触れてしまったのだろう。

 考えている間にも、ぐったりとしたツンの身体が蔓によりさらに上へ、上へと引き上げられる。
 もはや少しも動けなかった。

 ぬめった目玉がツンを見ている。
 何の感情も読めない、穴のような瞳。
 そうして僕らは巨大な嘴(くちばし)の中に放り込まれた。

 情けなくも僕はなんの抵抗もできぬまま、呆気なく意識を手放したのだ。

38名無しさん:2023/10/10(火) 11:50:51 ID:rMomP2Sg0
 





 ……腹が減る。

 腹が、腹が減って、どうにかなりそうだ。
 ぐったりとして顔を擦る。ごり、と枯れ木のような感触。

 やせこけた手足、薄汚れた肌、落窪んだ目。
 僕は、ごみだめを漁っていた。

 生ぐさくぬめった魚の身が口に入り、凄まじい腐臭が脳天を貫く。
 それは酷く慣れた不快だった。
 げえげえと吐き出しながら、同時に、そんな自分自身を見下ろしていることに気付く。

(# ;;- )(ああ、そうだ、そうだった)


 間違いない。
       ・・
 これは僕の、記憶だ。

 食べ物も、身を寄せあう余裕もない。
 虫が巣食うこの薄暗い路地裏が僕の生活のすべてだった。

 その日は、酒場の前で置き去りにされた荷物を盗み去り、街外れのゴミだめに潜り込んで漁っていた。
 誰に見つかっても厄介だから、はじめから誰にも見つからない最悪の場所に身を潜めていた。

 やけに重つい鞄の中に手を突っ込むと、ガチン!という硬い感触と共に、凄まじい衝撃が身を襲った。

 咄嗟にゴミをかき分けて深く深く潜り込む。
 がやがやと騒がしい人の声はざあっと流れて、消えていく。
 それでも恐怖は薄れない。

 気持ちを落ち着けようと、どくどくと鳴る心臓へ必死に意識を向けた。
 己の心音だけが、暗く狭い世界を満たしてゆく。

 ……どれくらいそうしていただろうか。

 荷物からゆっくりソレを引き出す。銃形の魔道具だった。
 ロックもかかっていない。
 おそらくまだ、持ち主の込めていた魔力が残っていたのだろう。残弾もある。

39名無しさん:2023/10/10(火) 11:52:29 ID:rMomP2Sg0

(# ;;- )「……」

 こんなもの、と。
 食えもしなければ、売りに出すこともできない下賎の身なりで、普段であればなんの価値もないと、見向きもしなかったろうに。

 何故かその日は手に握りこんで離せなかった。

 ……命のおわりが見えていたんだと思う。
 こんな、こんなところでただ野垂れ死ぬぐらいならと思ってしまった。

 ソレには確かな力があった。
 命を奪う、力があった。
 
 銃を手に夜の底を走る。
 僕のどこにそんな体力があったのだろうか。
 土を蹴る足が、風を切る腕が、自分のものではないかのように動いた。

 夜が明ける前に、この覚悟が霧散してしまう前に、誰かに見つかってしまう前に。
 胸をジリジリと焼くような焦燥感すら心地よく、小石が足裏を割こうが、死肉をねらう怪鳥が頭上を旋回していようが、気にならなかった。
 

 かくして僕は、幽世(かくりよ)の森に入り込んだのだ。

.

40名無しさん:2023/10/10(火) 11:56:25 ID:rMomP2Sg0

 世界が現世と幽世とに分かたれてから、ひどく曖昧で不安定なその境界を森が覆った。
 もう千年以上も前のことだ。
 幽世に続く森。幽世を閉ざす森。幽世と分かつ森──それはいつからか、〝幽世の森〟と呼ばれるようになった。

 決して近づいてはならぬ森。

 幻物の棲まうその森は、およそ人間が生き抜ける環境では決してない。
 話題に挙げること自体、僕ら孤児の間ですら歓迎されるものではなかった。
 まるで魔法にでもかけられたように、人々は皆、森を恐れていたように思う。

 とにかく、入ってしまえば帰ってくることがない、そういう場所なのだ。

 それでも時折、森に立ち入る人間がいた。
 ……口減らしに子どもを捨てに来るのだ。森で野垂れ死んでも誰も見つけられない。
 獣か、幻物か。生きていようが死んでいようが、餌になるのがオチだ。

(# ;;- )(構うもんか。どうせ、こんなところにいたって死ぬばかりだ)

 潜る。食べ物をもとめて。
 潜る。死に場所を探して。
 潜る。命を奪うモノを手に。

 小さな獣を見た。逃げていく。とうてい捕まえられそうにない。
 見慣れない果実を頬張った。あまく、みずみずしく、しゃぶしゃぶと口をうるおした。
 生まれて初めておいしいという言葉の意味を知る。なぜか、涙が出た。
 大きな獣を見た。身体中に泥を塗りたくり、息を殺してただやり過ごした。

 湖を超えると景色は一変した。
 一晩中歩いたはずだが、あたりはなお薄暗く、そこら中に生えた白く発光する植物や茸の明かりを頼りに進んだ。
 複雑に絡み合う木の根が折り重なり、地面は深く、遠く、もはや自分がどこを歩いているのかも分からない。

 そして。

 幻物を見た。一瞬で肌の粟立つのを感じた。
 動めく闇としか形容しようのない、黒いモノ。
 てっぺんのあたりに、ぼうっと、白い面でも貼り付けたように人間じみた顔が見える。

 胸に抱えた銃に指をかけた。
 幻物に襲われては、死ぬよりきっと、ひどい目にあう。

 大丈夫。ここには、命を奪うモノがある。
 大丈夫。大丈夫。大丈夫。
 木の洞(うろ)に身体を小さく、小さくかがめて、祈る。

 ガタガタと震える身体が余計な音をたてぬよう、必死に堪えた。

 もう十分だろ。
 僕なんかの最期には贅沢すぎる冒険だった。
 今さらになって怯えるな。

41名無しさん:2023/10/10(火) 11:56:54 ID:rMomP2Sg0
 


 ……死にたくない。


.

42名無しさん:2023/10/10(火) 11:58:06 ID:rMomP2Sg0

「ねえ」

 ガチン!とした衝撃。
 反動で身体が叩きつけられる。

 ああ。ああ。そうだ、そうだった。
 思い出した。
 思い出してしまった。

 声をかけられたのだ。

 柔らかく揺れる金糸のように、煌めく髪。
 けれど、僕は。
 
 幻物に怯え、震える手元で誤って、〝己を殺すためのモノ〟で。
 目の前に現れたうつくしい少女の、頭を、撃ち抜いた。

(;# ;;- )「うわああああああああああああああ」

 血溜まりから、ぐにゃりと盛り上がる。
 あの闇が。先に見た、かの異様が。
 白い面のような顔が無表情にこちらを見て、次の瞬間、僕の腹には大きな穴が開いていた。

 ああ。そうか。そうだったのか。
 僕は、僕が──

.

43注意:痛ましい表現があります:2023/10/10(火) 12:01:59 ID:rMomP2Sg0

 ぽたり、ぽたりと音がする。
 ハッとした。そして、本能で身動ぎなぞしてはならぬと確信する。

 地べたに転げ落ちたいまやボロきれのようなぬいぐるみの体は、じっとりと濡れていた。
 酷く腥(なまぐさ)く、湿り気を帯びた暗闇が一帯を満たしている。
 また、先程からずっとガサガサと荒い衣擦れのような音が響いていた。

 記憶は、嘴の中に放られたところで途絶えていた。
 ここはどうやら洞穴のようだった。

(#゚;;-゚)(……あの幻物の巣だろうか)

 ツンの姿を探すが、あまりに暗く、見つけることが出来ない。
 なら、と頭の中で声をかけようとして意識を向けた途端、凄まじい悲鳴が頭の中に響き渡った。

(#゚;;-゚)『ツン!!?』

 返事は無い。恐らく、届いていないのだ。
 改めて耳を澄ます。
 不快な衣擦れの音の奥で、かすかに、かすかに、弱々しい息遣いの気配があった。

 ……嫌な予感がする。

 そして、不意に気付いた。    ・
 じっとりと身体を濡らす、コレは、血だ。
 僕は血溜まりに落ちていた。
 上からぽたりと垂れるのは同じく赤い、鉄錆の匂い。

 見上げる。
 ツンが、垂れ下がっていた。

 腕を蔓に縛られて、ダラりと足は伸びきっている。
 青黒い痕(あと)がくっきりと首に残っていた。

 いや。それより。そんなことよりも。

(#゚;;-゚)『──ッ』

 鳥頭の幻物がツンを囲み、それぞれに彼女の薄い腹を、華奢な肩を、細い脚を、嘴で啄んでいた。
 最後に見たあの巨大な幻物とは違う、おそらく雛、幼体であろうことがわかる。

44名無しさん:2023/10/10(火) 12:04:12 ID:rMomP2Sg0

 ツンの口からは薄い、薄い、呼吸だけがきこえる。

 とっくに致死量の血が流れているだろうに、耐えられぬほどの痛みに苛まれているであろうに、彼女は何故か、生きている。

(#゚;;-゚)(不老不死……まさか、そんな)

 幽世の森において、死ねないことがどんなに恐ろしいことか。
 もはや、呪いにこそ等しいものだろう。

 彼女の声なき声が、頭の中に響き渡る。
 痛みに、恐怖に、泣き叫ぶ声が。

(#゚;;-゚)「……」

 どうしたらいいのか、自分には、わかる。
 今ならば。
 彼女の声を頼りに、ぬいぐるみの身体を抜け出した。

 凪いだ水面のような暗闇の奥。

 泣いて、叫んで、半狂乱になっているツンの魂が見えた。
 周りをふわふわと小さな子どもたちが怯えて、怖がっている。
 別なるも同一の存在。彼らがきっと、ツンの言う〝わたくしたち〟なのだろう。

 ツンは彼らを庇っているのだ。
 意識を失えば、きっと〝次〟は彼らの番だから。

 そっと近づいて抱きしめた。

(#゚;;-゚)『……交代しよう、ツン』

 一瞬、驚いた顔が見えた。
 突き飛ばすと、あっという間に姿が見えなくなる。
 彼女の身体は、いまや、僕のものだ。

 瞬間、とうてい耐え難い凄まじい痛みが全身を貫いた。

 ……死ねない呪い。魂が、摩耗するのがわかる。
 大丈夫、大丈夫だから。
 祈るように、囁く。

(# ;;- )『今は、ゆっくり、おやすみ』

 疲れ果てたのだろう、ツンの意識が静かに眠りにつくのが分かった。
 それでいい。

 この痛みは、僕が受けるべき罰だから。

45名無しさん:2023/10/10(火) 12:09:55 ID:rMomP2Sg0

(# ;;- )(死なないのはツンの〝身体〟だけ。……僕の魂は、きっと、そうじゃない)

 だから、だからどうか、僕が持ち堪えていられる間に。
 そうして僕は、あの黒い幻物の姿を思う。

 僕がツンの頭を撃ち抜き、静かに怒りを向けた闇のような幻物。

 僕は、あのとき死んだのだ。
 あるいは、今の状況を鑑みるに……ツンを構成する、治す、そういった材料にでもされたのだろう。

 本来はきっと、ツンとして、取り込まれるはずのところを、しかし、何かの不都合で中途半端に魂のかたちが残ってしまった。
 わかってしまえば、それだけの存在だった。


 激痛にゆがむ意識を、それでも、手放さない。


 僕が眠ってしまえばツンがまた起きてしまうから。
 つらい役目は僕が担うから。
 少しでも、罪滅ぼしになれば、いいけれど。

 だから早く迎えに来てあげてくれ。
 なあ。くるうとかいったろ。おまえは、ツンの。 

(# ;;- )(家族なんだろ、う──……)

46名無しさん:2023/10/10(火) 12:10:21 ID:rMomP2Sg0














47名無しさん:2023/10/10(火) 12:18:30 ID:rMomP2Sg0

川 ゚ 々゚)「……」

 おかしな時間に酷い悪夢を見ていると思った。
 様子を見に夢を渡って来てみれば、トギルツギスの雛に囲まれている。

 導の湖畔より先は入ってはならないと、あれほど言い含めておいたのに。

 いや、しかし。
 それでもここ数十年、彼女は一度として言いつけを破ったことはなかった。
 なにか、きっかけがあったのだろうか。

 考え込んでいると、雛の一匹がギィギィと喚いた。
 つられて、こちらに気付いたのだろう、ぎょろりとした瞳が一斉にこちらを見る。
 仕方がないのですべて殺して、中心で縛り吊るされたツンの身体を降ろしてやる。

ξ ⊿ )ξ

 ……言葉にするのも憚られるようなひどい有り様だった。
 ついこの間も酷い目に遭わせてしまったというのに。

川 - 々-)「……」

 すぐにでも治してやりたいけれど、あいにく今は手持ちがない。
 どうしたものかと辺りを見回して、あれっと思った。

 ぬいぐるみが落ちている。

 血まみれで薄汚れたそれは、いつだったか、街に降りた日の手土産に持ち帰ったものだ。
 何故だか、ツンの気配がそこからすることに驚く。

川 ゚ 々゚)「……まさか」

 ぬいぐるみを抱えて、改めてツンの身体を確認する。
 〝子どもたち〟は怯え、疲れて、眠っている。
 ……だが、磨り減ったような形跡はない。

 そして、中心にいるのはツンではなく、けれども見覚えのある魂だった。

 先日、ツンの頭を撃ち抜いた──そして、その場で殺して魂を抜いた少年──彼の、ぼろぼろに崩れた魂が、かろうじてツンの身体を保たせている。

 ぬいぐるみがあることから、思うに、ツンはきっと彼と共にここまできたのではないだろうか。
 恐らく、彼には強い自我があったのだろう。

 ツンがこうして森の奥深くまで来てしまったのも、彼となにがしかのやり取りがあったのであろうことが窺える。

川 ゚ 々゚)(俺は彼が死ぬよりも早く魂を剥がしてしまったのか。それで、中途半端に意思が残った……?)

 目の前でツンを壊されて、焦っていたのかもしれない。
 ……柄にもなく。

48名無しさん:2023/10/10(火) 12:21:00 ID:rMomP2Sg0

川 ゚ 々゚)(だが、なぜ彼がツンの身体に)

川 ゚ 々゚)(そんなことをすれば、苦しむのはきみだったろう)

 血と汗でべっとりと肌に張り付いた髪を優しく撫でる。
 その顔はどこか、満足気に見えた。

川 ゚ 々゚)「……」

川 - 々-)「……」

 ひと息ついて、祈りを口にした。


 それは、ツンを構成する魂を受け入れる為の魔法。


 幽世の森に打ち捨てられた、子どもたちの魂を迎える言葉。
 世界に必要とされない者が、どうか、陽だまりに集えるように。


川 ゚ 々゚)「──きみに名前を与えよう」

.

49名無しさん:2023/10/10(火) 12:22:00 ID:rMomP2Sg0
 





 第三幕 ■ 昏き底にて這い蹲(つくば)う 終

.

50名無しさん:2023/10/10(火) 12:42:37 ID:rMomP2Sg0




 終幕 □ 夢のあと


.

51名無しさん:2023/10/10(火) 12:45:40 ID:rMomP2Sg0


「おきて」

「……まだ眠いの」

「ツン、ほら、朝だよ」

「それに、こわいの、目を覚ますのが」

「……大丈夫。怖いのは、彼がすべて引き受けてくれたから」

「彼?」

「なんでもないさ。ほら、朝ごはんにしよう」

.

52名無しさん:2023/10/10(火) 12:47:10 ID:rMomP2Sg0

ξ-⊿゚)ξ「……う」

 ぐ、と伸びをする。

 ベッドから降りると不思議な心地がした。
 何日もずっと眠っていたような、ものすごく久しぶりに起きたかのような。
 長い、長い夢をみていたような、そういう感覚。

ξ゚⊿゚)ξ「くるうさん?」

 返事はない。階下にいるのだろう。
 たぶん、夢の中に迎えに来てくれたのだ。

 ……なんとなく、寂しい気がする。

ξ゚⊿゚)ξ(なんでだろう)

 香ばしく焼けたパンの香りを辿るようにぱたぱた降りると、既に朝餉の用意を終えたくるうさんが座っていた。

川 ゚ 々゚)「お寝坊さんだね」

ξ*゚⊿゚)ξ「えへへ。おはよう、くるうさんっ」

川 ゚ 々゚)「はい、おはよう」

 そう言うと、くるうさんはテーブルに着いた私に近付く。
 するりと腹を撫でた。

川 ゚ 々゚)「調子はどう?」

 意味を理解しあぐねて、きょとんと首を傾げる。

ξ゚⊿゚)ξ「おなかならペコペコよ」

 そう返すと、くすりと笑って席に戻った。

川 ゚ 々゚)「それならよかった」

ξ-⊿゚)ξ「今朝のくるうさんは心配症ね」

川 ゚ 々゚)「……家族、だからね」

 家族? 聞きなれない言葉だった。
 なにだか、ぽっかりと空いた胸の中に落ちてくる。

川 ゚ 々゚)「ほら、お食べ」

ξ゚⊿゚)ξ「はぁい」

53名無しさん:2023/10/10(火) 12:49:04 ID:rMomP2Sg0

 差し出されたものをよく見ずに口に頬張る。

ξ;゚⊿゚)ξ「!!?」

 くにゃりと柔らかな食感。
 反射的にゲホゲホと咳き込んだ。

ξ;-"⊿-)ξ「う、う゛ぅ゛〜〜〜〜〜〜」

 涙目になりながら何度もむせ込む。
 なんだこれ、なんだろう、受け付けない。
 こんな感覚は初めてだった。

川 ゚ 々゚)「どうしたの」

 不思議そうにくるうさんがみている。
 皿には、魚の切り身が並んでいた。

ξ; ⊿ )ξ「わたくし、それ、嫌ぁ……」

川 ゚ 々゚)「おや。そうかい、ごめんね」

川 ゚ 々゚)「……今までも魚は苦手だったかな」

 差し出された水をこくこくと飲みながら、首を横に振る。
 お魚。大好きだったはずだ。
 そもそも私(わたくし)の好物だったはず。

 ねえ。とわたくしの裡(うち)に語りかける。
 私(わたくし)はおろおろと困ったようにして、やがて、ゆっくりと首を横に振った。

ξ; ⊿ )ξ「そうじゃないけど、そうみたい……」

 とにかくこのヌメっとした感じがダメなのだ。
 どうしても、苦手で……。

ξ;⊿;)ξ「あれ」

 ぽろぽろと涙がこぼれる。
 なぜかわからないけれど、止まらない。止められない。

ξ;⊿;)ξ「わたくし、どうして」

 くるうさんは立ち上がり、ひょいとわたくしのことを抱え上げる。
 されるがままにしていれば、そのまま優しく背中を撫でてくれた。

川 ゚ 々゚)「……魚はきっと、彼が苦手なんだね」

 くるうさんの言葉はよく分からなかったけれど、泣き止むまで、落ち着くまで、くるうさんはずっとやさしく背中を撫でてくれた。

54名無しさん:2023/10/10(火) 12:52:16 ID:rMomP2Sg0

 きっと、これから先。

 わたくしはずうっと、魚のことは苦手なまんまだろう。
 なんとなくそう思って、同時に、そうでありたいとどこかで思っていた。

 ゆるゆると目を閉じる。

 まぶたの裏、凪いだ水面のような暗やみのなか、やわらかな猫のぬいぐるみがそっと傍らに寄り添うような気がした。






 ξ゚⊿゚)ξ 幽世の森に棲まうようです おわり

55名無しさん:2023/10/10(火) 12:53:05 ID:rMomP2Sg0
遅刻しました。すみません
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました

56名無しさん:2023/10/10(火) 15:14:42 ID:Fm6xVWCw0
乙乙乙

57名無しさん:2023/10/11(水) 12:26:25 ID:hBJLAsnQ0
乙乙
優しい雰囲気で良かった

58名無しさん:2023/10/12(木) 13:25:58 ID:D6Po/sLM0
寂しいのに優しくて温かいお話だった乙

59名無しさん:2023/10/15(日) 16:12:01 ID:TsaJJm720
おつおつ
この雰囲気好き

60名無しさん:2023/10/15(日) 23:12:05 ID:F5uzYqCk0
ちょっと換わった少年少女の冒険譚かなと思ったらなんかもう、思ってたのと違った。もっと好き
あったかいけど物悲しい、でもディ少年には良かったねって言ってあげたくなる話だった


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