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(´・_ゝ・`)麻殻に目鼻を付けたようです
100
:
名無しさん
:2023/09/30(土) 08:28:17 ID:IwWz1E/E0
乙乙
めっちゃ良い、好きすぎる
ここで前編終わるのも上手いし、飯テロ描写も最高
続き待ってる!
101
:
名無しさん
:2023/09/30(土) 10:33:23 ID:KE1dk0R20
読んでいただきありがとうございました!
>>71
修正
× 「ロミスは口の薄さが良くない」。
○ 「ロミスは口の小ささが良くない」。
102
:
名無しさん
:2023/09/30(土) 21:42:39 ID:Ps8GcxA20
地獄が始まってしまった感
乙
103
:
名無しさん
:2023/09/30(土) 23:27:10 ID:cDKylN9.0
乙です
104
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 20:39:53 ID:dUBhmJ4o0
中編投下します
今回も長い
途中で力尽きたらまた明日投下します
105
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 20:40:43 ID:dUBhmJ4o0
( ^ω^)「それで?」
指先まで分厚い手がカウチの肘掛けを撫でる。
感情の窺えない声で言って、ボスは目の前、膝をつくデミタスを見下ろした。
(´・_ゝ・`)「追い詰めると、パニックになってまともに話せません。
むしろリラックスさせた方が、祖母との思い出を回想しやすい傾向にあったと思います」
それを聞くと手を止め、今度は肘をつく。
手の甲に丸い顔を預けながら続きを促した。
( ^ω^)「それで?」
同じ言葉、同じ声色。
いつもどおりの笑顔。
人を褒めるときも責め立てるときも、この顔をする。今はどちらだ。
口内から喉までが乾ききって張りつくような錯覚をおぼえながら、デミタスは口を開く。
つっかえたらその時点で何も言えなくなりそうだったから、まくし立てるように言葉を紡いだ。
106
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 20:41:50 ID:dUBhmJ4o0
(´・_ゝ・`)「伊藤クールの言葉を信じるなら『鍵』はファイナル市の中にある。
僕とペニサスの二人で、その鍵を見付けてきます」
(´・_ゝ・`)「発見次第、ただちにボスに譲るとペニサスは言ってます。もちろん無償で。
その条件では却って信用ならないというなら、好きな額で買い取ってくれ、とも」
( ^ω^)「金を受け取ると言ったのかお?」
なのに、続けようとした言葉はボスの発言によって止められてしまった。
( ^ω^)「どうせ死ぬのに?」
(´・_ゝ・`)「……」
交渉する予定だったものが、潰れる音がした。
やはり一度止まってしまうともう駄目で、口が動かない。
ぎしり。カウチを軋ませながら姿勢を変えたボスが、デミタスの鼻先をつまむ。
107
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 20:43:36 ID:dUBhmJ4o0
( ^ω^)「ねえデミタス。薬のことも大事だけれど、それより僕は
お前に早く人を殺してほしいんだお」
(´・_ゝ・`)「……はい」
( ^ω^)「お前は顔の造りも素直な性格も、全部完璧に出来てる。
きっと僕に嘘をつかない。僕のことを裏切らない。
その証明が早く欲しいんだお。分かるかお?」
(´・_ゝ・`)「分かります」
( ^ω^)「なのに僕は今、恐ろしいことを思いついてしまったお。
──もしかしてお前は女に絆されて、
どうにか殺さないで済む道を僕に提案しようとしてるんじゃないかって」
(´・_ゝ・`)「……」
108
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 20:48:02 ID:dUBhmJ4o0
( ^ω^)「デミタス。僕がお前にしたのは、どんな頼みだったかお?」
(´・_ゝ・`)「……どんな手を使っても女から薬の情報を引き出して、それから殺せ、です」
うん──と頷いて、ボスはデミタスの鼻をさすった。
その指がぬるぬるとぬめって、自分が汗をかいていることを自覚する。
( ^ω^)「暑かったかお。すまないね、最近めっきり涼しくなって、冷房を使ってなかったから」
(´・_ゝ・`)「いえ……」
( ^ω^)「そうかお。──『どんな手を使っても』と言ったからには、
情報の探り方は好きに決めて構わないお。女と協力するのもいい。
その後の始末だけ、決して間違わないように」
はい。
からからの口で、何とかそれだけ答えた。
109
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 21:00:19 ID:dUBhmJ4o0
( ^ω^)「ちなみに、鍵とやらにどうアプローチするかの考えはあるのかお?」
(´・_ゝ・`)「……市内で、伊藤クールがよく行っていたという場所を回ろうと思います」
( ^ω^)「それならとっくに調査済みだお。何も得るものはなかった」
(´・_ゝ・`)「ペニサスがいれば、また新しい見え方があるかもしれません」
( ^ω^)「ふむ。どう思う、オサム」
背もたれを挟んだ後ろ、黙って突っ立っていたオサムに声をかける。
オサムは苛立ちを孕んだ左目でデミタスを睨みながら、それに反して落ち着いた声で答えた。
【+ 】ゞ゚)「……好きにやれというのがボスのご意向ですから、それでいいかと。
ただ、こいつはまだボスに忠誠の『証明』を出来てません。
念のため、街をうろつく際には見張りをつけた方がいいのでは」
( ^ω^)「うん……疑うようで少し悲しいけど、そうかもしれないおね」
鼻から指が離れて、知らず、長い吐息が漏れた。
( ^ω^)「それじゃ任せたお、デミタス」
(´・_ゝ・`)「はい」
110
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 21:01:05 ID:dUBhmJ4o0
■中編:命乞い観光
.
111
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 21:02:56 ID:dUBhmJ4o0
('、`*川「お話し、どうなったの……?」
──伊藤クールの書斎。
書類の束をめくりつつも一切その中身は頭に入っていないのだろう、
ペニサスがそわそわしながら訊ねた。声は弱く、表情も情けない。
(´・_ゝ・`)「好きにやれと言われた」
机の引き出しを引っこ抜きながらデミタスは答える。
('、`*川「もし見付けられたとして、その後は?」
手が止まる。
小一時間前の、ボスのオフィスでのやり取りがぐるりと頭の中を回った。
ペニサスは不安げな、しかし少し期待の籠もった目を向けてくる。
( ^ω^)『どうせ死ぬのに?』
(´・_ゝ・`)「……その暁には、殺さなくていいって」
バレないように唾液を飲み込んでから、そう言った。
ペニサスの顔が──まだ強張ってはいるが、それでも多少──綻んだ。
('ヮ`*川「じゃあ頑張らなきゃ」
喉から胸元にかけてがぎゅっと狭まったような息苦しさを覚えて、
今すぐ自身の発言を訂正したくなった。
112
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 21:04:54 ID:dUBhmJ4o0
昨夜散々泣きわめいてからというもの、彼女はすっかり素直な振る舞いをするようになった。
いっそ若干の無垢さすら──もっと明け透けに言うなら、幼稚で甘えたな性分が覗いている。
それ以前の、いちいち誘いをかけてくるような態度は
何かの小説で見た「老若男女を手玉にとる強い女」の真似をしていたのだという。これならナメられるまいと。
ただ男に飢えているのかと思った、とデミタスが感想を述べてやったら、真っ赤になって睨まれた。
£°ゞ°)「そういうことなら、ちゃっちゃと調べようね」
二人の横。
紫のツナギの袖をまくり、本をばさばさ揺らしてロミスが言う。
──今日は一旦、家の中に手がかりがないかを探すことになった。
なので見張りは必要ない。ここにロミスがいるのは、単純に人手を増やすためだ。
既にペニサスとは顔を合わせているし、彼の人当たりもあるので、そう無闇に警戒させないだろうという人選。
113
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 21:06:28 ID:dUBhmJ4o0
£°ゞ°)「この間はごめんねえ。いきなり二人も来ちゃ怖かったよね」
('、`*川「ううん、いいのよ。たくさん話してくれて楽しかったのも本当だから」
数日前の夜道でロミスが「デミタス一人でいい」と言ったのは、
二人では彼女を過剰に怯えさせてしまうと理解していたからなのだろう。
何歩も先を行かれているのが悔しく、デミタスの手付きが少しだけ荒くなる。
それにしても、とペニサスが言葉を続けた。
('、`*川「デミタス君、家の中を漁ろうとしないのが不思議だったの。
拷問で喋らせるより、まずはおばあちゃんの部屋を見たがるものなんじゃないかって……」
(´・_ゝ・`)「それはもう、ボスの部下が調べたと言ってたから」
('、`*川「え?」
(´・_ゝ・`)「家捜しなら、祖母さんが死んだ直後に
あんたが留守にしてるタイミングを見計らって何度かやったらしい」
('、`*川「……全然気付かなかった」
気付かれるようなヘマはしないだろう。
ボスの部下(デミタスたち『お気に入り』とは違う)の仕事なら細かく正確で、そつはない。
だから今、改めて書斎を調べることにもあまり意味はないのだが。
ボスに言ったように、ペニサスになら気付けるものがあるかもしれないということで、
念のため物色している次第だ。
114
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 21:09:23 ID:dUBhmJ4o0
£°ゞ°)「──お祖母さん、ペニサスちゃんのために毒を渡してたんだよね?」
ロミスが急とも思える発言をした。
頷き、ペニサスは答える。
('、`*川「おばあちゃんが病気してから、度々言われるようになったの。
おばあちゃんがいなくなれば、私、きっと殺されるはずだって」
('、`*川「きっと酷いことをたくさんされて、たくさん痛い思いをするだろうから、
これを使いなさいって……」
と、ポケットから小瓶を取り出す。
手にすっぽり隠せるほどに小さいそれの中には、白い粉末。
115
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 21:11:14 ID:dUBhmJ4o0
('、`*川「これ一本分で致死量らしいわ。
即効性なのか遅効性なのか、味や匂いがあるかどうかも分からないけど……」
£°ゞ°)「それじゃ使いづらいよねえ。ちゃんと教えてくれればいいのに」
('、`*川「正直、私、最初は本気にしてなかったの。
病気で弱ったおばあちゃんが、……おかしく、っていうか……変に考えすぎちゃったのかと。
だから追及しなかった」
('、`*川「でもお葬式の後、おばあちゃんと一緒に仕事をした人たちが
事故死したり行方不明になったりってニュースを度々見て、
ああ本当だったんだって……」
そのときの恐怖がぶり返したのか、ペニサスの声や手が震え始める。
ロミスが話題に反して殊更明るい声を出した。
£°ゞ°)「まあともかく。
ってことはお祖母さん、資料を狙った奴が来るのを予想してたんだよね。しかも厄介な奴が。
ならやっぱり、この家には手がかりも残さないと思うな。絶対漁られるもん」
('、`*川「……そうねえ」
3人の間に重たい気だるさが降る。
ロミスがうんざりした目で、壁に固定された大きな本棚を見た。
116
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 21:12:47 ID:dUBhmJ4o0
£°ゞ°)「すごい数の本。これ見ていくのも大変そう」
医学書のみならず、数学に語学といった類の学術書、絵画や音楽の専門書に至るまで。
これらの一冊一冊も、ボスの部下が手間暇かけて調べているだろう。
('、`*川「おばあちゃん、いつも本読んでた。図書館にもよく行ってたみたい」
(´・_ゝ・`)「図書館か……」
£°ゞ°)「行ってみたら? 何かあるかもよ」
ひとまず次の目的が出来て、ほっとした。
.
117
:
名無しさん
:2023/10/04(水) 21:16:03 ID:dUBhmJ4o0
重てえ!!!!! 書き込めねえ!
すみません、明日鯖が元気だったら投下します
118
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:41:12 ID:h4Qb44y20
中編続き投下します
またしたらばの調子が悪そうだったら様子見つつ進めていきます
119
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:42:15 ID:h4Qb44y20
──やはり、家の中からそれらしいものは出てこなかった。
昼前にやって来たのに、もうすっかり真夜中だ。
食事の時間も惜しんで作業をしていたので全員腹ぺこである。
一食済ませて、今日のところは帰ることにした。
('、`*川「手短に、焼きおにぎりとインスタントのお味噌汁ね。
ごめんなさい、デミタス君は前にも食べたやつだけど」
(´・_ゝ・`)「構わない」
£°ゞ°)「ありがとうね、こんな作るのも大変だろうに」
大皿に、丸い焼きおにぎりがたくさん。
一番上のおにぎりに手を伸ばすと、最初の方に焼き終えたものだったのか
ほどよく冷めていて掴みやすかった。
ロミスは箸を使って取り皿におにぎりを移しながら、デミタスの顔を覗き込んできた。
£°ゞ°)「口に合わなかったら……のやつは有効なの?」
(´・_ゝ・`)「休止中」
ボスが取り決めたルールに反するかもしれなかったので、一応これも確認済みだ。
それも、好きにしろ、とのことだった。
「お願い」をしてきたペニサスが取り下げたなら問題ないと。
120
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:43:15 ID:h4Qb44y20
£°ゞ°)「そう、ならいいんだけど。──よし、いただきまあす!」
ロミスが手を合わせると、ペニサスが「召し上がれ」と微笑んだ。
(´・_ゝ・`)「……いただきます」
デミタスも呟いてみたが、声が小さく、二人には届かなかった。
おにぎりの表面は焼けたタレによって照りが出て、ぴかぴかして見えた。
焦げた醤油の匂いが鼻腔を刺激する。口内に涎が滲むのを感じる。
齧ると、ぱりっと小気味よい音がした。
口の中でばらけた米から、ふわり、熱が広がった。
さらに噛む。ぴりっとした塩気に、ほんのりと砂糖と米の甘さが溶け合う。
時おり混じる焦げ目の苦みが舌をはっとさせて、また新鮮に甘じょっぱさを感じられた。
(´・_ゝ・`)「美味い」
最終的な感想としては初めのときと変わらないはずなのだが、
それを分解して、より鮮明な形を得られるのが気持ち良かった。
舌だけでなく、脳も心地よいというか。
感じたまま全てを伝えようとするとだらだら時間をとるだけになりかねないので、
特に好ましかった香りと焦げ目のことをピックアップしたら、
ペニサスだけでなくロミスまで心なしか嬉しそうにしていた。
121
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:44:00 ID:h4Qb44y20
£*°ゞ°)「うん、ほんとに美味しい。
ペニサスちゃんって料理上手いよねえ。お祖母さんから教わったの?」
('、`*川「ううん、おばあちゃんは料理しない人。
だからかな、母が、子供の頃からよくご飯作ってたらしくて。料理得意だったのはそっち」
('、`*川「……とはいえその母も、私が生まれてからは時々しか作ってくれなくなったみたいでね。
結局私も子供の内から自分で覚えた」
£°ゞ°)「へえ〜、えらいねえ。
それぐらい慣れてるなら、そりゃデミタス君との取引に手料理持ち出せるよね」
感心しきったように頷くロミスを見ながら、ペニサスは小首を傾げた。
('、`*川「……前も思ったけど、ロミス君って、ちっとも人を殺しそうに見えない」
£°ゞ°)「いっぱいやってるよお」
ペニサスが肩を強張らせる。デミタスはテーブルの下、ロミスの足を軽く蹴った。
122
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:44:39 ID:h4Qb44y20
£°ゞ°)「でも全然楽しくない。
やりたくないって言ったらぐちゃぐちゃに殺されちゃうから言えないけど」
('、`*川「……そうなのね……ごめんなさい、この話やめましょう」
('ヮ`*川「あっ。そうだ、そのネイル! 綺麗な色してるなって思ってたのよ。
いつも塗ってるの?」
話題を変えたつもりなのだろうが、いかんせん全然変わっていなかった。
£°ゞ°)「うん、俺が最初に殺した人が持ってたやつ。忘れられなくて使ってんの」
('ヮ`*川「あっ。え。お゛っ」
笑顔のままペニサスがデミタスを見る。物凄く困った目をしていた。
見られても、デミタスもどうしていいのか分からないので無視して味噌汁を啜った。
当然ペニサスが作るのと味は違うが、これもこれで美味い。ネギが大きくてしゃきしゃき。
123
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:45:30 ID:h4Qb44y20
£°ゞ°)「その人、ボスが持ってる会社の一つで働いてたんだけど
そこのお金使っちゃったんだって」
椀の中を見つめながらロミスが語り出す。
予想外とはいえ水を向けてしまった手前、ペニサスも箸を置いて聞き入る姿勢に移った。
('、`*川「そんなにすごい額だったの? 殺されちゃうほど……」
£°ゞ°)「総額は大したことなかったみたい、会社の規模としてはね。
ただ、何回もちょっとずつ盗む感じだったから、
そういうやり方が気に食わなかったんだと思う」
('、`*川「そう……。その人にも、ご、拷問とかしたの」
£°ゞ°)「ううん、ただ殺すだけ。
そういうことするのは、何か情報が欲しいときとか、見せしめにしたいときとかだから」
124
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:46:34 ID:h4Qb44y20
£°ゞ°)「──夜中、その人の家に行ったよ。
結構いい会社に勤めて横領までしてた割に、安っぽいアパートだったな」
そこで一度話を止め、グラスに注がれていた茶を飲んだ。
£°ゞ°)「……自分がどうなるかは分かってたみたいで、
今から殺されるっていうのに悪びれもせず毅然としてたよ。
俺は何日もかけて覚悟決めて、アパートに着いてもまだ脚が震えてたのにね」
£°ゞ°)「それで、死ぬ前に一つだけ言うこと聞いてあげるって言ったら」
「寝たら殺していいから、寝るまで抱きしめていてほしい」──
仕出かしたことや応対時の態度からは想像もつかないような、
ささやかで甘ったるい願いだったという。
125
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:47:47 ID:h4Qb44y20
そうして、ロミスたちが住むのよりも狭くぼろっちいアパートの一室で。
煎餅布団の上、ただ抱きしめて、ぼそぼそと世間話をするだけの一時間。
たったそれだけで、やられてしまったらしかった。
£°ゞ°)「これから死ぬのにさ。明日の天気のこととか言うの」
やがて女が眠ったのを確認し、干してあったタオルでその首を引き絞る。
自分がいた痕跡を消した後、マニキュアを一つだけ持ち帰った。
顔よりも爪を飾る方が好きだと女が言っていたのだそうだ。
£;ゞ;)「うー」
(;、;*川「ご、ごめん、ごめんね、そんなこと話させて」
味噌汁にロミスの涙がぽたぽたと落ちて、テーブルにペニサスの涙がぼたぼた落ちる。
(´・_ゝ・`)「鬱陶しい」
£;ゞ;)「うう、デミタス君いっつもその反応」
(;、;*川「デミタス君ひどい」
泣きながらブーイングを飛ばしてくる二人。何だかずいぶんと仲が良くなっている。
もしかしたら、初対面のときから割とそうだったかもしれない。
.
126
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:48:31 ID:h4Qb44y20
──満腹になったデミタスたちを玄関まで見送って、ペニサスは「また明日」と手を振った。
('、`*川「明日は図書館に行くのよね」
(´・_ゝ・`)「そのつもりだ。見張りとして一人寄越されると思う。
とりあえず昼頃に来るから準備しておいてくれ」
('、`*川「分かった。……デミタス君とお出かけするの初めてね」
デミタスは帰るために一歩後ずさったが、どうしても頭を過ぎってしまったものがあったので、
それに従ってペニサスを抱きしめてみた。
ほんの一瞬の接触。すぐに体を離すと、そこにはきょとんとするペニサスがいた。
('、`*川「何で」
(´・_ゝ・`)「何となく……」
本当に何となくでしかないので説明は出来ない。
呆れた声のロミスに「帰るよ」と促され、ようやく家の前を離れた。
.
127
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:49:49 ID:h4Qb44y20
£°ゞ°)「──抱きしめちゃ駄目だって言ったじゃん。
しかも一回目じゃないでしょあれ」
アパートの外付けの階段を上りながら、ロミスが言った。
申し開きのしようもない。
£°ゞ°)「……『鍵』を見付けたら殺さなくていいっていうの、嘘でしょ」
(´・_ゝ・`)「……うん」
£°ゞ°)「デミタス君が嘘つくなんて珍しい。
まあ、どのみち殺しますなんて言ってもお互いに何の得もないだろうけどさ。
でもどうするの、いざ殺すとき」
(´・_ゝ・`)「うん……」
202号室のドアを開けたロミスは振り返って、片手を顔の横に挙げた。
折り曲げた指先。オレンジ色。
128
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:52:00 ID:h4Qb44y20
£°ゞ°)「……俺ね、デミタス君にも同じ気持ちになってほしかったけど、
なってほしくもないんだよ。こんな辛いの」
(´・_ゝ・`)「どっちなんだよ」
£°ゞ°)「複雑だよねえ人間」
■
129
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:53:26 ID:h4Qb44y20
翌日、昼。
玄関のドアを開けたペニサスは、細い目を少しだけ見開いた。
('、`*川「デミタス君やロミス君のお仲間の?」
( ´_ゝ`)「そうそう。兄者っていうんだ、よろしく。
二人が駆け落ち……もとい逃げちまわないか見張れって言われた」
デミタスの横、兄者と名乗った男は気さくに手を振って、にかっと笑った。
102号室の住人であり、姉者の弟だ。
顔も割合と似ていて、彼女同様に口鼻はボスの理想とする形だが目がずいぶんと細い。
今のように笑うと、ますます。
( ´_ゝ`)「悪いね、デートの邪魔するみたいでヴゴッ」
デミタスの拳が兄者の脇腹を打った。
姉者とロミスから盛りに盛った話を聞かされたらしく、
連れ立ってアパートを出発したときから度々このような揶揄をぶつけてくる。
「いてー」とまったく効いていなそうな声をあげ、彼は脇腹をさすった。
130
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:54:37 ID:h4Qb44y20
( ´_ゝ`)「ま、こんな格好の男相手じゃデートって感じでもないか」
デミタスのジャージを指差しながら笑う。
兄者だって、青いストレッチデニムのブルゾンと、同素材のカーゴパンツという
傍目には勤務中の作業員のようにも見える格好をしているくせに。
('、`*川「そういえばデミタス君、いつもその服ね。ロミス君も」
( ´_ゝ`)「俺も毎日これ。ボスに拾われたときに選ばされたんだよ、服。
そしたら何着も同じもの与えられて、
あとはずっとそれを着てなきゃいけない」
「拾われた」という部分にペニサスは興味を引かれたようだったが、
さっさと兄者が歩いていってしまうので、おとなしくデミタスと共にそちらへ向かった。
家の前にはレンタカーが停まっている。
後部座席のドアを開ける兄者に礼をしてからペニサスが乗り込んだ。その隣にデミタス。
( ´_ゝ`)「図書館だっけ? どこの?」
運転席、カーナビを操作しながら兄者が訊ねる。
('、`*川「……中央図書館で」
ペニサスの声は、どこか頼りなく揺れていた。
■
131
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:55:32 ID:h4Qb44y20
──ファイナル市中央図書館。
出入口のある前面は赤いレンガ造りでレトロな雰囲気だが、
その後方は真新しいコンクリートとガラスで出来ている。
大昔に工場だったという建物を図書館として再利用したのだが、
比較的最近になって増築したため、こういった風姿になっている。らしい。
平日の割に駐車場は結構混んでいるように見えた。
適当な位置に車を停め、3人で入口へ向かう。
ふと、ペニサスが入口横に掲げられた看板に目を留めた。
132
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:57:08 ID:h4Qb44y20
('、`*川「ファイナル……」
(´・_ゝ・`)「どうかしたか」
('、`*川「いえ、おばあちゃんが言ってたなって。
『ファイナル市は、例えるなら真っ昼間みたいな名前の街だ』とか……」
真っ昼間。今がそんな時間だ。
(´・_ゝ・`)「それも去年の秋に?」
('、`*川「ううん、結構前。私が大学2年のときだから、もう6年は前よ。
だから薬とは関係ないかもだけど」
( ´_ゝ`)「真っ昼間なあ。むしろ響きとしては真逆じゃないか?
ファイナルなんて、一日の終わり──夜っぽい感じだ」
兄者の言葉に、たしかにそうだと納得する。
だが、それにしても。
(´・_ゝ・`)「急に思い出したもんだな」
('、`*川「……文字が目に入ったから」
市民ならばこの名など、いつでもいくらでも目にするはずた。
なぜ今このタイミングだったのだろう。
133
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:58:11 ID:h4Qb44y20
図書館の中は、インクの他にコーヒーの香りもした。
エントランスは開放的な印象だ。
テーブルセットや丸いソファが広く間隔をあけて置かれている。
大きな吹き抜けになっていて、二階や三階に並ぶ書架やインターネットコーナーが確認できた。
児童書のコーナーが近いのか、親子連れがちらほらと目につく。
なので、図書館らしく静謐な空気が周囲を満たしつつも、うっすらと活気があるように感じられた。
( ´_ゝ`)「お、カフェがあるんだとさ。後で寄ってみるか」
館内案内図を指しながら兄者が言う。
一階の片隅にカフェが併設されていて、軽食も提供されているのだという。
なるほど、それもあって親子の姿が多いのだろう。
( ´_ゝ`)「んで、ここで何するんだ? 祖母さんがよく読む本でも知ってんのかい」
('、`*川「ええと……」
「──ペニサス!」
突如飛んできた低い声。
案内図を眺めていたペニサスが、肩を大きく跳ねさせた。
134
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 19:59:48 ID:h4Qb44y20
_
(;゚∀゚)「やっぱりペニサスだ!」
本を数冊抱えた男が、大股でこちらへ歩み寄ってくる。
吊り下げ名札を見るに図書館の職員らしい。──長岡ジョルジュ。
ペニサスは眉をへんにゃり曲げて、男に会釈した。
('、`*川「久しぶり、長岡君」
_
(;゚∀゚)「ずっとメッセージ送ってたろ、何で無視して……
てか、こいつら誰……いや、ああ、ちょっと待ってて!」
ペニサスとデミタスと兄者と抱えた本を順繰りに見て、
ジョルジュとかいう男は、再び大股で書架の方へ向かっていった。
そんなに急いでいるなら走ればいいのにと思ったが、そういえばここは図書館だった。
( ´_ゝ`)「知り合い?」
('、`*川「……昔の恋人……大学生のときの」
( ´_ゝ`)「ああ」
眉を上げた兄者が返答を探すように左右へ瞳を動かして、適当な一言を選ぶ。「それはまた」。
135
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:00:45 ID:h4Qb44y20
一方、ペニサスは気まずそうな表情でデミタスを見上げてきた。
('、`*川「さっきのおばあちゃんの話ね、私が長岡君にフラれる数日前のことで……。
それで思い出したっていうのも、あったの」
(´・_ゝ・`)「ふうん」
どうしてそんな顔をデミタスに向けるのかは分からないが、
デミタスはデミタスで、どういう顔をしていいか分からなかったので目を逸らした。
──とにかく近くにあったソファで待っていると、
そう経たない内にジョルジュが戻ってきた。
先よりもいくらか落ち着いた様子で「久しぶり」と改めて声をかけている。
_
( ゚∀゚)「えっと、この方々は」
( ´_ゝ`)「今カレ」
デミタスを指差しながら兄者が答える。
_
(;゚∀゚)「えっ!?」
(´・_ゝ・`)「違う」
即座に訂正すれば、ジョルジュは安心したように息をついた。
忙しない男だ。
136
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:02:45 ID:h4Qb44y20
_
( ゚∀゚)「……で、今日は何用で? ペニサスがここに来るなんて珍しい。
もしかして俺に会いに来たり──」
('、`*川「ううん、調べたいことがあっただけ」
_
( ゚∀゚)「はい」
('、`*川「……でも、長岡君に会えて良かったかも」
_
( ゚∀゚)「! それはつまり」
('、`*川「ねえ長岡君、本の貸出記録とか見せてもらえないかしら。
うちのおばあちゃんの……」
_
( ゚∀゚)「あ……はい……」
腕を組んで二人のやり取りを眺めていた兄者が、肩でデミタスを小突いてくる。
( ´_ゝ`)「お前以上に分かりやすい男だな」
(´・_ゝ・`)「……」
まあ、いかなデミタスにも、ジョルジュの態度に含まれた意味合いは分かる。
決して快い感じはしなかったが、だからってデミタスがどうこうする話でもない。静観する。
ジョルジュは頭を掻いて、サービスカウンターの向こうを指差した。
_
( ゚∀゚)「少ししたら昼休憩に入るから、そこのカフェで話そう。
先に行って待っててくれ」
137
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:04:53 ID:h4Qb44y20
──というわけで、昼食をとりながらジョルジュを待つことになった。
カフェは図書館エリアよりもレンガの風合いが活かされていて、
海外の通りにあっても違和感がないだろうなと思う。
本の持ち込みも自由らしく、コーヒーや紅茶をお供にして読書に興じる人々が多いので、余計に。
そういった小洒落た店内にてシーフードカレーを食すデミタスだったが、
必死すら覗いていたジョルジュの様子ばかりが頭に浮かんで、いまいち味わう余裕がなかった。
いや、美味いとは思うが。「美味い」が上滑りする。
目のやり場にも困って、開きっ放しのメニュー表を見下ろした。
シーフードカレー。850円。
「市場から届いた新鮮な魚介を使用」──
('、`*川「市場……」
デミタスの視線を追ったのだろう、隣でハムサンドを食べていたペニサスが呟いた。
その向かい、ナポリタンをフォークに巻きつけながら兄者が首を傾げる。
138
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:05:30 ID:h4Qb44y20
( ´_ゝ`)「また何か思い出したか?」
('、`*川「思い出したというか、おばあちゃんは市場にもよく行ってたなと」
( ´_ゝ`)「なら、ここで何も得られなかったら明日はそこに行くといい」
そんな風な会話をして。
3人が食事を終えようという頃にジョルジュがやって来た。
ペニサスの隣と向かいが埋まっていることに一瞬だけ不満げな気配を滲ませつつ、兄者の隣に腰を下ろす。
139
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:06:49 ID:h4Qb44y20
_
( ゚∀゚)「デザート頼んだか?」
('、`*川「いいえ」
_
( ゚∀゚)「ここ、フォーチュンクッキーあるんだよ。占い出来るクッキー。
今月の運勢とおすすめの本のタイトルを書いた紙が中に入ってんだ。
お前そういうの好きだろ」
('、`*川「……占い、今は好きじゃないの」
_
(;゚∀゚)「あ。そ、そう」
兄者が哀れむような笑うような、端的に言えば小馬鹿にした顔をする。
隣で身を乗り出しているジョルジュには見えていない。
( ´_ゝ`)「しゃーない、俺が頼んでやろう」
_
( ゚∀゚)「何でだよ」
( ´_ゝ`)「空回ってて哀れだったから」
従業員にハムサンドとコーヒーを頼むジョルジュに便乗して、兄者がクッキーを注文する。
先に頼んでいたコーヒーで喉を潤し、デミタスの方から本題に入ることにした。
140
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:07:31 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「それより貸出記録の件は?」
むすっとしながらジョルジュは答える。
_
( ゚∀゚)「……個人情報に当たるってんで、うちじゃ、本が返却された時点で記録は消してんだ」
('、`;川「え、そうなの? というか、そういうものなの? 個人情報?」
_
( ゚∀゚)「そういうもんなの。
何年か前、どっかの図書館が令状もなしに、捜査協力の名目で警察に記録提供してたのがバレて
問題視されたこともあるんだぜ」
もう一口コーヒーを飲む。美味い。
ペニサスと会うまで食に興味を持つことがなかったが、コーヒーは昔から好きだ。
(´・_ゝ・`)「それを知ってるなら、何でわざわざ待たせたんだ」
_
( ゚∀゚)「そんなん……」
ジョルジュはこちらへ鋭い目を向けた後、もじもじとペニサスを見た。
何だこいつ。ふざけるな。帰りたい。
そこに、別の声が差し込まれる。
( ´_ゝ`)「消すったって、システムから完全に消えるわけじゃないだろ?」
そう言ったのは、背もたれに寄りかかって足を投げ出すように──要は行儀悪く座る兄者だった。
141
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:08:41 ID:h4Qb44y20
( ´_ゝ`)「それこそ捜査協力を求められる可能性を考慮して、
ある程度の期間は残しておくもんじゃないのか」
_
( ゚∀゚)「……」
( ´_ゝ`)「大方、一般の職員が触ることの出来る範囲からは消されるってだけだろう。
システム管理者のとこにはデータが残ってるはずだ」
ジョルジュは黙っていた。その瞳には強い警戒が窺える。
ぴりつき出した空気は、運ばれてきた料理によって霧散した。
_
( ゚∀゚)「……だとして、どうしろってんだよ。
結局俺にはアクセス出来ないし、令状でも持ってこなきゃ無理だ。
あんたら、どうせ警察なんて立派なもんじゃないだろ」
( ´_ゝ`)「直接見させてもらうさ」
_
( ゚∀゚)「だからどうやって?」
( ´_ゝ`)「そりゃあ」
キーボードを打つように両手の指を動かし、兄者はジョルジュに笑う。にかっ。
時々ボスから依頼を受ける程度には、彼はそういう方面に強い。
_
(;゚∀゚)「……ペニサス、マジで何なんだよこいつら」
('、`;川「ちょっと色々あって」
142
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:10:17 ID:h4Qb44y20
ジョルジュは溜め息をつきながら頭を掻いた。
_
( ゚∀゚)「でも、どのみち無駄だ。伊藤さんは貸出カードも作ってねえよ」
('、`;川「……ほんと?」
_
( ゚∀゚)「自分じゃ本を返すの忘れちまいそうだからって、館内で読むようにしてたんだと」
(´・_ゝ・`)「決まって座る席はあったか」
_
( ゚∀゚)「さあ。その都度空いてるとこ座ってたかな」
(´・_ゝ・`)「じゃあ、どんな本を読んでたかは覚えてないか?」
_
( ゚∀゚)「んなわけあるかよ、そんなもんいちいち。
……まあ、色んなもん読んでたとは思うぜ」
_
( ゚∀゚)「何でも興味持って、何でも知りたがる人だったからな。
薬学のことだけじゃなくてほんとに何でもさ。
宗教学なんかも、下手すりゃ専攻してた俺より詳しかったよ」
('、`*川「……そうね」
ペニサスが俯く。
フォーチュンクッキーを割った兄者が「あちゃ」と声を漏らした。
デミタスの手元へ紙を滑らせる。
143
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:11:26 ID:h4Qb44y20
( ´_ゝ`)「大凶だとさ。忖度なしだぞ、この図書館。逆に信用できるな。
残念だったねデミタス」
(´・_ゝ・`)「何で僕が残念なんだよ」
( ´_ゝ`)「今おみくじがデミタス君の手に渡ったからです」
互いに紙を押しつけ合う。
それを呆れ顔で見ていたジョルジュは、咳払いをすると
卓上にあったペニサスの手を突然握った。
斜交いに座っている状態でそういうことをするので、
デミタスと兄者の攻防は中断せざるを得なくなる。
大凶はこちらの手元に留まった。
144
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:13:05 ID:h4Qb44y20
_
( ゚∀゚)「葬式に顔出したときは、お前、消沈してたから声かけられなかったけどさ。
その後に何回もメッセージ送っただろ」
('、`*川「……ええ」
_
( ゚∀゚)「やり直したいんだよ俺。お前のこと、一度も忘れたことなんてなかった」
('、`*川「長岡君の方が私をフったんじゃない」
感情のない声にぴしゃりと打たれて、ジョルジュの手はそっと退散した。
('、`*川「私じゃ話が合わなくてつまんないって。
頭が悪くて、泣き虫で、嫌いだって……」
_
(;゚∀゚)「あれは! ……だって」
──用済みのくせしてよく喋る。
デミタスはわざと椅子を大きく引きながら立ち上がった。
(´・_ゝ・`)「本を見に行こう」
彼女が頷いて腰を上げる。兄者も。
ジョルジュは一度呼び止めたが、追いかけてくることはなかった。
145
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:13:46 ID:h4Qb44y20
見に行こうといっても、結局伊藤クールがどんな本を見ていたかは判明していない。
医学書や近しいコーナーで一応粘ってみたが、キリがないし非効率で非現実的だ。
他の職員に聞き込んでみるも情報はない。
一通りやれることをやった末、諦めた。
■
146
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:15:20 ID:h4Qb44y20
ジョルジュのせいで──というのは偏見に満ちた主観だが──ペニサスが疲れてしまったようだったので、
今日は解散という運びになった。
カフェで話したとおり、明日は市場へ向かう。
彼女を家に送り、レンタカーを店に返し、二人はアパートへと帰った。
( ´_ゝ`)「明日は姉者がついていくぞ」
(´・_ゝ・`)「ああ」
( ´_ゝ`)「頼むから、姉者まで面倒事に巻き込むような真似してくれるなよ」
( ´_ゝ`)「もう、最後の家族なんだ。
……弟者みたいにいなくなっちゃ困る」
103号室のドアを一瞥して彼は言う。
一年近く前にそこの住人が仕事をしくじってから、ずっと空き部屋だ。
もう一度「ああ」と答えて、デミタスは階段を上がっていった。
147
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:16:02 ID:h4Qb44y20
二階、201号室も長いこと空いている。
デルタという男が住んでいたが、彼は鼻以外のパーツがボスにとっては「お粗末」だったので、
簡単にボスの機嫌を損ねてしまって──それきり。
以前にもきっと何人もの人間がこのアパートに住んで、そして消えていっている。
自分たちにもいつかその番は来るのだろう。
何年後か、あるいは何時間か後にでも。
■
148
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:17:05 ID:h4Qb44y20
ファイナル市地方卸売市場。
全国から様々な品が集まるこの市場は
漁港にほど近い位置にあるため、特に獲れたての魚介が多く並ぶ。
昨日の図書館とは打って変わって騒がしい。
ひっきりなしに誰かが出入りし、運搬用の乗り物が走り、方々で声が張り上げられる。
∬´_ゝ`)「うるっさいし、くっさい場所ねえ」
いつもどおりにワインレッドのワンピースをまとった姉者が、
市場の真ん前で仁王立ちしながらそう言った。
149
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:18:26 ID:h4Qb44y20
('、`*川「ええと……兄者さんのお姉さん?」
(´・_ゝ・`)「姉者だ」
昼前にペニサスを迎えに行って、タクシーを呼んで、ここに着くまでの間に
姉者は一切の自己紹介をしなかった。
別に機嫌が悪かったわけではなく、寝起きだったためにぼうっとしていただけだ。
市場の賑やかさと臭いでようやく目を覚ましたらしい。
('、`*川「姉者さん。あれだったら、ここで待っていてくださっても……。
中はもっとお魚のにおいとかしますから」
∬´_ゝ`)「お言葉に甘えたいけど、見張りなのよね。これでも」
言って、姉者はペニサスの前に立つと彼女の顎をくいと持ち上げた。
まじまじと顔を凝視して、次にデミタスをじとりと睨む。
∬´_ゝ`)「あんた、この顔をよく罵倒できたわね」
(´・_ゝ・`)「……もういいだろ、その話」
150
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:19:37 ID:h4Qb44y20
∬´_ゝ`)「なかなか可愛いわ。とびきり美人なわけじゃないとこが却っていい」
('、`*川「あ、ありがとうございます……? でも姉者さんこそ、とっても綺麗」
∬´_ゝ`)「あらありがとう。メイクの力よ、冗談抜きで」
「私のメイク技術はちょっとしたもんだからね」と胸を張る姉者。
腕前の是非はデミタスにはちんぷんかんぷんだが、こだわりの強さは度々見受けられる。
彼女に支給された小遣いは大半が化粧品に消える運命だ。
ひとまずペニサスの顎から姉者の指を引き剥がし、あしらうように片手を振る。
(´・_ゝ・`)「なら、その目をデカくしたらどうだ。ボスが喜ぶ」
∬´_ゝ`)「そういうのは駄目なのよ、あの人。天然ものがいいんじゃない?」
折よく市場の方から天然がどうだ養殖がどうだと売り文句が聞こえてきた。
それがおかしかったのだろう、あっはっはと笑いながら姉者が市場へ入っていくので、デミタスたちも続いた。
151
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:20:53 ID:h4Qb44y20
足を踏み入れてみれば一層騒がしい。
外から見るとやたら大きな建物に思えたが、中はどこぞの会社やら商店やらの売場がひしめいて、
そこを大勢の人間が行き来するのでずいぶんと密度が高い。
デミタスはてっきり、こういうところは業者しか入れないものだと思っていた。
購入可能な店や立ち入れるエリア等に制限はあるが、一応は一般人も利用していいらしい。
日によっては一般客向けのイベントもあるとのこと。
場の雰囲気が楽しいらしく、姉者は興味深げに動き回ってはあれこれ覗いていった。
臭いうるさいと文句を垂れたときの不満顔はどこへ行ったのやら。
∬*´_ゝ`)「ね、ね、生きてる生きてる。でっかい!」
ケースの中で髭を蠢かす大きな海老を指差して、最早はしゃぎ放題だ。
伊勢海老、と書かれた札がケースに貼られている。
伊勢という割に漁獲量では現在、ここ千葉県がトップらしい。テレビで言っていた。
微笑ましげに姉者を眺めていたペニサスがデミタスの手を引いた。
伊勢海老の隣、もっと小振りな海老がぎっしり並んだ発泡スチロールを二人で覗き込む。
152
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:22:14 ID:h4Qb44y20
('、`*川「おばあちゃんが海老フライ好きで、よく新鮮な海老を買って帰ってきてたわ」
(´・_ゝ・`)「あれも美味かった。また食べたい」
彼女はデミタスを見上げ、慌てたように海老に視線を戻した。
('、`*川「うん」
∬´_ゝ`) ウェー
何故か、姉者が不味いものでも食べたかのように舌を出していた。
──買うでもないのに立ち続けていては邪魔だろうとペニサスが言うので
姉者を引っ張ってその場を離れようとした、そのときだった。
突然、近くにいた男が声をかけてきた。
(,,゚Д゚)「あんた、ペニサスさんかい?」
初老の男だった。
そちらから話しかけてきたくせに、妙に怪訝な目つきをしている。
153
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:23:02 ID:h4Qb44y20
('、`*川「はい、そうですが……」
ペニサスが頷くと、どこかの業者らしいその男は、あからさまに顔をしかめてみせた。
(,,゚Д゚)「やっぱり。よく来れたもんだよ、俺らがよくここにいるの知らなかったのかい」
('、`*川「えっと……?」
(,,゚Д゚)「ああ、覚えちゃないか。散々馬鹿にしてた男の父親なんか。
やだね、お祖母さんの方は礼儀正しい人だったのに──」
何を言っているかはさっぱりだが、敵意は見て取れる。
デミタスが口を挟もうとした──ら、それより早く、
やけに大きな図体が二人の間に割り込んだ。
( ゚∋゚)「親父、やめろ」
.
154
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:23:45 ID:h4Qb44y20
こちらは若い男だ。
若いといっても、およそデミタスやペニサスと同年代だろう。
どうも親子のようで、息子の方が何か言うと、父親はぶつくさ言いながら去っていった。
息子が振り向き、ペニサスに頭を下げる。
( ゚∋゚)「すまない。気を悪くさせたか」
('、`*川「いいえ……あの、ありがとう、クックルさん」
(´・_ゝ・`)「誰だ?」
ある予感を覚えつつも問うと、ペニサスは口ごもりながら一言答えた。
('、`*川「高校のときにお付き合いしてた先輩……」
姉者が口に手を当てながらデミタスを見てくる。やめてほしい。
155
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:24:35 ID:h4Qb44y20
クックルというらしき男は、少し身を屈めるようにしながらペニサスと目を合わせた。
( ゚∋゚)「半年ぶりだな。
どうしたんだ、買い物か? この辺りのは一般客には売れないんだ」
('、`*川「ちょっと調べものをしてて。
クックルさんこそどうしたんです、いつもは県庁にいるんじゃ」
( ゚∋゚)「今日はこっちに用があってな」
と、彼は片手のバインダーを持ち上げた。
体つきから何となく肉体労働を主としているタイプかと思ったが、違ったらしい。
∬´_ゝ`)「優しくて公務員っリストラなしっ逃したのもったいなっ」
デミタスの隣、姉者が潜めた声を弾ませる。
それを言うなら、昨日のジョルジュだって
正規職員として働く司書だから公務員だ。ペニサスいわく。
──なんて話はともかく。
周囲から頭が飛び出るほど大きなクックルがいるので、どうにも周囲の視線が集まってくる。
クックル自身も居心地悪そうにしながらペニサスに訊ねた。
156
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:25:21 ID:h4Qb44y20
( ゚∋゚)「調べものってのは?」
('、`*川「おばあちゃんのことで。……クックルさん、少しお話し出来ませんか?」
( ゚∋゚)「……上にレストラン街がある。
まだ昼を済ませてないなら、飯でも食いながら話そう」
∬´_ゝ`)「やった! 奢ってくれる?」
無遠慮に言う姉者と複雑な目をしているデミタスに、クックルは何だこいつらという顔をした。
致し方なし。
( ゚∋゚)「こちらは?」
('、`*川「姉者さんと、デミタス君。何というか……」
∬´_ゝ`)「今カレ」
(´・_ゝ・`)「違う」
姉者の頭にチョップを落とす。この姉弟は本当に。
157
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:26:51 ID:h4Qb44y20
上階には飲食店がいくつか並んでいた。
海鮮を売りにした店もあれば、野菜やら卵やらをメインとした店もある。
その内の一画にある食堂がクックルの贔屓とのことだ。
──そういうわけで現在、4人の前には海鮮丼が一つずつ。
各自で好きに具を選べるというので、デミタスのはイクラを抜いている。
∬´_ゝ`)つ
姉者は丼の隅に盛られたわさびの固まりを、そっとデミタスの器に移した。
具を選ぶのに夢中で、わさびを抜くよう言うのを忘れたらしい。
しばらく誰も本題に入らなかった。
市場直通の食堂の海鮮丼だ。話より、まずはそちらに集中したいというのは共通認識。
マグロやらイカやら真鯛やら、他にも色々。
具材は違えど、どうしてもあの日の丼が脳裏を過ぎってしまう。
たとえばあの日ダイニングテーブルに置かれたのがこれだったなら、
今頃こんな場所で、こんな顔を突き合わせてはいなかっただろう。
158
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:28:25 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「……美味い」
('ー`*川「ええ、本当に」
どれも、あっさりほぐれてはとろとろと口の中で溶けるようだった。
下に敷かれているのは酢飯ではなく、炊いたままの白米。それがデミタスには嬉しい。
仮に酢飯を使うんだったら寿司として食べたい──自分がそういうタイプであるのを、今ここで自覚した。
素直にその感想を漏らしたところ、「だからこの店が好きなんだ」とクックルが笑ったので、
何だか清々しい気持ちで食事に向かうことが出来た。
('、`*川「──おばあちゃんがここによく来てたはずなんだけど、何か知りませんか?」
ペニサスが半分ほど食べ進めた辺りで、ようやく本題が始まった。
( ゚∋゚)「俺は何も……」
体同様に一口も大きいようで、クックルはもう完食寸前だ。
知らないと答えかけたのであろう彼は、いや、と唸った。
159
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:30:21 ID:h4Qb44y20
( ゚∋゚)「そういえば、市場の商品を大量に買い回ったことがあったらしい。
親父がそう言ってた。去年のいつだったか──たしか2回ほど」
('、`;川「そ、そうなんですか!?」
∬´_ゝ`)「自宅用じゃなく?」
('、`;川「違うと思います、そんなにたくさん抱えて帰ってきたことはないですから」
( ゚∋゚)「魚介も青果も、手当たり次第といった感じだったそうだ」
( ゚∋゚)「それだけの量を自分で運べはしないだろうから、運搬はどこかしらの業者に頼んだはずだ。
後で確認しておく」
('、`*川「ありがとうございます、クックルさん! 何か分かったら連絡ください」
最後の一掬いを口に収め、クックルは箸を置いた。
それから腕時計を見る。そろそろ仕事に戻らなければならないという。
連絡先を交換するペニサスとクックル。
そこへ、口いっぱいにマグロを頬張った姉者が訊ねた。
160
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:31:29 ID:h4Qb44y20
∬´_ゝ`)「何が理由で別れたのよ? いい人じゃないの、勿体ない」
('、`*川「いえ、別れを切り出したのはクックルさんの方で……。
理由は特に言ってくれませんでした」
スマホをしまったクックルは口を薄く開いた。
しかし、黙っている。
そのまま仕事を理由に席を立つことも出来たろうに、
彼は居住まいを正して目を伏せる。
──そして意を決したように、ペニサスに向かって深々と頭を下げた。
161
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:32:10 ID:h4Qb44y20
('、`;川「く、クックルさん?」
(;-∋-)「金だ」
('、`;川「え?」
(;-∋-)「君のお祖母さんに……伊藤さんに金を渡された。
手切れ金だと」
今度は、ペニサスが口をぽかんと開く番だった。
162
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:34:16 ID:h4Qb44y20
(;-∋-)「当時、親父が入院しててな。手術が必要だった。
あの頃のうちじゃ費用をろくに捻出できなくて……。
それで、伊藤さんの金に飛びついたんだ」
(;-∋-)「……あのときは、金のために君を傷付けてすまなかった」
このテーブルの上にだけ、静寂が広がっていく。
階下の喧騒が遠くなっていく。
箸を置く音がいやに大きく響いて、クックルは顔を上げた。
('、`*川「……おばあちゃんは……何でそんなことを?」
(;゚∋゚)「分からない。ただ別れてくれと言われた。それと──」
(;゚∋゚)「……別れるときは、君に非があるように言うことと、
周囲の人間に君がろくでなしだったと根回しすることも
条件として出された」
デミタスは眉根を寄せてイカを口に放り込んだ。
あんなに美味かったのに、ちっとも味がしない。
163
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:35:30 ID:h4Qb44y20
∬´_ゝ`)「だからお父さん、あんな態度だったんだ?
誰のおかげで手術を受けられたかも知らずに。
あんたが悪口言いふらしたおかげで?」
(;゚∋゚)「いや。金を受け取っておいて何だが、それは出来なかった」
(;゚∋゚)「約束が違うと返金を求められたら時間がかかっても返す覚悟はしてたが、
そういうこともなかった。
……だが、気付いたら噂が出回ってたみたいでな」
∬´_ゝ`)「じゃあ、結局お祖母さんが流したのかしらね。噂」
('、`*川「……」
いよいよ時間がないようで、クックルは再び謝罪を口にしてから立ち上がった。
( ゚∋゚)「君は穏やかで、優しい人だよ。
親父たちにも何度もそう言ったんだが、俺じゃ覆せなかった。
本当にすまなかった」
最後にそう言い切って、去っていった。
広い背中をじっと見つめていた姉者がペニサスの肩をつつく。
164
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:36:14 ID:h4Qb44y20
∬´_ゝ`)「より戻したら? その気がないなら私が行こうかしら」
('、`*川「クックルさん、恋人いらっしゃいますよ。
お葬式のときに言ってました」
∬´_ゝ`)「あら残念」
そこでまたペニサスが黙る。
クックルの話を反芻しているのだろう。デミタスもそうしている。
──ペニサスは過去に4人の男と付き合った。
内一人は事故で亡くなったが、他3人とは向こうから言い出す形で別れている。
クックルに関しては今聞いたとおり。
ジョルジュの方は知らないが、昨日の様子を見るに、彼女に愛想を尽かしたわけではなさそうだった。
('、`*川「……長岡君とミルナ君も……?」
ミルナ。そちらの名は初耳だ。
165
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:37:21 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「そいつにも話を聞いてみよう。
祖母さんのこと知るためにも」
('、`*川「でも私、ミルナ君の連絡先知らない。別れたときに番号とか消しちゃったから──」
('、`*川「──……いえ、もしかしたら長岡君なら知ってるかも」
∬´_ゝ`)「昨日会ったっていう男?
兄者から聞いたわ、未練たらたら丸出しでキショかったって」
ジョルジュも伊藤クールに言われて別れたのならば。
今はそのクールがいないのだから、よりを戻すチャンスだと思っている──のかもしれない。
何にせよ気分のいい男ではないとデミタスは思う。
('、`*川「私と長岡君とミルナ君、同じ読書サークルにいたんです。
長岡君と別れた後、私が彼を弄んで捨てたんだって噂が流れて、大学に行くのが嫌になった時期があって……
そのときに励ましてくれたのがミルナ君でした」
∬´_ゝ`)「それでオチたの? ちょろ〜」
('、`*川「実際チョロかったと思います……。そのせいで、
長岡君と付き合ってたときにもミルナ君と関係を持ってたんだ、って噂が悪化したし。
長岡君にも心変わりが早いって嫌味言われたし……」
(´・_ゝ・`)「マジで何なんだあいつ」
166
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:38:54 ID:h4Qb44y20
('、`*川「だから長岡君にミルナ君のことを訊くのは、ちょっと怖いんですけど」
∬´_ゝ`)「ペニサスちゃん、そんなこと言ってられる立場じゃないのはご存知?」
笑顔で釘を刺す姉者。
うう、と呻いて、ペニサスは再度スマホを手に取った。
デミタスとしてはあの男と連絡をとってほしくないが、実際、そうも言っていられない。
メッセージアプリを起動させたペニサスが、いかにも気が乗らないとばかりにもたもた操作する。
すぐに通知音が響いた。
またペニサスが操作すると、間をおかずに通知音。
──それを繰り返して、何とか「ミルナ」の連絡先を入手できたようだった。
その後も一方的にジョルジュのメッセージが複数届いたらしかったが、ペニサスはそれを無視して、
手に入れた番号に電話をかけ始めた。
もちろん、姉者に言われてスピーカー状態に切り替えるのを忘れずに。
何度か発信音が鳴った後、それが途切れ、男の声がした。
167
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:40:00 ID:h4Qb44y20
『……伊藤さんか』
('、`;川「み、ミルナ君。久しぶり。
突然ごめんね、長岡君からも確認行ったと思うけど……」
『何の用だ? そろそろ休憩が終わるから、あまり時間はとれないんだけど』
ペニサスも大概だが、ミルナの声も強張っているように聞こえた。
('、`*川「えと、聞きたいことがあって。
あの。そうだ。長岡君が言ってたけど、今は東京で働いてるんだって?」
『うん』
('、`*川「電話じゃちょっと話しづらいことでね、その、申し訳ないんだけど
直接会ってもらうことって出来るかな……」
『……』
∬´_ゝ`)「こっちは険悪?」
姉者が小声で言う。
たしかにミルナからは拒絶のようなものを感じる。
ジョルジュのようなのも困るけれど、これはこれでうまくない。
あくまで、情報収集という目的からすれば。
168
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:41:39 ID:h4Qb44y20
『会うって、どこで』
('、`*川「ごめんなさい、わけがあってファイナル市を出られないの。
だからミルナ君に出向いてもらう形になるんだけど」
('、`*川「それでも会ってもらえるなら、そっちの都合のいい時間と場所で大丈夫だから……」
──しばらく互いに無言だった。
スマホを触っているのか何かしら音はするので、話を切り上げようとしているわけではない。と思う。
『……明日の午後5時からなら時間を作れる。
ファイナル商店街の喫茶店はどうだ?』
ペニサスは何度も礼を言いながら待ち合わせの時間と場所を取り決め、通話を切った。
('、`*川「……明日、ミルナ君と会うわ」
(´・_ゝ・`)「聞いてた」
∬´_ゝ`)「とんだ元カレ行脚になったわねえ」
それなら最後は事故死した元カレのためにあの世へ行くことになるのか。──笑えない。
こちらの気も知らず、姉者は自分の発言にけらけら笑いながら大葉をデミタスの丼に寄せてきた。
抜け。注文時に。
■
169
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:42:42 ID:h4Qb44y20
ファイナル商店街は、市のほぼ真ん中、駅前にある。
東西南北に伸びた道に多様な商店が並び、日々賑わっている。
ペニサスもよくここで買い物をするそうだ。
今月末にはハロウィンを控えているということで、
通りや商店の軒先はそれらしい飾りでいっぱい。
──その中を誰より軽やかな足取りで進むのは、ロミスである。
£*°ゞ°)「俺ハロウィン好き。オレンジと紫の組み合わせ多いから」
ツナギの襟を指先でつまんで、その二色をデミタスとペニサスに見せびらかしてくる。
今日の見張りは彼だ。
ペニサスの方はすっかり彼と馴染んだようで、にこにこ笑いながら「本当ね」と頷いている。
170
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:43:49 ID:h4Qb44y20
午後6時も近くなり、通りのあちこちでライトが点灯して
ハロウィンの飾りがますますぴかぴか輝いた。
それらを指差してわいわい言いながら歩いていく彼らに、
デミタスが一歩遅れてついていく。
(´・_ゝ・`)「……」
「鍵」の件についてはまだ何とも言えないが、
伊藤クールについては、少しずつ迫っているものがある。
これから会うミルナという男からはどんな話が出てくるだろう。
その内容がもしも「鍵」に通じるものならば──
ペニサスの死期が早まることになる。
それを知ったら、彼女は歩みを止めるだろうか。
引き返して、家に帰るだろうか。
そうしてほしいと思う。それでは困る、とも思う。
デミタスは何も言えないまま、ただ二人の後を追う。
.
171
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:45:03 ID:h4Qb44y20
約束の時間より少し早く着いたものの、相手は既に窓際の席で待っていた。
( ゚д゚ )「伊藤さん、久しぶり」
スーツ姿の男、ミルナはそう言った。至って普通のサラリーマンといった風情。
ただ、身につけているものからエリート然とした匂いはする。
訝しげにデミタスとロミスを見てくるので、ペニサスが軽く紹介した。
関係については、ロミスが特に考えずに発したであろう「友達です」の一言が採用された。
ミルナは手前側の椅子に腰掛けている。
その反対、壁に備えつけのソファにデミタス、ペニサス、ロミスの順で座っていった。
奇妙な顔触れの1対3。
彼の手元には一杯のコーヒーがあった。
カップを持つ左手、その薬指に指輪が嵌まっている。
3人分の視線に気付いたらしい彼は、ペニサスから目を逸らした。
172
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:46:18 ID:h4Qb44y20
( ゚д゚ )「今年結婚したんだ。呼ばなくて悪かった」
('、`*川「それは構わないけど。お相手は……」
( ゚д゚ )「アヤカ。旧姓の渡辺の方が、君は分かりやすいか」
('、`*川「ああ、渡辺さん」
いい子だったわよね。お幸せに。
そう返す声にジョルジュのような粘り気が滲んでいないかを無意識に探って、
その気配がないことへ安心する己に、デミタスは気付かない。
──数分後。
運ばれてきたティーカップに角砂糖を落としながら、ペニサスが口を開いた。
173
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:46:55 ID:h4Qb44y20
('、`*川「単刀直入に訊くわね。
私と別れたのって、おばあちゃんに言われたからだったりする?」
ちょうどコーヒーを啜っていたミルナが噎せた。
£;°ゞ°)「わーわー。大丈夫?」
ワイシャツにコーヒーを垂らす彼に、ロミスが紙ナプキンを何枚か渡す。
ミルナはシャツにナプキンを押し当てたが、心ここにあらずといった風で、手付きはだいぶおざなりだ。
ただ汚れを引きずって広げただけのようになっている。
('、`*川「いきなりごめんなさい……。
そうだったって言う人がいたから、ミルナ君ももしかして、って思って」
(;゚д゚ )「……」
最後に自分の口元を拭って、しばし彼はコーヒーカップを睨んでいた。
不意に両目を閉じ、深く溜め息。
──瞼と共に顔を上げる。
( ゚д゚ )「そうだ」
('、`;川「……やっぱり。
どんな感じだった?」
174
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:47:44 ID:h4Qb44y20
( ゚д゚ )「……あの日は夏休み中で……バイトしてたら、君のお祖母さんから店に電話がかかってきた。
『バイトが終わったらうちに来てほしい。ペニサスには内緒の話がある』ってさ。
言われたとおり家に行って、出された紅茶を飲んで、少し世間話をして──」
( ゚д゚ )「そしたら急に、君と別れてほしいって言われたんだよ。
最初は金を出されたな。
つっぱねたら、ゲームを持ちかけられた」
(´・_ゝ・`)「ゲーム?」
( ゚д゚ )「シンプルな知恵比べだ。
互いに問題を出し合って、先に三つ間違えた方の負け。
ジャンルは俺の得意分野で」
何だか、ここにきて祖母と孫の血の繋がりを感じた。ゲームを持ち出す辺りに。
('、`*川「ということは……ええと、言語類型論?」
(´・_ゝ・`)「げんごるいけい」
('、`*川「色んな国の言葉を研究するの」
たぶん、だいぶ割愛された説明なのだろうなというのは察する。
175
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:48:31 ID:h4Qb44y20
( ゚д゚ )「ああ。それで、俺が負けたら別れろと言われた」
£°ゞ°)「こっちに有利ったって、そんなの乗る必要なくない?
俺だったら無視して帰るな」
瞬間、ミルナの眉間に深い皺が刻まれた。
怒り──悲しみ──
違う。
恐怖だ。
今度は失敗せずにコーヒーを飲み下して、彼は続けた。
176
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:49:07 ID:h4Qb44y20
( ゚д゚ )「俺だってそうするつもりだったさ。謝って帰ろうとしたよ。
そしたらお祖母さんがな」
( ゚д゚ )「──『君がさっき飲んだ紅茶には、毒が入ってたんだ』と」
「どく」。
ペニサスが呆然とした声で繰り返す。
177
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:49:54 ID:h4Qb44y20
( ゚д゚ )「本気で言ってるのかは分からなかった。
……逆に、嘘なのかも分からなかった。
君の方がよく知ってるだろうが、あの人はいつも冷静な顔をしていたから」
( ゚д゚ )「その顔で、どんな薬品なのか、どう効果が出るのかを淡々と説明するんだ。
内容なんかまるで頭に入らなかったけどな。
……そして最後に、『勝負を受けるなら解毒剤をやる』って……」
('、`*川「……それで応じたの」
ミルナは頷く。
( ゚д゚ )「彼女が怖くて仕方なくて、解毒剤と言われたものを飲んだ後も逃げる気にならなかった。
……そうして、互いに問題を出していった」
( ゚д゚ )「あっという間に負けたよ。
ラテン語に詳しいのはまだ分かるけど、エジプト語のことまで知ってるんだ、あの人」
£°ゞ°)「エジプト語なんてあるの? エジプトで使われるのってアラビア語じゃ?」
( ゚д゚ )「いわゆる死語ってやつだよ。もう、とっくに使われてない」
178
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:52:08 ID:h4Qb44y20
──そのようにしてゲームに負けた後。
彼はクールに言われるままペニサスをこっぴどく突き放して、
周囲の人間に対して彼女の悪評を振りまいたそうだ。
そんな馬鹿げた指示にも従ってしまうほど、
理知と狂気が入り混じったクールの存在が恐ろしかった。
( ゚д゚ )「酷いことをしたのは分かってるよ。
申し訳ないとも思ってる。何度も謝りたかった」
( ゚д゚ )「でも、あの日のことが怖くて……君に近寄りたくなかった」
カップの残りを呷って、彼は腰を上げた。
( ゚д゚ )「俺、コーヒーって好きじゃないんだ」
('、`*川「うん……知ってる。だから今日、ちょっと驚いた」
( ゚д゚ )「……あの日からしばらく、人が淹れた紅茶を飲めなくなった。
最近やっと平気になってきたところなんだ。
でも今日、君に会うことになったら──また飲めなかった……」
( ゚д゚ )「本当にごめん。でも、もう俺に関わらないでほしい」
ペニサスは俯いて、何も答えない。
代金は全部払っておくからと告げ、ミルナはカウンターへと向かっていった。
179
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:53:10 ID:h4Qb44y20
£°ゞ°)「ペニサスちゃんは何も悪くないのにねえ」
ロミスが呟く。
それにも、彼女は何も言わない。
──直後、ミルナが去ったばかりの椅子に、どっかと座る男がいた。
_
( ゚∀゚)「よう」
長岡ジョルジュ。
180
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:55:13 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「げ」
_
( ゚∀゚)「『げ』って何だよ」
(´・_ゝ・`)「つい出た」
初対面であるロミスにジョルジュを紹介してやると、ロミスまで「げーっ」と鳴いた。
£;°ゞ°)「え、兄者君が言ってた奴? 何でいんの怖っ! キモ! ストーカー?」
_
(;゚∀゚)「ミルナに頼まれたんだよ! 別の席から見張っててくれって!」
(´・_ゝ・`)「見張るって、何を」
_
( ゚∀゚)「……ペニサスが、ミルナの飲み物に何か入れたりしないかって」
げえーっ。
ロミスの声は先ほどより長く、嗄れていた。
£°ゞ°)「最悪」
_
( ゚∀゚)「酷いとは思うけどよ、まあ気持ちは分かるぜ。
あんなことがあったんだから」
181
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 20:57:01 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「そういや、あんたは?
あんたも伊藤クールに命令されてペニサスと別れたのか」
_
( ゚∀゚)「まあお察しのとおり?」
彼の場合もミルナと同じ流れだったという。
金を出されて、それを断ったらゲームを提案されて。
さらに断ろうとしたら、飲み物に毒を入れたと言われて。
_
( ゚∀゚)「つっても、俺は毒の話は信じちゃいなかったけどな。
そんな作り話までして必死なんだな、じゃあ相手してやるか、
俺の得意分野ならイケるしと思って」
£°ゞ°)「それでボロ負けしたんだ」
_
(;゚∀゚)「何で『ボロ』が付くんだよ! ……まあ、ゲームはすぐ終わったけど」
(´・_ゝ・`)「惨敗したんだな」
_
(;゚∀゚)「うっせえな!」
182
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:00:31 ID:h4Qb44y20
£°ゞ°)「ていうかミルナ君帰ったんだし、ジョルジュ君ももう用事ないでしょ。帰ったら?」
_
( ゚∀゚)「ンだよ、伊藤さんのことで思い出したことがあったから伝えに来てやったのによ」
(´・_ゝ・`)「それを言えよすぐに」
正直、彼とこれ以上話したくはなかったが。
そんなことを言われてしまえば、聞かないわけにもいかない。
_
( ゚∀゚)「ったく、失礼な奴ら。
……ありゃ去年の秋頃だったかな。
うん、ハロウィンの特設コーナーの準備してたから秋だ」
_
( ゚∀゚)「伊藤さんが図書館に来てよ、俺に声かけてきたんだ。
何かやけに楽しそうっつうか、テンション高いっつうか……。そんで──」
183
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:01:30 ID:h4Qb44y20
_
( ゚∀゚)「『君たちのことを思い出していたら、鍵に繋がったんだ。面白いね。
ペニサスと出会ってくれてありがとう』……だったかな。
細かくは覚えてねえけど、まあ大体こんな感じのことを」
£°ゞ°)「……どういうこと?」
_
( ゚∀゚)「さあ。俺てっきり、よりを戻すお許しが出たのかと思ってよ。
孫娘さんを僕にくださいって言ったら、それは駄目って断られたけど。
んであの人、本読むでもなくそのまま帰ってったんだ」
(´・_ゝ・`)「何でずっと気持ち悪いんだお前。すごいな」
女の引きずり度合いとしてはロミスも大概ではあるが。
184
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:03:21 ID:h4Qb44y20
──そこで咳払い。
突然きりっと表情を引き締めたジョルジュは、ペニサス、と真剣な声で名前を呼んだ。
_
( ゚∀゚)「分かってもらえたと思うけど。
俺、お前と別れたくて別れたんじゃないんだよ」
('、`*川「……」
_
( ゚∀゚)「むりやり引き裂かれたようなもんだ。
でも、その原因になった伊藤さんはもういない」
('、`*川「……」
_
( ゚∀゚)「つまり今の俺らの間には何の壁も──」
こいつぶん殴ってやろうかなとデミタスが考えていると、
ようやくペニサスが顔を上げた。それも勢いよく。
('、`*川「長岡君」
_
(;*゚∀゚)「な、何、やっと俺の言葉届いた?」
('、`*川「おばあちゃんが言ったの、間違いない?
私と出会ってくれてありがとうって」
_
( ゚∀゚)「あ、うん。はい」
185
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:04:31 ID:h4Qb44y20
('、`*川「『君たち』って、じゃあ、長岡君やミルナ君たちのことかしら」
(´・_ゝ・`)「まあ、そう考えるのが自然じゃないか。今の話だと」
('、`*川「……エジプト語……」
ミルナとのやり取りで茫然自失状態にあったのかと思っていたが、
どうやら祖母の挙動について考えていたらしい。
('、`*川「長岡君、エジプトの神話とかもよく調べてたわよね」
_
( ゚∀゚)「あ? ああ、まあ。その辺が好きな教授がいたから」
('、`*川「だからおばあちゃん、エジプト語なんて知ってたんだわ。
長岡君と勝負するために勉強してたから……」
もしかしたら、そうして学んでいったことが──
「鍵」に繋がった?
186
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:08:19 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「長岡と別れる少し前に、祖母さんが何か言ってたんだよな?」
('、`*川「ええ。ファイナル市のこと、『真っ昼間みたいな名前の街』って」
_
( ゚∀゚)「昼間ァ? むしろ夜だろ、ファイナルなんて言われたら。
……たとえばユダヤ暦じゃ日没が一日の終わりに当たるけど、それも真昼とは言えねえしなあ」
£°ゞ°)「何にせよ昼じゃファイナルの逆っぽいよねえ」
('、`*川「うん、そう、逆っぽいの。
逆……ファイナルの逆って何?」
(´・_ゝ・`)「……ファースト? スタート。オープニング」
£°ゞ°)「ルナイアフ?」
奇っ怪な響きに、ペニサスとデミタスは同時に首を傾げた。
187
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:10:05 ID:h4Qb44y20
('、`*川「なあに、それ」
£°ゞ°)「いや、ファイナルを反対から読んだだけ。
ファ、イ、ナ、ル。ル、ナ、イ、ア、フ。ね?」
しょうもないことを言うなとデミタスがつっこむ。
直後、ジョルジュが吹き出した。
くつくつ笑って何度も頷いている。
_
( ゚∀゚)「ああ。はは、なるほどな? 上手いこと言うわ」
('、`;川「どうしたの長岡君、何か分かった?」
必死な表情でペニサスが身を乗り出す。
その様にどこかしらが満たされたのか、彼はにやけて、得意気に答えた。
188
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:13:00 ID:h4Qb44y20
_
( ゚∀゚)「『ルナ』も『イアフ』も、月にまつわる神様の名前だよ。
ルナはローマ神話、イアフはエジプト神話に登場する。
んでどっちも、その名前自体がそれぞれラテン語とエジプト語で月を意味する言葉なんだ」
.
189
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:14:30 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「……月……」
£°ゞ°)「といえば夜」
('、`;川「……その逆だから、真っ昼間」
ソファに座る3人は顔を見合わせる。
そして、一斉にジョルジュへ視線を戻した。
ペニサスなどは彼の手を握りしめさえしたが、それを咎める気にはならなかった。
('、`;川「あ、ありがとうっ、ありがとう長岡君!」
(´・_ゝ・`)「初めて役に立ったな」
£°ゞ°)「意外と賢いんだねジョルジュ君」
_
( ゚∀゚)「3分の2から馬鹿にされてる気がする」
('、`;川「これでも本当に頭いいのよ長岡君はっ」
_
( ゚∀゚)「3分の3になった」
するりと離れていった手を名残惜しげに見つめ、ジョルジュは頬杖をついた。
拗ねたように眉根を寄せる。
190
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:16:07 ID:h4Qb44y20
_
( ゚∀゚)「……へーへー。勉強だけは出来ましたよ、俺は。
だからペニサスも付き合ってくれたんだもんな」
('、`*川「え?」
_
( ゚∀゚)「お前、目が丸くて頭いい男に弱いんだよ。
自分の祖母さんみたいだからさ。
読書サークルなんかに入ってたのも似たような理由だろ」
──ペニサスの周りを漂っていた浮かれた空気が、
まるで上から押さえつけられたかのように、すとんと沈んだ。
溜め息をつきながらジョルジュは椅子を引く。
_
( ゚∀゚)「何か俺いいことしたみたいだし、今日はヒーローのまま帰るわ。
また連絡くれよ」
.
191
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:17:19 ID:h4Qb44y20
窓際のテーブルに3人が残される。
ペニサスは何か考え込むように、あるいは何も思い浮かんでいないかのように
瞳を揺らしていた。
──どうして今だったのかは分からないが。
唐突にデミタスの頭の中に、粉末入りの小瓶が浮かび上がった。
■
192
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:18:43 ID:h4Qb44y20
あの後、ふわふわした空気のままデミタスたちも店を出た。
ふわふわ。着地点を見失ったような、居心地の悪い浮遊感。
一人で考えたいというペニサスを家まで送り、二人でアパートに帰ってくる。
£°ゞ°)「あ」
アパートの前に停まる黒い車に、オサムが声をあげた。
──ボスが移動する際に使用する車だ。
ちょうどそのタイミングで姉者の部屋、101号室のドアが開いた。
そこから出てきたのは姉者でも彼女の弟でもなく、
( ^ω^)「お。やあデミタス、ロミス」
ボスとオサムの二人。
ボスはいつもどおりの様相で。一方、オサムは少し乱れた服を整えながら。
193
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:20:16 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「……どうも」
£°ゞ°)「こんばんは、ボス」
( ^ω^)「うん。今日は進展があったかお?」
(´・_ゝ・`)「はい、たぶん」
そう答えてから、はっとした。
──ああ、進んでしまったのだ。
( ^ω^)「おっおっ、それはそれは。おいでロミス、報告頼むお」
£°ゞ°)「分かりました」
【+ 】ゞ゚)
わざとデミタスに肩をぶつけるようにしながらオサムがすれ違う。
そして、3人を乗せた車はゆるやかに発進した。
デミタスはその場に立ち尽くして、車が角を曲がるまで見送って。
振り返り、101号室の前に立った。
部屋を出てきたときのオサムの仕草が無性に気になったのだ。
194
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:21:44 ID:h4Qb44y20
インターホンに指を伸ばしかけたところ、ドアがうっすら開いていることに気付く。
ろくに考えもせずにドアノブを掴み、そのまま開いた。
──生々しい匂い。
部屋の奥に置かれたベッド。
皺くちゃのシーツの上で、姉者が布団に包まっている。
その隙間から丸い肩が素肌のまま覗いていた。
∬´_ゝ`)「不躾すぎない?」
(´・_ゝ・`)「……いや。……悪い」
それはデミタスにはひどく衝撃的な光景で。
言葉を失った。
何となく、このアパートにそういうものは無縁だと思っていた。
195
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:22:38 ID:h4Qb44y20
聞こえよがしに溜め息をつく彼女は、億劫だろうに、寝転がったまま
デミタスのために解説を寄越してくれる。
∬´_ゝ`)「たまにボスが見たがるの。
『お気に入り』たちがべちゃべちゃやってるとこ」
(´・_ゝ・`)「……それで……オサムと?」
∬´_ゝ`)「あいつ、女抱けるのよ。意外よね。
ボスのまあるいお尻にしか興味ないのかと思ってた」
品のない冗談を垂れ流してけらけら笑う声は、すぐに止んだ。
枕に顔を埋める。
∬´_ゝ`)「あんた、あの女、いつになったら殺すの」
(´・_ゝ・`)「は……」
196
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:24:12 ID:h4Qb44y20
∬´_ゝ`)「あいつ嫌い。周りに甘えて暮らして、一時でも優しい人に愛してもらえたくせに
まだ生き足りないってわがまま言って、泣いたら許してもらえるの」
枕に吸われた声は、くぐもって所々聞き取りづらい。
デミタスはずっと言葉を見付けられないでいる。
∬´_ゝ`)「……嘘。顔褒めてくれたから嫌いじゃない」
鼻をすすって、姉者は頭を上げた。
目元こそ赤いが涙は出ていなかった。
∬´_ゝ`)「やだな。今日はオサムが相手だからマシな方だったのに、最低な気分」
他にも相手をさせられることがあるのか、と思ったが、
彼女の視線が102号室の方角へ向いたことに気付き、
馬鹿正直に訊ねるのを寸でのところで堪えた。
布団を被ったまま体を起こして、姉者は床に手を伸ばした。
落ちていた化粧品を拾い上げる。
∬´_ゝ`)「ロミスは?」
(´・_ゝ・`)「……ボスのところに行った」
197
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:26:15 ID:h4Qb44y20
∬´_ゝ`)「帰ってきたら、あいつ連れてまた来てよ。
とっておきのメイク道具であいつの顔に落書きしてやるから」
暗に出ていけと言われている──ことにデミタスは気付けなかったが、
ここに留まる理由もないので、無言でドアを閉めた。
ひどく悲しいような、でもその当事者は自分でないような、そんな気持ちが体中を満たしていた。
そうして一時間後。発言を真に受けたデミタスがロミスを連れて101号室を訪れると、
事の名残をすっかり洗い流した彼女はまたけらけら笑って、
宣言どおりにロミスと、ついでにデミタスの顔に落書きを施して遊ぶのだった。
■
198
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:28:10 ID:h4Qb44y20
『じゃあ頑張らなきゃ』
『俺ね、デミタス君にも同じ気持ちになってほしかったけど、
なってほしくもないんだよ』
『あの女、いつになったら殺すの』
ずっと。
ずっと、色んな人の顔と言葉が頭に浮かんで、代わりに何かが腹に溜まっていく。
.
199
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:30:01 ID:h4Qb44y20
翌日は特にどこへ行くとも決めていなかったので、昼、単身でペニサスの家へ赴いた。
('、`*川「いらっしゃいデミタス君」
(´・_ゝ・`)
('、`*川「昨日から色々考えたんだけどね、結局
長岡君が言ってたこと以上のとこまで進まなくて……」
(´・_ゝ・`)
('、`*川「でも気になるものはあったの。だからそれを、」
玄関先。
待ちくたびれたとばかりに、デミタスを招き入れることも忘れて
次々に言葉を紡ぐペニサス。
その口が止まった。
デミタスが抱きしめたからだ。
200
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:30:50 ID:h4Qb44y20
ペニサスは拒むでもなくそのままの体勢でいてくれて、
やがて、そろそろとデミタスの背に腕を回してきた。
('、`*川「どうしたのデミタス君。あの、玄関じゃ恥ずかしいから……」
(´・_ゝ・`)「殺さなくていいなんて嘘だ」
華奢な腕が、急にプラスチックみたいに固まったように感じた。
201
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:32:46 ID:h4Qb44y20
('、`*川「え?」
(´・_ゝ・`)「『鍵』を見付けたら殺せとボスに言われてた。それだけは絶対だって」
何秒か。それとも何分か。
まさか何時間も経ったわけはないだろうが、だとしてもおかしくないと思える程度には、長い沈黙があった。
('、`*川「どうして嘘ついたの」
(´・_ゝ・`)「……」
('、`*川「そう言わなきゃ、私がやる気を出さないから?
助けてやるって餌ぶら下げて、私を頑張らせるため?」
(´・_ゝ・`)「違う」
('、`*川「じゃあ何で。
……自分から一生懸命に死にに行こうとする私のこと、笑うため?」
(´・_ゝ・`)「違う……」
手を下ろしたペニサスは、今度はデミタスの胸を押し返そうとした。
離すまいとデミタスの腕に力がこもる。
202
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:34:21 ID:h4Qb44y20
('、`*川「なんで……」
('、`*川「何で、今、言ったの……」
声は困惑に震えている。
これからもっと困らせてしまうことは分かっていたが、
それでもデミタスは言わなければならなかった。
(´・_ゝ・`)「あんたの祖母さんと同じになりたくなかったから」
──伊藤クールが何を思って孫の恋人たちを遠ざけたのか、その意図はまるで想像もつかないが。
ただ、たとえ別れようとも、ペニサスはまた新しい恋人を見付けていた。
そう。
追い払ったって、いずれ新手はやって来る。
それは殺し屋だって同じだ。
.
203
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:36:18 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「祖母さんからもらった毒は、あれ一本だけだったか」
('、`*川「どうしてそんなこと訊くの」
(´・_ゝ・`)「一本だけか」
答えを知っているくせに質問を重ねた。
先日3人で家の中を漁って回ったとき、あれ以上の毒瓶は出なかった。
('、`*川「……一つだけだったけど。それが何?」
(´・_ゝ・`)「じゃあ、やっぱりおかしい」
刺客を返り討ちにするための毒だというのなら、
──何故、一本だけだったのだ。
もしもデミタスがまんまと毒殺されたとしても、
その後すぐに別の人間が差し向けられたはず。
それはデミタスも1日目に似たようなことを言って釘を刺している。
クールが評判どおりの才人ならば、それくらいの予測は立てられるだろう。
なのに、あの毒の致死量は小瓶一本分で、ペニサスが持たされたのも一本だけ。
一人に使ったらもう後はない。
デミタスがそう語るごとに、ペニサスの手からは力が抜けていった。
204
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:38:03 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「祖母さんは、誰に毒を使えって言った?」
('、`*川「そんなの……」
(´・_ゝ・`)「あんたを殺しに来た奴に使えと言ったか? はっきりと?」
('、`*川「誰に、って、はっきり言ったわけじゃないけど。
『お前を殺しに来る奴がきっといるから、使いなさい』とは」
答える語尾は段々と小さくなっていった。
彼女も同じ結論に至ったらしい。
(´・_ゝ・`)「それは、あんたに飲めと言ってたんじゃないのか」
あれはたった一人のための毒なのだ。
だから匂いや味の有無も説明しなかった。
だって、誰かにこっそり飲ませることなど想定していない。
──殺し屋が来たらきっと怖い思いをするから、と脅して怯えさせて。
それが嫌なら飲みなさいと。
自分が死んだら、すぐに後を追えと。
そういう意味の。
205
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:40:04 ID:h4Qb44y20
再び胸を押された。
先ほどよりずっと弱々しく、もはや添えられた程度でしかなかったが、
おとなしくデミタスは身を引く。
彼女の顔は濡れていた。
(;、;*川「『死ね』って? おばあちゃんが私に?」
(´・_ゝ・`)「きっとそういうことだった……んだと思う」
(;、;*川「何よ。あなた、私がおばあちゃんのことを殺したみたいなこと、前に言ったくせに。
次はおばあちゃんが私のこと殺したがってたなんて言うの」
(´・_ゝ・`)「でも、あんたも納得したんじゃないのか。今」
(;、;*川「……」
ふふ。
厚ぼったい唇から笑うような声が漏れたが、目も口も、ちっとも笑っちゃいない。
(;、;*川「そうね。そうみたい。そうだったんだ。
──私、みんなに死んでくれって思われてるのね」
(;´・_ゝ・`)「違う!」
珍しく大きな声が出て、ペニサスもデミタス自身も驚いた。
ただ、その勢いのおかげで淀みなく言葉が落ちていく。
206
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:41:20 ID:h4Qb44y20
(;´・_ゝ・`)「僕は違う。
あんたに生きてほしい。殺したくない。
だから嘘をついたんだ。──本当に殺さずに済めばいいって思ったから」
(;、;*川「……」
(;´・_ゝ・`)「……僕は」
(;´・_ゝ・`)「生きてるあんたと一緒にいたい」
口にしたら、腑に落ちた。
ただ生きているだけじゃ物足りない。
傍にいるのがいい。──たぶん。きっと。
207
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:42:51 ID:h4Qb44y20
(´・_ゝ・`)「まだ思いついてないけど……僕が何とかするから。
どうにかあんたを生かすから。一緒にいてほしい」
言えば言うほど納得がいく心持ちではあるが、
自分がどのようなことを口走っているのかまでは理解できていない。
とにかくもやもやした思いを分解して、より鮮明な形を得られるのが気持ちいい。
言葉を乗せた舌だけでなく、脳も心地よい。
ふふ、とペニサスが息を漏らす。
先よりはもう少し笑みに寄っていた。
(;、;*川「今そんなこと言われたら、私、命が惜しくて頷いたみたいになっちゃう」
それでもいいから頷いてほしかった。
デミタスが傲慢な望みを持て余していると、ぎゅうと抱きしめられた。
だが、それを知覚するよりも早く体を離される。
208
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:44:06 ID:h4Qb44y20
(;、;*川「だめ、私今日、まともに頭回んない。
せっかく来てくれたのにごめんなさい、また明日来て。
それからちゃんと考えましょう。生きるために出来ること」
(´・_ゝ・`)「うん」
まったくもってこれからどうすべきかの見通しは立っていないが。
だが、まだ多少は時間がある。
10月半ば。冬までは、まだ遠い。
■
209
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:45:29 ID:h4Qb44y20
昨夜とはまた違った意味合いでふわふわしたまま帰ると、アパートの前に車があって、ボスがいた。
階段横に設置された小型の宅配ボックスに浅く腰掛けている。
アパートを連日で訪れるなど珍しい。
そこにイレギュラーを感じ取り、デミタスの歩みが遅くなる。
(´・_ゝ・`)「……こんばんは、ボス」
( ^ω^)「デミタス」
ボスが地面を指差すので、彼の前、コンクリートの上に膝をついた。
ざらついた表面がジャージ越しに脚を刺す。
210
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:46:18 ID:h4Qb44y20
( ^ω^)「あのね。今日から202号室は空き部屋になるお」
(´・_ゝ・`)「……は……」
202号室。
デミタスの隣。
ロミスの部屋。
.
211
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:47:28 ID:h4Qb44y20
( ^ω^)「先日、兄者と姉者から報告があったんだお。
お前がずいぶんとターゲットに入れ込んでるようだと」
どうして。
( ^ω^)「それがロミスの話と食い違ってるんだおね。
昨日の報告でもそうだった」
どうして。
( ^ω^)「これはどうしたことかと思って僕なりに一晩考えたんだけど、結論が出なくて。
だから本人に詳しく聞きに来たんだお。
そしたら、やっぱりどうも僕にたくさん嘘をついていたみたいだったから」
どうして。
212
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:48:29 ID:h4Qb44y20
( ^ω^)「お仕置きに、あいつが大事にしてた瓶を割ったら
なんと僕に掴みかかってきたんだお」
どうして。
( ^ω^)「ロミスは僕を裏切った。だから今、オサムに処理を任せてるお」
全ての説明が順番どおりになされているはずなのに、頭は理解を拒んで同じ問いを繰り返す。
どうして。
213
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:50:08 ID:h4Qb44y20
──二階でドアが開いた。
【+ 】ゞ゚)
202号室から現れた男の奇妙な面やグレーのスーツには、多量の血が飛び散っている。
目の前の太った男の話も、
何が起きているのかも、
さっぱり分からない。
( ^ω^)「おつかれ、オサム。どうなったお?」
【+ 】ゞ゚)「きちんと殺しました。後で片付けさせます。
案外抵抗が少なかったので、部屋の汚れは大したことありません」
( ^ω^)「うん、それは良かった。壁の張り替えもただではないからね」
鼻梁に飛んでいた血を指で拭ってやって、にやけ面はデミタスに向き直った。
214
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:51:51 ID:h4Qb44y20
( ^ω^)「……伊藤ペニサス。伊藤。伊藤。伊藤。
やっぱりあの家の女は駄目だお。全部持っていこうとする。
人の大事なものを奪って食い散らかしていく売女ども」
デミタスの鼻先をつまむ。
やはり汚したくはないらしく、血が付いていない方の手で。
( ^ω^)「デミタス。悪いけど、お前がこれ以上騙されてしまわないように
制限時間を短くしようね」
215
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:54:34 ID:h4Qb44y20
( ^ω^)「あと3日の内に薬のことを調べ上げて、あの女を殺しなさい」
.
216
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:55:17 ID:h4Qb44y20
もう、分からない。何も。
■中編 終わり
217
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:56:42 ID:h4Qb44y20
◆鼻糞丸めて万金丹(まんきんたん)
…薬の原料は意外とつまらないものが多いという例え
.
218
:
名無しさん
:2023/10/05(木) 21:57:59 ID:h4Qb44y20
今回はここまで
ありがとうございました
219
:
名無しさん
:2023/10/06(金) 00:35:49 ID:M0DXMNME0
乙
ブーンが鬼畜すぎる
地獄展開だけど続きが楽しみ
220
:
名無しさん
:2023/10/06(金) 03:20:16 ID:QHPg50PM0
乙です
221
:
名無しさん
:2023/10/06(金) 22:47:33 ID:PVUpzrLI0
またもミス
>>209
× (´・_ゝ・`)「……こんばんは、ボス」
○ (´・_ゝ・`)「……こんにちは、ボス」
222
:
名無しさん
:2023/10/08(日) 08:34:29 ID:3FZJVrKg0
おつおつ
AAの特徴を上手く活かしてて感動した
ハッピーエンドが訪れますように
223
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:50:35 ID:UPXMXGIo0
後編投下します
224
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:51:17 ID:UPXMXGIo0
よくデミタスのことを怒鳴ったり足蹴にしたりする叔父が床に頭を擦りつけて謝りたおすので、
その前に立っている人たちは、よほど偉い人か怖い人なのだろうなと思った。
結果的にはその両方だったらしい。
何らかの失敗を責められた叔父はその場で散々殴られた末に動かなくなって、
運びやすいようにか捨てやすいようにか、細かくされていった。
(´・_ゝ・`)
デミタスは部屋の隅に座ってそれを眺めていた。
叔父の、どの部位がどういった状態になったのかは知らないが、
赤くぼこぼこした内側が目に入って、透明感のないイクラみたいだなとぼんやり考える。
225
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:52:26 ID:UPXMXGIo0
作業していた内の一人が近付いてきた。
同じ目に遭わされるのかもしれないと想像はしつつも、
もう長いこと体も頭もまともに栄養を与えられていなかったので、逃げる気力がない。
そいつはデミタスの顔を覗き込むと、しげしげと眺めまわした後に振り返った。
『ボス』
その声に、ずっと作業を傍観していた肥満気味の男が寄ってくる。
「ボス」は屈み込んで同じように顔を見つめてきた。
数秒後、嬉しそうに一声あげる。
( ^ω^)『……おっ!』
──余談だが。
後に、このとき同行していたのがお面の男でなくて良かったなと誰だったかに言われた。
彼がいたら、「ボス」に気付かれる前に顔を潰されていただろうとのことだ。
226
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:53:46 ID:UPXMXGIo0
風呂に入れられ、着替えさせられ、飯を食わされ、
気付けば知らない土地に連れてこられていた。
その間、色々と質問されたり他愛ない話題を振られたりしたが、
先述のとおり頭がろくに回らないので心のままに答えていたら、
それをいたく気に入られたようだった。じゃあ今後もそうしよう、と思った。
アパートの一部屋を与えられる。
隣人だと紹介されたのは、同年代であろう、
高校生ほど──デミタスも彼も高校に通っていなかったが──の少年だった。
( ^ω^)『隣同士だから、仲良くするんだお』
£°ゞ°)『はあい』
少年はへらへら笑いながらデミタスの手を握った。
£*°ゞ°)『何歳? へえ、俺の一個上だ。
わあ、こんなに歳近い友達って初めて! 嬉しいな』
会ったばかりで何も知らない相手が友達なもんか、と思ったし、そう言った。
227
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:55:07 ID:UPXMXGIo0
£°ゞ°)『えー、デミタス君ってテレビ全然見たことないの?
11時から俺が好きな番組やるから見てよ』
£*°ゞ°)『ここのコーヒー美味しいんだよ。飲んで飲んで。今日は俺の奢り』
£*°ゞ°)『ねえねえデミタス君──』
友達なもんか。
.
228
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:55:46 ID:UPXMXGIo0
■後編:命乞い
.
229
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:56:47 ID:UPXMXGIo0
ふらふらと202号室に向かう。ドアは開いている。
中に入ると、部屋の真ん中に血まみれの死体があった。
紫色のツナギに包まれた体はぴくりとも動かない。
予想どおり、本当に死んでいる。
∬´_ゝ`)「……」
そして予想外に、奥の壁にもたれて姉者が座り込んでいた。
昨夜彼女がとっておきだと自慢していた高級化粧品が辺りに散らばっている。
腹を押さえながらぼうっと死体を眺めていた彼女は、ゆっくりこちらを見た。
億劫だろうに。今日もデミタスのために解説をくれる。
230
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:58:04 ID:UPXMXGIo0
∬´_ゝ`)「……昨日あんたたちに落書きしたとき、妙にすっきりして、楽しかったから。
今日もやってやろうと思って、遊びに来てたの」
(´・_ゝ・`)「うん」
∬´_ゝ`)「そしたらボスとオサムが来て、あんたのことを私たちに確認し始めて……」
(´・_ゝ・`)「うん」
∬´_ゝ`)「私とロミスのどっちが嘘をついてるのかってオサムが訊いてきた。
そのときに私がお腹を蹴られたもんだから、
ロミスの奴、すぐに全部白状したのよ。……馬鹿な奴」
デミタスは首を横に振った。
(´・_ゝ・`)「……元はといえば、僕が、ちゃんとしてなかったせいだ」
姉者も、首を振る。
∬´_ゝ`)「あいつが勝手に嘘ついたせいよ」
何かの間違いなのではないか。
いずれ汚れたツナギをまとった体が、ひょっこり起き上がるのではないか。
そう思ってしばらく待ったが、テーブルの上のデジタル時計が数字を進める以外、室内には何の変化もなかった。
■
231
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:58:45 ID:UPXMXGIo0
すぐにペニサスの元へ戻った。
彼女は驚いたものの、デミタスの様子が平生と異なるのに気付くと
いつものように招き入れてくれた。
──ダイニングテーブルを挟んで向かい合う。
('、`*川「……あと3日」
制限時間のことを伝え聞いたペニサスは青ざめ、呆然とテーブルを見つめた。
そのまま唇を震わせていたが、思いついたように顔を上げる。
232
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 21:59:52 ID:UPXMXGIo0
('、`;川「ろ、ロミス君。ロミス君に相談できないかしら」
(´・_ゝ・`)「……ロミスは……」
迷った末、正直に全てを話した。
この期に及んで、彼女に嘘も隠し事もするべきではない。
──聞き終えたペニサスは先ほど以上に呆然として、
('、`*川「……そうなの」
それだけ呟き、押し黙った。
デミタスも次の言葉が出てこない。
二人とも俯いて、しばらくそうしていた。
どれくらい経ったろう。
対面で頭を擡げる気配を感じ、デミタスは視線を上げた。
('、`*川
ペニサスの目に力がこもっているように見えた。
最近のおどおどした瞳でも、以前の演じていた目つきでもない。
それでも少しだけ潤んではいたが。
233
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:01:00 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「たった3日で、ここから逃げる準備なんて出来ないでしょう。私たち」
(´・_ゝ・`)「ああ」
たとえ街から出られたとしても、必ずボスが追っ手を差し向ける。
それを躱し続ける術もない。
だから、出来ることといったら──
(´・_ゝ・`)「引き続き、祖母さんの研究について調べよう。
何としても『鍵』を突き止めるんだ」
武器を手に入れること。
交渉材料としてか、はたまた別の用途としてかは、見付けてから考える。
('ー`*川「私も今、そう思ってた」
.
234
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:03:24 ID:UPXMXGIo0
そんなわけで、早速話し合いを始める。
(´・_ゝ・`)「さっき、初めに僕が来たときに何を言いかけてた?」
('、`*川「ええとね、いくつか気になったの。
まず、そもそも何でおばあちゃんは研究のことを隠したのかしらと思って。
チームでやってたことなのに急に一人でこそこそ進め出したの、おかしいじゃない?」
(´・_ゝ・`)「共有してしまったら、誰かが外部に漏らす可能性が高まるから。とか」
('、`*川「それを言ったら、どんな薬であっても同じことだわ。
なのに何でこの件だけそこまで警戒したのか……。
おばあちゃんが何を考えてたのか知りたい」
('、`;川「それと──……うう、考えることが多くて頭がごちゃごちゃする。
一旦まとめさせて」
彼女は立ち上がるとキッチンへ引っ込んだ。
少しして、二人分のマグカップを持って戻ってくる。コーヒーの匂い。
差し出されたカップを受け取り、息を吹きかけてから一口含んだ。
香りが鼻を抜け、薄甘い苦味が舌に染み、口内がぽかぽかと温まる。
そこで今さら、自分の体が冷え固まったように強張っていることに気付いた。
コーヒーでそれを溶かしていくにつれ、視界が少しずつひらけるような感覚。
235
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:04:19 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「いま知るべきなのは、
おばあちゃん自身のこと。何を考えてたか、とか。
したらば製薬に行ってみたいところだけど……」
(´・_ゝ・`)「会社は別の街にある。ファイナル市から出られない以上無理だ。
あと、そっちはもう、ボスの手が触れてないところはないだろう」
加えて、これだけ頑なに情報を隠しているならまず勤務先には痕跡を残すまい。
ペニサスもそこは納得したらしく、「そうね」と首肯した。
('、`*川「次。おばあちゃんが市場で買ったものが、どこへ運ばれたか」
(´・_ゝ・`)「クックルが言ってたやつだな」
('、`*川「ええ。こっちはクックルさんの連絡待ちだから一旦置いとく」
──クックルといえば。
(´・_ゝ・`)「あの男は何か詳しい分野とかあったのか?
手切れ金を受け取ったからゲームは仕掛けられてないだろうが、
もし金を断っていたら、あいつも知恵比べを挑まれてた可能性は高いわけだろ」
236
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:05:16 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「そう、それ、それも伝えなきゃいけなかったわね。
クックルさん、海が好きだった。
お父さんが船に乗ってたからだと思う」
(´・_ゝ・`)「泳ぐのが好きだったのか」
('、`*川「それもあったけど、どちらかというと『中』に興味があったみたい。
海中の環境とか生態系とか、そういうの。
たしか大学を受験するときも、そっち系に強いところを選んでたはず」
一旦、二人とも口を閉じて噛み砕く。
しかしその情報が今すぐ何かに繋がることもない。
時間を惜しんでか、ペニサスが話を切り替えた。
('、`*川「──他に一度考えておくべきなのは、なおるよさんのこと」
(´・_ゝ・`)「なおるよ?」
('、`*川「……4人目の恋人で、事故で亡くなった人」
237
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:06:19 ID:UPXMXGIo0
ペニサスはスマホを操作し、デミタスの手元に置いた。
一人の男の写真が映っている。
[ ('(゚∀゚∩ ]
目が丸い、と真っ先に思ってしまったのは、昨夜の喫茶店でのことがあったからか。
('、`*川「長岡君の言うとおりね。
こういう顔で、頭のいい人に惹かれちゃうんだわ」
自嘲めいた笑みを浮かべて彼女が言う。
('、`*川「内面で好きになったんだと思ってた。
私、本当にちゃんと彼らのことを見てたのかしら。
──おばあちゃんの代わりみたいに、思ってなかったかしら……」
(´・_ゝ・`)「あんたが誠実に向き合ってたから、
長岡とクックルは今もあんたに好感を持ってるんじゃないのか」
その「好感」の性質が今では違うにしろ、少なくともペニサスに敵意は持っていない。
ミルナも伊藤クールの影に怯えこそしていたが、
当時はペニサスと真っ当に付き合っていたようだったし。
取っ掛かりが何であれ、彼らと彼女は真剣に愛し合っていたはずだ。
ペニサスは「ありがとう」と薄く薄く微笑んだ。
238
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:07:22 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「──なおるよさんとは3年前、
おばあちゃんの忘れ物を職場に届けに行ったときに出会ったの。
彼は研修医で、その日はしたらば製薬に呼ばれたお医者さんの付き添いとしてたまたま来てた」
('、`*川「優しくて楽しい人だったわ。
あと、星座占いが好きだった」
手を伸ばしてきて、メッセージアプリを起動する。
表示されたのはなおるよとのトーク画面。
日付は3年前の冬だ。
デートの約束をしていたらしく、朝から待ち合わせ場所の確認をとっている。
その中で、ニュース番組内の占いコーナーの話題が出ていた。
『今日の僕の運勢は最下位だって』
『じゃあ出かけるのやめる?』
『あなたは一位だったから会えば中和できるかも』
そのような、ゆるゆるとした応酬だった。
239
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:08:24 ID:UPXMXGIo0
少し間があいて、なおるよからのメッセージ。
『ごめん。待ち合わせ、一時間後ろにずらせる?』
『お店で時間つぶすから大丈夫。まだ忙しかった?』
『ありがとう、本当にごめんね。忙しくはないけどちょっとした用が入っちゃって』
それから、調整した後の待ち合わせ時間が近付いた頃。
『今から向かうね』
──以降、なおるよの発言はない。
約束の時間を過ぎて、心配するペニサスのメッセージや発信履歴ばかりが続き、
トーク画面の末尾に辿り着く。
('、`*川「……なおるよさん、この日に交通事故で亡くなったの。
居眠り運転してたんですって」
('、`*川「出かけるの、ほんとにやめておけば良かった」
図書館のカフェで占いの話題を振られた彼女が脳裏を過ぎる。
悔いるような目をしていたペニサスが、我に返った様子でスマホをしまった。
240
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:09:29 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「──占いが好き、っていうのとも、ちょっと違ったかも。なおるよさん。
そんなに信じてるわけでもなかったし」
(´・_ゝ・`)「何だそりゃ」
('、`*川「西洋占星術そのものに興味があったのよ。
占星術、分かる?」
(´・_ゝ・`)「よく知らない」
('、`*川「あらゆるものは天体の影響を受けている──っていう考え方でね、
天体の位置や動きで吉凶を占ったりするの。星座占いもこれ。
……ごめんなさい、私も詳しいわけじゃないからちゃんと説明できないけど」
('、`*川「大昔には医術にも活用されてたんですって。
それが面白かったみたいで、なおるよさん、学生のときに色々調べてたらしいの」
興味があったにしても、単純な好奇心の類だったわけか。
デミタスは顎をさすりながら今の話を反芻した。
(´・_ゝ・`)「天体……」
──ファイナル。ルナ。イアフ。
月。
('、`*川「ね、気になるわよね」
241
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:10:44 ID:UPXMXGIo0
伊藤クールは、ペニサスのかつての恋人たちにまつわる何かが「鍵」に繋がったと語った。
おそらくジョルジュにおいては宗教学、ミルナは語学。それらが示したのは月という単語。
なおるよが関心を持っていたのは天体と密接な関わりのある西洋占星術──
でも、そこからどう考えればいいか分からないのだとペニサスが首を振った。
('、`*川「ネットであれこれ見てみたんだけど、それもなかなか……。
こう、目当てのものがはっきりしない状態で漠然と広く情報が欲しいときって、
ネットより本の方がいいのかもって気分になるわよね」
デミタスはインターネットも本もよく見る方ではないので、同意を求められても
へえ、としか返しようがない。
(´・_ゝ・`)「書斎に占星術の本は?」
('、`*川「なかった。だから、その……
図書館に行きたいなって」
(´・_ゝ・`)「……あの?」
('、`*川「あの。市内で一番大きいし……」
まあ。この際、好き嫌いは言っていられない。
そうと決まれば、と二人は腰を上げた。
242
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:12:17 ID:UPXMXGIo0
( ´_ゝ`)「お、また行く? 今日は車ないからタクシー呼ぶか」
間。
('、`;川「え!?」
咄嗟に、デミタスは叫ぶペニサスの前に飛び出していた。
ペニサスも縋るようにジャージを掴む。
ダイニングの入口にしゃがみ込む兄者が、にかっと笑った。
( ´_ゝ`)「別に刺客とかじゃありませんて」
(´・_ゝ・`)「何でいる」
( ´_ゝ`)「ボスがずいぶん心配してたぞ。お前らのこと見張っとけってさ」
(´・_ゝ・`)「何で、中に、いる」
( ´_ゝ`)「玄関の鍵を、こうね。ちょちょいと。ロミス君仕込みのピッキング」
何かをつまんで回すような仕草をする兄者。
デミタスとペニサスは顔を見合わせ、溜め息をついた。
■
243
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:13:25 ID:UPXMXGIo0
図書館に着く頃には日が暮れ始めていた。
閉館時間が近い。急いで中に入る。
どの書架を見るべきかと3人で案内図の前に立っていると、
_
( ゚∀゚)「ペニサス!」
背後から声。
初めもこんな感じだったなと思いながら振り返る。
_
(*゚∀゚)「今度はどうしたんだ?
もしかして今日こそ俺に会いに……」
(´・_ゝ・`)「案内図を見てる奴らを前にしてよく言えるな」
( ´_ゝ`)「3日ぶりだが相変わらずだあ」
喜色を浮かべる彼を視界に入れて──
こいつのアホ面に安心させられるのも癪だな、と思った。
来る前はうんざりしていたというのに。
兄者の言う「相変わらず」がそうさせるのかもしれない。
244
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:14:53 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「昨日はありがとう、長岡君。
西洋占星術の本を借りに来たの」
_
( ゚∀゚)「あ、そう……。
また変なとこ突いてきたな。
占星術なあ……具体的に何が知りたいんだ?」
('、`*川「具体的にって言われると、よく分からない。
これが知りたいというより、その中に知りたい情報があるかもっていう感じで……。
とにかく急いでるの。色んな情報が載ってるような本ないかしら」
目を眇めたジョルジュは「ちょっと待ってな」と言って踵を返した。
これもまた3日前みたいだ。
おとなしくソファに座り、彼を待つ。
──数分後、いくつもの本を抱えてジョルジュが戻ってきた。
近くのテーブルにそれらを置く。
_
( ゚∀゚)「ほら」
比較的薄くて新しい感じのする本がペニサスに手渡された。
ぱらぱらとページをめくるのを覗き込むと、文字が大きく、イラストが頻出している。
読みやすいが──軽い、という印象だ。
デミタスが不満の目を向けると、ジョルジュは同じような目で見返してきた。
245
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:15:57 ID:UPXMXGIo0
_
( ゚∀゚)「まずはこれを読むといい。
西洋占星術のことを幅広く、分かりやすくまとめてある。
その代わり、一つ一つの解説は浅めだ。まあかなり初心者向けだしな」
_
( ゚∀゚)「で、読んでる内にもっと深く知りたい場所が出てきたら
こっちの、より専門的な方で調べるんだ」
と、分厚い本たちを指差す。そちらはいかにも厳めしい雰囲気のものが多い。
具体的な目的も分からないままとっつきにくい方に手を出しても、目が滑るし頭に入らない。
まずは分かりやすいところから足がかりとなるものを見付けるべきだ。
──ジョルジュはそう言う。
_
( ゚∀゚)「時間があるなら、また別のやりようもあるだろうけどな。
急いでるんだろ。これが一番手っ取り早くて確実だと思うぜ」
('、`*川「長岡君……」
( ´_ゝ`)「まるで図書館の職員みたいなことするじゃないか」
_
( ゚∀゚)「『これでも』、頭が良くてかっこいい、評判の司書さんなもんで」
べ、と兄者に向かって舌を出す。
本を閉じたペニサスは彼の顔を見上げて「あのね」と声をかけた。
感謝を期待したか、にやけながらジョルジュが視線を返す。
246
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:16:54 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「私、長岡君とやり直すつもりはないんだけど」
_
( ゚∀゚)「ヴッ」
('、`*川「でもたしかに昔、こういうところが好きだったわ。
難しい話でも私に分かりやすいようにしてくれるの」
('ー`*川「……ありがとう」
_
( ゚∀゚)
──ジョルジュは口をひん曲げ、腕を組んで遠くの天井を睨んでいたが。
ふと、何かを諦めたように苦笑した。
_
( ゚∀゚)「おう。頑張れよ」
.
247
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:18:17 ID:UPXMXGIo0
ペニサスの名義でカードを作成し、本を借りた。
重たい本を3人で分担して抱える。
退館する間際、ペニサスに「また何か困ったら言えよ」と優しい言葉をかけたジョルジュが
何故かデミタスには複雑そうな顔をして背中を叩いてきたので、脛を蹴ってやった。
( ´_ゝ`)「いやあ、なかなか酷い女だなあ」
兄者がそう言って笑う。デミタスとペニサスは首を傾げた。
そうしたら「引くわー」と追撃を受けた。何なのだ。
■
248
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:18:57 ID:UPXMXGIo0
家に戻ると、さっそくペニサスはジョルジュに勧められた本を開いた。
デミタスは彼女に断り、キッチンを借りて3人分のコーヒーを淹れる。
ドリップバッグ式は不慣れなのでやや手間取ったが、まあ何とかなった。
ダイニングテーブルにカップを置く。
二人から礼を言われて、何だかむず痒い。
手持ち無沙汰のデミタスと兄者も分厚い方の本をめくっていると、
ペニサスのスマホが着信を知らせた。
発信者名を見た彼女は、慌てたような顔をする。
('、`;川「クックルさんから!」
身を乗り出した兄者が勝手に画面をタップして、
さらにテーブルの真ん中にスマホを置いた。
249
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:20:18 ID:UPXMXGIo0
『ペニサス、今いいか?』
('、`;川「は、はい、もちろん」
『すまん。あれから頑張ったんだが……』
その入り方で、結果に期待できないことが分かってしまった。
『伊藤さんが市場を利用した日すら特定できなかった。
そもそも俺の確認できる情報の範囲にも制限があってな』
('、`*川「……そう……」
『申し訳ない……』
('、`*川「いえ、仕方ないことだもの。ありがとうございます、クックルさん」
こつん。
兄者の指が、テーブルを弾いた。
早々に通話を打ち切られそうな空気が滲み始めるも、ペニサスがそれを引き留める。
250
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:21:25 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「あの、それとは別なんですけど。おばあちゃんにお金を渡されたとき、
お茶とかお菓子とか出されました?」
『うん? まあ、たぶん……──そうだ、出された。紅茶だ。
いい茶葉が手に入ったからぜひ飲んでくれと、やけに勧められて』
('、`*川「別れろって言われる前に?」
『ああ。最初は茶を飲みながら世間話をしてた。そしたら突然札束を出してきて……。
俺がつい手術のことを話したら、驚いたような顔をして、
それじゃ足りないだろうとさらに金を』
('、`*川「受け取った後はどうしましたか」
『すぐに帰ったぞ』
('、`*川「お金の話をした後、何か飲まされたり食べさせられたりは?」
『いや、何も。突然大金を出されて、それどころじゃなかったし』
不可思議そうな目でペニサスがデミタスを見るのと、
デミタスが同じように彼女を見るのは同時だった。
251
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:22:19 ID:UPXMXGIo0
('、`;川「……帰ってから、具合が悪くなったりとかしませんでしたか」
『それもない。どうしたんだ?』
('、`;川「いえ……」
それ以上の進展はない。
ペニサスは礼を、クックルは謝罪を重ねながら通話を切った。
( ´_ゝ`)「最後のはどういうこと?」
ミルナから知恵比べの件を聞いたのはデミタスとペニサス、そしてロミスだけだ。
きょとんとする兄者へ手短に説明を施すと、「ひえー」と棒読みのリアクションがあった。
('、`*川「……クックルさんは解毒剤を渡されないまま帰ったけど、何ともなかった」
( ´_ゝ`)「父親のために絶対に金を受け取るだろうと予想できてたから、
そもそもゲームとやらをする予定もなかったとか。
だからそもそも毒を入れてなかった。どう?」
('、`*川「さっきの話が正しいなら、おばあちゃんは
クックルさんがお金を必要としてることを知らなかったと思います」
(´・_ゝ・`)「ならやっぱり、ゲームをする羽目になる可能性も考えてたよな」
252
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:22:54 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「執拗にお茶を勧めたのも、それに備えた布石よね、きっと。
おばあちゃんは紅茶が好きな方だったけど茶葉にこだわりはなかったし、
珍しいお茶だからって嬉々として人に飲ませたがる人でもないし……」
今となっては、あくまで可能性の話ではないが。
諸々を踏まえると、やはり取引の前に何かしらを飲食させて、
万が一の際に「毒を盛った」と脅すことは織り込み済みだったろう。
であれば──
('、`*川「兄者さんの『そもそも毒なんて入れてなかった』っていうの、合ってるかも。
理由は違うけど……」
('、`*川「長岡君やミルナ君にあんなこと言ったのは、
ただゲームに乗ってもらうためのハッタリだったんじゃないかしら」
(´・_ゝ・`)「まあ冷静に考えると、本当に毒を飲ませた上で
もしも相手が乗ってこなかったら、祖母さんの方が困るもんな」
家の中で死なれても、家を飛び出して病院か警察に駆け込まれても、どちらにせよ。
ペニサスはスマホを見つめながらコーヒーを啜る。
253
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:24:19 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「……あまり考えたくなくて、無視しちゃってたんだけど。
私、なおるよさんはあの日おばあちゃんに呼び出されたんじゃないかと思うの」
初耳の名前に首を捻る兄者に、ペニサスの元恋人であることだけ言っておく。
(´・_ゝ・`)「待ち合わせの時間をずらしたときにか」
('、`*川「ええ。それでたぶん、彼も私と別れるように言われた……」
( ´_ゝ`)「金を渡して、断られたら毒で脅して知恵比べ?」
('、`*川「なおるよさんに同じことしようとしても
そんなハッタリ通じないと思う。お医者さんだもの。
おばあちゃんも分かってただろうから、毒のくだりは省いたはず」
('、`*川「でも、もしかしたら……」
デミタスは、このダイニングテーブルで向かい合う老婦と青年の姿を幻視する。
──恋人の祖母に手切れ金を提示され、それを断れば次はゲームを持ちかけられる青年。
いずれも乗ってやる謂れは彼にない。
さらに断って席を立つ。あるいは乗ってやった上で勝ったかもしれない。負けたかもしれない。
彼が出ていった後、そこには口をつけたティーカップが残される。
過去三回においては文字どおり混じりっけなしの紅茶が入っていたそのカップに、
今回だけは──
254
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:26:29 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「……事故があったのって、大きい通りだったの。
街頭の防犯カメラには運転席でうとうとするなおるよさんが映ってて」
('、`*川「それでただの居眠り運転として処理されたから、
事件性はなしってことで司法解剖まではされなかった」
( ´_ゝ`)「もし解剖されてたら、薬の痕跡でも見付かってたかね」
(´・_ゝ・`)「……」
ここまで全て、ただの憶測だ。
これも今さら確かめる術はない。
だが、もし真実だったなら。
そこまでしてペニサスの恋人を排除しようというのは──異常だ。
室内が静寂で満たされる。
兄者がコーヒーを一気に飲み干した。
( ´_ゝ`)「さて。改めて祖母さんが本気でヤバい奴だったと分かったわけだが。
その上で、次はどうするんだ?」
(´・_ゝ・`)「……とりあえず、この本に目を通さないと」
('、`*川「いえ」
ペニサスが再びスマホに手を伸ばした。
('、`*川「──母に、おばあちゃんのことを聞いてみる」
255
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:28:25 ID:UPXMXGIo0
なるほどと頷いた兄者が腰を上げた。
( ´_ゝ`)「じゃあ頑張りな。コーヒーごちそうさん、帰るよ」
(´・_ゝ・`)「見張りは?」
( ´_ゝ`)「俺はやらなきゃいけないことが出来ただろ、さっき」
キーボードを打つように指を動かして、笑う。にかっ。
見覚えのある仕草。
('、`;川「まさか市場のデータを?」
( ´_ゝ`)「いやあ、市場だけじゃなくて出入りの運送業者まで調べにゃ。重労働だ」
さっさと立ち去ろうとする兄者の腕を掴んだ。
(´・_ゝ・`)「……無理な頼みだとは分かってるが。
もしデータが手に入っても、ボスには」
( ´_ゝ`)「報告するなってんだろ、分かってるよ。
大事な武器になるかもしれないんだもんな」
──本当に無理を言っていると思ったので、その返答に驚いた。
256
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:29:42 ID:UPXMXGIo0
(´・_ゝ・`)「何で」
( ´_ゝ`)「姉者からロミスのこと全部聞いて、もう、どうでも良くなったよ俺は」
(´・_ゝ・`)「……」
( ´_ゝ`)「……父親がリストラに遭ったのを皮切りに、どんどん悪いことが重なってな。
うちはめちゃくちゃになっちまった。
そこをきょうだい3人だけでも拾ってもらえて、正直助かったんだ」
( ´_ゝ`)「ボスにはそれなりに恩を感じてたさ。
前みたいな生活に戻りたくなかったし、粗相さえしなきゃ可愛がられるしな。
だからまあ、どんなに嫌な仕事でも頑張ってきたが」
そこで俯く。
数秒後に上げられた顔は笑みを浮かべていたが、いたく穏やかで、ひどく悲しげだった。
( ´_ゝ`)「本当はずっと、姉者にはお洒落も化粧も普通に楽しめるように生きてほしいと思ってたよ。
俺の気が紛れるように、俺が『その気』になれるようにって……
別人に思えるようにって理由で化粧を覚えてほしくなかった」
──弟だって、下らない理由でいなくなってほしくなかった。
言って、彼は歩き出す。
( ´_ゝ`)「俺ら、何のために我慢させられてたんだろうな」
■
257
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:30:36 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「母は高校生──16歳のときに私を産んだの」
兄者が去った後のダイニング。
夕飯であるおにぎりを片手に、ペニサスは語った。
今回は焼いていない真っ白な米だ。中にはマヨネーズで和えたツナが入っている。
忙しいからと申し訳なさそうに言われたが、数日前の焼きおにぎりといい、
だいぶ手間はかけてくれていると思う。
マヨネーズの塩梅が、とかまた色々感じるところはあったが、
空気を読んで「美味い」「ちょうどいい」とだけ感想を告げた。
(´・_ゝ・`)「16。若いな」
('、`*川「父は近所に住んでた大学生だったって。
その後どうなったかは知らないけど、
母は学校を辞めたし、父は遠くに引っ越して……ともかく結婚はしなかったみたい」
('、`*川「そういうことがあったからか、母とおばあちゃんは仲が悪かったわ。
母は私にあまり興味がない感じで、逆におばあちゃんがよく面倒見てくれてた」
258
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:31:42 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「いつの間にか母は出ていっちゃって、
時々お金の話をする以外には連絡をくれなくなった……」
顔を合わせたのも、伊藤クールの葬式後、遺産の話をしたのが最後だったという。
その母親にこれから電話をかける。
他県に住んでいるので会いには行けないし、呼びつけることも難しいだろう。
ペニサスへの関心が薄くクールとは険悪だったという母親と、画面越しにどれだけ話せるかは怪しい。
躊躇いが咀嚼に表れたかのようにゆっくりと食事を終えたペニサスは、
お茶を飲んで一息つくと、先ほど兄者がそうさせたようにスマホをテーブルに置いた。
アドレス帳から目当ての名を探し、発信。
画面には、伊藤ツン──と他人行儀に文字が並んでいる。
案外、反応は早かった。
2コール鳴りきる前に発信音が途切れる。
『なに』
('、`*川「お母さん。ごめん、いきなり」
ぶっきらぼうな声は、少し若い印象だった。
259
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:32:21 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「あのね、おばあちゃんのこと知りたくて」
『……』
さっそく切ろうとしている気配を感じる。
引き留められないかとデミタスが口を開くが、
それより先にペニサスが声を張った。
('、`*川「──おばあちゃんに、毒を飲むように言われてたの。私」
返事はない。
だが、通話は切られていない。
260
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:33:28 ID:Txb8.PLw0
きたな!支援
261
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:33:51 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「おばあちゃんが死んだら、毒を飲んで私も死ねって……。
はっきり言われたわけじゃないけど、そう仕向けるようなことを」
アピールのためか、ペニサスはポケットから取り出した小瓶を
わざとらしく音を立てるようにして置いた。
先の会話が頭を過ぎって、その瓶の中身は本当に毒なのだろうかと疑心が湧いた。
実はそれも孫娘を怯えさせるための嘘だったとか。──そんなわけがない。まるで意味がない。
なおるよに睡眠薬を盛って殺したかもしれない女だ。
用意さえ出来れば、孫に自害用の毒を持たせたっておかしくはない。
それでも偽物であればいいと思ってしまうのは、
母に話すペニサスの声が辛そうに震えていたからだろうか。
──笑い声が響いて、デミタスの意識がスマホに戻る。
『そこまでしたの、あの女』
互いの顔なんか見えていないのに、合わせるようにペニサスも口角を上げた。目は笑っていない。
母とも暮らしていたとき、よくそうやって機嫌を窺っていたのかもしれないなと思う。
親相手ではないがデミタスも子供のときにそうした覚えがある。
262
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:34:48 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「それと、今まで私の恋人にお金渡したりして私と別れさせてたみたい」
また笑い声。
──何を今さら、と言いながら。
『昔から似たようなことしてたよ』
小瓶に添えられていたペニサスの指が、ぴくりと揺れた。
『あんたが小学生のとき、男の子連れてきたでしょ。で、うちでご飯食べてった』
('、`*川「……うん」
『あの子が帰った後に食器片付けてたら、台所に何か零れてたの。粉みたいなの。
調味料っぽくないし何だろうと思って見てたら、あの人が来て、ささっと拭いて戻ってったんだけど──』
『その後に例の子がお腹壊して寝込んだって聞いて、ああ、あの子の皿に何か混ぜてたんだろうなって』
263
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:36:44 ID:UPXMXGIo0
('、`;川「あの子は、食べすぎただけだったって」
『病院行くほどの症状じゃなかったから親がそう判断しただけでしょ。
もし医者にかかってたら、もっと違うこと言われてたんじゃない?
食べすぎってほど食べてなかったし』
『それでご飯作った私が疑われてたらどうすんだって腹立ったけど、それ以上に、
孫にもそういうことするんだって引いたな』
一拍置いて、ペニサスが問う。
('、`*川「──お母さんにも同じことを?」
『そこまでえげつないことはされなかったけどさ。
昔から、私が男の子と仲良くすると怒るわけ。
酷いときは相手に向かって「娘に近寄るな」とか。あのヒスババア』
『一回すっごいムカついてさ。
こっそり子供作ってやったらどんな顔するんだろって思って……』
──それで、ペニサスの父親と?
ペニサスは絶句している。
娘の様子に気付いているのかそもそもどうでもいいのか、母親は続ける。
『ひッどかった、あの女の顔。
堕ろさせられるかな、いっそ殺されるかなって思ったけど、意外とそこまではやんなかったな』
264
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:37:35 ID:UPXMXGIo0
そうしたくなったので、小瓶に添えられたままの手をデミタスの手で覆うと
彼女は頼りない目つきでこちらを見た。
唇を軽く噛み締め、震えを止める。
('、`*川「……どうして、そんなに私たちに男の人を近付けさせたくなかったのかな」
『どうしてって、大層な理由なんかない。嫉妬してただけだよ』
('、`*川「嫉妬?」
『私が子供の頃にパパ……あんたのお祖父ちゃんね。
パパが心臓の病気で死んでからおかしくなったの。
二人とも仲良かったから、まあだいぶショックだったんじゃない?』
『だから私たちが男と仲良くするのが許せなかったんでしょ』
けろりと言い放つ母親だったが、すぐに声音を変えた。
265
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:38:59 ID:UPXMXGIo0
『……や、パパが死ぬ前からもうおかしかったのかな。よく分かんないけど。
たしか一回、知らない人とすっごい喧嘩してた気がする』
('、`;川「喧嘩? どんな人?」
『中学生か高校生ぐらいの……パパって小学校の先生やってたらしいから、元教え子だったんじゃないかと思うんだけど。
お見舞いに来たその人と、あの人が病室の外で言い合いしたんだ。
パパのこと取っただの裏切られただの嘘つきだの……元カノとの修羅場かって』
『変な喋り方する人だったから、ちょっと覚えてた。
「お」って。語尾につけるの』
(´・_ゝ・`)
今度は、デミタスの手が揺れた。
.
266
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:40:35 ID:UPXMXGIo0
('、`;川「ほ、他、覚えてることない?」
『別に。大した思い出ないし。
ていうか、これから仕事行かなきゃなんだけど』
('、`;川「……分かった。ごめん、こんな時間に……」
これ以上は引き延ばせないだろう。
向こうが電話を切るのを待って二人はスマホを見つめる。
間際、何かを思いついたようで、向こうの声が軽く跳ねた。
『ああでも、あんたに男を寄せつけたくなかったのは違う理由だったかもね』
『隔世遺伝っての? あんた、パパにちょっと似てるもん。
目がそっくりだって、あのひと何回も何回もしつこく言ってたくらい。
だからあんたを独り占めしたかったのかもよ』
言いたいだけ言って満足したのか、娘の返事を待たずに通話は終了した。
('、`*川「……」
ペニサスは黙っている。
たくさん思うことがあるだろう。
それでも言わなければならないことがあって、デミタスは彼女の手を握りしめながら口を開いた。
267
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:42:18 ID:UPXMXGIo0
(´・_ゝ・`)「祖母さんと喧嘩してたっていう男」
('、`*川「……うん? ああ、変わった口調だったって人」
(´・_ゝ・`)「──ボスも、ああいう喋り方をする」
16歳のときにペニサスを産んだのなら、今の伊藤ツンは42歳。
彼女が子供のときだというから、その出来事があったのはおよそ30年以上は前だろう。
ボスの歳は知らない。顔も声も、若いようなそうでないようなといった感じで年齢不詳だ。
だが、当時10代だったと言われても納得は出来る。
伊藤クールと面識があった?
それも、およそまともではない形で。
だとしたら、もしかするとペニサスのことも以前から知っていたのではないか。
そう考えたとき、突然違和感が込み上げた。もっと早く気付くべきだった。
( ^ω^)『実際この女も、何人もの男を騙して殺して、金を奪ってきた人でなしだお。
──挙げ句、遺産のために自分の祖母さえ殺した』
ボスが寄越したペニサスの情報は、結局全て間違っていた。
殺す相手くらい下調べはしたはずだ。
ボスの部下の仕事は細かく正確でそつがない。
であれば、あれが根も葉もない噂だったことも分かっていただろう。
268
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:43:16 ID:UPXMXGIo0
( ^ω^)『やっぱりあの家の女は駄目だお。全部持っていこうとする。
人の大事なものを奪って食い散らかしていく売女ども』
彼には。
明確な敵意がある。
('、`;川「……あなたの『ボス』と私のおばあちゃんが、喧嘩を……」
(´・_ゝ・`)「祖父さんは心臓の病で死んだって?」
('、`;川「え、ええ。言ってたわね。どんなのか分からないし、母も知らないでしょうけど」
(´・_ゝ・`)「祖母さんの研究は……ボスが欲しがってる資料は、心血管疾患に効く薬についてだ」
伊藤クールは、何から──
誰から、研究資料を隠そうとしていた?
■
269
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:44:48 ID:UPXMXGIo0
また考えなければならないことが増えたが、やはりすぐに停滞する。
ひとまず占星術の方に取りかかって、ほとんど徹夜の状態で朝を迎えた。
∬´_ゝ`)「おはよ。今日の見張り兼お届け係よ」
インターホンが鳴ったのでデミタスが警戒しながら応対したところ、
そこにいたのはタブレットを持った姉者だった。
ダイニングへ通せば、彼女は挨拶もそこそこにタブレットをテーブルに置いた。
∬´_ゝ`)「兄者の奴、昨日からずっとわちゃわちゃやって疲れたみたいでね。
これ届けてくれっつって、さっさと寝ちゃった」
('、`;川「あ、ありがとうとお伝えください」
270
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:48:17 ID:UPXMXGIo0
では、とペニサスが画面を起動させる。
すぐに何かの表が映し出された。
デミタスと姉者が左右から覗き込む。
兄者によるものだろう、表の外に注釈も書き込まれている。
昨年、市場で伊藤クールが購入したもの、
それをどこの運送業者に預けてどこに運ばせたかの一覧だという。
二度、まとまった量の品を購入している。
いずれも夏。そう大きく間はあいていない。
それぞれはいくつかの工場や研究所に分けて運ばれたようだ。
('、`*川「クックルさんの言ったとおり、2回……」
(´・_ゝ・`)「待て。まだ続きがある」
兄者の寄越したデータには「三度目」もあった。
時期は秋口。
こちらは品数が多くないからクックルの父も気にしていなかったのだろう。
271
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:49:07 ID:UPXMXGIo0
海老。イクラ。鮭。鯛。
この4種が、ばらばらの場所へ運ばれたようだ。
いずれもファイナル市にある何らかの施設ではある。
('、`*川「……この内のどれかが『鍵』だったのかしら。それとも全部?」
∬´_ゝ`)「4ヶ所回ってみれば? 市内とはいえ時間かかりそうだけど」
最終手段としてはそうなるだろう。
だが、デミタスたちにはもうほとんど時間が残されていない。
出来るだけ決め打ちはしておきたい。
∬´_ゝ`)「どれも海鮮物ねえ」
海。──クックルの好きなもの。
ファイナル市をジョルジュとミルナの得意分野でもって言葉遊びをすれば、月。
なおるよが興味を持っていた西洋占星術。
(´・_ゝ・`)「照応」
デミタスが呟くと、姉者が首を傾げた。
272
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:50:23 ID:UPXMXGIo0
∬´_ゝ`)「しょうおう?」
ペニサスが初めに西洋占星術について説明してくれたときに言っていた。
「あらゆるものは天体の影響を受けている」──本の中ではそれを照応という言葉で表していた。
照応、二つのものが互いに対応しあっていること。
たとえば、体の部位ごとに対応する天体が決められている。
さらには人体だけでなく、植物や金属、鉱物──とにかく色んなものに。
まあ胡散臭い話だとデミタスは思ったし、
言っていることも本によって(または学派によって)異なっていてますます眉唾物に感じたが、
ただちょっと面白いなとも思ったのだ。
だって、食べ物にもそれぞれ対応する天体があるという。
273
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:52:06 ID:UPXMXGIo0
デミタスは分厚い本を開いて、目当てのページを見せた。
(´・_ゝ・`)「月と照応する食べ物がある。海産物だと、甲殻類──
蟹や海老だ」
■
274
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:53:37 ID:UPXMXGIo0
運送会社のデータによれば、伊藤クールが購入した海老は
海辺の工業地帯付近にある研究所へ運ばれていた。
3人で行ってみると、寂れた町工場めいた小さな建物があった。
「高岡海洋研究所」。看板だけは妙に立派だ。
从 ゚∀从「はいはい、伊藤さんのお孫さんね」
事前に連絡したおかげで、所長だという男が研究所の外で待ってくれていた。
研究員というと白衣のイメージだったが、作業用の合羽にゴム手袋、長靴と
どちらかといえば漁師のような格好をしている。
275
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:54:37 ID:UPXMXGIo0
从 ゚∀从「何だっけ、海老? はいはい。去年たしかに、ご依頼受けましたよ」
('、`*川「どんな依頼を?」
从 ゚∀从「海老の……何だったかな。
や。僕はよく分からんのですよ」
申し訳ない、と所長は片手を振る。
从 ゚∀从「そのとき、別の案件で手が塞がってたんで。
別の人間に任せたんです。ハローってんですけど」
(´・_ゝ・`)「そいつは今いるか?」
从´゚∀从「……それがねえ〜」
いかにも困ったという顔をして、彼は腕を組んだ。
从 ゚∀从「伊藤さんが連れてっちゃったんですよ」
('、`*川「連れてった?」
276
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:58:07 ID:UPXMXGIo0
从 ゚∀从「まず、伊藤さんからここに依頼があったのが計二回だったかな。
一回目はあんまりな結果だったみたいなんだけど。
ちょっと置いてからの二回目で、何かいい感じになって伊藤さんに気に入られたらしくて」
从 ゚∀从「そんで、研究に協力してもらうために個人的に契約したいってね。伊藤さんが。
それなら他の所員も貸しますよって言ったんだけど、ハローちゃんだけだって」
結局、引き抜かれるような形でハローという所員はここを辞めてしまったそうだ。
それ以降、伊藤クールもここへ来ていない。
おそらく彼女が「鍵」を見付けたと喜び、
製薬会社のメンバーと距離を置き始めた時期だろう。
277
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 22:59:13 ID:UPXMXGIo0
('、`;川「その方、今どこで研究を?」
从 ゚∀从「さあ……。それきり会ってないしなあ。
家の住所なら分かりますけど、いります?」
('、`;川「ぜひ……あ、そのハローさんが研究していた資料とか残ってませんか」
从 ゚∀从「ないない、全部持ってっちゃった」
どうも全体的に雑というか緩い所長のようだ。
研究所に一度引っ込んだ彼は、すぐにメモ用紙を持って戻ってきた。
汚い字で住所と電話番号が記されている。それがファイナル市内であることにほっとした。
从 ゚∀从「伊藤さんのお手伝い終わったら戻ってきてって伝えといてくださいよ。
人手足りんくて困ってんです」
伊藤クールがとうに亡くなっていることを告げると、
所長は「あらっ」と頓狂な声をあげた。
.
278
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:02:22 ID:UPXMXGIo0
──まずは電話をかけてみたが誰も出なかった。
仕方がないのでそのまま住所を辿る。
そうして到着したのは、町外れにぽつんと建つ小さな一軒家だった。
もう昼なのだが、窓という窓にカーテンが引かれている。
インターホンを鳴らすも反応なし。
そのまま待機してみる。物音も、人の気配もない。
∬´_ゝ`)「出かけてんじゃないの」
('、`*川「かもですね……デミタス君、出直しましょ」
もう一度インターホンを鳴らしたデミタスは、ふと鼻をひくつかせた。
デミタス君? とペニサスが再度呼びかけてくる。
(´・_ゝ・`)「臭い」
('、`*川「え」
それを聞き、姉者がデミタスを押しのけた。
数秒ほどドアの方へ顔を寄せてから、ドアノブを捻ろうとする。回らない。
279
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:03:59 ID:UPXMXGIo0
すぐにしゃがみ込み、どこからか針金のようなものを取り出すと
それを鍵穴に差し込んで動かし始めた。
(´・_ゝ・`)「何を……」
∬´_ゝ`)「ピッキング。ロミスから教わった」
兄者といい姉者といい、何をしているのだあいつは。
どうも上手く行ったらしい。次に姉者がドアノブを捻ると、すんなり開いた。
('、`;川「う……!」
途端、鋭い臭いが鼻を突いた。大量の虫が飛んでいる。
おおよそ繰り広げられている惨状の予想はつきつつも、
ここで帰るわけにも、警察を呼ぶわけにもいかない。
靴を履いたまま家に上がる。
臭いや虫の発生源は分からないが、何となく家の奥へ向かってみれば
正しくそこが目的地だったらしい。
家の奥に一際広い部屋があって、よく分からない機械が複数置かれている。
それと数冊のノートと──パソコンと──他には──
──ひどい臭いと虫の群れで、観察の目が鈍る。
床にあるのは、人であったろう何か。
280
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:05:24 ID:UPXMXGIo0
(´・_ゝ・`)「ペニサス、外で待ってろ」
涙目で嘔吐いている彼女に指示を出し、さらに姉者の名を呼ぶ。
それで理解してくれたようで、姉者はペニサスに付き添う形で踵を返した。
デミタスだって平気なわけではない。こんな現場は初めてだ。
左腕を鼻と口に押し当てながら進む。
パソコンや謎の機械たちの電源は入らない。
机の上、ノートをめくってみる。アルファベットや数字がごちゃごちゃ。分からない。
読もうとするそばから虫が紙や手にまとわりついて邪魔をする。
持ち出してから外で見た方がいいだろう。
そう思って抱え上げようとしたとき、床の上に開きっぱなしのノートを見付けた。机から落ちたのだろう。
こちらは日本語ばかりが並んでいる。
気になったので初めのページから追ってみると、
元々は軽いメモ代わりに使っていたようだが、合間合間に日記のような記述が増えていった。
後半、デミタスの手が止まる。
281
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:07:35 ID:UPXMXGIo0
「また死んだ。伊藤さんの言ったとおりだ。」
「行方不明。二件目。どうせ死んでいる。
こんなもののために?」
「また死亡事故。事故じゃなくて殺人だろう。
いつか私の番が来るのか。」
「燃やしたい。
良くない。いざというときの取引材料がなくなる。
そしたら惨たらしく殺される。
彼女の言ったとおりに。」
「こんなものおしつけて あのばばあ」
「ほんとにのんでやろうかな」
「燃やしてなんかやるもんか
ざまあみろ」
改めて机を見ると、いくつか新聞記事が置かれていた。
いずれも、したらば製薬の社員に関する記事が小さく載っている。
事故死。行方不明。最新は一ヶ月ほど前のものだ。
282
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:08:31 ID:UPXMXGIo0
(´・_ゝ・`)「……」
一通りノートを抱え、部屋の出口へ向かう。
途中、ぐずぐずの人体の成れの果てを見やると、傍らに空っぽの小瓶が転がっていた。
ペニサスが祖母に渡されたのと同じ色形をしていた。
■
283
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:11:16 ID:UPXMXGIo0
3日目。
自分が初めてこの家を訪れたときからなら、12日目。
まだ2週間も経っていない。
ダイニングには朝日が差し込んでいる。
見張りという名目で一緒に夜を明かした姉者は、
今度はボスに報告しに行くという名目で家を後にした。
∬´_ゝ`)『さすがに結構出歩いちゃった分、
あんたたちが何か掴んだんだろうってのはボスにバレてると思うわ』
家を出る前、彼女はそう言った。
「お気に入り」たちの大まかな居場所は常にボスに筒抜けだ。
服かスマホに何か仕掛けられているのか、街を出ないように遠くから監視の目があるのかは知らないが。
∬´_ゝ`)『悪いけど、私は嘘の報告も隠し事もしてやれない。
だから私との話が終わったらすぐに連絡が行くと思うわ。
……これからどうするのかは知らないけど、頑張りなさいよね』
それでいい、とデミタスもペニサスも頷いた。
ここで彼女が嘘をついてロミスのようになれば、兄者に申し訳が立たない。
.
284
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:12:32 ID:TvV8wtK.0
面白すぎて更新ボタン連打してしまう
285
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:13:21 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「……」
回収してきたノートを読み込んでいるペニサスの前に、マグカップを置いた。
コーヒーの香りに、彼女は無意識に詰めていた息を吐き出す。
('、`;川「ありがとうデミタス君。ああ、いい匂い!」
(´・_ゝ・`)「またノートに向き合ったときに辛くなるかもしれないが」
テーブルに重なったノートやメモ用紙には持ち主の臭いが染みついてしまっている。
持ち出した直後よりは多少抜けてきているとはいえ、まだ臭う。
ペニサスは念のため着けていた手袋を外し、マグカップを持ち上げた。
('ー`*川「美味しい。昨日よりもっと淹れるの上手くなったんじゃないかしら」
(´・_ゝ・`)「……お湯を注ぐだけのものに、上手いも下手もないだろ」
そわそわして憎まれ口を叩いてしまったが、自分のカップに口をつけてみると、
たしかに昨日より──大げさに言うと洗練されているように感じた。
単純なのかもしれない。
286
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:14:25 ID:UPXMXGIo0
(´・_ゝ・`)「ここ何日か、ろくに寝てないんじゃないか。仮眠をとった方がいい」
('、`*川「コーヒーを出しておいてそんなこと言うのね」
(´・_ゝ・`)「……たしかに。もう飲むのやめろ」
('、`*川「嫌」
一気に半分ほどを飲んで、ペニサスはカップを置いた。
手袋をはめ直してノートを拾う。
('、`*川「……ちゃんと覚えないと」
手伝ってやれたらいいが──
駄目だ。
デミタスは、その資料に目を通してはいけない。
('、`*川「ごめんねデミタス君、お腹空いたでしょ。冷蔵庫にあるもの、適当に食べて」
(´・_ゝ・`)「うん」
ペニサスの手料理は、全てが終わってからだ。
何なら自分が作るのもいい。コーヒーのようには行くまいが。
.
287
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:15:52 ID:UPXMXGIo0
──昼。
デミタスのスマホが鳴り響いた。
二人は身を固くさせる。
一呼吸置き、デミタスは電話に出た。
(´・_ゝ・`)「はい」
『やあ、デミタス。調査の方はどうだお?』
また、一呼吸。
288
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:16:27 ID:UPXMXGIo0
(´・_ゝ・`)「……全て分かりました」
『おっお。良かった、相変わらず素直なデミタスで。
昨日のことは姉者から聞いたお。残念ながら彼女は中身を知らないというから、
お前の方から報告してもらいたいのだけど』
今度は二呼吸。
汗で滑りそうになって、スマホをきつく握り直す。
これからいくつか、賭けをしなければならない。
.
289
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:16:28 ID:Txb8.PLw0
えぐい現場見た後食欲湧くってすごいな…
290
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:17:28 ID:UPXMXGIo0
(´・_ゝ・`)「ボス」
『うん?』
(´・_ゝ・`)「……最初にペニサスを殺しに来たとき、
僕は彼女にゲームを挑まれました。
彼女の作る飯が美味かったら一晩見逃せと」
『そうらしいね。でも、今はもう取り下げたんじゃなかったかお』
(´・_ゝ・`)「いいえ。休止としただけです。約束はまだ生きてる」
『……それで?』
(´・_ゝ・`)「今日は、ボスが彼女とゲームをしてやってくれませんか。
彼女の料理を食べて、それがボスの口に合ったなら見逃してやってほしいんです」
『……。
美味しいものを食べさせてもらえたとして。一晩見逃して、どうするんだお?
また次の日に手料理を食えって?』
291
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:18:46 ID:UPXMXGIo0
(´・_ゝ・`)「いいえ。今回は一晩に限った話じゃなく。
今後一生の話です」
しばし沈黙。
──デミタス、と呼びかける声が低く響く。溜め息が混じったように。
『僕がそれを聞いてやる義理が、どこにあるのかな』
(´-_ゝ-`)
目を閉じ、三呼吸。
瞼と口を開く。
(´・_ゝ・`)「義理はなくとも、意地はあるでしょう」
(´・_ゝ・`)「あなたが、『伊藤クール』の孫に売られた喧嘩を買わずにいられますか」
.
292
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:21:30 ID:UPXMXGIo0
□
ハローという女は、とにかく気になったことを書き留めておく癖があったらしい。
研究者気質によるものか、彼女個人の性質かは知らないが。
持ち帰ったノートやメモや手帳には、彼女が伊藤クールとの会話から得たあれこれが記されていた。
その断片的な記録を組み合わせていくと、うっすらとだが浮かんでくるものがある。
繋ぎとして多分にデミタスたちの憶測も含まれはするが、以下の通りだ。
何があったのか、伊藤クールの夫にえらく懐いていた教え子。
伊藤夫妻が婚約したと知ったとき、小学生だった彼は病的なまでに怒り狂った。
大好きな先生を裏切者だ何だと罵り続ける少年にすっかり参ってしまった夫に頼まれ、
伊藤クールは少年にある提案をする。
「君と私でゲームをして、私が勝ったら『先生』は私がもらうよ」
斯くして伊藤クールは少年に勝利する。
少年は腹の内の執心を自ら殺す前に、これだけはと一つのお願いをした。
「先生のことを幸せにしてあげて」
□
293
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:23:29 ID:UPXMXGIo0
最初の賭けは成功した。
通話から数時間後。デミタスは、ダイニングの窓から夜空を見上げた。
月はひどく痩せている。
ノートから部屋に移ってしまった腐敗臭を消臭剤で何とか誤魔化し終えたペニサスが
窓辺に立つデミタスの隣に並んだ。
('、`*川「最初にロミス君がうちに来たとき、デミタス君のことを麻殻に例えてたじゃない?」
急にそんなことを言う。
そうだな、とデミタスは頷いた。
294
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:24:30 ID:UPXMXGIo0
('、`*川「麻殻ってね、色んな用途があるんだけど……
神社で火祭りをするときの松明とかにも使われたりするの。
魔除けやお清めの効果があるんですって」
('、`*川「それでね、どこかのお祭りでは燃え残った麻殻を参拝者に配るのよ。
災難除けのお守りになるらしいわ」
(´・_ゝ・`)「お守りか。なら、そう悪いもんでもないな」
不意に圧迫感。
ペニサスが抱きついてきている。
('、`*川「……だから大丈夫。
私、デミタス君がいたら怖くないわ」
──その知識も、きっと。
誰かさんから過去に聞いたものなのだろう。
その由来などどうでもいい。
全て積み重ねて、今のペニサスがいる。
こうしてデミタスの横に立ってくれている。
言葉に反して震える体を抱き返した。
.
295
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:26:10 ID:UPXMXGIo0
そこからさらに一時間後。
デミタスたちが並んで待つ玄関の前に、一台の車が停まった。
後部座席から二人の男が降りてくる。
( ^ω^)
【+ 】ゞ゚)
覚悟を決めていたのか、ペニサスは一切の動揺を隠して彼らをまっすぐ見つめた。
ボスはちらりとデミタスを見てから、ペニサスに一礼する。
296
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:27:32 ID:UPXMXGIo0
( ^ω^)「やあやあ、伊藤ペニサスさん。はじめまして、こんばんは。
僕がデミタスの『ボス』の内藤だお。
こっちのお面のは、オサム。付き人みたいなものだお。いいおね、一人くらい増えても」
むしろ御の字だ。運転席にいる部下は降りてこない。
人数が増えるのは好ましくない。これでいい。
また一つ、賭けに勝つ。
( ^ω^)「そうだデミタス。忘れ物、部屋から持ってきてあげたお」
と、リュックサックを差し出されて、一瞬身が竦んだ。
受け取る。がちゃりと金属が擦れ合う。重い。
じとりと見つめられる。ありがとうございます、と言葉を絞り出した。
('、`*川「……ご飯の準備は出来てます。ダイニングへどうぞ」
.
297
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:29:23 ID:UPXMXGIo0
──テーブルの上に海老フライとキャベツの千切りが乗った皿が置かれると、
ボスは楽しそうに言った。
( ^ω^)「おっ。いいね、好きだお」
('、`*川「良かったです」
続けてデミタスが、皿の横にスープボウルとカトラリーを並べる。
野菜とベーコンのクリームスープ。
ボスは白米もパンも夜には食べない。
だからメニューはこれだけだ。
ボスが座る椅子の斜め後ろをおずおず見ながら、ペニサスが訊ねる。
('、`*川「そちらの方は」
( ^ω^)「オサムは、人前で食事をさせるのはちょっとね。
お面の下に酷い怪我があるもんで」
三つ目の賭けも上手く行く。
といっても、ボスがオサムのお面を外させたがらないのは
デミタスたちの間では周知の事実だったから、賭けと言えるほどのことでもない。
298
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:30:39 ID:UPXMXGIo0
もったいつけるつもりはないようで、ボスはフォークを取ると、
いきなり海老フライにかぶりついた。
ざくざく、揚げたての衣が砕ける。
( ^ω^)「うん。美味しいじゃないかお」
次にスープを一口、二口。
デミタスやペニサスに毒見を命じることもなく、警戒する素振りも見せず、
彼はごくごく普通のペースで食事を続けていく。
四つ目もあっさり成功してしまった。
(;´・_ゝ・`)「……」
ペニサスと共にテーブルの隣に立つデミタスは、
自身の表情が変に歪まないよう、顔に力を入れた。
──脳裏を過ぎるのは、今頃キッチンに転がっている、空っぽの小瓶。
.
299
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:33:14 ID:UPXMXGIo0
ハローの記録によれば。
伊藤クールは肺を患って以降、急激に弱っていった。
死期を悟ったのか、ある日ハローに粉末入りの小瓶を渡して、こう言ったらしい。
『研究が完成する前に私が死ねば、「彼」は血眼になって資料を探すだろう。
きっとなりふり構わない。たくさんの人が死ぬし、たくさんの人が惨たらしい目に遭って苦しむ』
『あなたの存在はそうそうバレるまいが、彼は執拗だ。いずれは見付かる』
『もしも薬の完成より先に私が死んでしまったら、資料を全て燃やした後にこれを飲むといい。
苦しまずに、あっという間に逝けるから』
そうしてクールの死後。
予言どおりに人々が死んでいくのを目の当たりにし、ハローは恐慌に陥った。
それが、あの一軒家でデミタスが見付けたページだ。
独り善がりな老婦に振り回された哀れな研究者。
しかし彼女の死によって一つ確信できたことがある。
「あの小瓶の中身は本物だ」。
スープに毒を忍ばせる役目は、デミタスが引き受けた。
ペニサスにはさせたくなかったのだ。
それでもスープを作ったのは私なのだから共犯だと、そう呟いた彼女の言葉が嬉しく、申し訳なかった。
300
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:34:25 ID:UPXMXGIo0
信じられないほどさっくりと、何の疑いもなくボスは海老フライとスープを完食した。
量自体多くない。せいぜい10分かそこらの食事だった。
どくどく、デミタスの心臓が跳ねまわる。
どれくらいだ。
どれくらいで効く。
すぐだ、とクールはハローに言ったらしい。すぐとは、何分だ。
キッチンにて、体の大きさによって致死量は変わるものだとペニサスが不安げに話していた。
ボスは肥満体だ。大きい。
もしあの小瓶でぎりぎりペニサスに効果がある程度だとしたら、足りないだろう。
焦燥で目眩がする。息が乱れそうになる。
301
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:35:20 ID:UPXMXGIo0
( ^ω^)「甘いお」
落ちてきた一言に、胸がひやりとした。
('、`*川「……あまい」
ペニサスが鸚鵡返しにする。声は、もう少しで引っくり返りそうだ。
テーブルの上で両手を組んで、ボスはペニサスの顔を見上げた。
302
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:37:08 ID:UPXMXGIo0
( ^ω^)「伊藤クールが死んだ直後くらいにね。
僕の部下がこの家を調べたんだお」
('、`;川「……聞いて、ます」
( ^ω^)「そしたら、君の部屋で変な粉が入った瓶が見付かったっていうから。
もしかして例の薬かと思って調べさせたら、そうじゃなくて
どうも体に良くないやつだというじゃないかお」
ただでさえ速まっていた鼓動が、一層強く。
( ^ω^)「間違えて君が口にしたら危ないから、中身を砂糖に替えさせといたんだお」
ふふ。
いたずらっ子のように笑って、ボスは手を組み替える。
手のひらが痛んで、知らず、両手を握りしめていたことに気付いた。
( ^ω^)「まあ、そのことと、今のスープがやけに甘かったことが関係あるとは思わないけども」
('、`;川「……」
( ^ω^)「──お嬢さん。申し訳ないけど、あのスープは僕の口に合わなかったお」
五つ目と六つ目の賭けに負ける。
毒は不発に終わり、ゲームに勝つことは叶わなかった。
303
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:38:59 ID:UPXMXGIo0
硬直するペニサスを眺めまわした後、ボスの視線はデミタスの方へと注がれた。
( ^ω^)「ほら、デミタス」
(;´・_ゝ・`)
( ^ω^)「彼女の負け。見逃してあげることは出来ないお。
──下手に躊躇うからますますやりづらくなるんだお。
さくっと殺して、こんなところを出て、ゆっくり資料の話をしよう」
細い目をさらに細めたボスは、身を屈めると
デミタスの足元に置かれたリュックを開いた。
様々な工具や刃物。それらの内いくつかを適当に掴んで、テーブルに放る。
デミタスは唾液を飲み込もうとしたが、いつぞやみたいに口の中がからからで、上手くいかなかった。
さあ、最後の賭け。
304
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:40:46 ID:UPXMXGIo0
(;´・_ゝ・`)「──出来ません」
( ^ω^)「……デミタス」
(;´・_ゝ・`)「資料の話は、僕には出来ません。
……僕は研究の中身を見てないから知らないんです」
ボスが片眉を上げた。
次に、ペニサスが声を発する。
('、`;川「け。研究をまとめたノートやメモは、今はどこにもありません。
あなたが来る前に全て燃やしました」
('、`;川「おばあちゃん、祖母は、いざというときにデータを復元不可能な形で処分できるよう、
紙にだけ結果をまとめるようにと協力者に言っていたそうです」
305
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:42:37 ID:UPXMXGIo0
('、`;川「だから。ノートの中身は、研究結果は、もう、私の頭の中にしかありません」
──しん、と部屋が静まり返る。
ボスはただ瞬きをするのみで、何も言わない。
ペニサスは再び口を開こうとして、きちんと声を出せなかったのか、すぐに閉じた。
深呼吸。今度こそ言葉を落とす。
('、`;川「……どんなに痛めつけられても、私、喋りません。
でも。私の……私とデミタス君の身の安全を保証してくれるなら、
ちゃんと全てあなたに教えます」
自身の顎を撫でさすり、ボスは「ううん」と唸った。
( ^ω^)「一丁前に、取引したいのかお?
それには少し材料が足りない気がするけど」
('、`;川「……」
306
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:45:40 ID:UPXMXGIo0
( ^ω^)「その資料の中身が、どれほどのものなのかが分からないと。
どうしても僕が欲しいと思えるようなものでないと、意味がないお。
たとえば『試したけど駄目でした』なんてものばかり並んでちゃ、僕には価値がない」
('、`;川「きっと、あなたは欲しがると思います」
( ^ω^)「どうして?」
('、`;川「──祖母の研究は、あと少しで完成するという段階でした」
瞬間。
ボスの瞳が子どものように輝いた。
.
307
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:47:48 ID:UPXMXGIo0
□
──夫妻が無事に結婚し、子をもうけてから数年後。
夫が心臓を患い、床に臥せった。
当時の技術では効果的な治療を見込めず、あっという間に余命幾許かという状況へ陥る。
とうに小学校を卒業しており、その情報を得るのが遅れてしまった少年は急いで恩師の元へ向かう。
そこで「先生」の有様を目撃し、彼はまたも荒れ狂った。
幸せにすると言ったのに。幸せになると言ったのに。
嘘つき。あんな嘘つきに騙された「先生」も悪い。ああ、また裏切られた。
夫妻への憎悪と、並列する「先生」への執着を再発させる彼に
伊藤クールはもう一度ゲームを持ちかける。
最愛の夫を自分のもののように言う彼に、彼女も内心怒り狂っていた。
いや。いっそ怒りも抜きにして。
彼女だって、窶れ衰えていく夫を見続けて、いつの間にか狂っていた。
たかだか10代の少年に、薬学者は大人げない提案をする。
308
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:48:54 ID:UPXMXGIo0
「『先生』を治せるほどの薬を先に作った方の勝ちだ。
君は薬に詳しくないだろうから、誰かに作らせるのでもいい。
とにかく、『先生』はこのゲームに勝った方のものだよ」──
それが発端。
彼と彼女の、およそ30年に及ぶ争いのオープニング。
□
309
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:50:34 ID:UPXMXGIo0
伊藤クールの研究はあと少しで完成というところだった。
それを横取り出来るなど、彼にとっては願ってもないことのはずだ。
デミタスとペニサスの予想は当たっていた。
だが、予想しきれていないこともあった。
(*^ω^)「そうなのかお!!」
ボスは椅子を倒さん勢いで立ち上がった。
ほぼ同時にペニサスの右腕を引っ掴み、彼女の手のひらをべちんとテーブルにつけさせる。
そして卓上に散らばっていた工具の中から迷いなくペンチを選び取ると、
無造作にペニサスの小指の爪を掴んで、一気に引っこ抜いた。
一瞬の静寂があった。
──悲鳴。
先ほどまで血の気の失せていたペニサスの顔面が一気に赤く染まる。
310
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:52:30 ID:UPXMXGIo0
(;、;*川「あっ、ああ!! あああ!!」
(;´・_ゝ・`)「ペニサス!!」
二人の間に割り込もうとしたデミタスだったが、
瞬時にペンチからナイフへと持ち替えたボスによって太ももを刺され、一気に足の力が抜けた。
がくりと膝をつき、身を支えていられず倒れる。
(;´ _ゝ `)「うっ! ぐ……!」
(*^ω^)「デミタス、デミタス、ちょっと待ってなさい、
この女から全部聞き出したら病院に連れてってやるから!」
足元に倒れたデミタスを邪魔に思ったか、ボスは彼を蹴り転がすと、
再度ペニサスの方へ取りかかろうとした。
311
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:53:28 ID:UPXMXGIo0
そのときだ。
【+ 】ゞ゚)
(*^ω^)「、お、?」
ずっと黙っていた男が、懐から取り出したナイフでボスの脇腹を刺した。
312
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:55:12 ID:UPXMXGIo0
肉厚な手がペニサスとペンチから離れる。
自身の横っ腹から飛び出ている柄を見て、振り返った。
( ^ω^)「オサム?」
膝をつき、呆然としながら彼のことをそう呼ぶボスを見て。
──いい加減、デミタスも理解した。
ああ。本当に「そう」なのだ。
これでは兄者も姉者も、ほとほと愛想が尽きよう。
【+ 】ゞ゚)
オサムと呼ばれた男はお面に手をかけた。
──その爪に塗られたオレンジ色は、もはや所々が剥げてしまって、不格好だ。
.
313
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:56:16 ID:UPXMXGIo0
お面を放り投げる。
ずっと露出していた方──顔の左側をスーツの袖でごしごし擦り、
さらに目からカラーコンタクトを外した。黒目が大きくなる。
化粧というと、顔のパーツを大きく見せたり、より派手に飾るだけのものだと思っていた。
その逆も出来るのだとは、つい先日まで知らなかった。
£°ゞ°)「……ボス、全然気付いてくれなかったね」
( ^ω^)「……ロミス……」
ようやく気付いたボスが、彼を正しい名で呼ぶ。
ようやく。
本当に「ようやく」だ。
314
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:57:02 ID:UPXMXGIo0
ロミスとオサムの顔が元から結構似ていた、というのは──
わざわざ説明していなくとも、一目で理解いただけていたことと思う。
それでも。化粧でさらに近付けたといっても完全に瓜二つとまでは言えなかったし、
そもそも声と体格が違う。
オサムのスーツなど、ロミスにはやや寸足らずだ。
デミタスだって2日前、彼が202号室から出てきた瞬間に気付いた。
何故かロミスがオサムの服と面を着けている、と。
まさかボスが気付かないわけがない。
だから彼を「オサム」と呼んだとき、意味が分からなかった。
315
:
名無しさん
:2023/10/09(月) 23:58:34 ID:UPXMXGIo0
現実を直視できない己の幻覚かとさえ考えたが、
202号室にあったのはツナギを着せられたオサムの死体だったし、
姉者もあのスーツを着た男がロミスだと認めた。
オサムの顔に寄せるよう化粧を施して、やり方も教えてやったと。
結局今日までそのまま傍に置いていたようだったので、
そういう趣向として受け入れたのかもしれないと思っていたが──
──そうではなかったらしい。
316
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:00:47 ID:LMjVEIVk0
座り込むボスを見下ろしていたロミスの目から、ぽろりと雫が落ちた。
£;ゞ;)「……俺らの何を見てたんだよ。
せめて、せめて顔ぐらいは区別つけろよっ、
あんだけ褒めてた目も鼻も、所詮あんたにはおんなじ記号みたいなもんだったのかよ!」
£;ゞ;)「オサムの奴ずっと薄々気付いてたよ、だからもう疲れたんだってよ、
代わってくれって言われたよ! 自分の考えすぎだったらいいって!
……その賭けも、あいつの負けだったけど……」
彼も立っていられなくなったか、ボスの前にくずおれる。
胸倉を掴み、さらに叫んだ。
£;ゞ;)「あんたのためになんべんもなんべんも手汚して嫌われ役やって、
なのにあんたはあいつのことちゃんと見てやらなかった!」
£;ゞ;)「たかだか好きな記号の寄せ集めが何考えてるかなんて、どうでもいいもんな!
俺らがどんなに嫌で辛い思いしてようがお構いなしだ!
……何でこんな奴のために俺らが苦しめられなきゃなんないんだよ!!」
──常に同じ服を着るようにと指示を出していたのも。
分かりやすく「見分けがつく」ようにするためだったのだろう。
317
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:02:39 ID:LMjVEIVk0
怒鳴りつけるロミスをじっと見つめていたボスの手が、ぴくりと揺れる。
視認した瞬間、その手が脇腹からナイフを抜き取り、ロミスの腹を刺した。
続けてロミスの首を掴むと、力任せに彼を引き倒して馬乗りになる。
とてもナイフを突き立てられた人間の動きとは思えなかった。
( ^ω^)「ロミス。二度も僕を裏切ったのかお」
£;ゞ;)「ぅ……、……っ!」
( ^ω^)「僕は忙しいんだお。あの女から話を聞かなくちゃいけない」
太く厚い十指が首に食い込む。
もがく体を重たい脂肪が押さえ込む。
ロミスの顔色がひどいものになっていき、目が上向いていく。
318
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:03:59 ID:LMjVEIVk0
(;´・_ゝ・`)「やめろ!」
立ち上がろうとしたが、太ももに激痛が走って、がくんと体が揺れるだけだった。
一番近くにいたペニサスがボスを押しのけようとしたが、彼女の体躯では
なりふり構わない男に敵わない。
やがて。
口から唾液を零しながら、ロミスが掠れた声を落とした。
£ ゞ )「……ヒール……」
それは、彼がいつも泣きじゃくりながら呼ぶ名前だった。
319
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:05:45 ID:LMjVEIVk0
動かなくなったロミスから手を離したボスは、
ペニサスの頭を鷲掴みにすると思いきりフローリングに叩きつけた。
(;、;*川「ひぐっ、う!」
( ^ω^)「さあ、続きだお、お嬢さん」
しゃがみ込んだまま、手探りで卓上の工具を掴んでいる。
ペニサスはぼろぼろと涙を零しながらも強く唇を噛んでいた。
同じ泣き顔ではあるはずなのに、痛いのが嫌だ死にたくないと喚いていたときとは
明確に違う意思がそこにあった。
絶対に喋ってやるものかと睨み上げてくる目を見下ろし、ボスは眉間に皺を作る。
( ^ω^)「……あーあ……」
ふいとペニサスから顔を逸らして立ち上がる。脇腹から血を流したまま。
なぜ平気なのだ。
その疑問は、こちらへ歩み寄ってきた彼の顔を見てすぐに解消された。
重たそうな瞼の下でぎらぎらと瞳が輝いている。
彼は今「それどころではない」状態にある。
伊藤クールに勝てるチャンスを前にして、痛みに構っている暇などないのだ。
320
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:07:45 ID:LMjVEIVk0
(;´・_ゝ・`)「……」
( ^ω^)「デミタス。
ああいう手合いはちょっと厄介でね。手伝ってくれるかお?」
(;´・_ゝ・`)「……は……?」
彼はデミタスの太ももに突き刺さっていたナイフを握ると、ゆっくり引き抜き始めた。
ぞりぞりと刃が肉を削っていく感触に、デミタスの喉から濁った音が出る。
(;、;*川「で、でみたすくんっ」
( ^ω^)「代わりにお前が痛い思いをすれば、たぶん、彼女の口が軽くなってくれると思うんだお」
(;´ _ゝ `)「う、ぉえ、っは……!」
( ^ω^)「大丈夫。顔は傷付けないし、死なないようにするから。
その分すごく辛いとは思うんだけど」
(;´ _ゝ `)「あ゛、ああっ、ぐ、」
すっかり抜けた刃を、傷口にほど近い場所へ再び指していく。
ゆっくり、痛みが染み込むように。
いくら叔父やオサムに何度も殴られたり蹴られたりしたとはいえ、
ここまでの痛みは未知のゾーンで。
混乱したデミタスの体が胃液を逆流させた。目の前がちかちかする。
321
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:08:43 ID:LMjVEIVk0
カラーとモノクロを行き来する視界の中、ペニサスが口をわななかせている。
言うな。言うな。
構うな。
逃げろ。
(;、;*川「……え……」
加虐の手が止まる。
ペニサスはひどく悔しそうな顔をして、涙と言葉を床へ落とした。
322
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:09:35 ID:LMjVEIVk0
(;、;*川「えびの、から、ですっ」
( ^ω^)「……海老?」
──ああ、言ってしまった。
しかし彼女を責める気にはなれなかった。
デミタスだって、同じ立場ならそうしている。
323
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:11:11 ID:LMjVEIVk0
(;、;*川「海老の殻や、蟹の甲羅には……あ、アスタキサンチンという、成分が、入ってます。
か、加熱したときに赤くなるのは、このアスタキサンチンの作用で……
……これにはっ、他にも色々な作用がありますっ」
(;、;*川「……し、心血管しっか、んの、治療効果も期待されてる……みたいで……」
( ^ω^)「それで?
そんなの別に、つい最近になって判明した事実ではないおね」
(;、;*川「とうきょ、湾は、ここ数年で、温度上昇でサンゴが増えたり熱帯魚が見付かったり、外来種が混じったり──
環境に、い、色々な変化がありました」
324
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:12:50 ID:LMjVEIVk0
(;、;*川「おそらくそのせいで、か、殻が変質した海老が出てきたんです。
特定の──ファイナル市近辺で獲れる海老の殻にだけ認められる、あたらし、い、成分が発見されました……。
見付けたのは祖母に協力してた研究者でっ、……その人も、もういません……」
(;、;*川「つ……通常のアスタキサンチンより、さらに強い効果が望めます……。
ただ、効率よく抽出する方法がまだ見付かってなくて……」
(;、;*川それに甲殻類アレルギーを持つ患者に、と、投与する際のリスクもあります、
そこを解決する前に、祖母も協力者も亡くなりました」
言い終えて、ペニサスは嗚咽を漏らした。
325
:
>>324修正
:2023/10/10(火) 00:14:11 ID:LMjVEIVk0
(;、;*川「おそらくそのせいで、か、殻が変質した海老が出てきたんです。
特定の──ファイナル市近辺で獲れる海老の殻にだけ認められる、あたらし、い、成分が発見されました……。
見付けたのは祖母に協力してた研究者でっ、……その人も、もういません……」
(;、;*川「つ……通常のアスタキサンチンより、さらに強い効果が望めます……。
ただ、効率よく抽出する方法がまだ見付かってなくて……」
(;、;*川「それに甲殻類アレルギーを持つ患者に、と、投与する際のリスクもあります、
そこを解決する前に、祖母も協力者も亡くなりました」
言い終えて、ペニサスは嗚咽を漏らした。
326
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:15:17 ID:LMjVEIVk0
( ^ω^)『孫の方はそっちの才能はなかったみたいで、
祖母と二人暮らしをして家事手伝いをやってたようだけど』
('、`*川『おばあちゃんがすごい人なのに私はさっぱりだから、馬鹿にされるっていうか』
──嘘だ。
たしかに伊藤クールは研究者としては優れた人だったのだろう。
それのすぐ傍にいたから、比較してペニサスが劣っているかのように見られていただけだ。
ごちゃごちゃ乱雑に書かれたノートの内容を一晩で理解し、
噛み砕いて自身の頭に覚え込ませられる人だ。
集まった情報から、都度的確な推理が出来る人だ。
彼女だって立派な人間なのだ。
いいや、たとえそうでなかったとしても。
こんなところで、こんな思いをして、むざむざ死んでいいわけがない。
327
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:17:48 ID:LMjVEIVk0
( ^ω^)「うん……うん。ありがとう。よく頑張ってくれたお」
ボスは深く頷きながらペニサスに向かっていく。
途中にあるリュックを拾って、ちょうどいい刃物を探しだした。
( ^ω^)「本当はデミタスに殺してほしかったけど……
しばらく動けないだろうし、今回は仕方ないおね。
それはまた今度、別の仕事で」
ペニサスは逃げようともせずに悲痛な声で泣いている。
きっと自分自身を責めている。
(;´・_ゝ・`)「やめ、ろ……!」
床に両手をつき、這いずるようにしながらデミタスは言う。
足を引きずった瞬間、半端に埋め込まれた刃が揺れて、また力を奪う。
328
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:18:38 ID:LMjVEIVk0
──何をしている。
数年前とは違うはずだ。
散々まともな物を食ってきた。ここ数日は特にだ。
栄養なら充分にとっているだろう。
考えろ。
考えろ。
329
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:19:18 ID:LMjVEIVk0
そうして、思いついたことがあった。
一度何かをひらめいたら、思慮をすっ飛ばして実行してしまう癖がある。
.
330
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:20:25 ID:LMjVEIVk0
(;´・_ゝ・`)「おい!」
渾身の力で、今の自分に出せる最大の声をあげた。
ボスが振り返る。
右手で足からナイフを引っこ抜いて、まとわりつく血をジャージで拭う。
左手で自身の鼻先をつまんで、固定する。
右手に持ったナイフの刃を、口の上、鼻柱の付け根に当てる。
こちらに向けられた二人分の細い目が、かっと見開かれた。
それを確認すると、デミタスはにやりと笑って。
刃を、思いきり上へ滑らせた。
.
331
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:21:39 ID:LMjVEIVk0
一瞬ひやりとした。遅れて熱。さらに遅れて、激痛。
左手で顔を押さえる。吹き出した血が指の間から垂れていく。
ボスはリュックを放り投げるとこちらに突っ込んできて、
四つん這いになりながらデミタスの鼻尖を拾い上げた。
(;゚ω゚)「あ──ああああっ、何を! 何てことを!」
(;゚ω゚)「戻せ! 戻せお!! これがなきゃ駄目だお!! デミタス!!
低かったら駄目だお! ドクオ先生になるな! 僕を裏切るな!!
ふざけるなっ、何でっ! 何で!!」
掴みかからん勢いで喚く男。
その首の位置を確認し、デミタスは右手のナイフを握り直して──
332
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:22:34 ID:LMjVEIVk0
──彼の背後に一瞬、気を取られた。
騒いでいた声が止み、暴れていた体が動きを止めた。
£°ゞ°)
目を血走らせたロミスが、ボスの首を突き刺していた。
先ほどまで自身の腹にあったナイフで。
333
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:23:51 ID:LMjVEIVk0
ロミスが手を捻る。ナイフが肉を抉る。
ボスの喉から空気の固まりが零れ落ちるような音がした。
何かを言ったのかもしれなかったが、それを理解する前に大きな体がフローリングに倒れ込んで、
とうとうぴくりとも動かなくなった。
しばらく誰も声を発せなかった。
また怪我など忘れて起き上がってきやしないかと、
怪物の死体を眺めるような心持ちでそれを見つめていた。
瞬きもしなければ胸も上下しない。
それをたっぷり確認して、ようやくデミタスは息を吐き出した。
334
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:26:04 ID:LMjVEIVk0
直後、ロミスもその場に倒れる。
──ロミス。
呼びかけて、デミタスは彼へ駆け寄った。
駆けるといっても、膝をにじることしか出来なかったが。
腰が抜けたらしいペニサスも、同じように。
(;、;*川「ロミス君っ」
ロミスの目は既に焦点が合っていない。
ややあって、胃袋を満たしたのであろう血が口の端から垂れた。
£°ゞ°)「……海老フライ、俺も食べたかったな」
呑気な一言だったが、声は弱々しい。
(;、;*川「ま、また作るから、やだ、死なないで」
救急車、と言って立ち上がろうとしたペニサスの服をロミスの手が掴む。
もう一方の手をぱたぱた揺らしている。デミタスを探しているのだろう。
その手に触れてやると、ほうと彼の口から小さな息が落ちた。
335
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:27:34 ID:LMjVEIVk0
£°ゞ°)「もし姉者ちゃんに会うことがあったらさ、20円もらっといて。
デミタス君にあげる」
そして。
彼は眠たそうに瞼を下ろして。
吐息と一緒に、囁くような声を零していく。
£-ゞ-)「天気予報でさ……明日、雨だって……」
£-ゞ-)「出かけるなら、傘忘れないでね……」
うん。
上手く発声できなくて、聞こえなかったかもしれない。
しかしロミスが満足そうに微笑んだので、何とか届いたのだろう。
その顔をよく見たいのに、自分の血と涙を垂らしてしまうのが嫌で、出来なかった。
友達の顔を汚したくなかった。
336
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:28:29 ID:LMjVEIVk0
ごめん。ありがとう。
いつか言えなかった──
ずっと言えていなかった言葉を絞り出す。
これも、届いていればいいのに。
.
337
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:29:25 ID:LMjVEIVk0
◆時の用には鼻を削げ
…緊急時には手段を選んでいられないということ
.
338
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:30:09 ID:LMjVEIVk0
■
.
339
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:32:57 ID:LMjVEIVk0
(´・_#・`)「……」
デミタスは眉根を寄せながら、顔の中心に貼られたガーゼに触れた。
ペニサスがその手を下ろさせる。
('、`*川「触っちゃ駄目よ」
でも痛くないし、と言うと、今はね、と返された。
──病院の一室。
ベッドの上、顔と太ももにひとまずの処置を受けたデミタスが横たわっている。
その横、右手の小指に包帯を巻かれたペニサスが椅子に座っている。
室内にはこの二人だけだ。
窓の外の空は雲が増えてきてはいるが、明るく、穏やかだ。
数時間前の騒ぎが嘘のように。
340
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:34:21 ID:LMjVEIVk0
「騒ぎ」、もとい惨劇の直後。
異常を感じた運転手が家に飛び込んできて、
ダイニングの様子を一目見ると、頭を押さえながらどこかへ連絡をとり始めた。
すぐにでも懐から拳銃を取り出してこちらに向けてくるのではと警戒していたが、
そういった気配はなかった。
むしろ、邪魔だから失せろという空気すら感じる。
思ったよりもデミタスたちは彼らにとって木っ端でしかなく、
思ったよりもボスはかけがえのない存在でなかったらしい。
341
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:35:46 ID:LMjVEIVk0
ペニサスに支えられながら家の外に出て、少し離れた場所で救急車を呼んでもらって。
で、今に至る。
ペニサスの家に帰れば、たぶん、あれが夢だったのではと思えるほど
綺麗さっぱり、全ての痕跡が消え去っているのだろう。
下手をすると、アパートの203号室も空っぽになっているかもしれない。
何せボスがいない以上、こちらに住処を提供し続ける義理など奴らにはない。
姉者と兄者はどうなるだろうか。
デミタスがこれだから、彼らも消されることはないとは思うが。
まあ、何がどうなったって、あの二人は受け入れるだろう。
でなければボスを裏切ってデミタスたちを助けるような真似はしない。
どこかで会えたらいい。20円の件もある。
342
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:37:16 ID:LMjVEIVk0
(´・_#・`)「今後は平らな顔になるな」
('、`*川「あなた、ほとんど意識なくしてて聞いてなかったのかもしれないけど
手術である程度は復元できるって話よ。
まったく元通りかは置いておいて」
(´・_#・`)「匂いは感じられるんだろうか。今は何が何だか分からない」
('、`*川「嗅覚を感じるのは鼻のずっと奥の方だから、大丈夫だと思うけど」
(´・_#・`)「良かった。
あんたの作る飯が味気なく感じるようになったらどうしようかと思った」
であればおおよそ、今後の大きな──あくまで大きな──不安要素はないに等しい。
ペニサスが拗ねたような、変な顔をして唇を尖らせているので
「どうした」と訊いてみれば、「何でもない」とすげない返事。
頬が少し赤い。
343
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:38:47 ID:LMjVEIVk0
('、`*川「……はあ、引っ越さなきゃな。さすがにもうあそこに住んでらんない。
ああでも、その前にしたらば製薬に研究の話をしに行かないと。
やることいっぱいあるわ」
(´・_#・`)「頑張れ」
('、`*川「他人事。まあデミタス君は療養に専念しておいてちょうだい。
……ねえ、住みたい場所とかある?
私、海が近いところがいいわ」
今度は不安そうな、期待するような、窺うような顔。
(´・_#・`)「あんたがいるならどこでもいい」
答えてから、一緒に住むことが前提なんだなと気付いたが、
別にそれでいい──それが良かったから、つっこまないでおいた。
ほっと息をついたペニサスが、椅子を引きずるようにしてベッドに近付く。
344
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:40:10 ID:LMjVEIVk0
('ー`*川「私も、デミタス君がいればどこだって怖くないわ」
そう言って、顔をくっつけてきた。
鼻がぶつかりにくい今の内に──なんて笑うので、
ならしばらく手術しなくてもいいかな、と少し思ってしまった。
そのまま言葉にしたら怒られそうだけど。
345
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:41:06 ID:LMjVEIVk0
目も鼻も口も、どんな形をしていたってどうでもいい。
自分も彼女も。
ただ一緒に話して、一緒に何かを食べて、一緒に生きてくれたら、それでいい。
.
346
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:42:16 ID:LMjVEIVk0
(´・_#・`)麻殻に目を付けたようです(今のところは)
■完
347
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 00:42:54 ID:LMjVEIVk0
終わりです
ありがとうございました!
348
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 01:02:04 ID:EQIwY4Zk0
乙
本当に面白すぎた
349
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 09:37:39 ID:SWZn3y0U0
乙
AAの使い方が上手すぎた、ブーン系でこその作品
読み応えも素晴らしい
350
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 12:17:26 ID:X.1KcHu20
乙だよおおおおおおおおお
351
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 20:19:09 ID:N70BuiTc0
乙!1本の良作映画を見てる気分だった
最高!
352
:
名無しさん
:2023/10/10(火) 22:11:51 ID:j5H3RnjM0
すっごい話だった乙!!
面白かった
353
:
名無しさん
:2023/10/11(水) 05:45:03 ID:QfVmXMZY0
大変お恥ずかしい限りですが
>>345
と
>>346
の間に入る文章をすっ飛ばしてしまってました
無いなら無いでいいかとも思ったんですが、やっぱり落ち着かないので貼っておきます
354
:
名無しさん
:2023/10/11(水) 05:47:03 ID:QfVmXMZY0
デミタスの腹が、ぐうと鳴る。
ペニサスが目を瞬かせてくすくす笑う。
あれこれ教えてくれたお節介な友達はもう隣にいない。
だから腹を満たして頭に栄養を回したら、
彼女を前にすると胃袋ではないどこかが無性に物欲しがるようなこの気持ちを
どう言葉にして伝えたものか、自力で考えるとしよう。
.
355
:
名無しさん
:2023/10/11(水) 05:48:08 ID:QfVmXMZY0
今度こそ終わりです
ありがとうございました!
356
:
名無しさん
:2023/10/11(水) 10:57:54 ID:MtXKIpjo0
めちゃくちゃ大事な1レスでわろた
改めて乙乙乙
357
:
名無しさん
:2023/10/12(木) 00:33:46 ID:xypyCcK.0
乙!!
めちゃくちゃ面白かった!!!
358
:
名無しさん
:2023/10/12(木) 19:10:22 ID:m/71D8UA0
>>351
本当にこれ。
このまま映画に出来そうなくならい最高に面白かった!
乙です!
359
:
名無しさん
:2023/10/18(水) 13:26:22 ID:3ZSYNaqQ0
乙乙
スリル満点でドキドキしながら読みました。
360
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:32:18 ID:f10kq96I0
■おまけ
(´・_#・`)「そういえば」
('、`*川「なあに?」
病室。
ベッドの上で窓を見つめていたデミタスがぽつりと呟くと、
椅子の上でコーヒーゼリーの蓋をめくっていたペニサスが首を傾げた。病院の売店で買ってきたものだ。
361
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:34:54 ID:f10kq96I0
(´・_#・`)「兄者が寄越したリストの三度目……何であのラインナップだったんだ」
たしか海老の他はイクラ、鮭、鯛──
伊藤クールが「鍵」、もとい海老に辿り着いたのはジョルジュたちからの連想だったのではないか。
だというなら、イクラだの鯛だのは関係なかったはずである。
('、`*川「そっか、デミタス君は研究資料のノートは見てなかったものね」
デミタスが読んだのは、ハローや伊藤クール個人についての記述が多かった雑記帳だけ。
どうやら彼の疑問への回答は研究記録の方にあったらしい。
コーヒーゼリーを自分の口に運びながらペニサスは語る。
('、`*川「まずね、去年の夏の時点ではおばあちゃんも行き詰まってたみたいで。
食品由来の成分で役立つものはないかって、ほとんど自棄気味に
市場で購入したものを各所に送って調べさせたらしいの」
(´・_#・`)「それがリストにあった『一度目』と『二度目』だな」
('、`*川「ええ。一度目にもハローさんに海老を調べてもらってたんだけど、
特に目立った結果は得られなかったんですって。
そのときは他所の地域で獲れた普通の海老だったから……」
362
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:35:33 ID:f10kq96I0
('、`*川「そして『二度目』では前回と違う食品を対象にしたから、海老は含まれてなかった。
で、こっちも特に結果は出ず……。
だから、食品からのアプローチは一旦やめようとしたらしいんだけど」
──夫のことを考える内にペニサスの恋人たちにも思考が及び、
あれこれ思い出していたら、連想ゲームのようにアスタキサンチンに辿り着いたのだそうだ。
ファイナルの言葉遊びで月、月に照応する食べ物、その中でも海産物──
甲殻類。それに含まれるアスタキサンチン。これには心血管疾患への効果を期待する声がある。
と、こんな具合に。
('、`*川「そこに繋がったのも何かの縁かもってことで、
今度は『アスタキサンチンを多く含む食べ物』に絞って調べ直そうとしたらしいわ」
(´・_#・`)「それが海老とイクラと鮭と鯛?」
('、`*川「そういうこと。イクラとかの赤色もアスタキサンチン由来なのよ」
真っ赤な粒々が脳裏を過ぎり、デミタスは顔をしかめた。
363
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:37:22 ID:f10kq96I0
──5日目の夜。
何とか泣きやんだペニサスの手を引きながらダイニングへ戻り、
まだ鼻をぐすぐすいわせる彼女の向かいで、漬け丼の残りをかき込んだのを思い出してしまう。
自分が去った後のキッチンにて、泣き腫らした目もそのままに
乾いた丼の中身を処理する彼女の姿を想像してしまうと、そうせずにはいられなかった。
無理しないでとは言われたが、様々なことで頭がいっぱいで味わう余裕もなく、さほど苦ではなかった。
それはそれで良とも言えないだろうけど。
閑話休題。
('、`*川「どうしてその4つだったかっていうと、その日、市場で一般人でも購入できた商品の中で
条件に合うのがそれだけだったからみたい」
(´・_#・`)「なるほど」
('、`*川「そして、このとき買った海老が、たまたまファイナル市近辺で獲れたものだった」
それが、高岡海洋研究所の所長いわく「二回目の依頼」。
そこでハローが殻に含まれる特殊な成分を見付け出し、
伊藤クールに目をつけられてしまった──というわけだ。
364
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:38:29 ID:f10kq96I0
(´・_#・`)「じゃあ祖母さんは、最初からストレートに辿り着いてたわけじゃなかったんだな」
('、`*川「そうね。むしろ海老……というか甲殻類は連想ゲームの通過点だった。
それでも最終的にはそこに帰結したんだから、
まあ長岡君たちのおかげとは言えるのかもしれないわね」
その後、ファイナル市で獲れた海老のみに含まれる成分が有用であることまで判明して。
ひどく高揚した彼女は、ジョルジュとペニサスに口を滑らせたのだ。
「君たちが『鍵』に繋がった」「『鍵』はこの街にあった」──と。
納得し、デミタスは無言で何度か頷いた。
365
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:40:01 ID:f10kq96I0
話し終えたペニサスがゼリーの容器を親指でさする。
実は話している合間にも食べ進めていたので、もうすっかり空っぽだ。
('、`*川「コーヒーゼリー、デミタス君も食べたかった?」
(´・_#・`)「何で」
('、`*川「じっと見てたから」
(´・_#・`)「パッケージを見てただけだ」
季節に合わせてか、蓋や容器にハロウィンらしいイラストが施されている。
オレンジ色と紫色。
(´・_#・`)「……まあコーヒーは好きだけど。
人が食べてるのを欲しがって凝視するほどさもしくはない」
('、`*川「あ、やっぱりコーヒー好きなんだ。カフェやうちでよく飲んでたものね」
デミタス君にも「好物」って概念があるのね、と失礼なことを言う。
反論しようとしたが別に言い返す中身も思いつかなかった。
ただ他のことが浮かんだので、そっちのために口を開く。
(´・_#・`)「僕が住んでる……住んでたアパートに、デルタっていう奴がいたんだが」
要は思い出話だった。
366
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:43:05 ID:f10kq96I0
(´・_#・`)「住み始めてすぐの頃の僕は、人から渡されたものを何でも食べてたもんだから
面白がったそいつに、変なの……というかあまり良くないのばかり食わされてたことがあって」
('、`*川「まあ……」
それでも食えなくはないものが出される分、叔父と暮らしていた頃よりはマシだったので、素直に食べてしまっていた。
ペットショップのロゴが入った袋を持ってくるときは比較的「当たり」の方。
(´・_#・`)「見かねたロミスが、行きつけの喫茶店に連れてって
コーヒーを奢ってくれたんだ。それが美味かった」
見かねた──のだろう。たしかに。
自分で口にしておいて、今さら得心する。
当時はただ暇を持て余した隣人に付き合わされただけだと思っていた。
ともかく、それまでのデミタスは支給された金で何を買えばいいのか、
というか何時頃に何をどれだけ食えばいいのかもよく分からないような有様で、
近所のスーパーで買った菓子パンひとつで一日の食事を終わらせることも間々あった。
以降、とりあえずロミスが勧めてくるものを適当にとっていたら、
いつの間にだか食事の時間も内容も自分で考えて選べるようになり、
嫌だと感じるものの区別もついて断れるようになっていったのである。
腹を空かせているからデルタに遊びの余地を与えてしまうのだと
ロミスは分かっていたのだろう。
そもそもアパートの住人で気付いていなかったのは、デミタスくらいだったかもしれないが。
ともあれ、それ以来コーヒーは「好んで選ぶもの」になった。
367
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:43:59 ID:f10kq96I0
('、`*川「ロミス君って、デミタス君のお兄ちゃんみたいね」
(´・_#・`)「あいつの方が年下だぞ」
('、`*川「そういうことではなくてね」
間をあけて、たしかにそうかもなと思い直す。
彼に言ってやりたいことがどんどん増えていく。どうしてこんなに遅い。
そのまましばらく、二人とも黙っていた。
別に、しめやかな空気ではない。
それでも何か動きが欲しかったのか、
ペニサスがサイドテーブルの上、売店のビニール袋を見た。
('、`*川「ごめんなさい。
今のデミタス君に何を食べさせていいのかよく分からなくて、あなたの分を買ってなかったの……」
(´・_#・`)「いいって」
('、`*川「あの。……でも」
もじもじとプラスチックのカップを両手で揉み込んでいる。
かと思えば右手を離し、見た目どおりに柔らかかった唇を指差した。
368
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:45:11 ID:f10kq96I0
('、`*川「まだコーヒーの味はするかも」
──それが、とびきり馬鹿らしくてしょうもない誘い文句であることは
デミタスにも分かってしまったし、何言ってんだこいつはと呆れもしたが。
乗ってやっても良かったので、顔を近付けようとした。
369
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:45:46 ID:f10kq96I0
ら、茹でた海老みたいに真っ赤になったペニサスに
「冗談」「買ってあるから」とビニール袋でガードされたのであった。
■おまけ 終わり
370
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:47:31 ID:f10kq96I0
話のテンポ等の都合で説明を省いてしまった部分の補足と、ついでのコーヒー話でした
本当にありがとうございました
371
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 21:54:42 ID:8IsX5Vu20
おつおつお
372
:
名無しさん
:2023/10/19(木) 22:12:29 ID:tXERiAJs0
乙!おまけ嬉しい!!
373
:
名無しさん
:2023/10/22(日) 18:14:42 ID:0hhBl7UA0
ブーン系でしかできないものを見た
おまけもうれしい、乙
374
:
名無しさん
:2023/10/27(金) 07:50:14 ID:ZWWCCoZs0
ひと展開ごとにドキドキさせられた、発想の良さとまとまり具合がすごい
今更ながら乙!!!!
375
:
名無しさん
:2023/10/31(火) 00:05:34 ID:Lf947LcQ0
とってもよかったー!!ありがとう!
376
:
名無しさん
:2023/11/01(水) 00:48:20 ID:cWxtbI2Q0
教養皆無だから、なんかスパイスみたいなのに目鼻を付けて憤死する話だと思ったのに全く違った
面白かった乙です
377
:
名無しさん
:2023/12/12(火) 13:05:51 ID:Bqw6bTq60
この作品を知れて読めてこれからも読み返せるの贅沢すぎる。
378
:
名無しさん
:2024/01/24(水) 08:36:37 ID:sPgYbg6k0
乙です!めっちゃ面白かった!
個人的にドクオ先生の経緯が気になる
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