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ラトヴイームの守り手だったようです

1 ◆y7/jBFQ5SY:2023/05/31(水) 22:05:47 ID:eEdvlOHE0





 強くて、弱くて、優しくて、怖がりな、いまここを生きる、罪深いあなたへ――




.

434名無しさん:2023/06/04(日) 21:11:44 ID:esi.ifqo0
   ―― אור ――



――なぜあの男を処刑台に送ってくださらなかったのですか。


.

435名無しさん:2023/06/04(日) 21:12:14 ID:esi.ifqo0



「ええ、そうです。これが創始者ショボンの、その墓になります」

街外れの森林。木漏れ日の差し込むその場所に、並び建てられたいくつもの墓石。
居並ぶそれらとさしたる違いもなく、その墓は葉々の影に佇んでいた。ショボン。
かつて処刑人として数多の生命を奪い、後に医師として多くの生命を救った男。
そして――『ホーム』を創始した、歴史上の人物。

「生前彼は、こう言っていたそうです。誰一人、一人にはさせたくない、と」

革命の時代。いまを生きる私にとっては、ただの記録に過ぎない過去の出来事。
けれど当時を生きた彼らにとっては、現実として直面した凄惨な出来事。
私の垣間見た、あの光景。

三二〇〇と一人。ショボンが殺めた、人の数。

436名無しさん:2023/06/04(日) 21:12:44 ID:esi.ifqo0
「そこには大変な困難があったと伝わっています。
 彼に恨みを持つ者の手によって、両目を潰されたとも」

二年足らずの間に奪われたにしては、余りにも多すぎるその生命。
けれど被害を受けたのは処刑された人だけでなく、大切な人を奪われてしまった人たちも。
家族、恋人、あるいは、友人。失意のまま残されてしまった人々。
父を、母を殺され、行き場を失った子どもたち。

ショボンの『ホーム』は、そうした行き場を失った人たちの
居場所となるために設立されたのだと聞いている。
生前、盲目となった彼の目は、保護した少年に奪われたのだとも。
彼の殺めた罪人の、その息子に奪われたのだと。

「処刑人であった彼は、やはり簡単には受け入れてもらえなかった。
 時代が変わろうとも、すぐには変えられないものもある。
 彼への嫌悪や、侮蔑や――それに、恨みも」

彼は受け入れられなかった。受け入れられないままそれでも、光を失ってなお、
彼は立ち止まらなかった。晩年は重い病を患い、四肢の麻痺に苦しめられたそうであるが、
それでもその死の間際まで彼は『ホーム』に、孤独な人を助ける仕事に尽力し続けていたと聞く。

六〇回目の誕生日を一ヶ月後に控えたその時まで。
そしてその死の後にまで、心無い言葉をぶつける人は存在していたと。

437名無しさん:2023/06/04(日) 21:13:07 ID:esi.ifqo0
「ショボンが人を殺めたこと、それは事実です。 それ自体を肯定することは、
 やはりできないのかもしれない。時代の犠牲などと、軽々しく片付けてはならない問題であると。
 ですがあの革命が、後の世に大きな影響をもたらしたこともまた事実。
 あの革命がなければ人はその生まれや家から逃れられず、
 ショボンが処刑人を辞すこともできなかった訳ですから」

その生の終わりまで他者の苦しみを拭い去り、その幸せを後押ししようとし続けたショボン。
彼はそれで、何を得たのだろうか。

「すべて正しき行いなどありはせず、また同時に、拾うべきものの
 何一つない事象も存在しないのかもしれません。我々にできるのはそれをどう受け取り、
 何を残していくか――。停滞したままでは、何が変わることもないのですから」

私は彼に、何を――。

「彼の建てた『ホーム』の、私もその恩恵を受けた一人ですから」

438名無しさん:2023/06/04(日) 21:13:36 ID:esi.ifqo0
「せーんせー!」

愛くるしい声をした女の子が、すぐ側の屋敷――彼らの『ホーム』から頭を出した。
声と同じく可愛らしい、清潔そうな衣服を身にまとった女の子だ。

「ギコとフサが、またけんかー!」

女の子が、私を案内してくれた男性に向かって叫ぶ。
男性も女の子に向かってすぐ行くと声を張り上げた。その後に彼は、私の方へと向き直る。

「代議士。あなたがいま苦境に立たされていることは存じております。しかし――」

彼の目が、目の前の墓へと向けられた。

「ショボンの理念を継ぐ者として、私はあなたを応援します」

催促を繰り返す女の子が響いていた。彼は会釈をし、屋敷の方へともどっていく。
そうして墓場には私だけが残される。私と、目の前の、墓。ショボンの。
樹環をあしらったレリーフの刻まれた。

「……ショボン」

そのレリーフに、触れる。

439名無しさん:2023/06/04(日) 21:14:06 ID:esi.ifqo0
「覚えていますか、ショボン。リリです。あなたと一緒にセフィロトを旅した、あのリリ」

しばらくそうして、墓石に触れる。硬い、無機質な感触。
いくら待っても、墓から返事が訪れるはずもなく。

「……本当に、亡くなっているのですね」

当たり前のことを、私は口にする。
その当たり前の響きが、不可思議に感じられる。

「いまも信じられません。あんな大冒険をしたあなたが、一〇〇年も昔の人だなんて」

思い描くショボンはいつだって、子どもの姿であるのだから。

「私は……リリは覚えています。一日だって忘れたことはありませんでした。
 だってあれは夢や幻ではなく、現実に起こった出来事でしたもの」

一緒に旅したショボンであり、シィなのだから。

440名無しさん:2023/06/04(日) 21:14:42 ID:esi.ifqo0
「ねえショボン、あなたはすごいですね。
 あそこをもどってからもずっと、戦い続けていたんですね」

声が聞こえた。風に乗って。だってギコが、だってフサが。
泣いて、怒って、のびのびと感情を顕にする、そんな声が。

「本当はね、もっと早く会いに来るつもりだったんです。
 あなたがあれからどうなったか、心配、だったから。でも……」

先生を呼びに来た女の子の愛らしい声が。他にも響き渡る、何人もの声が。

「……でも、そんな心配、いらなかったかな」

かつて彼が生まれ、育ち、暮らした屋敷から。

「お前のせいでずいぶんやきもきさせられたんだからな、ばかこら!
 ……なーんて」

それらの声に、私は耳を済ませた。彼が興し、彼が育んだ声。
彼の残した誰かの幸せ。それは紛れもなく素晴らしいことで、
彼は紛れもなく生きていて、その意思は紛れもなく受け継がれていて。でも……。

屋敷から響く声を聞いて、聞いて――自分の声を出すまでに、
ずいぶんと長い時間がかかった。かすれる声を震わせて、墓石の彼に、私は尋ねる。

「ねえショボン。あなたは願いを――あなたが望んだ本当の願いを叶えられたのですか?」

441名無しさん:2023/06/04(日) 21:15:07 ID:esi.ifqo0
――墓石は、やはり応えることはなく。

「私……私もね、私なりにがんばったんです。がんばった、つもりです」

あの後。セフィロトの旅を終え、現実に目を覚ました後。
父の差し向けた警官隊によって私は無事に保護され、
あの人は――私を誘拐し、プギャーくんを殺したパトリックは捕まった。

私は修道院に送られることもなく、咎められることもなかった。
おそらくは父も、それどころではなかったのだと思う。
あんなに取り乱した父を見たのは、初めてのことだったから。

パトリックについての議論は法廷を越え、国家的ニュースとして取り沙汰された。
それはこの裁判が、ある大きな争点を巡る論戦に発展していたから。
その争点とは――この男を死刑にするべきか、否か。

一〇〇年前の革命の反省からかこの国ではもう数十年もの間、
死刑という罰を判決に用いては来なかった。法が人を殺めるということに、
この国の司法は慎重になっていたのだ。

けれどそれは死刑の廃止を、条文として死刑の廃止を明文化しているわけではない。
悪質な犯罪に対する選択肢として、死刑という可能性は常に残されたままとされていた。

442名無しさん:2023/06/04(日) 21:15:28 ID:esi.ifqo0
身代金を目的とした児童誘拐、及び児童殺害。
後に発覚した、三件の誘拐未遂。剣水晶勲章を授与された、元軍人が犯した罪。

そのセンセーショナルなニュースは国中を駆け巡り、
世論はむしろ死刑求刑論者の方が優勢であった。その船頭に立っていたのは他ならぬ父であり、
父は署名活動を行うほど熱心に、パトリックの死刑を訴えた。

秩序と安寧を維持するには、
悪を排除する他にない――殺す他に、ないのだと。

――私の想いは、父とは違った。

443名無しさん:2023/06/04(日) 21:15:55 ID:esi.ifqo0
「あの人のこと、赦せたわけじゃないんです。それはやっぱり、できなくて。
 でも、だけどでも……死なせてしまうのは、違うって。
 それは、させたく、ないって……」

フォックスのこと、ショボンのこと。頭に浮かんだ、セフィロトでの光景。
殺す他になかった時代。殺したい訳では、なかった人たち。
彼らとの出会いを、その想いを、すべて咀嚼できたわけではない。

けれども私は、とにかくそれらを無駄にしたくなかった。
二人の痛みを、苦しみを――犠牲を無駄に、したくなかった。

444名無しさん:2023/06/04(日) 21:16:17 ID:esi.ifqo0
私は訴えた。彼を殺さないでくださいと。
殺す以外の方法で罪を償わせてあげてくださいと。
手当たり次第に、声を上げられるところすべてで声を上げて。
あの広場で、紙芝居が開かれ、一〇〇年の昔には見世物としての処刑が行われていた、あの広場で。

多くの人から罵倒され、父からも強く非難された。それでも私は訴え続けた。
すると次第に、私の言葉に耳を傾けてくれる人が現れ始めた。

初めはぱらぱらと数人の人が、次には支援すると舞台を用意してくれる人が、
やがては地方紙に載り、全国紙にも取り上げられ、大々的に報道された。

気づかぬうちに私は死刑廃止論者の旗手として、時の人となっていた。
そしてパトリックは――無期懲役を言い渡された。

445名無しさん:2023/06/04(日) 21:16:39 ID:esi.ifqo0
「それで私ね、いま、代議士なんて呼ばれてるんです。びっくりしてしまいますよね。
 自分でもそう思います。あんなに口下手で泣き虫だった私が先生なんて
 呼ばれる立場になるだなんて、あの頃からは絶対に、想像つきませんもの。でもね――」

二〇年。セフィロトから目覚め、あの広場で初めて人の前に立った時から二〇年。
人前に出ることに怯えていた私はいまや、それを自らの職務としている。
政治家として、フォックスやショボンが願った世界を作り出そうと尽力してきた。

もちろんそれは一筋縄ではいかない道のりだったけれど、幸いなことに理解者には恵まれた。
こんな私を支援し、応援し、その背中を後押ししてくれる人を私は得た。
だから私はこれで間違っていないと思っていた。

これが私にできる、“白紙のキャンバスに色を塗る”方法であると、そう信じて。
けれど――。

446名無しさん:2023/06/04(日) 21:17:09 ID:esi.ifqo0
「パトリックがね、殺してしまったんです。仮出所中に、また、子どもを」

奪われた人生を取り返したかった。
逮捕されたパトリックは取り調べた刑事に向かって、そう供述したらしい。

この発言は、この国に生きる人々すべての怒りを買った。
二〇年の間に固まりかけていた死刑制度の廃止案は白紙に戻され、
今度こそパトリックを殺すべきだと人々は沸き立った。

彼らの怒りはパトリックだけに留まらず、当時の人々にも向けられた。
即ち死刑に反対し、パトリックという悪魔を野に放つその片棒を担いだ人々へ。
そしてその怒りは当然の帰結として、当時の世論を牽引したその火付け人に対しても向けられて。

私、リリに対しても。

447名無しさん:2023/06/04(日) 21:17:35 ID:esi.ifqo0
「責められるのはね、やっぱりつらいです。二〇年経っても私はやっぱり、弱虫なリリだから。
 だから、とても、つらい。つらくて、苦しい。
 でも、本当につらかったのは。何より心に来たのは――」

目を閉じると、思い出す。その人は、怒ってはいなかった。泣いてすらいなかった。
ただ無表情に、あらゆる感情が抜け落ちてしまったかのように、ぼうっとした顔で私を見ていた。
ぼうっとした顔でその人は、責めるでもなく、咎めるでもなくその人は――
殺された男の子のお母さんは、ただただ私に問いかけてきた。


――なぜあの男を処刑台に送ってくださらなかったのですか。


「……私ね、判らなくなってしまったんです。本当にこれで良かったのか。
 私がしてきたこと、正しかったのか。もしかしたら、もしかしたらだけど私――」

私は何も答えられなかった。かつてのように。
二〇年前の、叱る父の前でなにを言うこともできずに泣きじゃくっていた子どもの頃のように。
私は何も、答えられなかった。私には、私には彼女の問いに応えるだけの確信が、答えが――。

「私、間違っちゃったのかなあって……」

なかった。

448名無しさん:2023/06/04(日) 21:17:59 ID:esi.ifqo0
「……ごめんなさい、暗い話をしてしまって。大丈夫です。
 私、がんばりますから。最後まで、がんばりますから」

立ち上がる。がんばるために。何をかは判らない。でも、そうする。
そうしなければ、ならないから。みんなのために、そうしなければ。

償う、ためにも。

「話を聞いてくれてありがとう、ショボン。また、来ますね」

そう言ってからもしばらく私は、ショボンの墓の前で立ち尽くしていた。
差し込んでいた陽光はすでに朱に染まり、地平の彼方へいまにも落ちんとしている。
風が吹いた。葉々のそよぎが、墓に刻まれたレリーフに朱の色を落とした。

私はそこから目を逸らすようにして、ショボンの墓に背を向ける。
そして一歩、一歩、歩を進める。明日がもう、そこまで迫っているのを感じながら。
私は一人で、行く――はずだった。

何かの割れる、音が聞こえた。

449名無しさん:2023/06/04(日) 21:18:21 ID:esi.ifqo0
振り返る。ショボンの墓。変わらずそこに、鎮座した。
――いや、違和感があった。何かが違っていた。
墓の一部が、一点が、先程までと違っていた。

朱に染まったレリーフ。墓に刻まれた樹環。その中心が、割れていた。
縦に走った亀裂。それは小さな、塵のように小さな小さな
亀裂であったけれど、私はそこから目を離せなかった。

まさか――まさか、まさか。

頭に浮かぶ想像を否定しながら、けれども身体は動いていた。
私は再びショボンの墓の前に立ち、彼の墓へと、刻まれたレリーフへと、
樹環のその中心へと指を伸ばしていた。

混乱する頭を他所に、静かに、けれど確かな意思でその場所へと向かい、
そして私はその亀裂に――極彩色のその場所に、触れた。


光が、視界を覆った――。


.

450名無しさん:2023/06/04(日) 21:18:47 ID:esi.ifqo0



「――私」

声が、幼かった。手も小さく、身体も軽く、見える視界も非常に低い。
胸に触れる。鼓動を感じる。とくとくと鳴らされる、生命の律動。

これは、私だ。あの頃の私。幼く、小心で、泣き虫であった頃の私。
彼――と、過ごしていた、あの頃の。

いや、それよりも。
周囲を見回す。見覚えのある光景。
現実として見たことのある、現実でも見たことのある、その場所、その風景。
間違いなかった。未熟な魂を映し出す、願いへと続く心の反映――。

西の果ての、セフィロト。

451名無しさん:2023/06/04(日) 21:19:12 ID:esi.ifqo0
目の前には、暗い穴が開いていた。
暗い、どこまでも続く暗い穴が。
山をくり抜くような形で。

山中トンネル。整然と、整えられた。

私の時代のものではない。これは、過去のもの。
一〇〇年前のもの。彼らの生きた時代のもの。大樹の聳える、あの時代の。
胸に当てたその手が、鼓動の早まりを然と認める。

452名無しさん:2023/06/04(日) 21:19:38 ID:esi.ifqo0


確かめなければ。


心臓が、痛いほど胸を打ち付ける。呼吸が浅くなる。
この暗闇の先にあるもの――あるか、どうか、未だ不鮮明なものを思って。
……怖い。確かめる、ことが。彼の旅の結末を。私の行いの、その結果を。
確かめることが、怖い。でも、いかなければ。だっていかなければ、私は、もう、どこにも――。

足を、踏み入れた。

衣擦れの音すら反響する光なき暗黒。その中を、私は歩き続けた。
道は真っすぐ、迷いはしない。ただただ私は、歩くだけ。
一歩一歩、一歩一歩、足の裏に伝わる感触を確かめながら、光の出口を目指して進む。

453名無しさん:2023/06/04(日) 21:20:00 ID:esi.ifqo0
ふいに、声が聞こえた。
暗闇の裡から、小さく小さくささやく声が。

何を言っているかは聞き取れない。
聞き取れないけれど、それが心地の良いものでないことは感じる。
心地の良くないそれが、私に向けられたものであることは感じる。
けれども私はそれらを無視し、更に先へと歩を進めた。

次第に声が大きくなった。
ささやき声は罵声となり、間違えようもなくそれらは私を批難していた。
私の弱さを、私の無知を、私の過ちを彼らは批難していた。

心臓の痛みが強まった。呼吸が浅く、苦しくなった。
それでも私はそれらを無視し、更に先へと歩を進めた。

呼び声が聞こえた。
全身に緊張が走った。姿は見えない。けれど、そこにいるのが誰かは判る。
その人が、再び私を呼んだ。なぜお前はこんなにも勝手なのだと、悲しむような声で。

その人は――父は、私を叱った。足が止まりかけた。
止まりかけた足に力を込め、私は更に歩を進めた。

454名無しさん:2023/06/04(日) 21:20:28 ID:esi.ifqo0
「あっ」

足が、止まった。人を、感じて。姿は見えない。
ただ、そこにいるのを、感じて。それが誰かを、察知して。

「あ、わた、わた、し……」

呼吸が止まる。舌が回らず、言葉がうまく発せなくなる。
何かを言わなければならない。でも、なにを。

私には、答えがなかった。
この人に返す答えが、確信が、私にはなかった。
だから私は何も、この人に何も言えずに――。

“彼女”が、口を開いた。

455名無しさん:2023/06/04(日) 21:20:53 ID:esi.ifqo0



――なぜあの男を処刑台に送ってくださらなかったのですか。


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456名無しさん:2023/06/04(日) 21:21:18 ID:esi.ifqo0
足が、下がっていた。後ろに。その下がった足が、燃えた。
炎の壁が、迫っていた。赤い、炎が。それでも私は、前へと踏み出せなかった。
このままではいけない、なにか言わなきゃ、なんとかしなきゃと思いながらも、
自分が自分を離れたように、身体は指一つ自由にならず。

炎が昇る。私を焼いて。それでも私は動けない。
怒る父を前にした時のように。パトリックに誘拐された時のように。
彼に……助けに来てくれた彼に、来いと呼ばれた時のように。恐れる私は、動けない。
何も成長していない私は。あの頃のままの私は。臆病で弱虫で、泣き虫な私は。

そうして私は、炎に包まれ――。


.

457名無しさん:2023/06/04(日) 21:21:40 ID:esi.ifqo0



手を、握られた。

炎のゆらぎのその向こう、暗闇に同化したその誰か。
影も形も見えないその子。私と同じ、小さな小さな女の子。

私と、同じ。

その子のその手が、私のその手をぎゅうと握った。
握られ私も、ぎゅうと返した。

身体が、動いた。

458名無しさん:2023/06/04(日) 21:22:12 ID:esi.ifqo0
「……ごめんなさい」

前へと足を、踏み出した。

「これから私が何をしようとあなたにとっては手遅れで、
 きっと心を晴らすことはできないのかもしれない……」

炎が身体から、遠ざかる。

「自己満足なのかもしれない。償うことなんてできないのかもしれない。
 喪われたものは、二度とはもどってこないのだから……でも」

炎を払いて歩く。前へ、前へ。

「でも、ここで何もしなかったらこれまでのことが、この、事件のことが、
 本当に意味のないことになってしまう。それだけは耐えられない、赦せないから――だから!」

握った手の先のこの子と共に。

「いまのままでは曖昧な答えを確かなものとするために、どうか、どうか私を――」

“彼女”の、目の前へ――。


「果て先へ、行かせてください」

.

459名無しさん:2023/06/04(日) 21:22:43 ID:esi.ifqo0
――光が、差し込んだ。暗闇を割って。トンネルの出口。
“彼女”を越えて、出口に向かって歩く、歩く。そうして抜けた、その先には――
見渡す限りの、緑の世界。おとぎ話に、出てくるような。楽園。光り溢れる神様の。
そんな言葉が、自然と浮かぶ。そして――。

そしてその先には――聳える大樹の、ラトヴイーム。

手を握る。強く強く握りしめる。隣のその子と、同じくらいの強さの力で。
握って私は、私たちは、ラトヴイームの聳える丘を登っていった。確かめるために。

「あ」

彼の、彼らの――。

「あぁ……」

物語の――。

「ああ――!」

結末を。



.

460名無しさん:2023/06/04(日) 21:23:16 ID:esi.ifqo0










          (*-ー-)(-ω-`)










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461名無しさん:2023/06/04(日) 21:23:46 ID:esi.ifqo0



――会えたんだ。会えたんだ、会えたんだ!

ラトヴイームの大樹を背にして、二人の少年が並んでいる。
並んで座ったその二人は、穏やかな寝顔を互いに寄せて、指を結んで眠っていた。
誓いの指環を、重ね合わせて。

涙が止まらなかった。子どもの姿で、子どものように、子どものままの私は泣いた。
手の先にいる隣のその子も、私と同じように泣いていた。
二人でえんえん泣きながら、並んで座る少年たちを、私と彼女は見続けた。

泣いて、泣いて、泣きながら、こんなに泣いたのはいつぶりだろうと私は思った。
もうずっと、本当に長いこと、涙を流していなかった気がした。
泣いてもいいと言われた私。けれども私は、いつしか泣くのを封印していた。

泣いてもいいと、私は思えた。

二人のために泣いていいと、私は思った。

泣いた自分を、泣いた自分が、赦していた――。


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462名無しさん:2023/06/04(日) 21:24:23 ID:esi.ifqo0



気づけば、墓の前にいた。ショボンの墓。樹環のレリーフの刻まれた。
そこには当然亀裂などなく、触れてもなにも起こりはしない。
きっとそれで、よいのだと思う。

目元が涙に濡れていた。指先でそれを拭う。
拭ったその手を、胸へと当てる。手を、つなぐようにして。
確かにそこに存在した、私の中のもう一人の“オレ”と手をつなぐようにして。
――手をつないで私は、密やかに誓いの言葉をささやいた。



行こう――“リリ”。



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463名無しさん:2023/06/04(日) 21:24:52 ID:esi.ifqo0



 強くて、弱くて、優しくて、怖がりな、いまここを生きる、罪深いあなたへ――


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464名無しさん:2023/06/04(日) 21:25:18 ID:esi.ifqo0
     י



バチカルのハインリッヒ・リリ・オーンズ。享年八二歳。
その生涯は決して、恵まれたものとは言えなかった。

第二パトリック事件の後、求心力を失った彼女は落選、
政界での立ち位置を失うも慈善家としての活動を始める。

それは急進する資本主義社会の煽りを食らって生活に
困窮する人々を支援するためのものだったが、しかし時代は激動の世紀。
帝国主義の限界を露呈した至上二度目の世界大戦に、東西を二分した冷戦が連続して起こる時代。
後ろ盾を持たない彼女の活動はすぐにも頓挫することとなる。

465名無しさん:2023/06/04(日) 21:25:51 ID:esi.ifqo0
「もしかしたらあなたはいま、失意の底にいるのかもしれません。
 自らの弱さを憎み、自らの犯した罪を悔いているのかもしれません」

それでも彼女は私財をなげうち、自らの活動を推進させた。
脇目を振らず、身を削って。そうした彼女の活動に対する理解者はむしろ少数であり、
余りにも理想主義的であるとして批判に晒されることも少なくはなかった。
彼女の庇護対象に前科者が含まれていたことも、そうした世論に拍車を掛けた。

「人から離れ、暗闇に閉じこもり、たった一人で自らを責めているのかもしれません。
 自分には助けを求める資格などないと、そう信じ込んで」

それらの批判に、彼女は反論しなかった。反論も、自身を正当化することもなかった。
彼女は生前、こう語っていた。自分は多くの間違いを犯している。
けれど間違いでない何かも行っている。それは私には判らない。

だからあなたに、みなさんに、受け取ってほしい。
次代に残すべき何かを、みなさんに見つけ出して欲しい。そのように、彼女は語っていた。

466名無しさん:2023/06/04(日) 21:26:31 ID:esi.ifqo0
「私には、あなたの罪を肩代わりすることはできない。
 あなたの悩みを解決し、あなたの代わりを生きることはできない。
 ……けれど、あなたの声を聞くことならできる。その手を握ることなら、できる」

そうして彼女はその死の時まで、歩みを止めることをしなかった。
名誉や名声とは無縁のままに、彼女は息を引き取った。

しかし、それから二〇年後。
冷戦が終結し、国家と国家、人と人との融和が国際社会における課題とされる時代。
彼女の思想や行いが、表舞台に取り沙汰される。

467名無しさん:2023/06/04(日) 21:26:58 ID:esi.ifqo0
「一人で苦しみ、一人であることに苦しむあなたを、一人にさせないことならできる。
 泣き虫で臆病で、逃げてばかりだった私だけれど、そうできるだけの社会を、
 実現したいと思うから。実現して、みせるから。だから、だから――」

彼女の構築したシステムを取り入れそれは、
超国家主義的な機能を持って国際的に運用されていった。
時と共にそれは生物のようにその形を変化させ、
あるいは彼女の想定とは異なる姿へと変じていたかもしれない。

それでも彼女の言葉は理念の一部として書き残され、
揺らぐことのない憲章の一文として語り継がれた。彼女のその、呼び名と共に。

「だからどうか、過去から未来へつながるあなたに――」

結び重なる二つの樹環。肌見放さず身につけていた、生前の彼女を象徴するバッジの絵柄。
人を孤独から救い、守り続けたハインリッヒ・リリ・オーンズ。人は彼女を、こう呼んだ。



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468名無しさん:2023/06/04(日) 21:27:25 ID:esi.ifqo0






「“助けて”と言えるだけの、勇気を――!」

   ラトヴイームの守り手と――――。




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469名無しさん:2023/06/04(日) 21:27:50 ID:esi.ifqo0



















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470名無しさん:2023/06/04(日) 21:28:14 ID:esi.ifqo0




















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471名無しさん:2023/06/04(日) 21:28:42 ID:esi.ifqo0



















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472名無しさん:2023/06/04(日) 21:29:15 ID:esi.ifqo0














          待ちくたびれてたんだからな、バカコラ













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473名無しさん:2023/06/04(日) 21:29:47 ID:esi.ifqo0
            יא







  ラトヴイームの守り手だったようです おわり




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474 ◆y7/jBFQ5SY:2023/06/04(日) 21:30:39 ID:esi.ifqo0
ラトヴイームの守り手だったようですはこれにて完結となります
ここまでお読みいただきありがとうございました

475名無しさん:2023/06/04(日) 21:39:59 ID:X/eWGKL60
おつでした〜〜〜〜!!!
もう一度読み返します!!!

476名無しさん:2023/06/05(月) 17:21:38 ID:lolRxdYY0
乙乙乙

477名無しさん:2023/06/05(月) 20:02:20 ID:lyVEcv1s0

今までとちょっと違う雰囲気
まだ感想を書くほど飲み込めてないけど、さすがの読み応え面白かった
じっくり読み直すよ

478名無しさん:2023/06/05(月) 20:05:21 ID:gdA6SAIM0
乙!

479名無しさん:2023/06/11(日) 07:08:27 ID:7BYA6zd20
>>1
全然読み込み足りてなくて理解度いいとこ50%なんですが、気付いたら支援曲作ってました
お納めください

約束の果て先
https://piapro.jp/t/wZw9

480名無しさん:2023/06/11(日) 19:44:32 ID:7BYA6zd20
>>1
>>93-95のボイスピ朗読も作ったので併せてどぞん
https://www.nicovideo.jp/watch/sm42341500

481 ◆y7/jBFQ5SY:2023/06/12(月) 22:07:34 ID:ZvLFhCL60
>>479-480
素敵な曲に朗読!
聴いていて作中の彼や彼女に思いを馳せて、うるっとしてしまいました。本当にありがとう

482名無しさん:2023/06/19(月) 15:58:46 ID:4rZgjzWc0
なんでAAがないんだ?とか、あまりにも台詞と上辺だけ付けられたみたいなAAの名前の上滑り感がキツくて100レス読んで一旦最後まで飛んできたとこ
なんか仕掛けがありそうだな
読み通してみるわ

483名無しさん:2023/07/15(土) 06:39:29 ID:BCb4oUpY0
乙乙
とんでもなく残酷ととんでもなく綺麗が入り混じっていて胸が苦しくなりました。


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