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(,,-Д-)サイバーパンク:プレイング・マンティスのようです

1名無しさん:2022/10/10(月) 15:57:46 ID:Pzbvd75A0


原作 :

 Cyberpunk 2077
 Cyberpunk RED
 サイバーパンク:エッジランナーズ


注  :

 閲覧注意(残酷描写、性的描写)
 公式作品とは無関係の二次創作です。一部独自設定を含みます
 また、サイバーパンク:エッジランナーズのストーリーに言及しています
 終盤のネタバレはありませんが、閲覧の際にはご注意ください

.

2名無しさん:2022/10/10(月) 15:59:34 ID:Pzbvd75A0


≪ #1 : Veriura / 血の轍は ≫


――もう、勘弁してくれよ。


日付ももう変わるころになって、その日初めて発した言葉がそれだった。


ウエストブルック南西、ジャパンタウン。
桜花マーケット、モール地上階。
行き止まりの路地裏、ドラム缶を通りへの盾にして腰を下ろす。


(,,-Д-)「……勘弁してくれ」

3名無しさん:2022/10/10(月) 16:02:39 ID:Pzbvd75A0
年代物のキロシ・アイオプティクスに不意にブロックノイズが走る、それを
数えるのはもう何度目かも忘れてしまっていて冷えた前腕で左目を擦り
まぶたに触れるその己の腕が奇妙なほどに冷え切っていて、俺はもしか
したらもうとっくに死んでしまったのか、そう疑問に思うが何のことはない。


クロームに換装したこの両腕にはもうとっくに数年以上酸塩基平衡を失い
造血機能も減退しそれでも残り香のように生来の骨格を循環する温かな
血は通ってなどいない。古いフィールドジャケットの襟に口を埋め息を吐く。


ぎん、――っ。


今夜の月のように豊かに尖ったカーヴを描き、薄灰の尾を引くスマート
ガンの弾頭が角の向こうから飛来し屈み込むドラム缶の縁を削って気怠い
火花を飛ばし、奥まった先のヌードルショップに掲げられたネオンサインを
粉砕する。低い屋根の屋台に並ぶ、提灯とかいう紙製のランプが落ちる。

4名無しさん:2022/10/10(月) 16:04:51 ID:Pzbvd75A0
幾つかの悲鳴が続くがその原因がアスファルトにこぼれたクソ不味い麺
なのかそれとも不幸にも流れ弾を食った哀れな誰かの脳味噌なのかは
知る由もない、そもそも知ろうとも思わない。


――本当に、勘弁してくれよ。
   きょうは忘れられない夜になる予定なんだ。後生だから。


また、鮮やかなシアンのノイズ。
それと、ダンデリオンのまだら。
ノイズは止まない。
その、モアレの渦から呼ぶ声。


――こんな時間の海、初めて見たよ。
   ずっとこの街、住んでるのに……なんでだろう。
   自分でも、分からない。

5名無しさん:2022/10/10(月) 16:07:04 ID:Pzbvd75A0
朝ぼらけの中に気が違ったように豊かに鮮やかな海、波を踏んで笑う。
太陽に光る髪を揺らして、肉眼で見たことがない本物のヒマワリのように
金色に誇らしく、明るく咲いた花のように、屈託無く笑う。


――また、来ようね。
   海、嫌いだったけど……あなたと見る海は、好きだよ。
   だから――


(#  ゚)「――死ねやッ!!」


一際大きな波が膝下を洗い押し寄せる、俯いた顔を上げるそのすぐ先に
赤茶のドラム缶が砂浜に立ち彼女のドレスを翻らせ微笑んでいる、海鳥
の声はない、アスファルトの壁の向こうから海は滲み出し下半身を濡らす、
それを突き破るように錆びて角張った鋼鉄の刃がきっかり90度の角度で
振り下ろされる。

6名無しさん:2022/10/10(月) 16:09:59 ID:Pzbvd75A0
(,,-Д-)「ああ……約束だ」


意志の介在なく反射的に、すげ替えられた骨格は腐りかけの脳味噌から
知らずの内に発したアラートに従って鋼鉄の腕を脚を稼働させる。サーボ
モーターは強化された聴覚にだけ届く可聴域外の作動音を響かせ唸って
それに従う。


(,,-Д-)「毎日でも、毎朝でもいい」


刃をファイバーのジャケットに掠らせかわし、振り下ろされた腕を抱き込む。
掴まれた彼女は身体をひどく震わせ、それでも抗わずに息を荒げて、だが
どうにか苦心して俺の腕に収まる。


(,,-Д-)「また、来ような。連れてきてやる。
     俺は、いつでもいいから」

7名無しさん:2022/10/10(月) 16:12:52 ID:Pzbvd75A0
ごつごつとした荒い感触。
マチェットを手指が白化するほどに握り締めた震える腕。


それを握った彼女は。
まだ震えながらも、言う。


(;  ゚)「な、んだよ…お前、何言って――」


――うん……うん。
   嬉しいよ。


(,,-Д-)「なら、良かった。
     俺も、同じだよ。お前がそう言ってくれるなら」


はにかんで、囁き返して。

8名無しさん:2022/10/10(月) 16:16:55 ID:Pzbvd75A0
(;  ゚)「お前っ、こいつ、まさか……っ――」


――でも、なんで?
   こんなボクに、なんでこんなに良くしてくれるの?


(,,-Д-)「大事なんだ。
     お前が、俺自身よりも、ずっと」


振り上げる。
右前腕は、ばくり、と肘から手首に走る線に沿って切開されるように割れる。


ジャケットの緩んだ袖口を裂いて橈骨と尺骨の位置、体内に格納されていた
刃が露出する。ヒグラシの名前通りにそれは節足動物のように節が鋭利に
折れ曲がり血に塗れた金属のブレードを月光の下さえざえと露出させる。


(;  ゚)「や、止めっ――!」

9名無しさん:2022/10/10(月) 16:19:40 ID:Pzbvd75A0
――……嬉しい、な。
   嬉しい……


腕を切除し丸ごと機械に換装する機械化四肢"サイバー・リム"。
腕から骨格に似た支柱で支持され、腕の肘側に大きく張り出した射程距離
約1メートルに及ぶ隠し刃。
蟷螂の鎌を思わせる剣は、だからマンティスブレードという通称で呼ばれる。


マンティスブレード、ヒグラシ20-22xB"Bootlegger"。
名前の通り使い手に相応しい紛い物。本物を使う奴を一人だけ知っている。


(,,-Д-)「だから――」


抱き留める腕とは逆の腕、マンティスブレードの刃。
それを躊躇わず、彼女の首に後ろから振り下ろす。

10名無しさん:2022/10/10(月) 16:23:26 ID:Pzbvd75A0
(;   )「が、ッッ――!!」


――ボクも、同じ。
   あなたの、こと――


刃は彼女の細く柔らかな髪を肌を埋設されたコネクタを破り切り裂き陵辱し
その更に下の筋肉と血管とそれに保護された生身の第四頸椎をあまりにも
容易く切断し喉頭部の皮膚を残して俺の腕から垂れ下がり、一瞬をおいて
生身の肉が残るその断面からびゅう、びゅう、と、鮮やかなシアンのネオン
サインに照らされた血液を迸らせる。千切れた肉は垂れ下がるレース紐だ。


体温の熱が、愛おしい。
俺の腕は、脚は、こんなにも冷たいのに。
泣けてしまうほどに冷たいのに。

11名無しさん:2022/10/10(月) 16:26:32 ID:Pzbvd75A0
胸の前に皮一枚残して逆さまに垂れ下がった彼女の顔は笑っている。
笑って、涙を拭いて、また路地の向こうから押し寄せる海水に脚を浸す。
吹き出し続ける切断面からの血液を太陽にかかるほどの高さに届かせ
さかしまの笑顔を、シアンとダンデリオンの風景を赤く、赤く染め上げる。


赤と青とそして太陽の黄。地の果ての楽園のような原色の吹雪、竜巻。
視野が荒れ揺れそしてたゆたう。見下ろすと膝まで海に浸かっている。


――待ってるよ。
   ボク、待ってる。


笑顔。


ばつん、とモニタの電源が切断されるように瞬断。
二度、三度、涙を殆ど分泌しない目で瞬きをする。

12名無しさん:2022/10/10(月) 16:28:44 ID:Pzbvd75A0
(,,゚Д゚)「……」


なんだ、こいつは。


見知らぬ男が切断された己の首を抱えてうずくまっていた。
こいつが誰なのかは分からないが荒い目のベストが地に崩れ落ちるその
背中に蛍光色のペンキで「天下無双」と頭の悪いペイントがなされていた。
天下無双の首なし死体、か。趣はあるかもしれないが真意は測りかねる。


(,,-Д-)「……」


どうでもいい。
俺は、行かないといけないんだ。
彼女が、待っているから。

13名無しさん:2022/10/10(月) 16:35:32 ID:Pzbvd75A0


――[!] スマート兵器被ロック警告 [!]

   サイバーウェア状況。
    -> 正常 / 全稼働。
   心拍数低下。
   体温低下。
   血液PH値 しきい値外。
    -> 総合健康レベル、警告III。
     -> トラウマチーム 契約ステータス:失効。
                 失効理由:解雇。
   エンパシィ警告: -
    -> プローブ破損または抜去の疑い。


――コール:"C"


――……

   ……

14名無しさん:2022/10/10(月) 16:39:26 ID:Pzbvd75A0
――ボク、いま、どこにいるの?
   ……潮のにおい……


――来て……早く……


現状把握が遅れ棒立ちで流れ弾を浴びたジョイトイ――立ちんぼ、淫売
――の肉片が音もなく飛び、足下で座りこんでいるゴミのような死体に薄
汚い染みを残しその更に先から俺が知らない何人もの人間が怒号を上
げ、下品で派手なペイントのスマートガン、チャオA22-Bを振り上げる。


(,,-Д-)「……ああ」


(,,-Д-)「行くよ。待ってろ」

15名無しさん:2022/10/10(月) 16:43:25 ID:Pzbvd75A0
トラ縞の安いフェイクファーの履物、上半身は裸かまたはその上にベスト。
一様に手首に光る「虎鉤衆」のエンブレムはタトゥーではなくスマートガン
の無線誘導を可能とする弾道演算用テクノロジーのスマートリンクを内蔵
した皮膚インプリントで、タイガークロウズのアイコンであり専売特許だ。
何度か苦しめられることもあったが誘導を阻害するためのジャマーは暫く
前に外したままだった。


歪んだ軌道で飛来する弾頭。
壁が弾ける。


一瞬遮蔽物から片目だけを覗かせその集団にタギングする。作動させた
ままで再び引き先頭の一人に狙いを定め無線通信によるサイバーウェア
掌握――クイックハックを試みる。


薄暗い路地裏の角の床を見遣る視線に侵入対抗電子機器のプロテクトが
二次元のグリッドに変換されて顕現する、奴らのシナプスのようにツルツル
で単純極まりないその防壁を瞬時に突破、同時にオプティクス再起動――
視覚を遮蔽し、ターゲティングを阻害するジャミング――。一拍呼吸を置き
ドラム缶の陰から立ち上がる。

16名無しさん:2022/10/10(月) 16:46:28 ID:Pzbvd75A0
(;   )「ぎゃあっ?!」


黒い人影の一人が顔面を押さえて倒れ伏すのを見しなに、さらにその隣の
一人を。先程のブリーチが伝播し周辺数人の防壁は既に無効化している。


(;   )「あ、がッ!」


最初の数分の一ほどの時間で、顔を押さえてもがく人影は二人に増えた。
見届けるまでもなく両腕のマンティスブレードを展開し、被弾面積を減らす
ため低く、膝がゲロまみれのアスファルトを擦るほどに屈み込み、両足の
強化腱を開放する。


加速する。


走りそしてもっと屈む。滑る。尻を地に着け飛来する弾頭を見上げ見送る。
狭苦しく低く汚れた日本式様式とやらの裏路地が歪み猥雑なピンクの光跡
を視野の端に伸ばし、それがどこまでも引き延ばされ歪んでいく。月。冴え
冴えとして青くどこまでも光る。

17名無しさん:2022/10/10(月) 16:49:50 ID:Pzbvd75A0
迫る弾丸そしてカタナの刃、鈍器、それらが普通には回避困難な軌道だと
見届け、その後に頸椎を支配する神経系サイバーウェアを更に起動した。


時間は遅延し、引き延ばされる。


(#   )「クソッ―タ――レ――が――あ――――ぁ――――――――


――スピードウェア、ケレズニコフ。


リューラル・リンクを通じて中枢神経に接続し、反応速度を大幅に加速する。
同種のインプラントである「サンデヴィスタン」と並べて語られることは多いが、
方向性は本来異なるものだ。近接戦闘における刃物――マンティスブレード
の不利を埋めてくれるのは同じだが、それ以上に俺にとっては基幹システム
の置換が不要でクイックハックと併用できることが重要だ。先ほどのように。

18名無しさん:2022/10/10(月) 16:53:25 ID:Pzbvd75A0
中枢神経のブーストが視神経にまで影響し薄く青く濁った視界の中で緩やか
に上体を振り迫るそれらの致命的な脅威をことごとく回避する。スマートガン
は近中距離での捕捉性を最優先する故に発射直後の照準が大きくぶれる。
使用者は銃の性能に頼り、サイティングは甘く射撃のタイミングも悪化する。
この武器は元々こいつらのようなド素人が盲撃ちするには高級過ぎるのだ。


(#   )「や――っ――ち――ま――え――え……っ――――」


(   #)「に――が――す――な――よ――――
      や――つ――は――あ――あ――あ――あ――――」


悲惨なほどにトロく貧弱な、下っ端のギャングども。
低く間延びしてくぐもった悪態を聞き取るのも一苦労だ。

19名無しさん:2022/10/10(月) 16:55:04 ID:Pzbvd75A0
突出していたモヒカンの一人に狙いを定め。


肘で地を突き背筋と腹筋を緊張させ全身を伸び上がらせ左前腕のブレード
を伸び上がりざまにすくい上げ、振り上げる。最後のメンテナンスはいつか
思い出せず誰の何人分のものだかさえも忘れるほど血脂をこびり付かせた
刃はそれでも俺の意志に忠実にその胸郭から頭頂までを一直線に切り開き
培養肉の切り口のようにコミカルで尾籠な断面を晒し肺腑と血液を壁と宙に
まき散らして仰け反る。二つに割れた頭が地に着く前に絶命しているだろう。


(  || )「ひ――――――ゅ――う――う―ううううぅぅ、」


裂けた気管から聞こえる笛のような音が加速しそのまま、どう、と倒れる。
オプティクスにかかるぼやけたフィルターが引き時間は現実とリンクした。
だがもう十分だ。


(,,-Д-)「今、行くよ。
    これが終わったら、だから」

20名無しさん:2022/10/10(月) 17:02:29 ID:Pzbvd75A0
返す刀で、その左隣。


(,,-Д-)「もう少しなんだ、だから――」


路上で飲みかけの二コーラ――流行りのフレーバーの炭酸飲料――を
ぶん盗られたガキのようなアホ面をさらしていた長髪のもう一人の頭部を
薙ぐ。吹き飛ばした前頭部が脂ぎった頭髪を伴い薄汚い大脳を散らして
壁に貼り付く、吐瀉物で床に接着された低俗裏BDの胡散臭いフライヤー
のように。


(,,-Д-)「待っててくれよ。俺は」


びしゃり、と、水音。
生温かい海水を上半身に浴びる。

21名無しさん:2022/10/10(月) 17:05:59 ID:Pzbvd75A0
波打ち際に立つ彼女の脳天に展開したブレードを突き刺す。
次いで狼狽しながらも銃を構える彼女の心臓に突き立てる。
その後ろで呆ける彼女の顔面を両腕でなぎ払い輪切りにする。


笑っている。
彼女はけたたましくいくつもの口で。


海辺に立つ彼女は彼女たちは引き裂かれ切り裂かれ打ちのめされそれ
でも狂ったように明るくいつまでも笑っている。切断された頭部を抱えて。
笑っている。愛おしく人懐っこく甘えて媚びて、それでもどこか超然として。
何度も何人も何人も全身の様々な箇所を損失し夥しい血流は綺麗だった
あの海を数え切れないほど沢山の同じ顔が瞬く間に暗い赤に染めている。


彼女は、取り返すことのできない傷をその脳と肉体に負っている。


――こわい、よ……

22名無しさん:2022/10/10(月) 17:10:39 ID:Pzbvd75A0
(,,-Д-)「いいんだ、それでも。
     いいんだよ。求めてない、それでいい、お前は、それで」


全身を転回させ側面に立っている彼女の下腹部を加速度を乗せ裂く。
遠心力に身を委ねて跳び、少し離れた残り一人の脳天に振り下ろす。
頭蓋骨は紙のようにくしゃりと割れひしゃげてコミカルな表情を形成する
額の皮膚をねじ切り鼻の付け根に寄った皺から脳漿と血漿を吹き出す。


聞こえる。


波が海が彼女の笑い声が誘うようにこの地獄の底の街から救い出して
くれる天使のように後光を背負ってダンデリオンの暖かい雲を割き遙か
空の彼方、そのもっと上から救いの手を厳かに恭しく差し出す含み笑い。


切断された心臓が最後に末端に新鮮な体液を抽送するポンプのその音
にならない音のように、静かに静謐として、全てをくそったれな街の夜空
に向けて掲げ捧げる修道女の振る舞いで。


猥雑な電飾光を照り返し頭を垂れる、この血濡れたブレードと同じ姿勢。
神も信仰もないのに腕だけは祈る拝み虫――プレイング・マンティスの。

23名無しさん:2022/10/10(月) 17:15:05 ID:Pzbvd75A0
(,,-Д-)「今……行くよ」


今から。
逢いに行くから。
だから。


(,,-Д-)「なあ……急いでるんだ。
     そのバイク、借りていくぞ。嫌なら、言ってくれ」


見回すが歩いている人間はどこにも見あたらない。悪趣味極まるペイントと
デコレーションが施されたバイク"ナザレ"には品格の欠片も残っていない。
どうせその辺に倒れているチンピラの所有物か盗品だろう。言っておけば
誰も聞いていないということもあるまい。仮に万一違ったとしても、知った
ことではないが。

24名無しさん:2022/10/10(月) 17:19:46 ID:Pzbvd75A0
空力抵抗という概念にまで喧嘩を売りたいのかは分からないが、そうとでも
考えなければ存在意義が微塵も想像できないハイバックのシートにまたがり
刺さったままのキーを回す。始動音と同時に入れっぱなしだったラジオの音
が近所迷惑な大音量で流れ出しホイールに仕込まれたLEDが前輪ホイール
をライトグリーン、後輪をライトパープルに光らせ音楽のビートに合わせて
忙しなく明滅させる。


周波数は98.7。
ボディヒート・ラジオ。


甘ったるく低音がやたら響くEDM、だが不思議と心地良い女の舌足らずな声。
その一節が耳に届き数秒ほどもおいてようやく言葉の意味を理解できる。



――あなたの部屋に、いたかったよ……

.

25名無しさん:2022/10/10(月) 17:24:52 ID:Pzbvd75A0
曲名を知りもしないその歌を流したままエンジンを吹かし、ステアリングを
右に切りスタンドを跳ね上げる。
大通りに面したモーテルの角からNCPDの回転灯が断続的に瞬き近寄る。


(,,-Д-)「……ああ」


(,,-Д-)「俺もずっと、お前の傍にいたいよ――」


行かないと。
行き先なら決まっている。
彼女と約束したからだ。


スロットルを一気に開いた。


電飾にまみれゴミ色になった空のその遥か上、彼方に浮かぶ上弦の月
にも海はあるのだろうかと思う。そこでも彼女は笑っているのだろうか。
今、海辺で俺を待ってくれている憐れな彼女は。歌に身を任せ空を仰ぐ。

26名無しさん:2022/10/10(月) 17:30:11 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

――ほんの小さな、いさかいだったのに
   あなたはひとつ手を振って、そのまま行ってしまった

   きっとわたし、毎晩悩み続けるんだ
   どうしたら良かったんだろうって……寂しいよ

――――――――――――――――――――――――――――――

バイクをスタートさせた途端、怒号と共にパープルのオープンカーが後方、
奴らが溜まり場にしているジグジグ・ストリートの方角からこちらにカーヴ
する。舌打ち。ワトソンへの連絡橋に入り迂回してエブニケ埠頭方面を大
回りする予定だったがこれではそれも意味がない、諦めて北へ道なりに
直線のルートへ。


ライフル弾がぴゅうぴゅうと音を立てて耳の脇を流れていく。
スマートガンを持ち出されなかったのは幸いだが反撃の手段がない。


車体を振りとろとろと走る大衆車を押しのけ対向車線にさえ膨らんで照準
を絞らせまいとする。それでも何挺もの自動小銃から完全に逃れることは
できない。とうとう左の肩甲骨辺りに、熱い杭を押し込まれるような衝撃。

27名無しさん:2022/10/10(月) 17:33:38 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

――そう、もう限界
   お別れが嫌なら、本音を教えてよ
   自分をさらけ出して、ほんとの気持ちを教えてよ

   あなたはいつも、素っ気ないそぶりばかり
   ね、夢物語だっていいじゃない、言ってごらんよ
 
   行ってしまう前に、あなたの本音も聞かせてよ
   身体もこころも、裸になったあなたを見たいよ
   それぐらい、いいでしょう?

――――――――――――――――――――――――――――――


(;,-Д-)「……ッ」


皮下に埋め込んだサブダーマルアーマーが貫通を阻んでくれ骨格も強化
済みだから重傷には至らない、だが小銃のストッピングパワーを殺すのに
未拡張の骨格は流石に不十分で左手をステアリングから離してしまい車体
は大きくぶれ、よれる。


痛覚操作は間に合っていない。
踵をアスファルトに叩き付けて引き起こしどうにかコントロールを取り戻す。
その代償は幾ばくの時間と距離、寄る三台のオープンカーに三人の射手。

28名無しさん:2022/10/10(月) 17:37:04 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

――そう、聞かせてよ
   どうしたいの? 何を言いたいの?

   大きな花火が上がる、パーティの夜に
   もしも戻ったら、ふたりで一緒に行きたい?
   手に手を取って、ね、あなたはどう?

   そうだよね、でも、わたしはイヤ
   決めるのは、わたしだからね

――――――――――――――――――――――――――――――


(#  ゚)「よくも連れをッ!」


(#  ゚)「テメエ、死んだぜッ、この野郎――ッ!」


徒党を組み群れて走り来る虎には肉食獣のプライドなどは元より微塵も
なくアイウェアの向こうでオーバードーズ気味に目を見開き泡を吹きながら
銃床を頬に付け側面を晒したナザレに致命打を叩きこもうと激昂し吠える。


銃はなくクイックハックも間に合いそうにない。
止まれない。行かなければならない……走り続ける。だが――

29名無しさん:2022/10/10(月) 17:47:22 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

――あなたの部屋にいたかったよ
   そうしてれば、ぜんぶうまくいったのに

   わたしがどんなにあなたを愛してたか
   そんなことも分からなかったの?

   ほんとうに、鈍感だよね
   あなたのことなんて知らない、知りたくもないよ

――――――――――――――――――――――――――――――


まただ、時間は止まってしまい乱舞するノイズの向こうからは津波がどっと
押し寄せ車もジャンキーのギャングも街路樹も自律型欲求充足機も、声も
影も俺自身の四肢さえ押し流してしまう青い奔流が全てを包んでカーテンの
向こうへと連れ去ってしまうような一瞬にして永遠のトリップの只中へと導く。

青白くぶれる視野が、自分が無意識のうちにケレズニコフを起動していた
ことに気付かせ揺れるブロンドが10/100のスピードで撃たれた肩を撫でて
スライドの遠心力を利用して鋭利なナザレの車体を可能な限り傾け左膝
は裂けクロームが火花と共に削れ強化腱の警告を強制遮断しフレームと
後輪でもって数発の銃弾を弾きそのままステアリングを放り出す、向かい
来る車へ横滑りに。彼女は波打ち際で転んでしまい困ったような照れ笑い。


その手首に揺れる安物のビーズのブレスレットを振り。
パステルカラーの樹脂のボールが朝焼けを反射する。

30名無しさん:2022/10/10(月) 17:51:23 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

――もう、ぼろぼろじゃない、辛いでしょ
   気付いてたよ、ずっと一緒に過ごしてきたんだもの

   「わたしのために」って、やさしい嘘
   ほんとは、わたしだけじゃないのに
   
   あなたの声が聞きたくて、聞きたくて、聞きたくて
   頭がおかしくなりそうだよ

――――――――――――――――――――――――――――――


借りたバイクは一番近くまで来ていた右側の一台に直撃しそのフロントを
大きくへこませ仁王立ちしていたガンナーは前方つまり俺の後方へ浮き
車は焦ったドライバーがでたらめにハンドルを切りあらぬ方へ舵を取った。


自分が何かを叫んでいるが何を言っているのかは判然とせず飛散する
ナザレの破片を顔と腕に食い込ませ細い血液のしぶきが幾つもの球体
になり浮かび上がる、それを映す水面の紫の月を見下ろしながら傷んだ
左の強化腱を強制起動する。


濡れた手を太陽にかかげ、彼女は目を細めて笑う、その笑顔の両目の
下側が緩く複雑な曲線を描いて上手く笑えない俺にはそれが羨ましい。

31名無しさん:2022/10/10(月) 17:52:59 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

――そう、聞きたかったよ
   どうしたかったの? あの時、何が見えてたのかな?

   大きな花火が上がる、パーティの夜に
   もし戻ったら、それでも、みんなで一緒に行きたい?
   もういちど、私の手を取ってくれる?

   やっぱりね、でも、わたしはイヤ
   決めるのは、わたしだからね

――――――――――――――――――――――――――――――


転倒のベクトルを無理やり上に向け飛び人工組織の筋肉が弾けるのを
一瞥すらせずに右腕は顔面を庇って背後で左腕を月へ掲げマンティス
ブレードを最大長で延展する。右前腕に三発食い込むが己の腕を噛み
歯を食いしばって固定し防弾盾にしたまま全身を砲弾に変え立ち上が
り銃を構えるスキンヘッド、真正面の車上のそいつに直撃弾を見舞う。


主観時間を引き延ばしても物理法則を変えることなどできるはずもなく
そのインパクトに肺の中の空気を全て吐き出すが最低限体勢を作って
備えていたおかげではるか後方に吹き飛んで行ったそいつの代わりに
ビニールコートの後部座席に墜落するのに成功する。何事かと振り返
ろうとした運転手が俺を認めるよりも早く左の刃を払い運転席シートの
ヘッドレストごと頭を斬り飛ばす。

32名無しさん:2022/10/10(月) 17:55:16 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

――あなたの部屋にいたかったよ
   そうしてれば、ぜんぶうまくいったのに

   わたしがどんなにあなたを愛してたか
   ほんとはきっと、ぜったい気付いてたよね

   ぜんぶ忘れて、もう終わりにしたい
   だから、もう知らない

   ああ……なのにどうして、こんなに辛いの……?

――――――――――――――――――――――――――――――


噛んだ右腕の皮膚と皮下脂肪は千切れていて口の中のごろごろとした
違和感とホワイトブラッドの催吐性に誘われて一度だけえずき吐き出す、
俺のものだが俺のものでない皮膚片が破れたシートのカバーの傷を隠す
ように貼り付いて即席のパッチワークに、街路灯にオレンジに白く瞬く。


隣の座席には彼女がちょこんと座っている。
待ちわびるような媚を含んだそれでも幼く愛らしいそばかすの残る頬に
赤黒い血液が飛ぶが瞬きひとつせず小首をかしげて少しだけ微笑む。
酔いしれる月に美しくどこまでも。

33名無しさん:2022/10/10(月) 17:58:48 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

――そう、イヤだよ
   もっと、全部、ぶつけ合いたかったよ
   裸のままで、何もかもさらけ出して


   でも、どんなに変わっても、あなたはあなたで
   心を失ったりなんか、絶対にしなかったから


   それぞれの虹を追いかけて、背中合わせに駆けぬけた
   この結末は、譲り合いの結果なんかじゃない

――――――――――――――――――――――――――――――


手持無沙汰に両足をぶらぶらと揺らす彼女に微笑みかけ身を乗り出して
ハンドルを、掴む。首のないギャングが握ったままのハンドルを並走する
もう一台に向かって思い切り一回転、耳障りな金属の破断音とスパーク、
振動、右半身の痛み。二人で過ごした翌朝の裸のままシーツにくるまって
寝息を立てる彼女のブロンドを撫でたあの朝の耐え難く続く胸の痛み。

縮こまらせた上体を預けるフロントシートの谷間と首のない死体に小銃弾
が浴びせられ何発かは突き抜け身体を掠めるが止める訳にはいかない、
一度緩め少し離れた所でもう一度、更に一度。頭上の後方で野太い悲鳴。
もう一度、更に一度。

34名無しさん:2022/10/10(月) 18:00:55 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

――そう、みんなが待ってるよ
   あなたが目指したもの、成しとげたことを分け合うために
   パーティが始まるよ、ほら、手を取って、行っておいでよ

   でもね、ごめん、わたしは行けない
   そう決めたのは、あなたなんだから

   あなたの部屋にいたかったよ
   そうしてれば、いまもいっしょにいられたのに

   わたしは心、あなたは身体を
   バラバラに引き裂かれて、それでも忘れられなくて……

――――――――――――――――――――――――――――――


ステアリングの抵抗が、ふ、と消え去る。
腕の中で彼女は、ふ、とノイズに融ける。
遠くで運転手を失ったオープンカーが沿岸のフェンスを突き破り落ちていく。


ぎりぎりと歯ぎしりに似た音を歪んだシャシーが立て大分失速した車は
遠慮がちに路肩の看板に当たり、止まる。右目に血が流れ込み青に赤が
混ざったフィルタになってキロシのHUDを曇らせる、サイバーウェアの連続
使用で脊椎がヤシの木になってしまったような強張りがどろどろとした疲労
を伴って体内を巡り出口を失って疲弊した大脳に堆積していくのを感じる。

35名無しさん:2022/10/10(月) 18:04:48 ID:Pzbvd75A0
――――――――――――――――――――――――――――――

……あなたの笑顔が、まぶしいよ。

――――――――――――――――――――――――――――――


ブレードを収めた左腕で胴を抱え、敗れた後部座席のシートにもたれた。
月を見、隣の彼女を見て、全身を引きずり歪んだドアを押し開く。辛うじて
原型を保っていた哀れな板切れはボディからもげ落ち、がらり、と転がる。


止まりかけた車のエンジン、まだ生きているオーディオ。
続いているのは同じ歌、周波数98.7、ボディヒート・ラジオ。
明滅するオーディオパネルに、脈打つイコライザと曲名が明滅する。


――"I Really Want to Stay at Your House"。


……じじ、と。
ショートを残して、それきり沈黙した。

36名無しさん:2022/10/10(月) 18:06:06 ID:Pzbvd75A0
右腕のマンティスブレードは動作していないようだ。何度か展開操作をして
みたが外殻のジョイントが曲がってしまったようで前腕のカバーは数センチ
ほど動くだけでそれ以上の反応はない。HUDは電気系統には問題がない
ことを伝えているがそれ以上の言及はなく物理的な問題なのだと判断する。


左脚はもっと酷い。強化腱はサイバーウェア破損のアラートが鳴りやまず
露出した関節部とその中のケーブル、ハーネスが摩擦熱で焼き切れ溶融
しており素人目に見ても問題ないとはとても言い難い。反応も悪く歩くのが
精一杯、このままでは二度と起動などできまい。


(,,-Д-)「……はあ、っ」


悪寒が酷く指の震えは悪化している。顔面に傷以外の箇所で急に、ぬるり、
と感触を覚え拭うと、耳と鼻から血が流れている。破れ焦げたジャケットの
袖で拭う。血液は今の俺に重要なものではない。勝手に止まる、問題ない。


どうということはない。
どうせこんなもの、もう全部、必要なくなる。

37名無しさん:2022/10/10(月) 18:10:09 ID:Pzbvd75A0
沿岸道路に長く尾を引く血の轍を踏み越えて。
並び歩く小さな肩に横目を遣り、困り顔で少し微笑みかけた。


――どこかで服を新調しなければ。
   こんな格好では、彼女を困らせてしまうだろうから。













                    Next -> ≪ #2 : The Fire Still Burns ≫

38名無しさん:2022/10/10(月) 18:27:36 ID:JkbsLjyI0
乙!続きを期待してます!

39名無しさん:2022/10/10(月) 19:35:19 ID:.UdhHqg60
乙です

40名無しさん:2022/10/23(日) 02:43:23 ID:5gN9.ANU0
おつおつ


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