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( "ゞ) インスタント幽霊のようです
1
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:18:53 ID:DWl43.vs0
百物語参加作品
.
2
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:30:40 ID:DWl43.vs0
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(i,)
|_|
.
3
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:31:18 ID:DWl43.vs0
(土)
ターミナル駅の改札を抜け、そのまま真っすぐ15歩進むと青い光が僕を包む。
青を基調としたステンドグラスの向こうから夕日が差し込んでいた。
待ち合わせと言ったらステンドグラス前、というのがこの街に住む人間の常識である。昔はこの場所に武将の像が置いてあったが、今は撤去されて高台の観光地へと移設されてしまった。
そのステンドグラスの前に置かれた腰の高さの柵は寄りかかるのに丁度いい高さで、皆思い思いに寄りかかり待ち人を今か今かと待っている。イヤホンを耳に着け、スマホを眺めている面々の姿を眺め見て、知り合いがいないことを確認してから僕は時計を見た。
待ち合わせの時刻までは、まだ15分ほどある。
大学生のような若いお兄ちゃん、女子高生二人、ロリータ服に身を包んだ女性が一人。
知人が一人もいないことをもう一度確認してから僕はその場を離れる。
立って待つには恥ずかしい場所だ。道行く人が皆顔を覗き込んでくる場所なのだ、ここは。
改札とステンドグラスの間の広場では沖縄物産展が開かれていた。
先ほど素通りしたサーターアンダギーの屋台の前まで僕は戻り、品定めをしながらステンドグラスの方向を時折ちらりと見やる。
シーサー、小さいシーサー、ガラスのシーサー、ステンドグラス。女子高生が三人になった。
おっ、ソーキそば用の濃縮スープがある。15人前がこの値段か。ステンドグラス。若いお兄ちゃんと目が合う。
いやいや僕はただ沖縄物産展に興味があるだけです。シークワーサージュース、タンカンジュース、ルートビア、ステンドグラス。若いお兄ちゃんはどこかに行ったようだ。
「おい、関ヶ原」
( "ゞ)「え、え?」
後ろから突然、名前を呼ばれる。
振り向くと先ほどの若いお兄ちゃんが僕の後ろに立っていた。イヤホンはいつの間にか外している。よく見ると顔はそれほど若くはなかった。
よくよく見ると、見知った顔だった。
( "ゞ)「鈴木?」
中学校の同級生である鈴木が、まるで韓流アイドルのような装いで立っていた。
彡 l v lミ「お前さ、ステンドグラス前に俺がいたのに無視してシーサー見に行くんだもんよ」
( "ゞ)「いや、だって、ええ? そんな恰好してるから若いお兄ちゃんかと思って。全然気づかなかった」
彡 l v lミ「お前は全然変わらないからすぐ分かったよ」
( "ゞ)「都会は皆そんな感じなの?」
ははは、と鈴木は笑った。
気づけば時計は待ち合わせの時刻になっていて、ステンドグラスの前にはいつの間にやら見知った顔が並んでいた。
彡 l v lミ「おっさん勢ぞろいだ」
と、鈴木が呟いた。
.
4
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:32:16 ID:DWl43.vs0
N| "゚'` {"゚`lリ「さて、どうやら僕の番のようだね」
そう言って友人──阿部という男だ──はライターを擦る。
夏である。夜である。そして久しぶりに同級生が集まった。そうしたらもうやることは一つしかない。百物語である。
N| "゚'` {"゚`lリ「これは僕がちょっとした仕事で、他人の家にお邪魔したときの話だ」
そう言って彼は話し始める。煙草に火をともし、それから彼は呟いた。
N| "゚'` {"゚`lリ「蝋燭代わりに点けたけどさ、これ失敗だったな」
そう言って彼は唇の端を持ち上げてうっすらと笑った。彼は昔からよくこんな笑い方をした。
N| "゚'` {"゚`lリ「吸い終わるまで待っていてくれるかい」
彼はそう言って、皆の返事を待つことなく燻らせ始めた。
百物語とは言っても、勿論百も怪談を語るわけではない。酒の勢いで、そして近況をただ報告するのは気恥ずかしかった。皆その思いが一致して、怪談風に語ろうかという流れになったのである。
阿部が黙って吸い始めると、三人程がそれに倣って各々の口に煙草をくわえ火をつける。そんな光景を眺めながら非喫煙者の僕は大皿に残った刺身を攫って頬張る。
彡 l v lミ「煙草を吸える店も減ったよな」
と隣に座る鈴木が呟いた。
( "ゞ)「そうみたいだね、僕にはあまり分からないけど」
そう答えてから僕は気づく。鈴木は吸う側の人間だったはずだ。
( "ゞ)「あれ、吸わないの?」
彡 l v lミ「やめたんだ」
と鈴木は自嘲した。
彡 l v lミ「貧乏だからな」
( "ゞ)「やめて平気なの?」
彡 l v lミ「カッコつけてただけだからな。それよりさ」
そう言って鈴木はこちらに身体を向けて顔を近づけてくる。
彡 l v lミ「高崎は元気か」
.
5
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:32:45 ID:DWl43.vs0
( "ゞ)「高崎?」
名前を言われてもすぐには顔が思い浮かばなかった。
彡 l v lミ「おい、あんな美女忘れる奴いるか?」
( "ゞ)「だって僕には全く関わりの無い子だったし。高嶺の花すぎて」
彡 l v lミ「それもそうか」
( "ゞ)「だから僕に聞くなよ」
彡 l v lミ「いや、地元に残ってるのお前ぐらいだしな」
( "ゞ)「残ってるとは言っても寝に帰ってるだけでさ。地元のことなんか全く知らないよ」
彡 l v lミ「まあ、そうなるよなあ」
苦笑いを浮かべて鈴木は俯いて首を左右に振った。
彡 l v lミ「俺もさほぼほぼ職場にいるわ。帰っても子供寝てるし起きるころにはもう俺は電車の中だしよ」
( "ゞ)「えっ」
彡 l v lミ「そんなに驚くなよ。お前だって似たようなもんだろ」
( "ゞ)「いやそこじゃなくて子供。お前子供いたの?」
彡 l v lミ「あれ、言ってなかったっけ」
( "ゞ)「妻子持ちの癖に高崎さんの情報収集すんなよ」
と横腹を小突く。
彡 l v lミ「聞いただけだろ」
と二倍の強さで小突かれ返された。
.
6
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:34:08 ID:DWl43.vs0
阿部が灰皿で丁寧に火をもみ消して、それから口を開いた。
N| "゚'` {"゚`lリ「あれはね、とても暑い日のことだった」
唐突に始まったな、と鈴木が呟いた。僕は焼き鳥をくわえたまま頷いて返す。
脂が程よく落ちてパリッと仕上がった鶏皮にはこれでもかと言わんばかりの塩コショウが振られていた。
一口食べ、そしてビールを煽る。
N| "゚'` {"゚`lリ「まだ6月も半ばだというのに、カンカン照りの真夏日が続いていた、そんなある日のことだ」
胡瓜の浅漬を齧っていた誰かの咀嚼音がハタリと止んだ。僕も焼き鳥をしゃぶる口を止め、思わず阿部の顔を見る。
まるで小説の切り出しのようなもったいぶった話しぶりに皆が思わず身構えてしまう。
N| "゚'` {"゚`lリ「その日僕が訪れたのは一軒の民家だった。まだ築浅の一軒家でね、クリーム色の外壁が目に眩しいそんなごく普通の民家だったんだ」
今回の百物語の話し手は阿部で三人目だった。
一人目は稲川淳二のモノマネをしながら結婚報告をしただけだったし、二人目は都市伝説のような口ぶりで締めていただけで内容はごく普通の近況報告だった。
予想外の話し方だ。
それだけでどこか少し恐ろしい。
N| "゚'` {"゚`lリ「どこかの窓が開いているのだろうか。室内に入っても蝉の声がけたたましく鳴り響いていたんだ」
そういえば。何だか改めて近況報告するのってこそばゆいなと誰かが呟いた時に、怪談風に語ってみるかいと言い出したのは阿部だった気がする。
あのインスタント幽霊の話がしたかった僕は深く考えもせずに、渡りに船とばかりに同意した。
しかし今になって思えば、阿部があんなことを言い出すなんてことをまず疑うべきだったのだ。
気合の入った怪談を用意してきたのかもしれない。本当に怖い話かもしれない。
.
7
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:34:35 ID:DWl43.vs0
N| "゚'` {"゚`lリ「僕はその日、とある修理ということで呼び出されて訪問したんだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「でもどこにも異常は見つからなかった」
N| "゚'` {"゚`lリ「家中点検して回って、最後にベランダの点検が終わった時、一緒に訪問していた相棒にそっと耳打ちされたんだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「阿部さん、ちょっと話したいことがあるっす、って」
N| "゚'` {"゚`lリ「見積もり書を用意してきますとかなんとか適当な言い訳を並べて僕らは社用車に戻ったんだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「暑い日の昼下がり、炎天下に置かれてた車の中は言いようのない暑さだったけれど、運転席に座った相棒は窓を開けようとはしなかった」
N| "゚'` {"゚`lリ「この家にはアレがないんです。どんな家にもあるアレが。と慌ただしく彼女は言った」
彡 l v lミ「彼女!?」
唐突に隣に座る鈴木が大きな声を出したので、その場の緊張が一度ぱちんと弾けた。今まで静かに耳を傾けていた全員が笑い出した。勿論僕もだ。
N| "゚'` {"゚`lリ「言葉の綾だよ。ただの仕事上のバディさ。女性なのに非常にタフでね」
阿部もニヤリと口元を歪ませて訂正の言葉を並べる。それから間もなく無表情へと戻った。
N| "゚'` {"゚`lリ「あれって何だよ、と僕は聞いたよ。だって思い当たる節が全くなかったんだ。お金に困ってなさそうな家で、家財道具も一通り綺麗に揃っていたんだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「彼女は青ざめていた。熱い車内で震えて冷や汗をかいていた。それからそっと、教えてくれたんだ」
そう言って阿部はしばし黙り込んだ。誰かが息をのむ音が全員の耳に聞こえるほどに、テーブル全体が静けさに包まれる。
ややあって、阿部が重々しく声を出す。
N| "゚'` {"゚`lリ「この家には、ピンチハンガーがないんです、ってね」
.
8
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:35:41 ID:DWl43.vs0
単語の意味を理解するまでに少々の時間を要した。ピンチハンガーという普段あまり口に出さない単語と、脳裏に浮かんだビジュアルが紐づいた瞬間、僕は担がれていたことに気づき思わず笑いがこみ上げてしまう。
皆が同じタイミングで大きな笑い声を上げた。
阿部はにこりともせずに、暗い表情で話を続ける。
N| "゚'` {"゚`lリ「先にこれを話しておけば良かったな。実は僕の住む町では妙な空き巣が続いているんだ」
阿部は全員の顔を見渡して、それからおしぼりを手に取って顔を拭いた。
汗をかいているようだった。阿部は何度か執拗に額を拭う。
N| "゚'` {"゚`lリ「所謂下着泥棒のようで、その逆なんだ」
グラスを手に取り、水を一口飲んだ。僕らはただその姿を見ていた。
N| "゚'` {"゚`lリ「荒らされたベランダには、下着だけ残されているんだ。そして、ピンチハンガーだけが、持ち去られているんだ」
彡 l v lミ「ヘイシリ」
と唐突に鈴木が呟く。
彡 l v lミ「ピンチハンガーってなに?」と彼は続けた。
「ピンチハンガーとは、洗濯バサミがたくさんついている物干し用のハンガーのことです。 靴下や下着などの洗濯物や、バスタオルなどを一度にたくさん干したいときに役立ちます」
聞いたことのある女性の声で鈴木のスマホから解説が流れてきた。
鈴木は画面を眺めてから、それから僕の顔を見上げて怪訝そうに眉を顰めた。
( "ゞ)
彡 l v lミ「何だよ」
不貞腐れたように鈴木は言った。
( "ゞ)「それはこっちの台詞だよ。怪談中にそんなことするなよ」
僕は呆れて言葉を返す。
彡 l v lミ「だって怖かったから」
( "ゞ)「そういうもんだろ。我慢しろよ」
N| "゚'` {"゚`lリ「続けてもいいかい?」
と阿部は言った。
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9
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:36:02 ID:DWl43.vs0
N| "゚'` {"゚`lリ「それから僕らは車を降りて、家主に声をかけてから庭先の物置に向かったんだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「あまり使ってないんだろう。立てつけの悪い扉を何とか引き開けて、僕らは中を覗き込んだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「冬タイヤやスキー板、それからテントのような包み。ごく普通のラインナップの中に、アレが置いてあったんだ」
あれ、と言われても。
思い当たる物はひとつだけだった。おそらくそれが正解なのだろう。
N| "゚'` {"゚`lリ「そうだよ。お察しの通り、ピンチハンガーさ」
N| "゚'` {"゚`lリ「置いてあった、と言うには少し物々しい梱包の仕方だった」
N| "゚'` {"゚`lリ「柱にくくり付けられていたんだ。結束バンドで何ヵ所も」
N| "゚'` {"゚`lリ「まるで逃げ出せないように、と」
N| "゚'` {"゚`lリ「僕は相棒と目を合わせた。件のブツがそこにあったんだからね。彼女の瞳は使命感を持ったかのように一瞬鋭くなり、それからくにゃりと柔らかい弧を描いた」
N| "゚'` {"゚`lリ「如何にも呑気そうな柔らかい口調で彼女は家主に問いかけた。これはもう使わんヤツなんですか〜? ってね」
N| "゚'` {"゚`lリ「家主の女性は聞かれるとは思っていなかったんだろう。あらヤダ、と言葉に詰まっていた」
N| "゚'` {"゚`lリ「ところが僕の相棒のノーちゃんは出来る奴でね、へらへらとした態度でどんどん話を引き出してくれるんだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「家の中にそれがあるのが怖い、とその女性は語ったんだ」
.
10
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:36:28 ID:DWl43.vs0
N| "゚'` {"゚`lリ「どうして? とノーちゃんが聞くと、女性はまたあらヤダ、これ言っていいのかしら、と狼狽えていた」
N| "゚'` {"゚`lリ「怖い夢を見るので、と囁いてから女性はもう一つ呟いた。恨まんといてくださいね、と」
N| "゚'` {"゚`lリ「ノーちゃんはなおも聞く。いつから? と」
N| "゚'` {"゚`lリ「友達から、この話を聞いてから。女性は絞り出すようにそう言うと、それっきり口を噤んでしまったんだ」
そう言って、阿部は手元の煙草に火をつける。
僕は立ち昇る煙を眺めながら、今聞かされた怪談のような話を反芻していた。
何だろう? 怖いようでそうでもないような気がしてくる。
隣に座っていた鈴木と目が合う。彼はニヤリと目元を歪ませて、阿部に問いかけた。
彡 l v lミ「これ、怖い話に見せかけた笑い話なんだよな? 知らんオバサンのこと笑うのは気がひけるけど」
頬を引きつらせて笑顔を保ちながら言う鈴木に、阿部は微笑みを返す。
N| "゚'` {"゚`lリ「僕もこの話を聞いたときは半笑いだったよ」
そこで一度口を閉ざした阿部の瞳は鋭い光を帯びていた。
N| "゚'` {"゚`lリ「でも怖いんだ。家にアレがぶら下がっているのが、とても怖い」
N| "゚'` {"゚`lリ「最初に見た夢は、浮遊感が心地よくて恐怖なんて感じなかったんだ」
ぐるりと全員の顔を見渡して、ゆったりとした口調で阿部は問う。
N| "゚'` {"゚`lリ「空を飛ぶ夢を見たことはあるかい?」
声を出す者はいなかった。
曖昧に頷いた奴と、目をそらした奴。隣の鈴木は大きく二度ほど頷いていて、僕はただ黙って聞いていた。
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11
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:37:33 ID:DWl43.vs0
N| "゚'` {"゚`lリ「僕は宙に浮いていて、見慣れた街をいつもと違う角度で眺めているんだ。最初の二、三回は楽しんでいたと思う」
N| "゚'` {"゚`lリ「でも次第に気づいてきたんだ。僕の視界は常に同じ角度であり、時折風に吹かれて回転する以外は移動も出来ずに、ただ、ぶら下がっているのみなんだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「夢の中で首を上下左右に動かすことは出来た。しかし後方を振り向くことはできなかった」
N| "゚'` {"゚`lリ「何度も何度もその夢を見続けて、僕は一つの事実にたどり着くんだ」
N| "゚'` {"゚`lリ「首の後ろを抓まれて吊るされているんだ、ってね」
N| "゚'` {"゚`lリ「気づいた朝、僕は目覚めてすぐにベランダへと出て、外にぶら下げっぱなしのアレを掴んだ。そして押し入れの中にぶち込んだ。縛るまではしなかった」
N| "゚'` {"゚`lリ「そして僕は気づいたんだ。例の妙な空き巣。アイツはアレを欲しがってたんじゃない」
N| "゚'` {"゚`lリ「近所にアレがぶら下がっているのが嫌だったから、処分して廻ってただけかもしれないな、ってね」
そう言って阿部はまだ半分ほど残っていた煙草を灰皿でもみ消した。
N| "゚'` {"゚`lリ「さ、次は誰の番だい?」
.
12
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:38:01 ID:DWl43.vs0
重苦しい沈黙が訪れた。
彡 l v lミ「関ヶ原の番だったはずだよ」と鈴木が言った。
( "ゞ)「えっ」
順番なんて決まっていなかったはずだ。僕は抗議の意を込めて鈴木を睨むが軽いウインクのみで返された。
他の面々はもうすっかり話を聞く気になっているようで僕の顔に視線を集めている。
ああ、頬が熱くなる。
彡 l v lミ「頼むよ」と鈴木は囁いた。
彡 l v lミ「俺の不倫未遂の話をしてもヒエヒエになるだろ」
( "ゞ)「それは順番関係なくヒエヒエだよ……」
彡 l v lミ「そういうわけだから、この場があったまる話をさ。ほら、頼むよ」
( "ゞ)「この場を温めることは難しいけど、でも、皆に聞いてほしい話はあるんだ。この場を借りてちょっと相談に乗ってもらおうかな」
彡 l v lミ「出来るだけ怖そうに話してくれよ。百物語なんだから」
小声で余計なアドバイスをしてくる鈴木は放っておいて僕は言葉を探す。
( "ゞ)「ええと、そうだな。増井んちの近くのスーパー、皆覚えてるかな」
( "ゞ)「あのスーパーで先日、妙な物を買ったんだ。インスタント幽霊って名前の、カップ焼きそばのような形状の商品をね」
見たことあるかい、と皆に問う。先ほどの阿部がした問いと同じように。
さっきと違っていたのは全員が首を横に振ったことだった。
僕は思い返す。あれは確か、三日前のことだった。
.
13
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:38:26 ID:DWl43.vs0
(水)
はたして。
はたしてそれは、本当に偶然だったのだろうか。
もうすっかり当たり前となった残業を終え、疲れ切った体で閉店間際のスーパーを練り歩く。思考もすっかりぼんやりしていて、早く帰りたいのにも関わらず、同じ通路を何度も行き来していた。
見切り品もさらに見切りがつけられ当初の半額の値がついているけれど、どうも食指が動かなかった。毎日代わり映えのしないメニューに飽き飽きしていたからか、それとも。
( "ゞ)「一日一生懸命働いてきたのに、なぜこんなにも侘びしい食事を取らなければならないんだ」
夕食と呼ぶには少し遅すぎる時間かもしれないが、それでも一日を締めくくる大事なひとときである。自分で納得いくものを食べたい。
今から少し先の未来の自分を喜ばせるために、歩きに歩いて足を向けたのはカップ麺売り場であった。
栄養をとらねばならぬのはわかっていた。明日も平日である。しっかりとバランスの良い食事をとって体を休めるべきなのだ。しかし脳はジャンクな味を求めていた。とびっきりパンチの効いた濃い味、そんな刺激を求めていたのだ。もしかしたら今日昼間、隣の席の同僚がカップ麺を食べていたことに起因する欲望かもしれないが。
とにかく僕はぐるりとカップ麺の棚を眺めた。
左端にはロングセラー商品の縦型のカップ麺が並び、その隣にはこのスーパーのプライベートブランドの似たようなカップ麺が並んでいる。そして大型のカップラーメンがひしめき、その横にうどんやそばそしてカップ焼きそばと連なっている。
( "ゞ)「さて、どれにしようか」
カップラーメンも昔より高くなった。もはやワンコインで買える時代ではない。このジャンクな麺を一つ買う値段で先程の見切り品の惣菜が買える。こんな侘びしい食事など、と言っていたのに矛盾しているかもしれないが、しかし、しかしだ。このカップ麺をどうしても欲しているのだ。甘ったるい筑前煮ではとれない栄養があるのだ。
湯切りが面倒だからカップ焼きそばは止めておこうかな、なんて思う。そうして隅々まで棚を眺め回していると、ふと、目に止まる商品があった。
( "ゞ)「……インスタント、幽霊?」
目を疑い、もう一度文字を辿ってみる。
カップ焼きそばと同様の四角いプラ容器、その黒を基調としたパッケージの表面には確かにそう書いてあった。インスタント幽霊、と。
.
14
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:38:59 ID:DWl43.vs0
( "ゞ)「なんだこれ、イタズラか?」
ここは寂れた片田舎のスーパーである。とはいえユーチューバーがもはや当たり前に職業として認識された時代である。どこの誰が撮影していたっておかしくはないのだ。
しかし見回しても怪しい人影はなく。
満足いくまでひとしきり見渡してから改めて棚に向き合った。棚の隅にひとつだけ置かれている、この一風変わったインスタント食品に僕は向き合った。
はたしてこれは食品なのだろうか。食品の棚に並んではいるけれど、何てったって幽霊である。この果てしない空腹をゴーストなんかに埋められるわけがない。
恐る恐るパッケージを手に取った。それはあまりにも心許ない軽さだった。購入前に許される程度の速度でそっと左右に振ってみる。カサリ、とカタリ、の間くらいの乾いた硬い音がした。
( "ゞ)「インスタント、幽霊」
もう一度僕は口に出す。ありふれた二つの単語が並ぶとそれは実に奇怪で。
値札を確認してみたら隣のカップ焼きそばと大差なく。
( "ゞ)「いたずらでもいいかって思ってしまう値段だな」
それすらも仕掛け人の思い通りかもしれないがまあいいだろう。この軽い箱の中身を確かめる心づもりになっていた。
しかしあまりにも心許ないので、そばにあったカップ麺も一緒にかごに入れてレジへ向かう。
レジを通過できるか訝しんだが、いつもこの時間にレジに立っている不愛想な女性の手によって問題なくスキャンされた。目にもとまらぬ速さで正しく袋に詰められて、その上に焼きそばも載せられた。
鮮やかな手元にぼんやり見とれていると、ふとその手が止まった。同時に声が響いていた。彼女は僕に話しかけていたのだ。
( "ゞ)「……なんですか?」
「箸は?」とつっけんどんに聞き返される。
( "ゞ)「あ、お願いします」
反射的に返すとビニール袋に割りばしが二膳滑り込む。
食べるのは焼きそばだけなのに、と言いかけて慌ててやめた。
食べるつもりがないのなら、何故、買ったのだ。食べないのなら、僕は何を生み出そうとしているのだ。
こうして僕はインスタント幽霊を手に入れたのだった。
.
15
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:39:26 ID:DWl43.vs0
( "ゞ) インスタント幽霊のようです
.
16
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:41:17 ID:DWl43.vs0
電気ケトルの蓋を開け、水道の蛇口を捻る。甲高い音を立ててから一拍置いて水が滔々と流れ出す。八分目まで水で満たし、重たくなったケトルを電極へと戻した。湯が沸くまでの少しの時間を使って、カップ麺の用意をする。
四角いパッケージのカップ焼きそばのけばけばしいフィルムを破り取る。白い紙の蓋をめくり、かやくと書かれた透明の袋と粉ソースの入った艶やかな小袋を取り出す。容器の中に麺の四角い塊だけが横たわっていることを確認してからかやくの袋を開ける。乾いた野菜を容器の中に放り込み、それから僕はもう一つの容器を袋から取り出した。
インスタント幽霊、と間違いなく記載されている。
黒を基調としたパッケージにシルバーで縁どられた黒い文字。内容に見合わないポップなフォントのせいで食品に見えてくる。
表面のビニールを破ると白いプラ容器が現れる。四角く白く、隣で湯を入れるのを待つばかりとなっているカップ焼きそばと瓜二つの様相であった。
そうしていよいよ開封である。
白い紙の蓋をそっと捲る。捲りやすく抓みやすいようにまあるくツマミのある角からぺりぺりと紙の蓋をめくる。
容器の中には、濁った半透明の塊が眠っていた。
( "ゞ)「うおっ」
乾いた硬い塊に何とも言えない禍々しさを感じ思わず目をそらす。
直視しないように──目が合わないように──そっと蓋を閉じて調理台の上に置く。
今の物体は何だろう。目もなく、顔もなく、おおよそ命とはかけ離れた物体ではあるが、得体の知れぬ力を感じた。そんな気がした。
( "ゞ)「何を馬鹿なことを考えているんだ」
たかが150円やそこらのカップ麺である。細長い様相ではないので麺とは言い難いがインスタント食品である。食べられるかは分からないがせいぜいカップ一つ分のなにかが生まれるだけである。
自身にそう言い聞かせていると背後でカチリと音が鳴った。湯が沸き、電源が落ちたのだ。
.
17
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:41:53 ID:DWl43.vs0
( "ゞ)「腹減ったな」
シュンシュンと湧く電気ケトルを持ち上げてふたつのカップに平等に注いでいく。麺の隣でキャベツが泳ぎ、インスタント幽霊は輪郭が溶けていた。
どちらも3分で出来上がるという。
冷蔵庫の扉に張り付いているトマトの形のキッチンタイマーの左端のボタンを3回押してスタートボタンを押す。そうして僕は3分間空腹と二人きりになる。それはひとりきりでいるよりよっぽど孤独であった。
( "ゞ)「喉が、乾いた」
僕は冷え切った缶ビールを冷蔵庫から取り出してこの孤独へと迎え入れる。冷たいアルコールが喉を通り抜けるたびに孤独は和らいでいった。
しかし空腹は募るばかりである。
( "ゞ)「腹、減った」
焼け付くような空腹に身をよじり始めた頃タイマーが無機質な電子音を立てて時を知らせる。僕は慌ただしくタイマーを止めて白い容器に飛びついた。湯切り口を開いて四角い容器の対角を持ち容器を傾ける。
べちり、とシンクに重たい音が落ちる。
アルコールと食欲に浮かれた頭が一気に冷める。湯切り失敗である。
零れた麺を拾い集めようとシンクに手を伸ばすと、そこには濁った白いぶよぶよしたナニカが鎮座していた。
( "ゞ)「あっ」
あまりにも似ている容器だったため、間違えてしまったのだ。
シンクに落ちた「インスタント幽霊」を捕まえる。いや、捕まえようとした。
.
18
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:42:23 ID:DWl43.vs0
( "ゞ)「……え?」
それは指先から蕩けるように零れ落ち、排水溝へと逃げていく。
シンクの傾きと重力だけでは説明のできない速さでそれは滑っていき、暗い穴倉へと潜り込む。
ズゾゾ、と水が吸い込まれる音がしばらく響く。だんだんと音が遠くなり、やがて消える。
( "ゞ)「あーあ」
せっかく買ったのに、湯切りに失敗してしまった。空腹を持て余し落胆した僕は暫く打ちひしがれてからもう一つの焼きそばのパックを手に取った。
湯切り口を捲り、少なくなったお湯を振り落とす。排水溝に変化はなく、問題なくお湯は流れていった。
伸びきった麺に粉ソースを振りかけてかき混ぜる。冷蔵庫からぺしゃんこになったマヨネーズを取り出し、残り僅かな中身を絞り出す。マヨネーズは汚い音を立てて白く飛び散る。
ざっとかき混ぜてわしわしと口に運ぶ。口いっぱいに頬張って乱雑に噛み砕いて飲み込む。グッと息が止まる刹那に言いようのない幸福感を得られる。強い塩味と酸味と甘味に舌が痺れたところにビールを流し込む。残業の疲れも将来への恐怖も孤独も霧がかかったように薄れていき遠ざかっていく。今だけは限りなく幸福に近いと感じられるのだ。
( "ゞ)「そういえば、正しい作り方って何だったんだ」
作るのに失敗してしまったインスタント幽霊とやらの正しい在り方とはどのような形だったのか。
適当に破った表面のビニールはゴミ箱の中にあり取り出すのは億劫だ。僕はシンクの横に置かれたままのプラ容器を手に取り、そうしてあることに気がついた。
.
19
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:42:52 ID:DWl43.vs0
プラ容器には紙の蓋が半分開かれた状態で張り付いている。開いている側の縁は天に向けくるりと反った形でめくれあがっている。
そして反対側の角には、銀紙により丸く縁どられた穴が開いていた。
( "ゞ)「これって」
焼きそばを食べる際に剥がしとって捨てた蓋を取り出して見比べてみる。
全く同じ位置に湯切り口が開いている。違いといえば、焼きそばの蓋は銀色の素材で網状に穴が開いていて麺がこぼれないように作られているのに対し、インスタント幽霊の方はただ丸い穴なのである。これでは湯切りはできない。中身が零れ出てしまう。
僕はもうひとつ見比べてみる。蓋から剥がしとった、湯切り口を覆っていた部分の小さな紙片を二つ見比べる。
『②湯切り口』と書かれているのは焼きそばの蓋のパーツだった。インスタント幽霊の蓋から剥がしとった方の紙片には、ただ『②』とのみ書かれていた。
( "ゞ)「ああ、じゃあ、合ってたのか」
( "ゞ)「ふふふ」
酔いのせいか笑いがこみ上げてきた。部屋の中でただ一人でくつくつと声を上げ笑う。
正体は全く分からないままだが、僕は行程としては正しく作り上げたのだった。この商品をパッケージした人間の思惑通りにインスタント幽霊はこの世に生まれ落ちたのだ。
なかなか出来る経験ではない。酒の肴としてはちょうどいい。150円で程よい恐怖と笑いと脱力感を得られるのならコスパも最高だ。
所謂ジョークグッズなのだろうか。僕は生憎孤独な独り身であるからひとりきりで楽しんでしまったが、複数人の飲み会や肝試しなどの会にはピッタリの商品だろうなと思う。今度そんな機会があれば是非携えて行きたい。
こうして緊張と緩和を経てリラックス出来た僕は心地よく眠りについた。
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20
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:43:21 ID:DWl43.vs0
(木)
木曜日が嫌いだ。一週間で一番忙しく、働いても働いても仕事が目の前に積み重なって増えていく。漸く片づけて退勤し電車に乗り、地元の駅に着いた頃にはただひとつのスーパーは閉店し
町は静まり返っていた。
( "ゞ)「何を食べよう」
僕は困り果てていた。疲れてはいるが美味しいものが食べたかった。手作りの栄養満点の料理が食べたい。
帰るルートを変更し、24時間明かりの灯るコンビニに立ち寄ることにする。
元々地元の個人商店を営んでいたオーナーのおかげか、地元の生鮮食品を数多く取り扱ってくれているのだ。自炊したい社畜にとって無くてはならない有難い店である。
「おや、関ヶ原さんちの」
カウンター内で座って小さいテレビを見ていたおじさんが僕の顔を見て眠そうな声でそう言った。
( "ゞ)「こんばんは、お疲れ様です」
僕の声に薄目を開けて頷くと、おじさんは黙って俯いた。この店がコンビニに変わる前から、こんな姿をよく見ていた。
モヤシと半切りのキャベツと豚肉を選んでレジの前に立つ。
「焼きそばかい」僕がその三点をカウンターに並べると、おじさんはぼそりと呟いた。
( "ゞ)「えっ」
「外れか」と、さして悔しくもなさそうにおじさんは言った。
( "ゞ)「焼きそばは昨日食べたんです、インスタントだけど」
「だからか、何となくそんな気がしたんだ」おじさんはへらりと笑って言ってのける。
「で、あとは何を食べたんだ?」
( "ゞ)「何も」と僕は言った。
「ちゃんとしたものを食べろよ、疲れてるんだから」
はあい、と素直に返して僕は店を去る。何年経っても変わらないこの空気が好きなのだ。
星空の下淡々と歩いて家に向かう。昨日より遅い時間の帰宅ではあるが幾分か足取りは軽い。週で一番辛い木曜日を乗り切れた喜びが勝っていた。木曜日の辛さに比べれば金曜など取るに足りない。
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21
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:43:49 ID:DWl43.vs0
石造りの門を通り抜け、庭を歩いて、玄関の鍵を開ける。引き戸を開ける音が夜にこだまする。
暗い廊下を歩いて台所にたどり着き、壁をまさぐって電気を付ける。
一人暮らしには広すぎる家である。子供の頃はこの家も賑やかだったが、今は部屋を持て余している。2階に自室はあるが、移動が面倒で近頃はほぼこの台所で暮らしていた。
家は古いが水回りは全てリフォーム済みで不便はあまり感じない。
シンクで手を洗い、それから野菜を洗う。ガラスのボウルを棚から取り出して水でさっと清める。
ボウルの底にモヤシの半量を敷き、ざく切りしたキャベツを乗せる。それから豚肉を広げて並べる。その上にもう一度モヤシ、キャベツ、豚肉の順に乗せ、最後にほんだしを振りかける。
ラップをかけて、電子レンジに入れてスイッチを押す。ブウンという音と共に中が明るくなる。
レンジに調理を任せている間にさっとまな板と包丁を洗い、手の空いた僕は冷蔵庫からポン酢を取り、それから少し迷ってビールも取り出した。
缶はよく冷えている。プルタブを引き上げるとプシュ、と小気味いい音が響いた。
同じタイミングで流れるような、吸い込まれるような水音が鳴った。シンクの中、排水口から響いてくるようだった。
音に気付き、周りを見渡して、排水口から出ている音だと突き止めるまでの数秒間、鳴り響いていた。覗きに行こうと立ち上がると音は止んだ。こぽこぽこぽ、と空気が溢れ出る音が余韻のように鳴ってそして消えた。
( "ゞ)「う」
不愉快な、奇怪な音である。心当たりは、ある。
昨日流した、あの粘度のある塊がパイプの奥で悪さをしているのだろうか。水回りや外観をリフォームはしているが何しろ古い家である。水道管のメンテナンスのわずらわしさを考えると気が重くなった。
( "ゞ)「……詰まるまでは放っておこう」
誰がいるわけでもない部屋にて言い訳を放つ。今すぐに困るわけでもないし、詰まったところで数日水道が使えなくなるだけである。一人暮らし故そこまで焦る理由もない。ただ少し不便さを我慢すればいいだけだ。
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22
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:44:25 ID:DWl43.vs0
電子レンジが僕を呼ぶ。出来たよと電子音を鳴らして呼びかけてくる。少し経ってからもう一度控え目な電子音を鳴らすのを聞くのが好きだ。僕以外生き物のいないこの広い家で、意思を持っているかのように呼びかけてくれるのがささやかな喜びであった。
( "ゞ)「はいはい、お待たせ」
シリコン製の鍋掴みを使って熱を帯びたボウルを取り出す。ふんわりとかけたラップは姿を変えぴったりと食品を圧着している。その中心に箸を突き立てると軽い破裂音とともに両側に割れていき、湯気が揺らめいた。
半分まで嵩が減った野菜と肉に遠慮なくポン酢をかける。減塩のものを選んでいるが、倍量かけたらあまり意味もない気がする。それでも気の済むまでかけ続ける。
疲れ切った身体は塩分と酸味を欲しているのだ。
「いただきます」と僕は言った。排水口がヒュウ、と返事をするかのような風音を立てた。
酒のせいだ、と思うことにする。
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23
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:45:58 ID:DWl43.vs0
(金)
地元の駅に着いても、空はまだ暗くはなかった。
一週間の業務を終え、しかも定時で帰れたせいか足取りはとても軽い。
僕はそのままスーパーへと向かう。
明日の夜、地元の友人達と会う予定が出来た。久しぶりの酒盛りだ。ちょうどいい酒の肴があるじゃあないか。あのインスタント幽霊を買っていこう。
しかし結論から言えば僕はインスタント幽霊を手に入れることは出来なかった。
まず、改装というほどでもないが、棚の配置や商品の位置が様変わりしていたのだ。
インスタント麺の売り場を見つけるまでに苦労した。それからひとつひとつの棚を調べていったが、あの白を基調としたパッケージを見つけることは出来なかった。
( "ゞ)「ないな」
上から下までを三周ほど見渡したのちに僕は諦める。全ての値札の商品名を確認しても怪しいものはなかった。棚の隙間もなかった。新商品と書かれて山積みになっているカップラーメンをひとつかごに入れて僕は鮮魚コーナーへと向かう。とにかく魚が食べたい。そんな気分だった。
料理は嫌いではない。むしろ好きといっても過言ではない。ひとつひとつの工程を重ねて食材が料理に変貌するのが快感だと思える。
しかし平日に手の込んだ料理をするほどの料理好きではない。特に手間もかかる後処理も面倒な魚料理は今日のような時間に余裕のある夜しかできない。だからこそ今日はいそいそと鮮魚コーナーへと向かう。そうしてお腹や舌と相談しながらどれをどのように調理して食べようか吟味するのだ。
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24
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:46:20 ID:DWl43.vs0
購入した鰯を三匹まな板の上に並べ、エプロンの紐を締め直した。
梅は叩かれた状態で小皿にスタンバイしている。
鰯の頭を落とす。腹に切れ目を入れて内臓を掻きだす。親指の先で背骨をなぞる。ぞりぞりと、ぞりぞりと背骨を親指でなぞる。
はらわたを抜いた鰯を鍋に並べていると、ちゃぽんと水音が響いた。浴室の方向からであった。
( "ゞ)「なんだろう」
ふ、と視線を上げて浴室の方向を見やる。
浴槽は空のはずだが確かに水が跳ねる音がした。心当たりは無い。いや、無いこともない。
思い当たる節を脳裏でたどりながら、上の空のままアルミホイルを一度くしゃりと握り、それから広げて鍋に被せる。
手を洗おうとシンクの前に立った時に、ほんのりと首筋が冷える。
先ほどまで転がっていた鰯の内臓と頭が消えていた。
残っていたのは這いずった後のような血の一筋のみである。
( "ゞ)「う、わ」
恐る恐る排水口の蓋を開ける。内かごに掛けている目の細かいネットの中に生ごみはなく、ただ嫌な生臭さのみが漂っていた。
( "ゞ)「まあ、そうだな……。生ごみを片づける手間が省けた、とでも思おうかな」
部屋の静けさに飲み込まれないように、明るい声を張り上げる。
返事をするかのように、もう一度水音が響いた。浴室の方から、それからシンクの排水口からも。
僕は聞こえなかったふりをして、鍋の火を強くする。シュワシュワと音を立てて、煮汁は煮詰まっていく。醤油とみりんの香ばしい匂いが立ち上る。梅と生姜が生臭さを打ち消してくれる。
頃合いを見て落し蓋を菜箸で取り除く。湯気が揺らめいて視界が曇る。
皿を取り出しフライ返しでそっと鰯を盛り付け、煮汁をとろりとかけた。
冷蔵庫から冷えた缶を取り出して、プルタブを起こす。爽やかな破裂音が僕を心地よい酔いへと誘う。
( "ゞ)「明日へのいい土産話が出来たなあ」
明日は数年ぶりに友と会う。
酒の会で話すにはちょうどいい話題だろう。昔から変わらぬ場所にあるローカルのスーパーの話。コンビニになってしまった商店と親父さんの話。閉店間際に買った一風変わったインスタント食品とカップ焼きそばの容器の類似性。そうして湯切りを間違えた話。それが実は間違いではなかった話。
( "ゞ)「いいオチもついたし」
そうして僕は空の缶を濯いでつぶし、ゴミ袋に入れる。
酔ったまま布団に潜る。水音は全て酔いのせいだと念じながら。
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25
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:47:00 ID:DWl43.vs0
(土)
と、ここまでの経緯を簡単に話してから、僕はこの話の致命的な欠陥に気づいたのであった。
気づいたはいいが、修正する話術もネタも知識もなく、ただ言葉に迷っておろおろとしていると、鈴木が声を上げた。
彡 l v lミ「なあ、オチは?」
いつもふざけておどけてばかりいる男だが、こういう時に限って鋭い指摘を放つ。
昨夜は上手く話せるイメージを持てていたのに、実際に話すとそうはいかない。時系列もめちゃくちゃになるし、話し過ぎたり足りなかったりするし、緊張するし汗もかく。
おまけに酷く酔っている。
( "ゞ)「な、生ごみが消えたり変な音がしたり、怪奇現象が続いているんだよ。それで終わり」
彡 l v lミ「あのさあ!」
と、鈴木は唐突に大きな声を出した。
彡 l v lミ「怪談ってほら、例えば呪われて死んだり、除霊されたり、もしくはこれを聞いてるあなたのもとにも行くかもしれませんね、みたいに終わるんだよ。な?
話には終わりが必要なんだよ。お前の話は終わってない。現在進行形だ。これじゃ怪談として未完成だ。全然だめだ」
( "ゞ)「いや、でも実際にあったことなんだからそう綺麗には締まらないよ。申し訳ないけど」
僕の反論には心動かされなかったようだ。
鈴木は先ほどと同じ声の大きさでさらに話を続ける。
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26
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:47:49 ID:DWl43.vs0
彡 l v lミ「俺にいい提案がある」
人差し指を立てて、彼はにんまりと笑みを浮かべる。
彡 l v lミ「出た幽霊は、祓おう」
( "ゞ)「は?」
彡 l v lミ「僕らには知り合いがいるじゃないか。寺生まれの高崎が」
( "ゞ)「ふざけんな。人の恐怖体験をダシに不倫しようとするなよ」
彡 l v lミ「あ、バレた?」
( "ゞ)「それよりさ、僕の話は終わったから次鈴木だよ。不倫未遂の話、さっきしかけてただろ」
彡 l v lミ「ああ、それ聞く? 今裁判中だからどこまで話していいかわかんないんだけどさ。まあフィクションってことで聞いてよ」
( "ゞ)「あ、やっぱりいい。聞かなくていい」
彡 l v lミ「昔々あるところに美しい女性がいたんだけどさ」
( "ゞ)「聞かない。いいって」
彡 l v lミ「仕方ないんだ。俺がヤリチンなのは先祖代々続く因縁なんだ」
( "ゞ)「そんな血筋滅びてしまえ」
鈴木の口を物理的に塞ごうと僕が身を乗り出すと、鈴木は逃げるように身をよじる。
子供の頃のようにもみくちゃになって笑っていると、阿部が僕の名を呼んだ。
N| "゚'` {"゚`lリ「なあ、関ケ原くん」
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27
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:48:32 ID:DWl43.vs0
N| "゚'` {"゚`lリ「さっき君が話した怪談がずーっともやもやと引っかかってたんだけど、ようやく原因がわかったから、少しだけ話をしてもいいかい」
( "ゞ)「どうしたの改まって。怖いよ」
N| "゚'` {"゚`lリ「インスタント幽霊、ってパッケージに書いてあったって、言ってたよな」
N| "゚'` {"゚`lリ「ジョークグッズにしては違和感があるなあって、思っていたんだ。違和感の原因は分からなかったんだけど」
N| "゚'` {"゚`lリ「幽霊を模したグッズにしては、人の想像とかけ離れ過ぎてやしないかい」
( "ゞ)「……というと?」
N| "゚'` {"゚`lリ「君にとっての幽霊は、どんな姿をしている?」
( "ゞ)「僕にとって?」
N| "゚'` {"゚`lリ「そう、君が思う、概念としての幽霊だよ」
( "ゞ)「それはまあ、透き通っていて、ふわふわと浮かんでいる……」
N| "゚'` {"゚`lリ「そうだよな。勿論僕の想像も似たようなものだ。どこから学んだものかは忘れてしまったが、まあ世間大半の人が似たようなビジュアルを思い描くだろうと僕は思う」
( "ゞ)「うん」
N| "゚'` {"゚`lリ「だからさ、もし僕が同じ商品を企画するとしたらだよ。例えばドライアイスのような、白い煙が上がるような仕掛けを考えるかなって、思ったんだ」
( "ゞ)「うん」
.
28
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:48:57 ID:DWl43.vs0
N| "゚'` {"゚`lリ「温かい半透明の半固体だなんて、一体どういうモチーフを基に作られたんだろうって、それが違和感の原因だったんだ」
確かに、と僕は思う。
人工的に幽霊を作るのだとしたら、あんなゲル状にはしない。それはそうだ。
考え込む僕を見て、阿部は心配そうに眉を顰める。
N| "゚'` {"゚`lリ「ごめん、こんな話をして。怖がらせてしまったかな」
( "ゞ)「いや、大丈夫」
しかし。
あれが幽霊でないとしたら、僕は一体、何を作ったのだろうか。
N| "゚'` {"゚`lリ「それとも、」
と阿部が何かを閃いたかのように声を上げて、そしてハッとして口を噤んだ。
( "ゞ)「それとも、何?」
N| "゚'` {"゚`lリ「いや、これはただの僕の想像で、余計なことかもしれない。聞かなくていいよ」
( "ゞ)「そこまで言ったらもう話してもらわないと。逆に怖いよ」
N| "゚'` {"゚`lリ「そうかい、確かにそうだよな」
いやはやまいったな、と呟いて。阿部は額の汗をおしぼりで拭った。
N| "゚'` {"゚`lリ「君が逃したという半固体は、インスタント幽霊そのものではなく、付随する残骸のような何かだった可能性はないかな」
例えば、と言葉を続けてから、阿部の視線はあちこちを彷徨った。眼差しは卓上で煮える鍋を捉え、そこで止まる。
N| "゚'` {"゚`lリ「例えば、出汁を取った後の昆布のような」
N| "゚'` {"゚`lリ「なんてね。まあ気にしないでくれ。酔っぱらいの戯言だよ」
ラストオーダーです、と店員の声が響き、そこで今回の百物語風近況トークの会は幕を閉じた。
.
29
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:49:53 ID:DWl43.vs0
(日)
( "ゞ)「ひどい臭いだ」
排水口の中に設置されているプラスチック製の籠を持ち上げると、むわりとした悪臭が僕の鼻を貫いた。
日曜の昼下がり、僕はえいやと思い立って水回りの大掃除をしていた。
昨夜はしこたま飲み、大いに酔っぱらった。
深夜に帰宅し、そのまま台所で昼まで寝て、日曜日なのをいいことに布団の上でごろごろしながら甲子園の中継を見ていた。
いい加減腹も減ってきたので、立ち上がって昼食を作り、そして食べた。
皿洗いをしているとだんだんと元気が出てきたので、そのまま水回りの掃除に取り掛かったのだ。
クレンザーでシンクを磨く。
研磨剤によって磨かれていくぞりぞりとした何とも言えない感触が手から胸へと伝わってくる。
金属バットの快音が聞こえてきたときだけ手を止めてテレビを見る。7回裏、2対1、試合は拮抗していた。
名門同士の試合である。どちらも遠方の自分とは無縁の地域なので、どちらかに肩入れすることなく見ていた。
ひとしきり磨いてから水を流す。まばゆく銀色に輝いていて、それだけで気分が少し晴れる。
一箇所スッキリさせると気分も乗ってくる。
排水口の蓋を開け、籠を取り外し、紫色のぬめりを擦る。使い古しの歯ブラシで、溝を磨く。
全ての溝を磨ききったころにはもう試合は終わっていて、汗だくの監督がインタビューを受けていた。
排水口の蓋と籠は一度乾かすことにして、ぽっかりと空いた排水口の中にはパイプ洗浄の洗剤を落とした。規定量の水を注ぎ、泡が立ち昇ってくるのを眺めてから僕は浴室へと移動した。
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30
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:50:20 ID:DWl43.vs0
浴室の汚れも一通り手で擦り、それから至る所にカビハイターを吹きかける。全ての溝に、気が済むまでかけ尽くす。
窓を開けて換気扇を回したまましばし放置することにする。
その間、台所のパイプ洗浄の洗剤を流すのだ。汚れも、不安も、怪奇も、全て流れて消えるまで。
( "ゞ)「出汁をとったあとの昆布のような」
昨夜の阿部の言葉がふと、脳裏によみがえる。
昆布を捨てただけではまだ足りないのかもしれない。しかし、ありもしない出汁をどう捨てればいいのだろう。
しばし悩んで、除菌用のアルコールスプレーを部屋に撒いてみる。
( "ゞ)「ふはは、何か馬鹿みたいだな」
あまりにも神経質になりすぎている。
件の半固体は流れて消えた。もうどこにも残る余地はない。溝も片っ端から掃除したし、ハイターも撒いた。もういいだろう。満足だろう。なにを恐れているんだ。ありもしない幽霊の何が怖いんだ。
別のアルコールのほうがよほど効果がありそうだ。
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31
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:50:43 ID:DWl43.vs0
甲子園の第四試合が終わったタイミングで僕は浴槽に湯を張ることにした。
浴室の空気は入れ替わっていて、塩素の匂いはもうない。
給湯装置からチャイムが鳴り、入浴の準備が整ったと女性の声が告げる。
僕は浴室の窓を閉めて、綺麗に磨かれた浴槽に入り、スマホを眺めながら長風呂をすることにした。
ふと、違和感を覚える。
スマホを見ている視界の隅の方でささやかな異変を感じ、僕は振り返る。
そこには先ほど閉めた窓があり。窓のカギも閉まったまま。
先ほどと違った点といえば、もうもうと立つ湯気によってすりガラスの内側は白く曇っており、そこに夥しい数の手形がついているのみ。
手形。手形。手形。
( "ゞ)「……なんだこれ」
思わず立ち上がり、観察する。自分の手を横に並べてみると、その手形は僕の手よりも幾分か小さくそして肉付きが良いふっくらとした手形だった。
( "ゞ)「え、なんだよこれ。気持ち悪」
すぐに浴室の扉を開け外に出る。
僕とともに大量の湯気も外に逃げ、洗面所をもくもくと満たし、鏡が白く曇る。
そこにもまた手形。僕が見ている間にぺたぺたと増えていく。
手形。手形。さらにひとつ、新たな手形。
( "ゞ)「う、わ」
飛び上がって逃げ出した。
裸のまま台所に逃げ込み、衣服とビールとツマミを持って仏間に逃げ込んだ。
ぴっちりとふすまを閉め、服を着て、汗を拭く。
( "ゞ)「気のせいだろうけど、気持ち悪いな」
ビール缶のプルタブを開け、少し迷ってから仏壇に供えた。
枝豆も一緒に供えて、蝋燭に火をともし、線香をかざす。
香炉に線香を寝かせて、おりんを叩き手を合わせる。
仏間にエアコンはない。でも不思議と涼しい夜だった。
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32
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:51:55 ID:DWl43.vs0
(月)
「それで、私を頼ってくださったんですね」
電話の向こうから凛とした声が響く。
数年経っても変わらぬ涼しげな声をきっかけに、昔の彼女の姿がありありと思い出される。
( "ゞ)「そう、寺生まれのTさんに」
「あはは、懐かしい。当時、父のことそう呼んでましたもんね」
寺の電話番号に掛けてみると、二回ほどのコールののちにすぐに高崎が電話に出た。
高崎の父は、数年前に亡くなった。娘が後を継いだと、誰かから聞いていた。まだ独り身である、とも聞いていた。
( "ゞ)「だからお寺を継いだ高崎に、ハァ! ってしてもらえたらな、なんて」
昔の悪ふざけを思い出しながら、腹に力を込めて叫んだ。勿論、ゼスチャー付きで。ゼスチャーと言ってもTさんのアクションの映像なんて無かったから、かめはめ波と同じ動きだ。
電話の向こうでころころと笑っている声が聞こえていた。
「懐かしい。そんな力があったら嬉しいんですけどねぇ」
ひとしきり笑ってから、彼女は静かに話し始めた。
「当時は私も幼くて、皆さんに上手く説明することができなかったんですが、私のお寺は浄土真宗なんです」
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33
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:52:24 ID:DWl43.vs0
「浄土真宗の教えでは、わたしたちは死後すぐに極楽浄土にいきます」
( "ゞ)「というと……」
「簡単に言うと、幽霊は存在しないのです。浄土真宗の教えでは」
阿弥陀さまが皆を救ってくれるので。と高崎は続けた。なむあみだぶつ、と唱えるので僕も続けて唱える。なむあみだぶつ。なむあみだぶつ。
「ですので、浄土真宗の寺の住職である私からの回答は、幽霊などいません。としか答えられないのです」
勉強不足で申し訳ない、と僕は謝った。
よくある相談なので気にしないでくださいね、と高崎は涼し気な声で答えてくれる。
ただ、と高崎は続けた。
「ただ、同級生の関ヶ原くんが、同級生の高崎さんに相談してくれたのなら、答えは違います」
( "ゞ)「えっ」
「これはお檀家の皆さんにはくれぐれもナイショにしてて欲しいんですが、あなた方のせいで私、当時色んなオカルト話に触れてしまったでしょう」
( "ゞ)「ああ、寺生まれのTさんのこと教えるために、2ちゃんのコピペいくつか読ませたもんね」
「あれ以降、オカルト板に常駐するようになってしまいまして」
お恥ずかしながら、すっかりねらーになってしまいました、と。
消え入りそうな声でそっと、高崎は教えてくれた。
「オカルト板住人の名無しとして答えるとですね、それは魄かもしれません」
( "ゞ)「パク?」
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34
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:53:07 ID:DWl43.vs0
「魂魄(コンパク)の魄(パク)です。幽霊でイメージするふわふわしたものは魂(コン)、たましいと書きます。空に還ります」
「一方魄(パク)はですね、たましいではなく肉体を司るもので、地面に還るんです」
「あなたの手から逃げたそのぶよぶよは、魄に似ています」
( "ゞ)「パク、かぁ……」
「もしかしたら魂もその時に、一緒に作られたのかもしれませんね」
解説を受けるが、そもそもパクという言葉に耳馴染みが無く、あまり恐怖を感じなかった。
「だからといって、私は除霊する力を持ち得ないので、どうすることもできないのですが」
( "ゞ)「いやいや、教義に反してまで教えてくれてありがとう」
「ちょっと、お檀家さんに聞こえたらどうするんですか。人聞きの悪い」
それよりも、と高崎は改まった声で話を続けた。
「男子だけで楽しそうなことしてますね。次の飲み会には誘ってくださいよ」
怖い話、たくさん用意していきますから。
そう囁いて、高崎はまたころころと笑った。
.
35
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:53:39 ID:DWl43.vs0
(火)
火曜日なのに残業だった。僕の心はその憤りに溢れていた。
疲れと怒りと憤りでむしゃくしゃしている。駅前のコンビニでインスタント食品を適当に買い、僕は帰路を急ぐ。
料理などしたくはなかった。空腹を満たせれば何でもいい。
道の真ん中に見慣れない白い影が立っていた。
妙な動きで身体をくねらせている。明らかに人ならざるものの動きで、気味が悪かった。
しかし怖がるほどの体力は僕には残されていなかった。どうしようもなく疲れすぎているのだ。
見えないふりをして僕はまっすぐ歩く。
家に帰り、台所に直行し、手を洗い、ケトルに水を入れる。
買い物袋から今夜の食事を取り出して机に置く。それから冷蔵庫からビールを取り出して、開け、喉に流し込む。
黒地に赤と黄色の派手なロゴが描かれたパッケージ。作り方をよくよく眺める。
爆発音のような商品名を選んだのはTさんの破を欲しているからかもしれない。そう思いつきふと笑みが溢れた。
( "ゞ)「これって、全国販売してないんだっけか」
どこかで聞いたことがある。
僕はこのカップ焼きそばを売っている街で生まれ育ったし、テレビCMもずっと流れていた。CMもローカル商品らしからぬ豪華さで、全国的に有名な芸人コンビが宣伝していたから、日本中で買えるものだと信じて疑わなかったのだ。
電気ケトルの電源が切れる。物思いに耽るまもなく、あっという間にすぐに湧いていた。
湯を注ぎ、3分待つ。
蓋がぺろりと捲り上がる。僕はカップの中身の麺をただ眺める。乾いて固まったカチコチの塊が、次第に食べ物へと変わっていく様をただ、僕は見ている。
湯を注ぐだけで食事になり、それは僕の身体に入り血肉となるのだ。食事が、命がそんなにも手軽ならば。
タイマーが鳴る。そこで僕の思考は止まる。
湯切り口のちいさな蓋を剥がし、カップの角を持ってそっと傾ける。湯がシンクに流れ、バコンと下から叩かれるような音が鳴った。ケラケラと笑う声も排水口から聞こえた気がした。
( "ゞ)「いただきます」
蓋を全て剥がしソースを入れ、箸で掻き回し、小皿に一口分取り分ける。ビールをもう一本冷蔵庫から取り出し、グラスに注いだ。
小皿とグラスを仏壇に供えてなむあみだぶつと一言唱えて僕は自分のカップ焼きそばにありつく。
.
36
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:54:39 ID:DWl43.vs0
(
)
i フッ
|_|
【インスタント幽霊のようです 終】
.
37
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 19:55:19 ID:DWl43.vs0
お題ガチャ利用しました。
単語お題:先祖代々続く因縁
台詞お題:ひどい臭いだ
縛り:登場AAをすべて「テンプレその3」に限定する
シチュエーション:待ち合わせ
.
38
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 20:23:53 ID:NiENVxTQ0
各シーンの生々しさと害があるわけでもないけど無害でもないインスタント幽霊良かった
労働が一番のホラー
39
:
名無しさん
:2022/08/14(日) 20:29:54 ID:UAOMJ0C.0
乙
40
:
名無しさん
:2022/08/15(月) 21:45:59 ID:FjjkhWng0
乙
関ヶ原と怪異の距離感が絶妙
お供えするところ特に好き
41
:
名無しさん
:2022/08/17(水) 11:37:50 ID:MWJ6t/oQ0
乙!
面白かった
42
:
名無しさん
:2022/08/18(木) 10:27:14 ID:RBa3rgv.0
幽霊の性質も日常に馴染んでるとこもめっちゃ好き
おつ
43
:
名無しさん
:2022/08/27(土) 16:36:27 ID:dVT/63BU0
乙
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