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青天白日吉日のようです

1名無しさん:2022/08/07(日) 19:20:46 ID:Sx1C6mAs0
百物語のようです2022 参加作品



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32名無しさん:2022/08/07(日) 20:33:14 ID:Sx1C6mAs0
しかしどうした事か、違和感も不愉快もない。今の今まで、言われるまで気付かなかった。
その今だって、事実を見て濡れているなと理解はしたが実感が湧かない。湿った感覚がまるでないのは何故だろうか。


「見た目より、平気みたい」


くるうにはそうとしか言えなかった。
彼女も別段気にする事なく、「そうなんだ」と言った。続けて「うわー。外、やばいね」
廊下の窓ガラスを見ると思っているよりも雨が滴っていた。風が強くは見えないのにガタガタと窓が揺れた。

「やばい」と言うほどの異変はない。


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33名無しさん:2022/08/07(日) 20:35:29 ID:Sx1C6mAs0
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帰りも雨が降っていた。雲の薄暗さに反して雨足はやはり弱い。
それなのに学校から全部活動中止のお達しがされた。
雨が降っているので寄り道をせずに帰るようにと帰りのHRで先生に告げられ、くるうは窓を見た。
窓は濡れていても外の景色が荒れている様子はない。

運動部ならこんな雨量、ましてや野球部などは室内練習どころか普段通り外で泥だらけになっていそうなものを、と思った。
思ったけれど、そこまで気になるかと言えばそういうわけではない。何か事情があるのだろうと納得した。


昇降口の近くに設置された公衆電話には長い列が出来ていて驚いた。
雨の嫌いなくるうだって台風でもなければ車の送迎なんてされないのに、列を待つ生徒達はどれほど濡れたくないのだろう。

屯していた女子の一団がスニーカーに履き替えるくるうに声をかけた。「くるうちゃん、もうお迎え来たの?」
言っている意味がピンとこず二、三度瞬き、首を傾げて傘を持っている事を伝えると

「だって外あれだよ」「うちで乗っけていこうか」

そう口々に言うので、開け放たれた両開きの玄関に顔を向けた。

34名無しさん:2022/08/07(日) 20:39:32 ID:Sx1C6mAs0


外は雨降りである。
しかし湿度は低く、涼し気な風さえ感じる。

雨の中を歩くのは憂鬱なのはだったが、どしゃ降りというわけでもないのにわざわざ避けたいわけでもなかった。

「大丈夫。ばいばい」

おざなりに言ってくるうは傘立てに向かった。

傘を開き、一人、帰路についた。
朝に会った浅黒のお兄さんが帰りにもいてくれたら良いなと思う。今日はそれがずっと気になっている。



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35名無しさん:2022/08/07(日) 20:41:36 ID:Sx1C6mAs0
帰りの時間帯だと通学路にも多少の交通量が発生する。
仕方なく白線上を綱渡り感覚で歩くものの、水溜まりを踏む事はなかった。
水溜まりが乾くような晴れ間などなかったのにおかしいなと過る。この道は山に囲まれていて、なかなか乾かないのに。

背後からドルドルしたエンジン音がしたので白線の内側に入る。
くるうを追い越した後ろに羽がついたスポーツカーが横道に入って行った。
突き当たりの一軒家に停まる。庭には他にも車が停まっていて、数人が立ち話をしているのが見えた。そこは老人の家だった。

どうかしたんだろうかと心配がほんの少しだけ浮かび、消えた。
老人の家が見えたという事はつまり、もうすぐであの橋という事だった。一歩の歩幅が気持ち、広くなる。


少しすると眩しい白が目に飛び込んだ。
お兄さんの後ろ姿をくるうが認識したのと殆ど同時にお兄さんが振り返る。
まだ遠目なのに微笑みが分かり、片手を振られる。

なんでもないのを装って会釈をし、歩幅を狭めて呼吸を整える時間を稼ぎ、橋で足を止めた。

36名無しさん:2022/08/07(日) 20:45:17 ID:Sx1C6mAs0

「こんばんは」

朝とは違い、くるうから挨拶をする。まだ夕方の挨拶には早いかもしれないが、お兄さんは嬉しそうに「こんばんは」と言った。

「おかえりなさい」

「おっ……あ、た、ただいまです……」

くるうの住む地域では学校帰りの子供に近所の人がおかえりなさいと言うのはおかしな事ではない。
老人にも何度だって言われた事がある。いつもの事なのにくるうの心臓が跳ねる。
いつもならどうも、と簡単に返すのにそれが出来なかった。

そわそわしてしまい、意味もなく傘の柄を弄るとくるりと傘が回った。雨粒が数滴ぽっち散った。

橋向こうのお兄さんは相変わらず傘を差していなかった。
やはり濡れておらず穏やかで、浅黒い肌には脂とは違う繊細な光沢があり、涼しげだった。

「ね、いたでしょう」どこかいたずらっぽくお兄さんが首を傾けると、キャラメル色の髪がやんわりと頬にかかる。
くるうは夕方にさしかかって解れの出てきた髪を後ろに軽く撫でつけた。
学校で結び直せば良かった。でも、手櫛で崩れた頭よりはこのままの方がマシに見えるのかもしれない。

37名無しさん:2022/08/07(日) 20:47:30 ID:Sx1C6mAs0
指がぶ厚い結び目に当たり、髪に指先を埋めて下に動かす。毛先の方が膨らんでごわついている。
指で一房摘まむと、絡まった髪が塊でついてきた。排水溝のようで醜い。

「どうかしましたか」

「髪の毛が……」

「素敵な濡羽色ですね」

「傷んでるじゃないですか」

唇が尖っている自覚があった。ぶすくれた声を出してから、はっと肩が揺れた。

お兄さんに対して嫌な言い方をしてしまったのを自覚して後悔する。
それなのにお兄さんは、驚いた顔さえせずじっとくるうを、あるいはくるうの髪を見つめる。
真っ直ぐの表情は真剣とも無表情ともつかず、口角だけはひどく優しい。

「ふわふわしています」

「ぼさぼさなだけです……」

また、つい、言い返してしまう。

38名無しさん:2022/08/07(日) 20:52:02 ID:Sx1C6mAs0

「気に入らないんですか」

「……真っ直ぐが良いです」

「そう。では、おまじないをしましょう」

「おまじない……?」


首に押さえつけた毛束をぐしゃりと握り潰す。
広がったぼさぼさの髪をふわふわだなんて言われたなら、余程馬鹿にされている。

おまじないで髪質がどうにかなるわけがない。
根拠がない。

くるうが髪にかける年一の出費と毎朝の支度時間と、この髪がどれほど自分を惨めにさせるのかを分かっていないから
そんな事が軽々しく言えるのだ。この髪でどれほど嫌な思いをしたか、他人に理解出来るわけがない。
ましてや綺麗な髪をした人には一生かかっても分からない。


かっこいいお兄さんは、とは言えおかしな男には違いない。優しくて無神経だ。


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39名無しさん:2022/08/07(日) 20:54:29 ID:Sx1C6mAs0


そうは思うのに。だと、言うのに。


「おまじないって、どんな事をするんですか」

高熱の時みたいにぼうっとした心地で口走っていた。
呼ばれてもいないのにふらりと動いた片足を橋にかけると、お兄さんはきょとんとした顔から微笑みを崩して声を出して笑った。
大声でもないのに高らかに響く笑い声が耳に沁みる。心地良かった。

何が面白いのかは分からない。

一頻り笑ったお兄さんが切れ長の目の隙間にくるうを優しく見つめ、ゆっくり手招く。
招かれるままに橋を渡り、あと三歩も進めば渡りきるところで傘を閉じた。欄干に立てかける。
空はまだ曇っていたけれど、雨はすっかりあがっていた。

傍に立つとお兄さんはくるうの知る誰よりも背が高かった。首をくんと反らさないと顔が見えない。
見下ろす逆光の中でも顔の細部がはっきりと分かるほどの至近距離で、お兄さんはくるうの前髪を撫でる。
お兄さんの瞳は透明な褐色だった。

40名無しさん:2022/08/07(日) 20:59:23 ID:Sx1C6mAs0
雨のせいで山から蒸した草木のにおいが押し寄せる。獣臭さもした。

「もう、雨があがったの」

お兄さんはまたおかしな事を訊く。
驚きと喜びが混ざったみたいに、笑いを含んだ声をしていた。くるうに理由は分からない。

なんだか小馬鹿にされている気がした。
どうでも良かった。雨は降っていないし、お兄さんの気配が気持ち良い。

川*゚ 々゚)「いつの間にか、やんでいました」

自然と笑っていた。

41名無しさん:2022/08/07(日) 21:02:00 ID:Sx1C6mAs0


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42名無しさん:2022/08/07(日) 21:03:28 ID:Sx1C6mAs0
家に帰ると母が大声を上げた。
リビングに入ったくるうを押して脱衣所に放り込み、湯船の準備は出来ていないからシャワーだけでも浴びるよう言いつけて
スカートとリボンタイ、通学鞄をひっぺがし、慌ただしく出ていった。
床も拭かないと、と日が暮れているのに掃除の事をぼやいていた。

扉から顔だけ出して着替えとバスタオルを持ってきてくれるよう母に呼びかけた。
脱衣所の棚からナプキンを取り出して母を待つ。ふる、と体が震え、足の間からドロリと塊が流れ出る感覚がする。
スカートを脱がされたからか、やけに体が冷えていた。

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43名無しさん:2022/08/07(日) 21:06:18 ID:Sx1C6mAs0
シャワーをすませて用意されたパジャマを着て、洗面台の鏡と向き合う。
お兄さんのおまじないは至極簡単だった。

お兄さんの事を考えながら、髪を満遍なく整える。
たったそれだけ。

お兄さんの事を、橋の向こうで触れられた指を思い出しながらヘアミルクをゆっくりと髪に揉み込む。
よくよく見つめたはずなのにいまいち輪郭のはっきりしない姿に今すぐにでも会いたくなっている。
肌と髪の色がやけに鮮明で、かえって疑わしくて、もどかしくて脳裏を痺れさせる。
体温が上がる。髪にまで熱が移る、そんな気持ちになる。

ブラシを取ろうとした手を止め、そのまま手櫛を通した。その方がお兄さんを思い出すのにふさわしいと思った。
ドライヤーとともに馬鹿馬鹿しいおまじないを終えた髪はなだらかに胸元を這い、水面みたいにキラキラしてライトの白熱を蓄える。

明日は朝から晴れるだろう。だってお兄さんが言っていた。



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44名無しさん:2022/08/07(日) 21:11:34 ID:Sx1C6mAs0


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45名無しさん:2022/08/07(日) 21:15:38 ID:Sx1C6mAs0
ベッドで目覚めた瞬間から、くるうは昨日との異変に気付いた。

シーツに広がった髪が蜘蛛の巣の端正さを作っていた。
起き上がって触れた髪は焦がれた滑らかさで、たっぷりの黒髪は一房たりとも醜く絡み合う事なく、するすると指から零れる。
ストレートアイロンをかけるために朝からシャワーを浴びなくて良いし、ギリギリと力を込めて髪をひっつめなくても良い。


お兄さんは嘘を吐かなかった。おまじないは本当だった。


ご機嫌なくるうは踊る爪先運びで窓際へ行き、光の筋が後光みたいに溢れるカーテンをレースも遮光もまとめて掴み一思いに開け放つ。
視界一面に白い輝きが現れる。雲一つない青空が眩しくて目がチカチカした。

「お兄さんにお礼を言わないと!」

そんなつもりはなかったのに大きな声が出て、くるうはくすくすと笑った。
二階の自室から洗面台に駆け下りて顔を洗うと、昨晩と同じにお兄さんの事を考えながら手櫛で髪を整える。
そんな事をしなくても髪はお行儀良く整列してくるうのいう事を聞いていた。

母のヘアオイルを数滴手の平に落として毛先に馴染ませ髪を振ると、微かな柑橘の香りが漂う。爽やかで甘い匂いだった。

46名無しさん:2022/08/07(日) 21:17:43 ID:Sx1C6mAs0
部屋に戻って制服に着替え、時間に余裕があったので意味もなく姿見の前でくるくると回った。

スカートが襞を翻し、髪の毛が空気を孕んでくるうの首にまとわりつく。
それでいて留まらず、はらりとほどけ、陽の光がパールになってキラキラ光った。

目が回ってベッドに倒れるまでそうしていた。影も出来ないほどの日射しが部屋を満たしている。

食卓につくと両親が今日は髪を結ばないのかと尋ねるので頷く。二人は笑顔を浮かべた。
くるうはそのままで可愛いからね、と言う。
両親そっくりな、もっと素晴らしくなった髪が嬉しくて、くるうは「うん」と元気に答えた。


朝ごはんを食べていると母がそういえばね、と切り出した。老人が亡くなったらしい。
くるうは昨日の光景を思い出して、あの車はそういう事だったのだなと納得した。
老人とくるうに挨拶程度の付き合いはあったが、それ以上の交流はないのでわざわざ葬儀に呼ばれる事はないだろう。

47名無しさん:2022/08/07(日) 21:22:56 ID:Sx1C6mAs0
老人がくるうを、あの道を通る女の子の心配をしていたとどれほどの人が知っていたか分からない。好々爺には程遠い人物であった。
くるうは老人を嫌悪はしていなくとも、お線香を上げたいと思うほどの感情も持っていない。
葬儀を知らせる看板を見かけたら手を合わせよう、くらいには思った。
「そうなんだ」とだけ言って、味噌汁の油揚げを噛む。

そのうち、父が車で学校まで送ると話した。首を傾げる。こんなに良い天気なのにどうして送迎の必要があるのか分からなかった。
こんな天気だからね、と両親は顔を見合わせ、くるうを見る。くるうも両親を順繰りに見返した。

肯定を促されているのは分かる。
くるうには肯定の意味が全く分からない。

そういえば、外が明るいのにどうしてカーテンを閉めたまま電気を点けているのだろう。
変なの、と思う。眩し過ぎるからだろうか。

48名無しさん:2022/08/07(日) 21:26:54 ID:Sx1C6mAs0

「くるう、一人で行けるよ」

きっぱり言い切ったくるうに両親は困った顔をしてでも、とかだって、と理由付けをしてくる。
くるうには二人の言葉がいまいち理解出来ない。聞こえてはいるのにはっきりしない。
読書をしていて目が滑るみたいに、意味が飲み込めない感覚で二人の声が聞こえる。

こんな天気だからね、がまた聞こえた。

「こんな天気だから、一人で行けるもん」



お兄さんにも会いたいし。
そんな事は言えないけれど。


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49名無しさん:2022/08/07(日) 21:29:37 ID:Sx1C6mAs0
ご飯の残りを味噌汁に落とすとがぶがぶとかき込み、くるうはおかずの平皿と重ねて台所のシンクに片付ける。
叩きつけるような強い音に、咄嗟に「ごめんなさい」が口をついた。むきになって声を荒げてしまったと、その時に気付いた。

蛇口を上げて食器に静かに水を注ぎ、「本当に大丈夫だよ。一人で行けるよ」今度は静かに言う。

くるうに甘い両親が折れた。
その代わりにタオルや靴下の替えを持っていきなさいだとか長靴を履いていきなさいだとか色々言われて用意されたけれど、
全部無視して家を出た。

晴れの日に必要なものは一つもなかった。
傘を差さない通学路は気分が良い。
いってきますを言い忘れていた事に暫くしてから気付いた。わざわざ戻りもしない。

50名無しさん:2022/08/07(日) 21:32:37 ID:Sx1C6mAs0


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51名無しさん:2022/08/07(日) 21:36:09 ID:Sx1C6mAs0
お兄さんを見付けるなりくるうは走り出した。
いる、と確信していた喜びがそのまま表れて重たい通学鞄も気にならない。
それどころか体が軽い。橋を渡る時もスピードを緩めなかった。

今日はいつもより早く家を出たので、昨日よりもゆっくりと話が出来る。

川*゚ 々゚)「おはようございます!」

「おはようございます」

優しく笑うお兄さんは髪の毛を結んでいて、男らしく太いのにすっきりとした首筋が綺麗だった。
胸元の髪の毛を両手で集め、くるうはお兄さんに笑いかける。そのつもりがなくても表情が引き締まらない。へらへらと口角が緩む。

川 ゚ 々゚)「髪の毛、すごく綺麗になりました」

自分の髪に頬擦りをしたくなるのは初めてだった。頬に当たる滑らかさが堪らない。

52名無しさん:2022/08/07(日) 21:41:18 ID:Sx1C6mAs0

「もともと綺麗ですよ」

川 ゚ 々゚)「おまじないのお蔭です」

「私の事を沢山、考えたんですね」

川 ゚ 々゚)「いっぱい考えました」

「そういう事なら、おまじないのお蔭でも良いでしょう」

くるうの頭を、頬を撫でるようにゆるりと撫でてお兄さんは首を少し傾け、後ろに手を回す。
後頭部から首の裏にかけて感じる大きな手にドッ、ドッと胸が高鳴る。首から熱がせり上がってくる。

53名無しさん:2022/08/07(日) 21:43:22 ID:Sx1C6mAs0

「結んでいませんね」

川 ゚ 々゚)「あ、だって、髪が」

「お揃いのつもりだったんですが」

川 ゚ 々゚)「え?」

「まあ、お揃いでなくとも半分こなので」

髪から離れる間際にお兄さんの指が顎をなぞった。
その手がワイシャツの胸ポケットから赤い紐を引き抜き、まるで当たり前の仕草でその場にしゃがみ込む。くるうの足首に紐を結んだ。

こんなに体が近くては体臭が伝わりそうで気が気でなく、不安になる。
シャワーを浴びていないから、もしかしたら生理中の体臭が生臭いと思われてしまうかもしれない。そうは思われたくない。

項垂れたお兄さんのキャラメル色の髪は、くるうに結ばれたのと同じ赤い紐で括られていた。半分こはこの紐だとすぐに分かる。
シャワーを浴びれば良かったし、髪を結べば良かったと思った。

そうすればくるうは清潔な匂いがして、半分こがお揃いにもなれたのに。

54名無しさん:2022/08/07(日) 21:53:36 ID:Sx1C6mAs0


川 ゚ 々゚)「はんぶんこ」

「半分こです」

川 ゚ 々゚)「どうして半分こなんですか」

「おまじない」

川 ゚ 々゚)「おまじない」

「あなたが私の事ばかり考えるように」

川 ゚ 々゚)「それなら、もう……」

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55名無しさん:2022/08/07(日) 21:58:13 ID:Sx1C6mAs0
一瞬言い淀み、それでも、くるうは見上げてくるお兄さんの目を真っ直ぐに見つめ返した。
意を決し、声が掠れないようにぐ、と息を整える。

川 ゚ 々゚)「もう、お兄さんで頭がいっぱいですよ」

「もっと。まだ足りない。だってあなたは学校に行くでしょう」

川 ゚ 々゚)「だって、学校には行かないと」

「そう。だから、まだ足りない。もっと考えて。早く私のところにおいで」

お兄さんはよく分からない、おかしな事ばかり言う。
おかしな事ばかり言うけれど、嘘は言わない。悪い人ではない。

くるうはそれを知っている。

56名無しさん:2022/08/07(日) 22:01:13 ID:Sx1C6mAs0

爪'ー`)「雲なんてすっかりないでしょう」

お兄さんがくるうを見上げる。浅黒い肌に細く映える白目と瞳が爛々としていた。
膝裏の柔らかい窪みにお兄さんの指がかかる。ぐ、と指先に力が入る。

くらくらして頭がおかしくなりそうだった。もうおかしくなっているかもしれない。

お兄さんの視線から逃れるために空を見る。


川*゚ 々゚)「雲は一つもないです」


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57名無しさん:2022/08/07(日) 22:02:25 ID:Sx1C6mAs0



塗りたくったみたいに透き通った濃密な薄い青色が迫るほど高く低く広がっている。



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58名無しさん:2022/08/07(日) 22:04:15 ID:Sx1C6mAs0
喉の鳴りそうな感覚を抑え込んでなんとか応え、それでもくるうは学校へ行った。
くるうは中学生で、平日は学校に行かなければいけない。そう決まっているから、守らなければいけない。
赤い紐を結ばれた足首がその場に留まりたがって、足取りは重くなっていた。
中学生が平日に学校に行くのは、それほど守らなければいけない事だったかしら。


学校が近付くにつれ妙な事が起きた。

みんなが傘を差している。日射しがあるとはいえ、日傘を差して登校する生徒なんて見た事がない。
くるうをジロジロと嫌な目で見てくる人もいる。傘の隙間から、肩越しに、変なものを見る目だ。
そうやって晴れの日に傘を差している周りの方が余程、変だ。

こんな事ならお兄さんのところにもっといれば良かった、と。
遅刻すれば、学校をずる休みしてしまえば、と。

そんな事を考えて鬱々とした気分で昇降口に着くと、下駄箱にいた生徒達から悲鳴が上がった。

59名無しさん:2022/08/07(日) 22:05:59 ID:Sx1C6mAs0
何事かと思えば、みんながくるうを見ていた。
ざわざわとさざ波が立っていて、まるで遠ざかっていくようだった。実際、じり、と後ずさった上履きが視界に入る。

「く、くるうちゃん……」

一人がいかにも恐る恐るくるうに声をかけた。顔を見る。知っている気がした。
クラスメイトな気がした。でも、名前が思い出せない。

「なぁに」話しかけられたので返事をすると、彼女は目に見えるほどびくりと肩を強張らせた。失礼な子だった。

「どうしたの、あの、そんな」

「髪、すごいでしょう?」

「え、うん……え?」

「くるうの髪、とっても綺麗でしょう?」

「な、なに、髪? なんの話?」

「見て。ほら、サラサラでふわふわなの」

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60名無しさん:2022/08/07(日) 22:07:41 ID:Sx1C6mAs0
くるうがぱっと肩にかかった髪を払う。ふわりと広がった髪が静かに背中に流れた。
見えなくてもそれが綺麗だった事がくるうには分かる。今まで見たどんなテレビCMよりもずっと美しく宙に散ったのだ。

周りから悲鳴が上がった。首を絞め上げられた鶏みたいにしゃがれていて甲高い。うるさい。
虫が犇めいているみたいな音がする。

「ね、ね? 素敵でしょう」

くるうが笑う。

「なに……なに、いってるの?」

彼女が声を震わせる。
彼女は本当に女の子だったかしら。

それも、もう、くるうにはどうでもいい。
どうでもいい事だから頭に入ってこない。
分からない、分かろうと思えない。

61名無しさん:2022/08/07(日) 22:09:25 ID:Sx1C6mAs0
名前が思い出せない顔もよく見えないクラスメイトが彼女でも彼でもくるうは興味がない。
だって、お兄さん以外は十把一絡げにお兄さんではない。

人波の奥がまたざわめき出した。せんせいこっちだとか、あたまがおかしいだとか、驚いた声だとか。
頭に入ってこない音がいつまでもうるさくて仕方がない。こんなものは止まらない耳鳴りだ。頭が痛くなってくる。

くるうは早く上履きに履き替えたいのに、目の前にクラスメイトが立ちふさがっているせいで靴を脱いで簀の子に上がれない。
どうしてこんな意地悪をされているのか、くるうには分からない。

俯くと爪先が見える。
足首は見えないけれど、そこにはお兄さんと半分この赤い紐が結んである。

どうして学校に来てしまったのだろう。
あのままお兄さんと一緒にいれば、ずっと楽しかったのに。

62名無しさん:2022/08/07(日) 22:11:07 ID:Sx1C6mAs0

「ね、退けてよ」

「だ、駄目だよ……」

「どうして意地悪するの」

「意地悪じゃないよ! おかしいよ、どうしちゃったの。訳分かんない事ばっか言わないでよ!」

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63名無しさん:2022/08/07(日) 22:13:10 ID:Sx1C6mAs0






「だって、だってくるうちゃん、ずぶ濡れなんだもん!」






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64名無しさん:2022/08/07(日) 22:17:23 ID:Sx1C6mAs0

川 ゚ 々゚)

(゚々 ゚ 川



何を言っているのかくるうにはちっとも分からない。
外はこんなに晴れている。



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65名無しさん:2022/08/07(日) 22:19:25 ID:Sx1C6mAs0
みんながおかしかった。くるうは漸くそれを認めた。

晴れの日に傘を差しているのも、
白い目で見てくるのも、
くるうに意地悪をしてずぶ濡れだなんて嘘を吐くのも、全て周りがおかしい。

そういえば、両親の様子もおかしかった。くるうに傘を持って行けだなんて、雨でも降っているような態度で。

たった一晩でくるう以外の全ての頭がおかしくなってしまった。
ありえない事でも、事実そうなのだから認めざるをえない。


爪'ー`)


あ、違う。
お兄さんが頭に浮かぶ。

66名無しさん:2022/08/07(日) 22:20:25 ID:Sx1C6mAs0
立ち姿、髪と肌の色、瞳の透明さ。笑ったような優しい表情。可愛くてかっこいい人。
いっぱいお兄さんを考えるのに、やはり輪郭がぼやけて細部がはっきりとしない。

お兄さんの頭はおかしくなっていなかった。
今すぐにでもお兄さんに会いたい。
会えば良い。
会わなければ。

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67名無しさん:2022/08/07(日) 22:24:30 ID:Sx1C6mAs0

「待って、待ってよ、くるうちゃん! 大雨なんだよ! 見えないの!?」

馬鹿馬鹿しい大声が後ろから聞こえた気がした。
髪の毛一本も後ろには引かれない。



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68名無しさん:2022/08/07(日) 22:25:21 ID:Sx1C6mAs0


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69名無しさん:2022/08/07(日) 22:27:16 ID:Sx1C6mAs0
足がどこまでも軽い。
涼しい風が頬を撫でる。
お兄さんに撫でてもらう方が気持ちが良かったから、早く、早くお兄さんに会いたい。
一緒にいたい。

走りながらリボンタイをほどいて捨て、通学鞄も投げ捨てた。
足首の赤い紐をお兄さんにお願いして首に結び直してもらおう。お揃いに髪を結んでもらっても良い。
雲一つない青空にくるうの笑い声が抜けていく。










通学鞄が音を立てて道路に落ちる。湿った音だった。くるうには何も聞こえない。






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70名無しさん:2022/08/07(日) 22:29:16 ID:Sx1C6mAs0


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               爪 ー )



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71名無しさん:2022/08/07(日) 22:30:22 ID:Sx1C6mAs0



「早くおいで。嫁入り日和だ」



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72名無しさん:2022/08/07(日) 22:31:46 ID:Sx1C6mAs0

  (
   )
  i  フッ
  |_|

73名無しさん:2022/08/07(日) 22:32:45 ID:Sx1C6mAs0
青天白日吉日のようです
おしまい

使用お題
・青空
・シチュエーションお題:人物同士の会話が噛み合わない

74名無しさん:2022/08/07(日) 22:38:41 ID:0je/g2q60
乙乙
狐の嫁入り……

75名無しさん:2022/08/07(日) 22:58:41 ID:EEKbxjIk0
文章が芳醇で上手い
面白かった


76名無しさん:2022/08/08(月) 11:36:16 ID:YIlVXLrA0


77名無しさん:2022/08/10(水) 16:36:05 ID:Yn6/nrCY0
乙!
読みやすくて面白かった!好き!

78名無しさん:2022/08/15(月) 14:12:36 ID:o793W7sU0
乙乙
くるうちゃんが幸せならOKです!

79名無しさん:2022/08/18(木) 22:48:23 ID:6jlgRtNc0
水面下で進んでいくような怖さで好き


80名無しさん:2022/08/19(金) 12:52:18 ID:adj0AUXU0
読んでいただき、感想までいただき、ありがとうございます!
楽しんでもらえて良かったです。
今更ながら誤字訂正です。

>>34
×:雨の中を歩くのは憂鬱なのはだったが
〇:雨の中を歩くのは憂鬱だったが

81名無しさん:2022/08/27(土) 16:34:39 ID:8xxkSntg0



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