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(-_-)神通屋敷のようです( ゚∋゚)
1
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:22:35 ID:PvA6uuSs0
百物語のようです2022参加作品
.,、
(i,)
|_|
10
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:29:23 ID:PvA6uuSs0
( ゚∋゚)y-「──お前、綺麗な顔してるな」
同じ高さで向かい合ったからか、いま気付いたとばかりに洞道が言った。
(-_-)「は?」
対するヒッキーは、怪訝に眉を顰める。
己の顔面を言い表すならば、細くて平たいパーツの寄せ集めだ。
何なら親からすら「薄い顔だなあ」と言われたことまである。
(-_-)「普通……か、下の方だと思いますけど」
( ゚∋゚)y-「まあ、並だな。でも綺麗なツラだ」
並だが綺麗、とは。
もしや「そっち」のケが、と思わず身構えたが、
彼が全く興味なさそうな瞳のまま携帯──と言うには大きめの──灰皿に視線を落としたので、すぐに思い直した。
11
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:30:20 ID:PvA6uuSs0
──あ、と。
不意に記憶を刺激され、小さな声を漏らした。
そうだ、あのときも──
( ゚∋゚)y-「で? 人殺しといて警察じゃなくわざわざ学校に来るなんて、何か訳アリか?」
低い声が耳に染み込み、我に返った。
ふう、と白煙を吐き出して洞道が問うている。
(-_-)「……はい。はっきり言ってしまうと、その……
オカルト的というか」
洞道は片眉のみをただ持ち上げた。
ぱっと見はいかにも血気盛んなスポーツマンらしくあるのに、
振る舞いや雰囲気は落ち着いている──を通り越して、ひどく気だるげだ。
だからだろうか。ヒッキーの焦心も静まってきて、
冷静にここ3日ほどの出来事を語るに至った。
12
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:31:30 ID:PvA6uuSs0
(-_-)「僕の家は、双柵町の4丁目にあります」
( ゚∋゚)y-「おう」
(-_-)「夏休みだし、僕は部活も塾もやっていないし、
これといって趣味もないので、毎日ごろごろしていました」
おう──先と全く同じ調子で相槌を打ち、洞道は椅子の上で胡座をかいた。
ジャージ素材のハーフパンツから体毛の目立つごつい足が伸びていて、暑苦しい。
一方のヒッキーは平均的、よりいくらか頼りない体型をしており、
半袖のカッターシャツに真っ黒なスラックスというきっちりした出で立ちの割には涼しげだ。
だが汗をかいているのはヒッキーのみであり、洞道は平然と煙草を燻らしていた。
(-_-)「2日前も同じようにしていたら、夕方、母に呼ばれました。
僕宛ての電話が掛かってきたから代わりなさいと」
じいじい。じくじく。蝉は飽きもせず愛を求めて喚きたてている。
死に向かいつつある彼らの懸命な鳴き声が、この話には相応しいBGMであるように思えてきて、
ヒッキーの口は滑らかに動いていた。
13
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:32:17 ID:PvA6uuSs0
(-_-)「通りを三つ挟んだ先にある、『神通屋敷』からでした」
( ゚∋゚)y-「じんずうやしき」
(-_-)「神通力の神通でしょうかね。由来は分かりませんが、昔からそう呼ばれてます。
とても大きな家で……」
少し長い話になる。
しばし、ヒッキーの語りに任せよう。
#
14
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:33:23 ID:PvA6uuSs0
──何をやっている家なのかは知りませんけどね。
昔から、町の相談役といいますか……不思議なことがあれば、
神通屋敷の者に相談するといい、と僕の住む辺りでは当たり前に言われていました。
神社の宮司さんやお寺の住職もよく出入りしています。
は。なら、学校じゃなくてその家に相談しに行け、ですか。
いや。いや、正にその屋敷の中で、おかしなことが起きたんですよ。はあ。
話、続けますよ。
そんな神通屋敷の当主さんが、僕に電話を寄越したわけです。
心当たりなんかありません。
昔、10年前だったかな、近所の子供たちでお屋敷に行ったことはありますが。
それきり行ってませんし。
……なぜ行ったのかって、だって、そういうものなんです。
一定の年頃になったら、お正月に神通屋敷へ顔を出して、
当主さんからお年玉とお菓子をもらって帰るっていう……。
そうそう、さっき先生の言葉で思い出したんですが、
あの日にも「綺麗な顔だ」と当主さんに褒められたんです。
僕なんかより可愛らしい顔をした女の子も男の子も他に居たのに。
謙遜でも何でもなく、面白味のない顔だと思うんですがね。僕は。
何にせよ大層気に入られたみたいで、当主さんがお年玉を弾んでくれたような……。
ああ、だから今回僕が選ばれたんでしょうか。
15
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:34:09 ID:PvA6uuSs0
理由はともかく、はい、2日前に電話をいただきました。
「迷い鬼を帰す手伝いをしてほしい」と──
要約すれば、そのような内容でした。
迷い鬼? 何なのかって?
いえ、僕にもよく分からないんです。
親に訊いてもさっぱりで。
けれどなかなか困っている様子でしたし、
いやらしい話、小遣いも出るというので、とりあえず行くことにしました。
神通屋敷は町の相談役ですから。怪しいには怪しいですが、まあ危ないことはさせないだろうと。
そして昨日、神通屋敷へ赴いたんです。
16
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:35:05 ID:PvA6uuSs0
着いたのは午後3時を回った頃でした。
まず思ったのは、「やはり大きいな」というのと──
「鏡が多いな」というのが半々でしたかね。
はい。鏡です。それも合わせ鏡って言うんですか、
同じ大きさの鏡を、常に向かい合わせるように設置しているんです。
廊下の端と端、天井の片隅と床の片隅……至るところに。
少し気味が悪かったです。だって合わせ鏡って良くないんでしょう。
お屋敷には当主さんしかいませんでした。
ご家族と使用人は出払っているとのことで。
( `ハ´)『家に「鬼」が出るようになってから、みんな他所に避難しているアル』
なんて言われて、ぎょっとしました。
本物の鬼が出るのかとか、避難しなければいけないほど危険なのか、とか。そりゃあ不安になります。
でも、違うんですって。
( `ハ´)『鬼自体は無害アルが、ワタシたち家族が干渉するのは良くないアルヨ』
だからうっかり関わってしまわないように距離をとっているんだと、そう言うんです。
……え?
ええ、はい、はい。そうです。
あの家は元々、中国から移り住んだ一族のお家だそうです。
当主さんの代ともなれば、もう日本生まれ日本育ちなんでしょうけどね。
17
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:36:13 ID:PvA6uuSs0
──それから当主さんは僕の「役目」を説明してくれました。
( `ハ´)『しばらくしたらワタシもここを出て、この家には君一人が残るアル。
日が暮れ始めたら「鬼」が起きてきて姿を現すから、
君はその鬼を誘き寄せて、庭にある井戸へ突き落としてほしいアル』
( `ハ´)『そしたら、すぐに井戸の中を覗き込む──』
それだけだと言うんです。
……それ、だけ、って。
鏡だらけのだだっ広い屋敷に取り残されて、
得体の知れない相手と鬼ごっこ──鬼だけに、って洒落じゃありませんが──して、
そいつを井戸に突き落とせ、なんてのを「それだけ」とはあんまりでしょう。
しかも理由を訊いても全く答えてくれない。
けれど来てしまった手前、断りにくいですし。
高そうなお茶菓子もご馳走になっていましたし。
渋々了承しました。
それからは、屋敷の大まかな間取りや井戸の位置を確認するため当主さんと歩き回って、
そのときが来るのを待っていました。
井戸の傍に、ですか?
ええ、たしかに、壊れた蓋が落ちていましたよ。なぜ分かったんです。
よく見ていませんでしたが、そういえば裏面がきらきらと光っていたような……。
18
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:37:26 ID:PvA6uuSs0
──6時を過ぎて、当主さんが屋敷を出ていきました。
門の前で待機するというのですが、まず門と母屋にそこそこ距離がありますからね。
すっかり僕ひとりになってしまいました。
その後はずっとお座敷に座って、ぼうっとしていましたかね。
床の間にも鏡と鏡が向き合うように置かれていたっけ。
「鬼」を見逃さないよう家中の襖や障子が取り外されていましたから、
途方もなく広い大座敷にぽつんと取り残されたような心持ちでした。心持ちも何も、事実そうなんですけど。
その上、きんと耳鳴りがしそうなほど静かで、心細かったです。
緊張して、動いてもいないのにえらく疲れた感じがしました。
辺りから目を離すわけにもいかず、携帯なんか使えないもんで、退屈でもありました。
だからですかね。
気付けば、うたた寝をしてしまっていたんです。
19
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:38:08 ID:PvA6uuSs0
ほんの十数分程度だったと思います。
目を開けると、すっかり日が傾いていました。
雨戸も何もかも取っ払っていたので、夕陽で部屋中が黄金と赤色に染まって、
あちこちの鏡がその光を反射していて、目眩がしそうでした。
さらにヒグラシが鳴き出していましたから、静寂と言うほどではなくなっていて、それで……。
<(' _'<人ノ
僕の目の前に女の人が立っていました。
初めは、当主さんの娘かと思いました。
まあるい瞳で不思議そうに僕を見下ろしていたので、
僕の方がイレギュラーで、彼女がここに居ることこそが正しい気がしたからです。
けれど、違う、とも思いました。
そっちは直感としか言えません。
──「この世」のものではないと、そう確信していました。
.
20
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:39:03 ID:PvA6uuSs0
<(' _'<人ノ
見た目は普通の女性でしたよ。
ピンクっぽい色の浴衣を着て薄化粧の……本当に至って普通の。
二十歳前後だったでしょうか。
これが「鬼」なのかと驚きました。
鬼っていうと、角が生えていたり、図体がでかかったり、そういうものだと思っていましたから。
ともかくそのときの僕は、人間の姿なのに人間ではないと感じさせる彼女が恐ろしくて、
観察するよりも先に「役目」を終わらせなければと立ち上がりました。
21
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:40:11 ID:PvA6uuSs0
事は、あっさり終わったんですよ。
<(' _'<人ノ )))
僕が手招きしながら歩き出すと彼女は素直についてきました。
そのまま縁側から庭に下りて。
井戸の前に立ち、その中を指差せば、何も疑うことなく井戸を覗き込んだので。
背中を。押しました。
しっかりと手応えがありました。
麻のざらつきも、柔らかな肌が指に合わせてへこむ感触も、ぐっと前に倒れ込む揺らぎも。
ぞっとしました。やはり普通の人間なのか? そう思えて仕方なくて。
けど、彼女が落ちた後に響いた、ぽちゃりという音にまた背中が震えました。
人ひとりが水に落ちて、そんな軽い音で済むわけがありませんから。
慌てて、仕上げのために井戸を覗きました。
22
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:41:27 ID:PvA6uuSs0
<(' _';<人ノ
彼女は驚いたようにこっちを見上げていました。
それから……
とぷんと沈んで──
──それで終わりでした。
何分も井戸を見つめ続けましたが、彼女が浮かんでくることはありませんでした。
丸い水面に、真っ赤な空を背にした僕が映り込むばかりです。
しばらくそうしていると当主さんがやって来ました。
終わったかと言うので頷くと、やけに手厚く礼を言われて、
お金の入った封筒や立派な菓子箱を渡され、もう帰ってもいいと……。
あれは一体何だったのか訊いても、やはり何も教えてくれませんでした。
わけが分からないまま屋敷を後にし、家に帰り、布団に転がって──
時が経つにつれ、また恐ろしくなりました。
本当に「鬼」だったのか?
実は人間だったんじゃないか。
23
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:42:35 ID:PvA6uuSs0
やけに小さく聞こえた水の音も、緊張で僕の耳がおかしくなっていただけだったのかもしれない。
浮かんでこなかったのは、浴衣で隠れた場所に重たい何かを着けていたからかもしれない。
あのとき、沈む直前に僕と目を合わせた彼女は。
僕を、殺人者として見ていたのかもしれない。
途端、震えが止まらなくなりました。
僕は。あのとき。
人を殺したのでは──
#
24
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:44:11 ID:PvA6uuSs0
(-_-)「一晩考えましたが、彼女が本当に鬼である可能性も、
人間である可能性も、どっちも捨てきれませんでした」
だから今日、ここへ来たのだ。
説明を終えたヒッキーは深く息をついた。
( ゚∋゚)
洞道は携帯灰皿へと吸い殻を落とした。
話の途中に新しい煙草へ切り替えていたが、それもまた吸い終えたらしい。
続けて、ヒッキーの方へ手を伸ばしてきた。
何かと思ったが、ヒッキーが着いている席の卓上から煙草の箱を拾い上げ、そこから一本抜いている。
これまで彼が吸っていたのとは色も大きさも違うし、そもそも他人の机に上がっていたものだし、
どう考えても、この席の主のものだろう。
25
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:45:35 ID:PvA6uuSs0
(;-_-)「まさか勝手に人の煙草取ってます?」
( ゚∋゚)「俺のは今のでしまいだったんだよ。
まあ渋澤先生なら酒の一杯でも奢ってやりゃ平気だろ」
渋澤というと、怒らせたら恐いと(生徒間で)もっぱら評判の英語教師だ。
その席に無断で座っていることに、尻が落ち着かなくなってくる。
というか。他人のものを失敬してまで吸いたいのか。
ヒッキーが顔を顰めるのにも構わず、洞道は安っぽいライターで着火すると美味そうに煙を吸って、
いいやつ呑んでやがんなあ、などと感想を述べた。
いや、正味、洞道の愛煙ぶりも手癖も副流煙もどうでもいい。
奇妙な体験と不安な気持ちを吐露した生徒へ、真っ先に一声くれるべきだろう。
ヒッキーは再度溜め息をつき、彼を睨むように見据えた。
(-_-)「先生、お願いします。一緒に神通屋敷へ行ってください」
( ゚∋゚)y━・「何で」
何でって。
担任や学年主任よりはまし、とは思ったが、これはこれで外れだったかもしれない。
いくら何でも、無関心はないだろう。さすがに。教師として。
ひくつく口元を押さえ、咳払いをし、改めて洞道の顔を見た。
──ら、存外に真正面から視線を返されたので、気勢が削がれた。
26
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:46:38 ID:PvA6uuSs0
(-_-)「……僕が当主さんに事情を訊いたところで答えてもらえません。
大人が一緒であれば、向こうも改めて取り合ってくれるかもしれない。
でも内容が内容なので、親や警察に説明しても信じてもらえるかどうか」
(-_-)「だから、それなら、教師に同伴してもらうのが一番いいかと……」
洞道先生が無理なら、他の先生を探します──
彼への期待は切り捨てて、開きっ放しの出入口を横目に見ながらそう結んだ。
洞道は目を眇め、深く煙草を吸うと、それに見合った量の煙を吐き出した。
油断していたため思いきり吸い込んでしまう。
噎せるヒッキーをじいと見つめる洞道は、胡座をかいていた足をもぞもぞ動かして片膝を立てた。
( ゚∋゚)y━・「行く必要ねえだろ」
(;-_-)「な、何でです。……どうして」
( ゚∋゚)y━・「もう全部終わってんだから」
蝉の声が、遠ざかったような気がした。
.
27
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:47:42 ID:PvA6uuSs0
(-_-)「え……」
( ゚∋゚)y━・「そら『神通屋敷』じゃねえな。
ジンズ屋敷、だ」
(-_-)「じんず?」
( ゚∋゚)y━・「中国語で、鏡のことだよ」
屋敷のあちこちで向かい合う鏡たちが、ヒッキーの脳裏に一瞬きらめいた。
28
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:49:19 ID:PvA6uuSs0
( ゚∋゚)y━・「鏡ってやつは、古来より世界各地において
呪術的な──霊的な道具としての性質を強く認められてる」
(-_-)「霊的」
( ゚∋゚)y━・「使い方は色々だが、『門』としての役割をあてられる場合がある」
(-_-)「門」
( ゚∋゚)y━・「オウムかよてめえは」
わけが分からないのだから、鸚鵡返しにするしかないだろう。
結局何を言いたいのだ。
( ゚∋゚)y━・「お前は鬼を見て『この世のものじゃない』と思ったんだろ? 大当たりだぜ。
その女は、あの世のもんだ。……違う世界の存在だ」
この、だの、その、だの、あのだの。ややこしい。
(;-_-)「あの世って……天国とか地獄とか?」
ヒッキーが天を指差すと、洞道は訂正するように、ごつごつした人差し指で円を描いた。
29
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:50:18 ID:PvA6uuSs0
( ゚∋゚)y━・「呼び方は何であれ、お前がイメージしてるのと大差ない。死人や妖怪がいる場所。
ただ、あの世ってのはお空にあるわけじゃない。
俺らがいるのと同じように、『ここ』にある。重なってんだ」
( ゚∋゚)y━・「だが文字通り、住む世界が違うからな。
普段はお互いに干渉しようがない……んだが。
時々『あの世』の存在がこっちに迷い込むことがある」
(;-_-)「……」
ヒッキーはもはや無言で、煙草の先から上る紫煙を目で追った。
決して彼の言葉をまともに受け止めることを諦めたわけではない。
むしろ、きちんと理解したくて、懸命に頭を回していた。
ただの体育教師が口にするにはあまりに突拍子のない話であるのに、
それこそ今自分は彼に「教わっている」のだと、そう感じ取っていた。
30
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:51:33 ID:PvA6uuSs0
( ゚∋゚)y━・「どうも交わりやすい場所ってのがあるらしいんだな。
磁場だか何だかが関係してんのか俺はよく知らねえが……。
そういう場所では時折、向こうの住人がこっちに弾き出されてくる。逆もまた然り」
( ゚∋゚)y━・「それが、幽霊の目撃談とか、神隠しとか、そういうのの実態だ」
──つまり、原因や原理はともかくとして。
「この世」と「あの世」を人が行き来してしまう現象が稀に起こる、ということか。
(-_-)「神通屋敷……いや、ジンズ屋敷があるのも、そういった土地であるというわけですか?」
( ゚∋゚)y━・「推論だが、まず間違いないだろうよ。
大方それを治めるために住んでんだ、屋敷の連中は」
(-_-)「では、彼女……『迷い鬼』も、あの世からこの世へ来てしまった人だと」
( ゚∋゚)y━・「十中八九。──言ったように、そういう地じゃ、この世の人間も向こうに飛ばされやすい。
そんな場所で迂闊にあの世のもんに関わっちゃならねえ。
影響を受けやすい……霊感の強い奴なら尚更だ」
( ゚∋゚)y━・「当主の家族が他所に避難してたってのは、そのためだろう」
一つ理解すると、疑問が次々に湧いてくる。
ひとまずヒッキーは、昨日からずっと頭を悩ませている素因の解決を急いだ。
31
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:52:24 ID:PvA6uuSs0
(-_-)「であれば、やはり、僕が昨日突き落とした女性は本当の鬼だったんでしょうか?」
( ゚∋゚)y━・「鬼は鬼かもしれんが」
はっきりしない物言いだ。
ヒッキーが視線で説明を促すと、唇に挟まれたままの煙草が揺れた。
( ゚∋゚)y━・「ジンズと中国語を用いてるし、実際その家の奴らは元はそっちの生まれなんだろ?
なら『迷い鬼』なんて造語にも中華の色を含んでる筈だ」
(-_-)「その字面に、日本語と中国語で大きな違いがあるんですか」
( ゚∋゚)y━・「鬼って字は、日本と中国じゃ意味合いが少し違う。
日本では、まあ主に角の生えた恐ろしい妖怪の類として使われるが……」
( ゚∋゚)y━・「元々の中国では、死者の魂、つまりは幽霊あたりを表した字だ。
ま、日本語でも、幽鬼と書きゃ亡霊を意味するだろ」
──例の女は幽霊か何かだったのだろう。
そして屋敷のある土地は、あの世とこの世が繋がりやすい場所。
そういう諸々が重なって、彼女はうっかりこちらへ迷い込んでしまった──
あくまで洞道の推論ではあるが、ヒッキーには筋が通っているように思えた。
32
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:53:41 ID:PvA6uuSs0
( ゚∋゚)y━・「話を戻すが、鏡は門の役割も持つ。
ジンズ屋敷では正にその『門』として鏡を利用してるんじゃねえか」
通常、何が切っ掛けとなって向こうとこちらが繋がってしまうのかは、その時々で異なるのだという。
やって来た切っ掛けが掴めなければ、向こうの世界へ帰すのも難しくなる。
だからジンズ屋敷は、鏡という「切っ掛け」を先に準備してやることで、
そこから紛れ込んでくる者達をすぐに帰せるようにしているのだ。
無限に湧いてくる切っ掛けそのものを潰していくより、よっぽど効率的である。
──以上もまた洞道の推測でしかないが、どうせ、真実と大差はないだろう。
(-_-)「つまり、あの合わせ鏡は……」
( ゚∋゚)y━・「入口から出口へ直通の道を確保してんだな。つくづく効率がいい」
はあ、とヒッキーは妙に熱の籠もった息を吐いた。
不可解だった物事を次々に理解していく快感と、
もう少しで全てが分かりそうな期待に浸っていた。
33
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:54:36 ID:PvA6uuSs0
(-_-)「何で昨日は井戸が帰り道になったんでしょう?」
( ゚∋゚)y━・「水面も鏡っちゃ鏡だ。水鏡って言葉もある」
そこでまた一つ理解した。「壊れた井戸の蓋」。
蓋の裏面は光を反射していた。
あれは──裏に鏡がついていたのか。
(-_-)「彼女は井戸の水面かあるいは蓋の鏡を『入口』にして来てしまったけれど……
運悪く何かの拍子に蓋が壊れたから、道が切れて、帰れなくなっていたんですね」
( ゚∋゚)y━・「そういうこったな」
(-_-)「それなら、さっさと直すか新しい鏡でも用意すればいいのに」
( ゚∋゚)y━・「だから奴さん、ちゃんと用意しただろ。『新しい鏡』……の代打をさ」
少し考えて。
ヒッキーは、自信なさげな手つきで自身を指差した。
洞道が小刻みに何度か頷く。
(;-_-)「鏡の代わり? 僕が?」
また頷く。
34
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:55:58 ID:PvA6uuSs0
( ゚∋゚)y━・「多分その辺の普通の鏡じゃ駄目なんだ。
霊的な力が込められてるような鏡じゃねえと」
(;-_-)「だから、それでなぜ僕が」
( ゚∋゚)y━・「名前」
(;-_-)「はい?」
( ゚∋゚)y━・「お前の名前を紙に書いて、鏡写しにしてみるとどうなる」
(-_-)「そりゃ左右反対に、……あ」
──古森日喜。
一文字一文字がほぼ左右対称に出来ているその名は、鏡に映しても、
横書きの場合において並びが反転する以外には全く同じなのである。
35
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:57:22 ID:PvA6uuSs0
( ゚∋゚)y━・「それに顔も。
お前のツラ、綺麗に左右対称だ。
生憎どの部位も地味な造りだから、のっぺり顔だが」
せめて目が大きくて鼻が高ければ美形と言われただろうに、と洞道が哀れそうに呟く。
余計なお世話だ。
むっとしつつも、ヒッキーは自分の顔に両手で触れた。
意識したことはなかったが、なるほど、10年前に当主が顔を褒めてくれたのは、
そういう謂れがあったからか。
( ゚∋゚)y━・「見た目も名前も左右対称だなんて、稀有な存在だな。
お前という人間の中心に鏡があるようなもんなんだ」
( ゚∋゚)y━・「人間ってなァ、身の内に魂を抱えているが故に
それだけで霊的な力を備えていると言える。
だから鏡の代役としてお前が相応しかった」
(-_-)「じゃあ彼女を突き落とした後、僕が井戸を覗き込めば……」
( ゚∋゚)y━・「合わせ鏡が成立し、道が出来て、女は無事にあの世へ帰れる。ってわけだ」
「な、もう全部終わってるだろ」。
そう締められて、ヒッキーの体から一気に力が抜けた。
わだかまりが全て解消されたことに、ある種の恍惚感を覚えていた。
あの女は既に死んだ人間の霊であって、ヒッキーは殺人など犯していない。
そんな事実に気が楽になったのもある。
36
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 18:59:21 ID:PvA6uuSs0
(*-_-)「すごい……すごい、先生、安楽椅子探偵ってやつだ。
当主さんがちっとも教えてくれなかったことを、僕の話だけであっさり解き明かすなんて」
( ゚∋゚)y━・「屋敷の者にとっちゃ秘術みたいなもんだろうからな。
一般人においそれと明かせる内容じゃないし、そりゃ訊かれても答えられねえだろうよ」
(*-_-)「それが分かるということは、先生は一般人ではないというわけですか?
一体何者なんです」
純粋な疑問から問うと、洞道は一切の動きを止めた。
煙を吸い込むことも、瞬きも。
肌がぴりぴりとするのを感じ、ヒッキーは再び身を固くする。
それもほんの数秒のことで、今度は長く目を閉じた洞道は、
溜め息をついて吸いさしの煙草を灰皿に放り込んだ。
( ゚∋゚)「いちいち細けえこと気にしやがる。当主さんもさぞかしウザったかったろうよ。
俺は当主さんみてえに優しかねえから、実際に見せてやる」
と言って立ち上がり、開けっ放しだった窓と引き戸を閉めていく。
それら全てが、何となくぬるりとした、滑らかな所作だった。
37
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:00:42 ID:PvA6uuSs0
(-_-)「先生?」
しい、と洞道が唇の前で指を立てるので、ヒッキーはおとなしく口を噤んだ。
再び向かい合って座る。
それきり何も言わないものだから、ヒッキーも話し出せず、ただ沈黙が流れた。
蝉の声がまた遠い。
あれだけ煩わしかったそれが恋しくて、つい耳を澄ましてしまう。
──鳴き声が止んだ。
同時に、部屋の中が少しばかり暗くなった気がした。
雲でも出たのだろうか。
窓の方を見ようとしたら、洞道の大きな手に頭頂部を鷲掴みにされて阻まれた。
38
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:03:02 ID:PvA6uuSs0
〈すみませえん〉
ガラスを隔てた向こうから誰かが、いや、「何か」が言った。
うなじがざわつく。
〈扉を探しているんです。これがそうですか〉
かりかり。ガラスを引っ掻く音。やけに高い位置だ。
好奇心から横へズレてしまいそうな視線を、必死に押し止める。
あの女を前にしたときと同じ感覚が──
「この世のものではない」という直感があった。
.
39
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:04:10 ID:PvA6uuSs0
〈扉を見付けたら中に入らないといけないんです。
お腹が空いています。これが扉ですか〉
きいきい。爪でも立てたのか、音が不快に歪んだ。
声は男とも女ともつかない。
〈開けてもよろしいですか〉
〈すみませえん〉
〈お腹が空いています。寒いです。獣に追われています。外は嵐です。怪我をしています。困っています。
困っています。
困っているから入りたいです。開けてもよろしいですか〉
〈すみませえん〉
〈すみませえん〉
声音は常に一定だが、窓を掻く音は、焦れるように激しくなっていく。
40
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:05:32 ID:PvA6uuSs0
洞道は床に目を落とし、片手でヒッキーの顔を正面に固定している。──「見せてやる」と言ったくせに。
知らず、膝の上に乗せたヒッキーの手が震える。
学校へ到着したとき、見上げた校舎の全ての窓が開いていたことを思い出していた。
しばしヒッキーの聴覚と不安感を侵し続けたそれは、
来たときと同様に突然諦めたのか、声と音を止めた。
室内に落ちた暗がりが消える。
( ゚∋゚)「──学校も『そういう場所』になりやすいんだ」
ようやく洞道が手を離したので、ヒッキーは無意識に詰めていた息を吐き出した。
( ゚∋゚)「だから、対応できる奴が一人二人はいねえとな」
言いながら窓を開けている。
その向こうにはただの中庭がある。
41
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:07:02 ID:PvA6uuSs0
蝉は何事もなかったかのように鳴いていた。
途端、室内に満ちる熱気を思い出す。汗だくだった。もちろんヒッキーだけが。
喉がひどく渇いていた。
洞道はのそのそと職員室の隅へ移動した。
そこで小さな冷蔵庫を開け、今度はごそごそと。
少しして、麦茶らしき液体の入ったポットと湯飲み、それと製氷皿を持って戻ってきた。
見透かされているようで、少し気味が悪い。
( ゚∋゚)「対応っつっても大抵はやり過ごすしかない。
まあでも、やり過ごすのにもやり方はあるからな。知識は必要だ。
日々勉強してると、他所さんのやり方も何となく分かってくる」
(;-_-)「なるほど。……合わせ鏡を置いてみては?」
( ゚∋゚)「そんなん、たまたまその土地にそのやり方が合ってただけだ。
特殊な鏡の調達だって難しい。仮に出来たとして、
そんな繊細なブツ、お前ら暴れざかりの傍でどれだけ保つよ」
42
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:08:49 ID:PvA6uuSs0
小学校や中学校で出会ってきた教員にも、彼のように、
ひっそりと「こういう」仕事をしていた者がいたのだろうか。
もしかしたら、幼いヒッキーが名前を揶揄されるのを黙って見ていた担任が。
高校受験に悩むヒッキーに親身に寄り添ってくれた数学教師が。
はたまたその他の誰かが、そうであったのかもしれない。
だとしてもやはり、彼の佇まいは、これまでのどの先生とも違って見えた。
超然としているというか世間離れしているというか。
しかし。
( ゚∋゚)「──屋敷には、後で学校からひとこと言っとく。
非常事態だったとはいえ、勝手に生徒巻き込まされちゃ困る」
そう呟いた瞬間だけは、何だか、すこぶる教師らしかった。気がする。
43
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:10:29 ID:PvA6uuSs0
( ゚∋゚)「そら。また厄介なのが来る前に、さっさと飲んでとっとと帰れ」
(-_-)「ありがとうございます」
湯飲みに麦茶が注がれる。
机の端に追いやられていた茶渋の目立つマグカップにも流し込むのを眺めていたら、
ポットに「渋澤」「洞道ドントタッチ」と書かれたテープが貼ってあるのを見付けてしまった。
ヒッキーの目線に気付いた洞道が、そのテープを見やる。
( ゚∋゚)「酒奢りゃ許される」
渋澤の「やり過ごし方」もお手の物のようで何より。
(;-_-)「……怖いものなしって、洞道先生のためにあるような言葉だなあ」
( ゚∋゚)「馬鹿言え。誰よりもビビりだよ俺は」
(;-_-)「何の意味があるんですかその嘘は」
アイストングをかちかち鳴らして、洞道はじとりとヒッキーを睨む。
少しばかり、苦々しげな顔に見えた。
44
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:12:41 ID:PvA6uuSs0
( ゚∋゚)「……夏はとにかく行き交いやすい季節だ。ちっとも油断ならん」
(-_-)「はあ……?」
( ゚∋゚)「『さっきの』は密室さえ作らなきゃ避けられるから、窓かドアを開けとくだけで済むが。
開けっ放しにしてたらしてたで、また別のが入り込みやすくてな……」
と、渋澤の煙草を指差した。
( ゚∋゚)「雑魚なら、煙草の煙である程度は追っ払える。
か弱い人間の俺はこうやって自衛するしかねえのよ」
──この、見た目に威圧的な、何ならヒッキーよりよほど
人の一人や二人は殺していても違和感のなさそうな男が
「か弱い」括りに入るとは。
改めて恐怖心を煽られたヒッキーは、早く帰るため、
さっさと麦茶を飲み干してしまおうと決意する。
そんな彼へ苦笑を向けると、洞道は氷を二つ三つ、麦茶に落とした。
45
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:13:58 ID:PvA6uuSs0
ぽちゃりと水の跳ねる音がした。
終わり
46
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:14:36 ID:PvA6uuSs0
(
)
i フッ
|_|
お読みいただきありがとうございました
お題が出るより前に書いたものなので、いくつか合うのもありそうですがお題の使用は無しということにします
47
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:14:53 ID:6HMh6x9c0
しっとりしてていいね
乙
48
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:30:34 ID:vlTefloE0
オツ
49
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 19:51:26 ID:QYgvytX20
静かで不気味な感じがいいな
やっぱり日本のホラーは不気味さあってこそだね
50
:
名無しさん
:2022/08/05(金) 20:13:15 ID:x4k8nnLk0
乙
ヒッキーの設定とかよくできてるなあ
51
:
名無しさん
:2022/08/06(土) 00:27:38 ID:Tiwar/ak0
読みました。不穏でありながら不幸にならない結末が良かったです!
洞道先生から寺生まれのTさんみを感じました。
52
:
名無しさん
:2022/08/06(土) 08:26:19 ID:WhY4oIDg0
乙、面白かった
この雰囲気すきだな
53
:
名無しさん
:2022/08/07(日) 16:26:11 ID:qO3bqx6s0
乙乙
程良い指圧でマッサージされてるような、心地良い怖さでした。
54
:
名無しさん
:2022/08/07(日) 16:27:51 ID:oALbpJ0Y0
めちゃいいね
乙
55
:
名無しさん
:2022/08/08(月) 19:58:27 ID:Qc1BOB6c0
名前が左右対称って出てきた瞬間にウォォッ!となった
乙!
56
:
名無しさん
:2022/08/09(火) 06:49:29 ID:g6cJeir60
読みやすくてシーンが脳内にすっと浮かぶから、映像見てる気分だった
すごい面白かった、乙
57
:
名無しさん
:2022/08/09(火) 06:52:48 ID:nZyh2LGQ0
確かに顔が左右対称なAAって少ないな
キャラの名前といい、うまいことできてるなあ
58
:
名無しさん
:2022/08/16(火) 14:30:29 ID:V9d0oUEE0
乙
AAの特徴をうまく捉えた良作だ
59
:
名無しさん
:2022/08/27(土) 16:34:30 ID:6qiK86BM0
乙
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