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澱のようです

1 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:19:15 ID:SPcmH3EU0




ζ(゚ー゚*ζ「ふんふんふーん。ふふふんふーん」

 鼻歌を歌いながらフライパンを動かす。
 勢いよく「えいっ」と気持ちを込めればうまい具合にホットケーキをひっくり返せた。

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ……今日は上手く出来た」

 お皿に移してバターとたっぷりのメイプルシロップをかけて出来上がり。
 今朝の私とお姉ちゃんのご飯だ。

 テーブルに配膳してテレビを付ける。
 時間は七時二十分。丁度いい頃合いだ。

ξ゚⊿゚)ξ「おはよ、デレ」

ζ(゚ー゚*ζ「お姉ちゃん、おはよう。ごはん出来てるよ」

ξ゚⊿゚)ξ「いい匂い。……あら、今日はいい感じのホットケーキね」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。私史上最高の出来だよ!」

 お姉ちゃんと向き合って席に着く。
 手を合わせて同時に「いただきます」の合図。

 用意したホットミルクと出来立てほやほやのホットケーキがよく合う。
 お姉ちゃんは私のごはんをいつもおいしそうに食べてくれるから作りがいがある。
 といっても、ホットケーキミックスから作ったものなのでたいした手間はかかっていないのだけど。

2 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:20:28 ID:SPcmH3EU0

『……設楽場市周辺で起きた男児を狙った事件はこれで三件目となり……』

 幸せな朝のひとときを台無しにしたのは、ここ最近設楽場市周辺で起きている連続殺人事件の話題だった。
 小さな男の子ばかりが狙われる事件はつい昨日、ついに三件目が起きてしまったという。
 現場は私の通う高校のすぐ近くの公園で、夕方には物々しい雰囲気が学校にまで伝わってきていた。

ξ゚⊿゚)ξ「まだ捕まらないのね、犯人」

ζ(゚ー゚*ζ「ね。……帰りに警察の人たちが学校の近くうろうろしてたよ」

ξ゚⊿゚)ξ「あんたも気を付けなさいよ。変な奴なんかどこに潜んでるかわからないんだから」

ζ(゚ー゚*ζ「私は大丈夫だよ。女子高生だし」

ξ゚⊿゚)ξ「この事件に限らずよ。あんた、春に露出狂に会ったって言ってたじゃない」

 たしかにお姉ちゃんの言うとおりだ。
 だけどあの時は見せるだけ見せてすぐに逃げていったし、急な事だったから犯人の顔さえ覚えていない。

ζ(゚ー゚*ζ「お姉ちゃんこそ気を付けてよね。最近、仕事が終わるの遅いし」

ξ゚⊿゚)ξ「まあ、最近はねぇ……。うちの市も児童福祉に力入れ始めたのはいいことだし……」

 お姉ちゃんの仕事は設楽場市の児童相談所職員だ。
 去年、隣の市で起きた大きな虐待事件が世間を騒がせてから特に仕事が忙しくなったらしい。
 夜は私が寝る前に帰らないことさえあるくらいだ。

ξ゚⊿゚)ξ「さ、暗いニュースなんか見てないでさっさと行きましょ。今日もモララーくんと待ち合わせしてるんでしょ?」

ζ(゚ー゚;ζ「あ、もうこんな時間か!」

3 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:21:17 ID:SPcmH3EU0

 時計を見て私は席から立った。
 朝ご飯はもう食べ終わったから、後は食器を洗うだけだ。
 お姉ちゃんに手伝ってもらって出かける準備を終える。

 カバンを持って玄関へ。
 お姉ちゃんと一緒に鍵を閉めたことを確認して、私たちは手を振って正反対の方向に向かった。
 駅は東、高校は西の方角にあるからだ。

 モララーくんの家はすぐ近所、学校へ向かう道の途中にある。
 玄関前にはすでに彼が立っていて、私を見付けると「おはよう」を声を掛けてくれた。

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう、モララーくん!」

( ・∀・)「今日もいい天気だね」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。こんないい天気だと眠くなっちゃう」

( ・∀・)「まだ朝だよ」

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ……」

 モララーくんは幼稚園の頃からの幼馴染みだ。
 気付けばずっとそばにいる仲良しの友達だった。

 二人きりで歩くこのひとときが楽しい。
 二人で一緒に学校へ行くとからかわれることもあるけれど、それでもいい。
 モララーくんは、いったいどう思っているんだろう。

 私のこと、少しだけでも特別だと思ってくれていたら嬉しいな。
 そう思ってちらりと見たモララーくんの横顔はやっぱりきらきらしてかっこよくて、思わず背けてしまった。
 当の彼はそんな私の不審な挙動には気付いていないようで、それがちょっとだけうらめしい。

4 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:21:59 ID:SPcmH3EU0




 学校は嫌いじゃない。
 友達とおしゃべりするのは楽しいし、先生だって優しい人が多い。
 だけど授業は退屈だ。

( ・∀・)「デレちゃん、また寝てたの?」

ζ(゚ー゚*ζ「うん、数学わからないからつい……」

( ・∀・)「あはは! 俺も気持ちはわかるよ。でももうすぐ定期テストだろ。大丈夫?」

ζ(゚ー゚;ζ「むむむ……大丈夫、じゃないかも……?」

( ・∀・)「数学なら俺が教えるから大丈夫! かわりに英語教えてよ。得意だろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「いいよ。土曜日に図書館に行こう。この間ね、近くにケーキのおいしい喫茶店ができたの!」

 歩いているとあっという間にモララーくんの家に辿り着いてしまった。

( ・∀・)「今日は送っていくよ。最近、物騒だろ」

ζ(゚ー゚*ζ「お姉ちゃんとおんなじこと言ってる……。
      それに、どちらかというとモララーくんの方が危ないんじゃないかな?」

( ・∀・)「なんで?」

ζ(゚ー゚*ζ「男の子ばかり狙われてるから。そのうち高校生が狙われるかもしれないよ」

( ・∀・)「……大丈夫だって、たぶん」

5 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:22:28 ID:SPcmH3EU0

 モララーくんは頑なで、それだけ私のことを心配してくれているということだ。
 それは嬉しいんだけどやっぱり不安もある。
 私のためにモララーくんに何かが起きてしまったら悔やんでも悔やみきれないに違いない。

 だけど、それはモララーくんも同じようで。
 私が彼を置いて帰ろうとするとしっかり着いて来るのだった。

( ・∀・)「徒歩三分でもいい顔させてよ。男なんだからさ」

ζ(゚ー゚*ζ「もう……。明日は一人で帰るからね」

 わざとらしく大きな溜息をついて見せた。
 モララーくんはくすくすと笑ってそんな私を見ている。

( ・∀・)「ん? デレちゃんの家の前に誰かいる……?」

 モララーくんの言葉で視線を向けると、そこには人がいた。
 私とお姉ちゃんの住む一軒家の前にスーツの女の人と男の人が立って、インターホンを押しているようだ。

ζ(゚ー゚*ζ「お客さんかな」

( ・∀・)「このご時世だ。気を付けろ……」

 お客さんにいったい何をどう気を付ければいいのだろうか。
 よくわからないけれど少しだけ周囲の様子を窺ってから二人組に声を掛けてみる。

ζ(゚ー゚*ζ「あの……家に何かご用ですか」

('、`*川「あ、津田さんのお家の方かしら?」

ζ(゚ー゚*ζ「はい。そうですけど、何か……?」

 私がこの家の住人だと知ると、女性がスーツの内ポケットをごそごそとあさり始める。
 そして……。

('、`*川「私、こういう者です」

6 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:23:11 ID:SPcmH3EU0

ζ(゚ー゚;ζ「……!」

(;・∀・)「け、警察……!?」

 出てきたのはドラマとかでよく見る警察手帳。
 初めて見た本物に戸惑ってしまう。

 なんで、警察の人が家に?
 ……あ、もしかしてこの間、車が全然来ないからってこっそり赤信号渡ったの誰かに見られてた?
 二度とやらないって誓ってるから見逃してください……。

 そんな私の内心は表情にしっかり出ていたようで、女性は微笑みながら優しい声で言った。

('、`*川「あなたが悪いことをしたから疑っているとかじゃありません。
     最近このあたりで起きた男児殺害事件について、聞き込みをしているんです」

(-_-)「ご存知のことがありましたら、私たちにお話しいただけませんか」

 男児殺害事件。間違いない、この間高校の近くの公園で起きた殺人事件のことだ。
 たしかに家から学校までは徒歩で通えるくらい近い。
 聞き込みの刑事さんが来るのもおかしなことではないのだろう。

( ・∀・)「……俺も一緒でいいですか。この辺りに住んでるんで」

('、`*川「もちろん。その制服、設楽場西高校の生徒さんだものね。丁度いいです」

(-_-)「ええと、それではまず……ここ最近の不審者情報から。
     最初の事件が起きたのが八月、その頃から今に至るまで、近隣で不審者を見かけたことはありますか?」

 思い出してみる。
 部活もバイトもしていなくて平日はせいぜい買い物に行くくらいの私はあまり遅い時間に外を歩くこともない。
 隣のモララーくんと視線を合わせてみたが、彼も心当たりはなさそうだ。

7 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:23:49 ID:SPcmH3EU0

ζ(゚ー゚*ζ「春に露出狂にはあったんですけど……それ以降は特に何も見てないです」

('、`*川「ああ……他にも目撃者がいたわね。だけど安心していいですよ。
     その露出狂、今年の六月に捕まっていますから」

(;・∀・)「え、そうなんですか?」

(-_-)「詳細はお話し出来ませんが、別件逮捕ですね。余罪がその露出でした」

 春に私たちの周囲で目撃情報が多発していた露出狂はいつの間にか捕まっていた。
 なんだか少しだけ、今起きている事件も刑事さんたちがなんとかしてくれるような気がした。

(-_-)「それでは次に……」

 そんな感じで、私とモララーくんはしばらくの間刑事さんたちに聞き込みをされたのだった。

('、`*川「そういえばデレさん、お姉さんと二人暮らしなんですよね?
     先に話を聞いたお隣さんが教えてくれたんですけど」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですよ。でも最近忙しいから、帰ってくるのは遅いかもしれません」

('、`*川「何をしてらっしゃるの?」

ζ(゚ー゚*ζ「児童相談所の職員です。家庭訪問みたいなことしたり、通報があったら駆けつけたり……」

('、`*川「そう……。お姉さんにもぜひお話しを聞きたいので、私たちの件は伝えてもらえませんか?
     近いうちにまた来ますから」

ζ(゚ー゚*ζ「はい。もちろんです」

 二人の刑事さんはぺこりと頭を下げて、この場を去った。
 まだまだ回らないといけない場所がたくさんあるらしい。

8 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:24:25 ID:SPcmH3EU0

ζ(゚ー゚*ζ「刑事さんのお仕事って大変そうだね」

 なんともなしに隣のモララーくんに話し掛ける。

( ・∀・)「うん……。……ん? ごめん、聞いてなかった」

ζ(゚ー゚*ζ「モララーくん、どうしたの?」

( ・∀・)「いや、ごめん。なんでもない。それじゃあ家まで送り届けたことだし、俺は帰るね。また明日」

ζ(゚ー゚*ζ「うん、また明日」

 どうしたのだろう。
 あの刑事さんとのやりとりで何か嫌なことでもあったのだろうか。
 私は何も感じなかったけれど、モララーくんは私よりずっといろんなことに気付ける繊細な人だ。

 もしかして、実は刑事さんは私のことを疑ってた?
 まさか、そんなことはない……と思う。
 だけど、目撃者が一人もいない事件らしいから、私も大きな意味では容疑者の一人なのかもしれない。

 考えてもさっぱりわからない。
 私は、物心がついてから人の死を一度しか見たことがない。
 当然殺人事件なんてものは縁もゆかりもないことだ。

 自覚がないだけで、ものすごく混乱しているのかもしれない。
 今日は買い物に行く必要もないから、大好きなホットミルクでも飲んで気持ちを落ち着けよう。
 時間がもう少し早ければおやつに大好きなホットケーキをつけても良かったんだけど……。

 それにしても、刑事さんが手帳を出すところ、かっこよかったなぁ。
 そういえばこの時間には刑事ドラマの再放送をやっていた気がする。
 テレビをつけてみよう。

9 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:25:00 ID:SPcmH3EU0

 家に入って居間のテレビをつける。
 あのドラマ、何チャンだっけ?

 そう思いながら適当にリモコンを操作していると、ニュース映像が目に入った。
 ……そうか、夕方のニュースの時間か。

ζ(゚ー゚*ζ「……え、また?」

 思わずテレビに食いつく。

『先日の事件からまだ日も浅い中、ついに四人目の犠牲者が出ました。
 こちらが現場の美府第二公園です。現在規制線がはられており公園内の様子はよく見えませんが……』

 レポーターのお兄さんが生中継で喋っている。
 美府市は設楽場市の隣の市だ。
 そして美府という住所は設楽場の近くのはず。

『えー、現場からは以上です』

『またしても凄惨な、男児を狙った殺人事件が発生しました。
 本日は刑事事件のスペシャリスト、元警視庁捜査一課刑事の盛岡氏をお呼びしています。
 ……率直にお聞きしますが、犯人像はどのような人物が考えられるのでしょうか』

『幼い男の子ばかりを狙っていることから、まずは異常性癖を持つ人物である可能性があります。
 実際に世界中に幼い子供ばかりを狙った殺人鬼は多数いますからね』

『なるほど。年齢や性別はどうなんでしょうか』

『海外の事例ですと、幼い頃に性的虐待を受けた男性が多いように見受けられます。
 ただ、今回の場合はどの事件も遺体が死後あまり経過せずに発見されています。
 そして、遺体にも性的暴行の後は見受けられないとのことで、まだまだ犯人像を絞って捜査を進めるのは危険でしょう』

10 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:25:31 ID:SPcmH3EU0

 最初の事件はたしか八月の半ばだった。
 次の事件は九月の半ば。
 そして先日の事件が十月の半ば。
 ……事件の起きる感覚が、短くなっている?

 別に、私が次の被害者になることはないだろう。
 だけどなんだか気持ち悪くて、私はテレビを消した。

 被害者の誰と知り合いということもない。
 犯人だって、きっと私とは何の関係もない異常者だ。

 それなのに、なぜか、私の胸は不安でいっぱいだった。

 自分の住んでいる町でひどい殺人事件が起きたのが初めてだからだろうか。
 殺人なんて所詮テレビの向こうや小説の中の出来事だと高をくくっていたからだろうか。

 気分を変えるために冷蔵庫に向かう。
 今日の夕食は何にしようかな。
 お姉ちゃんはきっと今日も疲れて帰ってくるから、元気の出るものにしよう。
 元気の出るもの……やっぱりお肉かな。

 お姉ちゃんが帰ってくるのは何時になるだろう。
 早く帰ってくるといいな、そう思った。

11 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:26:16 ID:SPcmH3EU0




ξ゚⊿゚)ξ「デレ、起きて。こんなところで寝ないの。
      私が遅いときは気にせず先に寝てなさいっていつも言ってるでしょ」

ζ(゚ー゚;ζ「!!」

 ぱっと頭を上げる。
 私はリビングの机に頭を預けて寝ていたようだ。
 見上げた時計は深夜十二時ちょうど。
 お姉ちゃんは今日もお仕事が大変だったようだ。

ξ゚⊿゚)ξ「ごはん、ありがとうね。
      明日も学校なんだから、早く寝なさい」

ζ(゚ー゚*ζ「うん……そうする……。起こしてくれてありがとう……」

ξ゚⊿゚)ξ「いいから、早く寝ちゃいなさい」

 お姉ちゃんに支えられて椅子から立つ。
 寝起きの頭と体はふわふわしていて歩きにくい。
 明かりが妙にまぶしくて、半目のとても人には見せられない顔で部屋へ向かう。
 階段で何度か転びそうになってしまってもまだ眠気は消えてくれない。

 暗い部屋に明かりもつけずに入り込む。
 そのままベッドへ倒れ込むと、もう二度と起き上がれないような気がした。
 廊下の明かりはつけたままだけど、お姉ちゃんがまだ起きているからいいか。

 意識がふわふわ。
 階下で金属が落ちるような甲高い音がした気がするけれど、それを確かめるだけの気力が私にはなかった。

12 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:26:39 ID:SPcmH3EU0




 朝の時間が私は好きだった。
 朝ご飯を作って、それをお姉ちゃんと一緒に食べて、そんな穏やかな時間が大好きだった。

 だけど、それはテレビによって邪魔をされていた。

 昨日新たに起きた事件のニュース。
 聞いているだけで不快感が込み上げてくる。

ξ゚⊿゚)ξ「また、なのね……」

 お姉ちゃんがトーストをかじりながら呟く。

ζ(゚ー゚*ζ「うん……。何が起きてるの、いったい……」

 不気味だった。
 理解出来ない殺人鬼が、私の町かその近くに潜んでいる。

 それはきっと今も、普通の人のふりをして仕事をしたり学校に通ったりしているのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「なんで、この平和だった町でこんなことが起きるんだろう」

ξ゚⊿゚)ξ「さあね。異常者の考えることなんてさっぱりだわ」

ζ(゚ー゚*ζ「……なんで、どうして人を殺せるんだろう。それも、小さな男の子ばかり……」

 大人同士が痴情のもつれや金銭トラブルで刃傷沙汰、それならわからないでもない。
 だけど小さな子供が殺したいほど恨まれるなんてこと、いったいどうしたら起きるんだろう。

ξ゚⊿゚)ξ「あんた、余計なことばかり考えちゃうタイプだから、もうテレビを見るのはやめなさい。
       もちろんネットニュースもよ。精神の毒だわ」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。そうする……」

13 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:27:12 ID:SPcmH3EU0

 外に出るのは怖かった。
 たとえ私が襲われる可能性は限りなくゼロに近くても、異常者とすれ違うかもしれないというのは恐ろしかった。
 いや、もしかしたら、気付いていないだけで私はすでに異常者の顔を見たことがあるのかもしれない。
 そう思うと異常な寒気に襲われて、吐き気までしてくるような気がした。

ξ゚⊿゚)ξ「モララーくんの家までついてこうか」

ζ(゚ー゚;ζ「い、いいよ。お姉ちゃんこれからお仕事で大変なんだから……」

ξ゚⊿゚)ξ「そう? 無理、しないでよ。なんかあったら電話でもなんでも寄越しなさい。
       話くらいなら聞くから、溜めこまないのよ」

ζ(゚ー゚*ζ「……ありがとう。お姉ちゃんが優しくてよかった」

ξ゚⊿゚)ξ「何馬鹿なこと言ってるの。私はいつだって優しいあんたのお姉ちゃんよ」

 お姉ちゃんに手を振って歩き出す。
 たった三分の距離。
 それでもすれ違う人の中に恐ろしい相手がいるかもしれないと思うと自然と小走りになった。

(;・∀・)「おはようデレちゃん。顔色悪いけど、大丈夫?」

ζ(゚ー゚*ζ「……ちょっとだけ、大丈夫じゃないかも」

( ・∀・)「俺でよければ話してよ」

ζ(゚ー゚*ζ「馬鹿みたいな話なんだけどね……最近起きてる連続殺人事件がすごく怖いの」

( ・∀・)「ああ……俺たちのすぐ近くでこんなヤバい事件が起きるの、初めてだもんなぁ」

ζ(゚ー゚*ζ「何人も罪もない子供を殺した人が、もしかしたらすぐ近くにいるかもしれない。
       それがね、怖いの。私はたぶん被害者になることはないのに」

14 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:28:03 ID:SPcmH3EU0

 そう言うとモララーくんは優しく元気付けるように背中をたたいてくれた。

( ・∀・)「デレちゃんは優しいから、そういうの気にしちゃうんだよ。
      犯人は昨日会った警察の人たちがなんとかしてくれる。
      だからさ、大丈夫。日常はすぐに戻ってくるさ」

ζ(゚ー゚*ζ「……うん。そうだよね」

 モララーくんは優しい。
 ずっと一緒にいるからだろうか、私のことを理解して私のほしい言葉をくれる。
 だから私は彼が大好きだ。

 きっと、これは、恋なのだ。
 一緒にいると温かくて、幸せで、お姉ちゃんの次か同じくらいに大好きな人。
 言いだす勇気はないけれど、彼も私に少しでも同じ気持ちを持っていてくれたら嬉しいな。

 そんなことを考えていると嫌な気持ちも少しは晴れてくる。

( ・∀・)「……っと、もうすぐ学校だ」

ζ(゚ー゚*ζ「モララーくんと一緒だと早いなぁ」

(*・∀・)「俺も、デレちゃんと一緒だと早いって思うよ」

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ……」

(*・∀・)「……こ、こんなところで油売ってるとまたからかわれる。早く行こう」

ζ(゚ー゚*ζ「うん」

 その時、モララーくんが足を止める。

15 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:28:39 ID:SPcmH3EU0

ζ(゚ー゚*ζ「ん?」

( ・∀・)「……デレちゃん、先行ってて」

 それだけ言って、モララーくんは走り出してしまう。
 いったい、どこへ?
 敏感で勘の鋭い彼のこと、また私にはわからない何かを感じ取ったのだろうか。

 よくわからないまま追いかけてみる。
 かあかあと、カラスたちがいつもより騒いでいるような気がする。

 黒い羽がひらり、一枚私の足元に落ちてきた。

ζ(゚ー゚*ζ「モララーくん」

( ・∀・)「来るな!」

 モララーくんの、今までに聞いたことのないような怒鳴り声。
 思わず足を止めて、そして。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

 モララーくんは私に背を向けて両手を広げていた。
 最初の一瞬は何かわからなかった。
 だけどよく見なくても異様な存在感があって。
 それで「あれ」が完全に隠せるはずはなくて。

16 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:29:05 ID:SPcmH3EU0

 見える。
 見えるよ。
 それは人の姿。

 地面に横たわる、子供の姿。

 カラスたちが騒ぎながら子供のそばに集まっている。
 地面には、赤黒い、それはたぶん血。

 それから、そのそばに、何か真っ赤に染まった物体が……。

ζ(゚- ゚;ζ「あ……」

 子供が、死んで……。
 公園で、死んでる……?

(;・∀・)「デレちゃん、大丈夫! 大丈夫だから!」

 モララーくんの取り乱すような声。
 だけど何を言ってるかはよくわからない。

 私は地面にうずくまって、そして……。

17 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:30:01 ID:SPcmH3EU0




 気付いたら真っ白い天井を見上げていた。

ξ゚⊿゚)ξ「デレ……」

ζ(゚ー゚*ζ「ん……おねえ、ちゃん……?」

ξ゚⊿゚)ξ「うん。……あなた、なんでここにいるのかわかる?」

ζ(゚ー゚*ζ「……。……ぁ」

 完全には思い出せない。
 けれどおぼろげに、もやがかかったように、あの公園での出来事を思い出す。

 朝、いつもの登校。
 その時、突然モララーくんが走り出して、そして。

ζ(゚ー゚*ζ「モララーくんは?」

ξ゚⊿゚)ξ「今警察の人に話を聞かれてるわよ。あなたも目が覚めたら警察の人が訪ねてくることになってる」

ζ(゚ー゚*ζ「……お姉ちゃん、お仕事は?」

ξ゚⊿゚)ξ「……馬鹿。あんたが倒れたって聞いたから、後輩に仕事押し付けて駆けつけてきたに決まってるでしょ」

 顔も名前も知らないお姉ちゃんの後輩に「ごめんなさい」と心の中で謝る。
 でも、お姉ちゃんがこうして私のために仕事を投げ出してくれたことは嬉しかった。

ξ゚⊿゚)ξ「看護師さん呼んでくるわね。まだ起き上がっちゃダメよ」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。わかってるよ」

18 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:30:30 ID:SPcmH3EU0

 お姉ちゃんが病室から出て行く。
 ここは、病院だった。
 きっとモララーくんが救急車か、あるいは警察を呼んだのだろう。

 ぼんやりと天井を見上げる。
 そうしていると、その白にあの光景が浮かんでくるようで……。

 私は慌てて目を閉じる。
 黒くなった視界にはあの理解したくないものは映らなかった。

 ……あれはきっと、あの連続殺人事件の遺体だったのだろう。
 男の子ばかりを狙った、あの、忌まわしい事件。
 どうして私のすぐそばでこんな事件が起きるのか。
 その答えはきっと犯人しか知らない。

 モララーくんや私の証言で犯人は捕まるだろうか。
 ううん。きっと捕まらない。
 だって、今までだって遺体を見付けた人に警察は話を聞いているはずだもの。

 なら、まだ事件は止まらない?

19 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:31:03 ID:SPcmH3EU0




 簡単な問診を終えて、私は警察署に連れて行かれた。
 ショックで気絶しただけだから、身体の方にはなんの問題もないらしい。
 実際、私の心以外はいつもと同じように軽やかだ。

 担当は以前会った女性刑事さんだった。

('、`*川「こんにちは。また会ったわね」

ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げると伊藤さんはくすくすと笑って、頭を上げるように言った。

('、`*川「緊張しないでくださいね。誰もあなたを犯人だなんて思っていないから」

ζ(゚ー゚*ζ「……でも私、せっかく呼んでもらってもお役には立てないと思います」

('、`*川「気にしないで。あなたが見たもの、聞いたこと、知っていること、何でも話してください。
     それを繋ぎ合わせて真実を見つけ出すのは我々警察の役割ですから」

 息を呑んでこくりと頷く。
 伊藤さんは静かに私への質問を始めた。

ζ(゚ー゚*ζ「少しだけ、モララーくんの後ろに……ううん、彼は私に背を向けていたから前か。
       前に、地面に横たわる子供の、たぶん男の子の顔が見えました」

('、`*川「その子供の様子はどうでしたか?」

ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい……もやがかかったみたいに、あまり思い出せなくて……。
       でも顔が真っ白で人形みたいだったような……そんな気がします」

20 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:31:42 ID:SPcmH3EU0

('、`*川「ありがとう。……子供は、けがをしていましたか?」

ζ(゚ー゚*ζ「傷はたぶん見てないと思います。でも、地面に血のようなものがあった気がします。
       それから何か、何かはわからないけど、地面に真っ赤なものが落ちていたような気もします」

('、`*川「そう……」

 モララーくんへの聴取はもう終わっているだろう。
 きっと、私と彼の証言に矛盾がないのかを確認しているのだろう。
 伊藤さんは真剣に手元の資料を見つめていて、私はなんとなくそれを見つめていた。

('、`*川「あなたは毛利くんがひとりで現場に向かったのを追ったんですよね。
     彼が異常を察知した理由はわかりますか?」

ζ(゚ー゚*ζ「うーん……。モララーくんは昔から勘が鋭くて、他の人に気付かないことによく気付くんです。
       私は気付かなかったけど、カラスの声とか飛び方がおかしいと気付いたのかもしれません。
       小学校の時に一時期クラスでよくものがなくなることがあったんですけど、だいたい彼が見つけてました」

('、`*川「念のための確認だけど、まさか、彼の自作自演だったということはないわよね?」

ζ(゚ー゚*ζ「もちろんです!
       同じクラスの子で勉強のことで行き詰まっている子がいて、その子がストレス解消にいたずらしてたんです」

('、`*川「……そうよね。彼ともお話ししたけれど、とても好青年という印象でした」

 モララーくんが褒められると嬉しい。
 刑事さんの言うことだから、本心ではないかもしれないけれど。

 その後もモララーくんの話は続いた。
 第一発見者は疑われるもの、というのは漫画でも読んだことがある。
 ただ、彼は私と一緒に近くまで行ったし、私と合流する前は家族と一緒にいたというアリバイがあるはずだ。

21 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:32:24 ID:SPcmH3EU0

 伊藤さんの表情はあまり変わらない。
 私の緊張をほぐそうとしているような柔らかな笑み。
 会話が途切れる時だけ少し表情が薄くなるけれど、基本的には柔らかなものだ。

('、`*川「ありがとうございました。
     この後もう少しだけ私の部下からも質問をさせてもらうけれど、ひとまず休憩にしましょう」

 伊藤さんのその言葉で、私は肩の力が抜けるのを感じた。
 あまり自覚はなかったのだが、ひどく緊張していたようだ。

 お手洗いの場所を聞いて立ち上がる。
 一息ついて戻ると、取調室にいたのは男性刑事さんだった。

(-_-)「どうも。小森です」

ζ(゚ー゚*ζ「こんにちは。よろしくお願いします」

 彼も伊藤さんと同じ、以前私の家に来た刑事さんだった。

(-_-)「伊藤さんはどうでした? 怖い顔で脅されたりしませんでしたか?」

ζ(゚ー゚*ζ「え、そ、そういうのは全然……」

(-_-)「彼女、事件の容疑者相手だとほんとに容赦なくてね、しょっちゅう苦情来るんですよ。
     やっぱりあなたにはそこまでしませんでしたか」

 とりあえず愛想笑いをしてみる。
 笑ってもいいのか、わからない。

(-_-)「そういえば、やっとあなたのお姉さんにもお話を聞けました」

ζ(゚ー゚*ζ「あ……。私、お姉ちゃんに刑事さんたちのこと伝えてなかった……」

22 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:33:12 ID:SPcmH3EU0

(-_-)「仕方ないですよ。昨晩もお家に帰るのが遅かったようですし。
     お仕事、児童相談所で忙しいみたいですね。
     最近は警察が絡む事件もありますし、それを責めることはできません」

 話してみると小森さんも優しそうな人だった。
 お姉ちゃんの話をしていると心が安らぐ。

(-_-)「最近のお姉さんの様子はどうですか」

ζ(゚ー゚*ζ「とにかくいつも疲れてるみたいで。
       ……そういえば、前より笑わなくなったかな」

(-_-)「笑わなくなった?」

ζ(゚ー゚*ζ「はい。お姉ちゃん、お笑いが大好きで、前はすっごくつまらないのでもテレビ見てよく笑ってたんです。
       でも最近はそもそも帰りが遅いし……前みたいに元気に笑う姿はずいぶん見ていない気がします」

(-_-)「いつ頃からですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「うーん……今年の、夏、くらいからかな?
       夏休みの途中くらいから、そんな様子が増えた気がします。
       もともと夏休みには学校へ通えないから、家に問題を抱えた子の案件が増えるとは言ってましたけど」

(-_-)「ふむ……大変なお仕事ですね。
     また、一緒に笑える日が来るといいですね」

ζ(゚ー゚*ζ「はい!」

23 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:33:55 ID:SPcmH3EU0




 この時の私は知らなかった。
 あまりにものんきに、小森さんにお姉ちゃんのことを話していた。

 警察はすでに、お姉ちゃんを事件の容疑者として扱っていたというのに……。

24 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:34:20 ID:SPcmH3EU0




 事件が動いたのは、次の日のことだった。
 早朝、まだ日の上る前の時間、薄暗い静かな住宅街にこんなにも多くの人が集まったのは初めてのことだっただろう。

 玄関のチャイムが鳴った。
 寝惚けたまま、相手を確認せずにドアを開けてしまった。
 それで、まさか世界が変わるとも知らず、無防備に。

 玄関を開けた私が見たのは見知った二人の刑事さんだった。
 ドラマで聞いたことがあるようなセリフとともに、二人と見知らぬ警察の人たちが家に入ってきた。

ζ(゚ー゚*ζ「え、え?」

 階段から降りてきたお姉ちゃんの様子はいつも通りで、動揺している気配はない。

ξ゚⊿゚)ξ「おはようございます」

 いっそ白々しいほどに、いつも通り。
 声には震えさえない。

('、`*川「津田ツンさん、署までご同行願えますか」

ξ゚⊿゚)ξ「……どういったご用件でしょうか」

('、`*川「殺人の容疑がかかっています。署までご同行願えますか」

ζ(゚ー゚;ζ「さ、殺人!? お姉ちゃんが!?」

25 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:35:03 ID:SPcmH3EU0

ξ゚⊿゚)ξ「……話は後で聞きます。妹の前ではやめてほしいので」

ζ(゚ー゚;ζ「お姉ちゃん!!」

 お姉ちゃんは淡々としていた。
 いつも通り。怖いくらいに。
 私は生まれて初めてお姉ちゃんを怖いと思った。

ξ゚⊿゚)ξ「デレ、あんたは気にしないで。
      いつも通りモララーくんと学校に行きなさい」

ζ(゚ー゚;ζ「おねえ、ちゃん……」

 お姉ちゃんはそのまま、抵抗もせず、刑事さんたちに連れて行かれた。

 私は黙って、何も出来ずにそれを見ていた。
 見ていただけ。
 止めることもせずただ見ていただけ。

26 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:35:58 ID:SPcmH3EU0




 すべての事件において、お姉ちゃんにアリバイはなかった。
 そして、すべての事件の被害者のことをお姉ちゃんは知っていた。
 全員、お姉ちゃんが仕事でかかわった男の子たちだった。

 知っていて、狙った。
 彼らは親から愛されず、夜遅くまで外にいたとしても誰もかまわない。
 だから卑劣にも、狙った。

 誰も彼らのために泣かないのだと思っていたのだろう。
 実際、被害者の家族の中には泣かなかった人もいた。

 だけどたとえ虐待していても、ネグレクトしていたとしても、すべての愛情が失われたわけではない家族もあった。
 失って初めて気付くもの、それを皮肉にも、お姉ちゃんの凶行で気付いたのだ。

 小さい頃にお母さんは死んでしまったけれど、私は幸せに育った。
 お父さんが死んでからも叔父さんたちがお金の面倒は見てくれたから苦労もしていない。
 歪んだ家族というのもよくわからない。

 お姉ちゃんが刑事さんたちに連れて行かれてからもニュースは見ていた。
 悲しくて辛くて、今までにないくらいに胸に深く突き刺さる事件の話。
 ……もしかしたら、最初から自分でも気づかないうちに予感していたのかもしれない。
 だからこそこんなにずっと辛いのかもしれない。

 学校には行けなかった。
 ずっと家の中に引きこもって、話を聞きにきた刑事さんたちには何も言えなくて。
 時々私を訪ねてくれるモララーくんや他の友達、先生たちにも会えなかった。
 叔父さんたちも私を心配してくれたけれど、やがて、みんな私への干渉をあきらめたようだった。

27 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:37:16 ID:SPcmH3EU0

 ***




 私だって、殺したいから殺したわけじゃありません。
 人殺しに望んでなる人間なんてそうはいないでしょう。
 本当に人を殺したくて殺してるんだったら、それはただの異常者でしかない。

 私は男が許せなかった。
 あの子供達が将来、私がこの世界でもっとも憎む男という存在になるのが許せなかった。

 許せなかった?
 いいえ、というよりも……きっと、怖かった。
 恐ろしかったという方が正しいかもしれません。

 ああ、そうだ。
 私は恐ろしかった。
 あの憎くて恐ろしい存在がまたこの世界に、私の目の届くところに増えて行くというのが恐ろしかった。

 彼らに罪はなかった。
 だけど私は彼らが恐ろしかった。

 馬鹿げている。
 彼らが将来、あの男と同じ犯罪者になる確率なんてとても低いと数字として知っているはずなのに。
 でも私は恐ろしかった!

 ――津田さん、落ち着いてください。ここには男なんていません。私とあなた、二人きりですから落ち着いて。

 ……すみません。

28 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:37:55 ID:SPcmH3EU0

 私、わかってるんです。
 自分がとんでもないことをしたって。
 私がしたことは結局、あいつと同じ。
 抵抗できない相手だけを狙って、痛めつけて、憂さを晴らして。

 してはいけないことだとわかってる。
 でも気付いたら殺してた。
 それで、もし殺し損ねてたら大変だと思って……切り取ったの。
 あの汚いものを。

 ああ、わかってる。
 わかってるから私、あたまがおかしいわけじゃないんですよ。
 ちゃんと裁いてもらえますよね?

 ――それは裁判で決まること。警察の仕事じゃないからお答えできません。

 そうよね。
 いいんです、別に。
 私のことは。

 ……ああ、でも。
 妹は、どうなるんでしょうか。
 あの子、まだ高校生で連続殺人犯の妹にしてしまって……。

 それだけ、申し訳なくて……。

29 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:38:55 ID:SPcmH3EU0

 ***




 お姉ちゃんの担当になった弁護士は、国選弁護人の若い男の人だった。
 叔父さんと叔母さんはちゃんとした弁護士を探すと言ったのに、お姉ちゃんが断ったからだ。
  _
( ゚∀゚)「どうも。長岡です。あなたのお姉さんの弁護をさせていただくことになりました。
     お姉さんからお話しは聞いています。
     ……とても、仲の良い姉妹だったんですね」

ζ(゚ー゚*ζ「……それは、今の私たちの仲が悪いということですか」
  _
(;゚∀゚)「あ、いやいや、そういう意味じゃなくて……!」

ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさい。困らせるつもりはないんです」

 長岡さんは悪い人ではなかった。
 私には優しいお兄さんのように接してくれたし、ずっと落ち込んでいる私を元気付けようともしてくれた。

 長岡さんはお姉ちゃんに話を聞いたと言った。
 長岡さんは私の知らないお姉ちゃんのことを知っていた。

 お姉ちゃんの過去。
 私が知らなかった、お姉ちゃんとお父さんの話。

 お姉ちゃんは性的虐待を受けていた。

 私は何も知らなかった。
 何も知らなかったから、何もしなかった。

30 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:39:24 ID:SPcmH3EU0

 長岡さんは全力でお姉ちゃんを弁護すると約束してくれた。
 お姉ちゃんの罪を思うとそれが正しいことなのかわからなかった。

 だって、人を、罪のない子供を何人も殺して、それでも許されていいのだろうか。

 私はお姉ちゃんだ大好き。
 お姉ちゃんとまた一緒に、平穏に暮らせるのならどんな努力だってきっと出来る。
 だけど、それは私だけの話。

 お姉ちゃんの気持ちは?
 お姉ちゃんはとても優しい人だから……殺人犯にこの言葉はおかしいかもしれないけれど、
 とにかく優しい人だから、きっと普通の生活なんてもう出来ない。

 それに……。
 段々と間隔が短くなっていった犯行。
 きっとお姉ちゃんはもう限界だった。
 下手をしたら自ら命を絶つくらいに、きっとお姉ちゃんの心はぐちゃぐちゃになっていた。

 それなら、私は……。

31 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:41:04 ID:SPcmH3EU0

 ***




  _
( ゚∀゚)「被告人は幼い頃に実の父親から性的虐待にあっていた。
     そして父親は、彼女が中学二年生になる頃に酒気帯び運転の自損事故で亡くなった」

  _
( ゚∀゚)「父親への憎しみも、恨みも、清算する前に加害者はこの世を去り、一人で全部抱え込むには彼女は幼すぎた。
     親切にしてくれる叔父夫婦にも性的被害を相談することも出来ず、
     彼女の心の中には整理できない澱だけが際限なく溜まっていきました」

  _
( ゚∀゚)「やがて少女は大人になります。しかし男性への不信は消えない。
     端麗な容姿と明るい性格から異性に交際を申し込まれることが何度もあったのですが、
     結局、彼女がそれを受けることはありませんでした。
     男性への不信を解くきっかけは、ついに失われてしまったといえます」

  _
( ゚∀゚)「彼女の犯した罪は重い。罪なき男児たちを殺し、さらに遺体の一部を損壊した。
     しかし過去の傷の癒えていなかった彼女が、
     子供であるとはいえ男性を前にして正常な判断を行えなかったことはやむを得ないことでしょう」

  _
( ゚∀゚)「また、彼女は無罪となった際は精神病院で適切な治療を受ける意志を示しています。
     一度は社会が救えなかった彼女を、今度こそ救うべきではないでしょうか」

  _
( ゚∀゚)「よって、彼女の無罪を主張します」

32 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:42:03 ID:SPcmH3EU0

 ***




ξ゚⊿゚)ξ「あのね、本当はあなたのこと、ずっと殺してしまいたかった。
       だけど決心がつかないうちにあなたはどんどん大きくなってしまって、私では敵わなくなってしまった」

( ・∀・)「聞きたくなかったです」

ξ゚⊿゚)ξ「ごめんなさい。
       ……ありがとう。デレの傍にいてくれて。
       あなただって、犯罪者の義理の弟なんて苦労しているでしょう?」

( ・∀・)「別に。俺はデレの傍にいられればそれで満足ですから。
      デレと結婚したのだって、あなたの事件とは何の関係もありません。
      ……プロポーズのタイミングは、早くなったと思いますけど」

ξ゚⊿゚)ξ「デレのこと、幸せにしてあげて。
       私のぶんまで」

( ・∀・)「そんなの嫌です。俺はツンさんじゃない。
      だからあなたの分までだなんて、不可能だ」

ξ゚⊿゚)ξ「……そう、ね。
       じゃああの子は、私のあげなきゃいけなかった幸せは永遠に失ってしまったのね」

( ・∀・)「どんなに病んでいたって、苦しくたって、罪を犯さない人間はたくさんいる。
      それでも犯してしまったのは、あなたの弱さです。
      デレを幸せに出来ないのも、全部あなたの責任だ」

ξ゚⊿゚)ξ「ずいぶんはっきり言ってくれるわね。
       ……そういうの、前よりずっと素敵よ」

( ・∀・)「……それはどうも」

ξ゚⊿゚)ξ「デレのこと、幸せにして。絶対、約束よ」

( ・∀・)「もちろんです」

33 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:42:45 ID:SPcmH3EU0

 ***




 空は気持ちのいい快晴。
 引っ越しには丁度良い日だ。

('A`)「本当にいいのか。この家を手放して」

ζ(゚ー゚*ζ「うん。だって、私は何も知らなかったけれど、最低の思い出の詰まった家なんだもの」

('A`)「そう、だな……」

 叔父さんは余計なことを言ってしまったとばかりに俯いた。
 別に、責任を感じる必要なんてないのに。

 たしかに、もし叔父さんがお姉ちゃんのことに気付けていたらこんなことにはならなかったかもしれない。
 だけど叔父さんを頼ろうとしなかったのはお姉ちゃんだし、何よりも悪いのはあの男だ。
 今までずっと知らなかったとはいえ、実の娘を手籠めにするような卑劣な男をお父さんと呼び続けていたのは気持ち悪い。

 裁判の過程で知った事実は正直言うと、私には重すぎた。
 叔父さんと叔母さん、それにモララーがいなかったら耐えられなかった。

 お姉ちゃんが性的虐待を受けていたこと。
 私をかばいつづけていたこと。
 そのせいで心が壊れてしまったこと。

 一番身近にいた私が気付けなかった。
 私がどうにかしないといけなかった。
 だから、誰も責められなかった。

 お姉ちゃんがしたことは間違いなく悪いことで、結果だけを見れば歴史に残る凶悪犯罪だ。
 それについては擁護出来ない。
 被害者がいる以上、どんな理由があっても許されないことなのだと思う。

34 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:43:15 ID:SPcmH3EU0

 だけど考えてしまう。
 もしも私が、お姉ちゃんの立場にいたのなら、同じようにならなかった保証はあるだろうか。

 モララーだったら。
 叔父さんや、叔母さんだったら。
 刑事さんたちだったら。
 長岡さんだったら。
 友達や先生みんなだったら。
 近所の人だったら。
 マスコミの人たちだったら。

 ううん。きっと、世界中の誰だって、苦しいことがあればああいうふうに壊れてしまう可能性はある。

 それでも壊れない人がいるのは、きっと救いがあったから。
 救いって言うのは、救世主が助けてくれるということだけじゃない。
 何かひとつ、思いとどまれるだけの理由があったなら。

 私はなれなかった。
 お姉ちゃんの、理由に。

 これは私の罪だ。
 お姉ちゃんにしか裁けない、もはや誰も裁くことのできない大罪。

 私は気付くべきだった。
 お姉ちゃんと一緒にあの男を打ち倒すべきだった。
 傷が浅ければ、きっとあんなことになるまえにもっと塞ぐことができただろう。

 もしくは寄り添うべきだった。
 荷物は背負う人数が増えるほど軽くなるものなのだから。

ζ(゚ー゚*ζ「叔母さんは、今日もお仕事なんだよね?」

('A`)「ああ。俺と違ってキャリアウーマン様だからなぁ」

ζ(゚ー゚*ζ「叔父さんももっと稼がないと、いつ捨てられるか……」

35 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:44:13 ID:SPcmH3EU0

(;'A`)「洒落にならない冗談やめろよ! この間の新刊は最高記録なんだから!」

 叔父さんは売れない作家をやっている。
 稼ぎのいい叔母さんには逆らえないのだと、私が小さな頃から言っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ごめんごめん。叔父さんと二人きりだとつい、ね」

('A`)「そういうのは自分の旦那にしろよ。……あ、でもモララーくんはいいとこで働いてるのか」

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。外資ITのやり手エンジニア様です。福利厚生もバッチリ」

(;'A`)「ぐぬぬ……。若いのになかなかじゃないか……」

ζ(゚ー゚*ζ「私が働かなくてもいいくらい稼ぐって、ずっと言ってたから」

 あの事件以来、モララーは私を常に支えてくれた。
 加害者の妹として世間にバッシングされた私が世間に出なくてもいいようにと、
 まだ高校生の時につき合ってもいないのにプロポーズしてくれたくらいの献身だ。

 好きな人のためなら何でもしたいのだと、彼は言った。

 それを受け止めるには当時の私はまだ幼かったけれど、月日が経って、お姉ちゃんの裁判が進んでいくうちに
 私はいつしかモララーを受け入れていた。
 きっと、疲れた心を癒す、まるで蛇の甘言のような言葉だったのだろう。

 私が彼に返せるものはまだわからない。
 もしかしたら、そんなもの存在しないのかもしれない。

ζ(゚ー゚*ζ「叔父さん、今日は本当にありがとう。
       男手がないから、本当に助かったよ。
       向こうについたら叔父さんの好きなもの出前でとってあげる」

36 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:45:01 ID:SPcmH3EU0

('A`)「マジか。うな重頼んでもいい?」

ζ(゚ー゚*ζ「いいよ。私のお小遣いから出血大サービス!」

(;'A`)「いやいや、これから入り用だろ。貯金しとけよ」

ζ(゚ー゚*ζ「でも私がお礼したいし」

('A`)「そっか……じゃあうな重の梅にするな」

ζ(゚ー゚*ζ「了解。じゃあ私も同じの頼もうかな」

('A`)「業者はいつ来るんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「んー。あと十分くらい」

 私が物心つく頃からずっと住んでいた一軒家。
 当時は新築だったというのはお姉ちゃんに聞いた。
 私が生まれて少ししてから住み始めたのだと聞いた。

 お母さんが病気で亡くなって。
 お姉ちゃんが酷い目にあって。
 ……嫌なことばかり。

 ……。ううん、本当はそうじゃないって知ってる。
 お母さんがいなくても家族三人で幸せだと思ってた。
 お姉ちゃんと二人きりだって寂しくなかった。

 今も目を閉じるとと朝食の匂いがするような気がする。
 ホットケーキが好きで、よく焼いていた。
 モララーは和食派だから、最近はすっかり食べなくなった。

 久しぶりに、焼いてみようかな。
 叔父さんにまず腕を確認してもらって、モララーには今度の週末に。

 お姉ちゃんがいなかったら、きっと壊れていたのは私。
 お姉ちゃんが守ってくれたこの命、最後まで大事に使わないときっと罰があたる。

37 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:46:15 ID:SPcmH3EU0




 だから、私は。
 たとえ今日が望んでいなかった今日だとしても、
 心に溜まっていく後悔を整理できなくても、ただ前を向くしかないのだ。

 いつか、この心の澱が大きな狂気に変わる日が来ないよう、自分の心にかたく鎖を巻いて、丈夫な鍵をかけて。

 願わくば、お姉ちゃんと再会できるのが、どうか天国でありますように。

38 ◆/w.tcrP1JE:2021/10/23(土) 21:46:40 ID:SPcmH3EU0
以上です
ありがとうございました

39名無しさん:2021/10/23(土) 22:57:25 ID:iGLHOt5I0
乙……

40名無しさん:2021/10/24(日) 00:46:15 ID:giqGPyXQ0
モララーがイケメンすぎるのが救い

41名無しさん:2021/10/24(日) 12:27:18 ID:XZCprdlg0
読んでる途中モララー疑って悪かった
デレが前向きに生きていけますように…

42名無しさん:2021/10/25(月) 01:54:52 ID:wt9Oo7/A0
読んでるこっちの心も澱んできた乙

43名無しさん:2021/10/26(火) 23:43:35 ID:g6ANPF6.0
おつ
デレにモララーがいてくれてよかった…

44名無しさん:2021/10/27(水) 23:28:28 ID:BfEYCwIM0
モララー絶対何かあると思ったら本当にイケメンだった
救いがあって良かった…乙

45名無しさん:2021/11/13(土) 14:24:51 ID:I0ATxjOQ0
モララーへのミスリード上手いなあ
読んでてドキドキした


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