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( ^ω^)果ての中の虫のようです

1 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 11:56:55 ID:11/VEr0g0
◆あらすじ
荒川の河川敷に一つの遺体が見つかったので、捜査をすることになった埴谷と照屋。
事件は時を遡り、内藤家へと繋がる。
なぜ遺体が出てきたのか。なぜそんな事件が起きてしまったのか、という話。

60 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:17:46 ID:11/VEr0g0

 後日、守矢の八つ当たりを冨和は受けていた。


( ・∀・)「あのクソ家族、町から出やしねぇ。それどころか、俺のことまで探してるじゃねぇか。
      面倒だなぁ。いいよ、俺の事なんか放っておいて。妹のために時間を費やしてくれよ」

( ^Д^)「……恐らくですけど、妹が大変な目にあった、というのを教えたいだけでは」

( ・∀・)「はぁ?……あぁ、まぁ、そうか。それが普通か。確かに。そりゃ、そうだわ!
      はは、そうだな。俺、もう知ってるからな、これ。だからわかんなかったわ。
      ははははは、そうだよな、結婚相手に、普通知らせなくちゃ、なんて思うわな、確かにな! 」


 膝を叩きながら、冨和を指さして守矢は笑った。
お前にしてはできるじゃん、そういう意味での指をさしていた。


( ・∀・)「さーてと、それじゃ使用人に結婚破棄のこと伝えてもらって、適当に金をもたせりゃいっか。
      うんうん、これでお互い後腐れなく終わるぞー。あ、冨和、もう帰っていいよ。ばいばーい」


 やることが決まったと、まるで遠足の準備をするかのように目を輝かせた守矢がいそいそと紙と筆を用意する。
冨和に手を振って部屋から追い出す。冨和は部屋から出ると、のそのそと守矢邸を後にし、
守矢の家が遠くなったころに誰もいない場所で腰を屈め、両手で顔を覆った。

指の間から低い啼泣が、すまないという言葉とともに漏れ出た。

61 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:19:25 ID:11/VEr0g0




( ・∀・)「あのアホ面、思い切り殴りやがって」


 頬を赤くした守矢が、自室で椅子を蹴り上げた。
激しい音を立てて転がる椅子を、冨和が直す。

使用人の言葉に激高した平助が守矢邸に乗り込んできたのだ。
思いもしなかったことだったが、使用人から聞いた話で全てを察した守矢は、そこで一つ芝居を打った。

 自分はあくまでも、勇気を持てなかっただけの人間で行こう。
自分を責める態度を見せ、保釈金も支払ってやれば、なんと紳士的なことだろうか。
守矢の中で出来上がった青写真は、覿面だった。


 留置場の外で平助を出迎えたあと、守矢は車の中でひとしきり笑いを堪能した。
自分のことを随分と信じ切った顔だった。これでも大人しくなるだろう。
これでもう、心おきなく、自由の身だ。

 思い通りにいくのは気持ちが良い。充実した満足感に、守矢は浸っていた。

だが、それからいくら待てども家を出ていこうともせず、町へ残り続ける内藤家に、
とっとと遠くへ出ていってほしい守矢の思い通りにいかない内藤家に、
守矢は苛立ちを募らせていた。



 嫌がらせを続け、内藤食堂を潰すことになるまでに至った。
 ようやく、ボロアパートに引っ越したという話を聞いた。
 あのアホ面が犯人を捜すような真似をしなくなったと聞いた。



 守矢はそこでようやく、“すっきり”としたはずだったのだ。
だが、“退屈だ”と、思ってしまった。

蟻の四肢をもぎ、観察すること。
それに近い快感を、守矢は内藤家に求めるようになっていたのだ。

62 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:20:32 ID:11/VEr0g0

 そんな時、使用人の古田が顔を青くして守矢の部屋にやってきた。
人を撥ねてしまったと。守矢の呼び出しに向かう途中で急いでいたのだと、なぜか必死に守矢へ言い訳をする古田。

 そんなこと、俺に関係あるか。
守矢は一蹴する気でいたが、古田の口から出た言葉に口角を吊り上がらせ、
あぁ、やっぱり俺はツいているのかもしれない、と思った。


(;‘_L’)「その、内藤家の奥様を……撥ねてしまったのです。どうしたらよいのでしょう、私、捕まるのでしょうか……」


 なんと運が悪いのだろう。
これは、俺がやらせたことではない。
運命だったのだ。


( ・∀・)「はは、お前、いい仕事したなぁ! あぁ、いいぞいいぞ、安心しろ!
      よし、とりあえず金はやるから、お前、どっか田舎にでも帰ってろ! な! それが良い!
       大丈夫、警察にもツテはあるからな。何でもない事故として、片付けてもらうから! 」


内藤家は不幸になる運命だったのだ。
だったら、俺がなにをしようがそれも運命なのだ。
それは天が決めたことで、どうしようもないことなのだ。


 よし、それじゃあ、妹を殺したら、あの男はどんな気持ちになるのかな。


 そして10月3日。
冨和は、守矢の様子がいよいよおかしくなったことに、そして紬をどうにかしようとしていることに感づいていた。
今更どうにかなるようなことでもないかもしれない。
ただ、自然と足は平助の働く工場へと向かっていた。

 今度は、会ったらすぐに話そう。
これまでのことも、このあと起こりえるだろうことも。
全部、全部、話してしまおう。
念のために用意したものもあるが、直接伝えなくてはと冨和は思った。

63 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:21:39 ID:11/VEr0g0

 しかし、平助に会って、いざ話そうとすると言葉が出なかった。
口だけが強張ったように震える。
だから、また、冨和は怖気づいて、ひとまず落ち合う形で逃げ出したのだ。

 落ち合ったら、絶対に言うんだ。
安っぽい覚悟を握りしめる冨和が、今度こそと平助と約束していた時間よりも早く到着し、
脂汗を浮かせながら、乾く喉を堪えていると、その肩を叩く者がいた。


( ・∀・)「偶然じゃ〜ん。最後のお願い、きいてくれ〜」


 笑みを浮かべた守矢がそこにはいて、冨和は口をパクパクとさせながら断ろうとした。
もう無理です、いやです、という言葉を張り付く喉の奥から絞り出そうとしたところで、
再び守矢が肩を叩き、「な?」と言う。

それで、お終いだった。
冨和の覚悟は簡単に崩れ去る。
やはり冨和は、所詮、守矢の言いなりだったのだ。


( ^Д^)「……本当に、最後なんですね?」

( ・∀・)「うん。だってお前、もう、大分疲れてるみたいだし。流石に悪いなーって」


 守矢の運転する車に乗り、荒川の河川敷に到着した2人。
中身の詰まった袋を車のトランクから取り出す守矢。
うめき声が袋の中から聞こえる。


( ・∀・)「これ、殺しちゃおう」


 両手を鳴らし、守矢は首をかしげながら冨和に頼んだ。
それは命令だった。だから、従うしかなかった。しょうがないことなのだ。

64 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:23:03 ID:11/VEr0g0

袋の上から、冨和は川辺にあった大きな石を持ち、何度も殴打した。
もぞもぞと動く袋は、蜘蛛の糸に丸め込まれた虫のように逃げ出そうともがく。

それが、とても不気味で、逃げ出したくて、一刻も早く終わらせたくて、
冨和はとにかく蹴って、殴って、考えられる限りの暴力を与えた。

 袋の中から悲鳴が上がる。
ばつり、と袋に穴が開き、そこから助けを求める声が上がった。

 笑みを浮かべていた守矢が、表情を曇らせた。
黙らせろ、という指示に冨和は必死になって応えようとする。
しかし、生きようとする叫びの声は、止まらない。

そこへ、


('A`#)「おい、お前ら! 何してんだ! やめろ! 」


 荒川にかかる橋を渡りながら、男がかけてきた。
冨和も知らない。守矢も知らない。ただの通りがかった、ただの運の悪い男だ。
2人はそう思った。それが、毒島武志だった。

 ひょろひょろの体が遠くからでもわかった。
人として当たり前の、ちっぽけな正義感を振りかざして走る姿は、守矢にとっては滑稽に見えた。


 じゃあ、俺がこいつやるから。
そんなジェスチャーを冨和に見せた後、守矢は毒島に暴行を重ねた。
次第に大人しくなる毒島が、「もうやめてください」と懇願したところで、守矢はすべての罪をこのどうしようもない男に着せてやろうと思った。

 内藤家に関わるからこうなるんだぞ、と毒島の耳元で囁く。
 格好つけるからこうなるんだぞ、と毒島の耳元で囁く。


( ・∀・)「あ、そういえばなんだけど。お前さ、童貞?」

65 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:24:25 ID:11/VEr0g0

 守矢は全ての工程を満足げに見守った。
毒島のへっぴり腰のなんと情けないことか。
袋から上がるうめき声の、なんと醜いことか。

せめて袋から出してやってもよかったが、まぁ、それこそ萎えるものだろう。

冨和にも野次を飛ばさせ、盛り上がるように仕向ける。
なんと従順なバカなのだろう。


 これまでに一度でも、死ぬ気で反抗すればこうまでにならなかったのに。
 本当に、運が悪い。可哀そうな奴らだ。面白いな、可哀想で、面白いな。


守矢は笑顔を浮かべつつ、同情の念を内藤家に、冨和に、毒島に向けた。
そして事が済んだ毒島を殺し、同じように袋に詰めた。
ピクリとも動かなくなった方の、女が入った袋。
念には念をと、冨和が投げ捨てた石を持って守矢は何度も殴りつけた。
水気を含んだ音が続いて、首であろう場所を締め上げて、もう一度念のためと石で殴りつけて。
伝わる感触が柔らかくなったころに、ようやく守矢はすっきりとした表情を見せた。



( ・∀・)「これで死んだわ。内藤紬」

( ^Д^)「え?」

( ・∀・)「あれ、言ってなかったっけ。これ、あの男の妹だよ」

66 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:26:06 ID:11/VEr0g0

 守矢が何と言ってるのか、冨和には理解できなかった。
だから理解させてあげようと、守矢は丁寧に説明をしてあげた。
工場で兄が怪我をしたと嘘の電話をして、妹を外に出させたと言っていた。
そこを、簡単に拉致できたと笑いながら話すさまは、子供のようにはしゃいでいた。


( ・∀・)「俺がさ、なんっとかね、低い声をさぁ、作って言うのよ。迫真の演技よ。

         お兄さんが大怪我をしました。
         病院に連れていくためにも、家族の方と同行した方がいいと思って!
         すみませんが、こちらまで来ていただけませんか?

      はは、ちょっと棒読み気味だったけど、電話越しだと信じるもんだなぁ。
      でもさー、夜だと外が怖いって言うんだよあいつ。
      家族の一大事にお前、アホかっての。死んでも来いよ、そこはって。ははは。
      拒むのをなんとか言い負かしてさ。情に訴えてやるのよ。
      涙声で、がんばりますってさ。遅くなったらすみませんって。
      まぁ遅くなるんだけどね。ってか到着できねーけど。拉致るわけだし。
      はははは、未来予知すげぇなぁって。
      んでまぁ、あとはさ、もう簡単よ。俺も手慣れたもんだよね」


 守矢の言葉を沈黙したまま聞いて、10秒ほど。
そこでようやく、ようやく冨和は紬を、またしても手にかけたことを理解したのだ。
しかし、冨和は10秒ほど再度沈黙しただけで、


( ^Д^)「それで、遺体はどこに捨てますか?」


 と、守矢に尋ねたのだった。

67 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:26:53 ID:11/VEr0g0

 毒島はこのまま川に流した。海へと運ばれ、運が良ければ、見つからないだろう。
紬の遺体は、山に捨てることにした。運が良ければ、見つかるだろう。

その守矢の予感は的中し、翌朝には紬の遺体は見つかることとなった。


 自由になりたいから、紬が結婚できないような目に合わせればよい。
 目障りだから、内藤家を遠い所へ追い出したかった。
 不幸まみれの内藤家をいつまでも見ていたくなった。
 母が車に轢かれ、妹が死んだとなれば、どんな顔になるのだろう。


 そのために、守矢は動いたのだ。
それが、この事件の顛末だった。


 全てを話し終えた冨和は、涙ながらに訴えた。

68 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:28:07 ID:11/VEr0g0

( ;Д;)「申し訳ないことをした。本当に、申し訳ないことをした。それでも、それでも俺は何度か、何度か、
     どうにかしたくて、動いたんだ。それでも怖くて、できなくて、本当に、ごめんなさい。ごめんなさい。
     許してください。許してください。償わせてください。償わせてください。
     新宿で、俺、面倒みないといけない女の人がいて。俺の事、まだ待ってるらしくって。
     一生懸命、俺、言うこと聞かなくちゃって。でも、もう、駄目で。こんなの、おかしいって。
     許してください、償います。俺、償います。必ず、一生。償わせてください」


 額に畳の模様が移るほど押し付け、冨和は泣いて乞う。
今までの沈黙が嘘かのように、堰を切るように謝罪の言葉が濁流となって溢れ出す。
弱々しく震える背は随分と小さく見えた。
カタカタと痙攣する指は、随分と頼りない。

 こうすれば、許してくれるでしょ?

平助には冨和の姿がそう見えてしまった。
だから、平助は答えた。


( ^ω^)「償うって、誰に?」


 その言葉に、冨和はビクリと震えを大きくさせ、すると先ほどまで繰り返していた謝罪の言葉がピタリとやんだ。
必死になって、“自分にとってこの場で最適な、正しい言葉を探そうとしている”ようだった。
少なくとも、平助にはそのように見えてしまった。

だから、平助は応えた。


(; Д )「ぎゃっ」

69 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:29:18 ID:11/VEr0g0

 蹲る冨和を踏みつけてから、仰向けに倒す。
手足をばたつかせる様は虫のようだった。

首に手を伸ばす。
喉仏を強く、押し潰す。

口の端に汚い泡を溜めながら、冨和がもがく。
汚く伸びた爪が、平助の頬を割いたが、しかし平助の力は止まることはない。


(; Д )「だ、だずげ、ゆる゙じ……」


 冨和は生きたかった。
後悔はしていた。罪の意識もあった。償う気持ちだってあった。
ただ、あと一歩というところで、その一歩が踏み出せない男だった。
新宿には、いまだ辛い目にあっているであろう女が待っているのだ。
親にだって恩を返したかった。自分勝手に家を出てしまったが、それでも面倒を見続けてくれていたのだ。

 生きたかった。
明日を迎え、物を食べ、笑ったり、泣いたりしたかった。
日々を感じたかった。後悔しながらでも、償いながらでも、それでも生きたかった。

 しかし、平助がそれを許さなかった。
明日を迎えられない。物を食べられない。笑うことも、泣くこともできない。
全て、出来ないのだ。紬も、ひと美も、2人と過ごす日々を平助は失ったのだ。

 あのテレビ、守矢からもらった金で買ったのか。
 煙草も、そんな金で買っていたのか。
 お前は、そうやって少しでも、何かしらでも、何かを得ながら生きていたのか。


( ;ω;)「死んでくれ、死んでくれ、頼むから、死んでくれ」

70 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:30:15 ID:11/VEr0g0




 冨和の遺体は、河川敷に投げ捨てられた。
平助には遺体を隠そうという気はなかった。


 扼殺された冨和の遺体の、なんと綺麗なことか。
 それがたまらなく、憎たらしかった。


 平助は包丁とのこぎり、金づちを手にして冨和の遺体を更に壊した。
両腕と両足は、慣れないながらもなんとか切断する。
これがお似合いだと思ったからだ。
結局なにもできなかったお前には必要がないのだ。


 肝心なことを何も伝えられなかった口舌も切除し、口の中に押し込める。
冨和には必要のないものだと思ったからだ。
あとは、感情に任せたまま、金づちを、包丁を冨和の体へ入れていく。

 包丁がぬらりと光る。
冨和の顔が、静かに平助を見ていた。


( ;ω;)「ばかやろう、ばかやろう」


 震える手は、怒りか。記憶の中には、どうしても憎めなかった頃の顔が残っていた。
勢いに任せ、冨和の財布を草むらへ投げ捨てる。
冨和の遺体も身元も、すぐに見つかればいいと思った。
守矢への警告か、子を探し続ける毒島の両親を思い出したゆえか、平助には何もわからなかった。


 ただ、冨和を殺したという事実だけが、そしてどうしようもない怒りだけが残っていた。

71 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:31:45 ID:11/VEr0g0




 冨和の遺体を発見してから、埴谷は照屋を引き連れて敷鑑に向かっていた。
被害者の人間関係を洗い出し、被害者を殺害する動機を持つ関係者を洗い出す作業だ。
まず冨和が勤務していた工場へ向かった。

 工場長、同僚から話を聞くことが出来た埴谷は、照屋に情報をまとめさせる。


ζ(゚ー゚*ζ「勤務態度は比較的真面目ではあったようなんですが、
       要領が悪く、上手くいかないとすぐに逃げ出すところがあったようです」

(,,゚Д゚)「それが真面目な方に入るのか」

ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、あまり大げさに亡くなった方を悪くは言えないでしょうしね。
        また、欠勤することはあったようですが、連絡は欠かさなかったようです。
        妙なところで律儀というか、はい。元々、素行不良で地元では有名だったようなんですけどね」

(,,゚Д゚)「素行不良ねぇ」


 その時代で生まれた因縁による犯行だろうか。
遺体の有様を察するに、相当な恨みがあったのは間違いはないと埴谷は考える。
だから、間違いなくこれは顔見知りの手によるものなのだ。物を取るでもなく、ただただ痛めつけたもの。

 生活反応が無かったことから傷跡のほとんどは死後につけられたものだったが、
だからより、恨みがましさを埴谷は感じていた。


(,,゚Д゚)「工場では特に人間関係で問題はなかったんだろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですね。先ほどのお話にもなりますが嫌なことから逃げる、という点を除けばですが。
        ただこれも、暴力沙汰だとかではなく、人間関係に亀裂が入るものでもなかったようです。
        工場内でも、そういう人間だから、という扱いだったようで。
        親しい間柄の人間もいなかったようです」

(,,゚Д゚)「となると、やはり過去からの因縁の線が強いな……」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、あと気になることが」


 照屋が恐る恐る手を上げ、埴谷を見る。

72 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:33:33 ID:11/VEr0g0

(,,゚Д゚)「気づいたことがあるなら何でも言ってみろ」

ζ(゚ー゚*ζ「同僚の一人が、冨和が時折、何かに対して謝ることがあると言っていたんです。
        自分の勤務態度について謝罪しているものかと思ったようなんですが……
        もしかして、冨和は恨まれていたことを知っていた。それで、それに怯えていた、というのはどうでしょうか」

(,,゚Д゚)「……なるほど、それもあり得るな」


 埴谷はこれ以上の情報は入らないだろうと判断し、工場を後にする。
冨和の生家を照屋に尋ねる。生まれからの洗い出しが必要だと判断したからだ。
メモを捲りながら答えた照屋の言葉に、埴谷は足をぴたりと止めた。


(,,゚Д゚)「奏作町?」


 埴谷の中で、平助の顔が過る。
たしか、内藤平助も冨和と似たような年齢だったはずだと。


(,,゚Д゚)「……内藤平助と冨和を洗ってみるか」

ζ(゚ー゚*ζ「内藤平助……確か、妹さんと母親を亡くしたという」

(,,゚Д゚)「母親もなのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「……はい、事故らしいです」

(,,-Д-)「どこまでも運が悪い奴だ……」

ζ(゚ー゚*ζ「……そうですね」


 それから1週間が過ぎた日の事だった。年末年始に差し掛かろうというところで、町では特有の賑わいが見えている。
捜査を進める中、埴谷は平助と冨和の間柄を知ることになった。
また、最後に冨和と会っていたのも恐らく平助だということも分かった。

73 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:35:23 ID:11/VEr0g0

 夜、冨和の家の戸を叩き、名を呼ぶ平助の姿を近所に住む主婦が見ていたのだ。
目立つアパートの、目立つ訪問者。主婦の証言と平助の特徴は一致していた。
埴谷は特に上からの指示もないので、捜査をさらに進めていった。

 当の平助の印象と言えば、至って普通だった。
冨和のことを知った時は悲しそうな顔をしたものだったが、
当日の事を聞いても、何でもない日だったので記憶がおぼろげだが────という具合に話す。
勤務先に確認したところ、平助の証言とも一致し、業務を終えてすぐに帰宅したとのことだった。
顔のケガも、転んだ拍子にできたという。


(,,゚Д゚)「内藤が冨和のアパートに寄っていたとして、理由はなんだ?
      結局見間違いだったという可能性もあるが、
      まさか内藤紬殺害に毒島だけでなく、冨和が関与していたとか……?」


 署内で情報を整理していた埴谷が背もたれに体重を乗せ、息をつく。
安いつくりをした椅子が悲鳴を上げるのと同時に、照屋が部屋へ飛び込んできた。


ζ(゚ー゚;ζ「埴谷さん、遺体が上がりました! 」

(,,゚Д゚)「またかよ。今度はなんだ、誰だ」

ζ(゚ー゚;ζ「毒島です! 毒島武志! 行方をくらませていた! 浜辺に!
         袋に詰められた状態で、浜辺に打ちあがってたようです! 」

(,,゚Д゚)「……袋か。他殺だろ、それじゃ。しかも同じ手口じゃねぇのか、これ。おい、死亡推定時刻は」

ζ(゚ー゚;ζ「鑑識の方で調べてるところです! 」

(,,゚Д゚)「待つのも無駄だな。だが、そうか。毒島もそうなると、巻き込まれただけだったりするのかもな……」


 埴谷はすぐにコート手にし、椅子から立ち上がった。
照屋が鑑識の方へ向かうのかと尋ねると、埴谷は否定する。


(,,゚Д゚)「……もう一度、冨和の部屋洗うぞ。内藤紬の事件に毒島が巻き込まれただけだと仮定してみると、
    冨和が殺された理由は、やはり一つしか思い浮かばねぇ。
    内藤平助、内藤紬、冨和友則。この関係だけで考えれば、至って単純な話にすぎんからな」

ζ(゚ー゚*ζ「内藤平助の方はどうしますか」

(,,゚Д゚)「……駄目だ、あいつは恐らく尻尾を出さん」

74 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:36:24 ID:11/VEr0g0

 埴谷と照屋は早足で板橋署を出る。
そのままタクシーに乗り込んで、冨和の家に着いた時には既に日は沈んだ頃だった。
大家に話を通し、冨和の部屋へと入る2人。

 部屋の電気をつけ、すでに調べられた後の部屋を検める。
30分、1時間。時間だけが過ぎ去る。


(,,゚Д゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたんですか、埴谷さん」


 埴谷が押し黙ったまま腰に手をやり、天井を見上げる。
ここにはもう何もないと判断したのか、照屋は手を動かすのをやめ、埴谷に尋ねた。


(,,゚Д゚)「……冨和は、勤務中、何かに謝罪していたんだよな。怯えてるように」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、確かそういった話だったはずです」

(,,゚Д゚)「……どんな気持ちで毎日を過ごしていたんだろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「……それは、その人にならないとわかりませんよ」

(,,゚Д゚)「そう、そうなんだ。あいつは怯えていた。謝罪していた。そんなやつが、何かを残すとすれば、どこだ」


 天井を見上げたまま、埴谷は考えるように瞼を閉じる。
臆病で、すぐ逃げ出す。そのくせ、一人前に罪悪感も持っている。
耐えられなかったはずだ。どこかに、その罪悪感を吐き出したはずだ。
そしてそれを、誰かに見せたかったはずだ。だというのに、見られないようにもしたかったはず。

全て推測に過ぎない。

だが、この家にないとなると、埴谷には一つしか浮かばなかった。

75 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:38:06 ID:11/VEr0g0

 埴谷は照屋を連れ、冨和の家を後にする。
小走りになる埴谷を追う形で、照屋は行き先を尋ねる。
前を向いたまま、埴谷は応えた。


(,,゚Д゚)「内藤家だ」


 再度タクシーを乗り継いで、平助の住むアパートへと到着した2人。
平助の住むその部屋には明かりはついていなかった。留守のようだ。
いないようですね、という照屋を無視し、埴谷は階段を上がる。

 玄関までたどり着くと、埴谷は再び考えた。


(,,゚Д゚)「あいつは何度かここに来たとする。そして、罪悪感を吐いたもの、手紙か何かを渡そうとしたはずだ。
      けれど勇気が出ず、さりとてそのまま帰ることもできず。郵便受けに入れるなんてありえない。
      気づくか、そうでないか。その判断をうじうじと悩んで……」


 視線の先は植木鉢。
ひと美が世話をしていたのだろう花はすでになく、何も植えられなくなってずいぶん経つ。
それを埴谷は持ち上げ、下に何もないことが分かると今度は植木鉢をひっくり返した。


ζ(゚ー゚*ζ「ちょ、何してるんですか! 」

(,,゚Д゚)「あった」


 土にまみれたビニール袋。植木鉢の中に丁度すっぽりと納まる大きさのものがあった。
ビニールの中には、一冊のノートがあった。
表紙には何も書かれていない。

 ハンカチで雑につかみ上げ、コートの袖で表紙を捲ると、拙い文字で言葉が書き綴られていた。
それは冨和の告白書だった。今までの罪のすべてと、平助への謝罪がそこにはあった。


(,,゚Д゚)「……最初から、これを渡せばよかったんだ」


 在り処だけ伝えて、どこか遠くへ行ってしまえばよかったのだ。
だが、その勇気すらなかった。勇気が無かったくせに、平助と直接会う意地は見せてしまった。
冨和は一体、どんな気持ちだったのだろうかと埴谷はしばし想った。

76 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:40:47 ID:11/VEr0g0

 ノートをビニール袋に戻し、照屋へ投げ渡す。
そのまま階段を駆け下る埴谷に、またしても追いつけない照屋が訪ねる。


ζ(゚ー゚*ζ「ちょ、どこ行くんですか! 」

(,,゚Д゚)「守矢の家だ。内藤紬の元婚約者。あの坊ちゃん、ノートに名前があった。内藤もいない。もしかしたら、な」


 下で待たせていたタクシーに2人が乗り込む。
行き先は守矢邸。


────何事もなければいい。今日じゃなければ、明日、内藤平助に話をするまでだ。


 埴谷は流れる景色を見ながら、馬鹿なことをするんじゃないぞと、平助の顔を思い浮かべた。

77 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:41:12 ID:11/VEr0g0




 角を曲がって、車が急に止まる。家まであと数分というところだった。
前に座る運転手が小さく悲鳴を上げ、後部座席へと振り向いた。


(;‘_L’)「守矢さん! あいつが! 」


 運転していたのは古田だった。
田舎にでも帰れという守矢の言葉に従わず、ずっと使用人としての仕事に従事し続けていた。
殊勝にも義理立てか、忠誠心か、はたまた金か。
いずれにせよ、守矢にはどうでもよかった。


(; ・∀・)「おいおいおい、なんだよなんだよ! 」


 古田の言葉に、守矢が気づく。

78 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:42:18 ID:11/VEr0g0

 車の正面に、平助が立っていた。その顔は無表情。
しかし、手にしていた包丁が、平助のこれからの行動を予期させていた。

 平助はすぐさま運転席のドアを開け、古田を刺した。


( ^ω^)「死んだらごめんお。ちょっと、邪魔だったから」


 古田がうめき声を開け、ずるずるとドアの外へ崩れ落ちる。
そのまま、平助は後部座席のドアを開け、守矢を引っ張り出す。
腰を抜かして、首根っこを掴まれた状態で平助を見上げる形だ。

 目の前で鈍く光る包丁に、狼狽える守矢。
一体どうしてこんなことを、と守矢が震える声で言うものだから、平助は守矢の頬を張ってみせる。


( ^ω^)「演技しなくてもいいお。全部、全部、知ったから。聞いたから。冨和に、聞いたから」


 その言葉に、そういえば最近冨和の姿を見なかったことを思い出す守矢。
もしかして、と恐る恐る尋ねる守矢に、平助は殺したことを伝えた。


( ^ω^)「薄情なもんだお。お前とずっと一緒にいたんだろ。お前、本当に冨和の事どうでも良かったんだおね」

(; ・∀・)「助けて、助けてくれ。俺、俺の方があいつに脅されて……」

( ^ω^)「もう良いんだお。もう。お前も、冨和も、死んでくれ。頼むから、死んでくれ」


 涙を浮かべながら命乞いをする守矢を見て、平助は覚悟を決めた。
こんなやつに、紬が、冨和が、自分たちの人生がめちゃくちゃにされたのかと。
決して、許してはならないと。

79 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:43:11 ID:11/VEr0g0

 包丁を足元に置いてから、平助は馬乗りになって何度も守矢の顔を殴打した。
抵抗を見せる守矢だったが、内藤の力は強く、振りほどけない。
何より、守矢は恐怖で体が思うように動かせなかったのだ。

 そこへ、ライトが眩しく当たる。


(;゚Д゚)「おい! 内藤、何してる! 」


 タクシーでやってきた埴谷達であった。
平助は馬乗りのまま、埴谷の方へ向く。


(;゚Д゚)「あぁ、くそ。バカなことしてんじゃねぇぞ。あのな、お前の玄関、その植木鉢の中に冨和の告白書があった。
     全部知った。証拠を探せばそいつも終わりだろ。お前、こんなことしなくてもいいんだ。だから、な?」

( ^ω^)「告白書……?あいつ、そんなの、ウチの……なんで直接……まぁ、もう、いいか」

(;゚Д゚)「こんなことして何になるんだよ。妹さんも、母親も、天国で望んじゃいないんじゃないか?
     お前がこんなことをしてるなんて、悲しむぞ、なぁ?」

( ^ω^)「あの」


 埴谷の説得を遮る平助。


( ^ω^)「誰が望もうが望まないが、そんな話じゃないんです。僕が許せないんです。
      これは、そういう話なんです。それ以上でも、それ以下でも、それ以外も存在しない」

80 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:43:57 ID:11/VEr0g0

 顔を下に向け、守矢を見る平助。
血を流し、頬を赤く腫れさせた守矢が涙を浮かべながら、まだ命乞いを続けていた。


( ^ω^)「どうしても殺してやらねばならんのです。こいつは生きていては駄目なんです。
      どうしてそれが、許されないんですか」


 包丁を手にする。


(;゚Д゚)「よせ!」


 吸い込まれるように、それは守矢の首へと入り込んだ。
ごぽり、と口から大量の血を吐く守矢。
涙を浮かべ、助けを求めてもがく守矢の手が、流れる血液を止めようと必死になる。

駆け出そうと、埴谷が足を踏み出す。


ζ(゚ー゚;ζ「埴谷さん! 」


 叫ぶ照屋。
その視線は、平助の、その奥だった。


( ^ω^)「あっ」


 突き飛ばされる平助。


(;‘_L’)「守矢さんに何をするんだ! 」

81 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:45:12 ID:11/VEr0g0

 蹲っていた古田が、平助を突き飛ばした。
そして、落ちた包丁を手にし、平助の腹に目掛けて突き刺す。


(;‘_L’)「守矢さんは私を信じて雇い続けてくださった! 頭の悪い私でも、ここまで続けてこれたんだ!
     お前、お前が! なんてことをしてくれたんだ! 」


 言葉に力を込めながら、古田は内藤の腹を何度も刺した。
埴谷が止めに入ったころには既に、平助と守矢は手遅れだった。
あっけない。あまりにもあっけない幕切れに、埴谷は言いようのない無力さに、思わず拳を握る。


 古田を取り押さえる埴谷。
暴れることなく、包丁を落とし、古田は涙を落とす。
それは守矢への謝罪と、感謝の言葉だった。


(;‘_L’)「わた、私がもっと早く助けに入っていれば……! 」


 古田に手錠をかけ、照屋に救援を呼ぶよう指示する埴谷。
もうすぐ年が明ける、寒い冬の夜。


(,,゚Д゚)「……遅すぎたんだよ」


 誰に対してか、埴谷は空を見ながら呟いた。

82 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:45:57 ID:11/VEr0g0




 事件は幕を閉じた。
内藤家を襲った不幸と、それの復讐。

病院へ運ばれた平助と守矢は、やはり、結局助からなかった。
資料を整理し、上に報告書を提出することが出来たのは、年が明けてからだった。


ζ(゚ー゚*ζ「お疲れ様です、埴谷さん」

(,,゚Д゚)「おう。お前も、着任早々に大変だったな」

ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。これが、私が望んだことですから。夢も叶いました」

(,,゚Д゚)「夢、か」


 若々しいな。
埴谷は照屋の言葉を馬鹿にすることはせず、真っすぐあってほしいと思った。
帰り支度を進めていると、照屋がさらに言葉をかける。


ζ(゚ー゚*ζ「そういえば、明日は埴谷さんの誕生日ですよね?」

(,,゚Д゚)「お、おう。そういえば、そうだな」

83 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:46:53 ID:11/VEr0g0

ζ(゚ー゚*ζ「あは、もしかして妹さんがプレゼントでも用意して待ってるんじゃないんですか?」

(,,゚Д゚)「バカ。もうそんな歳でもねぇよ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですかねぇ。私も用意しちゃおうかななんて思ってたり」

(,,゚Д゚)「いらんいらん。余計な気を遣うな。そんな暇あったら仕事でもしておけ」


 コートを着て片手を上げ、話はこれでお終いな、とでも言うように照屋の横を通り過ぎる。
思い出したかのように、その後ろ背中に照屋はやや大きい声で伝えた。


ζ(゚ー゚*ζ「そういえば妹さんの手術決まったんですよね、おめでとうございますー! 」


 振り返り、おう、と笑顔で返す埴谷。
事件も解決したこともあってか、その足取りは軽やかであった。


 嫌な事件だったとも思う。運が悪かったとも思う。
だが自分にはどうすることもできなかったし、何かが起きてからじゃないと動けないのが警察である。
埴谷は平助のことを不憫に思いながら、帰路に就いていた。

 それに、照屋が先ほど言っていたように、もうすぐ妹の手術日であった。
暗い顔のままでは妹に会えなくなる。埴谷は頑張って金を貯めた甲斐があったと、
まだ寒さの厳しい夜道の中、コートの襟を正した。

84 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:47:48 ID:11/VEr0g0

 家に着く。
既に他界した親の残してくれた一軒家に2人で住んでいた。
いつもより早い帰宅だった。日は沈んでいたが、月が明るかった。

 だから、違和感はすぐに気づいた。
妹の部屋。2階の一室。その窓から、何かが垂れ下がっている。


(*゚;;;;;;)


(,,゚Д゚)「……は?」


 月が明るかった。
だから、その姿がはっきりと見えた。

 埴谷が妹の誕生日に買い与えた真っ白のワンピース。
それを着た妹が、吊るされている。
風が吹いた。

本来あるであろうはずの、腰から下。腕。
それがまるで無いかのように、靡いた。
まるで、ではない。無かったのだ。

月明かりに照らされ、靡くワンピース。
頼りなげに揺れる姿は、蓑虫のようだった。

85 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:48:55 ID:11/VEr0g0




ζ(゚ー゚*ζ「埴谷さん、誕生日プレゼント喜んでくれたかな」


 照屋は埴谷が家に着いて見ているであろう光景を想像し、笑みを浮かばせた。
ここまで準備するのは大変だったんですよ、と埴谷の事を思う。



 照屋玲子は早くに親を亡くし、親戚中をたらい回しにされていた。
最終的に預けられた家でも、ぞんざいな扱いをされており、照屋の心は深く沈むばかりであった。
そんな照屋を随分と可愛がってくれていたのが、渡辺商店店主、渡辺あやかであった。


 勉強を教えてくれた。
 寂しさを忘れさせてくれた。
 暖かい心というのを与えてくれた。


 照屋玲子にとって、渡辺あやかは親であった。
渡辺あやかもまた、独り身であったためか照屋の事を娘のように思っていた。
だから、渡辺のような人たちを守りたく、照屋は警察という職業に就いた。
広報課ではあったがそれでも警察には代わりはなく、誰かのためになるならばと照屋は奮起させていた。

渡辺あやかも自分の事のように喜んでくれたものだった。

86 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:50:29 ID:11/VEr0g0

 だがいつの頃か、渡辺あやかが随分と細くなっていき、笑顔を見せなくなってきた。
近所ではある噂が流れており、それが原因か渡辺に関わろうとする人は減っていき、
時には嫌がらせ受けるようになっていた。渡辺は精神的に参ってしまっていたのだ。
年老いた渡辺には、それが何よりも苦痛だった。


 噂というのは、渡辺が目立ちたいがために、嘘をついているというものだった。


噂の発端は、事故現場を目撃したと証言したこと。
続いて、万引き犯の姿を証言したこと。

 事故の件は、渡辺がその事故を起こした車とその運転手を見ており、それを警察へ報告したというのだ。
しかし、その証言は間違いなのだと刑事は門前払いした。だが、渡辺は食い下がった。


从;' o '从「そんなことありません! 私、確かに見たんです! 本当なんです! 」


何度も食い下がる渡辺に、刑事はうんざりしたようにこう答えた。


────あのね。そうやって目立ちたくて嘘つくの、よくないよ?


 その様子を、たまたま近所の住人が目撃してしまったのだ。
噂は瞬く間に広がった。さらに追い打ちをかけるように、万引き被害が渡辺商店では相次いだ。
やっとの思いで万引き犯の姿を見た渡辺は、その特徴を刑事に伝えた。

 しかし、結局、捕まったのは別人だった。

あの人ではない、という渡辺の声も刑事は聞かなかった。
面倒事のように渡辺を相手にする刑事の姿は、客観的にみれば困っている様子にもとらえられた。

 だから、噂はより尾を付けて広まった。

87 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:52:10 ID:11/VEr0g0

 目立ちたいために、何でもないことを事件だと騒ぐどうしようもない人。
 万引きも嘘ではないのか。
 注目されたいだけの寂しい人間。
 一緒にいると犯人だと難癖付けられる。


 次第に渡辺から人は減っていった。
万引き被害だけが、渡辺には残った。
最後には、店を続ける気力も失い、心が折れた。

 渡辺は首を吊った。



 照屋は知った。
事故の目撃を握りつぶした人物を。
上からの指示で、従えば臨時収入として大層な金額が支払われるから。



(,,゚Д゚)『あのね。そうやって目立ちたくて嘘つくの、よくないよ?』



 埴谷が渡辺あやかの目撃証言を潰したのだ。
そのことを、コーヒーを飲みながら、管轄が違うけど追い返すだけでラッキーだったと、
同僚と談笑する姿を、照屋は見てしまった。
何が「罪のない人々を傷つけるやつが許せなくて警官やってんだろ?」だろうか。

どの口で、どんな気持ちでそんなことを口走ったのだろうか。
なんと身勝手なことだろうか。自分さえなのだ。自分さえよければ、他の事などどうでも良いのだ。

88 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:52:50 ID:11/VEr0g0


ζ(゚ー゚*ζ「ざまぁみろ」


 その日から、照屋はずっと埴谷を監視し続けた。
ご飯を食べたときに美味しいと感じてないか。起きたときによく眠れたと思ってないか。
埴谷が少しでも何かを感じる度に、生きていなければ得ようのないものを、何気なく消費するのを、
照屋は近くで見続けた。この気持ちを決して無くさないために。絶対に、絶対に諦めてなるものか。


ζ(゚ー゚*ζ「ざまぁみろ、埴谷」


 誰もいない署内で、照屋はコーヒーを啜りながら、埴谷の情けなくしているだろう顔を想像して、静かに笑った。

89 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:53:44 ID:11/VEr0g0




 4年後。
世間ではあるニュースで持ちきりだった。
警察官による警察官殺し。

そのセンセーショナルな話題は、激動の時代の中にも埋もれず、ある種、エンターテインメントのように、
大衆の中で消費されながら注目されていた。


現在も取り調べが続いている、という情報はマスコミの中で瞬く間に共有され、
板橋署の前では取材陣が押し寄せていた。



取調室の中で埴谷は緩んだ表情でグレーの机を見ていた。
白のワイシャツはやや薄汚れていて、無精髭に埋もれた頬の筋肉が、げっそりと削げ落ちているような印象だった。
取り調べの中で、埴谷はこう答えている。

90 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:54:18 ID:11/VEr0g0



 わたしはしょせん、他人事でしか考えていなかったのです
当事者になってようやく、このどうしようもない怒りをわかったのです



身勝手で、独善的で、それにすら気づくことなく
そのことの、なんと情けなく、邪悪なことか



その果てにある怒りは、誰にも分らないのです
それ以上でも、それ以下でも、それ以外もないのです
ただただ、自分だけのものなのです


.

91 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:55:05 ID:11/VEr0g0
終わり。

92名無しさん:2021/10/23(土) 16:45:55 ID:Fakv5Jko0


93名無しさん:2021/10/23(土) 18:16:33 ID:8SA.M/GU0

内藤親子が気の毒で悲しい

94名無しさん:2021/10/23(土) 18:22:41 ID:XcOitc760

復讐スパイラルがえぐい、好き

95名無しさん:2021/10/23(土) 18:24:56 ID:MSfvTOhA0
圧倒されたわ……マジで乙

96名無しさん:2021/10/23(土) 18:37:03 ID:yX/Vq4oA0
ネット小説じゃなくて文庫本読んでる気分になった、乙
お節介だけど短編祭の作品なら今日中に投下報告した方がいいぞ

97名無しさん:2021/10/24(日) 00:35:50 ID:sLSX9vS.0
真っ直ぐな復讐劇で満足

98名無しさん:2021/10/24(日) 03:28:27 ID:URw9fpPs0
おつ
最悪の連鎖すぎる……

99名無しさん:2021/10/25(月) 15:32:15 ID:s7.fEJlM0
とんでもない完成度だった…度肝抜かれた…
おもしろかったよ、乙!

100名無しさん:2021/10/26(火) 23:09:26 ID:pNXoVGLE0
鬱部門かくあるべしって感じの話だ……


101名無しさん:2021/10/27(水) 15:33:04 ID:FcKaxqEI0
後半からオチまでの流れがたまらんから未読の人は是非読んでほしい

102名無しさん:2021/10/28(木) 18:17:16 ID:/sLSZlos0
これもピタゴラスイッチよなぁよくできてる

103名無しさん:2021/11/06(土) 12:34:24 ID:wqrOrqZk0
90レスでこんなに魅せてくれるの凄すぎ
全ての行動理由を書いてくれて大変満足した

104名無しさん:2021/11/08(月) 14:03:40 ID:x8WWpc/g0
ラストの展開に流石に目を疑ったわ
これは力作

105名無しさん:2021/11/09(火) 17:02:44 ID:opDLcyyE0
( ^ω^)「誰が望もうが望まないが、そんな話じゃないんです。僕が許せないんです。
      これは、そういう話なんです。それ以上でも、それ以下でも、それ以外も存在しない」

このセリフいいな
作品の根本にある

106名無しさん:2021/11/20(土) 21:18:05 ID:jHS1Zets0
絵と感想ありがとうございました!嬉しかったです!!

107名無しさん:2021/11/20(土) 22:26:05 ID:dwFnsh160
二冠おめ!
過去作とかは内緒?

108名無しさん:2022/04/24(日) 06:38:06 ID:zoE5QqZc0
なんとも言えん読後感だ
ドクオが悪人殺してく話かなあとか思ったらぜーんぜん違った
引き込まれるいい作品だった

109名無しさん:2022/04/25(月) 20:17:14 ID:rGA37snQ0
むしろドクオはひたすら不憫だった


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