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( ^ω^)果ての中の虫のようです

9 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:06:34 ID:11/VEr0g0



 1953年の7月17日、土曜日ということもあってか、練馬区奏作町に住む内藤家はその日、
日付が変わっても居間の電気が消えることはなく、暖かい空気に包まれていた。
半年と少し先の来年3月に結婚を考えている、という話を妹の内藤紬が持ってきて、
その報告を受けた兄である平助が大喜びで家族を巻き込んだ酒盛りを行っていたのだ。


( ;ω;)「おーん、おーん、良かったな、良かったな、お前、良かったなぁ、本当になぁ! 」


 恰幅の良い平助が空になったコップへ酒を注ぐ。
そのまま、「どうだ?」という風に紬に酒瓶を傾けて見せるものの、「大丈夫よ」と言って紬は断った。
嬉しさか酔いのせいか、色白な紬の顔がほんのりとピンク色に染まっている。


ξ゚⊿゚)ξ「というか兄さん泣きすぎよ、近所迷惑になっちゃうじゃない」

( ;ω;)「ばか、お前、こんな嬉しいこと、迷惑なわけないじゃないかお! ほら母さんも飲んで食べて」

ノハ^⊿^)「いいよいいよ、母さんはもうお腹もいっぱいだし。平助と紬が食べなさい」


 紬と母のひと美は目元が似ていると小さいころから言われていた。
大人になるにつれ、ひと美の方はやわらかい印象の目であるのに対し、
紬の目元はどちらかといれば切れ長の、きつい印象のあるものとなっていった。

ただ、それでも笑った顔は似ていると平助は思っていた。
2人とも、優しい顔で笑うのだ。


ξ^⊿^)ξ「私もお腹いっぱいよ。母さんと兄さんこそもっと食べなよ」

( ;ω;)「食べるお食べるお、お前、ほんと良かったな。幸せにな、幸せになるんだお? 」

ξ゚⊿゚)ξ「……兄さん、母さん、本当にありがとね。本当に、本当にありがとう」

( ;ω;)「おーん、おーん、お前の幸せが僕の幸せなんだから、気にするなお! 」

ノハ^⊿^)「そうよそうよ、あんたが幸せで私はなによりだよぉ、本当にねぇ」


 内藤家は母のひと美、兄の平助、妹の紬の3人家族で小さな定食屋を営んでいた。
元々父親が始めた稼業であったが、父親が事故で他界してからは母のひと美が女手一つで切り盛りしており、
平助も母親の手伝いをするため旧制中学を卒業すると家へと入った。

一方、妹の紬はこの時、教育課程が旧制から新制へと移り変わるころではあったが、
平助とひと美の説得の事もあり、新制高等学校、専門学校へと順調に進学し、
専門学校を卒業した後は地元でも有数の食品卸問屋である荒巻商事の事務員に就職し、2年が経っていた。

10 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:07:54 ID:11/VEr0g0

( ;ω;)「なぁ、紬。今度、守矢さんを連れてきてくれお。兄ちゃん、義兄弟の契りってやつを交わしてぇんだお」

ノパ⊿゚)「こらこら、そんなことされたら守矢さん困っちゃうでしょ。それに交わさなくても、義兄弟になるんだから」

ξ゚⊿゚)ξ「そうよ。それに兄さん、お酒が入ると今日みたいに泣き出すんだから。恥ずかしいったらないわよ」

( ;ω;)「男が泣いていいときはなぁ、妹が幸せになる時と妹が結婚する時と妹が子供を産んだ時なんだお! 」


 紬の結婚相手は守矢基幸という25歳の男であった。
平助、ひと美とはまだ会ったことが無かったのだが、紬からは折を見て紹介をするという話だった。
また、紬の話しぶりからとても誠実な男性であると聞いていた平助は、紬本人よりも幸せな家庭を想像し、
そして一人で勝手に泣く始末であった。

結局、その日の酒盛りは深夜3時を回るころになってようやく平助が寝始めてお開きとなったのである。


ノパ⊿゚)「やれやれ、平助ってば紬よりはしゃぐんだから……」

ξ゚⊿゚)ξ「ほんとよ。見てるこっちが段々醒めちゃうくらいなんだもの」


 母親のひと美が平助に布団をかけ、紬がだらしないと微笑みながら平助を眺めている。
「もう食べられないお」という寝言が平助の口から零れると、2人は顔を見合わせて笑った。
紬はひと美に再度礼を述べると、ひと美は紬の頭をくしゃくしゃに撫で、この日2人は寝室で寝ずに、
相変わらず寝言を囀る平助とともに暖かい居間の中で眠りについた。

11 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:08:30 ID:11/VEr0g0

 日曜を過ぎて2日後、紬は出社のため朝早くに家を出た。
いつもより早い時間だったが、どうやら会社に着く前に守矢に会う予定らしく、
平助とひと美は笑顔で紬を見送ると仕事の支度を始めることにした。

11時に開店する内藤食堂は周囲に工事現場が増えたこともあり、
ここしばらくは客足の途絶えない盛り上がりを見せていた。

中でも独自の配合をした平助懇親のライスカレーは評判で、
汗をかいてる人には辛い物が良いだろうと考えた平助の予想が的中したときは紬もひと美も珍しく平助を褒め称えたほどだった。


 ただ、長期工事の仕事というのは日雇いで出稼ぎにやってくる者も多く、頻度は少ないが良識の無い者が暴れることもあった。
その場合はすぐに周りの客(工事現場で働く地元の人間)が押さえてくれるため、直接平助やひと美に被害が及ぶことはなかった。


 その日も同じようにライスカレーを平助が黙々とよそっている時の事だった。
がしゃん、と皿の割れると音と怒声が定食屋の中に響き渡る。
またか、と平助は急ぎエプロンで手を拭きながら顔を覗かせると、既に取り押さえられた状態で場は鎮まっていた。


ノハ;゚⊿゚)「あぁ、平助。ごめんね」

( ^ω^)「いやいいんだお。えっと、それで……どうしたんですかお一体?」


 平助が取り押さえているうちの一人、茂名へ声をかける。


(; ´∀`)「あぁ、悪いね内藤さん。こいつ、ウチに昨日から入ったやつなんだけど……
      何が気に入らなかったのか突然暴れだしちゃって。すぐに連れ出すからさ、本当にごめんよ」


 茂名は土建屋を営んでおり、内藤家の父親と幼馴染ということで長い付き合いのある人間であった。
穏やかな顔をしているが腕っぷしは強く、現に茂名に抑えられている者は声を荒げるだけで全く身動きが取れない様だ。

12 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:10:04 ID:11/VEr0g0

(; ^ω^)「ん……あれ、茂名さんちょっと待ってくださいお」

(; ´∀`)「え、あぁ、どうしたんだい?」

(; ^ω^)「いや……お前、もしかして冨和かお?」

(; ^Д^)「んだよ、離せ……あっ、ひょっとしておめぇ、内藤か!? 」


 茂名に抑えられていたのは平助と同級生だった冨和という男だった。
冨和は旧制中学を卒業すると家を飛び出していったのだが、どうやらいつの間にか帰ってきたらしい。
平助がそのことを茂名に伝えると冨和は解放され、へらへらとした顔をしながら平助の頭を小突いた。
そのことに茂名とひと美は睨みと驚きの表情を見せたが、平助が宥めるように手を振った。


( ^Д^)「んだよ、とっとと助けろよ」

( ^ω^)「あぁ、うん、悪かった悪かった。それにしても随分久しぶりじゃないかお。えぇ?元気だったかお?」


 平助は冨和を連れて店の裏口から出ることにした。
このままここに冨和を置いておくとまた茂名や母親の迷惑になると思ったからだ。
茂名にそのまま任せておくべきだったのかもしれないが、同級生が警察のお世話になるのを黙って見ていられるほど
平助は薄情な人間でもなかったし、冨和には少なからずも悪感情以外を抱いていたので一旦外に連れ出してから
ひとまず場を治めることにしたのだ。


( ^ω^)「それでお前、いつ帰ってきたんだお?」

( ^Д^)「まぁ、そうだなぁ……ざっと、1か月くらい前か?今は板橋の方で一人暮らしよ。
       ほら、平屋が群れみたいにぽつぽつ集まっててよ、その群れの真ん中に1つだけぽつんとアパートがあるだろ。
       便も悪いしぼろいけど、安いんだこれが。そこの102号だぜ」

( ^ω^)「あぁ、あの……」


 裏口から少し離れた場所で、2人は壁にもたれながらそれぞれの近況を報告しあった。
冨和はくしゃくしゃになった煙草、紺色のパッケージが特徴のピースを取り出すと、火をつけた。
紫煙が平助の鼻を衝く。懐かしい匂いだ。平助の頭に冨和との思い出が過った。

13 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:11:01 ID:11/VEr0g0

 周囲からは粗暴な人間と評判が良くなかった冨和だが、平助はそういうわけではないというのを知っていた。
旧制中学時代、教師に対して暴行を働いたのはその教師が生徒に手を出していたからだ。
中には成績を盾に、生徒の母親にも手を出していた教師もいたほどである。
また、平助が因縁をつけられ困っていたところを助けてくれた時もあった。冨和の暴力事件は大抵、その背景に理由があった。

勿論、性格自体が荒いというのも事実ではあった。他校の生徒と揉めることも多かったし、軽犯罪を自慢気に語るときもあった。
しかし、どこか意気地の弱いところもあるのを平助は知っていた。
勇気を出せずに初恋を散らしたことだってあったし、母親に怒られるのが本当は怖いとぼやいていたことを平助は思い出す。


 平助はそんな冨和のことを嫌いにはなれなかったため、薄く長い付き合いが学生時代は続いていた。


( ^Д^)「おめぇこそ、まさか家を継いでるたぁ思わなかったぜ。結構儲けてんだろ、なぁ?」

( ^ω^)「家を継ぐことはさんざん公言してたじゃないかお。それに結構大変なんだお、飲食業ってのは」

( ^Д^)「そうかぁ?だけどおめぇ、あのカレーはなんだ。辛すぎて食えたもんじゃねぇ、毒かと思ったぜ」

( ^ω^)「そりゃあ、お前の口がお子様なだけなんだお。今度からは普通のライスカレーを頼めお」

( ^Д^)「うるせぇぞ、こいつ。生意気言いやがって」

( ^ω^)「いてぇおいてぇお、頭をぶつな。これ以上バカになったらどうするんだお」

( ^Д^)「そんときゃおめぇよ、俺もバカだからよ、安心して2人でバカを満喫しようや」

( ^ω^)「お前は相変わらずだお。いい加減、家族のことも考えたらどうなんだお?」

( ^Д^)「……はは、考えたからこそ、こうしてバカなりに働いてんだろうが」


 煙草をふかしながら笑う冨和。
しばらくぶりの談笑をひとしきり満喫した後、冨和は靴の底で火をにじり消すと、
今まで話していたのと同じような、冗談めいた口調で尋ねた。


( ^Д^)「あ、平助よぉ、そういえばおめぇ、妹いたっけ?」

14 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:11:42 ID:11/VEr0g0

( ^ω^)「ん?紬の事かお?ふふふ、そうそう、実は今度……ふふふ、いや、まぁ、また改めて話すお。
      そろそろ仕事に戻らないと」

( ^Д^)「あぁ、まぁいいまぁいい。そうか、妹居たよな、そうだよな」

( ^ω^)「どうしたんだお一体」

( ^Д^)「なんでもねぇ。妹は大切にしとけよ、うん。それよりも今日の夜、空いてるか?」

( ^ω^)「明日の仕込みもあるし、遅い時間になるけど大丈夫かお?」

( ^Д^)「構わねぇ。むしろ遅い方が助かる。それじゃ、栄衛時計の下で待ってるから。21時ぐらいにはいるようにする」


 そのまま夜に会う約束を取り付けた冨和は、茂名の下へ戻ることなく走り去ってしまった。
「お前は戻らないのか」、そう呼ぶと、「あんな職場、やってられるか」と冨和は走りながら振り向き、答えた。
これはどう言い訳を茂名にするかと考えながら、そして冨和の用立ては一体何だろうかと平助は首を傾げさせた。
店に戻ると、心配そうな顔でひと美が出迎えた。


ノパ⊿゚)「平助、大丈夫だったかい?」

( ^ω^)「大丈夫だお、大丈夫だお。そんな心配しなくてもさ」


 すでに茂名達の姿はなく、客席には2人ほど残っているだけであり、
その2人も飯を食べ終え会計をしようと用意しているところであった。
言い訳をする必要が無くなったことに、平助は少しだけ安心した。


ノパ⊿゚)「そうかい?でも母さん心配だよ、あの人、冨和さん所の息子さんだろ?あんまり良い話を聞かないじゃないか」

( ^ω^)「大丈夫大丈夫。所詮は噂だお。いいやつなんだお、あれでも」

ノパ⊿゚)「……ならいいけど、あんまり変なことはするんじゃないよ。紬の結婚もあるんだからね」

( ^ω^)「分かってるお。兄貴として顔向けできないようなことはしないから」

15 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:13:29 ID:11/VEr0g0

 残った客の会計も終えると、店の中は平助とひと美の2人きりとなる。
平助は頃合いを見てから暖簾を外すと、夜に向けての仕込みに取り掛かった。
いつもより少しだけ早い仕込みに、ひと美は何かあったのか尋ねると、店を終えたら知り合いに会うのだと平助は言う。
ここで冨和と会うなどと言えば、母をさらに心配させてしまうことになると平助は判断したのだ。

そして夜の仕込みも早々に終えた平助は、
いつもより少しばかり早くに店を開け、
いつもより少しばかり早くに店を閉めた。



 内藤食堂の最寄り駅である奏作駅から新宿方面へ10分ほど上っていくと、栄衛駅というのがある。
その駅前に大きな時計台があるのだが、それが栄衛時計だった。
平助は20時30分にその場所へ到着した。

思いのほか早くに店を片付けられたので、少しだけ早い到着だった。
時間潰しに平助は栄衛駅周辺を散策してから、再び時計台へと戻ったのが20時55分。
そこからしばらく1時間ほど待ったが、平助が冨和と会うことはなかった。


約束を反故されたことに平助は少しばかり腹を立てながらも、
こういうこともあるさと、冨和の性格なら仕方ないと受け入れつつ、帰路へ着いた。


ノパ⊿゚)「あら、随分早いじゃない。友達とはもうご飯食べたの?」

( ^ω^)「んー、まぁ都合が悪くなってお流れになったんだお。
      あれ、そういえば紬は?まだ帰ってきてないのかお?」


 自宅へ着いた平助は、紬がまだ帰っていないことに気づいた。
ひと美も遅いことを気にかけてはいたが、これまでにも朝帰りすることは多々あった。
ただ、明日も平日だというのが珍しくもあったのだが、紬も大人である。

朝か、夜遅くにでも顔を赤らめつつ、申し訳ないといった表情を見せながら帰ってくるのだろうと、
2人は紬の顔を想像して笑った。


 そして翌朝、玄関の戸を叩く音で平助を目を覚ました。

16 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:14:00 ID:11/VEr0g0

ははぁ、鍵まで忘れたなあいつめ。
兄として少しは怒ってでもやろうかと、平助はむすっとした表情を作り、玄関を開けた。


(;=゚ω゚)「あ、あの。内藤紬さんのご自宅であっておりますでしょうか?早朝に申し訳ございません」


 そこには制服に着られているような、まさに成り立てといった若々しい顔の警官が、
表情をこわばらせ、丸汗を浮かべながら立っており、何度も口ごもりながら言葉を続けた。
思いもしない訪問者に、平助は驚く。


(;=゚ω゚)「お、お嬢様がその、奏作総合病院へ運ばれました。あ、あの。えと、ぼ、暴漢に襲われまして、命に別状はないのですが、
     その、ひど、酷く怪我をされておりまして……」

( ^ω^)「え?」

17 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:15:35 ID:11/VEr0g0




 内藤紬は意識不明の重体で発見された。
第一発見者はあの若い警官だった。朝の巡回中、奏作駅の、内藤食堂とは反対の方へ向かった先に廃工場があるのだが、
その入り口に紬は倒れていた。助けを求めようとしたのだろう、体を必死に這いずらせた後が工場から痛々しいほどに伸びていた。

 下肢は剥き出しにされ、上は水色のブラウスが無残にも破られており、これはひと美が就職祝いに購入したものだった。
右腕は体を守ったのだろう、何度も金づちで殴られたのか変形してしまっており、左足も脛の部分が折れてしまっていた。
また、ガムテープで口を、布で目を隠されていたらしく、四肢に比べ、顔の方は奇妙なほど傷一つつけられていなかった。


(,,゚Д゚)「……全力で、犯人を見つけ出します」


 紬の眠る病室の前で、平助は事件を担当する刑事、埴谷に話を聞かれていた。
当日の様子、知り合いについて、恨みを買うようなことはあったのか。
思い当たることはすべて答えたところで、平助の頭の中は真っ白なままだった。

 それはひと美も同じで、悲痛な顔を浮かべたまま、紬の無事だった方の手を握っていた。
茫然自失、といった内藤家の様子に、埴谷は酷く心を痛めた。

 我が子の不幸を簡単に受け入れられる親兄弟などいない。
聞く限り、内藤家は非常に良好な関係で、父を亡くした不幸も乗り越えるほどの結束がある。
さらに言えば、被害者の紬は結婚を間近に控えた、幸福の真っただ中にあったのだ。

陳腐な表現であるが、「うちに限ってそんなことはない」と、皆、そう思っている。
ずっと幸せに、多少の不幸だって乗り越えていけるはずだと。何の根拠もなく信じているのだ。
埴谷もまた、その一人だった。
埴谷にも不運な事故で片腕を不自由にした妹がいる。
手術すれば治る見込みがあるのだが、金が必要だった。そのためにも埴谷は必死になって働いていた。


(,,゚Д゚)「……内藤さん?」


 埴谷の声で、平助はわれに返った。
紬のこと、母のこと、家のこと。平助にはやらなければならないことと、守らなければならないことがある。
平助は再度、埴谷に捜査の方をお願いした後に、まず紬の婚約者、守矢にも事情を話さなければと思った。

18 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:16:44 ID:11/VEr0g0

 それから7日が経った。
しかし、平助は守矢に会うことができずにいた。

事件の翌日、平助はまず紬の会社に詳細を伏せたまま事情を話した。
会社の方は心配も配慮もしてくれ、席は置いたままにしてくれるといった返事をもらった。

また、紬から守矢は取引先の人間であるというのを聞いていた平助はそのことについて尋ねると、
守矢の働いている会社を教えてもらい、そこへ向かった。

しかし、守矢は外出中らしく、会うことは叶わなかった。
それから折を見て通ったものの、一度として会うことができずに7日が経とうとしていたのだ。


 紬が入院してから、内藤食堂が開く頻度は少しだけ減っていた。
紬のお見舞いはひと美が行っていたが、平助の方でも件の守矢の事や警察へ行くこともあり、
中々時間を作ることができなかったからだ。

 今日も早々に昼の店じまいをしたところである。
すでにひと美の方は病院へと向かい、家を出ていた。
平助の方も守矢の会社へ向かう前に少し休憩を入れながら、居間でアルバムを捲っていた。
そこには花が咲いたような笑顔が映っている。

紬と、母と、父だ。
父が事故に会う間に撮った家族写真だ。
アルバムを捲るたび、なぜ、どうしてという気持ちが平助を襲った。

 そこへ、玄関の戸を叩く音が入った。
平助がアルバムもそのままに出ると、見慣れない顔がそこにはあった。
整髪剤で七三に綺麗に分けられた髪に、身なりの良い服装をしている。

まさか、と平助は思ったが、男の口からは平助の予想していたものとは違ったものが返ってきた。


(‘_L’)「突然の訪問、失礼します。私、守矢の家に仕えております古田と申します。
    この度は守矢から言伝を預かりましたので、お伺いした次第でございます」

( ^ω^)「は、はぁ。どうも、これはご丁寧に」

19 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:17:39 ID:11/VEr0g0

 古田と名乗る男を居間に案内すると、平助はアルバムを閉じて座卓の隅に寄せた。
茶を出そうとしたが古田に「お構いなく」と断られる。用件としてもすぐに済むものらしかった。
古田の機械的な応答が平助には少しだけ気がかりだった。


(‘_L’)「こちら、守矢からになります」

( ^ω^)「これはどうも、ご丁寧に……?」


 古田から渡された封筒を受けた平助は、その感触に疑問を浮かべた。
手紙にしては妙に厚い。それほどの長文なのだろうかとも考えたが、何枚もの紙が重なっているような感触だ。
食堂の経営で何度も触れたことがある。そんな束だ。平助はすぐにピンときて、上ずった口調で尋ねた。


(; ^ω^)「あ、あの。これは、もしや……」

(‘_L’)「守矢から、心ばかりとのことで。また、申し訳ございません。ご結婚のお話ですが、破談とさせていただきたく……」

(; ^ω^)「そのお詫びとして、これを……?」


 ふざけるな、と平助は怒鳴った。
封筒を座卓へ叩きつける。バサリ、と中身が飛び出し、束になった紙幣が顔を出した。
額が気に入らなかったのかと眉根を寄せる古田に、平助は奥歯を噛みしめた。

20 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:18:22 ID:11/VEr0g0

(; ω )「お前、紬が、紬がどんな目にあったのか、知っての事なのか!? 」

(;‘_L’)「は、はぁ。それはもう、守矢からも言われてまして……」

(; ω )「知っててこの判断をしたのかお!? せめて、せめて顔くらい、本人が来たって……」


 座卓の上を怒りのあまり払う。
湯呑と、先ほどの封筒と、閉じていたアルバムが宙を舞って落ちた。
開かれたアルバムには紬の顔が映っていた。


(;‘_L’)「あ、あ、この方が紬様で……え、えぇ、はい、この度はご愁傷様で」

(#゚ω゚)「妹は死んじゃいない! 」


 平助は古田の胸ぐらをつかみ、殴りつけた。二度、三度、四度。
綺麗にそろえられていた七三ははらはらと崩れ、古田は腰を抜かしながら居間から逃れようとする。
その首根っこを平助は掴み、玄関から外へ放り出すと、古田はここまで乗ってきていたであろう車へ逃げるように飛び乗った。

そこへ、平助も乗り込む。

後部座席から古田の首を掴んで、

( ^ω^)「守矢のところまで案内しろ」

と、凄んだ。

21 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:20:16 ID:11/VEr0g0




 守矢の自宅は車で30〜40分ほど、奏作駅の方へ走らせた場所にあった。設楽場町がほど近く、丁度、内藤食堂の反対側方面である。
町中から外れた閑静な場所だ。平屋が続く住宅を抜けると、一気に視界が広がり、大きく開けた場所に3階建ての家が建っている。
塀に囲まれており、明らかにここだけが特別だった。王様が住んでいるかのようだ、と平助は思った。

事実、守矢の家は土地を数多く持っており、様々な方面にも顔の利く有力者であった。この家も守矢基幸1人だけが住む家である。
しかし、そのことを知らない平助は、守矢の家の堂々とした門構えのある風貌にも臆することなく、古田に家へと上げさせた。
中に入ると真っ先出迎えた玄関は天井が高く、土足が禁じられていない洋風の作りであった。


(#゚ω゚)「どこにいる、守矢! 内藤紬の兄、平助だ! 話があってここに来た! 」


 幾人かの使用人が何事かと集まる。
古田は平助に投げ捨てられ、そのまますごすごと奥へと引っ込んでいった。
鼻息を荒くし、平助は自分を囲む使用人たちを見澄ます。守矢らしき姿はどこにもない。

再び平助が声を上げようとしたところに、ドタドタと革靴で床を叩きながら駆けてくる音が近づいてきた。


(; ・∀・)「な、内藤様!? これは一体どうしたというのですか? い、いやそれよりもまずはこの度は────」


 随分と若い見た目をしていた。
紬よりも幼いような見た目は、しかし柔和な雰囲気がどことなく上品でもあった。
発する言葉からして、こいつが守矢基幸か、と平助は感じ取った。


( ^ω^)「守矢基幸か」

(; ・∀・)「は、はい。そうですが」


 瞬間、守矢の顔を衝撃が襲った。受け身も取れなかったようで、体は激しく地面を打ち、うめき声すら上げられない始末だった。
平助が力いっぱい守矢の顔を殴打したのだ。そのまま馬乗りになり、平助は守矢の顔面へ拳を叩きつけた。

22 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:21:01 ID:11/VEr0g0

( ;ω;)「なんで、なんで一度も妹の様子を見に来ないんだ! なんで妹の下へ来てくれなかったんだ!
      どうしてお前が来ないんだ! 結婚するんだろ! 紬の恋人だったんだろ!
      破談するにしても、せめて来い! 顔を見せろ! 僕は、楽しみにしてたんだ!」


( ;ω;)「なんで、お前が……あの日、せめて、せめてお前……お前があの日傍に、傍にいてくれれば……」


 最後の言葉は平助自身にも向けられたものだった。
使用人たちに取り押さえられた平助は暴れる力もなくなったようで、慟哭の声を上げるだけであった。
守矢は顔を抑えたまま、頭を床へ擦り付けながら何度も謝罪した。


 守れなくて申し訳なかった。
 立ち会う勇気を出せず申し訳なかった。
 逃げ出すしかできず申し訳なかった。


 何度も何度も、守矢は頭を下げた。
それからすぐに警官が守矢の自宅へ駆けこんできた。使用人の誰かが平助が押し入った際に通報したのだ。
平助は設楽場留置場へ入れられることになった。

23 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:21:57 ID:11/VEr0g0




 設楽場留置場には、2人の留置者がいた。
1人は内藤平助。守矢邸に押し入り、古田という使用人と主人の守矢基幸へ暴行を働いた現行犯であった。


( ^ω^)「……」


 平助は留置場内でなんと愚かなことをしてしまったのかと両手で顔を覆っていた。
守矢の対応に怒りを募らせたまま、手を上げてしまった。
母は、妹のことは誰が見るというのだ。家はどうする。母ひとりに全てを押し付けるというのか。
自分の勝手な行いのせいで、どれだけ迷惑をかけるというのか。
ただただ、情けなく、自分を恥じた。

 そこへ、「おい」と、声がかかる。
声の方を見ると、丁度左へ4ついった牢から手がひらひらと伸びている。
看守台に座る監視員は高齢のせいか、眠りこけていて気づいていないようだった。
最初は無視を続けていた平助だったが、しつこい声掛けについには反応を返した。


( ^ω^)「……なんだお」

('A`)「お、良かった。無視されてると思ったぜ。へへ、なぁ、暇だしよ、話し相手になってくれや」


 平助に声をかけたのは、平助が入れられるよりも1日前に下着泥棒で捕まった毒島武志だった。

24 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:23:02 ID:11/VEr0g0

('A`)「そうかぁ、妹さんがなぁ」

 毒島はよく言えば気安い男で、悪く言えば薄っぺらな男だった。
ただ、平助にとっては今はその気安さが非常に心地よく、また毒島も根底としては悪人では決してなく、
返す言葉も善意に寄せたものであったのが平助にとっては幸いであった。

毒島と話していくうち、平助は身の上話までするようになっていた。
妹が事故に遭い、母が看病しているという体での話だが、毒島は他人事のように「大変だなぁ」という。
その他人事さが、そして言葉自体は善意のものであるところが、平助の心を軽くするのに助かっていた。


( ^ω^)「それで、あなたはどうしてここに?」


 自分のような暴力沙汰を起こしそうには見えない。
平助が辛うじて牢から見た毒島の顔は、随分と細く、気の弱そうな印象だった。


('A`)「下着泥棒」

( ^ω^)「ふふ、なんだお、それ」

('A`)「いや、違うんだ。洗濯物が道端に落ちてたら拾うだろ。それで、なんだこりゃって思ったら下着でよ。
   そしたら警官が偶然通りかかってよ。下着の持ち主も出てきてよ。こんなん、ありかよって。
   傍かりゃ見りゃ、まぁ、下着ドロだわな。必死に訳を話しても、こんなプータロー、誰も信じちゃくれなくてよ」

( ^ω^)「運が悪いおね」

('A`)「そうなんだよ、俺って運が悪いのよ。つーか、お前、内藤さんだっけ?俺の言う事、信じてくれちゃうわけ?」

( ^ω^)「まぁ、悪人には見えないから……」

('A`)「ははぁ、あんた、俺が言うのもなんだが、人をそう信じちゃいけねーよ。いるよ、悪い人。世の中にはね、思ってる以上にいるからね。
   思ってる以上にね、人はね、悪くなれるからね。気を付けなよ、あんた。良い人だから、ひどい目に合いそうだ」

( ^ω^)「……ひどい目、ですかお」

('A`)「そうだよそうだよ。特にね、あんた、妹さんとおっかさんがいるなら夜に出歩かせちゃいけねぇよ。
   こないだね、俺ね、20日の夜だったかなぁ。悲鳴をね」

( ^ω^)「悲鳴?」

('A`)「……おっさんがね、悪い奴に絡まれて悲鳴を上げてたのよ! ね、可哀想でしょ! 」

25 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:24:10 ID:11/VEr0g0

 毒島は20日の夜、奏作駅近くで飲み歩いていた。
少し外れた場所まで行くと飲み屋が連なっているのだが、こじゃれた店もいくつか出ており、その点もあって若い者にも好まれていた。
というのも、その街道から更に外れると一気に薄暗くなるので、酒の勢いでそのまま情交に至ることが出来たからであった。

 この日、奥まった裏路地では定期的に密造酒が格安で販売されており、毒島はそこで手に入れたどぶろくを片手に、
ふらふらと夜風に当たりながら酔いに浸っていたのだ。そこは丁度、紬が発見された廃工場の近くであった。
そこで悲鳴と、車と、乗り降りする影を毒島は見ていたのだ。

 悲鳴はそういう情交の一環という可能性もあった。加えて、毒島は密造酒を買っていたこともあり、
その後ろめたさからこのことを誰かに公言することはなかった。
紬の件を知れば毒島も証言として出しただろうが、新聞にも載っていないことだ。
そのため、毒島が証言者として名乗り出ることはなかった。


 それから看守の目が空いた隙を窺っては平助と毒島は暇をつぶすように話をした。
翌々日、先に留置場を出たのは平助の方だった。保釈金が支払われたからだ。
母に迷惑をかけてしまったな、という平助に毒島は、


('A`)「親孝行はこれからさ。これから、返していこうや」


 と声をかけ見送った。

26 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:24:51 ID:11/VEr0g0

 しかし、留置場から出た平助を待っていたのは母ではなかった。


( ・∀・)「……どうも」


 茶色のスーツと帽子に身を包んだ守矢が、平助を出迎えた。
平助の保釈金を支払ったのは守矢であった。
守矢は帽子を脱ぐと、深々と頭を下げた。


(; -∀-)「この度の事、誠に申し訳ありませんでした。改めて、所詮逃げ出した男の見苦しい言い訳にすぎませんが、
      紬さんの事、支えず、守ることすら放棄し、申し訳ございません。正直に申しまして、私には責任を持つ自信もなく、
      これから先一緒に歩める自信もないのです。ですので、結婚の件は無かったことにさせていただきたく思うのです。
      使用人の件も、私自らが赴くべきでした。ですが、やはりどうしても怖かったのです。
      それが今回のような結果を招きました。誠に、申し訳ございません」


 守矢は何度も謝罪を述べ、額を地に押し付けた。
平助の怒りも一瞬再熱しかけたが、守矢の正直な気持ちを推し量り、
複雑な思いを抱いたままであったが、頭を上げるよう説得した。

 許されぬことをした、と、最後に後悔の言葉を告げ、守矢は再度頭を下げると、車に乗って平助の前から去っていった。
留置場の前に残された平助は、しばらく守矢が去っていった方を見続けると、自宅へと帰って行った。

27 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:25:29 ID:11/VEr0g0




ノハ;⊿;)「このバカたれが! 」


 平助を真っ先に出迎えたのは、ひと美の張り手であった。


ノハ;⊿;)「よそ様に迷惑かけて、しかも守矢さんに! あんた、父ちゃんが何度も言い聞かせてたの、忘れたのかい?
        迷惑だけはかけるな、人の気持ちを考えられる人間になれ! そう言った父ちゃんの気持ち、わかるかい!? ねぇ! 」


 言い返す言葉もなかった。まったくその通りだ。
平助はそう思いつつ、「無事に帰ってきてくれてよかった」という母の言葉に、涙を流した。
逮捕された日、平助は自宅へ帰ってこなかったのだ。紬の事もあったばかりである。
警察からの連絡がくるまで、母はどんな気持ちでいただろうか。
平助は母の言葉を深く心に刻んだ。二度と、バカなことはせぬと誓ったのだ。


ノハ;⊿;)「そんなことより、平助! このバカ! 肝心な時に、このバカは! バカ! 」

(; ^ω^)「ご、ごめんお。そんなに何度も言わなくたって、バカだってわかってるお。
      それで、一体何かあったのかお?」

ノハ;⊿;)「紬がねぇ、昨日、目を覚ましたんだよ! 」

28 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:26:11 ID:11/VEr0g0

 再び、平助は涙を浮かべた。
久しぶりの、紬の結婚報告を受けて以来の、嬉しさがこみ上げた。
すぐにでも駆けだそうとする平助を、しかしひと美が止める。
どうしてだという平助に、


ノパ⊿゚)「あんた、臭いよ」


 と、眉根を寄せつつ袖口で鼻を抑えながら答えた。
平助は自分のにおいを確認する。
汗まみれの服は、あの日から着たままであった。
しかしそこまで言うほどだろうかと鼻を脇の方へ寄せてみる。


( ^ω^)「……フンフン」


 2度ほど鼻の中へ吸い込ませる。
それは、確かに、少しばかり、いささか、におった。

29 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:30:17 ID:11/VEr0g0




 奏作総合病院の診療室に平助はいた。カルテと思われる書類が机の上に散乱している。
忙しさが垣間見える診療室であった。丸い鼻に丸い眼鏡をかけた担当医が、カルテを見ながら話を続ける。
紬の状況を掻い摘んで話すと、結論、リハビリを続けていけば元のように動かせるようになるということらしい。
安心し胸を撫でおろす平助だったが、担当医は言葉を濁しながら、傷跡は残ってしまうということも伝えた。

それでも無事に目を覚ましてくれただけでも、と平助は思ったが、紬の心情を考えると複雑だった。
診療室を出て紬の病室に戻ろうとすると、廊下で埴谷と出くわした。
紬が目を覚ましたという情報が入り、話を聞くためにやってきたのだろう。


( ^ω^)「あ、どうも」

(,,゚Д゚)「お忙しいところ、申し訳ございません。無事、目を覚ませられたようで。
      良かった、という言葉はそもそもを考えればとおかしいとは思うのですが……」

( ^ω^)「いえ、お気になさらず。ただ、すみませんが……」

(,,゚Д゚)「やはり、お話させていただくのは……」

( ^ω^)「解決したい気持ちもあるのですが、しばらくはそっとしておいていただけると……
      代わりに、後ほど私の方で何でもお答えしますので」


 もどかしい気持ちを見せる埴谷をそのままに、平助は紬のいる病室へと入る。
続けて埴谷が入ってくることはなかった。さすがに踏み込んでくるようなら、声を荒げない自信が平助にはなかった。
ベッドの上で、平助に気づいた紬が薄く笑って首を傾げた。

30 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:31:52 ID:11/VEr0g0

 紬の病室は3階にある。開かれた窓からは心地よい風が入っていた。
平助は寒くないかと紬に尋ねる。寒くないよ、と紬は答えた。

 平助が目を覚ました紬と会うのは2度目になる。
ひと美から目を覚ましたことを聞いた平助は、すぐさま湯を浴びて病院へ向かった。
しかし、紬に会うとすぐに担当医に連れていかれたものだったので、しっかりと話をするのが初めてであった。

 なんと声をかければいいのか。
平助は必死に頭を回す。気の利いたことでもいえばいいのか、家族として遠慮なしに話せばいいのか。
沈黙に耐えかねた平助は、結局、いい天気だねと外を見ながら呟いた。
紬からの返事はない。聞こえなかったかと、平助は紬の方へ振り返る。


ξ;⊿;)ξ「……」


 紬の目には涙が溜まっていた。今にも溢れ出しそうなそれを見て、
平助の腹の底でぐちゃぐちゃになっていた言葉が堰を切って飛び出した。


( ;ω;)「良かった」


 平助は涙を流した。
紬はお母さんと一緒だと、天気の話をしだしたところから一緒だと言って、泣いた。
そうして、あとは


ξ;⊿;)ξ「ごめんね、ごめんね」


 と、誰に対してか、謝罪の言葉を上げながら布団をくしゃくしゃにして、涙をさらに流した。
平助は紬を抱きしめながら、慟哭を上げた。

 その声は病室の外まで聞こえていた。
廊下で待機していた埴谷は、深く息を吐くと、その場を後にした。

31 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:33:37 ID:11/VEr0g0




 そうして、半年が経った。
時を見てたどたどしく守矢の事を伝えた平助だったが、紬はうっすらと笑って、仕方ないよねと答えた。
それが明らかな強がりで、平助には痛々しかった。

それからしばらくして、紬も無事病院から帰り、内藤家はゆっくりとだが日常を取り戻しつつあった。
しかし、平助を悩ませることが一つだけ起きていた。


(; ω )「売り上げが良くない……」


 工事作業がほぼ終盤に入ったため人が減ったというのもあるが、
それを差し引いても内藤食堂の客足は減る一方であったのだ。
それに、食材を卸してもらっていた業者からも値上げの話が来ている。

単純に値下げをすればいい、宣伝をすればいいという話でもない。
どこから話が漏れたのか、平助が暴力事件を起こしたという噂がさらに追い打ちをかけていた。
酷いものになると、紬が体を売って内藤家を支えているという噂まで流れている始末である。
そのいざこざで、事件に巻き込まれたのだと。


 このまま苦しくとも経営を続ければ首が回らなくなるのは目に見えていたが、
父から継いだ店を無くしたくはなかった。
なんとかして店を続けながら、紬のリハビリ代も支払っていきたい。
そんな風に悩んでいた平助だがある日、昼の暖簾を片づけたときである。


ノパ⊿゚)「店、畳んで売ろう」


 ひと美が登記済権利証(土地の権利書)をもって、決意した。

32 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:38:04 ID:11/VEr0g0

 内藤食堂は、平助たちにとって長い歴史に幕を閉じ、役割を全うした。
店を閉めるにあたって、近所、あるいは常連だったはずの者たちから慰労の言葉はなかったが、それでも構わなかった。

 当初、平助は母の意見には頷けなかったのだが、母の決意は固かった。
思い入れもある。父親の形見でもある。大切な宝物である。続けられるなら、当然続けたい。
しかし、それでも家族の邪魔になるようであれば、売れるうちに売ってしまいたい。
そうして、最後まで家族のために役に立たせてやりたい。


ノパ⊿゚)「父さんと母さんに、家族を守らせて頂戴よ」


 母の言葉に、平助は何も言えず、ただただ涙を流しながら「ありがとう」と答えた。



 店を畳むと決めてからはすぐだった。
茂名が内藤食堂の立て壊しを行い、感傷に浸る間もなく空き地となった。
その時、茂名が申し訳ないといった顔をしていたのを、平助は「それが仕事なのだから」と、気にしないでほしいと声をかけた。
内藤家は少し外れた場所にあるアパートを借りることにし、ひと美と平助はそれぞれ別の工場で働くことになった。

 平助たちが借りたアパートは木造2階建ての、築数年くらいのものだった。
交通の便が悪いためと、しばらく住人が住んでいなかったこともあり、交渉の末に思いのほか安い家賃で借りることが出来た。
玄関先には、気分を明るくさせたいという思いからひと美が花を植えるようになった。
何を植えようか、そう相談しているひと美と紬は、実に楽しそうであった。


ノハ^⊿^)「それにもし良い感じにお金も溜まったら、また食堂やるのも良いかもしれないわよね! 」

( ^ω^)「うーん、僕はその頃になると寄る年波には勝てず、引退してるかもしれないお」

ノパ⊿゚)「私が引退しない限りはあんたもさせないよ」

(; ^ω^)「そりゃないお」

ξ^⊿^)ξ「兄さん、私も手伝うから。ね? 」


 家のことはリハビリがてらということで、少しずつ体を動かせるようになった紬が行うようになった。

33 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:40:47 ID:11/VEr0g0




 1954年の6月の事だった。
すぐに工場勤務に慣れた平助は、ひと美と紬に隠れていまだ事件を追っていた。


(,,゚Д゚)「あ、どうも。すみません、急に……」

( ^ω^)「あぁ、いえ。こちらこそ、家に上げれず申し訳ないですお」

(,,゚Д゚)「いえいえ。それで、紬さんの調子は……」

( ^ω^)「まだ精神的には不安定ですお。それとなく、調子が良いときに探ってはいますが……
      あ、あと、これは偶然入った情報なんですけどね────」


 埴谷も時折様子を見に来るのだが、当時のことを思い出そうとすると紬の体調が優れなくなる。
そのため、平助は何かしらの情報を集め、それを埴谷に伝えることで、
少しでも紬が事件から離れられるのではないかと考えたのだ。


(,,゚Д゚)「なるほど、ありがとうございます。調査が進みましたら、またご連絡を────おや。
    植木鉢、花がそろそろと言ったところですね。何の花なんですか?」

( ^ω^)「あぁ、はい。母と妹が。確かラベンダーだとか言ってたかと」

(,,゚Д゚)「なるほど、良いですねぇ」


 しかし、新しい情報はなかなか手に入らない。
解決に至らないことへのやきもきはあったが、毎日紬とひと美と過ごすことの、
日常へ戻りつつある平穏を守っていくことこそが、今自分がやるべきことなのではと平助は次第に考えるようになった。


( ^ω^)「は?」


 その夜、一本の電話が内藤家に入った。
ひと美が事故に遭い意識不明の重体となり、病院へ運ばれたという報告である。
二度目の不幸が内藤家を襲ったのだった。重なる不幸に、平助は心身ともにやつれていった。

34 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:42:22 ID:11/VEr0g0

ξ゚⊿゚)ξ「……兄さん、私、働こうと思うんだけど」


 それを間近で見ていた紬が行動を起こすのも、気持ちを考えれば当然のことであった。
勤め先であった荒巻商事は退院後、結局辞めることとなり、紬は自分が荷物であると思っていたのだ。
平助にとっては考え直してほしいことでもあったが、金銭面の問題もある。
紬の言葉に、平助はすぐに答えを出すことはできなかった。
一瞬、甘えてしまいそうにさえになった。

 未だ痛々しい傷跡の残る妹。
しかも、明るいうちでなければ未だ怖くて外に出られないのだ。

そんな紬に、そんなことを言わせてしまった。平助は己を奮い立たせた。
今、ここが踏ん張りどころだ。家族を守れるのは自分しかいない。


( ^ω^)「まったく心配性だなぁこの妹は! 大丈夫だから、任せなさい頼れる兄に! 」


 平助は「まずは体を治してから」と、紬に答えた。
紬は尚も言いたげな顔を見せたが、押し問答になるだけなのも明白だったので、
平助は決してその先を言わせようとしなかった。
それから数日が経って、平助は仕事を掛け持ちするようになった。


 朝は早く、夜は遅く。
空いた時間は母の様子を見に病院へ。

 次第に、紬と顔を合わす時間も減っていった。
余裕のない顔を見られるのが嫌だという理由も、平助にはあった。
そんな関係が4か月ほど続いて、季節は秋。カレンダーは9月を捲って10月になった。

35 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:43:55 ID:11/VEr0g0

( ^ω^)「それじゃ、行ってくるお」

ξ゚⊿゚)ξ「気を付けてね、兄さん」


 紬の言葉をいつものように受け取って、その日も平助は早くに家を出た。
紬の傷も大分癒えてきた。まだ精神的な部分は不安定だが、朝と昼なら全く問題はない。

そろそろ、また紬が働きたいと言い出す頃だろう。
そうしたら、2人で膝を向き合わせてじっくりと相談して、冗談めかしながら決めればよい。
だからそれまでは自分が出来る限り家を支えていくのだと平助は考えていた。

 家のことでも大分助けられた。傷が治らないうちでも、紬は家のことは頑として譲らなかった。
掃除、洗濯など少しでも平助のためになればという思いからであり、勿論平助に余計な心配をかけぬよう、
痛みが酷くならない程度で、紬もまた家を支えようとしていたのだ。

そのことに平助は気づいてはいたのだが、そこにさえ口をはさむようなことをすれば口論になるのは明白だった。
また、紬の思い遣りを素直に受け取り、言葉にせぬことで互いに支え合っていた。

 言葉には出さない、顔を合わせる頻度も減った。
しかし、平助と紬は互いに思い遣りをもって支え合えていたのだ。




( `ー´)「内藤君、表にお客さん来てるんだけど」


 昼時、休憩を取っていた平助に工場長が声をかけた。
入口に、平助の知り合いが来ているとのことだ。
一体誰だろうかと思いながら平助が行くと、そこには今の今までピースを吸っていたのだろう、
慌てて靴底で煙草の火を消し、ぎこちない愛想笑いを浮かべた冨和がいた。

36 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:45:05 ID:11/VEr0g0

( ^ω^)「久しぶりじゃないかお。どうしたんだお?」

( ^Д^)「まぁ、ちょっとな」

( ^ω^)「あ! そういえばお前、この前約束すっぽかして! 」

( ^Д^)「約束……?」

( ^ω^)「ほら、栄衛時計のとこで待ち合わせしたじゃないかお」

( ^Д^)「あー、おぉ、そうか、そうだったな。あの日か、あの日だったな。
      ……すまなかった、本当にな」

( ^ω^)「……随分しおらしいけど、大丈夫かお? なにか困ってる事でもあったのかお?
      まぁ僕も現在進行形で困ってるけど、何か手伝えそうなら言ってくれお! 友達じゃないかお! 」

( ^Д^)「……そうか、そうか。そうか、そうか」


( ^Д^)「……あのさ、ちょっと、今日の夜、会えるか? 」

( ^ω^)「えー、お前、どうせまたすっぽかすんじゃないかお?」

( ^Д^)「いや、今度は……頼む。時間をくれないか」

( ^ω^)「まぁいいけど。でも今、仕事の方が立て込んじゃってるから、21時くらいになると思うお」

( ^Д^)「そうか、わかった。なら、22時に設楽場駅前で」

( ^ω^)「了解だお」


 冨和は22時だぞ、と平助に何度も確認し、その場を去った。
いつもの冨和にしては妙に余裕が無かった。急いでいるような、縋っているような、そんな気が平助には感じ取れた。
平助は工場に戻ると、今日中に仕上げなければならない業務を確認し、時計を見る。


( `ー´)「お客さんとの話し終わった? って、時計なんか見ててどうしちゃったの」

37 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:48:11 ID:11/VEr0g0

 その様子を見た工場長が平助に声をかける。
この工場長は平助が働くことになってから何かと気にかけてくれており、平助もそれに応えるように実直に働き続けた。
その甲斐もあってか、近々給料を上げてもらえるという話にもなっていたのだ。
上がった給料で、紬とごちそうでも食べよう、と平助はこっそりと計画を立てていた。


( `ー´)「まさかこれ、とか? くぅ〜、隅に置けないねぇ! このこの! なんだったら、早めに切り上げてもいいんだよ。
      今のペースなら、納期には間に合うだろうし」


 小指を立てる工場長に、平助は笑いながらそうではないと答える。
遅くまで働く平助に対し、工場長は家で待つ紬の事を考えて早めに帰してくれることもあった。
今回も気を遣って納期は間に合うと言っているが、ギリギリというのは平助にも分かっていた。


( ^ω^)「いやぁ、大丈夫ですお。妹も最近じゃ体も良くなってきてますし、今頑張れば納期だってもう少し余裕になりますおね。
      目途が立つくらいまでは進ませるんで、もういっちょ頑張りますお! 」

( `ー´)「そうかい?まぁ、無理は絶対によしてくれよ? 健康が一番なんだからね?」

( ^ω^)「わかってますお。それに僕、健康が一番の取柄ですから! 」


 力こぶを見せつける平助に工場長は頼もしいねと笑い、書類を持って去っていく。
平助の見立てでは、順調にいけば21時にはキリよく作業を終えられるものだった。
昼休憩を早々に切り上げると、平助は業務を進めた。

38 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:49:10 ID:11/VEr0g0




 平助が設楽場駅に着いたのは、22時30分だった。
作業途中、機械が急に止まってしまう事態が起きてしまったためである。
急いで駅に着いた平助は肩で息を切らしながら辺りを見回す。

冨和の姿はそこにはなかった。

今度は自分が約束を破る形となってしまったことを、平助は申し訳なく思った。
辺りをうろつきながら冨和を探す平助。


( ^ω^)「……帰っちゃったかなぁ」


 結局その日もまた、平助が冨和と会うことはなかった。
足取りを重くし、平助が家に着いたのは24時になろうとしていたころだ。
家の戸を開けた平助だったが、違和感が真っ先に浮かんだ。


( ^ω^)「紬ー?」


 部屋の中が真っ暗であった。
いつもなら遅い時間になろうと出迎えてくれる紬がいない。
既に寝てしまったのかと思ったが、電気をつけてもその姿はない。

平助の中に嫌な予感が瞬く間に侵食する。
足元から冷えるような感触に、跳ねるように家を飛び出した。

ちらりと見た玄関には、紬の靴はなかった。

39 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:50:34 ID:11/VEr0g0

(; ^ω^)「紬ー! どこだおー! 」


 平助は声を上げながら辺りを走った。
紬は20を超えた大人である。しかし、治りつつあるといっても怪我だってしている。
こんな遅くになっても家にいないのは一体何が起きたというのか。

そもそもまだ、明るいうちでなければ怖くて外に出られなかったのだ。


事故に巻き込まれてしまったのか、あるいは。
不安が平助の背中にぴったりと張り付く。

 結局、紬の事を見つけられぬまま、朝となった。


 平助は目を赤くさせたまま、工場へやってきた。
あれからずっと外を探し回っていたのだ。


(; `ー´)「ちょちょちょ、内藤君どうしたの。顔色悪いじゃない」


 朝早くに出勤していた工場長が平助の有様を見て駆け寄る。
「休んだ方がいいのではないか」と、尋ねる工場長に、平助は頷いて答えた。
項垂れるように去る平助を、工場長が心配そうに見つめる。


( ФωФ)「すみません。こちらに内藤平助様はいらっしゃいますか?」

40 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:51:48 ID:11/VEr0g0

 そこへ、一つの声が入る。
工場の入り口に制服に身を包んだ警官が立っていた。
いつか見た、若々しい警官ではなかった。対応に慣れた様子で、顔の皴から40代くらいの警官だった。
しかし、その顔はどこか険しく、苦々しかった。

 まさか、と平助は思った。
膝から崩れ落ちた平助を見て、工場長が代わりに答える。


(; `ー´)「あ、あの、内藤君は彼ですけど……あ、あの! 彼、ものすごくいい子で……」


 工場長は違う予想をしていた。
平助が何をしてしまったのではないか、ということから出た言葉であったが、警官がすぐに平助に駆け寄ると、両肩を掴んだ。
警官の言葉を平助は聞きたくなかった。両耳を塞ごうとしたが、出来なかった。


(  ω )「やめてくれ……」


 口元が無残に震える。


 何も喋らないでほしいとさえ思った。
 時間が巻き戻って、1からやり直したかった。
 それに何故、今、紬の笑顔が脳裏をよぎるのだ。
 これではまるで─────


(; ФωФ)「今朝、内藤紬さんの遺体が見つかりました。身元を確認するためにも、ご同行お願いできますか?」

41 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:53:01 ID:11/VEr0g0




(,,゚Д゚)「嫌なもんだな」


 板橋署内で、埴谷は煙草を吸いながら資料を整理していた。
紬の件を知ったのは今朝の事で、現場にも向かった。
遺体は何重にも重ねた袋の中に詰められていた。

まるで繭のようだ、と埴谷は思った。

 身を守るために使った両腕は赤黒く変色し、治りかけていた右腕もひしゃげるように折れ曲がっていた。
頭部を何度も石かトンカチか、鈍器状の物でしつこく殴打されたようで深く窪んでしまったほどである。
腹部も黒と紫のまだらな痣に覆われ、ぶよぶよと膨れ上がっていた。
肝臓と脾臓が破裂したことによるものだ。


(,,゚Д゚)「一思いに刃物か何かで、せめて、なぁ……」


 直接の死因は頸部をひも状のもので絞めた扼殺による窒息死だった。
しかし、これらの暴行痕からは生活反応があった。つまり、意識があるうちにそれらをやられたのだ。
そして、これらの犯行が紬を袋に詰めたまま行われたことが、袋の内部に溜まった嘔吐物と血液から分かった。

42 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:53:51 ID:11/VEr0g0


(,,゚Д゚)「幸いにも、今回は容疑者はわかったんだ」


 また、膣には激しい裂傷と体液の付着が認められていた。
詰められていた袋と紬本人の体からも指紋が検出され、照合したところ、毒島のものと一致した。
署内では10月3日から行方をくらましている毒島を第一容疑者として、捜査が進むこととなった。


(,,゚Д゚)「……しかしまいったな、今日も帰りが遅くなりそうだな」


 埴谷は妹のことを考える。
最近臨時収入が入ったことで妹の手術が出来るようになり、その準備で忙しかったのだ。


ζ(゚ー゚*ζ「埴谷さん、資料持ってきました」


 そこへ、照屋が両手で資料を抱え、やってきた。
本配属はまだ先の12月からだが、今のうちに手伝えることはしたいと志願したのだ。
やる気を見せる照屋に対し、埴谷は絆されぬよう厳しくいくつもりだ、と決めてはいたものの、
照屋の気配りも上手いこともあってか、埴谷の態度は日に日に軟化していくのであった。


ζ(゚ー゚*ζ「絶対に犯人を追い詰めましょう! 」

(,,゚Д゚)「あぁ、そうだな……」

43 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:55:28 ID:11/VEr0g0



 部屋の中で、平助はただただ呆然と座り込むだけだった。
 紬の遺体は袋に詰められて、設楽場山へ捨てられていたようだった。
朝、登山を趣味にしていた老人夫婦からの通報だったらしい。


 まるで芋虫のようではないか。


丸く詰まった袋を想像し、平助は言葉に出した。


紬であることを確認した平助はそのまま家へと帰った。
部屋の中は随分とがらんとしたように思えた。
あるべきものが、そこにはなかった。


工場にはしばらく休みたいことを電話した。
気にしなくていいよという返事だった。


 昨日の朝、平助は紬の顔をしっかりと見ずに家を出ていた。
いつも通りだったのだ。いつも通りに家を出て。いつも通りに家に帰る。
それだけだったはずなのだ。

あれが最後だったのだ。
あの会話が最後だったのだ。

気を付けてねの言葉に、少しでも何か返せばよかった。
振り返って、しっかりと紬の顔を見ればよかった。




もっと早くに、家に帰っていればよかった。

44 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:56:29 ID:11/VEr0g0


 3日ほど、平助は何もできなかった。
紬の遺体はすぐには帰ってこなかった。
検死をする必要があったからだという。


 袋に詰められたということからも、おそらく酷い暴行があったのだろうというのは平助でもわかった。
埴谷に会った際に聞いたが、はぐらかされてしまったのも察するのに充分であった。
紬本人か確認する際は、顔の、それも一部分だけしか見せてもらえなかったのだ。


( ^ω^)「……母さん」


 未だ病院で眠る母のひと美。
目を覚ましたら、紬の事を何といえばよいのだろうか。
病院へ向かおうとした平助の下に、一本の電話が鳴る。


( ^ω^)「……そうですか、はい。わかりました」


 ひと美が入院している病院からだった。
今朝、ひと美が息を引き取ったという連絡であった。

 平助は、母が何も知らずに済んで良かった、と思った。
低い天井を見上げる。
涙は流れなかった。
代わりに、何かが切れたように深く、深く、平助は息だけを吐いた。

アパートの部屋は、平助だけでは広すぎた。

45 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:57:35 ID:11/VEr0g0




 1954年、平助たちが店を売り払った頃の事であった。
そのことを知り、くつくつと笑いを堪えきれないように口角を吊り上げていたのは守矢基幸だった。

自室で膝を叩きながら、守矢はざまぁみろとつぶやいた。


( ・∀・)「ざまぁみろ」

( ・∀・)「大人しくとっとと田舎に引っ込んでりゃ良かったんだ」


 革張りの椅子に深く腰を下ろして、外の景色を眺める。
背もたれがぎしりと音を鳴らす。3階にある守矢の部屋からは他の家々の屋根を下にした景色が広がっていた。
なんと退屈な景色だろうか。守矢は思った。



 守矢は結婚などしたくなかった。
親戚の会社で悠々自適に働いて、取引先の少しおぼこな女を相手にするうちに付き合うことになった。
当初は「ちょっと良いな」なんて、本当に思ったりもしていた。結婚だって、まんざらでもなかった。

だがある日、目覚め良く起きて、目玉焼きを一口食べて守矢はふと思ったのだ。

 まだまだ遊びたいな。まだ自由でありたいな。
 もうちょっと、楽しいことをやっていたいな。


そう思ってからは、紬の事が邪魔でしかなかった。

46 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 12:59:06 ID:11/VEr0g0

 だからあの日、守矢は一つ、あることを考えた。
自分の都合でいきなり婚約破棄の話を持っていくのは体裁が悪い。
それなら、相手の方に結婚できなくなるような理由を作ってしまえばいいのだ。
とはいえ犯罪行為をさせて前科者にするのも一苦労だし、自分から唆すなんてのはもっての外だ。
バレたら元も子もない。


 であれば、第三者が必要だ。
第三者の要因で、結婚できないような理由を与えてしまえばよい。
丁度、新宿方面に遊びに行ったときに知り合い筋で使えそうな人間をもらったばかりだ。



────そいつにやらせちまえばいいんだ。



 守矢はすぐに実行に移した。
朝、紬を呼び出し、夜の予定をさりげなく聞く。
特に誰とも会う予定はなく、しかし残業で遅くなるということは守矢にとって都合が良かった。

 仕事を片付けた紬が帰路につく途中で、その使えそうな人間に拉致らせる。
それで、町から逃げ出すようになればいい。そのついでに、結婚も破棄してくれるだろう。
自分もそれなら仕方ないと思える、良い筋書きじゃないか。守矢はそう思った。

使えそうな人間についてだが、そいつは夢を見て新宿までやってきたが、ヤクザの女に手を出した間抜けという話だった。
しかも盗んだ薬を売りさばくという失態までも犯していた。

ただ、薬も紛い物だったし女の方も沈める予定だったらしい。

守矢はその話を聞いて、上手くすれば言いなりにできるなと考えた。


( ・∀・)「おーう、お疲れさん。内藤のところへの嫌がらせ、順調か?」

( ^Д^)「……はい」

47 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:00:24 ID:11/VEr0g0

 守矢の部屋に入ってきたのは冨和だった。
冨和こそが、守矢の言いなりになった男であった。
上手いことヤクザと話をつけたということにして、冨和に借りを作らせる。
自分にはそれだけの力があるんだぞ、という脅しも含めてであり、簡単に冨和は言いなりとなった。
なんと従順、なんと情けない、なんと無知、なんと我の無い奴だ、守矢は冨和の事を心底見下していた。


( ・∀・)「しっかし思いのほか早く店を畳んだなぁ。とっとと町から出ていって、全部忘れちまえばよかったんだ。
      そうすりゃあ、こんなことにはならなかったのに。自分勝手だよ、あいつらは。バカなんだ」

( ^Д^)「そうですね、そう思います」

( ・∀・)「あぁ、でもあいつらの知り合いに店を直接潰させたのは、傑作だったよなぁ。
      それが仕事だっていっても、はは、どんな気持ちで立て壊したんだかな。
      いやぁ、酷いぜ、あいつも。金を出せばやってくれるもんだから」

( ^Д^)「……そうですね、俺も、そう思います」

( ・∀・)「はは、友人だったんだろ、お前。あいつと。ひでぇなぁ、お前は。嫌な奴だよ。ははっ」

( ^Д^)「……そう、ですね」


 俯き気に冨和は答えた。
思ってもないのにな、と守矢は冨和の嫌々やってるんだという体の見せ方を心の中で嘲笑った。

「本当に嫌なら、死んでもやるなよ。やったんだよ、お前は。それはもう、どうしようもない事実なんだから。
言い訳がましく、見てくれだけで許しを請うような真似は、バカでしかないよ」と、守矢は思う。

 守矢は冨和と平助の関係を聞いていた。
奇妙なものだと思ったが、これも縁だとも思うと妙に興奮したものである。


( ^Д^)「あの」

( ・∀・)「は?」


 冨和が意を決したように顔を上げる。
それを、守矢が冷たい目で見る。すると、冨和の先ほどの威勢はすぐに消え去り、口をもごもごとさせながら押し黙ってしまった。
守矢が凄めば黙る、というのを冨和の方が期待していたのだ。
自分はまだ抵抗する気持ちはあるのだ、と自分への言い訳をしたかったのだ。
その期待に守矢は分かったうえで応えてあげたに過ぎない。

48 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:02:06 ID:11/VEr0g0

( ・∀・)「でもさぁ、まだ兄貴の方が諦めてねーんだよなぁ。それにまーだこの辺で生活続けるようだし。
      バカだねぇ本当。家も畳んだなら、どっか遠いところに行けばいいのに」

( ・∀・)「ま、引き続き頼むよ。ほら、約束の金もやるから」

( ^Д^)「い、いつまで……」

( ・∀・)「え?」

( ^Д^)「い、いつまで続ければ、良いんですか……?」

( ・∀・)「そりゃ、お前」


 何をおかしなことを聞くんだ。
守矢はふ、と鼻で笑ってから言葉を重ねた。


( ・∀・)「俺がすっきりするまでだよ」

49 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:04:26 ID:11/VEr0g0




 1955年、12月。
妹と母が亡くなってから、平助はただただ生きているだけだった。
あれから工場での仕事も身に入らなくなり、クビを切られてしまった。
玄関の植木鉢も、枯れてしまって今は何もない。気まぐれに何か植えようとも思ったが、気が乗らなかった。
なんとなしに水だけかけたこともあったが、植木鉢の中でたぷたぷと水が溢れるだけだった。

 今は別の工場で働くようになっていた平助は、20時に仕事を終えて帰宅しているところであった。
雪でも降るのではないかと思うほど寒く、痛みすら感じる空気に鼻を啜る平助の視界に、ふと老夫婦の姿が入る。
設楽場駅の前で老夫婦が二人、ビラを配っていた。寒さに耐えながら、渡すビラを無視されながら、
悲痛な面持ちでビラを配る姿に、平助は自分と母の姿を重ねた。


 そんな平助に気づいたのか、夫人の方が平助の元へ小走りで駆け寄る。


J( 'ー`)し「すみません、もし何かご存じでしたら……」


 この寒さの中では意味がないような、緑色の薄そうなセーターを着た夫人が平助にビラを差し出す。
優しそうな顔つきだったが、ひどく疲れたような顔で皴が深く刻まれていた。
寒さに震える細く、骨ばった手が更に母 ひと美の姿と重なってしまって、平助は奥歯を噛みしめた。

50 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:05:35 ID:11/VEr0g0

 母は、どんな思いで自分たちを育ててくれていたのだろうか。
最期にそばにいてやることが出来なかった自分を恨んでやしていないだろうか。
妹を守り切れなかった自分を、どう思っているのだろうか。


J(;'ー`)し「あ、あの。大丈夫でしょうか? すみません、ご迷惑でしたよね……」

( ^ω^)「あ、いえ……すみません。少し、家族のことを思い出してただけですお」


 戻されそうになっていたビラを受け取った平助は、方眉を上げた。そこに映っていた顔に覚えがあったからだ。
細く、頼りなさそうだがどこか優しさ、気安さのある顔。
目の前の女性と目元が似ている。

 毒島武志の顔と、情報提供の文字がそこにはあった。


J(;'ー`)し「去年の10月ごろ……10月3日の夜から行方を絶ってしまって……遠くまで出歩くような子ではないんです。
      このあたりを散歩していることもあるので、もし見たことがあればと……」

( ^ω^)「……10月以降で彼を見たことはありませんが」


 平助が言い淀む。
留置場で知り合った、というの憚られたからだ。
平助の様子に気づいた父親の方も、ビラ配りを一度止めてやってくる。

51 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:07:21 ID:11/VEr0g0

(´・ω・`)「あの、どうかされましたか?」


 下がった眉毛がどことなく頼りなさがあるものの、その声は優しく、おっとりとしたものだった。
あぁ、この二人であれば確かに、彼も優しい性格になることだろう。平助は毒島の家族の日常を思った。
そしてこの家族を襲った悲劇に、心を痛めた。その姿が、自分と重なった。

しかし、平助は二人の期待に応えられるような情報は持ち得ていない。
押し黙ったまま、下手に期待を持たせるのも忍びなく、平助は2人の顔を見ながら言葉を続けた。


10月以降では姿を見ていないので手掛かりになる情報を持っていないことを謝り、
しかし自分が毒島に助けられたことを話した。とても優しく、人の気持ちに寄り添える人だったと。
当人は何とも思っていないはずだろうが、そこに自分がいかに救われたのかを。


 平助が毒島と言葉を交わしたのはとても短い期間だった。
それでも、平助にとっては毒島は恩人でもあり、その家族に少しでも毒島がどういう人間だったかを伝えたかった。
いなくなった人間を思えるのは、いる人間だけであるから。


J( 'ー`)し「そうですか、そうですか……あの子……そうですか」

(´・ω・`)「ありがとう、久しぶりに息子の話を聞けたよ」

( ^ω^)「たいした情報もなく、すみません……私の方も見かけることがあれば、必ずご連絡します」


 毒島夫妻と別れた平助は、再び帰路に就いた。
ふと、空を見上げる。
吸い込まれるような漆黒の空。星が散り散りに輝いてはいるものの、どことなく寂しさがある。
綺麗、とは思えなかった。

52 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:08:34 ID:11/VEr0g0

 先ほどの毒島の母親の言葉を思い出す。
10月3日の夜に行方をくらませた毒島。
奇しくも、紬が行方をくらませたのも3日の夜だった。
ただ、紬の方は翌朝には見つかったのだが。


( ^ω^)「そういえば、冨和の用って結局なんだったんだお」


 2回とも落ち合う約束をしたものの、そのどちらも叶うことはなかった。
特に2回目の時など、冨和の様子はおかしかった。
なにか言いたげな、しかし一歩踏み出せないような、そんな焦りが見えたような気がした。

そう思うと、平助の中で段々とあの日の光景が大きいものになる。

考えてみれば最初、紬が暴漢に襲われたときも冨和と落ち合う約束をしていたのだ。


 単なる偶然に過ぎないと思う。
何かしらの繋がりがあるとはとてもではないが思えない。
馬鹿げた話だ。
だが、どうにも気になった。


( ^ω^)「……駅前に戻るかお」


 踵を返し、平助は来た道を戻った。
ただ、設楽場駅は毒島夫妻がいるため、一つ違う駅へと向かった。
目的は公衆電話だった。駅前になら必ずあるものだ。

 しかし道中、偶然見つけることが出来たため駅前まで行く必要が無くなったのは幸いだった。
平助は硬貨を一つ入れ、冨和の自宅まで通話をかけた。

53 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:09:43 ID:11/VEr0g0

( ^ω^)「……あ、冨和かお?」


 冨和はすぐに電話に出た。
しかし、声の主が平助だとわかるとすぐに切られてしまった。

二度、三度。
平助は掛けなおす。
今度は出ることさえなかった。


( ^ω^)「……行くしかないか」


 言いようのない気持ちを抱えたまま、平助は冨和の自宅へ向かうことにした。
金銭に余裕はないが、少しでも早く到着したいと考えタクシーを使うことにした平助は、20分後には冨和の自宅前へと着いていた。

 冨和の自宅は木造アパートの102号室だった。
この辺りは平屋の住宅が集まり群れを成しているのだが、その中で一つだけ、2階建ての木造アパートがある。
一人暮らし用の物件で、そんな中にぽつんと立っているのは非常に目立っていた。
築数十年は経過し、つる科の植物が壁にべったりと生い茂っており、駅からも離れた不便な場所である。


部屋の前には表札は無かったが、新聞がいくつも郵便受けに入ってる事から人がいるのは間違いないようだった。
引っ越し済みだったら手立てはないなと思いつつ平助は呼び鈴を鳴らす。

がたり、と音がして、人の気配が戸越しでもわかった。
平助は冨和の名を呼びながら戸を叩いた。

54 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:10:36 ID:11/VEr0g0

 しかし、一向に戸が開けられない。
万が一引っ越していて、ここに別人が住んでいるのだとしたら大迷惑である。
平助は最後に戸を叩いてから、


( ^ω^)「冨和、何か大事な用があったんじゃないかお? 最後に会ったお前、様子が変だったから。
      もしまだ僕でも手伝えることがあったら、言ってくれお。それだけだお、騒がしくしてすまなかったお」


 と、向こうにいるであろう冨和へと声をかけた。
一歩二歩と離れる。戸が開けられる様子はない。
駄目か、平助は木製の戸を眺め、足を戻した。

 がちゃり。

鍵の外れる音がしたのは同時だった。
戸の向こうから、冨和が無精髭をそのままに「よぉ」と言った。




 冨和の部屋は1kの、あまり良い暮らしとは思えない状相だった。
備え付けの冷蔵庫のコンプレッサー音が、やけに響く部屋だ。
ずっと敷かれっぱなしだったのだろう布団は万年床と化し薄い煎餅のようで、
座卓の上には食べかけの食料や弁当が散乱し、部屋に入るまでの廊下にはいつから出していないのか
ゴミ袋がなんとか通り道だけは確保するように押し込められていた。

 ただ、珍しかったのは冨和の部屋にはテレビがあった。
こんな高価なものがなぜ、という疑問を平助は抱いた。

55 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:11:00 ID:11/VEr0g0

( ^Д^)「……て、テレビでもつけるか?」


 なぜか、冨和は正座だった。
平助もそれに倣おうかと思ったが、結局胡坐にすることにした。

 白黒の画面が時折波打ちながら、NHKの番組が映る。
ジェスチャーショーをやっているようで、笑い声がテレビから聞こえた。


( ^ω^)「あのさ」


 無言のままでいる冨和に、平助から話を切り出す。


( ^ω^)「なんか、急にすまんお。ちょっと、どうしてるかなって思って」

( ^Д^)「……そうか、悪いな」

( ^ω^)「それで、さっきさ、設楽場駅の前で人を探してる人たちがいてさ」


 平助は毒島夫妻の事を話した。
寒いなか大変そうだったとか、人を探しているようだからだとか。
時折、冨和の近況についても話を振ってみた。
しかし、冨和は相変わらず無言で、平助の話に少しだけ相槌を打つだけであった。
気まずそうに、たまに平助の方をちらりと見ると、すぐさま目線を下げ、畳みを眺め始める。


( ^ω^)「なんか、他人事のようには思えなくてさ」


 そういって、平助は言葉を止めた。
冨和は変わらず、下を向いてばかりである。

56 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:12:09 ID:11/VEr0g0

( ^ω^)「……その人、10月3日に行方を眩ましたって話なんだお」


 ビクリ、と冨和の肩が揺れた。


( ^ω^)「……お前と最後に会ったのも、10月3日だったおね。結局会えなかったけどさ。
      それで、まぁ、うん。2回か。2回、約束したのに会えなかったんだおね。
      しかもさ、その2回だよ。紬も大変な目にあったのが。おんなじ日。なに、その偶然って」


 冗談めかして平助は笑って見せる。


( ^ω^)「まぁ、うん。とにかくさ、冨和の事が心配だったんだお。生きてるだけでも良かったお。
      というかお前、やつれたように見えるけど、しっかりご飯食べてないのかお?
      見る限り、適当なものしか食べてなさそうだお。
      なんだったら、僕が作ってやろうか?こう見えても、評判良かったんだお、僕の料理」


( ^Д^)「……内藤」


 冨和が下を向いたまま、平助の名を呼ぶ。
その声は震えており、鼻をすする音が聞こえた。

 冨和が顔を上げる。
鼻を赤くし、目には涙を浮かべていた。
何かを言いたげに、膝の上で何度も指を組みなおし、パクパクと口を開閉させる。

57 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:12:33 ID:11/VEr0g0

 それから何分が経過しただろうか。
平助もその間、冨和の言葉を遮らぬよう、黙り続けた。

テレビからは相変わらず笑い声が聞こえた。

そしてようやく、冨和が言葉を押し出した。



( ^Д^)「……お、俺と守矢が、お前、お前の……妹さんを」


 平助の耳がピクリと動く。
喉がしまるような錯覚を覚え、唾を呑み込んだ。


( ;Д;)「俺たちが、お前の妹を殺したんだ」

58 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:14:42 ID:11/VEr0g0

 1953年の7月20日。
内藤紬が1回目の暴行を受けた日。
冨和が平助と会う約束をしていた日。


冨和は守矢の言いなりになるしかなく、これまでにも幾度となく手を汚してきた。
守矢が最近、内藤という女と付き合っていることを知った冨和はその時、中学時代の間抜け面な同級生の顔を思い出した。

ただ、思い出しただけでその時はすぐに、どうでもいいという感情に流してしまっていた。



 繰り返し、分岐点ともなった1953年の7月20日。
この日に、冨和は日雇いの仕事で土木工事を行っていた。
その昼休憩で、冨和は偶然にも平助と再会することになった。

変わらぬ様子。
変わらぬ間抜け面。
そして変わらず、自分に接する平助。
久しぶりの心地よさが、そこにはあった。


 ふと、この男にも妹がいたなと冨和は思い出した。
万が一でも可能性は考えておきたい、そう考えた冨和は、夜に内藤と会う約束を取り付けた。


 もし、もし万が一でもこの間抜け面が守矢と接点を持ってしまうようなことがあれば、
 その時は、今、自分が防いでやるしかないと思ったのだ。
 事情を話し、この町から離れるかどうかまで話を持っていきたい。
 まぁ、違ったら違ったで、気を付けるよう話をするだけのことだ。


冨和はそこまで考え、一度自宅へ戻った。
そこへすぐに戸を叩く音に、びくりとしながら冨和は出た。


( ・∀・)「よっす。頼みたいことがあんだけど」

59 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:17:20 ID:11/VEr0g0

 守矢がそこにはいた。
守矢の頼みを断れば、どうなるかわかったものではない。
しかし、今、つい先ほどばかり決意したばかりではないかと冨和は拳を固くした。


( ^Д^)「なんでしょう、任せてくださいよ」


 口から出た言葉は、冨和が固く覚悟したものをあっという間に崩れさせた。
その夜、冨和は守矢に命じられたまま、夜に女を一人拉致し、暴行を加えた。
嫌だったけど、仕方がなかったんだと冨和は話す。

その様子を見ていた守矢が、これじゃ足りないんじゃないかと言って、さらに暴行を重ねる。
殴りつける。踏みつける。金づちで殴打する。それでも足らず、工場にあった大きな工具で、さらに殴打する。
腕が折れ、足が折れ、吐血するさまを見ても、冨和は止められなかった。止めようとさえしなかった。
少しでも口を出せば、次にこうなるのは己だとわかっていたからだ。

守矢は金がある。金があるというのは、様々なツテがあるという事でもある。
そのツテが、冨和にとっては恐ろしかった。それを気軽に扱う、守矢の事がもっと恐ろしかった。


( ・∀・)「よっし! これで十分、俺にも体裁の良い言い訳ができただろ。ぜってー町から出ていくぜ、こいつ。
      まぁ今後を考えれば顔は可哀想だからな、綺麗なままにしておこうか」


 ピクリとも動かなくなった女を前に、守矢はいい汗をかいたとでも言わんばかりに、笑顔で冨和に話しかけた。
死んでしまったのではないか、不安げな表情を浮かべる冨和に、守矢は更に言葉を続けた。


( ・∀・)「こんなんじゃ死なないって。大丈夫、俺、そういうのわかるから。お前だってもう、慣れてるだろ」


 だからなんなんだよ、おかしいんじゃないのか、お前。
口には出さなかったが、冨和はそう思った。そう思ったが、自分も同じだ。その事実に、何も言えなくなった。
それから数日が経ってから、その女が平助の妹だったことを、冨和は知る。

60 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:17:46 ID:11/VEr0g0

 後日、守矢の八つ当たりを冨和は受けていた。


( ・∀・)「あのクソ家族、町から出やしねぇ。それどころか、俺のことまで探してるじゃねぇか。
      面倒だなぁ。いいよ、俺の事なんか放っておいて。妹のために時間を費やしてくれよ」

( ^Д^)「……恐らくですけど、妹が大変な目にあった、というのを教えたいだけでは」

( ・∀・)「はぁ?……あぁ、まぁ、そうか。それが普通か。確かに。そりゃ、そうだわ!
      はは、そうだな。俺、もう知ってるからな、これ。だからわかんなかったわ。
      ははははは、そうだよな、結婚相手に、普通知らせなくちゃ、なんて思うわな、確かにな! 」


 膝を叩きながら、冨和を指さして守矢は笑った。
お前にしてはできるじゃん、そういう意味での指をさしていた。


( ・∀・)「さーてと、それじゃ使用人に結婚破棄のこと伝えてもらって、適当に金をもたせりゃいっか。
      うんうん、これでお互い後腐れなく終わるぞー。あ、冨和、もう帰っていいよ。ばいばーい」


 やることが決まったと、まるで遠足の準備をするかのように目を輝かせた守矢がいそいそと紙と筆を用意する。
冨和に手を振って部屋から追い出す。冨和は部屋から出ると、のそのそと守矢邸を後にし、
守矢の家が遠くなったころに誰もいない場所で腰を屈め、両手で顔を覆った。

指の間から低い啼泣が、すまないという言葉とともに漏れ出た。

61 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:19:25 ID:11/VEr0g0




( ・∀・)「あのアホ面、思い切り殴りやがって」


 頬を赤くした守矢が、自室で椅子を蹴り上げた。
激しい音を立てて転がる椅子を、冨和が直す。

使用人の言葉に激高した平助が守矢邸に乗り込んできたのだ。
思いもしなかったことだったが、使用人から聞いた話で全てを察した守矢は、そこで一つ芝居を打った。

 自分はあくまでも、勇気を持てなかっただけの人間で行こう。
自分を責める態度を見せ、保釈金も支払ってやれば、なんと紳士的なことだろうか。
守矢の中で出来上がった青写真は、覿面だった。


 留置場の外で平助を出迎えたあと、守矢は車の中でひとしきり笑いを堪能した。
自分のことを随分と信じ切った顔だった。これでも大人しくなるだろう。
これでもう、心おきなく、自由の身だ。

 思い通りにいくのは気持ちが良い。充実した満足感に、守矢は浸っていた。

だが、それからいくら待てども家を出ていこうともせず、町へ残り続ける内藤家に、
とっとと遠くへ出ていってほしい守矢の思い通りにいかない内藤家に、
守矢は苛立ちを募らせていた。



 嫌がらせを続け、内藤食堂を潰すことになるまでに至った。
 ようやく、ボロアパートに引っ越したという話を聞いた。
 あのアホ面が犯人を捜すような真似をしなくなったと聞いた。



 守矢はそこでようやく、“すっきり”としたはずだったのだ。
だが、“退屈だ”と、思ってしまった。

蟻の四肢をもぎ、観察すること。
それに近い快感を、守矢は内藤家に求めるようになっていたのだ。

62 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:20:32 ID:11/VEr0g0

 そんな時、使用人の古田が顔を青くして守矢の部屋にやってきた。
人を撥ねてしまったと。守矢の呼び出しに向かう途中で急いでいたのだと、なぜか必死に守矢へ言い訳をする古田。

 そんなこと、俺に関係あるか。
守矢は一蹴する気でいたが、古田の口から出た言葉に口角を吊り上がらせ、
あぁ、やっぱり俺はツいているのかもしれない、と思った。


(;‘_L’)「その、内藤家の奥様を……撥ねてしまったのです。どうしたらよいのでしょう、私、捕まるのでしょうか……」


 なんと運が悪いのだろう。
これは、俺がやらせたことではない。
運命だったのだ。


( ・∀・)「はは、お前、いい仕事したなぁ! あぁ、いいぞいいぞ、安心しろ!
      よし、とりあえず金はやるから、お前、どっか田舎にでも帰ってろ! な! それが良い!
       大丈夫、警察にもツテはあるからな。何でもない事故として、片付けてもらうから! 」


内藤家は不幸になる運命だったのだ。
だったら、俺がなにをしようがそれも運命なのだ。
それは天が決めたことで、どうしようもないことなのだ。


 よし、それじゃあ、妹を殺したら、あの男はどんな気持ちになるのかな。


 そして10月3日。
冨和は、守矢の様子がいよいよおかしくなったことに、そして紬をどうにかしようとしていることに感づいていた。
今更どうにかなるようなことでもないかもしれない。
ただ、自然と足は平助の働く工場へと向かっていた。

 今度は、会ったらすぐに話そう。
これまでのことも、このあと起こりえるだろうことも。
全部、全部、話してしまおう。
念のために用意したものもあるが、直接伝えなくてはと冨和は思った。

63 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:21:39 ID:11/VEr0g0

 しかし、平助に会って、いざ話そうとすると言葉が出なかった。
口だけが強張ったように震える。
だから、また、冨和は怖気づいて、ひとまず落ち合う形で逃げ出したのだ。

 落ち合ったら、絶対に言うんだ。
安っぽい覚悟を握りしめる冨和が、今度こそと平助と約束していた時間よりも早く到着し、
脂汗を浮かせながら、乾く喉を堪えていると、その肩を叩く者がいた。


( ・∀・)「偶然じゃ〜ん。最後のお願い、きいてくれ〜」


 笑みを浮かべた守矢がそこにはいて、冨和は口をパクパクとさせながら断ろうとした。
もう無理です、いやです、という言葉を張り付く喉の奥から絞り出そうとしたところで、
再び守矢が肩を叩き、「な?」と言う。

それで、お終いだった。
冨和の覚悟は簡単に崩れ去る。
やはり冨和は、所詮、守矢の言いなりだったのだ。


( ^Д^)「……本当に、最後なんですね?」

( ・∀・)「うん。だってお前、もう、大分疲れてるみたいだし。流石に悪いなーって」


 守矢の運転する車に乗り、荒川の河川敷に到着した2人。
中身の詰まった袋を車のトランクから取り出す守矢。
うめき声が袋の中から聞こえる。


( ・∀・)「これ、殺しちゃおう」


 両手を鳴らし、守矢は首をかしげながら冨和に頼んだ。
それは命令だった。だから、従うしかなかった。しょうがないことなのだ。

64 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:23:03 ID:11/VEr0g0

袋の上から、冨和は川辺にあった大きな石を持ち、何度も殴打した。
もぞもぞと動く袋は、蜘蛛の糸に丸め込まれた虫のように逃げ出そうともがく。

それが、とても不気味で、逃げ出したくて、一刻も早く終わらせたくて、
冨和はとにかく蹴って、殴って、考えられる限りの暴力を与えた。

 袋の中から悲鳴が上がる。
ばつり、と袋に穴が開き、そこから助けを求める声が上がった。

 笑みを浮かべていた守矢が、表情を曇らせた。
黙らせろ、という指示に冨和は必死になって応えようとする。
しかし、生きようとする叫びの声は、止まらない。

そこへ、


('A`#)「おい、お前ら! 何してんだ! やめろ! 」


 荒川にかかる橋を渡りながら、男がかけてきた。
冨和も知らない。守矢も知らない。ただの通りがかった、ただの運の悪い男だ。
2人はそう思った。それが、毒島武志だった。

 ひょろひょろの体が遠くからでもわかった。
人として当たり前の、ちっぽけな正義感を振りかざして走る姿は、守矢にとっては滑稽に見えた。


 じゃあ、俺がこいつやるから。
そんなジェスチャーを冨和に見せた後、守矢は毒島に暴行を重ねた。
次第に大人しくなる毒島が、「もうやめてください」と懇願したところで、守矢はすべての罪をこのどうしようもない男に着せてやろうと思った。

 内藤家に関わるからこうなるんだぞ、と毒島の耳元で囁く。
 格好つけるからこうなるんだぞ、と毒島の耳元で囁く。


( ・∀・)「あ、そういえばなんだけど。お前さ、童貞?」

65 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:24:25 ID:11/VEr0g0

 守矢は全ての工程を満足げに見守った。
毒島のへっぴり腰のなんと情けないことか。
袋から上がるうめき声の、なんと醜いことか。

せめて袋から出してやってもよかったが、まぁ、それこそ萎えるものだろう。

冨和にも野次を飛ばさせ、盛り上がるように仕向ける。
なんと従順なバカなのだろう。


 これまでに一度でも、死ぬ気で反抗すればこうまでにならなかったのに。
 本当に、運が悪い。可哀そうな奴らだ。面白いな、可哀想で、面白いな。


守矢は笑顔を浮かべつつ、同情の念を内藤家に、冨和に、毒島に向けた。
そして事が済んだ毒島を殺し、同じように袋に詰めた。
ピクリとも動かなくなった方の、女が入った袋。
念には念をと、冨和が投げ捨てた石を持って守矢は何度も殴りつけた。
水気を含んだ音が続いて、首であろう場所を締め上げて、もう一度念のためと石で殴りつけて。
伝わる感触が柔らかくなったころに、ようやく守矢はすっきりとした表情を見せた。



( ・∀・)「これで死んだわ。内藤紬」

( ^Д^)「え?」

( ・∀・)「あれ、言ってなかったっけ。これ、あの男の妹だよ」

66 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:26:06 ID:11/VEr0g0

 守矢が何と言ってるのか、冨和には理解できなかった。
だから理解させてあげようと、守矢は丁寧に説明をしてあげた。
工場で兄が怪我をしたと嘘の電話をして、妹を外に出させたと言っていた。
そこを、簡単に拉致できたと笑いながら話すさまは、子供のようにはしゃいでいた。


( ・∀・)「俺がさ、なんっとかね、低い声をさぁ、作って言うのよ。迫真の演技よ。

         お兄さんが大怪我をしました。
         病院に連れていくためにも、家族の方と同行した方がいいと思って!
         すみませんが、こちらまで来ていただけませんか?

      はは、ちょっと棒読み気味だったけど、電話越しだと信じるもんだなぁ。
      でもさー、夜だと外が怖いって言うんだよあいつ。
      家族の一大事にお前、アホかっての。死んでも来いよ、そこはって。ははは。
      拒むのをなんとか言い負かしてさ。情に訴えてやるのよ。
      涙声で、がんばりますってさ。遅くなったらすみませんって。
      まぁ遅くなるんだけどね。ってか到着できねーけど。拉致るわけだし。
      はははは、未来予知すげぇなぁって。
      んでまぁ、あとはさ、もう簡単よ。俺も手慣れたもんだよね」


 守矢の言葉を沈黙したまま聞いて、10秒ほど。
そこでようやく、ようやく冨和は紬を、またしても手にかけたことを理解したのだ。
しかし、冨和は10秒ほど再度沈黙しただけで、


( ^Д^)「それで、遺体はどこに捨てますか?」


 と、守矢に尋ねたのだった。

67 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:26:53 ID:11/VEr0g0

 毒島はこのまま川に流した。海へと運ばれ、運が良ければ、見つからないだろう。
紬の遺体は、山に捨てることにした。運が良ければ、見つかるだろう。

その守矢の予感は的中し、翌朝には紬の遺体は見つかることとなった。


 自由になりたいから、紬が結婚できないような目に合わせればよい。
 目障りだから、内藤家を遠い所へ追い出したかった。
 不幸まみれの内藤家をいつまでも見ていたくなった。
 母が車に轢かれ、妹が死んだとなれば、どんな顔になるのだろう。


 そのために、守矢は動いたのだ。
それが、この事件の顛末だった。


 全てを話し終えた冨和は、涙ながらに訴えた。

68 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:28:07 ID:11/VEr0g0

( ;Д;)「申し訳ないことをした。本当に、申し訳ないことをした。それでも、それでも俺は何度か、何度か、
     どうにかしたくて、動いたんだ。それでも怖くて、できなくて、本当に、ごめんなさい。ごめんなさい。
     許してください。許してください。償わせてください。償わせてください。
     新宿で、俺、面倒みないといけない女の人がいて。俺の事、まだ待ってるらしくって。
     一生懸命、俺、言うこと聞かなくちゃって。でも、もう、駄目で。こんなの、おかしいって。
     許してください、償います。俺、償います。必ず、一生。償わせてください」


 額に畳の模様が移るほど押し付け、冨和は泣いて乞う。
今までの沈黙が嘘かのように、堰を切るように謝罪の言葉が濁流となって溢れ出す。
弱々しく震える背は随分と小さく見えた。
カタカタと痙攣する指は、随分と頼りない。

 こうすれば、許してくれるでしょ?

平助には冨和の姿がそう見えてしまった。
だから、平助は答えた。


( ^ω^)「償うって、誰に?」


 その言葉に、冨和はビクリと震えを大きくさせ、すると先ほどまで繰り返していた謝罪の言葉がピタリとやんだ。
必死になって、“自分にとってこの場で最適な、正しい言葉を探そうとしている”ようだった。
少なくとも、平助にはそのように見えてしまった。

だから、平助は応えた。


(; Д )「ぎゃっ」

69 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:29:18 ID:11/VEr0g0

 蹲る冨和を踏みつけてから、仰向けに倒す。
手足をばたつかせる様は虫のようだった。

首に手を伸ばす。
喉仏を強く、押し潰す。

口の端に汚い泡を溜めながら、冨和がもがく。
汚く伸びた爪が、平助の頬を割いたが、しかし平助の力は止まることはない。


(; Д )「だ、だずげ、ゆる゙じ……」


 冨和は生きたかった。
後悔はしていた。罪の意識もあった。償う気持ちだってあった。
ただ、あと一歩というところで、その一歩が踏み出せない男だった。
新宿には、いまだ辛い目にあっているであろう女が待っているのだ。
親にだって恩を返したかった。自分勝手に家を出てしまったが、それでも面倒を見続けてくれていたのだ。

 生きたかった。
明日を迎え、物を食べ、笑ったり、泣いたりしたかった。
日々を感じたかった。後悔しながらでも、償いながらでも、それでも生きたかった。

 しかし、平助がそれを許さなかった。
明日を迎えられない。物を食べられない。笑うことも、泣くこともできない。
全て、出来ないのだ。紬も、ひと美も、2人と過ごす日々を平助は失ったのだ。

 あのテレビ、守矢からもらった金で買ったのか。
 煙草も、そんな金で買っていたのか。
 お前は、そうやって少しでも、何かしらでも、何かを得ながら生きていたのか。


( ;ω;)「死んでくれ、死んでくれ、頼むから、死んでくれ」

70 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:30:15 ID:11/VEr0g0




 冨和の遺体は、河川敷に投げ捨てられた。
平助には遺体を隠そうという気はなかった。


 扼殺された冨和の遺体の、なんと綺麗なことか。
 それがたまらなく、憎たらしかった。


 平助は包丁とのこぎり、金づちを手にして冨和の遺体を更に壊した。
両腕と両足は、慣れないながらもなんとか切断する。
これがお似合いだと思ったからだ。
結局なにもできなかったお前には必要がないのだ。


 肝心なことを何も伝えられなかった口舌も切除し、口の中に押し込める。
冨和には必要のないものだと思ったからだ。
あとは、感情に任せたまま、金づちを、包丁を冨和の体へ入れていく。

 包丁がぬらりと光る。
冨和の顔が、静かに平助を見ていた。


( ;ω;)「ばかやろう、ばかやろう」


 震える手は、怒りか。記憶の中には、どうしても憎めなかった頃の顔が残っていた。
勢いに任せ、冨和の財布を草むらへ投げ捨てる。
冨和の遺体も身元も、すぐに見つかればいいと思った。
守矢への警告か、子を探し続ける毒島の両親を思い出したゆえか、平助には何もわからなかった。


 ただ、冨和を殺したという事実だけが、そしてどうしようもない怒りだけが残っていた。

71 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:31:45 ID:11/VEr0g0




 冨和の遺体を発見してから、埴谷は照屋を引き連れて敷鑑に向かっていた。
被害者の人間関係を洗い出し、被害者を殺害する動機を持つ関係者を洗い出す作業だ。
まず冨和が勤務していた工場へ向かった。

 工場長、同僚から話を聞くことが出来た埴谷は、照屋に情報をまとめさせる。


ζ(゚ー゚*ζ「勤務態度は比較的真面目ではあったようなんですが、
       要領が悪く、上手くいかないとすぐに逃げ出すところがあったようです」

(,,゚Д゚)「それが真面目な方に入るのか」

ζ(゚ー゚*ζ「まぁ、あまり大げさに亡くなった方を悪くは言えないでしょうしね。
        また、欠勤することはあったようですが、連絡は欠かさなかったようです。
        妙なところで律儀というか、はい。元々、素行不良で地元では有名だったようなんですけどね」

(,,゚Д゚)「素行不良ねぇ」


 その時代で生まれた因縁による犯行だろうか。
遺体の有様を察するに、相当な恨みがあったのは間違いはないと埴谷は考える。
だから、間違いなくこれは顔見知りの手によるものなのだ。物を取るでもなく、ただただ痛めつけたもの。

 生活反応が無かったことから傷跡のほとんどは死後につけられたものだったが、
だからより、恨みがましさを埴谷は感じていた。


(,,゚Д゚)「工場では特に人間関係で問題はなかったんだろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですね。先ほどのお話にもなりますが嫌なことから逃げる、という点を除けばですが。
        ただこれも、暴力沙汰だとかではなく、人間関係に亀裂が入るものでもなかったようです。
        工場内でも、そういう人間だから、という扱いだったようで。
        親しい間柄の人間もいなかったようです」

(,,゚Д゚)「となると、やはり過去からの因縁の線が強いな……」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、あと気になることが」


 照屋が恐る恐る手を上げ、埴谷を見る。

72 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:33:33 ID:11/VEr0g0

(,,゚Д゚)「気づいたことがあるなら何でも言ってみろ」

ζ(゚ー゚*ζ「同僚の一人が、冨和が時折、何かに対して謝ることがあると言っていたんです。
        自分の勤務態度について謝罪しているものかと思ったようなんですが……
        もしかして、冨和は恨まれていたことを知っていた。それで、それに怯えていた、というのはどうでしょうか」

(,,゚Д゚)「……なるほど、それもあり得るな」


 埴谷はこれ以上の情報は入らないだろうと判断し、工場を後にする。
冨和の生家を照屋に尋ねる。生まれからの洗い出しが必要だと判断したからだ。
メモを捲りながら答えた照屋の言葉に、埴谷は足をぴたりと止めた。


(,,゚Д゚)「奏作町?」


 埴谷の中で、平助の顔が過る。
たしか、内藤平助も冨和と似たような年齢だったはずだと。


(,,゚Д゚)「……内藤平助と冨和を洗ってみるか」

ζ(゚ー゚*ζ「内藤平助……確か、妹さんと母親を亡くしたという」

(,,゚Д゚)「母親もなのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「……はい、事故らしいです」

(,,-Д-)「どこまでも運が悪い奴だ……」

ζ(゚ー゚*ζ「……そうですね」


 それから1週間が過ぎた日の事だった。年末年始に差し掛かろうというところで、町では特有の賑わいが見えている。
捜査を進める中、埴谷は平助と冨和の間柄を知ることになった。
また、最後に冨和と会っていたのも恐らく平助だということも分かった。

73 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:35:23 ID:11/VEr0g0

 夜、冨和の家の戸を叩き、名を呼ぶ平助の姿を近所に住む主婦が見ていたのだ。
目立つアパートの、目立つ訪問者。主婦の証言と平助の特徴は一致していた。
埴谷は特に上からの指示もないので、捜査をさらに進めていった。

 当の平助の印象と言えば、至って普通だった。
冨和のことを知った時は悲しそうな顔をしたものだったが、
当日の事を聞いても、何でもない日だったので記憶がおぼろげだが────という具合に話す。
勤務先に確認したところ、平助の証言とも一致し、業務を終えてすぐに帰宅したとのことだった。
顔のケガも、転んだ拍子にできたという。


(,,゚Д゚)「内藤が冨和のアパートに寄っていたとして、理由はなんだ?
      結局見間違いだったという可能性もあるが、
      まさか内藤紬殺害に毒島だけでなく、冨和が関与していたとか……?」


 署内で情報を整理していた埴谷が背もたれに体重を乗せ、息をつく。
安いつくりをした椅子が悲鳴を上げるのと同時に、照屋が部屋へ飛び込んできた。


ζ(゚ー゚;ζ「埴谷さん、遺体が上がりました! 」

(,,゚Д゚)「またかよ。今度はなんだ、誰だ」

ζ(゚ー゚;ζ「毒島です! 毒島武志! 行方をくらませていた! 浜辺に!
         袋に詰められた状態で、浜辺に打ちあがってたようです! 」

(,,゚Д゚)「……袋か。他殺だろ、それじゃ。しかも同じ手口じゃねぇのか、これ。おい、死亡推定時刻は」

ζ(゚ー゚;ζ「鑑識の方で調べてるところです! 」

(,,゚Д゚)「待つのも無駄だな。だが、そうか。毒島もそうなると、巻き込まれただけだったりするのかもな……」


 埴谷はすぐにコート手にし、椅子から立ち上がった。
照屋が鑑識の方へ向かうのかと尋ねると、埴谷は否定する。


(,,゚Д゚)「……もう一度、冨和の部屋洗うぞ。内藤紬の事件に毒島が巻き込まれただけだと仮定してみると、
    冨和が殺された理由は、やはり一つしか思い浮かばねぇ。
    内藤平助、内藤紬、冨和友則。この関係だけで考えれば、至って単純な話にすぎんからな」

ζ(゚ー゚*ζ「内藤平助の方はどうしますか」

(,,゚Д゚)「……駄目だ、あいつは恐らく尻尾を出さん」

74 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:36:24 ID:11/VEr0g0

 埴谷と照屋は早足で板橋署を出る。
そのままタクシーに乗り込んで、冨和の家に着いた時には既に日は沈んだ頃だった。
大家に話を通し、冨和の部屋へと入る2人。

 部屋の電気をつけ、すでに調べられた後の部屋を検める。
30分、1時間。時間だけが過ぎ去る。


(,,゚Д゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたんですか、埴谷さん」


 埴谷が押し黙ったまま腰に手をやり、天井を見上げる。
ここにはもう何もないと判断したのか、照屋は手を動かすのをやめ、埴谷に尋ねた。


(,,゚Д゚)「……冨和は、勤務中、何かに謝罪していたんだよな。怯えてるように」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、確かそういった話だったはずです」

(,,゚Д゚)「……どんな気持ちで毎日を過ごしていたんだろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「……それは、その人にならないとわかりませんよ」

(,,゚Д゚)「そう、そうなんだ。あいつは怯えていた。謝罪していた。そんなやつが、何かを残すとすれば、どこだ」


 天井を見上げたまま、埴谷は考えるように瞼を閉じる。
臆病で、すぐ逃げ出す。そのくせ、一人前に罪悪感も持っている。
耐えられなかったはずだ。どこかに、その罪悪感を吐き出したはずだ。
そしてそれを、誰かに見せたかったはずだ。だというのに、見られないようにもしたかったはず。

全て推測に過ぎない。

だが、この家にないとなると、埴谷には一つしか浮かばなかった。

75 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:38:06 ID:11/VEr0g0

 埴谷は照屋を連れ、冨和の家を後にする。
小走りになる埴谷を追う形で、照屋は行き先を尋ねる。
前を向いたまま、埴谷は応えた。


(,,゚Д゚)「内藤家だ」


 再度タクシーを乗り継いで、平助の住むアパートへと到着した2人。
平助の住むその部屋には明かりはついていなかった。留守のようだ。
いないようですね、という照屋を無視し、埴谷は階段を上がる。

 玄関までたどり着くと、埴谷は再び考えた。


(,,゚Д゚)「あいつは何度かここに来たとする。そして、罪悪感を吐いたもの、手紙か何かを渡そうとしたはずだ。
      けれど勇気が出ず、さりとてそのまま帰ることもできず。郵便受けに入れるなんてありえない。
      気づくか、そうでないか。その判断をうじうじと悩んで……」


 視線の先は植木鉢。
ひと美が世話をしていたのだろう花はすでになく、何も植えられなくなってずいぶん経つ。
それを埴谷は持ち上げ、下に何もないことが分かると今度は植木鉢をひっくり返した。


ζ(゚ー゚*ζ「ちょ、何してるんですか! 」

(,,゚Д゚)「あった」


 土にまみれたビニール袋。植木鉢の中に丁度すっぽりと納まる大きさのものがあった。
ビニールの中には、一冊のノートがあった。
表紙には何も書かれていない。

 ハンカチで雑につかみ上げ、コートの袖で表紙を捲ると、拙い文字で言葉が書き綴られていた。
それは冨和の告白書だった。今までの罪のすべてと、平助への謝罪がそこにはあった。


(,,゚Д゚)「……最初から、これを渡せばよかったんだ」


 在り処だけ伝えて、どこか遠くへ行ってしまえばよかったのだ。
だが、その勇気すらなかった。勇気が無かったくせに、平助と直接会う意地は見せてしまった。
冨和は一体、どんな気持ちだったのだろうかと埴谷はしばし想った。

76 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:40:47 ID:11/VEr0g0

 ノートをビニール袋に戻し、照屋へ投げ渡す。
そのまま階段を駆け下る埴谷に、またしても追いつけない照屋が訪ねる。


ζ(゚ー゚*ζ「ちょ、どこ行くんですか! 」

(,,゚Д゚)「守矢の家だ。内藤紬の元婚約者。あの坊ちゃん、ノートに名前があった。内藤もいない。もしかしたら、な」


 下で待たせていたタクシーに2人が乗り込む。
行き先は守矢邸。


────何事もなければいい。今日じゃなければ、明日、内藤平助に話をするまでだ。


 埴谷は流れる景色を見ながら、馬鹿なことをするんじゃないぞと、平助の顔を思い浮かべた。

77 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:41:12 ID:11/VEr0g0




 角を曲がって、車が急に止まる。家まであと数分というところだった。
前に座る運転手が小さく悲鳴を上げ、後部座席へと振り向いた。


(;‘_L’)「守矢さん! あいつが! 」


 運転していたのは古田だった。
田舎にでも帰れという守矢の言葉に従わず、ずっと使用人としての仕事に従事し続けていた。
殊勝にも義理立てか、忠誠心か、はたまた金か。
いずれにせよ、守矢にはどうでもよかった。


(; ・∀・)「おいおいおい、なんだよなんだよ! 」


 古田の言葉に、守矢が気づく。

78 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:42:18 ID:11/VEr0g0

 車の正面に、平助が立っていた。その顔は無表情。
しかし、手にしていた包丁が、平助のこれからの行動を予期させていた。

 平助はすぐさま運転席のドアを開け、古田を刺した。


( ^ω^)「死んだらごめんお。ちょっと、邪魔だったから」


 古田がうめき声を開け、ずるずるとドアの外へ崩れ落ちる。
そのまま、平助は後部座席のドアを開け、守矢を引っ張り出す。
腰を抜かして、首根っこを掴まれた状態で平助を見上げる形だ。

 目の前で鈍く光る包丁に、狼狽える守矢。
一体どうしてこんなことを、と守矢が震える声で言うものだから、平助は守矢の頬を張ってみせる。


( ^ω^)「演技しなくてもいいお。全部、全部、知ったから。聞いたから。冨和に、聞いたから」


 その言葉に、そういえば最近冨和の姿を見なかったことを思い出す守矢。
もしかして、と恐る恐る尋ねる守矢に、平助は殺したことを伝えた。


( ^ω^)「薄情なもんだお。お前とずっと一緒にいたんだろ。お前、本当に冨和の事どうでも良かったんだおね」

(; ・∀・)「助けて、助けてくれ。俺、俺の方があいつに脅されて……」

( ^ω^)「もう良いんだお。もう。お前も、冨和も、死んでくれ。頼むから、死んでくれ」


 涙を浮かべながら命乞いをする守矢を見て、平助は覚悟を決めた。
こんなやつに、紬が、冨和が、自分たちの人生がめちゃくちゃにされたのかと。
決して、許してはならないと。

79 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:43:11 ID:11/VEr0g0

 包丁を足元に置いてから、平助は馬乗りになって何度も守矢の顔を殴打した。
抵抗を見せる守矢だったが、内藤の力は強く、振りほどけない。
何より、守矢は恐怖で体が思うように動かせなかったのだ。

 そこへ、ライトが眩しく当たる。


(;゚Д゚)「おい! 内藤、何してる! 」


 タクシーでやってきた埴谷達であった。
平助は馬乗りのまま、埴谷の方へ向く。


(;゚Д゚)「あぁ、くそ。バカなことしてんじゃねぇぞ。あのな、お前の玄関、その植木鉢の中に冨和の告白書があった。
     全部知った。証拠を探せばそいつも終わりだろ。お前、こんなことしなくてもいいんだ。だから、な?」

( ^ω^)「告白書……?あいつ、そんなの、ウチの……なんで直接……まぁ、もう、いいか」

(;゚Д゚)「こんなことして何になるんだよ。妹さんも、母親も、天国で望んじゃいないんじゃないか?
     お前がこんなことをしてるなんて、悲しむぞ、なぁ?」

( ^ω^)「あの」


 埴谷の説得を遮る平助。


( ^ω^)「誰が望もうが望まないが、そんな話じゃないんです。僕が許せないんです。
      これは、そういう話なんです。それ以上でも、それ以下でも、それ以外も存在しない」

80 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:43:57 ID:11/VEr0g0

 顔を下に向け、守矢を見る平助。
血を流し、頬を赤く腫れさせた守矢が涙を浮かべながら、まだ命乞いを続けていた。


( ^ω^)「どうしても殺してやらねばならんのです。こいつは生きていては駄目なんです。
      どうしてそれが、許されないんですか」


 包丁を手にする。


(;゚Д゚)「よせ!」


 吸い込まれるように、それは守矢の首へと入り込んだ。
ごぽり、と口から大量の血を吐く守矢。
涙を浮かべ、助けを求めてもがく守矢の手が、流れる血液を止めようと必死になる。

駆け出そうと、埴谷が足を踏み出す。


ζ(゚ー゚;ζ「埴谷さん! 」


 叫ぶ照屋。
その視線は、平助の、その奥だった。


( ^ω^)「あっ」


 突き飛ばされる平助。


(;‘_L’)「守矢さんに何をするんだ! 」

81 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:45:12 ID:11/VEr0g0

 蹲っていた古田が、平助を突き飛ばした。
そして、落ちた包丁を手にし、平助の腹に目掛けて突き刺す。


(;‘_L’)「守矢さんは私を信じて雇い続けてくださった! 頭の悪い私でも、ここまで続けてこれたんだ!
     お前、お前が! なんてことをしてくれたんだ! 」


 言葉に力を込めながら、古田は内藤の腹を何度も刺した。
埴谷が止めに入ったころには既に、平助と守矢は手遅れだった。
あっけない。あまりにもあっけない幕切れに、埴谷は言いようのない無力さに、思わず拳を握る。


 古田を取り押さえる埴谷。
暴れることなく、包丁を落とし、古田は涙を落とす。
それは守矢への謝罪と、感謝の言葉だった。


(;‘_L’)「わた、私がもっと早く助けに入っていれば……! 」


 古田に手錠をかけ、照屋に救援を呼ぶよう指示する埴谷。
もうすぐ年が明ける、寒い冬の夜。


(,,゚Д゚)「……遅すぎたんだよ」


 誰に対してか、埴谷は空を見ながら呟いた。

82 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:45:57 ID:11/VEr0g0




 事件は幕を閉じた。
内藤家を襲った不幸と、それの復讐。

病院へ運ばれた平助と守矢は、やはり、結局助からなかった。
資料を整理し、上に報告書を提出することが出来たのは、年が明けてからだった。


ζ(゚ー゚*ζ「お疲れ様です、埴谷さん」

(,,゚Д゚)「おう。お前も、着任早々に大変だったな」

ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。これが、私が望んだことですから。夢も叶いました」

(,,゚Д゚)「夢、か」


 若々しいな。
埴谷は照屋の言葉を馬鹿にすることはせず、真っすぐあってほしいと思った。
帰り支度を進めていると、照屋がさらに言葉をかける。


ζ(゚ー゚*ζ「そういえば、明日は埴谷さんの誕生日ですよね?」

(,,゚Д゚)「お、おう。そういえば、そうだな」

83 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:46:53 ID:11/VEr0g0

ζ(゚ー゚*ζ「あは、もしかして妹さんがプレゼントでも用意して待ってるんじゃないんですか?」

(,,゚Д゚)「バカ。もうそんな歳でもねぇよ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですかねぇ。私も用意しちゃおうかななんて思ってたり」

(,,゚Д゚)「いらんいらん。余計な気を遣うな。そんな暇あったら仕事でもしておけ」


 コートを着て片手を上げ、話はこれでお終いな、とでも言うように照屋の横を通り過ぎる。
思い出したかのように、その後ろ背中に照屋はやや大きい声で伝えた。


ζ(゚ー゚*ζ「そういえば妹さんの手術決まったんですよね、おめでとうございますー! 」


 振り返り、おう、と笑顔で返す埴谷。
事件も解決したこともあってか、その足取りは軽やかであった。


 嫌な事件だったとも思う。運が悪かったとも思う。
だが自分にはどうすることもできなかったし、何かが起きてからじゃないと動けないのが警察である。
埴谷は平助のことを不憫に思いながら、帰路に就いていた。

 それに、照屋が先ほど言っていたように、もうすぐ妹の手術日であった。
暗い顔のままでは妹に会えなくなる。埴谷は頑張って金を貯めた甲斐があったと、
まだ寒さの厳しい夜道の中、コートの襟を正した。

84 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:47:48 ID:11/VEr0g0

 家に着く。
既に他界した親の残してくれた一軒家に2人で住んでいた。
いつもより早い帰宅だった。日は沈んでいたが、月が明るかった。

 だから、違和感はすぐに気づいた。
妹の部屋。2階の一室。その窓から、何かが垂れ下がっている。


(*゚;;;;;;)


(,,゚Д゚)「……は?」


 月が明るかった。
だから、その姿がはっきりと見えた。

 埴谷が妹の誕生日に買い与えた真っ白のワンピース。
それを着た妹が、吊るされている。
風が吹いた。

本来あるであろうはずの、腰から下。腕。
それがまるで無いかのように、靡いた。
まるで、ではない。無かったのだ。

月明かりに照らされ、靡くワンピース。
頼りなげに揺れる姿は、蓑虫のようだった。

85 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:48:55 ID:11/VEr0g0




ζ(゚ー゚*ζ「埴谷さん、誕生日プレゼント喜んでくれたかな」


 照屋は埴谷が家に着いて見ているであろう光景を想像し、笑みを浮かばせた。
ここまで準備するのは大変だったんですよ、と埴谷の事を思う。



 照屋玲子は早くに親を亡くし、親戚中をたらい回しにされていた。
最終的に預けられた家でも、ぞんざいな扱いをされており、照屋の心は深く沈むばかりであった。
そんな照屋を随分と可愛がってくれていたのが、渡辺商店店主、渡辺あやかであった。


 勉強を教えてくれた。
 寂しさを忘れさせてくれた。
 暖かい心というのを与えてくれた。


 照屋玲子にとって、渡辺あやかは親であった。
渡辺あやかもまた、独り身であったためか照屋の事を娘のように思っていた。
だから、渡辺のような人たちを守りたく、照屋は警察という職業に就いた。
広報課ではあったがそれでも警察には代わりはなく、誰かのためになるならばと照屋は奮起させていた。

渡辺あやかも自分の事のように喜んでくれたものだった。

86 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:50:29 ID:11/VEr0g0

 だがいつの頃か、渡辺あやかが随分と細くなっていき、笑顔を見せなくなってきた。
近所ではある噂が流れており、それが原因か渡辺に関わろうとする人は減っていき、
時には嫌がらせ受けるようになっていた。渡辺は精神的に参ってしまっていたのだ。
年老いた渡辺には、それが何よりも苦痛だった。


 噂というのは、渡辺が目立ちたいがために、嘘をついているというものだった。


噂の発端は、事故現場を目撃したと証言したこと。
続いて、万引き犯の姿を証言したこと。

 事故の件は、渡辺がその事故を起こした車とその運転手を見ており、それを警察へ報告したというのだ。
しかし、その証言は間違いなのだと刑事は門前払いした。だが、渡辺は食い下がった。


从;' o '从「そんなことありません! 私、確かに見たんです! 本当なんです! 」


何度も食い下がる渡辺に、刑事はうんざりしたようにこう答えた。


────あのね。そうやって目立ちたくて嘘つくの、よくないよ?


 その様子を、たまたま近所の住人が目撃してしまったのだ。
噂は瞬く間に広がった。さらに追い打ちをかけるように、万引き被害が渡辺商店では相次いだ。
やっとの思いで万引き犯の姿を見た渡辺は、その特徴を刑事に伝えた。

 しかし、結局、捕まったのは別人だった。

あの人ではない、という渡辺の声も刑事は聞かなかった。
面倒事のように渡辺を相手にする刑事の姿は、客観的にみれば困っている様子にもとらえられた。

 だから、噂はより尾を付けて広まった。

87 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:52:10 ID:11/VEr0g0

 目立ちたいために、何でもないことを事件だと騒ぐどうしようもない人。
 万引きも嘘ではないのか。
 注目されたいだけの寂しい人間。
 一緒にいると犯人だと難癖付けられる。


 次第に渡辺から人は減っていった。
万引き被害だけが、渡辺には残った。
最後には、店を続ける気力も失い、心が折れた。

 渡辺は首を吊った。



 照屋は知った。
事故の目撃を握りつぶした人物を。
上からの指示で、従えば臨時収入として大層な金額が支払われるから。



(,,゚Д゚)『あのね。そうやって目立ちたくて嘘つくの、よくないよ?』



 埴谷が渡辺あやかの目撃証言を潰したのだ。
そのことを、コーヒーを飲みながら、管轄が違うけど追い返すだけでラッキーだったと、
同僚と談笑する姿を、照屋は見てしまった。
何が「罪のない人々を傷つけるやつが許せなくて警官やってんだろ?」だろうか。

どの口で、どんな気持ちでそんなことを口走ったのだろうか。
なんと身勝手なことだろうか。自分さえなのだ。自分さえよければ、他の事などどうでも良いのだ。

88 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:52:50 ID:11/VEr0g0


ζ(゚ー゚*ζ「ざまぁみろ」


 その日から、照屋はずっと埴谷を監視し続けた。
ご飯を食べたときに美味しいと感じてないか。起きたときによく眠れたと思ってないか。
埴谷が少しでも何かを感じる度に、生きていなければ得ようのないものを、何気なく消費するのを、
照屋は近くで見続けた。この気持ちを決して無くさないために。絶対に、絶対に諦めてなるものか。


ζ(゚ー゚*ζ「ざまぁみろ、埴谷」


 誰もいない署内で、照屋はコーヒーを啜りながら、埴谷の情けなくしているだろう顔を想像して、静かに笑った。

89 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:53:44 ID:11/VEr0g0




 4年後。
世間ではあるニュースで持ちきりだった。
警察官による警察官殺し。

そのセンセーショナルな話題は、激動の時代の中にも埋もれず、ある種、エンターテインメントのように、
大衆の中で消費されながら注目されていた。


現在も取り調べが続いている、という情報はマスコミの中で瞬く間に共有され、
板橋署の前では取材陣が押し寄せていた。



取調室の中で埴谷は緩んだ表情でグレーの机を見ていた。
白のワイシャツはやや薄汚れていて、無精髭に埋もれた頬の筋肉が、げっそりと削げ落ちているような印象だった。
取り調べの中で、埴谷はこう答えている。

90 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:54:18 ID:11/VEr0g0



 わたしはしょせん、他人事でしか考えていなかったのです
当事者になってようやく、このどうしようもない怒りをわかったのです



身勝手で、独善的で、それにすら気づくことなく
そのことの、なんと情けなく、邪悪なことか



その果てにある怒りは、誰にも分らないのです
それ以上でも、それ以下でも、それ以外もないのです
ただただ、自分だけのものなのです


.

91 ◆82ywQ5GzqU:2021/10/23(土) 13:55:05 ID:11/VEr0g0
終わり。

92名無しさん:2021/10/23(土) 16:45:55 ID:Fakv5Jko0


93名無しさん:2021/10/23(土) 18:16:33 ID:8SA.M/GU0

内藤親子が気の毒で悲しい

94名無しさん:2021/10/23(土) 18:22:41 ID:XcOitc760

復讐スパイラルがえぐい、好き

95名無しさん:2021/10/23(土) 18:24:56 ID:MSfvTOhA0
圧倒されたわ……マジで乙

96名無しさん:2021/10/23(土) 18:37:03 ID:yX/Vq4oA0
ネット小説じゃなくて文庫本読んでる気分になった、乙
お節介だけど短編祭の作品なら今日中に投下報告した方がいいぞ

97名無しさん:2021/10/24(日) 00:35:50 ID:sLSX9vS.0
真っ直ぐな復讐劇で満足

98名無しさん:2021/10/24(日) 03:28:27 ID:URw9fpPs0
おつ
最悪の連鎖すぎる……

99名無しさん:2021/10/25(月) 15:32:15 ID:s7.fEJlM0
とんでもない完成度だった…度肝抜かれた…
おもしろかったよ、乙!

100名無しさん:2021/10/26(火) 23:09:26 ID:pNXoVGLE0
鬱部門かくあるべしって感じの話だ……


101名無しさん:2021/10/27(水) 15:33:04 ID:FcKaxqEI0
後半からオチまでの流れがたまらんから未読の人は是非読んでほしい

102名無しさん:2021/10/28(木) 18:17:16 ID:/sLSZlos0
これもピタゴラスイッチよなぁよくできてる

103名無しさん:2021/11/06(土) 12:34:24 ID:wqrOrqZk0
90レスでこんなに魅せてくれるの凄すぎ
全ての行動理由を書いてくれて大変満足した

104名無しさん:2021/11/08(月) 14:03:40 ID:x8WWpc/g0
ラストの展開に流石に目を疑ったわ
これは力作

105名無しさん:2021/11/09(火) 17:02:44 ID:opDLcyyE0
( ^ω^)「誰が望もうが望まないが、そんな話じゃないんです。僕が許せないんです。
      これは、そういう話なんです。それ以上でも、それ以下でも、それ以外も存在しない」

このセリフいいな
作品の根本にある

106名無しさん:2021/11/20(土) 21:18:05 ID:jHS1Zets0
絵と感想ありがとうございました!嬉しかったです!!

107名無しさん:2021/11/20(土) 22:26:05 ID:dwFnsh160
二冠おめ!
過去作とかは内緒?

108名無しさん:2022/04/24(日) 06:38:06 ID:zoE5QqZc0
なんとも言えん読後感だ
ドクオが悪人殺してく話かなあとか思ったらぜーんぜん違った
引き込まれるいい作品だった


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