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( ´_ゝ`)名前をつけるようです
1
:
◆taz02XEQOg
:2021/10/17(日) 17:05:18 ID:bmA.J.SM0
猫の顔を見分けられるかい?
女と酒を飲むときにいつも聞く。
ノパ⊿゚) 「それ、この前も話してたよ」
( ´_ゝ`) 「そうだっけ」
そうか、君とは初対面ではなかったか。
グラスの中で氷が甲高い音を立ててほどける。
琥珀色のとろみの中に、透明が混ざって消えた。
ノパ⊿゚) 「私は小さな島の生まれでね」
( ´_ゝ`) 「ああ」
ノパ⊿゚) 「島には猫がとにかく沢山いたの」
ノパ⊿゚) 「人より猫の数が多かった」
( ´_ゝ`) 「へぇ」
ノパ⊿゚) 「って話をこの前はしたよ」
( ´_ゝ`) 「覚えてないなぁ」
ノパ⊿゚) 「ひどい人」
見覚えのない顔だった。
でも、身体には見覚えがあった。
2
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:05:50 ID:bmA.J.SM0
( ´_ゝ`) 「この胸は覚えてるよ」
生成りのブラウスをめくりあげると、顔に似合わぬ大きな乳房が現れる。
健康的に焼けた肌、くっきりと浮かび上がる鎖骨、なだらかなデコルテから自然に膨らむ丘陵。
左右対称の膨らみを下からそっと持ち上げる。
柔らかく、自然な重さだ。
( ´_ゝ`) 「いい形だ」
ノパ⊿゚) 「ひどい人」
( ´_ゝ`) 「どんな名医が施術したんだい?」
ノパ⊿゚) 「洗面所に鏡があるよ」
下半身の脂肪をとって、胸に注入したのは一年くらい前か。
脂肪は注入しても大半が体に吸収されてしまう。
彼女の脂肪は注入したうちの四割ほどが定着している。
優秀だ。
下半身の傷跡もほんの僅か。彼女がこれから夜を共にする男たちには気づかれまい。
柔らかく、あたたかい。揉み心地も申し分ない。
( ´_ゝ`) 「君は美人だから、覚えづらくて困るよ」
ノパ⊿゚) 「嬉しいけど、自分の顔には満足してるの」
( ´_ゝ`) 「残念だなぁ」
( ´_ゝ`) 「ここをほんの少し、削るだけで完璧になるのに」
頬骨の一番高いところに口づける。
彼女は目を閉じてはにかんだ。
ノパー゚) 「私、今のままでいい」
3
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:06:25 ID:bmA.J.SM0
( ´_ゝ`) 名前をつけるようです
.
4
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:07:24 ID:bmA.J.SM0
(゚、゚トソン 「院長、おはようございます」
タイトなシルエットの制服に身を包んだ受付係が頭を下げてくる。
俺のクリニックのスタッフは美人揃いだ。
スタイルも抜群。
しけた病院の窓口に置いておくのは勿体ないくらいだ。どこに出しても恥ずかしくない、いい女。
全員お直し済みだからな。
スタッフは特別価格で施術ができます!
最新技術を誰よりも早くモニターとして受けられます!
求人票に記載しておけば、希望者は次から次へと現れる。
面接して、採用して、研修期間にちょこっと顔をいじらせてもらう。
そしたら名札なんかつけなくっても、スタッフの顔を覚えられる。
己がメスを入れた顔だ。
世の中に数多溢れる女の中から選別して、整えて、自分のサインを入れてしまえば作品が出来上がる。
俺は、自分の作品以外は見分けられない。
相貌失認症だ。
5
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:07:51 ID:bmA.J.SM0
从'ー'从 「二重にしたいんです〜」
( ´_ゝ`) 「埋没? 切開?」
从'ー'从 「前に埋没したけどイマイチで〜、だから切ってくださ〜い」
( ´_ゝ`) 「おk、この道具を使ってシミュレーションしていこうか」
金属の細い棒を使って瞼の皮膚を持ち上げ、理想の二重幅をデザインしていく。
女ってのは不可解だ。
目じりや口元の皺は嫌悪するのに、瞼は切ってでも皺を作りたがる。
薄っぺらい皮膚一枚で序列が決まるなんて、なんて愚かで美しいのだろう。
皮膚を切って黄色い脂肪を取り除き、縫い合わせれば君は生まれ変わる。
これで君と顔見知りになれる。
6
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:08:14 ID:bmA.J.SM0
俺は昔、俺を見分けられなかった。
生まれたときから、いや、母親の腹の中からずっと面を合わせ続けた双子の弟。
俺が覚えられなかった初めての相手だ。
母のことはわかる。女性の骨格の上に規格外についた筋肉がつくりだすガタイのよさと特徴的な髪型で。
父もわかる。輝かしい頭皮と猫背で。
姉もなんとなくわかる。家にいる、母以外の女は姉だけだったから。
家族の中で、弟だけ、分からなかった。
鏡に映った己を弟と呼んだ。
公園で遊んでいる子供たちの中から弟を見つけられず、ただ名前を呼び続けた。
窓の向こうにいる弟が鏡像に見えた。
自分と弟の見分けがつかないことを笑われ、自分だけ髪型を変えた。
それでも、集団の中の弟に気づけずにいた。
探し続けた。見失い続けた。呼び続けた。何度も、何度も。
自分と同じ顔を見失う。
それは、自分を見失うようで。
7
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:09:16 ID:bmA.J.SM0
o川*゚ー゚)o 「やほー」
のんきに右手を挙げながら、向こうから歩いてくる彼女の顔には見覚えがあった。
( ´_ゝ`) 「やあ、キュート」
o川*゚ー゚)o 「んふふ」
( ´_ゝ`) 「なんだよ」
o川*゚ー゚)o 「すぐに気づいてくれたから、嬉しいなーって」
まぶしい笑顔で腕を絡ませてくる。
その動きがあまりにスムーズで、驚きもしない。
( ´_ゝ`) 「キュートはかわいいからな」
o川*゚ー゚)o 「かわいくないよぉ」
( ´_ゝ`) 「俺が綺麗にしてやったんだから可愛いに決まってる」
o川*゚ー゚)o 「でもさぁ」
o川*゚ー゚)o 「最近ちょっと鼻が物足りないんだよねぇ」
己の鼻先を指でつまみ、高く伸ばそうとする動きはあまりにも無邪気だ。
作り物のような可愛さは、一朝一夕で作り上げられたものではない。
o川*゚ー゚)o 「あと人中? てとこ? も短くしたい」
小首をかしげる動作がこんなにも似合う女性はなかなかいない。
きっと、鏡の前で日々研究しているのだろう。
可愛いはつくれる。
8
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:09:39 ID:bmA.J.SM0
( ´_ゝ`) 「いいよ、いつやる?」
o川*゚ー゚)o 「ダウンタイムのこともあるからなあ」
( ´_ゝ`) 「キュートのためならいつでも空けとくよ」
o川*゚ー゚)o 「やたー! だから兄者好き」
( ´_ゝ`) 「えー」
彼女と連れ立って歩いていると、すれ違う男性の目が気になる。
小さいTシャツを押し上げる、主張的な胸。
健康的なくびれ。魅惑の長い脚。
お人形さんのようにかわいい顔。完璧なプロポーションの俺の作品。
全身に俺のメスが入っている。
俺は豊胸や脂肪吸引は好きじゃない。
相貌失認症の人間にとって、体型は顔よりずっと大切な情報だ。
人より少し小指が短い、とか。下半身の肉付きがいい、とか。
右肩が少し下がっている、とか。
これらの特徴が名前を名乗ってくれるし、生活習慣や体調までも雄弁に語ってくれる。
そういえば、女の体型の変化に目敏い、と、よく褒められる。
o川*゚ー゚)o 「兄者はさー」
( ´_ゝ`) 「ん?」
o川*゚ー゚)o 「アタシの顔、いじるの好き?」
( ´_ゝ`) 「何で?」
o川*゚ー゚)o 「いっつも、嬉しそうだから」
( ´_ゝ`) 「そら、美人の肌に触れるのは嬉しいさ」
o川*゚ー゚)o 「悪い気はしないなー」
9
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:11:39 ID:bmA.J.SM0
俺は俺を見つけるために、あらゆることをやってみた。
弟を見失わないために、いろんなことを試してみた。
服を変えた。髪型を変えた。姿勢を変えた。太ろうかと暴食してみた。背を伸ばそうと牛乳をたくさん飲んでみた。
いっぱい寝てみた。態度を変えた。口調を変えた。髭を伸ばしてみた。眉毛をそってみた。
母者に殴られてみた。父者の育毛剤を借りてみた。姉者に化粧を教えてもらった。
それでも、それでも。
(´<_` ) 「兄者」
( ´_ゝ`) 「なんだ?」
(´<_` ) 「髭剃り忘れたのか」
( ´_ゝ`) 「育毛中だ」
(´<_` ) 「もしや」
( ´_ゝ`) 「ああ、そのまさかだ」
(´<_` ) 「さっき父者が凹んでたぞ」
( ´_ゝ`) 「貴重な育毛剤が何者かに使われたのかもな」
(´<_` ) 「母者に殴られるぞ」
( ´_ゝ`) 「もう殴られたよ」
(´<_` ) 「なら何も言うまい」
10
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:12:06 ID:bmA.J.SM0
( ´_ゝ`) 「で、どうだ」
(´<_` ) 「何が」
( ´_ゝ`) 「似合ってるか?」
(´<_` ) 「全然」
(´<_` ) 「俺と同じ顔してバカみたいなことするなよ」
(´<_` ) 「学校で風評被害が出る」
( ´_ゝ`) 「同じ顔じゃなければいいのにな」
(´<_` ) 「仕方ないだろ」
( ´_ゝ`) 「見分けがつけばいいんだよなぁ」
(´<_` ) 「名札でもつけとくか」
( ´_ゝ`) 「そいつは名案だ」
11
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:13:03 ID:bmA.J.SM0
ああ、名案だ。
クラスみんな、同じ教科書を使っている。俺のものとあいつのもの、表紙だけじゃ見分けがつかない。
名前を書けばいいんだ。簡単なことさ。
誰だってそうする。俺だってそうする。
見分けがつかないなら、印をつければいいんだ。
消えない印を刻めばいいんだ。
プラスチックのケースの中には五本の彫刻刀が並んでいる。
鈍く光る鋭い刃先を持った切り出し刀を取り出した。
(´<_` ) 「表札でも彫るのか」
( ´_ゝ`) 「首に下げとくにはちと重いよな」
(´<_` ) 「じゃあ、何を」
弟者は一歩後ずさる。何かを予感したように。
( ´_ゝ`) 「名前をつけてやる」
(´<_` ) 「名前はもうあるよ、おとじゃって言うんだよろしくな」
( ´_ゝ`) 「弟者」
( ´_ゝ`) 「いつも、見つけられなくてごめんな」
これからは間違えない。
傷のあるのが兄者、ないのが弟者だ。
12
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:13:52 ID:bmA.J.SM0
(´<_` ) 「やめろって」
獲物を振り上げ、勢いよく振り下ろす。
冷たい刃先が俺の頬を 貫きはしなかった。
すんでのところで止まっている。
弟者に手首を掴まれていた。
(´<_` ) 「おい」
(´<_` ) 「必要なのか?」
(´<_` ) 「見分けがつかなくたっていいじゃないか」
(´<_` ) 「猫の顔が見分けられるか?」
(´<_` ) 「見分けられなくたって、愛せるだろ」
( ´_ゝ`) 「愛せないよ」
( ´_ゝ`) 「愛したくても見つからないなら、愛しようがないだろ」
13
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:14:19 ID:bmA.J.SM0
(´<_` ) 「そうか」
(´<_` ) 「なら、仕方ないな」
鈍く光る切っ先が、弟者の頬を切り裂いた。
一文字に走った軌跡を、鮮やかな赤が追いかける。
ぱっくりと傷口が開いた。
わらうように。
(´<_` ) 「痛っってぇなぁ」
( ´_ゝ`) 「おい馬鹿か、おい、おい」
傷をおさえた左手の指の間から、血がしたたる。
(´<_` ) 「バカはお前だ馬鹿」
(´<_` ) 「あーいって……」
( ´_ゝ`) 「なんで、なんでお前が」
( ´_ゝ`) 「お前が」
(´<_` ) 「これで見分けがつくだろう」
(´<_` ) 「なぁ?」
(´<_` ) 「ここまでしたんだ」
(´<_` ) 「忘れんじゃねーぞ、馬鹿が」
(´<_` ) 「忘れんじゃねえぞ、下らねぇ」
14
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:14:51 ID:bmA.J.SM0
( ´_ゝ`) 「俺は、お前を傷つけるつもりじゃなかった」
自分の顔に、印を付けようと思ったんだ。他意はない。
そんなつもりはなかった。そんなつもりで刃物を取り出したんじゃない。
(´<_` ) 「どうだろうな」
持ち物には名前を書く。
飼い猫には名札を付ける。
(´<_` ) 「お前は、兄者は、俺と間違えないために色々してきたよな」
名前を刻みたかっただけだ。
この街にはあまりにも人が多いから。
(´<_` ) 「気づいていたはずだ」
彼はいつも、俺の一番の理解者だった。
(´<_` ) 「自分がどれだけ外見を繕っても意味がないと」
俺が頭を丸めた時も。
髭を長々と伸ばし始めても。
(´<_` ) 「なぁ」
俺そっくりの彼はいつも、黙認してくれていた。
(´<_` ) 「俺がこうするだろうと、兄者は考えていたんじゃないか」
だから。
( ´_ゝ`) 「違う」
( ´_ゝ`) 「お前に、傷を負わせたくはなかった」
本当に。
俺は、ただ。
見失いたくなかっただけなんだ。
15
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:15:35 ID:bmA.J.SM0
傷をガーゼで抑えて止血を行った。
弟者が傷口を抑えている間に、刃先の血を拭い、床に飛び散った血をふき取る。
家族は皆驚いていた。
母は驚きと怒りで顔を歪めた。父は動揺しながら痛み止めを差し出していた。
弟者だけが静かだった。
血が止まり、傷口に膜が出来て、やがて桃色の肉が盛り上がって傷口を塞いだ。
ガーゼに血がにじまなくなって、弟者はガーゼを捨てた。
もう要らないから、と。
その日から、俺の日常の登場人物に名前がついた。
( ´_ゝ`) 「弟者」
(´<_` ) 「なんか用か」
名前を呼ばれるたびに、弟者の指がそっと傷をなぞる。
その場所に傷があることを確かめるように。
指先から目を離せずにいる。
弟者が弟者である証から、目を離せずにいる。
弟者がおもむろに口を開いた。
(´<_` ) 「なぁ兄者、気づいているか」
(´<_` ) 「お前、俺じゃなくて、俺の傷口に話しかけてるよな」
そんなはずはない。
反論の言葉は声にならずに消えていく。
傷口が俺をあざ笑う。
16
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:15:58 ID:bmA.J.SM0
从 ゚∀从 「生まれ変わった気分です」
メンテナンスに来た彼女は言った。
くっきりとした並行二重が彼女の美しさを引き立てる。
凛とした鼻先に見とれていると、彼女は語りだした。
从 ゚∀从 「顔が変わるタイミングで、過去を全部捨てたんです」
从 ゚∀从 「田舎にはもう帰りません」
雪国に生まれた彼女はあの日、手術室で死んだ。俺の手で死なせた。
そうして産声を上げた彼女が今、俺の目の前に座っている。
大きな二つの目で俺を見つめている。
( ´_ゝ`) 「もしよかったら、なんだが」
( ´_ゝ`) 「HPに掲載するために写真を撮らせてほしい」
個人が特定できないようにするから、と付け加えるのとほぼ同時に彼女は頷いた。
从 ゚∀从 「いいですよ」
从 ゚∀从 「同じように悩んでる子の力になりたいから」
从 ゚∀从 「クリニックに連絡するまでに、必死でネットで調べたんです。
他にも選択肢があったけど、決め手は症例をたくさん公開してくれてたから、ここに決めました」
( ´_ゝ`) 「一人でも多くの人を救いたいからね」
从 ゚∀从 「顔を変えられるって、本当に、命を救ってくれてますよ」
从 ゚∀从 「ずっと、死にたかったから」
( ´_ゝ`) 「そう言ってくれると救われるよ」
深々と頭を下げて部屋から出ようとする彼女を引き留める。
( ´_ゝ`) 「ああ、あと一つ」
从 ゚∀从 「はい?」
( ´_ゝ`) 「友達に紹介してくれると」
( ´_ゝ`) 「次、安くなるから」
17
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:16:51 ID:bmA.J.SM0
久しぶりの実家は暖かかった。
雰囲気が、ではない。
外はしんしんと雪が降り積もっているというのに、居間に入れば汗ばむような暑さだった。
床暖房を導入して、エアコンも新調した、と父は言う。
( ´_ゝ`) 「ホットヨガスタジオにでもするのか?」
∬´_ゝ`) 「父者は寒がりだもんねぇ」
(´<_` ) 「人より守りが薄いからな、仕方ない」
正月に合わせて実家には兄弟が揃った。
姉と会うのは久しぶりだった。
弟者と会うのは、もっと久しぶりだった。
18
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:17:38 ID:bmA.J.SM0
(´<_` ) 「駅伝見るとようやく、正月気分になるなぁ」
∬´_ゝ`) 「散々おせちだの餅だの食べてたくせに、今更?」
(´<_` ) 「うまかった」
∬´_ゝ`) 「普段何食べてんの?」
(´<_` ) 「もう一人暮らしじゃないからな、毎日ちゃんと食べてる」
∬´_ゝ`) 「同棲したんだっけ? さっさと結婚したらいいのに」
(´<_` ) 「結婚なぁ……」
おしゃべりな姉が席を立つと、会話はなくなった。
ぼんやりと、ただ黙って画面の向こうで走る青年を眺めている。
テレビを見ている間も、無意識のうちに指先は傷口をなぞっている。
痒みはない、と弟者は言う。ただ癖になってるだけなんだ、と。
( ´_ゝ`) 「なぁ、治さないか、その傷」
( ´_ゝ`) 「俺のクリニックに新しい機器が来たんだ」
あっさりと弟者は首を振る。
コーヒーのおかわりはどう?とでも聞かれたかのような気安さで断り文句を並べる。
(´<_` ) 「もう長年の付き合いだし、名札みたいなもんさ」
俺がこの道に進んでから、何度も、この問答を繰り返してきた。
そのたびに弟者は断った。受け入れたことは一度もなかった。
19
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:18:02 ID:bmA.J.SM0
俺たちは世の双子の大半と同じように、仲睦まじく育ってきた。
名前なんて呼ばなくても通じ合う距離で、全てを分かち合って生きてきた。
成長し、社会性を得て、友達ができ始めてから、名前が必要になった。
名前が必要になって初めて、俺は俺の欠陥に気づいた。
結果的に、あのひと振りの刃が俺たちを別つ。
名前を呼ぶたびに、距離が離れていった。
名前を呼ばないといけない距離になっていった。
( ´_ゝ`) 「俺はお前のその傷を治すために、美容外科医になったんだ」
言葉に出してから気づく。
そう、そうだった。
あの日から俺は猛勉強したんだ、弟者の傷を治すために。
実際整形を施すようになって初めて、自分の元患者の顔は見分けられるということに気づいたんだ。
顔の分からぬ有象無象に名前をつけるために、医師になったんじゃない。
世の女性たちを救うためでもない。
ただ、弟の傷を治すため。
( ´_ゝ`)「俺は、自分の患者の顔は忘れない、絶対に」
( ´_ゝ`)「歳をとっても、体型が変わっても、何があっても、俺の手術した場所はわかる」
( ´_ゝ`)「なあ、傷を消させてくれ」
( ´_ゝ`) 「頼むよ」
20
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:18:25 ID:bmA.J.SM0
(´<_` ) 「断る」
そう強く、弟者は言い放つ。
(´<_` ) 「俺はずっとこの顔だ。これまでも、これからも」
(´<_` ) 「忘れんな」
(´<_` ) 「ずっとこの顔で生きてきたんだ」
そう言って弟者は傷をなぞる。
鉛筆で書いた線だったとしたら、もうとっくに消えてるくらい、強く、強く。
(´<_` ) 「今更治そうだなんて、平気な顔で言うんじゃねぇよ」
( ´_ゝ`) 「ごめん」
(´<_` ) 「綺麗に治したら、全部元通りになるとでも」
( ´_ゝ`) 「ごめん」
(´<_` ) 「全部お前のエゴだろう」
( ´_ゝ`)
言葉が出なかった。
(´<_` ) 「顔が覚えられないからって言い訳して、他人と深い関係を築き上げてこなかった」
(´<_` ) 「人に興味を持って、対話して、覚えて」
(´<_` ) 「そういう過程を全て怠ってきたんだろう」
昔、彼は一番の理解者だった。俺そっくりの俺は。
弟者はもう俺ではない。
だから、仕方がない。
この痛みを、この孤独を、分かち合えなくても仕方のないことなんだ。
俺が彼を弟者と名付けてしまったから。
(´<_` ) 「顔なんて知らなくても、人は人を愛せるんだ」
そういえば、婚約者とはインターネットで出会ったと、言っていたっけな。
21
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:19:13 ID:bmA.J.SM0
彼女は珍しく元気がなかった。
つまらなそうに口を尖らせながらスマホを眺めている。
顎に皺を寄せると、ずいぶん前に入れたプロテーゼのシルエットが浮かび上がる。
笑っていれば分からないのに。
彼女には笑顔でいてほしい。よくできた人形のように。
o川*゚ー゚)o 「はーーあ」
ため息のわけを聞くと、眉を下げて困ったように微笑んだ。
o川*゚ー゚)o 「キューちゃんの可愛さに世界が嫉妬してるんだよねぇ」
聞けば、インターネット上で批判を浴びているのだと言う。
インスタグラムの画像の過度な修正が。
そして、何度も繰り返す整形も、写真が時系列に並べられ、分析されて、批判されているのだと言う。
o川*゚ー゚)o 「可愛くなって何が悪いんだろうね」
o川*゚ー゚)o 「ブスには人権ない国なのにね」
o川*゚ー゚)o 「化粧は常識で整形が非常識なの意味わかんないよね」
( ´_ゝ`) 「確かに」
o川*゚ー゚)o 「はーほんとバッカみたい」
o川*゚ー゚)o 「天然美人なんて都市伝説だゾ」
o川*゚ー゚)o 「こうなったらさ」
o川*゚ー゚)o 「もっと綺麗になって見返すしかないよねぇ」
悪だくみをするように、彼女はあやしく微笑んだ。
願わくば、ずっと笑顔でいてほしいと思う。そのほうが、顔が崩れずに済むから。
( ´_ゝ`) 「どこ直したい?」
o川*゚ー゚)o 「安くしてね」
22
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:19:33 ID:bmA.J.SM0
もっと綺麗になりたい。
もっと美しくなりたい。
美しさを求め続ける彼女はきっと正しいのだろう。
この街にはきっと、人が多すぎる。
人だらけのこの街で、誰かに見つけてもらうために、美しくなるしかなかったのだろう。
猫の島に生まれていたら、人の美醜など気にならなかっただろうか。
( ´_ゝ`) 「今度、旅行に行こうか」
彼女は振り返る。
ひとつひとつの所作が絵画のように美しい。
o川*゚ー゚)o 「いいねぇ、どこに?」
( ´_ゝ`) 「猫の島」
素敵、と彼女はわらった。彫像のように綺麗な笑顔だった。
23
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:21:17 ID:bmA.J.SM0
( ´_ゝ`) 「猫の顔を見分けられるかい?」
ノパ⊿゚) 「見分けられるよ」
間髪入れずに彼女は答える。
かちゃり。
手元のナイフが肉を断ち、皿にぶつかって高い音を立てる。
( ´_ゝ`) 「どうやって?」
ノパ⊿゚) 「名前を付けるんだ」
ノパ⊿゚) 「一匹ずつね」
目を閉じて、愛おしそうに名前を呼んでいく。
ミケ、チビ、シロ、ブチ……
( ´_ゝ`) 「白い猫が二匹いたら?」
彼女は静かに目を開けた。
まっすぐにこちらを見つめて、そっと言葉を続ける。
憐れむように、哀しむかのように。
ノパ⊿゚) 「目印を付けるんだ」
( ´_ゝ`) 「どうやって?」
ノパ⊿゚) 「首輪とか」
( ´_ゝ`) 「それはいいね」
ノパ⊿゚) 「人にも首輪がつけられたらいいのにね」
( ´_ゝ`) 「そう思うよ」
本当にそう思う。俺は心から深く頷く。
ノパ⊿゚) 「もし首輪があったなら」
ノパ⊿ ) 「なにも失わなくて済んだのに」
24
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:21:52 ID:bmA.J.SM0
街に顔見知りが増えていく。
【名前を付けるようです 終】
25
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:22:21 ID:bmA.J.SM0
秋の短編祭参加作品
▼テーマソング
名前をつけてやる/スピッツ
https://open.spotify.com/track/0Lwko6qF37EPdb26p8UWw9?si=32e2c2b4c45f473c
26
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 19:37:14 ID:bGnUddxk0
乙
すばらしく好きな作品だ
27
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 22:35:03 ID:vH.B8BOg0
おつ
28
:
名無しさん
:2021/10/18(月) 01:39:41 ID:T3magnfM0
乙
兄者と弟者というAAを上手く活かして独特な短編に仕上がっていて凄くスキです
「名前をつけてやる」のジャケ写も作品に取り入れる作者の力量に脱帽
29
:
名無しさん
:2021/10/20(水) 15:05:52 ID:W7ye77Zc0
最初弟者は存在しないのかと思った
綺麗な作品だ。まさに虚構っぽくて
30
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 13:34:20 ID:eSybUAW.0
乙
名付けは区別のためにあるっていうもんな
31
:
名無しさん
:2021/10/25(月) 18:26:27 ID:zLvXJhwE0
面白かった乙
32
:
名無しさん
:2021/10/26(火) 10:02:37 ID:LzscOvh60
お洒落な作品だなぁ、すごく良い
33
:
名無しさん
:2021/10/29(金) 17:51:11 ID:Qfax9DF20
よくこんなテーマ思いつくなぁと感動を覚えた
すごく面白かった。乙
34
:
名無しさん
:2021/11/06(土) 12:40:40 ID:SW2Sfkm20
弟者の器がでかすぎる
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