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( ´_ゝ`)名前をつけるようです

1 ◆taz02XEQOg:2021/10/17(日) 17:05:18 ID:bmA.J.SM0

猫の顔を見分けられるかい?
女と酒を飲むときにいつも聞く。

ノパ⊿゚) 「それ、この前も話してたよ」

( ´_ゝ`) 「そうだっけ」

そうか、君とは初対面ではなかったか。
グラスの中で氷が甲高い音を立ててほどける。
琥珀色のとろみの中に、透明が混ざって消えた。

ノパ⊿゚) 「私は小さな島の生まれでね」

( ´_ゝ`) 「ああ」

ノパ⊿゚) 「島には猫がとにかく沢山いたの」

ノパ⊿゚) 「人より猫の数が多かった」

( ´_ゝ`) 「へぇ」

ノパ⊿゚) 「って話をこの前はしたよ」

( ´_ゝ`) 「覚えてないなぁ」

ノパ⊿゚) 「ひどい人」

見覚えのない顔だった。
でも、身体には見覚えがあった。

17名無しさん:2021/10/17(日) 17:16:51 ID:bmA.J.SM0









久しぶりの実家は暖かかった。
雰囲気が、ではない。

外はしんしんと雪が降り積もっているというのに、居間に入れば汗ばむような暑さだった。

床暖房を導入して、エアコンも新調した、と父は言う。

( ´_ゝ`) 「ホットヨガスタジオにでもするのか?」

∬´_ゝ`) 「父者は寒がりだもんねぇ」

(´<_` ) 「人より守りが薄いからな、仕方ない」

正月に合わせて実家には兄弟が揃った。
姉と会うのは久しぶりだった。
弟者と会うのは、もっと久しぶりだった。

18名無しさん:2021/10/17(日) 17:17:38 ID:bmA.J.SM0

(´<_` ) 「駅伝見るとようやく、正月気分になるなぁ」

∬´_ゝ`) 「散々おせちだの餅だの食べてたくせに、今更?」

(´<_` ) 「うまかった」

∬´_ゝ`) 「普段何食べてんの?」

(´<_` ) 「もう一人暮らしじゃないからな、毎日ちゃんと食べてる」

∬´_ゝ`) 「同棲したんだっけ? さっさと結婚したらいいのに」

(´<_` ) 「結婚なぁ……」

おしゃべりな姉が席を立つと、会話はなくなった。
ぼんやりと、ただ黙って画面の向こうで走る青年を眺めている。

テレビを見ている間も、無意識のうちに指先は傷口をなぞっている。
痒みはない、と弟者は言う。ただ癖になってるだけなんだ、と。

( ´_ゝ`) 「なぁ、治さないか、その傷」

( ´_ゝ`) 「俺のクリニックに新しい機器が来たんだ」

あっさりと弟者は首を振る。
コーヒーのおかわりはどう?とでも聞かれたかのような気安さで断り文句を並べる。

(´<_` ) 「もう長年の付き合いだし、名札みたいなもんさ」

俺がこの道に進んでから、何度も、この問答を繰り返してきた。
そのたびに弟者は断った。受け入れたことは一度もなかった。

19名無しさん:2021/10/17(日) 17:18:02 ID:bmA.J.SM0

俺たちは世の双子の大半と同じように、仲睦まじく育ってきた。
名前なんて呼ばなくても通じ合う距離で、全てを分かち合って生きてきた。

成長し、社会性を得て、友達ができ始めてから、名前が必要になった。
名前が必要になって初めて、俺は俺の欠陥に気づいた。

結果的に、あのひと振りの刃が俺たちを別つ。

名前を呼ぶたびに、距離が離れていった。
名前を呼ばないといけない距離になっていった。

( ´_ゝ`) 「俺はお前のその傷を治すために、美容外科医になったんだ」

言葉に出してから気づく。

そう、そうだった。
あの日から俺は猛勉強したんだ、弟者の傷を治すために。
実際整形を施すようになって初めて、自分の元患者の顔は見分けられるということに気づいたんだ。
顔の分からぬ有象無象に名前をつけるために、医師になったんじゃない。
世の女性たちを救うためでもない。
ただ、弟の傷を治すため。

( ´_ゝ`)「俺は、自分の患者の顔は忘れない、絶対に」

( ´_ゝ`)「歳をとっても、体型が変わっても、何があっても、俺の手術した場所はわかる」

( ´_ゝ`)「なあ、傷を消させてくれ」

( ´_ゝ`) 「頼むよ」

20名無しさん:2021/10/17(日) 17:18:25 ID:bmA.J.SM0

(´<_` ) 「断る」

そう強く、弟者は言い放つ。

(´<_` ) 「俺はずっとこの顔だ。これまでも、これからも」

(´<_` ) 「忘れんな」

(´<_` ) 「ずっとこの顔で生きてきたんだ」

そう言って弟者は傷をなぞる。
鉛筆で書いた線だったとしたら、もうとっくに消えてるくらい、強く、強く。

(´<_` ) 「今更治そうだなんて、平気な顔で言うんじゃねぇよ」

( ´_ゝ`) 「ごめん」

(´<_` ) 「綺麗に治したら、全部元通りになるとでも」

( ´_ゝ`) 「ごめん」

(´<_` ) 「全部お前のエゴだろう」

( ´_ゝ`)

言葉が出なかった。

(´<_` ) 「顔が覚えられないからって言い訳して、他人と深い関係を築き上げてこなかった」

(´<_` ) 「人に興味を持って、対話して、覚えて」

(´<_` ) 「そういう過程を全て怠ってきたんだろう」

昔、彼は一番の理解者だった。俺そっくりの俺は。

弟者はもう俺ではない。
だから、仕方がない。
この痛みを、この孤独を、分かち合えなくても仕方のないことなんだ。

俺が彼を弟者と名付けてしまったから。

(´<_` ) 「顔なんて知らなくても、人は人を愛せるんだ」

そういえば、婚約者とはインターネットで出会ったと、言っていたっけな。

21名無しさん:2021/10/17(日) 17:19:13 ID:bmA.J.SM0

彼女は珍しく元気がなかった。
つまらなそうに口を尖らせながらスマホを眺めている。
顎に皺を寄せると、ずいぶん前に入れたプロテーゼのシルエットが浮かび上がる。
笑っていれば分からないのに。
彼女には笑顔でいてほしい。よくできた人形のように。

o川*゚ー゚)o 「はーーあ」

ため息のわけを聞くと、眉を下げて困ったように微笑んだ。

o川*゚ー゚)o 「キューちゃんの可愛さに世界が嫉妬してるんだよねぇ」

聞けば、インターネット上で批判を浴びているのだと言う。
インスタグラムの画像の過度な修正が。
そして、何度も繰り返す整形も、写真が時系列に並べられ、分析されて、批判されているのだと言う。

o川*゚ー゚)o 「可愛くなって何が悪いんだろうね」

o川*゚ー゚)o 「ブスには人権ない国なのにね」

o川*゚ー゚)o 「化粧は常識で整形が非常識なの意味わかんないよね」

( ´_ゝ`) 「確かに」

o川*゚ー゚)o 「はーほんとバッカみたい」

o川*゚ー゚)o 「天然美人なんて都市伝説だゾ」

o川*゚ー゚)o 「こうなったらさ」

o川*゚ー゚)o 「もっと綺麗になって見返すしかないよねぇ」

悪だくみをするように、彼女はあやしく微笑んだ。
願わくば、ずっと笑顔でいてほしいと思う。そのほうが、顔が崩れずに済むから。

( ´_ゝ`) 「どこ直したい?」

o川*゚ー゚)o 「安くしてね」

22名無しさん:2021/10/17(日) 17:19:33 ID:bmA.J.SM0

もっと綺麗になりたい。
もっと美しくなりたい。

美しさを求め続ける彼女はきっと正しいのだろう。

この街にはきっと、人が多すぎる。
人だらけのこの街で、誰かに見つけてもらうために、美しくなるしかなかったのだろう。

猫の島に生まれていたら、人の美醜など気にならなかっただろうか。

( ´_ゝ`) 「今度、旅行に行こうか」

彼女は振り返る。
ひとつひとつの所作が絵画のように美しい。

o川*゚ー゚)o 「いいねぇ、どこに?」

( ´_ゝ`) 「猫の島」

素敵、と彼女はわらった。彫像のように綺麗な笑顔だった。

23名無しさん:2021/10/17(日) 17:21:17 ID:bmA.J.SM0

( ´_ゝ`) 「猫の顔を見分けられるかい?」

ノパ⊿゚) 「見分けられるよ」

間髪入れずに彼女は答える。
かちゃり。
手元のナイフが肉を断ち、皿にぶつかって高い音を立てる。

( ´_ゝ`) 「どうやって?」

ノパ⊿゚) 「名前を付けるんだ」

ノパ⊿゚) 「一匹ずつね」

目を閉じて、愛おしそうに名前を呼んでいく。
ミケ、チビ、シロ、ブチ……

( ´_ゝ`) 「白い猫が二匹いたら?」

彼女は静かに目を開けた。
まっすぐにこちらを見つめて、そっと言葉を続ける。
憐れむように、哀しむかのように。

ノパ⊿゚) 「目印を付けるんだ」

( ´_ゝ`) 「どうやって?」

ノパ⊿゚) 「首輪とか」

( ´_ゝ`) 「それはいいね」

ノパ⊿゚) 「人にも首輪がつけられたらいいのにね」

( ´_ゝ`) 「そう思うよ」

本当にそう思う。俺は心から深く頷く。

ノパ⊿゚) 「もし首輪があったなら」

ノパ⊿ ) 「なにも失わなくて済んだのに」

24名無しさん:2021/10/17(日) 17:21:52 ID:bmA.J.SM0











街に顔見知りが増えていく。











【名前を付けるようです 終】

25名無しさん:2021/10/17(日) 17:22:21 ID:bmA.J.SM0

秋の短編祭参加作品


▼テーマソング
名前をつけてやる/スピッツ
https://open.spotify.com/track/0Lwko6qF37EPdb26p8UWw9?si=32e2c2b4c45f473c

26名無しさん:2021/10/17(日) 19:37:14 ID:bGnUddxk0

すばらしく好きな作品だ

27名無しさん:2021/10/17(日) 22:35:03 ID:vH.B8BOg0
おつ

28名無しさん:2021/10/18(月) 01:39:41 ID:T3magnfM0

兄者と弟者というAAを上手く活かして独特な短編に仕上がっていて凄くスキです
「名前をつけてやる」のジャケ写も作品に取り入れる作者の力量に脱帽

29名無しさん:2021/10/20(水) 15:05:52 ID:W7ye77Zc0
最初弟者は存在しないのかと思った
綺麗な作品だ。まさに虚構っぽくて

30名無しさん:2021/10/21(木) 13:34:20 ID:eSybUAW.0

名付けは区別のためにあるっていうもんな

31名無しさん:2021/10/25(月) 18:26:27 ID:zLvXJhwE0
面白かった乙

32名無しさん:2021/10/26(火) 10:02:37 ID:LzscOvh60
お洒落な作品だなぁ、すごく良い

33名無しさん:2021/10/29(金) 17:51:11 ID:Qfax9DF20
よくこんなテーマ思いつくなぁと感動を覚えた
すごく面白かった。乙

34名無しさん:2021/11/06(土) 12:40:40 ID:SW2Sfkm20
弟者の器がでかすぎる


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