[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
| |
( ´_ゝ`)名前をつけるようです
1
:
◆taz02XEQOg
:2021/10/17(日) 17:05:18 ID:bmA.J.SM0
猫の顔を見分けられるかい?
女と酒を飲むときにいつも聞く。
ノパ⊿゚) 「それ、この前も話してたよ」
( ´_ゝ`) 「そうだっけ」
そうか、君とは初対面ではなかったか。
グラスの中で氷が甲高い音を立ててほどける。
琥珀色のとろみの中に、透明が混ざって消えた。
ノパ⊿゚) 「私は小さな島の生まれでね」
( ´_ゝ`) 「ああ」
ノパ⊿゚) 「島には猫がとにかく沢山いたの」
ノパ⊿゚) 「人より猫の数が多かった」
( ´_ゝ`) 「へぇ」
ノパ⊿゚) 「って話をこの前はしたよ」
( ´_ゝ`) 「覚えてないなぁ」
ノパ⊿゚) 「ひどい人」
見覚えのない顔だった。
でも、身体には見覚えがあった。
13
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:14:19 ID:bmA.J.SM0
(´<_` ) 「そうか」
(´<_` ) 「なら、仕方ないな」
鈍く光る切っ先が、弟者の頬を切り裂いた。
一文字に走った軌跡を、鮮やかな赤が追いかける。
ぱっくりと傷口が開いた。
わらうように。
(´<_` ) 「痛っってぇなぁ」
( ´_ゝ`) 「おい馬鹿か、おい、おい」
傷をおさえた左手の指の間から、血がしたたる。
(´<_` ) 「バカはお前だ馬鹿」
(´<_` ) 「あーいって……」
( ´_ゝ`) 「なんで、なんでお前が」
( ´_ゝ`) 「お前が」
(´<_` ) 「これで見分けがつくだろう」
(´<_` ) 「なぁ?」
(´<_` ) 「ここまでしたんだ」
(´<_` ) 「忘れんじゃねーぞ、馬鹿が」
(´<_` ) 「忘れんじゃねえぞ、下らねぇ」
14
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:14:51 ID:bmA.J.SM0
( ´_ゝ`) 「俺は、お前を傷つけるつもりじゃなかった」
自分の顔に、印を付けようと思ったんだ。他意はない。
そんなつもりはなかった。そんなつもりで刃物を取り出したんじゃない。
(´<_` ) 「どうだろうな」
持ち物には名前を書く。
飼い猫には名札を付ける。
(´<_` ) 「お前は、兄者は、俺と間違えないために色々してきたよな」
名前を刻みたかっただけだ。
この街にはあまりにも人が多いから。
(´<_` ) 「気づいていたはずだ」
彼はいつも、俺の一番の理解者だった。
(´<_` ) 「自分がどれだけ外見を繕っても意味がないと」
俺が頭を丸めた時も。
髭を長々と伸ばし始めても。
(´<_` ) 「なぁ」
俺そっくりの彼はいつも、黙認してくれていた。
(´<_` ) 「俺がこうするだろうと、兄者は考えていたんじゃないか」
だから。
( ´_ゝ`) 「違う」
( ´_ゝ`) 「お前に、傷を負わせたくはなかった」
本当に。
俺は、ただ。
見失いたくなかっただけなんだ。
15
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:15:35 ID:bmA.J.SM0
傷をガーゼで抑えて止血を行った。
弟者が傷口を抑えている間に、刃先の血を拭い、床に飛び散った血をふき取る。
家族は皆驚いていた。
母は驚きと怒りで顔を歪めた。父は動揺しながら痛み止めを差し出していた。
弟者だけが静かだった。
血が止まり、傷口に膜が出来て、やがて桃色の肉が盛り上がって傷口を塞いだ。
ガーゼに血がにじまなくなって、弟者はガーゼを捨てた。
もう要らないから、と。
その日から、俺の日常の登場人物に名前がついた。
( ´_ゝ`) 「弟者」
(´<_` ) 「なんか用か」
名前を呼ばれるたびに、弟者の指がそっと傷をなぞる。
その場所に傷があることを確かめるように。
指先から目を離せずにいる。
弟者が弟者である証から、目を離せずにいる。
弟者がおもむろに口を開いた。
(´<_` ) 「なぁ兄者、気づいているか」
(´<_` ) 「お前、俺じゃなくて、俺の傷口に話しかけてるよな」
そんなはずはない。
反論の言葉は声にならずに消えていく。
傷口が俺をあざ笑う。
16
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:15:58 ID:bmA.J.SM0
从 ゚∀从 「生まれ変わった気分です」
メンテナンスに来た彼女は言った。
くっきりとした並行二重が彼女の美しさを引き立てる。
凛とした鼻先に見とれていると、彼女は語りだした。
从 ゚∀从 「顔が変わるタイミングで、過去を全部捨てたんです」
从 ゚∀从 「田舎にはもう帰りません」
雪国に生まれた彼女はあの日、手術室で死んだ。俺の手で死なせた。
そうして産声を上げた彼女が今、俺の目の前に座っている。
大きな二つの目で俺を見つめている。
( ´_ゝ`) 「もしよかったら、なんだが」
( ´_ゝ`) 「HPに掲載するために写真を撮らせてほしい」
個人が特定できないようにするから、と付け加えるのとほぼ同時に彼女は頷いた。
从 ゚∀从 「いいですよ」
从 ゚∀从 「同じように悩んでる子の力になりたいから」
从 ゚∀从 「クリニックに連絡するまでに、必死でネットで調べたんです。
他にも選択肢があったけど、決め手は症例をたくさん公開してくれてたから、ここに決めました」
( ´_ゝ`) 「一人でも多くの人を救いたいからね」
从 ゚∀从 「顔を変えられるって、本当に、命を救ってくれてますよ」
从 ゚∀从 「ずっと、死にたかったから」
( ´_ゝ`) 「そう言ってくれると救われるよ」
深々と頭を下げて部屋から出ようとする彼女を引き留める。
( ´_ゝ`) 「ああ、あと一つ」
从 ゚∀从 「はい?」
( ´_ゝ`) 「友達に紹介してくれると」
( ´_ゝ`) 「次、安くなるから」
17
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:16:51 ID:bmA.J.SM0
久しぶりの実家は暖かかった。
雰囲気が、ではない。
外はしんしんと雪が降り積もっているというのに、居間に入れば汗ばむような暑さだった。
床暖房を導入して、エアコンも新調した、と父は言う。
( ´_ゝ`) 「ホットヨガスタジオにでもするのか?」
∬´_ゝ`) 「父者は寒がりだもんねぇ」
(´<_` ) 「人より守りが薄いからな、仕方ない」
正月に合わせて実家には兄弟が揃った。
姉と会うのは久しぶりだった。
弟者と会うのは、もっと久しぶりだった。
18
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:17:38 ID:bmA.J.SM0
(´<_` ) 「駅伝見るとようやく、正月気分になるなぁ」
∬´_ゝ`) 「散々おせちだの餅だの食べてたくせに、今更?」
(´<_` ) 「うまかった」
∬´_ゝ`) 「普段何食べてんの?」
(´<_` ) 「もう一人暮らしじゃないからな、毎日ちゃんと食べてる」
∬´_ゝ`) 「同棲したんだっけ? さっさと結婚したらいいのに」
(´<_` ) 「結婚なぁ……」
おしゃべりな姉が席を立つと、会話はなくなった。
ぼんやりと、ただ黙って画面の向こうで走る青年を眺めている。
テレビを見ている間も、無意識のうちに指先は傷口をなぞっている。
痒みはない、と弟者は言う。ただ癖になってるだけなんだ、と。
( ´_ゝ`) 「なぁ、治さないか、その傷」
( ´_ゝ`) 「俺のクリニックに新しい機器が来たんだ」
あっさりと弟者は首を振る。
コーヒーのおかわりはどう?とでも聞かれたかのような気安さで断り文句を並べる。
(´<_` ) 「もう長年の付き合いだし、名札みたいなもんさ」
俺がこの道に進んでから、何度も、この問答を繰り返してきた。
そのたびに弟者は断った。受け入れたことは一度もなかった。
19
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:18:02 ID:bmA.J.SM0
俺たちは世の双子の大半と同じように、仲睦まじく育ってきた。
名前なんて呼ばなくても通じ合う距離で、全てを分かち合って生きてきた。
成長し、社会性を得て、友達ができ始めてから、名前が必要になった。
名前が必要になって初めて、俺は俺の欠陥に気づいた。
結果的に、あのひと振りの刃が俺たちを別つ。
名前を呼ぶたびに、距離が離れていった。
名前を呼ばないといけない距離になっていった。
( ´_ゝ`) 「俺はお前のその傷を治すために、美容外科医になったんだ」
言葉に出してから気づく。
そう、そうだった。
あの日から俺は猛勉強したんだ、弟者の傷を治すために。
実際整形を施すようになって初めて、自分の元患者の顔は見分けられるということに気づいたんだ。
顔の分からぬ有象無象に名前をつけるために、医師になったんじゃない。
世の女性たちを救うためでもない。
ただ、弟の傷を治すため。
( ´_ゝ`)「俺は、自分の患者の顔は忘れない、絶対に」
( ´_ゝ`)「歳をとっても、体型が変わっても、何があっても、俺の手術した場所はわかる」
( ´_ゝ`)「なあ、傷を消させてくれ」
( ´_ゝ`) 「頼むよ」
20
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:18:25 ID:bmA.J.SM0
(´<_` ) 「断る」
そう強く、弟者は言い放つ。
(´<_` ) 「俺はずっとこの顔だ。これまでも、これからも」
(´<_` ) 「忘れんな」
(´<_` ) 「ずっとこの顔で生きてきたんだ」
そう言って弟者は傷をなぞる。
鉛筆で書いた線だったとしたら、もうとっくに消えてるくらい、強く、強く。
(´<_` ) 「今更治そうだなんて、平気な顔で言うんじゃねぇよ」
( ´_ゝ`) 「ごめん」
(´<_` ) 「綺麗に治したら、全部元通りになるとでも」
( ´_ゝ`) 「ごめん」
(´<_` ) 「全部お前のエゴだろう」
( ´_ゝ`)
言葉が出なかった。
(´<_` ) 「顔が覚えられないからって言い訳して、他人と深い関係を築き上げてこなかった」
(´<_` ) 「人に興味を持って、対話して、覚えて」
(´<_` ) 「そういう過程を全て怠ってきたんだろう」
昔、彼は一番の理解者だった。俺そっくりの俺は。
弟者はもう俺ではない。
だから、仕方がない。
この痛みを、この孤独を、分かち合えなくても仕方のないことなんだ。
俺が彼を弟者と名付けてしまったから。
(´<_` ) 「顔なんて知らなくても、人は人を愛せるんだ」
そういえば、婚約者とはインターネットで出会ったと、言っていたっけな。
21
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:19:13 ID:bmA.J.SM0
彼女は珍しく元気がなかった。
つまらなそうに口を尖らせながらスマホを眺めている。
顎に皺を寄せると、ずいぶん前に入れたプロテーゼのシルエットが浮かび上がる。
笑っていれば分からないのに。
彼女には笑顔でいてほしい。よくできた人形のように。
o川*゚ー゚)o 「はーーあ」
ため息のわけを聞くと、眉を下げて困ったように微笑んだ。
o川*゚ー゚)o 「キューちゃんの可愛さに世界が嫉妬してるんだよねぇ」
聞けば、インターネット上で批判を浴びているのだと言う。
インスタグラムの画像の過度な修正が。
そして、何度も繰り返す整形も、写真が時系列に並べられ、分析されて、批判されているのだと言う。
o川*゚ー゚)o 「可愛くなって何が悪いんだろうね」
o川*゚ー゚)o 「ブスには人権ない国なのにね」
o川*゚ー゚)o 「化粧は常識で整形が非常識なの意味わかんないよね」
( ´_ゝ`) 「確かに」
o川*゚ー゚)o 「はーほんとバッカみたい」
o川*゚ー゚)o 「天然美人なんて都市伝説だゾ」
o川*゚ー゚)o 「こうなったらさ」
o川*゚ー゚)o 「もっと綺麗になって見返すしかないよねぇ」
悪だくみをするように、彼女はあやしく微笑んだ。
願わくば、ずっと笑顔でいてほしいと思う。そのほうが、顔が崩れずに済むから。
( ´_ゝ`) 「どこ直したい?」
o川*゚ー゚)o 「安くしてね」
22
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:19:33 ID:bmA.J.SM0
もっと綺麗になりたい。
もっと美しくなりたい。
美しさを求め続ける彼女はきっと正しいのだろう。
この街にはきっと、人が多すぎる。
人だらけのこの街で、誰かに見つけてもらうために、美しくなるしかなかったのだろう。
猫の島に生まれていたら、人の美醜など気にならなかっただろうか。
( ´_ゝ`) 「今度、旅行に行こうか」
彼女は振り返る。
ひとつひとつの所作が絵画のように美しい。
o川*゚ー゚)o 「いいねぇ、どこに?」
( ´_ゝ`) 「猫の島」
素敵、と彼女はわらった。彫像のように綺麗な笑顔だった。
23
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:21:17 ID:bmA.J.SM0
( ´_ゝ`) 「猫の顔を見分けられるかい?」
ノパ⊿゚) 「見分けられるよ」
間髪入れずに彼女は答える。
かちゃり。
手元のナイフが肉を断ち、皿にぶつかって高い音を立てる。
( ´_ゝ`) 「どうやって?」
ノパ⊿゚) 「名前を付けるんだ」
ノパ⊿゚) 「一匹ずつね」
目を閉じて、愛おしそうに名前を呼んでいく。
ミケ、チビ、シロ、ブチ……
( ´_ゝ`) 「白い猫が二匹いたら?」
彼女は静かに目を開けた。
まっすぐにこちらを見つめて、そっと言葉を続ける。
憐れむように、哀しむかのように。
ノパ⊿゚) 「目印を付けるんだ」
( ´_ゝ`) 「どうやって?」
ノパ⊿゚) 「首輪とか」
( ´_ゝ`) 「それはいいね」
ノパ⊿゚) 「人にも首輪がつけられたらいいのにね」
( ´_ゝ`) 「そう思うよ」
本当にそう思う。俺は心から深く頷く。
ノパ⊿゚) 「もし首輪があったなら」
ノパ⊿ ) 「なにも失わなくて済んだのに」
24
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:21:52 ID:bmA.J.SM0
街に顔見知りが増えていく。
【名前を付けるようです 終】
25
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 17:22:21 ID:bmA.J.SM0
秋の短編祭参加作品
▼テーマソング
名前をつけてやる/スピッツ
https://open.spotify.com/track/0Lwko6qF37EPdb26p8UWw9?si=32e2c2b4c45f473c
26
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 19:37:14 ID:bGnUddxk0
乙
すばらしく好きな作品だ
27
:
名無しさん
:2021/10/17(日) 22:35:03 ID:vH.B8BOg0
おつ
28
:
名無しさん
:2021/10/18(月) 01:39:41 ID:T3magnfM0
乙
兄者と弟者というAAを上手く活かして独特な短編に仕上がっていて凄くスキです
「名前をつけてやる」のジャケ写も作品に取り入れる作者の力量に脱帽
29
:
名無しさん
:2021/10/20(水) 15:05:52 ID:W7ye77Zc0
最初弟者は存在しないのかと思った
綺麗な作品だ。まさに虚構っぽくて
30
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 13:34:20 ID:eSybUAW.0
乙
名付けは区別のためにあるっていうもんな
31
:
名無しさん
:2021/10/25(月) 18:26:27 ID:zLvXJhwE0
面白かった乙
32
:
名無しさん
:2021/10/26(火) 10:02:37 ID:LzscOvh60
お洒落な作品だなぁ、すごく良い
33
:
名無しさん
:2021/10/29(金) 17:51:11 ID:Qfax9DF20
よくこんなテーマ思いつくなぁと感動を覚えた
すごく面白かった。乙
34
:
名無しさん
:2021/11/06(土) 12:40:40 ID:SW2Sfkm20
弟者の器がでかすぎる
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板