したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

( ^ω^)ほまいに ほまいに まるたすにむす(ω^^ )

1 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:01:31 ID:X1XrWvU60
               ミ☆

きらり落ち行く流れ星!
きらめく尻尾に流るる光。夜空を駆けるその瞬きを、見上げて人は思います。
大きな光。きれいな流星。ちょっぴり不気味で、とっても不思議。
それは多くの地上の人が、誰からともなく祈ります。
神秘的なその輝きに、神様みたいな光の筋に、思い思いに願います。
とても私的で、とても大事な、数え切れない唯一無二の願いごと。

臆病者の男の子は、図鑑を抱きしめ祈ります。
どうかどうか、おじさんみたいな学者さんになれますように。

がんこで意地っ張りな女の子は、大好きなおかあさんと祈ります。
どうかどうか、これからも正しいあたしでいられますように。

ひねくれ屋さんな男の子は、空色りぼんを指に絡ませ祈ります。
どうかどうか、山みたいな大金が俺のものになりますように。

どうか、どうか。どうか、どうか。

もちろんブーンも祈ります。
小鳥の身体に土のお布団ざっざと被せ、スコップ握って祈ります。
どうかどうか、ホマホマともう一度会えますように。
どうかどうか、お空を自由に飛べますように。
どうかどうか、おとうさんとおかあさんが仲直りしますように。

欲張りブーンはみっつも祈って、だけど足りないことに気づきます。
一番大事な願いごと。なにより忘れちゃいけないそのこと。
特別なおまじないを唱えてブーンは、お空の光に祈ります。

ほまいに ほまいに まるたすにむす
ほまいに ほまいに まるたすにむす

どうかどうか、お星さま――やさしい世界に、なりますように!


.

46 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:26:14 ID:X1XrWvU60
答えに、詰まりました。隠し事。ドクオの言う通り、ブーンはドクオに隠し事をしています。
もちろんそれは、ホマホマのこと。さっき浮かびかけた考えが、再び浮上します。
ドクオとも一緒に、ホマホマを育てたい。四人でホマホマを見ていきたい。
ブーンにとっては、それが一番うれしい考えです。

でも、もしホマホマのことを勝手に教えたら――ショボンはいったい、どう思うでしょうか。
ドクオについさっき殴られたツンは、いったいどう思うでしょうか。
二人がいやがるのは、間違いありませんでした。二人のことを考えたら、ドクオに教えることはできません。
隠し事は、隠し事のままにしておかなければいけません。

その場合、どうすればいいのでしょう。隠してないよとうそをつく。
そうすると下唇を噛んで、うそをついているとバレてしまいます。
なら、隠しているよと言えばいいのでしょうか。それもなんだか変な話です。
何を隠しているんだと問い詰められたら、ブーンにはどうすればいいかわかりません。

どうすればいいのだろう。適当なことを言って……あれ? そうすると下唇は、噛んじゃいけないんだっけ?
噛まなきゃいけないんだっけ? あれ、あれれ? ブーンはすっかり混乱してしまいました。

('A`)「……ま、いいけどよ」

ブーンが答えるよりも先に、ドクオが立ち上がりました。
ブーンは未だにしどろもどろしたままで、隣のドクオを見上げます。

('A`)「俺、絶対に一〇〇万ものにするから」

ブーンを見下ろし、ドクオが言います。

('A`)「独り占めするつもりなら、ブーン、お前でも許さねぇ。覚えとけ」

日差しはすでに夕の赤で、空の色を反映するそのりぼんもまた赤色の染めながら、
背を向けドクオが去っていきました。その背中を見送りながらもブーンは、なおも悩み続けていました。
どう答えればよかったのか、ドクオは何を望んでいたのか、考えて、考えて、わからなくて、悩んでいました。


.

47 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:26:45 ID:X1XrWvU60
               ミ☆

あれは、いつのことだったろうか。目を閉じドクオは、思い出します。
物心つくかどうかといった頃、ドクオは本州から母の実家のしたらば島に越してきました。
当時のドクオは大変な人見知りで、大人だけでなく同い年くらいの子どもも怖くて、
右を向いても左を向いても知らない人ばかりの島の生活に泣いてばかりの毎日を送っていました。

あんまりにもひどいドクオの人見知り。
それを見かねておとうさんが、働いていた工場の催しが開かれるたび、ドクオを連れて行くようになります。
もちろんドクオは、知らない人ばかりの集まりにいやだいやだとぐずります。けれどおとうさんも頑なで、
泣きじゃくるドクオを抱き上げ無理やり運んでしまいます。ドクオには成すすべがありません。

それはおとうさんに連れてこられて何度目だったか。
その日もドクオは、おとうさん、帰りたい、おかあさん、帰りたいと訴えて、けれど聞き入れてもらえず、
仕方なく隅っこでお菓子を食べ、苦しい気持ちをまぎらわせていました。


そこで、彼は出会いました。
自分と同じく、おとうさんに連れてこられたその男の子と。


きっかけは、些細なことでした。
じーっと自分を見ている男の子にドクオは居心地の悪さを感じながら、早くどこかへ行って欲しいと祈っていました。
けれど祈りは届かず男の子はあろうことか近寄って、「おいしい?」と話しかけてきたのです。
ドクオはもう、パニックです。どうしたらいいかわかりません。わからないけど、わからないながらに、
男の子がお菓子を欲しがっていることには気がついて、それを上げると、渡しました。

男の子は「いいの」と言いながら、ほとんど待つことなくお菓子を受け取り、ぱくぱくむしゃむしゃ、
あっという間に平らげてしまいます。そして――そして男の子は、満面の笑みを浮かべ、こう言いました。
「ありがとう!」。

それは、不思議な感覚でした。いままで感じたことのない、なんともいえない感覚。
くすぐったいような、身体がむずむず動き出しちゃいそうな。ドクオは他のお菓子も取り出して、
男の子に差し出しました。「……たべる?」「いいの!」。男の子は、遠慮なんか知らずに、
与えられたものを与えられるだけ食べてしまいました。

その食べ方が、そして食べた後に必ず言ってくれる「ありがとう」が、
なんとも形容することのできない感覚をドクオにもたらしたのです。

後日、その子はドクオの家にやってきて、お礼と言って細長い布切れをプレゼントしてくれました。
晴れの日とおんなじ、空色のりぼん。光に透かすときらきら光るそのりぼんは、男の子の宝物だったのだそうです。
でも、宝物のりぼんよりもドクオの方が大事だと、男の子は言いました。「どっくん大好き!」。

そう言って男の子は、太陽みたいにわらいました。ドクオもおんなじ気持ちでした。
この子とずっと、なにがあっても一緒にいたい。これからもずっと、ずっとずっと。そう、思いました。


ブーン。ぼくの、初めての友だち。

.

48 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:27:10 ID:X1XrWvU60
爆発による、ガス漏れ事故。おとうさんが働いていた工場で起きた、けれど起きなかったことにされた事故。
大規模に発生したその事故では多くの工員がガスに呑まれ、意識不明の重体に陥りました。
けれど幸いその後の処置も適切で、大多数の工員は後遺症もなく早々に職場復帰を果たします。
何事もなかったかのように、働き始めることができたのです。

そう、大多数は。

ドクオのおとうさんは、二人いた例外のうちの一人でした。
頭をやられたおとうさんは人が変わったように乱暴になり、
おかあさんにも、ドクオにも暴力を振るうようになります。

工場からは解雇され、退職金として渡された金もすぐに食い潰し、
そうすると近隣にたかりだし、気に食わないことがあるとすぐに暴れるような生活を送るようになりました。
始めは同情的な視線を向けていた島の人も、すぐに愛想を尽かします。
愛想を尽かされて、おとうさんはますます乱暴に拍車をかけます。至るところで問題を起こします。

そしてついに、その日がやってきました。
島のおばあさんをおとうさんが大怪我させて、さすがに看過できないと逮捕されたのです。
おとうさんが犯罪者に。それは、ドクオにとって非常にショックな出来事でした。
けれどもし、もしもただの犯罪者であれば、ドクオのこれからはまだしもマシなものになっていたかもしれません。

おとうさんは、犯罪者にはなりませんでした。病院に送られたのです。頭の病院に。
そしてそこは病院とは名ばかりの、狂人をつなぎとめておくことしかしない牢獄だったのです。
一度だけ、おとうさんに会いに行ったことがあります。おとうさんはドクオを見てもドクオとわからず、
誰に向かっているかも定かでない様子で、叫んでいました。「俺はおかしくない。おかしいのはお前らだ」。

今でも件の工場は、おばけ煙突からもくもく煙を吐き出し稼働を続けています。
それが、島の人間の総意でした。気の狂った人間未満なんかより、島の利益。それが、彼らの本音だったのです。
結局、全部、金でした。

工場は事故なんか起こしておらず、ドクオのおとうさんはただただ頭がおかしかった。
最初っから、気狂いだった。そういうことにされました。そうして大人たちはおとうさんだけでなく、
おかあさんや、ドクオのことも腫れ物のように扱い出します。そしてその特別扱いは、
子どもたちへと容易に伝播します。最悪の形で、伝わっていきます。

ドクオは、強くならなければなりませんでした。強くならねば、いつまで経っても抜け出せない。
石当ての的から、雑巾を口に突っ込まれる遊びから、階段から突き落とされる度胸試しから、
いつまでも経っても抜け出せない。強くならねば。

強くならねば。

49 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:27:39 ID:X1XrWvU60
ドクオは、強い人の、ふりをします。乱暴で、いつも不機嫌で、恐れ知らずで――怒っていて。
同級生にも、先生にも、島の大人にも同じように、強い自分を見せつけました。
次第次第に、ドクオを見る周りの目が変わっていきます。“ドクオはそういうやつだ”という風潮が、
強固に形成されていきます。強いドクオが、作られていきます。

それは始め、確かに演技だったのです。乱暴なふり、怒ったふり、憎んだふり、
強くなるための、それはただのふりだったのです。けれど周りがドクオを“そういう”人物だと見ていくうちに、
ドクオはいつしか演技の気持ちに呑まれていきました。いつも怒って、怒って、怒ることに後悔しても、
苦しく感じても気持ちを抑えられず、怒ることしかできなくなってしまいました。

誰も彼もが、憎くて仕方ありませんでした。同級生も、先生も、島の大人も、
おとうさんを見捨てたおかあさんも、ガスなんかで狂ったおとうさんも、みんな、みんな、
憎くて、憎くて、仕方ありませんでした。何もかもが憎くて、憎くて、仕方ありませんでした。

たったひとりの、例外を除いて。


ブーン。俺の、唯一の友だち。


うそをつくときに、下唇を噛むくせ。そんなの全部、うそっぱちです。ブーンはうそをつきません。
うそをつかないのだから、そんなくせなんかあるわけないのです。だからブーンは、うそなんかついていません。

でも、ブーンは隠し事をしています。誰にだってわかります。
くちびるを噛まないよう、あれだけ慌てていたら。何を隠しているのかまでは、もちろんわかりません。
でも、ドクオには予感がありました。ブーンが隠しているのは、おそらく、きっと――。



夕の赤に染まったブーンは家へと帰らず、降りたばかりの裏山へと再び登っていきます。
その姿をドクオは、隠れて見ていました。ブーンからもらった空色りぼんに触れながら、
裏山へ消えていくブーンの背中を見つめていました。


.

50 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:28:24 ID:X1XrWvU60
               ミ☆

シャキンおじさんが帰ってしまう。
この報を受けて、ショボンの気持ちは少なからずかき乱されていました。
理由はいまいちぴんときませんでしたが、成果が出ないなら予算の無駄遣いを止めて引き上げろと、
偉い人から言われてしまったのだそうです。シャキンおじさんは今日の日暮れにも、
したらば島を後にしてしまうとあの豪快なわらいごえと共に言っていました。

おじさんがいなくなってしまうのは、単純にさみしいことです。
ブーンやツン、それにホマホマといることがつまらないとはもちろん言いませんが、
しかし今年はおかげで、おじさんとの時間がまるで取れませんでした。
おじさんとフィールドワークに出たり、海外の見たことも聞いたこともない動物の話を教えてもらったり、
楽しみにしていたそうした時間が、まるで取れませんでした。それは、とても残念なことでした。

けれどいま、ショボンを悩ませている理由はそうした単純なさみしさなどではない、
もっと重大な理由によっていました。

ホマホマ。

おうちに帰らなかったブーンと抱き合い、ショボンが来るまでぐっすりと眠っていたホマホマ。
そのホマホマは、昨日よりも明らかに大きくなっていました。インド象より、一回り小さいくらいでしょうか。
このまま成長したら、二・三日のうちにもあの二階建てのログハウスより大きくなってしまうかもしれません。
それは決して、大げさな予測とはいえませんでした。だってホマホマの成長速度は、本当に常軌を逸していたのですから。

ξ゚⊿゚)ξ「ねえ、それでどこにするのよ」

(´・ω・`)「そんなの、ぼくに聞かれても……」

ξ゚⊿゚)ξ「なによ。だったらおとうさまのログハウスでいいじゃない」

(´・ω・`)「でも、ホマホマにはもう、あそこは狭いよ。たぶんすぐにも壊しちゃう」

ξ゚⊿゚)ξ「それは、そうだけど……」

ショボンたちは、ホマホマでも住める新しいお引越し先を探していました。
もちろんそんな場所、簡単には見つかりません。この狭いしたらば島の中で、
大きな大きなホマホマが自由に動き回れる場所なんて、そうあるはずがないのです。

51 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:28:49 ID:X1XrWvU60
三人は結局行き先を見つけられないまま、ブーンの提案に従って元の場所――
前のホマホマを埋めたあの洞穴へ行こうと決めました。
のしのし歩くホマホマを横目に、ショボンはさらに思います。
大きさだけじゃない。この大きさだけが、異常なんじゃない。

昨日の、ツンの一件。ツンの怪我をたちどころに治してしまった、あの出来事。
今朝当たり前の顔をしてログハウスに現れたツンの額には、
やはり傷の痕など爪の先ほどにも見当たりませんでした。あれは、夢ではなかったのです。
ホマホマは本当に、ツンの傷を治してしまったのです。魔法のように、一瞬で。

あんなことができる動物なんて、絶対に存在しません。存在するはずがありません。
……少なくとも、この“地球上”には。ショボンは、考えました。考えて、考えて、でも、
その考えを打ち消すことはできませんでした。バカげた妄想かもしれません。
言えば、わらわれてしまうかもしれません。でも、でも……もしかしたら。もしかしたら、ホマホマは――。

(´・ω・`)「二人とも、聞いてくれる?」

これじゃぜんぜん足りないわね。
洞穴の前につき、用意していた食事をホマホマに与えていたブーンとツンに、ショボンは話しかけました。

(´・ω・`)「あのさ、ぼく、考えたんだ。いっぱい、考えたんだよ」

二人の不思議そうな顔を見て、言葉に詰まりそうになります。
なんでもないよと言葉を取り下げたくなる臆病が、顔を覗かせます。
特に、ブーンの顔を見て。ホマホマをホマホマの生まれ変わりと信じ、
全身で大好きを表すブーンを見てきて。でも、それでも。

(´ ω `)「でも……でもやっぱり、こうする他ないって思ったんだ……ホマホマのこと」

このままにはしておけない。だってこのままにしておいたらきっと。

(´ ω `)「おじさんに全部――」

悲しむのは――。

(´ ω `)「話し――」

52 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:29:14 ID:X1XrWvU60
( A )「話の途中に失礼するぜ」

ショボンの話を、誰かが強引に遮りました。ツンではありません。
ホマホマでも当然ありません。ショボンの話を遮ったのは、ここにいるはずのない男の子――
島一番の乱暴者、ドクオでした。ドクオはブーンを後ろから羽交い締めにして、
ちきちき伸ばしたカッターナイフをその首元に当てています。

ξ#゚⊿゚)ξ「あんた――」

('A`)「動くな!」

ぐっと、ブーンの首にカッターナイフが押し当てられます。
ブーンはただただびっくりした様子で、その場に硬直しています。

('A`)「なんだよ、一目瞭然じゃねーか」

硬直するブーンを伺うように首を曲げたホマホマ。
そのホマホマを、ドクオは見上げて言いました。あんまりにもあっさりと、言い放ちました。

('A`)「こいつだろ、流れ星」

横目でショボンは、見ました。ツンが、悔しそうな顔をしているのを。
驚いたのではなく、悔しそうであったのを。ドクオも、それで確信したのでしょう。
勝ち誇ったように、口元を歪めました。

ξ;゚⊿゚)ξ「ち、違う、そんなこと――」

('A`)「うそつきは黙れよ」

言われてツンは、押し黙ってしまいました。思い当たる所があったのでしょう。
苦々しい顔をして、ドクオをにらんでいます。そんなツンを見て、ドクオが吐き捨てるように言いました。

('A`)「こんな意味不明ないきもん、自然にいてたまるか」

ショボンも、まったくの同意見でした。
ツンにしても、表立って認めることはなくとも内心では同じ気持ちでしょう。
ホマホマは、余りにも自然離れしている。それがごく普通の、一般的な感覚なのだとショボンには思われました。
……ただ、ただ一人。

53 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:29:39 ID:X1XrWvU60
( A )「……そうだよな」

ブーンだけは。
ブーンだけは、みんなが何を言っているのかわからないと言った顔をして。
普通とか、一般的とか、そんな感覚抜きに、ただただ大好きの気持ちだけで、大きく大きく育つホマホマを見ていて。

('A`)「ブーン。お前はそういうやつだよな」

お前だけは……。ドクオが小さくつぶやきました。
その姿はなんだかずいぶんと頼りなくて、いつものドクオから感じる乱暴な気配がまるでありません。
それなら――ショボンは、意を決します。

(;´・ω・`)「ど、ドクオ!」

('A`)「あ?」

ドクオが手元のカッターナイフを、再びブーンに押し付けます。
乱暴なあの気配が、瞬時にもどってしまいます。ショボンは慌てて、弁明しました。

(;´・ω・`)「ま、待って! きみの邪魔するわけじゃないんだ!」

ドクオは疑うような視線で、ショボンをにらんでいます。
その視線に生唾ひとのみ、乾きそうになる口の中を唾液で濡らして、ショボンは話を続けます。

(;´・ω・`)「き、きみの目的は、ホマホマをおじさんに届けて一〇〇万円を手に入れること。そうでしょう?」

('A`)「……ああ」

(´・ω・`)「それなら……それならぼくも、きみに協力するよ」

54 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:30:13 ID:X1XrWvU60
ξ;゚⊿゚)ξ「ショボン!?」

悲鳴のように、ツンが叫びました。
それはたぶん、至極当然の反応で。ショボンにも、ツンの気持ちはわかって。
でもだからこそ、ぼくが言わなきゃいけない。ショボンは泣きそうになる自分を諌め、ツンと向き合います。

(´・ω・`)「ツンは、一〇〇万円なんて必要ないよね。ぼくも、図鑑は諦めるよ。
     だからドクオに、上げちゃおう。それがたぶん、一番いいんだ。いいんだよ」

ξ#゚⊿゚)ξ「なにいってんのよそんなの、約束したじゃない、あたしたちで育てるって――」

(´ ω `)「ぼくたちだけじゃもう無理なんだ!」

思った以上に大きな声が出てしまいました。ツンがびっくりした顔をしています。それに、ショボン自身も。
だけど、それで止まるわけにはいきません。説得を、つづけます。

(´ ω `)「ツンだって言ってたじゃないか。これ以上大きくなったら、ご飯の用意もできなくなるって。
     おうちだって用意してあげられないし、それに……ホマホマが何をできるのか、本当のところ、
     ぼくたちは何もわかってない。ツンはバカみたいって言ってたけど、微生物とか、ウイルスとか、
     ぼくたちにはそういうことも調べられない。もしホマホマが病気になったとして、ぼくたちには何もできない」

ξ ⊿ )ξ「なんでよ……これまでうまく、やってきたじゃない……」

(´ ω `)「おじさんなら、信用できるから。たまに会わせてもらえるよう、ぼくから頼むから」

ξ ⊿ )ξ「でもそんなの……そんなのあんまり、薄情よ……」

(´ ω `)「いっぱいお願いするから。ぼく、おじさんにいっぱい、お願いするから……」

ツンが泣き出していました。泣いて、でも、それ以上の反論はしてきませんでした。
ショボンも、泣きたいと思いました。だけど、まだです。泣くのはやるべきことを終えた、その後です。

(´・ω・`)「聞いてのとおりだよ。ドクオ、ぼくはきみをおじさんのところへ案内する。
     だからもう、その危ないものをブーンから離して……。だからお願い、理解して――」

言って、ショボンは視線を移します。ドクオのほんとにすぐ隣の、彼と、向き合う為に。

(´ ω `)「ブーン、きみも」

55 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:30:39 ID:X1XrWvU60
ブーンは、少しだけ頭の回転が鈍い子です。それ自体が悪いわけではありません。
自分やツンにはなくて、彼の持ってる素敵な部分を、ショボンはたくさん知っています。
でも、それとは別に、彼が物事の理解を苦手としていることは疑いようのない事実です。
ショボンたちの会話をブーンがどこまで理解しているか、半分もわかっていないかもしれません。

それでもショボンは、ブーンに理解してほしいと思いました。
理解して、その上で納得して、ホマホマを送り出して欲しいって。
ブーンが気付かないうちにホマホマを連れ出し、おじさんに引き渡すことも、やろうと思えばできたかもしれません。

でも、そんなふうにはしたくありませんでした。だって、ホマホマ一番の友だちはどう見たって、ブーンです。
知らない間に友だちと引き裂かれたらどれだけ悲しいか、それくらいショボンにだってわかります。
だからショボンはブーンに、納得した上でのお別れを選んでほしかったのです。

それは、ショボンのわがままかもしれません。
自分にとって、都合のいい考えなのかもしれません。
けれどショボンには、他に思いつきませんでした。
みんなの“悲しい”を最小限にする方法を、他に思いつきませんでした。

ブーンは、動きませんでした。

56 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:31:11 ID:X1XrWvU60
('A`)「……なあブーン、なにも、一〇〇万じゃなくっていいんだ。お前とだったら、山分けでいい。
 こいつを持っていってさ、俺とお前で五〇万ずつ、もらってこようぜ」

羽交い締めはしたままに、けれどカッターナイフを下ろしてドクオが、ブーンの説得を始めました。
不気味なくらいにやわらかな声色で、まるで誰か、ドクオじゃない別人みたいに。

('A`)「いいよ。なんなら俺が、三〇でもいい。二五でもいい。お前が七五で、分けたきゃそいつらと分けたっていい。
 それだって充分だ。このクソみてぇな島から出ていくには、それで充分だよ。だから、ブーン」

すがるみたいに。

('A`)「金がいるんだよ。島の外に行く金、このクソみてぇなしたらばから離れるための金が」

泣き出してしまうみたいに。

('A`)「それで、島の外に行って、それで……」

崩れ落ちてしまうみたいに。

('A`)「親父に、まともな治療を受けさせてやるんだ。全部、元に、もどすんだ……そしたら――」

年相応、みたいに――。

( A )「そしたらさ、そしたら俺たちだって――」

57 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:31:40 ID:X1XrWvU60
いやだ。
ブーンが、言いました。屹然とした、ブーンらしからぬ声で。
短く、はっきりと、拒絶を、示しました。

( A )「……なあブーン。それってさ」

ドクオの、ふるえた声。

( A )「俺じゃなくて、この怪物を選ぶってことで、いいのかな――」

――ブーンは、答えませんでした。

( A )「……そうかよ」

あ、と、声が漏れました。カッターナイフを逆手に握ってドクオが、拳を高く掲げたのです。

(;A;)「そうかよぉ!!」

その後のことは、すべてが一瞬でした。ショボンは見ました。
カッターナイフを握りしめたドクオが、それをブーンに向けて振り下ろそうとしたのを。
それが、途中で止めらたのを。ドクオの腕に、ホマホマの触手が絡みついたのを。
それで、それで――ドクオの身体が、溶け始めたのを。

( A )「……あーあ」

ぐずぐずと溶けていく自分の身体を見下ろし、ドクオがさみしそうにわらいました。
わらって、そしてドクオは、こんなうふうに、こぼしたのです。


昔はよかったなあ――。

.

58 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:32:10 ID:X1XrWvU60
それで、おしまいでした。ドクオの姿はもう、どこにも見つかりません。
ドクオがいた場所には彼が来ていた衣服と、いつも巻いていた空色りぼんと、
ぐじゅぐじゅと粘性の高い液体が広がるばかりでした。

ショボンは、足元にまで滑ってきたドクオのカッターナイフを拾いました。
そしてそれを、見てしまいました。ちきちき伸ばされていたカッターナイフには、
物を切るための刃が付いていませんでした。

ξ; ⊿ )ξ「……なに。なんなの?」

ツンがつぶやきました。ショボンにも、わかりませんでした。
――いえ、わかりたく、ありませんでした。
目の前起こった出来事を理解したくないと、頭が現実を拒絶していました。

だって、これって、ドクオ、死――。

59 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:32:42 ID:X1XrWvU60
ξ; ⊿ )ξ「いやあ!」

ツンが悲鳴を上げます。見るとホマホマが、ツンに向かって触手を伸ばしていました。
その速度は緩慢で、避けることはむずかしそうには見えません。けれど半狂乱となったツンはよろけて、
転んで、前後不覚に陥っていました。そうして倒れたツンに、更に増えたホマホマの触手が伸びていきます。

ξ;⊿;)ξ「やだ、やだあ!!」

這いずった状態から転げるようにして、ツンが跳ね回ります。
そしてなんとか立ち上がったツンは勢いそのままに、裏山を駆け下りていってしまいました。
意味不明な言葉ともつかない叫びが、すさまじい速度で遠く小さく消えていきます。

(;´・ω・`)「ブーン!」

頭がおかしくなってしまいそうでした。
ブーンはホマホマに抱きついて、ホマホマもまた触手でブーンを抱きしめて、
ふたりがくっつきあっているその光景に、ショボンはおかしくなってしまいそうでした。

(;´・ω・`)「ブゥーン!!」

何の返事もありませんでした。ブーンはこちらを振り返りもしてくれませんでした。
動悸が激しく、何かを考えるなんて、もう、無理でした。ショボンにはもう、無理でした。
助けが必要でした。助けてくれる人が必要でした。自分以外の、どうにかしてくれる人が、ヒーローが、必要でした。

ブーンとホマホマに背を向けて、ショボンは山を駆け下ります。あの人なら、あの人ならなんとかしてくれる。
あの人の下へ行けばなんとかしてもらえる。まだ間に合う、まだ間に合うはず。まだこの島にいるはず。
まだ帰っていないはず。いれば聞いてくれるはず。ぼくの頼みを聞いてくれるはず。
そのはず、そのはず、あの人なら。あの人――シャキンおじさんなら。



(`^ω^´)「おおショボン、来てくれたのか! 見送ってくれないのかと思っておじさんさみしかったぞ、わははは!」

波止場で帰りの支度をしていたシャキンおじさん。
いつもの笑い声で迎えてくれたおじさんに、ショボンは叫びました。
焼けそうなのどを振り絞り、ただただ頭に浮かんだその言葉を叫びました。


ホマホマを助けて!


.

60 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:33:09 ID:X1XrWvU60
               ミ☆

お腹空いているよね。何か持ってくるからね、待っててね。
二日ぶりに、ブーンはおうちに帰りました。

( ;∀;)「違うんだ、違うんだぼくは、ぼくはただぁ……」

おとうさんが、泣いていました。
おかあさんが、転がっていました。
転がったおかあさんからはだくだくだくと、赤い血が広がっています。

( ;∀;)「ぼくはおかしくない……おかしくないんだ……おかしくないんだよ!! あぁ、あぁぁ……」

おとうさんはあぁあぁうめいて、ブーンが帰ってきたことにも気付かないまま、
ふらふらと家の外へと大量の血が付着した格好のまま出ていってしまいました。
ふらふら、ふらふら、怒って、泣いて、島のどこかへ消えていきました。

ブーンは、理解してしまいました。

人は、怖いから怒るんだ。おとうさんも、みんなも、怖くて仕方ないから、怒ってたんだ。
怖いのなんてなんにもないって信じるものを――まっしろまくらを見つけられなかったんだ。
だからみんな、やさしくないんだ。やさしくなんか、なれないんだ。ああそうか。そっか。そうだったんだぁ――。

家の中は台風が通り過ぎたみたいにめちゃくちゃで、ごはんをおろか、
ブーンの部屋へいくこともむつかしそうでした。ブーンは困ってしまいました。
ホマホマはきっと、お腹を空かせてる。何か見つけて、持っていってあげないと。だってそう、約束したのだから。

辺りを見回し、けれどやっぱり何も見つからなくて、ブーンはふと、視線を足元へ下ろします。
おかあさん。だくだくだくだく血を広げて、もうぴくりとも動かなくなった、おかあさん。
その姿はまるで、生まれ変わる前のホマホマみたいです。それじゃあきっと、おかあさんは死んじゃったのでした。

61 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:33:45 ID:X1XrWvU60
そうだ、いいこと思いついた。

ブーンはのこぎりを探しました。
おとうさんが昔、日曜大工に使うんだといって揃えたものが、どこかにしまわれていたはずです。
でも、それもやっぱり見つかりません。のこぎりが見つからないと、困ります。だって、切断できません。
そのままじゃ重たくって、ブーンは持ち上げられないのです。

あ、と、ブーンは思いつきました。今日のブーンは冴えていました。
ぎざぎざに割れた、テーブルの破片。これならのこぎりの代わりになるんじゃないかしら。
ブーンはさっそく試します。おかあさんの腕にテーブルの破片を当てて、一気に引きます。
でろ。少し、中身がこぼれました。こうしていれば、切れるかな。ブーンは続けます。
でも、なんだかのこぎりよりも、うまくいっていない気がします。

ブーンはやり方を変えてみました。とがった部分を、突き刺してみるのです。これならどうでしょう。
えいや、ざくり。えいや、ざくり。さっきよりも、ずっといい感じです。

でも、なんだか今度は、固い所にぶつかってしまいました。骨です。
何度か試してみたものの、破片で骨はどうにかできそうにありません。それならたぶん、砕けばいいんだ。
とんかち、とんかち、とんかちの、代わりになるもの。これならどうかな。

もう何年も使わないまま置きっぱなしの、トースター。がちがち固いこの子なら、きっと骨にも負けないはず。
えいや、がこん。えいや、がこん。ぶちぶち、ごとり。うまくいきました。腕が、上手に、取れました。

後は、同じことの繰り返しです。テーブルの破片がダメになっても、代わりは他にいくらでもありました。
トースターがひしゃげても、鉄のお鍋が、ありました。えいや、えいや。ぶちぶち、ごとり。
えいや、えいや。ぶちぶち、ごとり。全部が全部、順調でした。おかしなことなど、ひとつもありませんでした。
そうしてブーンは、ホマホマごはんをすっかり用意、できました。

おかあさんはもう、おかあさんの姿をしていませんでした。
きっとそうして、次の姿へ生まれ変わるのです。

持てるぶんを袋に詰め込み、裏山を登ります。ホマホマのことを思って、登ります。
他にも考えなきゃいけないこと、考えたいことはいろいろあったような気もしますが、
それが何か、ブーンには結局わかりませんでした。わからないってことは、後回しでいいってこと。
いまは、ホマホマ。ホマホマに、ごはんを届けるんだ。待っててね、待っててね、ホマホマ。
ぼくの大好きな、ホマホマ。ぼくの、ホマホマ。ホマホマ――。

62 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:34:11 ID:X1XrWvU60



裏山の、小さな洞穴。そこに、ホマホマはいませんでした。
ホマホマがいるはずのその場所には、薄く発光した卵型の物体が、周りの木々を押し倒して鎮座していました。
ブーンはその物体に、ぴたりと添います。ブーンにはわかったのです。それは、ホマホマでした。
姿形は変わっても、間違いなくホマホマでした。生まれ変わろうとしているのです。
ホマホマはまた、生まれ変わろうとしているのです。ブーンにはそれが、わかりました。

ずぶずぶずぶと、ブーンの身体がホマホマのうちへと沈んでいきます。
ブーンは抵抗しませんでした。招かれるままに、ホマホマへと入っていきます。
それは、とても心地良くて、安らぎを覚える感覚。ブーンは理解しました。すべてを理解しました。
これが、やさしいってことなんだって。やさしい心地、やさしい音。やさしい匂いに、やさしい光――
ああ、やさしい世界は、ホマホマの中にあったんだ!


ホマホマ。これからずっと、一緒だよ。ずっと、ずぅっと、一緒だよ。
そうしてブーンは自分全部を、生まれ変わるホマホマへ委ねました。


.

63 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:34:46 ID:X1XrWvU60
               ミ☆

正しい人になりなさい。他の誰も関係ない。
みんなが不正に手を染めても、きみは正しくありなさい。誰のためでもない。
おとうさんのためで、おかあさんのためでもない。きみのために、正しくありなさい。
正しさに反することは、後ろめたいこと。後ろめたさは、必ずきみの重荷になる。
きみの心を、苦しめる。だから、正しくありなさい。他ならぬきみのために、正しいきみで、ありなさい――。

おとうさまのお言葉。その本当の意味を、いまになってようやくツンは、理解しました。
心が、苦しい。あたし、間違えた。きっとあたし、ホマホマを傷つけた。
ホマホマはあたしを心配してくれていたんだ。ドクオの……ことだって、ブーンを守ろうとしただけだったんだ。
ホマホマのしてしまったことは、正しく、ないのかもしれない。
でもその気持ちは、友だち思いのその気持ちはきっと、間違ってない。間違ってなんか、ない。

それなのにあたし、あんなふうに拒絶して、逃げて、閉じこもって。こんなの絶対、正しくない。
あたし、間違っちゃった。おとうさま、あたし、間違っちゃった。

部屋に閉じこもってツンはもう、どうしていいのかわかりませんでした。正しくあること。
それがツンのすべてだったのです。それが正しくなくなって、間違ったものになってしまって、
その後どうしたらいいのか、ツンにはそれが、わからなかったのです。

64 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:35:16 ID:X1XrWvU60
「ツンちゃん」

おかあさま。扉のノックと共に、廊下からおかあさまの声が聞こえてきました。
ツンは腰を浮かせかけ、でも、やっぱり腰を下ろします。
どんな顔をしておかあさまを迎えればいいのか、わからなかったのです。

「ねえツンちゃん。そのままでいいから、聞いてくれる?」

日も落ち静けさを得たしたらば島の中では、
おかあさまのやわらかだけれど控えめな声も、よく聞こえます。

「ツンちゃん。おかあさんには何があったかわからないわ。
 でもツンちゃん、今日、何か間違えちゃったのよね。ツンちゃんがこんなふうになる理由なんて、他にないもの。
 きっと、苦しんでるのよね。ツンちゃん、きっと、とっても」

扉越しに、おかあさんは続けます。息を潜めて、ツンは耳を傾けます。

「だけどね、おかあさん思うの。
 今日、ツンちゃんが失敗したことは実はとても、いいことだったんじゃないかって」

いいこと? ずいぶんとおかしなことを、おかあさまは言い出します。
いいことなんかじゃ、ぜんぜんない。だってあたしは悪い子で、それだけが事実なんだから。
そう言い返しそうになりながら、けれどもツンは、やっぱり何も言わずに黙っていました。
これ以上、間違いたくはありませんでした。

「ツンちゃんはとてもいい子だから、いままでずっと、おとうさまの言うこと守ってきたのよね。
 それはとってもえらいことだって、おかあさん、思う。だけど、ツンちゃんがとってもいい子だからこそ、
 気づけないでいたことがあったの」

気づけないでいたこと?

「ツンちゃん。人はね、間違っちゃうものなのよ」

65 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:36:26 ID:X1XrWvU60
……とつぜん、額がむずがゆくなりました。

「おかあさんだってそう。おとうさまだって、そうなの。
 どんなに立派な人でも、いつも、どんな時でも正しい人でいるなんて、そんなことできはしないの。
 だって人は、神様じゃないもの」

野球バットで殴られた、その場所が。ホマホマに治してもらった、その場所が。

「だからね、ツンちゃん。大切なのは、正しいことじゃない。
 正しくなりたいと思う気持ちだって、おかあさんは思う」

むずむず、むずむずって、治まりませんでした。

「だってそれなら、間違っちゃってもやりなおせる……ね、ツンちゃん。そう思わない?」

ξ ⊿ )ξ「やりなおせる……」

やりなおせる……本当に? そう思うと、額のむずむずはいよいよ暴れだして、
なんだか身体ごと持っていかれてしまいそうなくらいです。おかあさま、本当?
あたし、やりなおせるの? 間違っちゃっても、正しくなりたいと思って、いいの? 

ξ ⊿ )ξ「……おかあさまにとっての正しさって、なに?」

「ツンちゃんが幸せでいられるように、見守ること」

その言葉を聞いた瞬間です。額がぱーんと、弾けました。
ツンの中にあったものが、外に向かって飛び出してきたのです。ツンは飛び出したそれに触れました。
仄かに発光した、うねうねと不思議な動きをする触手。見覚えのある、この形。
間違いありません。これは、ホマホマの――。

「ツンちゃん?」

ツンにはわかりました。いままでわからなかったことが、一気にわかりました。
ホマホマのこと、流れ星のこと、ブーンや、ショボンや、ドクオのこと。
それに――自分にとっての、正しいことも。ホマホマは、ツンの中にいました。
ツンは、ホマホマでした。思いも、気持ちも、だから全部、わかります。もう、怖くなんか、ありません。

謝りに、行こう。

「ツンちゃん、行っちゃうのね……?」

おかあさまが、言いました。どこかさみしそうな、その声で。
足の悪いおかあさま。どこへも行けず、あたしが行ったら一人でここで、待ち続けるしかないおかあさま。
やさしくて、おっとりしていて、大好きで――大好きで大好きな、おかあさま。

だいじょうぶ。

ξ* ワ )ξ「だいじょうぶよ、おかあさま。きっと、ぜんぶ――ぜんぶがぜんぶ、だいじょぶだから!」

66 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:37:08 ID:X1XrWvU60
ツンは窓から飛び出しました。驚くほどに軽い身体は、月夜の島を羽のように駆け抜けます。
誰かが悲鳴を上げました。悲鳴に木霊し人々が、家の中から顔を覗かせ次々次々、奇天烈怪奇な声を上げます。
おばけに妖怪、宇宙人。ツンを指差し好き勝手、排他の槌を振るいます。ああ、ああ、けれど、でもでもだけど!
そんなことでは止まりません。ツンはもうもう、止まりません!

だってこんなの、初めてです。こんな気持ちは、初めてなのです。
どこまででも行けてしまう。どこまででても走れてしまう。島から島へ、海から海へ、
どこへだって、どこまでだって、行けてしまう。そう、それはきっとあのお空の、その先の先の、その先にだって――。

世界がぐるりと、ひっくり返りました。
身体のあちこちがばたばたぶつかり、痛くはないけれど衝撃に前後や上下を見失います。
なに。そう思って伸ばした五指が、ツンの目の前で弾けました。身体を見下ろしました。
ツンは転んでいました。手の指と同じように、ひざから下がなくなっていました。

ばらら。耳慣れない音が、辺りに響き渡りました。その音がする度に、ツンの身体は削れていきます。
ばらら。肩が跳びます。ばらら。腰が抉れます。ばらら。顔が砕けます。ばらら。音が消えます。

それは、背後から訪れていました。ツンは振り返ります。
ずいぶんとへんてこなマスクをした人たちが、並んでツンを見下ろしていました。
その手には、学校で禁止しているのに男の子たちが好んで持ち歩いていた物体によく似た――
そうです、エアガンによく似たものを、両手で抱えていました。エアガンによく似たそれが、光りました。
ツンの身体がまた一部、弾け跳びました。

67 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:37:32 ID:X1XrWvU60
痛みはありませんでした。痛みもないし、怖くもありませんでした。ツンは気づいていたのです。
いまこの瞬間にも、あたしは生まれ変わってる。中にいるホマホマが、失った場所を元にもどしてくれていました。
額からだけだった触手も、全身から飛び出すようになっていました。
恐れる必要なんて、どこにもありませんでした。

あたしはホマホマで、ホマホマはあたし。
そこには、安心ばかりがありました。

しゅこーしゅこーと独特な呼吸音が、ツンの周りを囲みます。
ねえあなたたち。あなたたちは、どうしてこんなことするの。あなたたちはどこの、だれ子さんなの。
ツンは話をしようと思いました。この人たちはたぶん、勘違いしているだけ。ホマホマを知らないだけ。
ホマホマを知ればきっと、お話できる。誤解は解ける。そう思って、話をしようと試みました。
けれどそれは、適いませんでした。

掃除機のホースの、そのさきっぽの口みたいな場所から、家みたいに大きな炎が飛び出してきました。
ツンへと向けられたその炎は、容赦なくツンの身体を燃やしていきます。
皮膚が剥がれ、肉が焦げ、ホマホマがそれを元へ戻すより早く、ツンの身体は小さな、
小さな小さな炭の塊へと化していきました。もう、維持できませんでした。
それでもツンは、怖くなんかありません。

そして事切れるその直前、裏山見上げて燃え終えツンは、心穏やかに祈りました。
最後の最後のその最後まで、心穏やかに祈りました。


ブーン。後は、お願いよ――――。


.

68 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:38:07 ID:X1XrWvU60
               ミ☆

島が、燃えていました。生まれ育ったしたらば島が、思い出深い生まれ故郷が、見渡す限りに燃えていました。
どうして。ショボンはつぶやきます。どうして。答えをもとめてつぶやきます。どうして。帰らぬ答えを求めます。
どうして、どうして、どうして――。

どうしてなのさ、シャキンおじさん。



(;´ ω `)「どうして!」

ショボンは叫びます。

(;´ ω `)「どうして止めてくれなかったの!」

友だちだったものの残骸を前に、ショボンは叫びます。

(;´ ω `)「どうしてツンを殺したの!」

もはやツンとわからないその炭を掻き寄せ、ショボンは叫びます。

(;´・ω・`)「おじさん!!」

大好きなおじさんに、叫びます。

でも、おじさんは。おじさんは、答えてはくれませんでした。
答えずに、これまでに一度だって見たことのない冷たい目で、ショボンを見下ろしました。
それは、ショボンの知っているおじさんではありませんでした。そして――次の瞬間、視界が奪われました。
何かを頭に被せられ、拘束されて、波音の聞こえる場所に閉じ込められました。

どうしてさ。どうしてツンが、あんな目に。ショボンはただ、友だちを守りたかっただけです。
誰よりも信頼できるおじさん。ぼくのヒーロー。おじさんならきっと、
ホマホマをどうすればいいか教えてくれるはず。なんとかしてくれるはず。
そう思って、ショボンはおじさんをホマホマの下へ案内しようと思って、本当に、それだけのつもりだったのです。

触手を生やしたツン。そのツンを、容赦なく銃で攻撃したガスマスクの人たち。
火炎放射器で、燃やし尽くした人たち。――おじさんの、命令に従った人たち。

ツン。ごめん、ツン。ぼくのせいだ。ぼくが、おじさんを信じたから。
約束を破って、おじさんに話してしまったから。きみがあんな目にあったのは、ぼくのせいだ。
ごめん、ツン。ごめん、ごめんなさい――。

69 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:38:38 ID:X1XrWvU60



泣いてばかり、いられませんでした。ブーン。それに、ホマホマ。
もしかしたらおじさんは、二人のこともツンとおなじようにするつもりかもしれません。
それだけは防がなければなりませんでした。だって二人は、ブーンは、それに、ホマホマも――友だち、なのだから。
頼れる人は、誰もいませんでした。あのおじさんが、裏切ったのです。
ドクオの仲間も、大人も、先生もおとうさんもおかあさんも、信用できません。だから、だから――。

ショボンを戒める拘束は、思いの外簡単に外れました。
閉じ込められていると思った部屋にも、鍵はかかっていません。外へ出ます。
ショボンは波止場の船にいました。船の上から、島を見ました。島は、燃えていました。
熱に煽られ、流れる涙が蒸発します。いつまでも留まってはいられませんでした、

燃える島を、ショボンは走ります。島で唯一の駄菓子屋。子どもだけで集った空き地。
毎日通った学校。それらが燃え崩れていくさまを横目に、ショボンは駆け続けました。
一目散に駆け続けました。裏山へ。ホマホマのいる、裏山へ。おじさんには、場所までは教えていません。
全力で走れば、きっとおじさんよりも早くに着けるはず。ううん、違う。おじさんより早く、着くんだ。
着かなきゃいけないんだ。それで――ぼくが、守るんだ。

ホマホマを、それにブーンを、守るんだ。ぼくが二人を、守るんだ!



(´・ω・`)「これって……」

ホマホマがいるはずのその場所。
前のホマホマを埋めたその洞穴のあった場所には、奇妙で大きい卵型の物体が、
仄かに明滅を繰り返していました。ショボンはそれに、おそるおそると触れてみます。
とくん、とくんと、脈動を感じました。暖かさを感じました。どうやらこれは、生きているものみたいでした。

(´・ω・`)「ブーン。きみも、そこにいるの……?」

自分でも不思議と思いながら、ショボンにはそう感じられました。ブーンはここにいる。この中にいる。
そして――これは、ホマホマだ。なにがなんだか理解がもう追いつかないけれど、とにかくこれは、ホマホマなんだ。
問題は、これをどうやって隠すか――。

(` ω ´)「信じていたよ、ショボン」

70 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:39:06 ID:X1XrWvU60
背筋が、凍りつきました。背中に投げかけられたのは、ショボンのよく知るその声。

(`・ω・´)「お前は友だちを見捨てるような子じゃないって、おじさんは信じてた」

(;´・ω・`)「……おじさん」

(`・ω・´)「ツンくんのことは偶然だった。まさかお前に案内してもらっている途中で、
     “感染者”に遭遇するとは。おかげでずいぶんと遠回りしてしまった」

瞬間的に、ショボンは思い至りました。自分の拘束が、いやに甘かったこと。
扉に施錠もせず、簡単に船から出られたこと。全部、仕組まれたことだったのです。
ホマホマの正確な位置を知らないおじさんがショボンに自ら案内させるための、その手段として。
ぼくは、尾行されていたんだ。ショボンはそれを、理解してしまいました。

おじさんはガスマスクを装着していました。
おじさんの周りにいる人たちも、同じようにガスマスクを装着していました。
ガスマスクを装着した彼らが、抱えた機関銃を背後の卵に――ホマホマに向けます。
ショボンは自分を盾として、ホマホマの前に立ちました。

守るんだ。ぼくが、守るんだ。

71 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:39:33 ID:X1XrWvU60
(`・ω・´)「……ショボン、以前話したね。異なる環境からやってきた外来種が、
     元々そこで暮らしていた在来種を絶滅させてしまった話を」

覚えはもちろんありました。でも、ショボンは答えません。
いつかのブーンみたいに両手を広げ、背中のホマホマを守ります。

(`・ω・´)「彼らも同じなんだ。彼らもまた、この地球の外から来た外来種。星の海を泳ぎ渡る、一粒の流れ星なんだよ」

流れ星。夏休みが始まったその日、祈りを捧げたあの光。なんだかもう、遠い昔のことのように思えます。

(`・ω・´)「彼らが地球へ訪れたのは今回が初めてではなくてね。
     以前はアフリカの小国で、その時は周辺諸国諸共焼き尽くさない限りどうしようもない事態にまで発展してしまった。
     おじさんはそうした悲劇が二度と起きることのないよう、世界中を飛び回っているんだ」

空振りばかりで、タダ飯ぐらいだなんて揶揄されてきたがね。
いつもの様子とは打って変わって、どこか陰のある様子でおじさんがわらいます。
それを見て、ショボンの胸がずきんと痛みました。

(`・ω・´)「お前が彼を――そのホマホマを大事に思っていることは、その態度を見れば判るよ。
     だがねショボン、残念なことだが――」

ガスマスクの群れが、じりっと包囲を狭めます。

(`・ω・´)「人類にはまだ、ホマホマと暮らす準備が整っていないんだ」

じりじりと、じりじりと包囲は狭まります。手を伸ばせばもう、届きそうな位置にまで。
もう、どうしようもないのかもしれない。弱気の心が顔を覗かせます。逃げたい気持ちが、背中を突きます。
でも、でも――逃げない。逃げてばかりのぼくだけど、今日だけは、いまだけは、逃げない。

72 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:40:05 ID:X1XrWvU60
(´ ω `)「……感染者って、いったよね」

絶対に。

(´・ω・`)「ぼくもツンと同じくらい、長い間ホマホマと一緒にいたんだよ。だから、ぼくもおんなじだ。
 きっと、“感染”してる。おじさん、わかるよね。ぼくも、ツンも、ホマホマも、もう、おんなじなんだ。
 だからもしも、もしもほんとにホマホマを殺したいっていうのなら――」

逃げない。

(#´・ω・`)「ぼくのことだって、おんなじように殺してみせろ!」

(` ω ´)「ショボン――」

ガスマスク越しに、おじさんの顔が見えました。あっ、と、ショボンは声を漏らします。
だってその顔は、物心ついた時から憧れ続けたおじさんの、豪快なわらいが聞こえてきそうなあの顔で――。

(`・ω・´)「お前の言うとおりだ」


ああ、おじさん。おじさんあのね。
ぼく、おじさんみたいになりたかったんだ――――。


.

73 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:40:41 ID:X1XrWvU60
               ミ☆

「隊長。爆破の準備、整いました」

(` ω ´)「……ああ」

部下の言葉に返事をし、シャキンは額に穴の空いた甥っ子の頭を撫でました。
臆病で、泣き虫で、けれどほんとは勇敢な、たった一人の私の甥っ子。自分を慕い、憧れの視線を投げかけ、
帰ると言えば悲しんで、会うと言えばぴょんぴょこ飛び跳ね喜んでくれた男の子。かわいいかわいい、俺のショボン。

だれが好き好んで、撃つことなどできましょう。それでも撃たねばなりませんでした。
妨害しようというのなら、感染疑いがあるのなら、誰であろうと区別なく、適切に処理しなければなりません。
そこに私心は、挟みません。

もはや二度と目を覚ますことのない甥っ子に向かい、シャキンはつぶやきます。
判ってくれとは言わないよ。けれどお前が友だちを守ろうとしたように、おじさんも人類を守りたいんだ。
だから――おじさんは最後まで、ショボンの尊敬してくれたおじさんで居続けるからな。

「隊長、そろそろ」

(`・ω・´)「……わかっている」

促され、シャキンは爆薬の起爆を指示します。目標は当然、“ホマホマ”。
宇宙から飛来した、厄災の星。これ一つを駆除するために、少なくない犠牲を支払わされました。
したらば島はもう、人の住む島としては機能しないでしょう。

大勢の建物が、そして人が、自分たちの放った火炎によって焼却されていきました。
それは間違いなく痛ましい、虐殺と呼んで差し支えのない唾棄すべき行いです。
それでも、まだこれで済んでよかった。以前の規模を考えれば、十分に被害を抑えられたと言うことができました。
現場が絶海の孤島であったことも、運がよかったといえました。

そう、運が良かった。
そう思わなければ、とてもでないがやりきれないと、シャキンは思いました。
けれど同時に、こうも考えてしまいます。

もしも、もしもショボンがこの生き物を、見つけたその時に教えてくれていたならば。
そうでなくともせめて、せめて異常に気づいたその時にでも教えてくれていたならば。
そうすれば結果はもっと、違っていたかも知れない――。

……いや、よそう。もしもをいくら考えようと、喪われたものはもどってこない。
人は、生命は、悲しいほどに不可逆なものなのだから。
今はただ、これを食い止められたという事実だけを受け止めよう。
そうだ、これを破壊することで悪夢にも一先ずの終止符を打つことができるのだ。だから――見届けよう。

74 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:41:08 ID:X1XrWvU60
そして――設置された爆薬がホマホマの卵を吹き飛ばしました。
それはこの地球上から、跡形もなく消え去ります。

……終わった。ガスマスクの内側で、深く息を吐き出します。部下の間にも、弛緩した空気が漂いました。
彼らにとっても、気の進む任務ではなかったでしょう。存分に労ってやらねばならない。
この島から離れたら、たっぷりと――。

「待ってください……これは、そんな!」

部下の一人が、何かに驚いていました。どうした。周りが声をかけます。
驚いた様子の部下は、“ホマホマ”のあった場所をしきりに指差し、叫びました。

「こいつ、中になにも――」

とつぜん、地面が大きく揺れました。立っていることすら困難な、大きな地震。
なんだいったい、こんな時に。姿勢を低くして、シャキンは地震が治まるのを待ちます。
しかし地震は治まることなく、どころか一層激しさを増し、そして――“それ”が、飛び出しました。

「隊長!!」

何かが――巨大すぎて全貌を把握できない何かが、地面を突き破って飛び出しました。
大地が裂け、何人かの部下が呑み込まれ落下します。ショボンの遺体が落下します。
シャキンは思わず手を伸ばし、けれどその手は届きませんでした。
ショボンの遺体は暗い暗い、見通すことも適わぬ地の底へと真っ逆さまに落ちていってしまいました。

なにが、いったい何が起こっているんだ。
とにかく被害を抑えるため、シャキンは部下に呼びかけようと辺りを見回し――
そこで、見てしまいました。島中を埋め尽くすように暴れまわる、無数の触手の塊を。

バカな……まさか、すでにここまで。

75 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:41:34 ID:X1XrWvU60
「……隊長」

部下の一人が、静かに呼びかけてきました。シャキンが振り向きます。
その部下は破れたマスクを自ら外し、隠されたその表を晒します。
部下の顔からは、大小様々な触手が伸びかけていました。

「隊長。自分はこれまでのようです」

懐から取り出した拳銃を口に咥え、引き金を引きます。部下は倒れ、触手の成長も止まります。
その間も地面からは極大のそれ――“ホマホマ”の触手が地を割りその数を更に増やし、
呑まれ、跳ねられ、突き飛ばされ、次々と部下が犠牲になっていきます。
行き場を失った部下が、シャキンの側に寄って叫びます。隊長、隊長、隊長。

決断の時が、迫っていました。この“ホマホマ”は、もはや通常兵器で太刀打ちできる相手ではありません。
そしてこのまま放置すれば、その被害規模はどこまで膨れ上がることか。
いまここで、決定的な手を打たねばなりませんでした。
決定的な手を、シャキンはその手に有していました。しかし、それを行うということは――。

部下の一人が、背中をぶつけてきました。

「隊長、覚悟はできてます」

別の部下が、銃で触手を牽制します。

「人類の礎になれるんです。本望ですよ」

生き残った部下が、触手の群れと戦っています。誰一人、唯の一人も逃げ出さず。
自らを犠牲とすることも厭わずに。彼らはまだ、諦めてはいませんでした。人類の、その存続を。

そうです、シャキンは既に、決意していたのです。
ショボンを殺したこの手で、何が何でも人類を守ると。そう決意していたはずです。
その為ならば、何を犠牲にしても構わないと。

76 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:42:03 ID:X1XrWvU60
(`・ω・´)「……核の発射を要請する」

部下のすべてが、了解の意を示しました。
シャキンは携帯型送信デバイスを取り出し、キーの解除に取り掛かります。
網膜認証――OK。音声認証――OK。指紋認証――OK。
残すはパスコードの入力。一六桁の、不作為に決定されたランダムな文字列。当然頭に入っています。

躊躇うことなくシャキンは次々、該当する文字や数字を入力していきました。
三桁目、四桁目、五桁目――八桁目、九桁目、一〇桁目。
完了は目前――という、その時です。


シャキンの右肩から先が、吹き飛びました。


(* ∀ )「そうだ、そうだよ、簡単なことだったんだ!」

“ホマホマ”の仕業ではありませんでした。明らかにそれは、銃撃による負傷。
この場にいる何者かが、シャキンを撃ったのです。
そしてその銃撃は更に、シャキンの胸部と腹部とを貫通しました。

(* ∀ )「味方が欲しいなら、味方になればよかったんだ。簡単なことだ、簡単なことじゃないか!
 ねえ、そうだよね、そうだと言って、ねえ――」

犯人は、すぐに見つかりました。
黒く乾いた血痕を衣服に付着させ、涙とよだれとを垂れ流しにしてわらう男。見覚えのある、その顔。
工場事故の一件を境に、したらば島民に気狂いの烙印を押された二人のうちの一人――。


(* ;∀;)「ブゥゥゥーン!!」


ブーンの、おとうさん。

77 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:42:27 ID:X1XrWvU60
男は、叫び声を上げると同時に事切れました。
シャキンの部下が撃ち返し、急所に当たって即死したのです。
彼がなぜこのような愚行に出たのか、本当に狂ってしまっていたのか――
その答えを暴く機会は、永遠に失われました。
しかしそれを嘆いている余裕など、いまのシャキンにあるはずもなく。

経験的に、理解できました。自分の生命はもはや、もって一〇分程度だと。
そのこと自体に、惜しい気持ちはありません。いずれにせよ、ここで果てるつもりだったのですから。
ですがその前に、死ぬ前に、成すべきことを成さねばなりません。入力途中のパスコード。
その入力を完遂し、人類の英知をこの島へと叩き込まなければなりません。

「隊長!」

吹き飛んだ腕に握られたデバイスを、部下が運んできてくれました。
幸いなことに、デバイスは無傷のままです。これならば、何の問題もありません。
残り、六桁。かすむ視界に朦朧としつつ、シャキンは残った左手で入力を続けます。

途中、右腕とデバイスを固定してくれていた部下が触手にやられました。
シャキンは這いずり、右腕をくわえ、引き寄せます。そして、そして――
入力を終え、押しました。要請の完了を告げる、送信のボタンを。

もはやもう、シャキンにできることはありません。後はただ、待つしかありませんでした。
気づけば周りには生者はおらず、辺りには部下やシャキンを撃った男の死骸が転がっています。
痛ましい光景でした。けれどシャキンに、後悔はありませんでした。
勇敢に戦い散った部下のみなを、何よりの誇りに思いました。誇りを胸に、その場に転がりました。

仰向けの身体が、勝手に動きました。内側から何かが暴れているのがわかります。
それは出口を探し求め、そしてついに、その場所を見つけ出しました。
欠損した右肩の断面から、淡い光を発する触手が飛び出しました。感染です。
傷口から感染ったのか――そうではないと、シャキンは気づきます。

周囲の死体が立ち上がっていました。そのどれもが、シャキンのそれと同じ触手を生やしています。
そしてその中には、完全防備のままに操られている者も数名見当たりました。

そうか。もはや、マスクも用を為さないということか――。

78 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:42:55 ID:X1XrWvU60
シャキンはマスクを剥ぎ取ります。そして解き放たれたその空間で、生の空気を吸い込みます。
不思議なことにそれは、普段のしたらば島のそれより清らかで、澄み渡っているように感じられました。
もしかしたらそれは彼の――“ホマホマ”の存在によるのかもしれない。シャキンはそのように思います。

人類の存続を脅かす、宇宙より訪れた悪魔。
ですがシャキンは、それ自体を憎んでいるわけではありませんでした。
神秘的で、数多の謎に満ちた生命体。もしも共存が可能であるならば、
これほど知的好奇心を刺激される存在など他にはありません。

もう間もなく、核はこのしたらば島を消し去ることでしょう。それは即ち、“ホマホマ”の消滅も意味します。
それを惜しいと思う気持ちがどこかに、そして確かにシャキンにはありました。
もし彼らと友好的な関係を築けるならば、それはどんなに素晴らしいことか。
けれど、どうしようもないのです。ショボンにも言った通り、人類にはまだ、その準備が整っていないのだから――。

大地が一際大きくゆれました。まるで“ホマホマ”が、自身の最後を予見したかのように。
すまない。だが、諦めてくれ。届くことは期待せずに、シャキンはつぶやきました。
大地がまた、大きくゆれました。そのゆれは留まることを知らず、
更に大きく、更に大きく、更に大きくなっていきます。

それはもはや、いままでの事態を超える異常事態でした。何かが起こる。
もはや身じろぎもできなくなったシャキンにもそれは直感的に感じ取れました。
だが、いったい何を。シャキンが困惑する間も振動は巨大化し、山を揺らし、島を揺らし、そして、そして――。

「……ああ」



“それ”が、空へと、舞い上がりました。



かすれた視界のうちにもシャキンはそれを捉えました。
はっきりとそれを、捉えました。そして思ったのです。
それを見上げてシャキンは、そう、思ったのです。


美しい――――。


それが、シャキンの最後の感情でした。シャキンの意識は途切れます。
“それ”が飛び立った直後、“それ”と交錯するように飛来してきたミサイルが、
目標を逸したしたらば島を直撃したことによって――。


.

79 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:43:25 ID:X1XrWvU60
               ミ☆

空、空、お空!
星と海のその間、どこまでだっていける場所。どこへだってつながる場所!
遮るもののないお空を舞って、ブーンは興奮し通しでした。

ホマホマの目で、ホマホマの翼で、ホマホマの触手で、ブーンはお空を感じます。
ホマホマとひとつになってお空の風に、ブーンはびゅうっと乗っかります。
ああ、なんて心地。なんて幸せ。これが空を飛ぶってこと。これが自由ってこと。
どこへでも、どこまででも行っていいってこと――!

だけど、ちょっぴり不安もありました。
だってここにはブーン<ホマホマ>だけで、ホマホマ<ブーン>だけで、他には誰もいないのです。
ブーン一人で、どこまでいけるものかしら。ずっと一人で、飛べるのかしら。
それは心細くもなるというものです。

でも、そんな心配なんて、ぜんぜんいらないことでした。

ξ ー )ξ『バカね、あんた一人に任せるわけないでしょ』

(´ ω `)『そうだよブーン。ぼくたちみんなでホマホマを見る……でしょ?』

光の粒が、人の形を描きます。ブーンもよく知るその二人。
夏休みの間中、仲良くホマホマを見てきた友だち。間違いようがありません。
ショボンにツン。二人はここに、生きていました。生まれ変わって二人もここに、ちゃんと一緒にいてくれました。
絶対に離れないこの場所で、絶対に離れないよと一緒にいてくれました。
怖いものなんてもうなにも、どんなとこにもありはしません。

(´・ω・`)『ねえ、どこまで行こうか?」

ξ゚ー゚)ξ『決まってるじゃない。ね、ブーン?』

ブーンの隣で、二人が楽しげにわらいます。ブーンもわらいます。
だってだって、うれしくって楽しくって仕方がないんだもの。どこへ行こう、どこまで行こう。
それはもちろん、決まっていました。
ブーン<ホマホマ>はホマホマ<ブーン>の触手の翼を、大きくお空に広げました。


翼の側で、何かが爆発しました。


(´・ω・`)『戦闘機だ!』

ショボンが指差し、叫びます。そこには鋭角的なフォルムの戦闘機が、二つ並んで飛んでいました。
戦闘機が、ばららばららと、機銃でホマホマ<ブーン>を撃ってきます。
更には底面に備えたミサイルを、ばしゅうと勢いよく発射してきました。
ミサイルは物凄いスピードで、一直線にホマホマ<ブーン>へと向かってきます。

80 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:43:50 ID:X1XrWvU60
( A )『あんなもん、びびることないぜ』

ショボンともツンとも異なる声が、ブーン<ホマホマ>のすぐ側から聞こえてきました。
それと同時にホマホマ<ブーン>から、光る粒が大量に吹き出します。
吹き出した光る粒は雪のようにゆっくりと、ゆっくりと下降していきます。
そのゆっくりとした動きの粒が、直線的に進むミサイルへとぺたぺた付着していきました。
するとどうでしょう。あんなにもすさまじい速度で飛んでいたミサイルが、勢い失い落下していったのです。

二機の戦闘機も同様でした。
戦闘機もミサイルと同じようにぺたぺた光の粒に全身包まれ、海の上へと落ちていきました。
それでもう、おしまいでした。ブーン<ホマホマ>たちを遮るものは、どこにもありませんでした。

('A`)『まったくよ。危なっかしくて見てられねえぜ』

さっきとおんなじその声が、またまたブーン<ホマホマ>を呼びました。
間違いありません。そこにいるのは――ドクオ。ホマホマに溶かされてしまったはずの、あのドクオです。
ドクオがいました。ドクオがいました。その事実にブーン<ホマホマ>はほんとにうれしくって、
ホマホマ<ブーン>の巨大な身体を操り、空中をぐるぐるとぐるぐると飛び回ります。
そんなブーン<ホマホマ>にドクオが『へっ』と、そっぽを向きます。

('A`)『お前らだけじゃどうにも心配だ。仕方ねえから、俺も付いてってやるよ』

明後日向いてドクオは一人、そんなことを言っています。
だけれどドクオのそんな言葉に、くすくすくすっとツンがわらって、意地悪っぽく言いました。

ξ゚ー゚)ξ『あらあらどうしてそんなこと。頼んでなんかいないけど?』

(´・ω・`)『こんなになってもドクオはまだまだ、天の邪鬼のままなんだから』

('A`)『あ? んだと』

(´・ω・`)『ふふ、怖くなんかないよ。ぼくらはだって、ホマホマなんだから』

ξ゚ー゚)ξ『そうよドクオ、あたしたちはもうホマホマ。でもそれだからこそ、正しくなろうとがんばるの』

(´・ω・`)『きちんとはっきり言葉にしてさ』

ξ゚ー゚)ξ『あんたの気持ちを、伝えなさいな』

81 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:44:18 ID:X1XrWvU60
二人に散々やり込められて、ドクオはもう、言い返せません。
言い返せるはずがなかったのです。だってドクオの本心は、言葉とぜんぜん違うのですから。
ドクオはぺたりと、ブーン<ホマホマ>に触れます。

('A`)『あ、あのさ、ブーン。その……』

つっかえつっかえ、ドクオは言います。

( A )『俺たちそのさ、またさ、そのさ、昔、みたいにさ、なれる……かな』

とくとくとくとく、鼓動伝えて。

( A )『ねえ。ぶ、ぶ、ぶ……ぶんちゃん』

空色りぼんを、風になびかせ。

('A`)『俺ともっかい、友だちになってください』



うん、どっくん!



ホマホマ<ブーン>が、もう待ちきれないって鳴きました。
水平線の向こうから、目の眩む明日がまあるい頭を覗かせました。
夜明けです。日の昇るこの世界を、みんなはびゅうんと飛びました。
みんなで一緒に飛びました。世界中に光の粒を、ホマホマの光を届けるために。
まっしろまくらが地上のみんなを、ふんわりやさしく包んでいきます。

怖いのなんて、ありません。怒ったりなんかも、ありません。
みんなみんな、生まれ変わっていくのです。みんなみんな、やさしく生まれ変わるのです。
そうです、だってホマホマ<ブーン・ショボン・ツン・ドクオ>は――――。


.

82 ◆wQhshzUdxA:2021/10/17(日) 00:44:45 ID:X1XrWvU60
               ミ☆

きらりぼくらは流れ星!
きらめく尻尾に流るる光。陽を背に駆けるその瞬きを、見上げて人は思います。
大きな光。きれいな流星。ちょっぴり不気味で、とっても不思議。
それは多くの地上の人が、誰からともなく祈ります。
神秘的なその輝きに、神様みたいな光の筋に、思い思いに願います。
とても私的で、とても大事な、数え切れない唯一無二の願いごと。

勇気を秘めた男の子は、みんなと一緒に祈ります。
どうかどうか、生き物にやさしいぼくでいられますように。

本当の正しさを知った女の子は、みんなと一緒に祈ります。
どうかどうか、間違いにやさしいあたしでいられますように。

素直さを取り戻した男の子は、みんなと一緒に祈ります。
どうかどうか、友だちにやさしい俺でいられますように。

どうか、どうか。どうか、どうか。

もちろんブーンも祈ります。
愛する小鳥とお空を飛んで、みんなと一緒に祈ります。
どうかどうか、ショボンの祈りが届きますように。
どうかどうか、ツンの祈りが届きますように。
どうかどうか、どっくんの祈りが届きますように。

欲張りブーンはみっつも祈って、だけど足りないことに気づきます。
一番大事な願いごと。なにより忘れちゃいけないそのこと。
特別なおまじないを唱えてブーンは、お空の光に祈ります。

ほまいに ほまいに まるたすにむす
ほまいに ほまいに まるたすにむす

どうかどうか、お星さま――やさしい世界に、なりますように!




                                 おわり

83名無しさん:2021/10/17(日) 01:10:52 ID:VmsdYuQk0
可愛くって可哀想でたまらんわ…
リボンが似合うどっくんいいですね

84名無しさん:2021/10/17(日) 01:41:58 ID:8yxwVjAk0
乙ん
ほまほまヤバすぎる

85名無しさん:2021/10/17(日) 10:31:52 ID:vATsiuZk0


86名無しさん:2021/10/17(日) 13:32:41 ID:L/PV0Mfo0

救済系の鬱だぁ…

87名無しさん:2021/10/20(水) 22:49:21 ID:V.7Zoac60
怖すぎるのになんて爽やかな読後感…

88名無しさん:2021/10/22(金) 05:07:43 ID:3haaSHac0
乙!ハッピーエンドだな!

89名無しさん:2021/10/25(月) 13:07:57 ID:ulhJpx860

こんなにふんわりとした可愛らしい世界観でしっかりしんどいってすごい

90名無しさん:2021/10/25(月) 22:25:24 ID:P1Ze43q20
おつ
すごいものを見た……

91名無しさん:2021/10/26(火) 09:45:54 ID:8KABbvNY0
「人類にはまだ、ホマホマと暮らす準備が整っていないんだ」の言葉でシャキンの優しさが伝わった
映画観た後みたいな満足感ある話だった…乙

92名無しさん:2021/10/27(水) 14:42:57 ID:5cHKu2i20
最終的にどこに感情を着地させたらいいのかが分からない…すごい話だった…

93名無しさん:2021/10/28(木) 15:49:30 ID:AX8SBd2Q0
いやあ、ハッピーエンドでしたねぇ

94名無しさん:2021/11/06(土) 12:27:45 ID:b4Vm4FwM0
大きくなっても毛布を抱きしめているホマホマが可愛すぎる

95名無しさん:2021/11/14(日) 19:39:05 ID:ESn8sOXo0
ドクオとブーンの友情がよかった。
夏の子供映画のようなお話をありがとう、映画化したらぜひ見たい

('A`)
https://downloadx.getuploader.com/g/3%7Cboonnews/207/ほまいに.jpg


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板