「この世で最も重い罪」のようです - 1634319214

1： ◆EMFZk5wEk.：2021/10/16(土) 02:33:34 ID:pMqxR3U60: 　【　】

最も不愉快な悪事とはなんだろうか。

刑法上「日本国で最も重い罪」はある。

「外患誘致罪」という名のそれは、外国と共謀して日本へ武力を行使させる行為を指す。
現時点でこの罪を問われた者は存在しないそうだが、容疑が確定してしまえば問答無用で「死刑」なのだという。
一方で、殺人罪は「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」であり、言い方は悪いが情状酌量の余地があるように思える。

犯罪としての規模の違いから見ても当然の事ではあろうが、伺った見方をすれば少なくとも、日本においては「国」という枠組を害する事は殺人よりもよほど罪深いのであろう。

合法的、倫理的であるか否かはさておき、個よりも全体を、言い換えれば「個人」よりも「組織の保守」こそを優先するというのは決して珍しい事ではない。
与党内の重要ポストに位置する大物政治家の秘書があらゆる責任を抱え込み、蜥蜴の尻尾のように切り捨てられ、首を吊るようなものだとも言える。

そして、その「組織の保守」における正当性とは「組織の大多数」の主張であるともいえる。
少なくとも、僕はそのように思っている。

「学校というものは社会の縮図なのだ」と誰かが言っていた。
しがない一人の学生に過ぎない僕は、全くもってその通りだと思った。
2： ◆EMFZk5wEk.：2021/10/16(土) 02:34:25 ID:pMqxR3U60: ――――――――――――――――――――

　【一】

年季の入った引き戸が重々しく開かれる。
生徒の視線はその一点に集中し、静まり返っている。
担任である朝日は「39名」からの視線を受け、神妙な面持ちで教室内を見渡すと、少し間を置いてから朝の挨拶を告げた。

（-@∀@）　……おはよう

誰も返事をしない。
室内は重く静まり、数名の女子がこれ見よがしに鼻をすする音が空々しい。

朝からずっとこの調子である。
とにかく嫌な空気だった。

朝日は僅かに肩を落として見せ、俯きながら教卓へ進む。
普段であれば手に持った黒表紙を机上へ置き、気怠げに出欠を取るのだが、今日に限ってはそうではなかった。
「そうしたくなかった」のだろう。
3： ◆EMFZk5wEk.：2021/10/16(土) 02:35:12 ID:pMqxR3U60: （-@∀@）　……みんな、既に知っているだろうが

前置き。
もはや意味はない。
相変わらず女子が鼻をすすっている。

僕はというと、正直冷めきっていた。
悲しみや同情のような感情は初めから無く、この気持ちの悪い空気に対する苛立ちが募るばかりであった。

（-@∀@）　昨日の夜……

朝日が言い淀む。
俯き、眉間に皺が寄る。
下手な芝居のようにも見えたが、それは僕が斜に構えているせいだろう。

（-@∀@）　……昨日の夜。高岡が、亡くなったそうだ

教室内が更に静まり返る。

呼吸音にすら気を遣うような、そんな寒々しさに、啜り泣く声も止む。

亡くなった“そうだ”と、朝日は言った。
無意識に、この厄介ごとから距離を置きたいと願っているのかもしれない。

だが同時に、無理もないな、と思った。
僕が朝日の立場だったら、今、この場で退職していたかもしれない。
4： ◆EMFZk5wEk.：2021/10/16(土) 02:36:06 ID:pMqxR3U60: しかし教師というのは僕の想像よりも遥かに強かで、逞しい生き物なのかもしれない。
朝日はやや言いづらそうにしながらも、生徒達を真っ直ぐ見据えてこう言った。

（-@∀@）　……色々な噂が流れている事は、私も知っている。しかし、あまり大っぴらに口外してはいけない

要するに、「下手な事を言うな」と、念を押しているのだろう。
「噂」とは名ばかりで、これはもはや周知の事実である。
「高岡ハインが昨晩首を吊って自殺した」というのは、既にクラス内の、或いは学年内の全ての生徒の知る所であった。

（-@∀@）　今の時点では正式に分かっている訳ではないし、それに好き勝手に憶測で噂する事を、まずは高岡に悪いと思うべきだ

何を持って「正式」とするのか。
警察が発表する事を「公式」とするのであろうと、既に「高岡ハインが死亡した」という事実は、事実だ。

である以上、朝日の言う「高岡に悪い」とする「それ」こそ、好き勝手な憶測だろうと思ったが、だが、同時に間違いではないな、と思った。
5： ◆EMFZk5wEk.：2021/10/16(土) 02:36:46 ID:pMqxR3U60: そこでふと、僕は一人の生徒の様子が気になった。
ゴシップ誌を読むのと同じような、低俗な興味である。
僕は本人に気付かれぬよう密かに、横目に振り返る。

　 _
(　ﾟ'　　)

見れば、クラスメイトの長岡が、ありったけの怒りを込めるようにして朝日を睨みつけていた。
不憫にも周囲の生徒は完全に青ざめ、息を潜めている。

何故彼がそこまで怒りを表出しているのかといえば、恐らく、彼は高岡と「深い関係」にあったから――なのだと思う。
少なくとも、彼はこのクラスおいて高岡ハインという存在とは最も、いや。唯一、親密であった。

今朝、彼が登校してきた時の事を思い出す。
ＨＲ直前、高岡に関する噂で混み合う教室内に踏み入ってきた時、既にどれだけの時間泣き腫らしていたのだろうか。
彼の目は血の色だった。
6： ◆EMFZk5wEk.：2021/10/16(土) 02:37:34 ID:pMqxR3U60: 気まずい空気が漂い、すぐに長岡の席まで人混みが割れた。
表現に悪意を込めるとすれば、さながら、モーゼの奇跡だった。

それからＨＲが始まるまでは静かなものだった。
鼻をすする音は、恐らく少なからず彼への憐憫も含んでいたのではないだろうか。

――――――――――――――――――――

　【ニ】

結局、この日は午前中で学校が終わり、その夜には緊急での保護者会が開かれた。

全校集会ではまず、高岡へと全校生徒による黙禱が捧げられた。
僕は目を開けるタイミングが分からなくなり、薄目で周囲の様子を伺っていると、校長が深いため息をついているのが見えた。

黙祷の後、校長が暗い声色で何かを話していたが、記憶に残っていない。
教師陣の列では目元を拭う女性教師と男性教師が、揃って沈痛な面持ちで居心地が悪そうに足元を見ていた。
高岡の事を知らない、倫理観に著しく欠ける一部の生徒は小さな声でどのような誰が死んだのかを囁き合っており、また、それを咎める事の出来る者は誰も居なかった。
7： ◆EMFZk5wEk.：2021/10/16(土) 02:38:28 ID:pMqxR3U60: そんな中、ただ独り、長岡だけが硬い表情で奥歯を噛んでいるのが見えた。
とても哀れだ、と思った。

その後、昼前には急遽帰宅する事になり、クラスメイトは誰も口には出さないが安堵していたように思えた。
特に長岡の周囲の生徒にしてみれば救いそのものであった事だろう。

事実、僕としてもあの教室で一日を過ごさずに済み、内心ほっとしていた。

僕はもう長岡の事は見ないようにしていたので、彼がどんな顔をしていたのかは知らない。
どうせ怒りを示す事に必死だったのだろう。不快である。興味もなかった。

下校時、既に校門前にはカメラを持った数名のマスコミ関係者がいたが、教師が撮影を控えるように言い、小さな騒ぎになっていた。
僕はとにかく顔を撮られぬよう、俯いて足速に通り過ぎるのであった。
8： ◆EMFZk5wEk.：2021/10/16(土) 02:39:02 ID:pMqxR3U60: 駅に着くと、当然ながら同校の生徒が多数見受けられた。
改札を抜けると、ホームで下級生の集団が今後の不安を囁き合いながら、目線を手元に落としスマホでゲームをしていた。

それを尻目に、僕はSNSで暇を潰しながら電車を待つ事にした。

アプリを開いてすぐ、トレンドワードに「自殺」の二文字が浮上していた。
流石に驚きつつ、そのワードで検索してみると案の定と言うべきか、高岡の自殺がネット記事でニュースになっていた。
残念な事に、学校名と写真までしっかりと書き出されており、僕は就職や進学を控えた三年生の事が本当に不憫でならなかった。

憂鬱な気分のまま家に帰り着く。
鍵を開けて室内へと入るが、両親は共働きなので、今の時間は誰も居ない。
普段から家に帰り着いた時に誰もいない事の方が多いのだが、時計の針は未だ2時を過ぎていない。
リビングから見える外の色は明るく、普段と違うそれに強い違和感を感じた。