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《よばい》のようです

1作者 ◆tC5OCB/ucI:2021/10/16(土) 00:12:02 ID:RGmrMqgE0
とあるスレッドをブーン系小説として再構成したものになります
本作品は特定の文化などに対する差別的な描写が存在しますが、元スレ>>1の表現を尊重し、そのままとさせて頂きます
ならびに実在の人物・団体・職種および地方を毀損する意図がないことを記します

元スレ
フリーターになって一年経つが話を聞いてくれないか
tps://jbbs.4taraba.net/bbs/read.cgi/internet/zatudan/37564

ミラーサイト
(準備中)

関連リンク
・ <<<<<</x0o0x_
 tps://youtu.be/afGvb_MZbXM
・ てんしょう しょうてんしょう/きくお
 tps://youtu.be/WhRBeW8IOgs

2デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:13:00 ID:RGmrMqgE0
立ったら書く

3デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:13:31 ID:RGmrMqgE0
立ってしまったか……。
じゃあ、書くんだけどさ。
正直気が進まない話なわけ。
でも一人でずっと持ち歩いてるのもよくないっていうかさ。
かといって、これ以上友達にも話せなくて。
ネットならいいかなって。
読みたい奴は俺に付き合えばいいし。
そうじゃない奴は、途中で抜ければいい。
だから俺がこの話をするのは、仕方ないことなんだ。
前置きでもしないと、思い出すのも正直怖いんだよ。
職場がブラックだったとか、そういう系じゃなくて。
――とりあえず、どこから話すかな。
やっぱ、ド田舎に引っ越すきっかけから話すべきかな。

きっかけは、実家が親戚に送った年賀状だった。
俺の実家は首都圏にあるんだけど。
母の従妹――つまり叔母さんが、例のド田舎に嫁いでたんだよね。
便宜上、ド田舎のことはAA町としよう。
電波も3Gすら入らないみたいな山奥で、
山菜採りに出かけた老人が、毎年遭難して山狩りする。
特産品は大豆とそれを使った醤油や味噌。あと漬物の類。
耳鼻科と内科を町医者が一軒あるだけ。
山を降りないと、まともに治療もできない。
月に一、二回の頻度でコンビニの移動販売が来る。
それでようやく、二週間分の週刊誌が買える。
そんな田舎に住んでる叔母さんだから、めったに会うこともない。
ただうちの母親が、年賀状に余計なことを漏らした。
『うちの息子が教員免許取りました』って書いてたらしくてさ。
そしたら叔母さんから、実家に電話がかかってきて。
曰く、めちゃくちゃ喜んでたらしい。
後々分かったけど、叔母さんは夫婦で教師やってたらしい。
今は義父がやってた不動産を、夫婦で継いだんだけど。
……だから最初は、親近感なのかなぁ、と思ってた。
しばらくしたら、豚の味噌漬けセットなんか送られてきて。
肉は美味かったけど、そん時に母がね。

J( 'ー`)し『叔母さんの息子は、あんなんだからねぇ』

なんて言うからさ、気になるじゃん。
今にして思えば聞かなきゃよかったと思ってるんだけどね。

4デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:14:10 ID:RGmrMqgE0
――叔母さんの息子は、めちゃくちゃ頭の出来が良かったらしくて。
二、三歳で漢字が読めるようになったとか、
小学校の入学式で先陣を任されるほどしっかりしてたとか。
ただ中学受験に失敗して、それっきり引きこもってしまったって。
時々部屋の中で暴れてるけど、かろうじて家族には手を出していない。
だから大ごとにもならず、叔母さんも気にしていないらしかった。
だから余計に、俺のこと可愛く見えちゃったんだろうね。
でも俺は叔母さんたちに会ったこともないわけで。

( "ゞ)(ちょっと重いよな〜……)

って味噌漬け食いながら、そう思ってたのよ。
それが、一昨年の正月の話。
さらに半年過ぎて、秋口に入る頃。
俺は、めちゃくちゃ凹んでた。
都内の正規教員を目指してたんだけど、どうにもうまくいかなかった。
周りはどんどん進路が決まっていくし、
大学でお世話になった先生には申し訳ない限りだし。
心底困ってたら、実家の固定電話に留守電が入ってた。
常なら電話を取る両親も、その日はたまたま用事でいなかった。
だから、何の気なしに留守電を再生した。
相手は、叔母さんからだった

( ‘∀‘)『もしもしデルタくぅん?
      わたしよ、AA町のガナー叔母さんよ。
      少し話したいことがあるから、折り返し待ってます』

まさかの名指しだった。

( "ゞ)(長い話だと嫌だなぁ)

とはいえ先延ばしも失礼だから、すぐ折り返した。
まさかの叔母さんは、ワンコールで出た。

5デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:14:39 ID:RGmrMqgE0
( ‘∀‘)『もしもし、デルタくぅん?』

( "ゞ)『あ、はい。関ヶ原です。いつもおせわn』

( ‘∀‘)『そんなかしこまらないで!
      親戚同士じゃない、リラ〜ックス』

( "ゞ)(押しが強い人だなあ)

( "ゞ)『……あの、要件って』

( ‘∀‘)『デルタくぅん、まだ赴任先決まってないって本当?』

( "ゞ)『……母から聞いたんですか?』

( ‘∀‘)『まぁね!』

( "ゞ)(やだなぁ。ご高説垂れられたら)

( ‘∀‘)『率直に聞くけど、こっちに来ない?』

詳しく聞くと、AA町の中学校で非常勤講師の募集があるという。
正味、ありがたい申し出だった。
公にはしなかったが、母も俺の将来を案じていたのだろう。
それで親戚に相談したと思ったら、両親を安心させたかった。
くわえて叔母さんは、こうも言ってくれた。

( ‘∀‘)『引っ越し先なら心配しなくていいわよ。
      空きはたくさんあるし、家賃も一万でいいから』

(;"ゞ)『えぇっ!?流石に悪いですよ』

( ‘∀‘)『最近、住む人がいないのよ。
      高齢者の一人暮らしばかりだし、
      最終的には麓の特養に行っちゃうから』

( "ゞ)(たしかに、それじゃあ商売にならんよな……)

( ‘∀‘)『敷金とか礼金も、別にいらないわ。
      空いてるだけで無駄になっちゃうからね。
      デルタくんが来てくれるなら、夫婦揃って歓迎するから!』

6デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:15:20 ID:RGmrMqgE0
そこまで言うならって感じで、採用面接を受けた。
すると話はとんとん拍子に進み、非常勤として雇われることになった。
一年ごとの契約更新になるとはいえ、両親は喜んでくれた。
友達は、あまりの田舎具合に「流刑だ」「島流し」って言ったけど。
でも叔母さんが紹介してくれた物件は、なかなかに良かった。
木造の平屋を一軒まるごと、貸してくれたのだ。
しかもエアコンやコンロなどの家電も、前の住人が置いたまま。
こちらから持っていくのは、服と布団くらいだった。
ほんと、今考えると上手く行き過ぎなんだよな。
……当時は気付かないまま、去年の二月にAA町へ転居した。
木造の小さな町役場で手続きをして。
その時、受付の人からこう呼ばれたんだ。

( ´∀`)『茂々田(ももだ)の関ヶ原さん』

茂々田っていうのは、俺の引っ越し先の町字名だ。

( "ゞ)(なんでわざわざ、苗字とセットで?)

そう思ったが、ここは町民課だ。
ひょっとすると、住所確認なのかもしれない。

( "ゞ)(田舎だから、個人情報保護とか考えないんだなぁ)

と、俺は納得してしまった。
某受信料の徴収に係る攻防や、ネット環境の整備については割愛する。
俺は、四月を迎えた。
ガチガチの状態で入学式に参加し、体育館で自己紹介をした。
全校生徒が百人前後でも、緊張はする。
思い返せば当時も、『茂々田の関ヶ原先生』として俺は紹介を受けた。

( "ゞ)(おいおい、俺の個人情報)

ほんのり気分を害しながら、自分のフルネームを口にする。
瞬間、体育館がシンと静まったんだ。

( "ゞ)(ウッワ怖〜)

針のむしろみたいな状態で、俺は頭を下げた記憶しか残っていない。
拍手は、まばらに送られていたような気がする。

7デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:15:43 ID:RGmrMqgE0
あくる日、俺は一年生の授業を受け持つことになった。
正式に教壇に立つのは初めてだったから、副担任も同席していた。
なおのこと俺は緊張しつつ、黒板の前に立った。
二十人前後いた生徒たちは、物珍しくこちらを見つめる。
こり固まった肩をほぐしつつ、俺は口を開く。

( "ゞ)『――皆さん、初めまして。
    授業を始める前に、お互い自己紹介をしましょう。
    皆さんも趣味や部活について、ぜひ教えてください』

そして一年生の名簿を手に取ったのだが、違和感を覚えた。
苗字と一緒に、町字名が添えられていたからだ。

( "ゞ)(集団下校の班決めに使うのかな?)

当時の俺は、本気でそう思っていた。
だから一番手前にいた生徒を、フルネームで呼んだんだ。
そうしたらシーンどころか、ズーンってしちゃって。
もうね、入学式の気まずさとは一線を画しちゃってるわけ。
呼ばれた方は、心臓つかまれたみたいな顔してるし。
副担任の顔も、赤くなったり青くなったりしてて。
すると学級委員風の男子が、スッと手を挙げたのよ。

(=゚ω゚)ノ『先生。姓名で呼ぶのは、ダメですよ』

(;"ゞ)(なに、そのローカルルール?)

そんな説明、誰からも受けていない。
ぽかんとしてたら、俺に呼ばれた女子が教室から逃げたのよ。
その後を、副担任が追いかけていく。

(;"ゞ)(どうしよう。
    よく分かんないけど、クビじゃない?)

まとまらない思考と連動して、名簿を上げ下げしてた時だった。
スッと誰かが立ち上がる。

8デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:16:16 ID:RGmrMqgE0
廊下側最後方の、楚々とした女生徒だ。

川 ゚ 々゚)『急用を思い出したので、帰ります』

いやいや、会社員じゃあるまいし。
学校よりも優先すべき用事って、普通ないでしょ。
もうパニックだよね。
理由は聞きたいけど、その子はスタスタ立ち去った。
すると他の生徒が、あからさまにホッとしてるんだ。
極め付けに、生徒がポツンと言うんだ。

ξ; ゚⊿゚)ξ『よかった。《よばい》の家がいなくなって』

(;"ゞ)(夜這いの家?)

ぽかーんとしてるうちに、今度は担任のショボン先生が来るわけです。
そんで俺は呼び出し。
一年生のクラスは自習。
初回授業は、めちゃくちゃですよ。
俺はというと、会議室に連行されました。
もう生きた心地がしません。

(#´"°ω°"`)『習わしについて、説明は受けられてないんですか?』

( "ゞ)『恐れ入りますが、まったく存じないです』

カッスカスのしょぼい声で答えると、やれやれって顔をされる。

(´-ω-`)『深独さんも、所詮よそ者だからなぁ』

深独ってのは叔母さんの仮名ね。
続けて担任はなんか文句言ってたけど、そこは割愛。
偉大な血筋を延々自慢された後、ようやく話は本題に進む。

(´・ω・`)『AA町を含む一帯の葬儀では、
     故人の名を呼び、哀悼を示す文化があります』

陰険なツラをしたクソ眉毛が、深刻そうに続ける。

9デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:16:41 ID:RGmrMqgE0
(´・ω・`)『翻って生きている人間の姓名を呼ぶのは、
     非常に縁起の悪い行い――いわゆるタブーなんです』

(;"ゞ)(そういうのは、引っ越した時にでも教えてくれよ)

内心、かなりイライラしていた。
隣近所はもちろん、自治会にも引越しの挨拶は済んでいる。
にも関わらず、風習について言及された覚えはない。

( "ゞ)(どうみたって非があるのは、そっちだろう)

――とは、口が裂けても言えない。
懇々長々と、ずいぶん時間をかけて俺は説教されていた。
言っちゃえば生産性のない怒りを、一身に受けるだけの時間だ。
あくびを我慢して聞くうちに、クソ眉毛は不用意な一言をこぼす。

(´-ω・`)『まあ、それも建前での理屈。
    《よばい》の家に、名を知られたくないだけなのですが』

川   )

腰まで届く黒髪以外、特徴は抜けているもののうっすら察しがつく。

( "ゞ)『お言葉ですが、ショボン先生。
    《よばい》の家とは、何なのですか?』

その時のショボンの顔ときたら、出来損ないの能面のようだった。
饒舌だった人間が急に黙ると、愉快で論破した気にもなった。

(´-ω-`)『……少しは、郷土史をお調べになった方がいいですよ』

なんて捨て台詞を吐いて、ボンボンクソ眉毛は会議室から出て行った。

10デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:17:09 ID:RGmrMqgE0
のちにこの件は保護者の耳にも入り、揉めに揉めたが、割愛する。
俺をクビにしても、細々とした雑用が消えるわけではない。
誰かがを引き受けるはめになる、だからクビにしない。
非常勤とは、つくづく地位の低い職業である。
けっきょく俺の処遇は、一ヶ月の減給で手打ちとなった。
もともと薄給なのに、ひどい世の中である。
けれども、あまり気に病むこともなかった。
よそ者に対する説明責任を誰も果たさないから、
「俺のせいではない」と開き直れたのが大きかった。
なにせ誰に聞いても、核心に迫ることは教えてくれなかった。
町全体が口裏を合わせている、と勘ぐってしまうくらいには。

しかし手がかりは、完全になかったわけじゃない。
一年生のクラスには、《よばい》の娘がいる。

川 ゚ 々゚)

――その名は、素直くるう。
文学然とした少女で、口数は少ない。
校則が服を着たような容姿で、真面目に見える。
でも実際には、真反対だった。
授業のほとんどは、ノートも取らずに廊下に目を向けている。
たまに窓を見ることもあるが、
必然的にくるうの視線上には生徒が映る。
彼女に見られるだけでも、生徒たちはかなり狼狽する。
ひどい時には彼女に向けて、ゴミを投げつけている時もある。
さすがに度を越しているので、生徒を注意したこともある。
ところが怒られたのは、俺の方だった。

(#´・ω・`)『そっとしておけばいいんです。
      素直さんだって、別に困った様子もないでしょう?
      あなたの独断で、何かを解決した気になってるだけですよ』

( "ゞ)(コイツ本当に教師かよ)

非道徳的な指導なのは十分にわかっていた。
だが職員室内にいた全員が、物憂げに俺を見ているのはわかった。
さも面倒ごとを起こしているのはお前だ、と言わんばかりに。
素直くるうと関わりを持つのは、誰しも抵抗があるらしい。
それを裏づけるように、彼女の在籍クラスでは、グループワークを行わない。

11デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:17:36 ID:RGmrMqgE0
そういった事情も加わってか、素直くるうは頻繁に欠席していた。
ごく稀に出てきても、気がつけばいないことも多い。
どうも家業とする葬儀を、彼女は手伝っているらしい。
葬儀の立会いや火葬場の手続きなど、働きぶりは大人顔負けである。
彼女は幽霊学生――影の薄さと不吉さにかけてはそのものだった。
いっぽう俺は、感情の置き所に困っていた。
素直くるうは一生徒であり、思春期の少女に他ならない。
いかなる事情があれど、誰しも教育を受ける義務は存在する。
ましてや特定の家業に対する差別など、今どき時代遅れも甚だしい。
二十年来の道徳心は、この町の良識を弾劾し続けていた。
しかし差別心をむき出しにされると、上っ面の説法も失せてしまう。
大人も子供も、とうてい話が通じるような雰囲気じゃない。
ヘタを打てば嫌がらせを受けるという危険は、常に拭えなかった。
俺もいい年の大人で、しかも男なのだ。
叔母さん夫婦とは、特段仲がいいわけでもない。
気軽にごちることもできない。
話したとて、今度は叔母さんたちを巻き込むことになりかねない。
だから誰にも話せなかったし、何も行動できなかった。
先延ばしにし続けた宿題が日の目を見ず、
そのまま忘却するのを望むような気持ちで、俺は暮らしていた。
差別心に立ち向かうのは、本当に勇気のいることだったのだ。

だがそれとは別に、ゲスな好奇心もあった。
《よばい》という、言葉の意味についてだ。
面と向かって使われることはないので、蔑称なのだろう。
大人も子供も口に出すことから、内々で交わす符丁のようでもあった。
どちらにせよ、素直家の名を口にすることすら避けているのは明らかだ。
そうなるとますます、言葉の意味について気になって仕方がない。
悶々と過ごすうちに、鬱積した好奇心が弾ける瞬間が来た。
一万差し引かれた初任給を、頂戴した時だった。

( "ゞ)(あ、家賃)

叔母さんは、家賃の支払い期日を定めていなかった。
お金ができたらという口約束のもと、俺は家を借りていた。
こと珍しさに欠かないAA町では、銀行というものがない。
給料も家賃も、全て茶封筒で手渡しだ。

12デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:18:08 ID:RGmrMqgE0
幸い、その日は残業もなかった。
退勤後、俺はまっすぐ叔母さんの家に向かった。

――茂々田の自宅から、自転車で二十分。
徒歩なら小一時間の距離に、深独不動産はある。
一階部分は不動産、二階部分は自宅という典型的な下駄履き住宅だ。
二階の窓は一つを除き、昼光色の蛍光灯が付いている。
残り一つは、遮光のカーテンが硬く外界を拒んでいた。
おそらくそこが、引きこもっている息子さんの部屋なのだろう。
白かったであろう外壁は見るも無残にひび割れが走り、
灰色のセメント地が見え隠れしている。
幸いにも木蔦が一面建物を覆っているので、
一見しただけではその古さを感じることはない。
ひょっとしたら、蔦のせいで外壁が傷んでいる可能性もあるが……。
ともかく、年季が入っているのは確かだ。
きょうび見なくなったタワシのマットを渡り、不動産屋に踏み入れた。

( "ゞ)『ごめんください』

ヤニで真っ黄色になったガラス戸を押すと、
壁に貼られていた物件チラシがハラハラと落ちた。
チラシについていたセロハンテープは、ガビガビに干からびている。
そーっとつまみながら、適当な壁にチラシを押し当ててみた。
かろうじて、チラシはくっついた。

( ‘∀‘)『あらぁ、デルタくぅん』

事務所奥の座敷から、叔母さんが駆け寄ってくるのがわかった。
夕食の準備でもしているのか、醤油の匂いが漂ってくる。
木製ビーズをぶら下げた暖簾が激しく揺れ、叔母さんは姿を現した。

( ‘∀‘)『もう家賃持ってきてくれたの?』

鞄から取り出した茶封筒に、叔母さんは目ざとく反応する。
俺は頷いて、一番きれいに見える万札を渡した。

13デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:18:32 ID:RGmrMqgE0
( ‘∀‘)『デルタくんはえらいわね。
     うちの息子にも見習ってほしいくらい』

感慨深く呟きながら、叔母さんは領収書に社判を押す。
俺は、愛想笑いするだけだった。
一間を置いて、叔母さんは別の話題を口にする。

( ‘∀‘)『初めての授業は、大変だったんだって?』

(;"ゞ)『ご存じでしたか……』

卑下に似た苦笑で、俺は領収書を受け取った。
つくづく狭い町だと思う。

( ‘∀‘)『まさか、《よばい》のクラスに当たるなんてねぇ』

( "ゞ)『……その、《よばい》って何なんですか?』

思い切って問うた時だった。
叔母さんは、まずい事を口走ったという顔をした。

( ‘∀‘)『そうねぇ……』

ぼんやりとした声のまま、叔母さんは俺の背後に視線を投げかける。
軽く振り向くも、そこには誰もいない。
叔母さんは、世間体を気にしているようだった。
人の口に戸が立てられない町だから、
《よばい》の秘密を明かすことも暴かれてしまう。
それくらい、恐れを抱くものだったらしい。

( ‘∀‘)『町の風習については、聞いたことある?』

教師を思わせる声で、叔母さんは問いかける。
俺は伝え聞いたうわべの話を、そっくり返した。
叔母さんは、慎重に言葉を選んだ上で口を開き始めた。

14デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:19:07 ID:RGmrMqgE0
( ‘∀‘)『《よばい》っていうのは、儀式の名前。
     素直さんの仕事は、死者の魂を呼んで、
     遺族と最期のお別れをさせてあげることなの』

ふと、俺は思い出す。
大学時代、たむろしていた飲みサーがあった。
読書サークルを称していたが、それらしき活動は文化祭の展示くらい。
しかも毎年展示品は使い回しで、本当に実態のないサークルだった。
何留しているか分からない先輩に、定職を持たないOB、
やたらと大学の事情に詳しい部長などなど、変人に事欠かない場所だ。
唯一共通点を挙げるとすれば、民俗学を嗜む人が多かった。
独学か、よくて勝手に出席した授業で聞き及んだ話だ。
酒のツマミとして聞かされた中に、その言葉があった。
――魂呼ばい。
蘇生の儀として知られる、民間信仰だ。
その方法は、『故人の名を呼び続ける』というシンプルなもの。
現代こそ火葬は定着しているが、それもここ数十年の歴史しかない。
少なくとも昭和二十年ごろまで、土葬が主流だったとされる。
もっと時を遡ると、古代では『もがり』と呼ばれる弔いもあった。
死体を安置し、腐り果てる様子を見守りつつ、慰霊と復活を願う儀式だ。
近代まで火葬が定着しなかった理由は、宗教的な事情も大いに関係している。
だが少なからず、肉体を損壊する方法に抵抗があったのではないかと思う。
体が無ければ、故人がふらりと生き返ることもないのだから――。
思い出した知識を叔母さんに打ち明けると、彼女は軽く目をつむった。

( ‘∀‘)『AA町は、例外ね』

( "ゞ)『というと?』

( ‘∀‘)『この町では死者が生き返ることがないように、名を呼ぶの』

15デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:19:33 ID:RGmrMqgE0
より深く聞くと、以下の話になる。
死者の出た家では、真っ先に素直家に一報を送る。
一般的な葬式を行ったのち、最後に素直家が魂呼ばいを行う。
ただし故人の家から離れた場所で行うのが、代々の習わしとなる。
そこで故人が愛用していた茶碗や枕を持ち込み、名を呼び続ける。
ひとしきり名を連呼したところで、今度は愛用の品を破壊する。
それも、執拗に。
茶碗は地面に叩きつけるにとどまらず、踏みにじって粉にする。
枕は素材にもよるが、切り刻んだ挙句に燃やすこともあるという。
異様な光景だが、故人自身が死を受け入れるために必要な過程だとされる。
ゆえに素直家は人命を左右する存在として、これほど恐れられているのだ。

( ‘∀‘)『まぁ、しっかり儀式する家もずいぶん減ったらしいわ。
     昔ならともかく、これだけ科学が普及してるんだから、
     死者が生き返るはずがないって、すぐ分かるはずだもの」

ごもっともな意見である。
だがそれだけでは、素直家を呼ばいの家とする意図が見えない。
腑に落ちない顔をしていると、なんだか醤油の煮詰まった匂いが漂ってくる。
致命的な表情を浮かべ、叔母さんは台所へと引っ込んでいった。
別れもそこそこに、そのまま帰ろうとした時だった。

( ‘∀‘)『デルタくぅん、ご飯食べていかない?』

ビーズ暖簾の向こうから、けたたましく叔母さんが叫ぶ。
安月給の身としては、一食浮くのは非常に嬉しい話だ。
ぜひに、と声をあげようとした時だった。

( ‘∀‘)『ドクオも一緒に食べるから、よかったら話してあげて』

(;"ゞ)(…………え?)

ドクオとは、引きこもっている息子の名前である。

(;"ゞ)(引きこもりって普通、廊下の前にご飯置くもんじゃないの?)

16デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:19:56 ID:RGmrMqgE0
ギョッとして答えない俺に、叔母さんの言葉が続く。

( ‘∀‘)『食事だけはね、いつも全員そろってから戴いてるの。
     引きこもってると人との関わりも少なくなるしね。
     ほら、直接顔を合わせると温かさが伝わると思うし。
     ネット回線じゃあ、どんな相手かも分からないしねぇ。
     ニュース見てるとネット絡みの事件ばかりで嫌になるわ。
     だけど顔を合わせれば、すぐ分かるじゃない。私も親だし』

……書き出すときりがないくらい、叔母さんはアレだった。
なんて断ったのか思い出せないが、慌てて脱出したのは覚えている。
多分、仮病を使ったんだろう。
思わずうつむいて、なるべく具合が悪そうに振る舞った記憶もあるから。
その時、例のタワシマットが目に入った。
褪せたピンク色のひし形が二つ並んでいて、それが人の目にも見えて。
バッと振り向いたが、事務所には誰もいなかった。
二階のカーテン部屋も、来た時と変わりはないようだった。
それでも俺は、気味の悪さが拭えないまま帰路に着いた。

17デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:20:21 ID:RGmrMqgE0
家賃を納めてしばらくし、大型連休を過ぎた頃。
犬猫が大量に殺される事件が起きた。
殺鼠剤入りの餌を撒くという、卑劣な手口だ。
AA町では、犬猫を放し飼いにする家が多い。
防犯上戸内に入れるのが当たり前だが、なにぶん古い体質の町だ。
一人しかいない駐在員の説得も虚しく、
どこの家庭も指示に従うことはなかった。
とはいえ、犯人を野放しにするわけにはいかない。
名士で固められた自治会は、今こそ決起とばかりに立ち上がった。
そして結束力を高めるために、夜ごと酒を酌み交わした。

( "ゞ)(さすが因習クソ田舎)

げんなりしつつ、俺はオレンジジュースを飲んでいた。
町唯一のお好み焼き屋に入ったところ、
例の飲み会と会敵してしまったのだ。
騒ぎ立てるメンツときたら、どれもこれも年寄りばかり。
話のネタもごくごくつまらない。
健康診断の結果から始まる持病自慢、将来貰えるであろう年金の額、
冷え切った仲である妻はパートでいくら稼いでいるのか、
数少ないスナックにいる女の愚痴に、可愛いTVアイドルの情報交換。
以下エトセトラが無限に続く。
だが治安警備に関わる話は、一切ない。
今後もその話題が出ることは、ほとんどないだろう。
おっさんが家庭によるべを見出せず、男とつるんで自我を保つ。
非常にいたたまれない結束力だった。

( "ゞ)(俺は夕食を食いたかっただけなのに)

できたてのお好み焼きを、ちびちびとつついていた時だった。
店の引き戸がガラリと音を立てた。

(´・ω・`)

(;"ゞ)(ゲェッ!ボンボン眉毛!!)

背を小さく丸めたものの、眉毛ことショボン教諭は俺を見つけたらしい。
ニヤと笑い、フンッと荒く鼻を鳴らすのが分かった。
幸いなことに、眉毛はすぐ自治会連中に見つかった。

18デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:20:45 ID:RGmrMqgE0
(`・ω・´)∩「こっちこっち!」

眉毛を見る限り、親族が彼を呼んだらしい。
噂に聞きし名士の生まれは、会費で飲み食いが許されるご身分なのだ。
やがて座敷の一角に、生ビールが景気良く運ばれていった。

( "ゞ)(あーあ、つまんないことになった)

もとより食べるのは遅い方だ。
ましてや熱々のお好み焼きを頬張るのは、ちょっといただけない。
せいぜいできるのは、心を無にして食べるくらいだ。
味わいもそこそこに箸を上下させていると、座敷が騒がしい。
ゲスなご老人がたは、ショボンのプライベートに興味津々のご様子だ。

( "ゞ)(これだからクソ田舎は、パート2)

聞きたくもない話が骨伝導並みにイヤーへホーンしてくる。
教諭はうまいこと、情報戦を死守しているようだった。
その贄の羊として差し出されたのは、毒餌事件についてだった。

(`・ω・´)『いやぁ、物騒な話よなぁ』

ミ,,゚Д゚彡『駐在のアンちゃんもヤル気はねえようだし』

( ^^)『マッポが役に立った試しがあるかよ。
     国のお偉いさんだって、バカばっかりじゃねぇか』

/ ,' 3『年金だって、今にも破綻しそうだしなぁ』

(´・_ゝ・`)『自分の身は自分で守る時代かねぇ』

(´・ω・`)『いやはや、おっしゃる通りで』

口々に交わす言葉に、ショボンは赤べこのように首肯する。

19デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:21:14 ID:RGmrMqgE0
すっかり嫌気がさした俺は、お好み焼きを一口で頬張った。
ちっとも飲み下せず、かつお節と青のりで窒息しそうになる。
やむなくオレンジジュースをお代わりして、こう思った。

( "ゞ)(つくづくツイてない)

ジュースの栓を、景気よく抜いた時だった。

(´・ω・`)『困ったものですよ。
     先日は飼育小屋のモルモットにまで毒餌が……』

えぇっ!と向こうから声が出る。
喉がふさがっている俺も、出そうになる。
たしかにモルモットは数匹死んだ。
しかしその原因は、縄張り争いによる大喧嘩だ。
昨日の朝礼でも、校長はそう言っている。

( "ゞ)(コイツ、話を盛りやがった)

ざわつくご老人がたは、もちろんショボンの嘘に動揺している。
名士のご長男様が言ったのだから、疑うはずもない。

/# ,' 3『子供たちが大事にしている命を踏みにじるとは!』

(´・_ゝ・`)『元飼育係として、とても心が痛む……』

(#^^)『いやーキレそう。今すぐブン殴ってやりてぇわ』

怒りをあらわにする彼らは、とても滑稽だった。
だいたい犬も猫もモルモットも、命にかわりはない。
だというのにここまで対応に差があるのは、
間違いなくショボンが学校に勤めているせいだ。
あなたの怒りや悲しみ、困惑に我々は同意を示す、
そのポージングのために、皆感情を発露する。

(´-ω・`)「ええ、まったく。心底そう思います」

言葉ひとつで他人の感情を左右できる権利に、彼は酔いしれているのだ。

20デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:21:40 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)(ア〜〜〜〜クソ田舎ァア〜〜)

飲みさしのジュースを見捨て、席を立とうとした時。

(`・ω・´)『見回りさえすれば、子供たちも安心できるだろうに』

何の気なしに呟く、ショボンの親戚筋。

ミ,,゚Д゚彡『……シャキンさんの言う通りだ』

耳毛が飛び出している爺さんが、小さく同意する。
あれほど進んでいた酒も、ピタと止まった。

/ ,' 3『なにせ、我々は年なもんで……』

歯切れ悪く言うのは、女好きのジジィだ。
さっきまで精力自慢していたくせに、すっかりしおらしい様だ。

(`・ω・´)『じゃあ、若いモンが頑張らねぇと』

(´・_ゝ・`)『農作も体力仕事なもので』

( ^^)『右に同じく』

赤ら顔の男二人は、酒焼けした声で固辞する。
先ほどの爺さんに比較すれば、年も若い。
しかし年長者の攻めに譲ることもなく、彼らは断り続けた。

(`・ω・´)『ショボンよ。お前は忙しいのか?』

諦めた様子で問うと、教諭もブンブンと首を振る。

(´・ω・`)『担任は忙しいんだ。 非常勤ならまだしも……』

とショボン教諭が答えたところで、充血した目がこちらを向いた。
とっとと会計を済まさなかったことを後悔しても、もう遅い。
イキイキとした様子で、教諭は俺を指差す。

21デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:22:39 ID:RGmrMqgE0
(´^ω^`)『体力の有り余っている非常勤が、ちょうどここに』

おぉ! と沸き立つ一同。
控えめに睨む俺。
気付かないふりをするショボン教諭。
残念ながら、当時の会話を書き起こすのは難しい。
覚えているのは『一番若い』、『土地勘を鍛えるつもりで』
『暇を持て余している』、『余所者のしたっぱ』というキーワードのみ。
かくして俺は、見回り役を押し付けられる運びとなった。

見回りくらいサボればいい。
どうせほかの連中もまじめに事件と向き合ってるわけじゃない。
そう思う奴もいそうだが、俺はきちんと見回った。
意外に思うだろうか?
だが実際には、大義を抱いたわけじゃない。
大口を叩く自治会連中と、
同じ人種になりたくなかっただけだ。
だから寝る前に、一時間散歩するつもりで見回った。
初日こそ街灯の少なさにビビったが、
回数を重ねるごとに慣れが優ってくる。
懐中電灯めがけて虫がやってくるのには、相当参ったが。
見回りを始めてから、二週間経った頃だろうか。
毒餌事件は、とんと聞かなくなった。
手応えにホッとする一方、気色悪さもあった。
もしかしたら犯人は、直接俺を目撃しているのかもしれない。
その攻撃性が、いつか俺に向く可能性もある。
ゾッとしない話だった。

22デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:25:23 ID:RGmrMqgE0
――見回りを始めて、三週間目を迎える頃。
その日は給料日にも関わらず、方々から雑用を押し付けられていた。
父兄参観の資料が出来上がっていないとか、
その授業要綱が甘いとか、散々な事を言われた結果である。
もちろん無給だ。
教職には、残業代という概念が存在しない。
分かっちゃいたことだが、実際なるとつらい。
カフェイン錠をお供に、俺は職員室にこもっていた。

( "ゞ)(まじめに授業聞いてる生徒、いるのかな)

窓の外で光る三日月を眺めながら、ぼんやりと不安がにじむ。
ほかの教諭には、仲のいい生徒が一人くらい存在する。
だが、俺にはいない。
無知な愚か者を好く生徒は、いないのだ。

( "ゞ)(目に見えて授業崩壊してるわけじゃなし。
    テストの成績も割とよさげだし、聞いてはいそうだけども)

交流関係が全くないのは、正直こたえる。
カフェイン漬けの脳が、じんわりと帰宅を促し始めた時だった。

コンコン、と窓が叩かれた。
不用意に校庭を見て、思わず悲鳴が出る。
立っているのは、黒髪に白いワンピースの少女。

川 ゚ 々゚)

《よばい》の娘――素直くるうだった。

(;"ゞ)『ビッッッックリした……』

さすがに心臓が止まりかける。
目があった彼女は、申し訳なさそうに会釈した。
思わず引け腰になって、俺は窓を開けた。

23デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:25:51 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)『こんばんは。忘れ物でもしたの?』

しかし直近の出席率を思い出すと、その可能性は低いように思えた。
事実、彼女は緩く首を横に振った。

川 ゚ 々゚)『明かりがついてるから、誰かと思って』

( "ゞ)『ああ、父兄参観の準備で。そろそろ帰ろうと思ってたけど』

誠実に答えたところで、俺は疑問を口にする。

( "ゞ)『もう日付が変わるよ。素直さんこそ、どうしたの?』

すると、彼女は思いつめた口調で切り出した。

川 ゚ 々゚)『飼い猫を探してるんです。サビ柄のメス猫、見てませんよね?』

ひと勢いに言うも、素直くるうの瞳は暗い。
どうせ見ていないに違いない、という諦観だった。
たしかに、猫を見た覚えはない。
だが、本当にそう答えていいのだろうか?
だって彼女には友達もおらず、夜中に出歩いても家族は注意しない。
万が一事件に巻き込まれても、本人の不注意で済まされる可能性が高い。
なにせ周囲から疎まれる、《よばい》の娘なのだから。

( "ゞ)『一緒に探そうか?』

川 ゚ 々゚)『えっ?』

ごく自然と出た言葉に、素直はゲテモノを見る眼差しを浴びせた。
俺だって、ここまで自分がお人好しだとは思っていなかった。
でも良識ある大人なら、未成年者を放っておくはずもない。

( "ゞ)『そのかわり、今日はもう帰りなさい。
    親御さんだって、きっと心配していますよ』

川 ゚ 々゚)『……』

川^ 々^)『はい』

24デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:26:14 ID:RGmrMqgE0
了承を得たところで、急いで帰り支度を整える。
駐輪場に止めた自転車を回収したのち、校庭まで走らせた。
自転車のライトと、前かごに置いた懐中電灯が、
真っ黒い校庭を、心もとなく楕円に切り抜く。
素直くるうの姿は、見当たらない。
頭上から差す饐えた月光が、朧に人影を闇に逃していた。
人工的な明かりを、飼育小屋の方へ向ける。
ようやく、丸まった背中が見えた。
駆け寄った俺に、素直は名残惜しくも立ち上がる。

( "ゞ)『動物、好きなんですね』

ケージの中で小さく鳴くモルモットに、素直は緩く手を振る。

川 ゚ 々゚)『一番懐いてくれるのは、動物ですから』

その言葉の裏に、いくつ悲哀が込められていたことだろう。
俺は、心が痛くなった。

川 ゚ 々゚)『先生、チャリ通なんだ』

えっちらと降りた俺に、素直がつぶやく。

( "ゞ)『二人乗りはダメですよ』

川 ゚ 々゚)『一度は乗ってみたかったのに』

スンと鼻を鳴らし、素直は先んじて歩く。
その後を、俺は必死に追い続けた。

25デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:26:39 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)『飼い猫さんは、何という名前なんですか?』

会話のない道中、切り出したのは俺からだった。

川 ゚ 々゚)『タビー』

( "ゞ)『タビーとは、付き合いが長いんですか?』

川 ゚ 々゚)『幼稚園のころから、ずっと一緒』

( "ゞ)『十年来ともなれば、親友ですね』

川 ゚ 々゚)『……ふつうの友達も、いたんだけどね』

ポツと漏らすも、素直は立て続けに言う。

川 ゚ 々゚)『タビーは野良猫だったから、懐くまですっごくかかったんだ』

( "ゞ)『俺、猫に懐かれたことってないなぁ』

川 ゚ 々゚)『マタタビと煮干し、おすすめだよ。
     タビーも、しょっちゅうマタタビで酔っ払ってた』

( "ゞ)『……まさか、名前の由来って』

川 ゚ 々゚)『マタタビが好きだから、タビー』

( "ゞ)『いいセンスですね』

川 ゚ 々゚)『そーぉ? 家族には、雑って言われたけど』

26デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:27:02 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)『シンプルイズベスト、という言葉があります』

川 ゚ 々゚)『国語の先生なのに、慣用句は英語なんだ』

( "ゞ)『では、単純明快と言い換えましょうか』

川 ゚ 々゚)『わー、それっぽい感じ』

( "ゞ)『本当にそう思ってます?』

川 ゚ 々゚)『思ってるってばぁ』

順調だった歩みを止め、素直は続ける。

川 ゚ 々゚)『先生が朗読する声、気に入ってるんだ』

( "ゞ)『ほう……』

それは、初めての授業評価だった。

川 ゚ 々゚)『ちゃんとみんなの集中度合いを見て、
     授業の内容とか調節してるのも分かるし』

( "ゞ)『……素直さんこそ、先生に向いていますよ』

およそ中学生とは思えない観察眼だ。
そう褒めたつもりだが、彼女は背を向ける。

27デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:27:29 ID:RGmrMqgE0
川 ゚ 々゚)『ムリだよ。仕事が決まってるもん』

( "ゞ)『……町を出ても、いいんですよ』

辻のまんなかで、俺はそう言った。
途端、素直くるうの姿が闇に飲み込まれた。
慌てて光を差し向けると、道は二又に分かれている。
その光を潰し踏みながら、素直が振り返る。

川 々 )『それは《きつね》がゆるさないから』

暗すぎる闇の中で、明光が感情を覆い隠す。
数秒もたてば、明順応は起きる。
しかし言葉の真意を暴くには、遅すぎた。

川^ 々^)『家は、こっちです』

そう言って指し示す先は、右の分岐道。
とっぷりと暗い闇の中、慣れた足で彼女は進む。
その後を、自転車を押しつつ追うこととなった。

さらに辻から十五分。
無言で歩き続けた先に、素直家の屋敷はあった。
古き良き風情を感じる、二階建ての民家だ。
窓の比率から察するに、二階部分は大きく場所が確保されている。
過去に養蚕をやっていたのではないか、と俺は感じた。
一階の隅では、薄明かりが滲んでいる。

( "ゞ)『誰か、起きてらっしゃるのかな?』

川 ゚ 々゚)『外に出てく時につけた灯りだよ。
     母も祖母も、今日は麓の町で葬式やってるから』

そう言って、彼女はゆうゆうと庭を進む。
だが、歩みは突然止まった。

28デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:28:17 ID:RGmrMqgE0
川 ゚ 々゚)『……先生、ありがと』

ぽつと呟き、

川 々 )『捜しもの、見つかったよ』

指差す方向は、玄関先の石畳。
明かりを向けて数秒後、脳が認識する。
タオルのようなものが、叩きつけられている。
じっくり見ると、その柄は赤錆が滲む黒色をしていて。

(;"ゞ)『ぅゔうっわっ!!!!』

思わず飛びすさる拍子に、自転車が倒れた。
ガシャーン、チャリーンと間抜けな音がして、
前かごから懐中電灯がゴロゴロと転がっていく。

(; ゝ )『ヒッ……ヒッ……』

からがらに息を吸ううちに、気持ちが落ち着いてくる。
同時に、素直くるうの様子が気がかりとなった。
暗がりのなかでうっすらと見える素直の影は、
変わりはてたタビーをそっとなぞっているように見えた。
震える足腰をなんとか動かし、俺は懐中電灯を取りに行く。
ほぼ這いずるような形だ。
その背後で、

川 々 )『タビー』

かすかな声が、聞こえる。

(; ゝ )(魂呼ばいだ――!)

反射的に、濡れそぼった猫の姿を思い出してしまう。
異常な状況下で、素直くるうは、猫の魂を呼ぼうとしている。
寒気が走り、怖くて、怖くて、仕方がなくなる。

29デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:28:53 ID:RGmrMqgE0
(; ゝ )(ちがう!)

芽生えかけた畏怖に、俺はかぶりを振る。
素直は、哀悼を示そうとしている。
友情を深めたタビーと、今生の別れを告ぐために。
それが望まざる別れだとしても、彼女はタビーを送るべく。

( "ゞ)(だから、それは、怖くない――)

懐中電灯を握り、ようやく素直くるうと向き合う。
やはり彼女は、何度も名を呼んでいる。

川; 々;)『タビー、タビー』

その頬には、幾筋もの涙が伝っていた。

川; 々;)『怖かったね、痛かったよね』

素直の手には、小さな輪っかが握られていた。

( "ゞ)(タビーの、首輪)

元の色が分からなくなったそれに、素直はハサミを添える。
まるでこうなることが分かっていたような、周到さだった。

川 々 )『ごめんね、タビー。わたしなんかと友達だったから――』

言葉を飲み込む素直の手に、力が入る。
バツ、バツ、バツリ。
首輪が、切り刻まれていく。
ポト、ポトリ。
役目を奪われた首輪が、乾いた血の海に散る。
何の言葉も差し出せず、俺は見守るだけだった。

川 々 )『…………』

( "ゞ)『…………』

長い時間をかけて、俺はようやく素直の隣に立てた。

30デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:29:30 ID:RGmrMqgE0
川 ゚ 々゚)『先生も、ごめんね。せっかく探してくれたのに』

( "ゞ)『子供は気を使わなくていい。むしろ、取り乱してすまなかった』

俯いていた素直が、弾かれたように俺を見る。
困惑と驚愕が入り混じった、複雑な表情をしていた。

川 ゚ 々゚)『……あとは、わたしがやるから大丈夫です』

正直なところ、手伝いはしたかった。
本来であれば警察に届けるべき案件だった。
この子一人で、相手ができる話でもない。
だが、彼女にも事情はある。
俺を巻き込むことに、おそらく抵抗があったのだろう。

( "ゞ)『困ったら、すぐ言いなさい。できる限り、協力はするからね』

それを最後に、素直くるうは頭を下げた。

( "ゞ)(偽善者。情けない、俺は)

歯噛みしながら自転車を起こし、俺は帰路に着いた。

31デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:30:26 ID:RGmrMqgE0
あくる日。
寝不足のまま、俺は父兄参観を迎えた。
教室を見回すと、素直くるうは欠席している。
葬儀を手伝っているのか、愛猫を失ったショックで休んでいるのか。
……見当はつかず、俺はなんとか授業を終えた。
参観日は四限目を担当していたので、業後は昼休みとなる。
担任のショボンと入れ違い、教室を出た時だった。

ζ(゚ー゚*ζ『すみません。茂々田の関ヶ原先生って、あなた?』

小綺麗な見目の母親に、俺は呼び止められた。

(;"ゞ)(クレームかなぁ?)

寝不足ゆえ、あくびをごまかしていたのは確かだ。
もしくは気付いていないだけで、何かやらかした可能性もある。
思い当たることは色々とあったが、婦人はこう切り出した。

ζ(゚ー゚*ζ『千々観(ちぢみ)の、照井です』

( "ゞ)『あぁ、ツンさんのお母様でしたか』

照井婦人は、丁寧に会釈した。
そして俺の口が開かぬうちに、話を切り出してきた。

ζ(゚ー゚*ζ『昨日の夜、素直さんの家に行きましたよね』

(;"ゞ)(えっ……?)

ζ(゚ー゚*ζ『差し出がましいとは思うんですが、あまり近寄らない方が――』

( "ゞ)(ああ、いつものやつね)

やれやれと聞き流していると、相手の表情に不安が滲む。

ζ(゚ー゚;*ζ『憑き物って分かります? 昔から有名なんです、あの家も』

32デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:31:01 ID:RGmrMqgE0
それを耳にして、思い出す。
霊を使役し、他家から盗んだ財で大成する家があるという。
――『憑き物筋』と呼ばれる民間信仰だ。
一説によるとその源流は、江戸時代にまで遡るという。
刷新された貨幣制度に遅れをとった人々が、
商売上手の他人を妬んで生まれた考えだとされる。
憑き物筋が使役する霊は狐や蛇、犬神などがある。
今でも地域によっては、その蔑視が生きているらしい。
――そう言っていたのは、飲みサーの後輩だ。
思い当たる節が表情に出ていたのだろうか。
婦人は、軽く頷いて見せた。

ζ(゚ー゚;*ζ『ちょっと関わりを持つだけで、その憑き物に憑かれるんですって』

厄介ですよねぇ、と彼女は同意を求める。
困惑する俺は、何とも返すことができない。

ζ(゚ー゚;*ζ『特に男の人は、ロクな目に合わないんですよ』

( "ゞ)『根拠は、あるんですか?』

強めに切り返すと、婦人は言い淀んだ。
これ以上迷信に振り回されるのは、時間の無駄である。
現に、昼休みが始まってから五分以上過ぎていた。
軽く会釈をし、婦人の横を通り過ぎようとした時だった。

ξ゚⊿゚)ξ『お母さんの言うこと、本当ですよ』

振り返れば、照井ツンの身が教室から乗り出している。
どこか思いつめた表情は、血の気が引いているようにも見えた。

ζ(゚ー゚;*ζ『……うちの娘は、たまたま保育園が一緒でしたから』

補足する声が、静謐な空間に響き渡る。
常ならば子供たちが談笑しているはずなのに。

33デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:33:13 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)(動向を伺われている?)

自然と考えが浮かび、腕の表皮がぷつぷつ粟立つ。
親子ともども教室の内外から、俺の一挙一動に干渉しようとしている。
付き合いを改めず、素直くるうと関わりを持つと答えたら――。
憑き物筋の一味に、俺も加わってしまうのだろうか。
ひどい目、とは何を指すのか。
憑き物が俺を取り殺すのか。
それとも、町の同調圧力によって地獄を見るとでもいうのか。

(  ゝ )(なんと答えたらいいのだろう)

……気がつけば俺は、職員室に戻っていた。
何が面白いのか、ほかの教諭らは機嫌よく歓談している。
その輪に入らなかったものの、いつもと変わらぬ喧騒にホッとしていた。

( "ゞ)(また家賃を払いにいかないと)

味が分からなくなった弁当をつまみつつ、俺は考える。
特定の話題――特に息子については、触れないほうがいい。
ドクオという単語を出したが最後、褒め殺しに遭うのは違いない。

( "ゞ)(変な流れになったら、すぐ帰る)

それさえ徹底していれば、なんとかなることだろう。
無理矢理に納得しつつ、俺は弁当を平らげた。
楽観主義に徹し、正気を保とうとしていたようにも思える。
町の陰気な性分に、すっかり参っていたのだ。
しかし渦中において、不幸や不運、違和感を自覚するのは難しい。
気付いてしまったら、最後。
もうそこで生活していこうという気力を紡げないからだ。
みすみす逃れてしまったら、また両親に心配をかけてしまう。
だから俺は、見ないふりをし続けてきた。

34デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:33:53 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)(大丈夫、大丈夫)

そう言い聞かせながら、淡々と業務をこなす。
参観日ゆえ、細々とした書類の始末も多い。
さらに途中から、ショボン教諭から授業のダメ出しを受けていた。
要約すると、父兄の心に添った授業が出来ていないという話だ。
嫌味もずいぶん言われたようだが、内容はすっかり覚えていない。
それも注意散漫だと叱られ、長い話がさらに伸びてしまった。
表向きでも信心深く、利口に頷けばよかった。
しかし元々の話がつまらないのだから、無理もない。
元凶を探るとけっきょくは、不動産屋への義理立てた警戒心にたどり着く。

( "ゞ)(叔母さんに悪気はない。
     息子は二十年以上も引きこもっているから。
     ありえたかもしれない姿を重ねられても仕方がない)

それらに許しを与えつつ、課せられた業務に食らいついた。
そうして学校を出た頃には、夜の八時を回っていた。
念のため叔母さんの家に一報を入れると、お構いなくといった風だ。
自転車をサッと走らせ、俺は深独不動産に向かった。

( "ゞ)(暗いなぁ)

学校周辺は街灯があったものの、五分ほど走った先は闇が広がっている。
懐中電灯を足しても、心もとない明るさだ。
不思議なもので、地理感覚があればさほど道には迷わないものだ。
一時停止を促す点滅灯や道路標識の反射が、自然と現在地を知らせる。

( "ゞ)(えぇっと、叔母さんの家は……)

まもなく差し掛かる分岐を頭に描きつつ、太ももにも檄を飛ばす。
緩やかな坂を登ったその先を、か細い光が道を引き出す。

( "ゞ)『あっ……』

思わず、声が出る。
そこは、昨晩通ったばかりの辻だった。

35デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:34:25 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)(右を行けば素直さんの家で、
     左を行けば叔母さんの家だったのか……)

地に叩きつけられた猫の死骸が、うすうすとした寒気とともに想起する。
衝動的に頭を振って、もう一度自転車を漕ぐ。
昨日今日に起きた出来事も、どんどん思い出してしまう。
潔癖じみた動きで、俺は自転車を走らせた。
素直家の道と違い、まばらに民家の灯りが見える。
電球色の光を通り過ぎるたび、
薄い層重ねになった緊張がほぐれていく。
上がった息も、次第に落ち着くのもわかった。
まもなくして、蔦に覆われた不動産が目に入る。
いつものように雨樋の下へ、自転車をつけようとした。
だが前回に比べると、雨樋が曲がっている。
道路に向かい、軽く会釈しているような有様だ。
倒れてきた場合を考え、自転車は玄関口の横に駐めた。
時間が時間なので、誰の邪魔にもならないだろうと思ったからだ。
建てつけの悪い引き戸を開け、薄明かりの事務所へ入る。

( "ゞ)『夜分遅くにすみません。
    関ヶ原です。家賃を払いに来ました』

声をかけると、まもなく叔母さんが現れた。

( ‘∀‘)『思ったより早かったわねぇ』

道中、がむしゃらに漕いできたせいだろう。
とはいえ時刻は、まもなく九時を指す。
念押しで非礼を詫びつつ、家賃を渡した時だった。

( ‘∀‘)『昨日、女の子を送っていったんだってね』

領収書をしたためながら、叔母さんが切り出した。

36デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:34:58 ID:RGmrMqgE0
(;"ゞ)『え……』

( ‘∀‘)『田舎だからね。すぐ伝わってくるのよ』

あくまでも口調は、優しい。
敵意や非難、苦言を呈するものではない。
どちらかといえば、心配しているような風だった。

( ‘∀‘)『悪く思わないんでほしいんだけど』

ふう、と一息置いて、叔母さんは続ける。

( ‘∀‘)『素直さんたちの扱いがアレなのは、一応根拠があって……』

( "ゞ)『迷信に根拠なんてあるんですか?』

素朴な疑問に、叔母さんは困ったような顔をする。
聞き分けのない子供に、手を焼く教師の表情だ。

( "ゞ)『……すみません』

萎縮した俺に、叔母さんは席に着くよう勧めてきた。
いよいよ説教を受ける気がして、なすがままに従った。

( ‘∀‘)『お茶、飲む? プーアル茶があるんだけど』

返事を待たず、叔母さんは座敷に引っ込んだ。
それと入れ違うタイミングで、結構な物音がした。

37デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:35:32 ID:RGmrMqgE0
(;"ゞ)(な、なに……?)

音の方向は、二階からだ。
思わず見上げるも、天井には萎れた色のシミばかり。
断続的に響く物音は、床に何かを叩きつけているらしい。
何度も、何度も、何度も繰り返されている
だから、人為的なものに違いない。
奇妙な音だった。
硬いもの同士をぶつけるような、鈍い音ではない。
柔いものに包まれた何か――。
たとえば袖を握りこんだ拳で床を殴りつけている。
そんな音に聞こえた。
いずれにせよ、尋常ではない激情だ。
殴打するごとに、湿り気を帯びた毒気が迫る。
そのプレッシャーに体は硬直し、
どうにか悲鳴だけが押し出されかけた時だ。

『うるさいんだよぉ!!!!』

座敷の奥から、怒号が飛んだ。
腹の底から威勢良く、衝撃波みたいだった。

『言いたいことがあるんだったら顔を見て言え!
 人として当然のコミュニケーションだろう!!
 部屋から出ずにネチネチと、テメェは猿以下だ!!!!』

懇々と続く説教で、ようやく理解が進む。
暴れていたのは、ドクオ――叔母さんの息子だ。
そして怒鳴りつけているのは、叔母さんの旦那さんなのだろう。

(;"ゞ)(いやでも、言い過ぎじゃない……?)

声量から察するに、旦那さんは一階の奥座敷にいる。
顔を合わせていないのは、向こうも同じなのだ。
それを指摘したところで、聞く耳を持つ雰囲気ではない。
旦那さんを見たことはないが、俺の脳裏には
眉間に皺が張り付く、神経質そうな細身の男が浮かんでいた。

38デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:38:02 ID:RGmrMqgE0
(;"ゞ)(これ、いつまで聞かされるんだろう)

あまりにも続くのなら、勝手に帰ってしまおうか。
内心で行った世論調査では、過半数が賛成しかけている。
だが運の悪いことに、叔母さんが戻ってきた。

( ‘∀‘)『お待たせぇ。ちょうど作り置きがなくってね』

その声を皮切りにしてか、一切の物音が止んだ。
もはや作為的なものを感じるレベルで、ピタッと。

( "ゞ)(帰りてぇ……)

しかしお盆の上には、茶請けが過剰にセットされている。
すっかり帰るタイミングを逸し、やむなく俺は湯飲みに手を伸ばした。
そうして聞いた話は、やはり長かった。

( ‘∀‘)『素直さんの家が複雑なのは聞いてる?
     聞いてないか。まあしょうがないよね。
     あの家はね、全然旦那さんがいないのよ。
     うちの近所で内藤さんっているんだけど
     ――役場でパートしてるベテランのおばちゃん。
     AA町のことなら、なんでも知ってる人。
     内藤さんから聞いた限りだと、旦那さんはいるんだって。
     戸籍上はね。私も詳しくないけど。
     婚姻届も、旦那さんが出しに来たって話もあるらしいし。
     でも気付くといなくなってるのよねぇ。
     離婚届も出さずにいなくなるなんて、尋常じゃないよね。
     多分だけど、素直さんが町外から旦那さんを連れてきて、
     何かよくない目に遭わされたから、逃げたんだと思うの。
     戸籍上では一応旦那さんは生きてるみたいだし、
     盛岡さんとこの息子が夜逃げの手伝いしたって噂もあるし。
     まあそんなのはどうでもいいんだけど。
     あの家は代々シングルマザーになる、って私は言いたいの』

39デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:38:35 ID:RGmrMqgE0
( ‘∀‘)『旦那さんが毎回逃げちゃうなんて、絶対変でしょう?
     だから男の人は余計に素直さんが怖いのよ。
     ……まぁ、女だって例外なく怖いんだけどね。
     くるうちゃんが、事件に巻き込まれた話は知ってる?
     ……それも知らないの?ちょっと心配だわ。
     一人くらいは友達付き合いしなさいよ。
     デルタくんから見たら、そりゃ田舎だし、
     趣味が合わないのかもしれないけど、
     話せばわかる人のほうが多いんだから。
     ……ああ、くるうちゃんの話ね。
     あれは十年も前になるのかなぁ。
     まだあの子が保育園に通ってた頃、友達ができたらしいの。
     ほとりちゃんだか、あやかちゃんだかいう子で。
     親御さんが渡辺さんっていうのは覚えてるんだけど。
     ほら、あんな感じの家だから、ね?
     地元の子はみんな怖がってたんだけど。
     渡辺さんちは、なんていうの……。
     田舎暮らしに憧れてきた都会派、みたいな?
     ボロみたいな古民家引き取って、
     自分で改築して住んでるような感じの人たちだったの。
     だからおっとりしてるというか、大らかというか。
     周りから忠告されたのに、あの子と仲良くしててねぇ。
     でも素直さんとこの、ひい婆様がね。
     ヒールさんって名前なんだけどもさぁ。
     嫌な性格しててね、気に食わなかったんだって。
     くるうちゃんとよそ者が、仲良くつるんでることに。
     だからヒールさんと渡辺さん、何回も口論してて。
     当時この界隈じゃ、有名な話だったよ。
     まあ剣幕がすごかったのは向こうで、
     渡辺さんは一方的に言われるばっかりだね。
     奥さんのほうは、ずいぶん参ってたよ。
     だから関わらなきゃいいのにって言ったんだけどさ。
     子供同士の仲は尊重したいって、渡辺さんも頑固だった。
     だからヒールさんはエスカレートしていって、
     事が起こる一ヶ月前には、家にも上げないような有様で。
     ――そうよ、くるうちゃんを家から追い出したの。
     言うこと聞かないから、しつけの為だって言って。
     よそ者と絶交しない限り、敷居を跨がせない気だったのよ』

40デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:39:05 ID:RGmrMqgE0
( ‘∀‘)『母親のクールさんは、どう思ってたんだろうねぇ。
     あの人も大人しくて影が薄い子だから。
     シュール祖母(ばあ)さんだって、おんなじよ。
     あの家はヒール婆さんの言いなりだもの。
     でも言ったって、くるうちゃんもまだ年長さんでさぁ。
     聞き分けがないのも、当たり前だよね。
     はっきり言うと、ヒールさんは異常だったよ。
     ……それで行き場がなくなったくるうちゃんは、
     渡辺さんの家で世話になってたんだ。
     つかの間の幸せ、って感じだけどね。
     なにせあの子は愛想もないし、めったに笑わないから。
     渡辺さんも、そこはずいぶん気を揉んでたみたい。
     それでも子供同士で遊ばせてると、違うんだって。
     ホッとするような顔をして、静かに笑ってたらしいよ。
     だけど子供が間借りするような暮らしが、続くはずもない。
     役所に勤めてる内藤さんって、さっき話したでしょう。
     その親戚で、西川さんって人がいるんだけどさ。
     民生委員やってる立派な人でねぇ。
     ヒールさんと渡辺さんの、仲裁に入ってくれたのよ。
     さすがに家から三歳児を追い出しておいて、
     何のお咎めもないってほうがおかしいわよね。
     癇癪持ちのヒールさんも、西川さんに諭されて、
     三者面談にしぶしぶ応じたってわけ。
     それで大人が全員出払う日だったから、
     子供二人は渡辺さんの家に留守番させてたの。
     本当はそのはずだった、というのもね。
     どちらが言い出したのか定かではないんだけど、
     渡辺さんの娘がやったんじゃないかと私は思うんだけどね。
     二人とも家から抜け出して、散歩に行ったらしいの。
     まあこの辺の子供といえば、 プレステよりも
     山でクワやアケビを食べに行く子のほうが、健全だもの。
     ちょうど長梅雨が続いて、久しぶりに晴れたもんだから。
     ……それが、間違いだったのよね。
     ヒールさんと渡辺夫婦が和解して、子供達を迎えに行った。
     もう夜中の八時なのに、家の中は真っ暗。だぁれもいない』

41デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:39:41 ID:RGmrMqgE0
( ‘∀‘)『消防団と自治会が探しに探して、探しまくって。
     日付の変わった頃かな。
     もう今は潰したんだけど、うちの近所に薮があってね。
     元々誰かの持ち物だったけど、相続放棄だかなんだかで
     放置されてボウボウに生い茂ってたところなんだけど。
     そこに、二人はいたのよ。
     渡辺さんの娘さんだけ、めった刺しになって、死んでた。
     耳鼻科の長岡さんが言うには、四十箇所も刺されてたらしいわ。
     彫刻刀か、カッターナイフか、浅い刃物で。可哀想に。
     ……くるうちゃんは、返り血浴びた市松人形みたいな状態でね。
     事件のこと、なんっにも覚えてないんだってさ。
     まぁ、年長の子供には酷な話よね。
     無理もないことだとは思うんだけど……。
     ……だから犯人、捕まってないのよ。
     こんな狭い田舎なのにね、見つからないの。
     逆に不気味でしょう?
     それだし、ヒールさんも変なこと言ってたのよ。
     ――だから言ったのに、こうなってしまうのに、って。
     まるで娘さんの死を予知してたみたいじゃない。
     ……だから声を大にしては、言えないんだけど。
     もしかしてあの人たちが殺された娘さんの名前をね、
     呼んでたんじゃないか、って。
     生きてる人に魂呼ばいして、呪ったんじゃないか、って。
     …………悪いけど、私もちょっとだけその意見には賛成なんだ』

機関銃を撃ち終えた叔母さんは、豪気にプーアル茶を煽る。
一方で支離滅裂な言い分に、俺はクラクラしていた。

( "ゞ)(よくもまあ、迷信なんか信じていないって言えたものだな)

多少なりとも軽蔑の眼差しが漏れていたらしい。
叔母さんは、慌てたように手をこまねいた。

42デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:41:28 ID:RGmrMqgE0
(;‘∀‘)『それだけじゃないのよ。
     くるうちゃんが保育園に戻って、
     そのあとは難なくといった様子だったんだけどね。
     卒園式の時に、また事件があったのよ。
     園長先生に呼ばれたくるうちゃんが、壇上に上がったらね。
     突然、男が式に乗り込んできたのよ。もちろん、刃物を持って!』

盛り上がっている叔母さんを尻目に、俺はふと思い出す。
昼休みにわざわざ話しかけてきた、例の婦人だ。
彼女の娘は、素直くるうと同じ保育園出身だと言っていた。
どうもこの話は、関係があるらしい。

(;‘∀‘)『それでくるうちゃんを刺そうとして、
     間一髪、先生に取り押さえられたんだけども。
     なんとびっくり、渡辺さんの旦那だったの!
     その時の人相ったらね、目がつり上がって、
     ケダモノみたいな声出して、暴れに暴れて。
     まるで取り憑かれたような有様よ。
     すぐ檻付きの病院に連れてかれてさ。
     もうそれっきり、退院できないままだって。
     奥さんは麓の老人ホームで、介護士やってて。
     彼女、偉いけど本当に苦労してて、可哀想だよねぇ……』

芋づる式に、また婦人の証言を思い出す。

ζ(゚ー゚;*ζ『ちょっと関わりを持つだけで、その憑き物に憑かれるんですって』

( "ゞ)(ああ、)

素直くるうも、こう言っていた。

川 々 )『《きつね》がゆるさない』

素直家が《きつね》を使役し、人を狂わせているとでもいうのだろうか。
故障したラジオ状態の叔母さんを眺めながら、俺は思案する。
少しずつ、ほんの少しずつ。
因習を通じ、ムシのいい事実が浮かび上がるような。

( "ゞ)(そう考えた方が収まりのつく話が、形作られていく)

不思議なことに、その時の俺は恐怖がなかった。
ただ、手の届かぬ場所にあるであろう真実に対し、
黒白はっきりさせたいという好奇心だけが。
……そう、病的な好奇心が、俺を狂わせていた。

43デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:42:18 ID:RGmrMqgE0
――その数日後。
俺は、素直くるうの家へ行くことになった。
事情は、さまざまある。
本人の欠席が続き、特別に宿題を課すことになったから。
それを届ける生徒が、誰も名乗り出なかったから。
担任が急遽入院し、手が空いている者がいなかったから。
あの晩、彼女を家まで送り届けたのが俺だったから。
……今にして思えば、それらはすべて必然だったのではないかと思う。
だが、当時の俺は知るよしもない。
夜八時過ぎ。
豪雨の予感を携えた小雨が降る中、俺は素直邸へ踏み入れた。
青白い灯りが照らす玄関に、血の跡はない。
無残にも殺された猫のタビーは、きちんと冥土にたどり着けただろうか。
呼び鈴を鳴らすと、屋敷の中からもその音が反響した。

( "ゞ)(まるでがらんどうだな)

ガラス戸の向こうで、光が灯る。
間髪入れず、戸が空いた。

川 ゚ 々゚)『先生、久しぶり』

制服姿の彼女に、傘を畳みながら俺は言う。

( "ゞ)『楽な格好でも良かったんですよ』

川 ゚ 々゚)『いやぁ、喪服の代わりに着てるだけだから』

招かれるままに近付くと、線香の匂いが染み付いている。
やはり、葬式の手伝いに駆り出されていたのだろう。

44デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:42:54 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)『夜分遅くに失礼します。
    疲れているところ、申し訳ないね』

川 ゚ 々゚)『ぜんぜん。どうせ今日も、ヒールばあ様と二人きりだし』

その名前に、少しだけ俺はギョッとする。
例の殺傷事件で、癇癪玉を破裂させていたのはヒールさんのはずだ。

( "ゞ)(まさか十年経った今でも、ご存命とは)

ずいぶんと長生きする家系だ。
一方で、大事なことを思い出す。

( "ゞ)『あれ、親御さんは?』

川 ゚ 々゚)『麓の老人ホームで、ちょっとね』

急な仕事が入った、ということなのだろう。
家庭訪問の用は成せなくなったが、それはそれで仕方がない。

( "ゞ)(ショボン教諭に押し付け返してやろう)

二、三言雑談を交わし、俺は居間へと案内される。
四方が障子に仕切られた、奇妙な部屋だった。
真ん中に据えられたちゃぶ台には、お菓子やジュースが用意されていた。
ずいぶん前に支度したのか、ソーダを入れたグラスは結露で濡れている。
勧められるがまま、一口運ぶとやはり喉越しが弱い。
炭酸特有の酸味もないので、ただ甘ったるい砂糖水を飲んでいるようだった。

川 ゚ 々゚)『辛気臭いお菓子でごめんね』

葬式饅頭をつまみながら、素直くるうが呟く。
おそらくは香典返しか何かの、余りものなのだろう。

45デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:43:15 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)『お菓子に貴賎などありませんよ』

言いながら、俺は菊型の落雁を口に運ぶ。
素朴な甘さと唾液がジュッと吸われる感覚は、非常に懐かしいものを感じた。

( "ゞ)(食べる珪藻土だな、これ)

ソーダを流し込み、すっかりグラスの中は空になった。
すかさずソーダが注がれると、今度は景気良く炭酸が爆ぜる。
くしくも雨も本格的に降り始め、部屋にはサァサァと音が鳴りわたる。
それを境に、俺は鞄に手をつけた。

( "ゞ)『早速だけど、先に宿題渡しますね』

川 ゚ 々゚)『これ、全部?』

怪訝そうな表情で、彼女はグラスを握りしめていた。
各教科のプリントともなれば、ほぼ夏休みと変わらない量になる。
それにくわえ、彼女は一回も学力テストを受けていない。

( "ゞ)『今のままだと、成績表をつけるのもちょっと難しいんです』

川 ゚ 々゚)『んー……がんばります』

返事こそそっけないが、素直は一通りプリントに目を通している。
授業態度は話にならないが、一応やる気はあるようにも思える。

46デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:43:46 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)『夏休みまでに提出してくださいね』

川 ゚ 々゚)『そのあと、また宿題が出るんでしょ?』

( "ゞ)『……そうですね』

川 ゚ 々゚)『お盆も忙しいんですけどー』

( "ゞ)『……親御さんと、少しお話しましょうか?』

もとより生活が学業に差し支えている状況だ。
このままでは、彼女の学力も危うい。
そう思って提案したのだが、彼女は首を振る。

川 ゚ 々゚)『大丈夫。どうせ家を継ぐようだし』

空になったグラスを弄び、拗ねたように彼女は答える。
障子の外からは、バケツをひっくり返したような雨が聞こえた。

( "ゞ)『どうでしょう。この先どうなるかなんて、大人でもわからないのに』

川 ゚ 々゚)『うちは特殊だから』

結露で濡れそぼった手を見つめ、素直くるうは唐突に語る。

川 ゚ 々゚)『昔はねぇ、拝み屋さんやってたらしいんだ』

( "ゞ)『昔?』

川 ゚ 々゚)『詳しくは知らないけど、江戸時代とかそれくらいじゃない?』

素直の口調は雑談と変わらない、軽いものだった。

川 ゚ 々゚)『地方を行脚して、悪いものがいたら退治するって感じで』

( "ゞ)『はぁ……』

彼女の空いたグラスが気になり、チラとソーダのボトルを見る。
ふっつ、ふっつ、と密閉された中で、気泡が上へ上へと立ち上っていた。

47デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:44:52 ID:RGmrMqgE0
川 ゚ 々゚)『でもある時、厄介な物の怪がいてね。
     相討ちに近い形で、やっとこさ封印したらしいよ』

困惑を押し留める俺にも気付かず、素直は滔々と続ける。

川 ゚ 々゚)『それっきり、拝み屋は辞めたんだ』

濡れた手で、彼女は目を掻いた。

川 々 )『事を成そうとしても、物の怪が邪魔をする』

それは、涙跡のようにも見えた。

( "ゞ)『あ、あの』

川 々 )『だから、葬式を見張らなきゃいけないんだ』

強迫的な響きだった。

川 々 )『物の怪が、死者を――』

(;"ゞ)『ご、ごめん素直さん!』

大声で遮ると、ハッと彼女の顔が上がる。

(;"ゞ)『ちょっと、お手洗いを借りてもいいかな……?』

おそるおそる切り出すと、素直は軽く頷く。
そして能楽のような動作で、振り向いた。

川 々 )『トイレならこっちが近いですよ』

開けられた襖の先は、外にも劣らない暗さがある。
降雨の音も相まって、滝を備えた洞窟のように思えた。

48デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:45:18 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)『あ、ありがとう――』

川 々 )『まっすぐ行って、突き当たりの角を左に。
     そしたら庭に面したそばに、ありますから』

(;"ゞ)『――ございます』

素直の横を通り過ぎ、襖を超えた時だった。
ふわ、と、煙が顔を掠めた気がした。
まるで右手の廊下から、葬式を行なっているかのように。

( "ゞ)(……やめよう)

連想すれば、自分を恐怖に追い込むような真似になる。
ましてや廊下の先は暗く、どこを向いてもあてがないような状況だ。
スマホの画面を灯明に、俺は廊下へと向かった。
とはいえ、本当に用が足したかったわけではない。
適当なところで立ち止まり、ようやく俺は一息ついた。

( "ゞ)(参観日のあたりから、おかしなことが多すぎる)

当時はその違和を、言語化できなかった。
しかしこれを書いている今ならば、多少言い表すことができる。
どう考えても全てがおかしくなったのは、
素直くるうを家に送り届けた、あの夜からだった。

( "ゞ)(……そろそろ戻るか)

スマホ曰く、離席してから五分が経っていた。
眺めていた辞書機能を閉じ、俺は来た道を戻ろうとした。

( "ゞ)(…………どっちから来たっけ)

もとより暗すぎる廊下だ。
なんとなくで角を曲がってしまったのが災いし、
自分がどこにいるのか、皆目分からなくなってしまった。
おまけに雨の音は信じられないほどうるさく、心細さが増す。

49デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:46:06 ID:RGmrMqgE0
(;"ゞ)(クラピカ理論で行くか)

壁伝いに、右へ右へと進む。
途中で障子を触ってしまい、穴を空けかけたのは内緒だ。
まさか生徒の家を壊したなんて知れたら、教師の名折れである。
だからこそ慎重に、ゆっくりと進んでいた時だった。

( "ゞ)『わっ……!?』

足に引っ掛かりを覚え、つんのめってしまった。
そして倒れた先にも、硬い木製の段が続いていた。
スマホで照らしてみると、跳ね上げ式の梯子だった。

( "ゞ)『二階……?』

したたかに打ったすねを撫でながら、天井を照らす。
その先には、ぽっかりと穴が空いている。
ふと叔母さんの息子――ドクオを、思い出してしまった。

( "ゞ)(やだなぁ……)

叔母さんのマシンガントークや、ドクオの暴力性、
それに対する旦那さんの暴言など、嫌な記憶が渦を巻く。

(  ゝ )(嫌だなぁ、不愉快だなぁ。
    本当は叔母さんたちのこと、そんなに好きじゃないのに、
    いい顔してしょうもない話を聞いて、余計なストレスを溜めて)

恨みつらみが、つむじ風の如く巻き起こる。
そればっかりが叔母さんのすべてではないはずなのに。
堪えていた不満が、足を動かす。
――梯子へ、と。

50デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:46:57 ID:RGmrMqgE0
(;"ゞ)『ヤバい、ヤバい』

うわ言を呟き、うっすらと踏みとどまりたい気持ちが湧く。
けれども胸の内で封じていた不満が、俺を突き動かす。

(;"ゞ)『き、《きつね》が――』

怖い、と言い終わるか否か。
二階に、辿り着いてしまった。

(;"ゞ)(どうしよう、どうしよう)

勝手に二階へ来てしまった。
さすがの素直くるうも、帰りが遅いことに気付くだろう。
迷っただけならまだ救いはあるが、これは立派な不法侵入だ。
しかも最悪なことに、豪雨はピークを迎えているらしい。
屋根一枚を隔てた外で、叩きつけるような音が響いていた。

(;"ゞ)『あぁ、いやだ。いやだ』

口に出しながら、俺は前へと進む。
――信じられないことだが、一階に戻ろうとは考えなかった。
ただ直進することでしか、解決できないと強く思い込んでいた。
頭がおかしいと思うだろ?
今の俺も、そう思ってる。

( "ゞ)(でも、一階よりは灯りがあるな……)

まばらではあるが、豆電球がぼんやりとした光を放っている。
しかもかなり先に、一際明るい光があった。
それに安堵し、歩調を速めた時だった。
ざんばらに重ねられた板を、踏んだ。
気のせいではなく、確実に。

( "ゞ)(卒塔婆が捨てられてる)

直感して、次の瞬間うわぁっと声が出た。
どうして、確信めいてしまったのだろうか。

51デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:47:22 ID:RGmrMqgE0
(;"ゞ)(下は見ない。絶対に)

足元を見たら、答え合わせをしてしまう気がした。
だから足の裏から、玉砂利の冷たさだとか、御影石の破片だとか、
泥濘が足底をべったり捕らえ、執着を受けたとか、
腐り果てた柄杓が、めっきりと折れる音がしたとか、
寂れたお寺の墓場を連想しても、気づかないそぶりで歩き続けた。
やみくもに、ただひたすらに歩いて、歩いて、歩いて――。
どれほど経ったのか。
スマホを見る余裕もなく、俺は歩き続けた。
結果、渇望していた強い光の下にいた。
月光色の灯に照らされていたのは、老木のような肌をした人だった。
ともすれば、即身仏のようななりをしていた。

川  ゥ )『くるうかぇ』

一点の闇を見つめるそれは、くるうの名を呼んだ。
ギョッとしながらも、俺はどうにか返答する。

( "ゞ)『す、すみません。違います』

少し考えを巡らせ、老婆は答えた。

川  ゥ )『お客さま、でしたか』

ほう、ほう、と、梟が鳴くように、老婆が頷く。

川  ゥ )『来客だというのに、お構いもできず、申し訳ない。
      もうすっかりと手足がなくなって、久しゅうて。
      起き上がることすら儘ならず、死を待つだけの身で』

思わず俺は、老婆に掛けられている布団を見る。
カビ臭い布団は、不自然に凹んでいた。

( "ゞ)(四肢があれば、あったらば……)

その先の言葉を、言い表すことができなかった。

52デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:48:22 ID:RGmrMqgE0
川  ゥ )『この家に生まれ、覚悟はしていたが辛いもので。
      娘は勿論、孫も、その孫にも、不幸に遭わせる他もなく』

( "ゞ)(まさかこれが、ひい婆さん――ヒールさんなのか?)

伝聞にあったかくしゃくとした雰囲気と、ずいぶんかけ離れている姿だ。

( "ゞ)(でももし、そうだとしたら)

幼児を締め出す、情のない相手なら、わざわざ話をする必要もない。
そっと後ろに足を進め、元来た道を帰ろうとした時だった。

川  ゥ )『階段ならば、その先に』

もったりと動く首が示すは、左。
――俺の来た方角とは、まるっきりの逆。

(  ゝ )(しかも、階段だって……?)

じゃあ、さっきの梯子は、と考え、気付く。
ヒール婆さんが寝たきりなのは、見ての通りだ。
三度食事を運ぶのなら、毎日介助をするのならば。
――梯子なんか、不便で使うはずがない。

53デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:49:15 ID:RGmrMqgE0
ヒュッと喉が鳴った俺に、ヒールさんの首がこちらを向く。

川  ゥ )『外はもう、とっぷりと暮れている頃合いでしょう。
      先だって家中を、《きつね》が走り回っていましたもの。
      ……まぁ、正確には《きつね》でもないのですが。
      我々の先祖がデウブクを試みて、名をつけただけ。
      霊力を備え、あわよくば金銭欲など抱かなければ、
      逆にこちらが縛られることもなかったというのに、ねぇ?』

その、『ねぇ』という響きに、俺は耐えられなかった。
だってその声は、叔母さんがくだらない迷信を口にし、
互いの信頼と自らの地位を確認する時のものと、まったく同一で。
こんな目に遭っても現実を受け入れられず、
なのに起きてることは真実だから、
まぎれもなく受け入れなくてはならないのに、
やっぱり信じられないから、
第三者からの承認に真偽を委ね、
なにもおかしなことは起きてなんかいないと認めてくれた責を、
押し付けるために、『ねぇ』と、言ったのだ。

( "ゞ)(こわい)

ひらがなでくっきり三文字、頭の中にそう浮かんだ。
俺はなにも答えず、老婆のいる布団を横切った。
それを咎める様子もなく、変に安堵しながら俺は歩みを進める。

( "ゞ)(あぁ、)

まもなく見つけた階下からは、灯りが漏れている。
内心、乾いた笑いが出る。

( "ゞ)(人家なのに、外と同じ暗さのわけがないよなぁ)

覗く見る限り、蛍光灯が煌々と廊下を照らしている。
いよいよ俺は、おかしい状況にある。
だが、どうやって抜け出せばいいのだろう。
信用できるものが、なに一つとしてないのだ。

54デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:49:50 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)(出口のように見えても、実は地獄の入り口なのでは?)

しかし俺は、もう疲れていた。
次から次へと起こる、不合理な光景に。
綿の靴下越しに、踏みしめた墓の幻影に。
《きつね》と呼ばれる、魑魅魍魎のたぐいに。
馬鹿げた迷信だと、一笑に付した事実に。
未だ夢を見ているような、自身の剣呑さに。
ドヤ顔を撒き散らす、叔母の幻視に。
あわれにも巻き込まれた、渡辺夫妻の末路に。
執拗に刺し殺された少女と、臓物を散らしたタビーに。
朗々と名を呼ばわれ、招かれた魂に。
割られたであろう子供茶碗と、切り刻まれた猫の首輪に。
素直くるうに纏わる、悪感情の詳細に。
次に彼女と会った時、よそ行きの顔を作ることに。
けっきょくは他人と変わらず、くるうに恐怖を覚える自分に。
己の直感と、霊感のなさに。

( "ゞ)(だから先のこともわからないんだ)

脳死した俺は、虚無のままに足を進める。
一段、一段、また一段。
階を下るたび、木が軋む。
二階から見れば、沼に呑まれるように俺の頭が消えていることだろう。
それでも一階は、驚くほどに平凡で、拍子抜けさえしてしまう。
ごく普通の廊下だ。
涙がにじむくらい、ホッとする光景だった。

55デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:50:38 ID:RGmrMqgE0
なればこそ、俺は階段を踏み外しそうになった。
――突然に、獣臭がしたからだ。
息を止めてもむせ返るほどに、強烈な生臭さ。
カビ臭さにも似た、ペトリコール混じりの異臭。
タビーの亡骸を連想するが、その比にもならない。
生皮を剥がれた、巨大な生き物の死臭だ。
《それ》は、俺の背後にいる。
不可視の体を伸ばし、二階から逃れる俺に追いすがろうとしている。
えづきあげながら、俺は膝に力を入れる。
震えをどうにか押さえつけ、一気に階下まで降り立った。
その、最後の一段から、足を上げた時。
――老木が軋み裂かれるような悲鳴が、反響した。

(; ゝ )(あ、…………)

あの婆さん、《きつね》に食われてる……。
長生きしても最後には、《きつね》に食われるんだ。
少しずつ、少しずつ。
四肢の先から、砂岩を削る川よりも遅く。
生きた心地が、まるきりしなかった。
床板の木目を見つめることで、なんとか正気を保つ。
とにかく、前を進むことだけを念頭におく。

(  ゝ )(早く終わりますように)

何に対し、懇願したのか。もはやわからない。
灯りが照らす木目が、立ち昇るように光る。
次第にそれが、まばたきのように思えて、いやになる。
ふと、顔を上げた。

( "ゞ)(座敷――)

襖に、血がべったり飛び散っている。
ザクザクと、何かを切る音がする。

56デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:51:21 ID:RGmrMqgE0
もう、そこで帰ってしまえばよかったのに。
俺は、馬鹿だった。

(  ゝ )(《きつね》が……)

何かしていたら、生徒に、そうしたら。
混濁した単語が、危機感を呆けさせる。
――俺は、襖を開けてしまった。

(; ゝ )(どうにもできるわけがないのに)

己が手は、襖から距離を取る。
唖然と手を見つめて、それから現実を受け入れた。

四方の襖は、すべて赤い。
赤黒い血が、価値観の違いすぎる絵を描いている。
ちゃぶ台はひっくり返り、泥ごと饅頭が踏み潰されていた。
コップは粉々に散らばり、その途上で見知った制服が倒れている。
こと切れた素直くるうを、男が刺している。
雨滴と血が滲み合うレインコートが、ふわふわとこちらを向く。

('A`)『――テメェ、どこから来た』

脂ぎった前髪から、ドブに沈んだカミソリのような目が覗く。
答えられない俺に、血濡れの手が近づく。

('A`)『見たよな。殺したのを』

何も言い返すことはできない。
襖を開けた時点で、俺は有罪なのだ。
超常的な現象が、害をなすわけがない。
怖いのは、いつだって人のはずだった。

57デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:51:50 ID:RGmrMqgE0
('A`)『はぁ〜〜あ』

しびれを切らした男が、くるうから離れる。
立ち上がって、こちらにやってくる。
手には包丁を持って。
穴の開いた、切った野菜が張りつかない包丁だ。

('A`)『お前さぁ、デルタだろ。関ヶ原デルタ』

(; ゝ )『なっ、なんっ、なんっで……!!』

('A`)『いつも見てたからな。二階から』

(; ゝ )『ま、さか』

('∀`)『そう。深独の、出来が悪い息子。
   初めましてだなぁ、デルタくぅん』

へららと軽率に笑い、ドクオは距離を詰めてくる。
腰が抜けている俺は、必死になって床を這う。

('∀`)『イイね。ゴキブリみたいで似合ってる』

皮肉を言った後、彼は吹き出した。

('∀`)『俺って冗談が言えたんだなぁ。
   食卓じゃあ、息がつまって何もできなかったのに』

(; ゝ )『ぐぅゔあぁっ……!』

後ろ背に、湿った足跡がつく。
ピンで標本を固定するかのように、ドクオが俺を踏む。

58デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:52:14 ID:RGmrMqgE0
(; ゝ )『離しっ、て、離してくださ、い……!』

('∀`)『冥土の土産に、教えたろうか』

懇願を踏みにじりながら、ドクオは続ける。

('∀`)『ババァから聞いたろ、ガキ二人を殺した事件。
   アレ、俺なんだわ。犯人。俺がやったんよ。
   ずっと人を殺してみたかったんだけど、
   近所の藪に《よばい》のガキが入ったからさ。
   中学の道具箱から彫刻刀握りしめて、
   雨樋から降りて、後を追ってさぁ。
   何回も刺して、刺して、刺しまくって。
   どうせ《よばい》に、人権なんかないんだ。
   クズみたいな田舎にカスの煮こごった人間関係、
   ドブカス親父の説教に、お喋りババァの過干渉。
   こんなクソみてぇ生活なんか、壊れちまえばいいんだ』

その語り口は、どことなく叔母さんに似ていて。

(;"ゞ)(ああ、どうしようもなく親子なんだ)

ひよった脳が、ぼんやりと想起していた。

('A`)「お前があの家に生まれればよかったのになぁ」

ポツと漏らし、ドクオが俺の背を殴る。

('A`)「お前なら、犬猫も殺さないだろうに」

(;"ゞ)「ま、さか」

('A`)「予習復習は基本だからねぇー」

形骸化した学心を振りかざし、ドクオは執拗に俺を殴る。
あの晩に聞いた、鈍い床音のように。

59デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:52:39 ID:RGmrMqgE0
(;"ゞ)『こんな、ことが――』

('A`)『あーわかってるわかってる。
   こんなことが許されていいものか、だろ。
   さすが先生。偉ぶり上手で、キショいんだわ』

ドス、と荷重が増す。
息がつまって、木目の埃を飛ばす勢いで咳きこんだ。
いよいよドクオは、馬乗りになる。

( A )『でもさぁ、不思議なんだよ』

包丁をスーツにあてがい、何度も何度も筋が通る。
弄ばれているだけで、実際に傷はついていない。
余計に、怖かった。

( A )『二人とも殺したはずなんだ。
   なのに《よばい》のガキは、生きてやがるんだ』

脂まみれの包丁が、いよいよ俺の皮膚をなぞる。
雨音が、有り余る雑音が、真っ白な思考を支配する。

('A`)『確実に殺したはずなのに、生きてやがるんだ――』

かすかに震えた声で、ドクオがさらに続けようとした時だった。

60デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:53:15 ID:RGmrMqgE0
『ィ"イ"イ"彳"ィ"彳"ィィイ』

ドクオの背後から、音がする。
同時に、ポタポタという音も混ざる。
高所から、とろみのついた液が滴るような――。

(; A )『ッ!』

ドクオが振り向く拍子に、バランスを崩した。
それを押しのけて、俺はなんとか体を起こす。
だが、しかし。

(  ゝ )『えっ』

素直くるうが、体を起こしている。
下肢は突っ張り、スカートはあられもなくはだけていた。
ひっくり返ったスカートは、腹から胸まで覆い尽くしている。
いわばブリッジのような状態で、素直くるうの死体が固定されていた。
だらんと脱力した両腕は、故障寸前の洗濯機の如く振動し続ける。
そこで、ようやく気付く。
限界を超えて逸らした体を、かろうじてつま先が地を掴み、立っている。

(。タ。川『イィ"イ彳イ"ィイ』

素直くるうに似せた音が、空間をビリビリと震わせる。
時折混ざる雑音は、まるで遠吠えのようだった。

(。タ。川『ィんぉお"ィムンんぅゔ』

人声を真似た、獣の咆哮がとどろく。
腕が、動く。

61デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:53:39 ID:RGmrMqgE0
(。タ。川『ぅぉオ"才"ォ』

幼い拳から、指が伸びる。
ゆっくり、こちらを指して。

(。タ。川『卜"ッドォ"才ク"くくく』

変わっていく。

(。タ。川『し"ンソんド"クククク』

変わっていく。

(。タ。川『卜"く、クオォ』

音声が、明瞭に。

(。タ。川『しんどく、どくお』

糸で吊られたような腕の、焦点が合う。

(。タ。川『しんどくどくお。しんどくどくお』

素直くるうは、《よばう》。

(。タ。川『深独ドクオ』

ドクオを、指し示して。

(。タ。川『深独ドクオ』

(;'A`)『な、なっん、で』

ありえない様に、ドクオが床を探る。
なのに、包丁はない。

62デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:54:02 ID:RGmrMqgE0
(。タ。川『深独ドクオ』

(;'A`)『ごぷっ……?』

ドクオの口から、赤が散る。
胸には、深々と刺さった包丁。

(。タ。川『深独ドクオ』

(; A )『ゃめっ、』

レインコートの内部で、血が爆ぜる。
ドクオが、仰向けに倒れた。

(。タ。川『深独ドクオ』

(; A )『ォガッッ』

その体からは、幾筋も血の道が走っている。
もう絶対に助かりようがないくらい、多かった。

(。タ。川『深独ドクオ』

《よばい》は、続く。
名を呼ばれる度に、崩折れたドクオが跳ねあがる。
それに引きかえ、素直くるうは地に足をつけていく。
死体から獣へ。獣から少女へ。
素直くるうは、回生する。

63デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:54:29 ID:RGmrMqgE0
川 ゚ 々゚)『…………』

( A )『――――』

(  ゝ )『…………』

怯えだけが、ひしひしと相手に伝わるだけの時間だった。
雨の音だけが、変わらず響く。
互いになにも言えず、言う気にもならなかった。

川 ゚ 々゚)『………………あ、』

不意に出た一言に、俺の肩は揺れた。
だが彼女の目的は、俺ではなかった。

川 ゚ 々゚)『うーん……』

ドクオの死体に近付き、何かを物色している。
意図が分からず、俺は固まっていた。
もうどうやったら逃げられるのか、まったくわからなかった。

川 ゚ 々゚)『これでいっか』

取り出したのは、煙草のケースだった。
気がつけば、彼女の手にはハサミが握られている。
シャッ、と勢いよく刃が開く。
同時に、黒褐色の塵が舞う。
乾いた血がこすれ落ちたものだった。
ハサミが、煙草ケースに喰らいつく。

川 ゚ 々゚)『深独ドクオ』

( ;ゝ )『ヒッ…………』

その異様さに、俺は意識を手放した。

64デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:54:58 ID:RGmrMqgE0
――気がつくと、俺はバスの車内にいた。
最低限の私物をまとめた、ボストンバッグを持って。

( "ゞ)(今、何時だ……?)

服をまさぐり、スマホを見つける。
幸か不幸か、充電はとうに切れている。
万が一にも画面がついたら、学校から着信が残っているかもしれない。
それに応じる気には、とうていなれなかった。
車窓では、昇ったばかりの太陽が輝いている。
どうやら朝一の便で、町外を出ようとしている。

( "ゞ)(よかった……)

しかし現実から目をそらしていることに、変わりはない。
スラックスの裾には、泥はねがこびりついている。
雨上がりの田舎道を、命からがら走った形跡が――。

65デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:56:07 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)「――――っていうことが、あったんだよ」

ようやく語り終えた俺に、読書サークルの面々はしょっぱい顔をする。
その目の前では、グツグツと湯豆腐が踊っていた。

(;・∀ ・)「いや、話が重すぎる」
 _、_
( ,_ノ` )「オメーふざけんなよ。冬場でションベン近いのに」

(-@∀@)「渋沢さんは年のせいでしょ」
 _、_
( ,_ノ` )「なんだと酒カス五留」

(-@∀@)「角瓶で〆るぞヤニカス」

( ゚∋゚)「はいはい喧嘩両成敗ハンムラビ法典。
     それ以上騒いだらオマエら出禁だからな」

シンと場が静まり返ったところで、俺は言う。

( "ゞ)「お前ら、変わらなすぎて安心するわ」

( ゚∋゚)「……しかしまぁ、災難だったな」

(;・∀ ・)「その、ドクオさんって人は……」

( "ゞ)「叔母さんから喪中ハガキが実家に届いてたよ。
    家族葬はとっくにやったから香典も要らないって」

(;・∀ ・)「もみ消されてるじゃん!」

( "ゞ)「うん。だから実家とも自然に縁が切れた感じ」

( ゚∋゚)「言っちゃ悪いが、叔母さんは距離感おかしそうだしな」

( "ゞ)「俺もそう思う」

66デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:56:32 ID:RGmrMqgE0
(;・∀ ・)「ちゃんと勤め先も辞められたんですよね……?」

( "ゞ)「解雇通知書だけ、なぜか今の家に届いたわ」

(-@∀@)「実家じゃないんだ」

頷くと、声にならないざわめきが起こる。
 _、_
( ,_ノ` )「まともじゃないな」

(・∀ ・)「そういうの、洒落怖以外で初めて聞きました」

( ゚∋゚)「しかも首都圏から日帰りで行ける地域」

(-@∀@)「時系列が半年前っていうのも、ポイント高い」

( "ゞ)「何のポイントよ」

(-@∀@)「鮮度の?」

( ゚∋゚)「築地かよ」

(-@∀@)「ブッブー、正解は沼津港でした」

(・∀ ・)「この流れでやるノリじゃないっすね」

軽蔑の眼を向ける後輩に、年上すぎる先輩は満面の笑みを向ける。

(-@∀@)「それはともかく、労働は悪だね」

( "ゞ)「それはマジでそう」
 _、_
( ,_ノ` )「お前も日雇いにならないか、煉獄さん」

(-@∀@)「微妙にセリフ違くてイライラするなそれ」

(・∀ ・)「それめっちゃわかる」

67デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:57:10 ID:RGmrMqgE0
( "ゞ)「日雇いは嫌だな……。安定した雇用につきたいです」

( ゚∋゚)「なら僕は税理士になる!」

(・∀ ・)「じゃあ僕は警察官!」

(-@∀@)「オーハラ!オーハラ!」

( "ゞ)「本気になったらオーハラ!」
 _、_
( ,_ノ` )「なんそれ」

(・∀ ・)「あ、渋沢さんテレビ見ないんでしたっけ」

(-@∀@)「資格と縁遠そうだしなぁ」

( ゚∋゚)「それさすがに言われたくないやろお前には」

( "ゞ)「五留VS無職VSダークライ」

(・∀ ・)「ダークライが可哀想」
 _、_
( ,_ノ` )「つーか、ヒッキー遅くねぇか?」

ヒッキーとは、飲みで早々に潰れた男である。
さっきまで盛大にゲーゲー吐いている音は聞こえていた。
しかし気付けば、それも途絶えて久しい。
そろそろ様子見に行くか、と互いに見合わせていた時だった。
やおらトイレの扉が開いて、奴は戻ってきた。
再び六人揃ったところで、俺らは鍋をつつき始める。

(-@∀@)「そいにしても、やな話だねぇ」

( "ゞ)「お、そこ掘り返すんだ」

やや胸の奥が痛みつつ、酒で押し流す。

68デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:57:37 ID:RGmrMqgE0
(-@∀@)「いやぁ、今だから言うんだけどぉ」

酒を一杯引っ掛け、アサピーは言う。

(-@∀@)「お前が引っ越したAA町。あれ、本当に流刑地だったんだ」

(;"ゞ)「……へ?」

( ゚∋゚)「山なのに島流し……」

(・∀ ・)「先輩、そういう雰囲気じゃないっす」

(-@∀@)「図書館から地図借りて調べたんだぞ。
      したらあの辺、山を拓くのに徒刑囚使ってた」
 _、_
( ,_ノ` )「つーことは、江戸中期以降かな」

( "ゞ)「熊本藩での再導入をきっかけに
    全国的にも見られるようになったんですよね、たしか」
 _、_
( ,_ノ` )「パーフェクトな回答だ」

( ゚∋゚)「もともと曰くつきの土地、か」

(-@∀@)「罪人は穢れ信仰の代名詞だからな」

(・∀ ・)「そういえば、俺もちょっと変だと思ったことがあるんですよ」

律儀に箸を置きながら、後輩の斎藤が口を開く。

(・∀ ・)「デルタ先輩、二階で墓地のスタンド攻撃受けてたじゃないですか」

( "ゞ)「ああうん……。スタンドなのかな、あれ」

(・∀ ・)「墓場にきつねって、変じゃないですか?
     なんか、普通だったら火車とか魍魎じゃないかなって」

69デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:58:08 ID:RGmrMqgE0
(-@∀@)「あぁ、それはたしかに。
      特に火車なら、しっくり来ちゃうね」
 _、_
( ,_ノ` )「火車は、罪深き者の死体を持ち去るという説もある。
     ちなみに茅窓漫録では、魍魎にカシャの読みを振っているぞ」

( "ゞ)「でも火車は、年増の猫又が成るものでしょう?」

(・∀ ・)「そう、墓場といえば猫。死体といえば猫なんですよ」

( ゚∋゚)「なのに、《きつね》ねぇ」

(・∀ ・)「死体が生き返る描写とか、猫又の真骨頂って感じもするし」

そう言われると、たしかにおかしな気もする。
しかし知恵を出し合ったところで、後味の悪さは今さら拭えない。
晴れぬ顔色に、クックルが言いそえる。

( ゚∋゚)「狐は化かして人をからかうものだからなぁ。
     素直邸で起きたことは、全部夢だったのかもしれんぞ」

そうかも、と返しかけた時だった。
 _、_
( ,_ノ` )y「それだよ」

渋沢さんが、十五本目の煙草に火をつけた。
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「俺ぁ、魂呼ばいの儀に引っかかってたんだ」

数珠じみたブレスレットをいじりつつ、彼は続ける。
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「AA町の儀式は、死者との別れを告げるもの。
       ――理屈はわかる。だが、強いてやることか?
       茶碗割りの儀式自体は、そうそう珍しいもんじゃあない」

(-@∀@)「つまり、理由付けが弱いと言いたいんですね」
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「まぁ、邪智に過ぎないんだがね。
       実のところ、魂呼ばいの対象は遺族かもしれん」

怪訝そうな顔をする面々に、渋沢さんはぐるりと見回した。

70デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 00:58:34 ID:RGmrMqgE0
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「AA町の《きつね》とやらは、
        死者に化けていたのではないか、と」

( "ゞ)「それは――」

とっさに言葉が突き出て、閉口する。
俺の脳裏には、パッと浮かんでしまった。
昨日おとといに亡くなった者が、トントンと戸板を叩く。
何度か家人の名を呼び、どうか開けてくれないかと懇願する様が。
根負けして開けたが最後、その時は。

( "ゞ)(その時は)

ふと、素直くるうと深独ドクオが浮かぶ。
相手を愚弄しただけで、あの《きつね》は満足するだろうか?
早鐘を打つ心臓に、喉の奥が強く締め付けられる。

( ゚∋゚)「それ聞いて思ったんだけど」

サークル長こと、クックルが控えめに挙手する。

( ゚∋゚)「地名がなぁ、変だと思ったんだよ」

(・∀ ・)「そーっすか?」

能天気な斎藤の口調に、いささか俺は救われる。

71デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:06:47 ID:RGmrMqgE0
だがそれも、一瞬の安寧だった。

( ゚∋゚)「茂々田にしろ、千々観にしろ。
     わざわざ同じ字を繰り返す傾向があるんすよね」

(-@∀@)「言われてみれば、ほかの地名もそうだったな」

地図を当たったアサピーなら、ピンと来るものがあったのだろう。
その隣では、さっそく斎藤がマップアプリで検索していた。

(・∀ ・)「木々越(こごえ)、素々原(そそのはら)、山笹々(やまさざ)……」

( ゚∋゚)「ほら、やっぱり」

各々は納得する。
しかし俺は、干潮のごとく血の気が失せた。

(; ゝ )(全然、気付かなかった)

こんなにも単純な法則性を、見落とすことがあるだろうか?
仮にも国語教師を名乗っていた身だ。
特徴的な名付けに、ひとつくらいは印象を抱いてもおかしくないはずなのに。

(; ゝ )(きもちわるい)

だが、連想は止まらない。

(-@∀@)「一声呼び、だな」

(・∀ ・)「なんすか、それ」

(-@∀@)「山中の妖怪は、同じ言葉を繰り返すことができない。
      山に入る者はそれを警戒し、二度呼ばれるまで応じないんだ」

( ゚∋゚)「そういやツイッターでも話題になったな。
    子熊の咆哮が、なぜかおっさんの声に似てんだわ」

(・∀ ・)「つまり、応じたらヤバイってことですよね」
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「少なくとも、例の《きつね》はタチが悪かろうな」

(; ゝ )「もし応じたら、どうなるんでしょうか……?」

(-@∀@)「さぁ、皆目わからないね」

追い酒し、ぐるぐると回った目でアサピーは言う。

72デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:08:07 ID:RGmrMqgE0

(-@∀@)「でも《きつね》は、何度もドクオの名前呼んでるわけで。
      もはや護身術として、機能してないようにも思えるんだよね」

(・∀ ・)「意味がなくてもやめられないくらい怖かった、のかなぁ」

( ゚∋゚)「だからこそ素直家が流浪の拝み屋だった証左になるのでは?
    当時のAA町では、解決できなかったから依頼したのかもしれん」

(; ゝ )「それは、人死にとか……」
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「もちろんあるだろうな」

渋沢さんの一言に、誰ともなく唾を飲み込んだ。

(-@∀@)「そんなヤバい奴をデウブク――つまりは、調伏を試みたわけで」

( ゚∋゚)「まあ、たしかに金の入りは良さそうだよな。
     聞いてる分には、葬儀屋にお金を包む風習も残ってそうだし」
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「あるあるだなぁ。
    俺の実家も、婆さん死んだ時にやってたわ」

(・∀ ・)「へぇー。残ってるもんですね」

(-@∀@)「憑き物筋としては、成立してるんだよなぁ」

( ゚∋゚)「だが全く羨ましくない」
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「金だけがすべてじゃないから」

(-@∀@)「だが財力こそ至高」

ひとしきり茶番を演じたところで、クックルが意味深に頷く。

( ゚∋゚)「でも、あながち間違いでもないかもなぁ。
     金さえあれば、結婚相手もどうにかできるし」

(・∀ ・)「まさか、素直家の旦那って……」
 _、_
( ,_ノ` )「まぁ、そういうことだろうな」

73デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:09:32 ID:RGmrMqgE0
(;・∀ ・)「――てか、デルタ先輩、顔色ヤバくないですか?」

斎藤の一言に、皆が俺を見る。
一種、白けたような空気が走った。

( ゚∋゚)「よし、やめよう」

お茶割りの缶を開けながら、クックルはそう言った。

(-@∀@)「悪かったわ。遠縁とはいえ、親戚亡くなってるしな」
 _、_
( ,_ノ` )「怪談好きが昂じるのも、考えもんだったわ」

煙草をもみ消しながら、渋沢さんは深く目を閉じる。
なんだか申し訳ない気持ちになって、俺は首を振った。

(;"ゞ)「大丈夫ですよ。話したら、少し楽になりましたし」

その時、カセットコンロの火が消えた。
グツグツに煮えた湯豆腐も、今や心もとない水量だった。

74デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:09:56 ID:RGmrMqgE0
( ゚∋゚)「空焚き防止の装置だなぁ」

(・∀ ・)「無理ですね、シメのうどん」
 _、_
( ,_ノ` )「俺、もうお腹いっぱい」

(-@∀@)「中年に差しかかった人は、やぁね」
 _、_
( ,_ノ` )「三年後のオマエだぞ」

(-@∀@)「もう一人のボク……!?」

( "ゞ)「水、足せばよくないです?」

(-@∀@)「…………」

(・∀ ・)「欲しがってる」

( "ゞ)「遊戯王デュエルマスターズとは言いませんよ」

( ゚∋゚)「つーか火つかねぇわ」
 _、_
( ,_ノ` )「昭和式メンテナンス!」

(-@∀@)「わぁ、蛮族」

( ゚∋゚)「新品なんでやめてください」

喧騒が戻り、俺はホッとする。
怪談に一生を捧げるような人間は、ここにいない。
所詮それらも、花見の団子に過ぎないのだ。

( "ゞ)(忘れよう)

シメのうどん作りに、加わろうとした時だった。

75デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:10:36 ID:RGmrMqgE0
爪'ー`)y‐「《よばい》のひい婆さんは、調伏に失敗したと言いましたね」

やおら、そんな一言が聞こえた。
彼の手には、渋沢さんの煙草が握られている。
 _、_
( ,_ノ` )「おい、その話は――」

爪'ー`)y‐「調伏は失敗したのに、《よばい》の家は存続している」

(;"ゞ)(それは、たしかに)

特に管狐信仰では、その傾向がある。
憑き物を制御できなくなった家は、滅んでしまうのだ。

( ゚∋゚)「おまえ――」

言いかけるクックルに、彼は目をそばめた。

爪'ー`)y‐「多分、憎悪なんですよ」

それは、明日の天気について教えるような口調だった。

(;-@∀@)「……家系を助けてるのに?」

爪'ー`)y‐「渋柿の長持ち、呪うに死なずという言葉を知らないのかい?」

嘲りを含んだ言葉に、一同は言葉を失う。
ただ一人、俺だけが。

(;"ゞ)「憎まれっ子、世にはばかる……」

言葉の意味を解き明かしてしまった。
ギョッとして、斎藤たち四人がこちらを見る。
まるで、《よばい》の家を見る目付きで。

76デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:11:02 ID:RGmrMqgE0
(  ゝ )(なぜ、国語教師なんかになってしまったのだろう)

分からなければ、皆と同じ立場でいられたはずなのに。
俺は、分かってしまった。
AA町の畏怖を通じ、《きつね》は素直家を呪っている。
人の道を外れた者は、いずれ物の怪へ転ずる。

(  ゝ )(その時を迎えるまで、壊して、治して、壊して――)

爪'ー`)y‐「そして君も、《よばい》の娘を恐れている」

破顔を見せる彼に、俺は射抜かれる。

爪'ー`)y‐「さぁ、抄し給えよ。《よばい》の物語を」

途端、ガチャリと音が響いた。
彼の後方、誰もいるはずのないトイレの扉が開く。

(;-_-)「ごめん、服貸してくんない?  汚しちゃったんだよね」

(; ∀  )「えっ」

俺と斎藤、クックル。
渋沢さんとアサピー、そしてヒッキー。
席は六つ、ふさがっている。
ふさがっている、はずだった。
なんで気づかなかったんだろうか。

爪'ー`)y‐

(  ゝ )(こいつ誰だ)

渋沢さんとアサピーに挟まれ、くつろいでいる彼は何なのか。
疑問符が伝播し、俺たちは部屋を飛び出した。
靴を履いている暇はない。
外は真冬で、霧のような雨が降っている。
アパートから少し離れた自販機まで、夢中で走った。
人工的な灯りを目にし、俺たちは蛾のように集った。

77デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:12:03 ID:RGmrMqgE0
(;-@∀@)「ヤバい、ヒッキー置いてきた」

見回すと、たしかに影が一人少ない。
 _、_
(;,_ノ` )「いや、実害あるのはちょっと……」

渋沢さんの言うことも、もっともだった。

( ゚∋゚)「…………俺、行くわ」

毅然と振る舞うが、クックルの顔はかなり青い。
けっきょくクックルは、斎藤とともにアパートへ戻っていった。

(;"ゞ)「何だったんでしょうね……」

言いたくもないが、これ以上黙って正気を保つのも難しかった。

(;-@∀@)y━・~「…………まぁ、順当にいけば《きつね》だろうね」

珍しく煙草を吸いながら、アサピーが答える。

(-@∀@)y━・~「伝承上の狐ってさぁ、いい加減な姿が多いんだよね。
         野干は犬の姿で描かれてるのに、日本だと狐の異名だし。
         管狐やオサキは、イタチやネズミに似てるって言うしさ……」

 _、_
( ,_ノ` )「狐という用語自体が正体不明の意を含む……」

(  ゝ )「あぁ……」

酔い覚めた脳が、ひとつ場面を思い出す。
その正体を、ヒール婆さんは言っていたではないか。

川  ゥ )『……まぁ、正確には《きつね》でもないのですが。
      我々の先祖がデウブクを試みて、名をつけただけ。』

( "ゞ)(そうか)

諦念にも似た理解を帯びて、俺はうなだれるしかなかった。

78デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:15:22 ID:RGmrMqgE0
――補足すると、ヒッキーは無事だった。
《きつね》も部屋におらず、ゲロまみれの彼が困っているだけだった。
ヒッキーには、《きつね》が見えていなかった。
だから汚れた自分を見て、おののいて逃げたと思っていたらしい。
しかしいざ部屋に戻ったら、吸いさしの煙草が残ってたんだ。
集団ヒステリーで片付けられない、物的証拠だった。

(;・∀ ・)「ガチでお祓い行きましょうよ」

斎藤の提案に乗っかって、三日後にはそろって神社と寺でお祓いを受けた。
しかし神主にしろ、住職にしろ、こう言うのだ。

「特別、そういう気配はしませんけどね」、と。

けっきょく、《きつね》を祓えたのかどうかはわからないままだ。
サークルの連中とはそれっきり、縁が切れてしまった。
あんなことになった以上、話した側としては気まずいものがある。
たまに連絡をもらっても、返信をする気力も湧かなくなった。

79デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:17:21 ID:RGmrMqgE0
――俺の現状だが、以降は変わりなく過ごしている。
拍子抜けしてしまうほどに、普通の生活だ。
とはいえ、相変わらず実家とも距離は置いてる。
友人を作ることもなくなった。
深く関わりを持ったら、またなにか巻き込んでしまうような気がして。
現代じゃなければ、抱え落ちしてとっくに死んでたんじゃないかとも思う。
掲示板にしろ、医者にしろ、文明さまさまだ。

――そう、心療内科に通ってるんだ。
やっぱり怖くて、町の詳細については相談してないけど。
たまたま合う薬も見つかって、不安感や罪悪感も多少和らいできてる。
保険制度で薬が安くなったのも、だいぶ助かってる。
今はコンビニの深夜バイトで働いて、なんとか糊口をしのいでいる。
夜中に一人でいるのも、怖いけどな。
でも深夜に見回る警備会社よりは、まだ少しだけマシだ。
とりあえず俺の話は、これでおしまい。
レスしてくれたおまえら、ありがとうな。
やっぱり一人で抱えるには、重すぎる話だから。

80 ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:17:40 ID:l/darrtE0
>>79
本当におしまい?

81デルタ ◆hZ0OGaGcZ2:2021/10/16(土) 01:18:26 ID:RGmrMqgE0
えっっ?

82 ◆tC5OCB/ucI:2021/10/16(土) 01:20:23 ID:RGmrMqgE0
投下は以上となります

83名無しさん:2021/10/16(土) 01:36:38 ID:jtFgYKx.0
正統派ジャパニーズホラーいいよいいよー

84名無しさん:2021/10/16(土) 05:36:23 ID:VVwGs43E0
めっちゃよかったわ
読まされる文だった

85名無しさん:2021/10/16(土) 10:02:50 ID:YFKmlsKA0
乙乙

86名無しさん:2021/10/16(土) 13:46:17 ID:2hv8MoIg0
おつおつ
すごく読みやすかった
このタイプの話大好き

87名無しさん:2021/10/19(火) 02:22:12 ID:e3Vq8ZTE0

怖い話のまとめを布団の中でコソコソ読んでた思い出が蘇ったわ

88名無しさん:2021/10/19(火) 23:17:40 ID:aGUiUsm.0
めっちゃ面白かった
じわじわ謎に迫ってく感じいいね、乙

89名無しさん:2021/10/22(金) 17:50:50 ID:4SZmKe3Y0

ミラーサイトを早く見てみたい(+・∀・)ワクテカ

90作者からのおしらせ ◆tC5OCB/ucI:2021/10/23(土) 19:03:19 ID:5MsUrAJw0
本作のミラーサイトをBBH様に作成いただきました
ありがとうございます
よろしくお願いします

ミラーサイト(まとめ)リンク
tps://reiwaboonnovels.fc2.net/blog-entry-446.html

また多くの方に読んでいただきたいへん嬉しく思います
ありがとうございます
ぜひお友達やご家族にも勧めてみてください
なにとぞよろしくお願いします











だからもう許してください

91名無しさん:2021/10/23(土) 19:38:58 ID:yV7SkAAU0
ヒッ……

92名無しさん:2021/10/26(火) 14:12:41 ID:/PxeX5mM0
心理描写がすごくてとても恐怖を感じた。面白かった

93名無しさん:2021/10/27(水) 12:26:02 ID:3C61zyVo0
猫の名前「タビー」ってマタタビから取ったって言ってるけどタヒーって結構不吉だよね…

94名無しさん:2021/10/27(水) 18:08:44 ID:OrabqDu20
おつ
80.81の流れ大大大好き

95名無しさん:2021/10/27(水) 23:39:36 ID:4NEkDJk60
>>93 ヒエッ……

96名無しさん:2021/11/06(土) 12:38:10 ID:c7MNJtkk0
リアルタイムでスレを追っているようなワクワク・ゾクゾク感がたまらん


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