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(・∀ ・)(,,^Д^)グラン・ギニョル・ザギンのようです
1
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:53:57 ID:4RcV8CiQ0
.
五冊売れたんですよ、と高良が言う。
(,,^Д^)「昨日は全然引っ掛かんなかったのに、皆やっぱり火曜って月曜よりも心の余裕があるんですかね。
それとも万年橋の人が親切なんですかね」
(・∀ ・)「昨日は」
(,,^Д^)「数寄屋橋」
高良はビッグイシューの最新号を一冊、斉藤に渡す。
斉藤は表紙に写っているレディオヘッドを見ると変に嫌な気分になってしまい、ページもめくらずに返した。
(・∀ ・)「俺、こいつら好きじゃないんだわ」
(,,^Д^)「面白いですよ」
(・∀ ・)「いいよ」
(,,^Д^)「面白いし、一冊売れたら一八〇円だし」
(・∀ ・)「二三〇円じゃないの」
ビッグイシューは四五〇円の雑誌を一部売れば、いくらかのマージンが引かれていたとしても
最低二三〇円は売り手に残る仕組みのはずだった。
.
2
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:54:41 ID:4RcV8CiQ0
.
(,,^Д^)「いや、一八〇円」
(・∀ ・)「ピンハネされてんじゃないの、リーダーみたいな奴から」
高良は、とぼけた表情をした。
あれ、そうなんですか、内藤さんに持ってかれちゃってんのかなあ。いい人なんですけどね――と口籠もる顔よ。
お人好しと言うよりは、単に「物知らず」と形容した方が近かった。
(・∀ ・)「一八〇、一八〇で五冊売れても九〇〇円?」
どう考えても、割に合わねえだろ。
斉藤はそう吐き捨てると、万年橋の欄干にもたれていた身体を起こし、膝をくるめていた毛布を畳み、ボロきれで縛る。
それを壊れかけの自転車のカゴに乱雑に押し込み
ひとまず日比谷の方面へと足を向けるが、特に定まった目的地があるわけでもない。
(,,^Д^)「寝場所探しますか」
高良が聞いた。
(・∀ ・)「違う」
(,,^Д^)「缶拾いますか」
(・∀ ・)「まあ」
(,,^Д^)「やっぱり、深夜の方がいいんですかね」
.
3
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:55:01 ID:4RcV8CiQ0
.
日中だとゴミ捨て場の管理人が血相変えて飛んできますよね
あいつらやること無くて暇なもんだから
もう腰なんてこんな曲がってんのに元気だけはそこら辺の大学生なんかよりずっとあるんだから――
高良はそのようなことを斉藤に捲し立てたが、彼は何も返さず、黙々と夜半の晴海通りを進む。
火曜日の夜だった。
斉藤は週に一回、水曜日の午前中に築地川公園で開かれる炊き出しの前の晩には
缶拾いの体で夜通し、自転車を押しつつ街中を歩くことを習慣付けることにしている。
特別な理由は無かったが、もう大分前に衝動的に思い立ってから、彼は律儀にそれを何十回と続けていた。
あくまで目的は朝が来るまで街を歩き通すことで、缶拾いそのものにはそこまで重きを置いているわけではなかった。
缶に限らず、金に換えられそうな目ぼしいものを
ついでに見つけられたら拾っておく、くらいの気持ちでいられれば良い。
(,,^Д^)「いつまで拾うんですか」
(・∀ ・)「朝まで」
(,,^Д^)「朝」
わざとらしくも口をあんぐりと開けた高良の顔が、視線の隅に入る。
この男は何かにつけて、大袈裟に表情を転がし続ける。
斉藤は子供の頃に見た、大昔のアメリカのアニメに出てくるキャラクターの顔を反射的に思い出す。
人の良さが災いしていつも話の序盤で悪者に騙されて痛い目を見る、典型的なやられ役だった。
思えばその頃からあまり好きになれない顔立ちだった。
.
4
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:55:36 ID:4RcV8CiQ0
.
(・∀ ・)「朝までダラダラ拾って、築地川行って、炊き出し貰って寝るよ」
(,,^Д^)「その後は」
あらゆるネジが緩んだ自転車が段差に乗り上げる度にガチャガチャと軋み、その五月蝿さに抗うかのように
高良はやたらと大声で言葉を投げてくる。
(・∀ ・)「午後イチくらいに起きて餌取り」
(,,^Д^)「できるんですか今日日」
餌取り、即ち飲食店やコンビニ、スーパーで廃棄された食材を黙って掻っ攫ってしまうことだが
環境意識の向上だかそれに伴う規制の強化だかで、確かにここ数年はそれまでと比べても段違いに難しくなっていた。
斉藤が「一方的に」懇意にしていた、廃棄品のチェックが甘かった京橋近くのコンビニも潰れ
いよいよ彼等には日銭を稼ぐ以外、飯にありつく手段は皆無となったと言っても良かった。
(,,^Д^)「何かツテでもあるんですか」
あったとして、お前に教えるだろうか。
飯種をわざわざ赤の他人に教える余裕が、俺のどこにあるというのか。
斉藤は足元を向き、歩道に整然と並ぶ真四角のタイルを一つまた一つ、足で踏み付けながら思った。
.
5
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:56:08 ID:4RcV8CiQ0
.
履いているスニーカーが、大分くたびれてきた。
右足の爪先が側面に当たっては擦れとほつれを繰り返し、小指が見えている。
大分前の炊き出しで貰ってから何ヶ月と経つ上にこれしか履いていないものだから、むしろ持っている方だった。
ホームレスか否かを判別したければ足元を見ろ、とは方々で言われる話だが、概ねその通りだった。
屋根のある場所に住む人間は、わざわざ穴が開いた靴を選んで街に繰り出すことはないだろう。
その割には、この男――高良は、置かれている境遇にあるまじき、ブラウンも深く艶めかしい、大層立派な革靴を履いている。
いつか、斉藤はその理由を訊いたことがあった。
(,,^Д^)「こういう生活する前に、尊敬してる人から貰ったんですよ。結構前ですけど」
今でも靴磨きの用具は一式揃え、何かが消耗すれば食費を削ってでも買い直し
暇さえあればボロ布で丁寧にそれを拭いていると言う。
歩き方にも気を付けているらしく、決して段差に爪先を当てない、小石を蹴り上げない
排水溝の口に踵を引っ掛けるなど決してあってはならないこと、らしい。
この靴が彼にとってどのような意図を持っているのかは知る由もなかったが
その話を聞いた時、斉藤はいよいよ高良のことを変な奴だと思えるようになった。
家を失ってまでも残された時間を享受することを選んだからには、その日一日を明日へ繋げていく為に必要な某か
金、食事、寝場所――それ以外の余剰をできるだけ切り詰める必要が、彼らにはあった。
実利から遠い拘りは、時として致命的とも言える。
ましてや靴如きに、己の足を守る以外の意味を見出す必要は、彼等には無いはずだった。
ところが、彼は汗と油で黒ずみ、元が何色だったかも識別できないような汚らしいパーカーなどを着ていながら
足元だけを不相応に輝かせている。
.
6
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:56:35 ID:4RcV8CiQ0
.
いつか奴の靴を奪って、泥棒市にでも売り飛ばしてやろうかと斉藤は考える。
釜ヶ崎の定食屋、座敷で食事をしていたらいつの間に靴の片方を誰かに奪われ
やむなく片一足で店を出たら、店の真向かいの泥棒市のゴザの上に
盗まれたもう一足がガラクタに紛れて無造作に転がっていた――
その昔どこかで聞いた、嘘のようで誠であってもおかしくないような話を思い出した。
大阪最大のドヤが釜ならば東京は山谷なのだろうが
果たして閑古鳥鳴く今の山谷に泥棒市が開かれる余裕はあるだろうか。
(・∀ ・)「山谷行って二時間、帰ってニ時間」
(,,^Д^)「はい」
(・∀ ・)「いいとこどうせ千円そこらで、それで四時間」
(,,^Д^)「何計算してるんですか」
無意識のうちに独り言ちていたらしい。斉藤はやはり、高良の問いには答えない。
それにしても、この男の靴を奪ったところでこちらの利になるようなことはあまり無さそうだと分かってしまい
彼は少しばかり落胆した。
.
7
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:56:56 ID:4RcV8CiQ0
.
歩き始めてから、大分時間が経つ。もう日付も超えただろうか。
そう言えば、今日は何曜日だ、水曜日か。そうだ、炊き出しがあるのだから水曜日だ。
斉藤は、炊き出しが行なわれる水曜日を一週間の軸として曜日を把握していた。
週に一回でも、その日、腹に入れるものの心配をせずに済む、それだけでも、彼にとっては多分に有り難いことだ。
空き缶は一向に溜まらず、自転車の荷台に括り付けた大容量のポリ袋がだらしなく萎んでいる。
東京、ないしは日本有数の格を持つ繁華街である、そもそもの話、ポイ捨て自体が少ない。
ゴミ箱も至る所に整備され、空き缶を拾うには適していない。それでも斉藤がこの場所をねぐらに選ぶ理由は、まず、治安の良さがあった。
彼らに暴力的な振る舞いを見せつける調子付いた中高生、天地の境も分からなくなるほどに酔い潰れたサラリーマン
そういった連中が、山谷、池袋、西新宿、その辺りの地域と比べても相対的に少なくなる。
お陰様で去年の晩秋、祝橋公園の隅に段ボールの宮殿は一度も壊されることなく、冬を越し、こうして斉藤は春を迎えていた。
(,,^Д^)「もう夜になってもあったかいですね、良かった」
高良が言う。
彼が住処を失くしたのは去年の夏の話で、しばらくしてやって来た初めての冬には相当堪えたようだった。
.
8
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:57:28 ID:4RcV8CiQ0
.
着の身着のまま、年の瀬の東銀座駅の地下道
非常用扉とシャッターの間にあった僅かな隙間に身を押し込み
忙しなく貧乏揺すりを繰り返す彼にボロ布を貸してやったのが、斉藤の運の尽きだった。
ろくに路上生活の知識を持たない高良はその冬中、これ幸いと斉藤にまとわりつき
身体を凍りつかせることなく、飢えることもなく、めでたく春の夜風を浴びてご満悦である。
とんだお人好しであると斉藤は思った。無論、自身の話だ。
特に情を覚えたことは無かった。むしろ、いつどのようにくたばろうが知ったことではないくらいの関係だ。
何故、この男を構う気分でいられ続けているのか
それだけは彼自身にも、どうにも分からないことではあった。
(,,^Д^)「あっ、すいません。ガム付きました、靴に」
高良がにわかに叫び、薄汚れた灰色のリュックサックから靴ベラのようなものを取り出すと
右の靴を脱ぎ、慎重に靴裏に付着したガムを削ぎ落とそうとする。
斉藤はそれを見て、靴が破れて剥き出しになった己の右足の小指を案じた。
.
9
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:57:53 ID:4RcV8CiQ0
.
終電を送り、ネオンが一つ、また一つと消え行く銀座の並木通りを歩く。
本通りと裏路地との間を出たり入ったり、気まぐれに足を向ける。
この時間ともなると人通りも三々五々、皆タクシーを拾って郊外に帰るか
そうでもなければどこかの建物に入って夜を明かそうとする。
たまに街に残る僅かばかりの人間とすれ違う時、彼らは二人に一瞥もくれなかった。
わざとらしく顔をしかめるポーズすら取ろうとせず、はじめからそこに無いものとして通り過ぎて行く。
興味は無く、慈悲も軽蔑も無く、それは二人とって、ある種の救いでもあった。
斉藤はかつて、上野公園で寝泊まりしていた時のことを思い出した。
自分と同じくらいの歳のホームレスに
あんたのような人間は銀座で暮らせば良いのだと声をかけられたのだ。
何かしらの事情があって、常にキャメルのコートで顔も身体もすっぽり隠している奇異な男だった。
家を失って尚、過去の悪事から何者かに追われているらしかった。
( ´曲`)「あんた、人を信じるのはこりごりって感じの顔してるね」
.
10
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:58:44 ID:4RcV8CiQ0
.
斉藤は黙りこくっていたが、男は恐らく、それが答えだと思ったのだろう。
( ´曲`)「俺ね、沢山悪いことやってたから分かるのよ
. 何でも信じちゃう奴と、何も信じられない奴ってね、目の色が違うんだから」
(・∀ ・)「なんで、銀座なんです」
斉藤はようやく口を開いた。それだけ聞ければ、あとはどうでも良かった。
男は薄ら笑いを浮かべながら、言った。
( ´曲`)「銀座人はね、そもそも俺達に見向きをするような意識を持ち合わせてないのよ。善意もそうだし、悪意もね」
だから、慎ましく縮こまってさえすれば、あんたがあの街で何をしようが
構われることも、ちょっかいを出されることも絶対に無い、と言う。
新宿や池袋の奴らは変な情の「あそび」があるから、何かと干渉されがちでいけないねとも呟いた。
( ´曲`)「分かるのよ。それに俺あね、こうなる前銀座で働いてたんだから。だから、銀座でホームレスなの」
(・∀ ・)「前の職場の人と会ったりしないんですか」
( ´曲`)「灯台下暗しってやつだからよ」
(・∀ ・)「灯台?」
.
11
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 19:59:40 ID:4RcV8CiQ0
.
( ´曲`)「昔の仕事の奴を見るけど、あいつら気付かないよ
. そりゃ、こんなところにいるはずないって思うんだから」
男は、白混じりの無精髭に覆われた口を大きく開けて笑う。
歯茎が緩く弛み、両側の奥歯が黒ずんでは、今にも崩れそうだった。
( ´曲`)「俺がやらかしたせいで、銀座の支店長が飛び降りたんだから、ビルから――
. そんな人殺しみたいな奴が、今でもそこら辺ウロウロしてるって思うかね」
斉藤は大してこの話を気に留めてはいなかったが、それからしばらくして
上野を離れて次のねぐらを探すにあたり、ふとキャメルコートの男を思い出したのだった。
いざ暮らしてみれば、なるほど、城東の上澄みの連中は自分らに構う「あそび」を些細も持ち合わせておらず
それは斉藤にとっては幸いなことだった。
幾度と無く近しい者に騙され続け、遂に一切を失った彼にとっては
人との邂逅を極力避けることが安寧な生活の為の何よりの条件だったのだ。
ところが数ヶ月前の冬を境に、彼にまとわりつく男が一人。
斉藤は日比谷公園の草むらを掻き分けては、缶拾いに勤しむ高良の顔を見る。
彼はあまりにも「あそび」が多過ぎる男だった。
.
12
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:00:05 ID:4RcV8CiQ0
.
日比谷公園でなけなしの缶を掬い、再び来た道を引き返すと
二人は気が向くまま、勝どきの方面へと足を進めた。
もう跳ね上がることもない勝鬨橋、対岸には雨後の筍の如く無尽蔵に生え散らかした高層マンションの群れ
未明でもちらほらと灯りが点いており、眼のピントを外すと、さながら蝋燭の炎のように淡く光る。
このマンションの一番上に住んでるんですよ、と高良が言った。
(,,^Д^)「この靴くれた人なんですけどね、もうめっちゃ金持ってて」
成功に成功を重ね、今では自身の勝利をメソッドとしてオンラインサロンを開き、生計を立てていると言う。
斉藤にはてんで縁が無い世界に生きている人間だった。
(,,^Д^)「で、毎週水曜に貸しホールとかで、直接セミナーを開いてくれるんですよ
僕あサロンが出来た本当に最初の方から通ってて、色々なこと教えてもらったんですけど」
(・∀ ・)「色々なこと」
(,,^Д^)「若者よ、ヘルメースになれって」
(・∀ ・)「ヘルメース?」
(,,^Д^)「『この世をより賢く生きる為には、僕達はヘルメースにならないといけない』って」
.
13
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:00:51 ID:4RcV8CiQ0
.
特に尋ねてもいないことの詳細を、高良は丁寧に話し始めた。
誰かに聞いてもらいたくて仕方が無かったようだった。
ヘルメース――ギリシア神話の神。
ある時は商人、旅人の神、そしてまたある時には、盗賊の神としての顔も持ち合わせた、と言う。
(,,^Д^)「えらいずる賢くて機転が利くんですよ、その、ヘルメースって奴が
生まれてすぐ牛を盗むんですよ、五十頭も。しかもバレないように牛に靴履かせて」
それに気付いた何だったか、アポロンだ
アポロンって言う、太陽の神が怒って、返しなさいって言うワケですよ。
で、ヘルメースは渋々返そうとするんですけど、これ見よがしに亀の甲羅で作った竪琴を弾いてみせたら
アポロンがそっちの方を気に入っちゃうっていう。それで、牛はいいからそれをよこせって。
(,,^Д^)「凄くないですか」
(・∀ ・)「何が」
(,,^Д^)「牛を五十頭も盗んで悪びれない態度もそうですけど
竪琴でそれをチャラにしたって言うのも、そうだし」
.
14
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:01:15 ID:4RcV8CiQ0
.
捲し立てるだけ捲し立てた高良は一息つくとしばし黙り込み
夜明け前の月島に、自転車のチェーンがたわむ音だけが反響した。
どうにかして二袋分の空き缶を回収し
八丁堀のスクラップ業者に持ち込めば、これで千円足らずだろうか。
もっとも、端から金額の大小は期待していない。
むしろ、何者の姿形も見えない街を、理由も無く黙々と歩き続ける
それこそが、何にも代え難い無量の価値を斉藤にもたらした。
信じ得るものは無く、寄りかかり得るものも無い。彼にとっては、何とも代え難い絶対的な充足だった。
ところが、この男が彼の安寧を慮ることはなく、ヘルメースの話は続く。
(,,^Д^)「だから、靴くれた人なんですけど、僕達はヘルメースみたいに、時には売って買って、時には盗んで、時には打算してって
常にね、その先々でずるくっても賢くやっていかないといけないんだって言って」
いやに抽象的な話だな、斉藤は思った。
清濁併せ持ち臨機応変にその場その場を生きましょう、この世の何にでも当てはまりそうな文脈を
ハッタリと空威張りでうまいこと取り繕ってしまえば
こうした人間が簡単に釣り上がってしまうものなのだろうか。
(,,^Д^)「だからねえ、僕も頑張って人を騙そうとしましたよ。でも、こんな性格だし」
.
15
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:01:52 ID:4RcV8CiQ0
.
高良はそう言うが、ヘルメースの男はそこに付け込んだか
サロンの黎明期からの会員だった彼を特に可愛がったという。
週一のセミナーの後、男と近しい少数の人間だけが参加できるパーティーに毎回呼び出され
食事をご馳走になり、男の表層的な武勇伝にいたく感銘を受け、お下がりの革靴も有難く譲り受けた。
ある日のパーティーもたけなわで、男は高良に言う。
誰にも伝授していない秘蔵のメソッドがあると。
本来はよほど教授し得る素質がある者が現れなければ
墓場まで持っていこうと考えていたものだが、とうとう、ここに一人見つけたと。
(,,^Д^)「その代わり、自分の全ての知を集約させたものだから
お前もそれ相応の全てを捧げるくらいの覚悟をしなきゃいけないって、言うんですね」
(・∀ ・)「捧げたのか」
(,,^Д^)「そりゃもう」
当然のように言い放つ高良を見て、流石の斉藤も面食らった。
.
16
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:02:41 ID:4RcV8CiQ0
.
(,,^Д^)「実家が太かったんですよ。だからいくつか土地を担保に出して、結構な額借りて
その人に差し出して。もう全部全部ですって感じで」
(・∀ ・)「そしたら?」
(,,^Д^)「そしたら、連絡貰えなくなっちゃって」
土地を担保に金を借りていたことも両親に見つかり、実家を勘当された。
サロンで知り合った仲間達は、高良がそのような境遇と知るや否や、一目散に彼のもとを離れた。
あても無く、金も無く、独り身で汗にまみれながら生きていく術を知らない若造。
彼が路上生活の身に堕ちるには、さほど時間もかからなかった。
(・∀ ・)「で、そのメソッドは」
(,,^Д^)「まだ貰えてないんです、連絡貰えないから」
高良はそう言うと、うえっへっへと咳混じりの奇妙な音を立てて笑う。
(,,^Д^)「でもね、こんなになってでも手に入れるくらい価値があるもんだろうって、思ってるんですよ」
逆に言うと、ここから這い上がるくらいの胆量のある人間じゃなければ教授する価値が無い。
多分、あの人なりの激励なんでしょうね。
.
17
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:03:03 ID:4RcV8CiQ0
.
(,,^Д^)「だから、靴を貰ったのもそういう意味だったんだなって、今なら分かるんですよ
自分の足で俺の元まで歩いて来いって意味だったんだなって」
満足気に語る高良の思考を、斉藤は到底この世のものとは思えなかった。
そして、ようやく決意が付いた。
一刻も早くこの男から足元の靴を、ヘルメースの男から譲り受けた大事な大事な靴を奪って
どこかに売り飛ばさなければ、どうにも救われない。
(,,^Д^)「だからねえ、僕は斉藤さんみたいな人に会えてラッキーだったんですよね
少なくとも毛布すら無かった頃よりは前に進んだんで」
堪らず、斉藤がこう返した。
(・∀ ・)「いや、あんた、まだ自分の足で歩いてないじゃない」
すると高良は大袈裟に頭を掻き、いやあ、まあ、と曖昧な返事と共に何度か会釈を繰り返した。
その言葉に堪えたのかそれとも
「そうです、これからもお世話になります」の意思表示か、斉藤にはとうとう分からなかった。
運河の縁の向こう、東より頼りなくもしらじらと陽光が路面に差し込み、二人は水曜日の朝を浴びる。
桜川公園の草地に自転車を停め、空き缶で満杯になった二つのビニール袋を縛り上げていると
足元の萌草に滴る朝露が斉藤の破れたスニーカーを余すことなく濡らし、そればかりがただただ、彼の癪に障った。
(・∀ ・)「一つやるよ、これ」
斉藤がうち一袋を高良に渡すと、彼はわざとらしいくらいに満面の笑みを浮かべ
(,,^Д^)「良かったです、良かったです」
と、謝意とするにはいまひとつ見当違いな言葉を繰り返した。
.
18
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:03:34 ID:4RcV8CiQ0
.
築地川公園、朝の炊き出しは既に十数人ばかりの列ができており、彼らもまた最後尾に並ぶ。
渡されるはいつも同じ、ラップに包まれた塩握が二つと、僅かばかりの油揚げと豆腐が入った味噌汁。
どこかの国のキリスト教団体が主催しているもので
いつもよれたキャップを被り首元に十字架を下げた、笑顔が不気味な中年の男が配っている。
(,,^Д^)「何か、裏がありそうで怖いんですよね」
味噌汁のカップを片手に持ち、高良が笑う。
(,,^Д^)「湯気が凄いですね、湯気が。あったかいって幸せなんですよね。沁みるよなあ」
湯気の向こうで締まりなく笑う彼を見て、斉藤は鼻をすすると、高良には聞こえぬよう小さな舌打ちを何度も繰り返した。
了
.
19
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:04:00 ID:4RcV8CiQ0
.
お読み頂きまして有難うございました
ついでに昔書いたものも合わせて読んで頂けると嬉しいです
( ・∀・)ワンダリング・ジャックに捧ぐようです
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1544363311/
ミ,,゚Д゚彡東京者のようです
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1560001539/
( ・-・)('、`*川マーチのようです
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/21864/1585463214/
.
20
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:16:20 ID:i1aCtXcg0
乙でs!!
21
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:44:43 ID:wCm0rOLo0
乙
東京者の人かー!
なんとも言えないこの退廃的な雰囲気が好き
22
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 20:48:15 ID:WMS66HXc0
面白かった
23
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 21:14:41 ID:gD7MAZGw0
乙 すさんでいる....
24
:
名無しさん
:2021/04/17(土) 22:03:49 ID:QKutL9Qw0
何とも言えない風情だ……乙!
25
:
名無しさん
:2021/04/18(日) 17:26:50 ID:qo6C/en60
乙 2人ともどうしようもなくてやり切れない気持ちになった
26
:
名無しさん
:2021/04/18(日) 23:37:40 ID:0xcZy.bA0
乙……
信じているアホの高良の方が幸せそうなのがなあ
現実を見ているのに斉藤もただの同じ、宿なしでしかなくて……
夜歩きで得る充足感とか靴の対比だとかとても好きです
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